Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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第42話 Red and Black Ⅲ

「でかした!!これで勝ったも同然だな、ハッハッハ!」

 

 朝焼けの冷気に張り詰めた空気と立ち込める靄の中で、ニコラスが開口一番に大声を焚き上げる。

 夜半の戦闘に関する詳報が入ったのだろう、報告のためニコラスに応対していた士官は、その拍子にびくんと肩を跳ね上げた。機嫌よく笑顔を零すニコラスを前に、その相貌には同意と疑念が半々となった愛想笑いが浮かんでいる。

 

 快晴を予感させる朝霧の中には、それを割くように屹立するいくつもの尾翼。そのいずれもがニューコム所属を示す『N』の字を意匠に戴いたエンブレムを刻んでおり、物を知る者が見ればそれらがNEU所属の航空部隊、それも首都防衛を担う防空部隊のものだと伺い知ることができるだろう。機体の傍らにはパイロットや整備・点検を担う整備要員がそこここに屯し、出撃に向けた最終段階に入っていることも見て取れた。

 

 時刻、午前6時20分。サピン郡都グラン・ルギド郊外、サン・モンテルロ特別区。

 払暁の空を睨む翼のたもと、薄霧たなびく白い闇の中に、フライトジャケットに身を包んだおやっさん――カルロス・グロバールの姿があった。

 

「景気が良さそうだな、ニコラス」

「おう。朗報も朗報、考える上じゃ最上の結果だ。…ま、一つ不安要素はあるが。聞いたか?お前の弟子の活躍」

「今朝がたの第一報までならな。何か追加情報があったのか?」

 

 歳に似合わず張りのある肌に笑みの皺を刻みながら、ニコラスは様子を伺うカルロスへと応じて見せる。

 

 今朝がたの第一報というのは、今日の深夜から明朝にかけてオーレッド湾で行われた、『ウロボロス』のレギンレイヴ艦隊とレフ達有志の攻撃隊による交戦の終結後にもたらされた情報の事である。『ウロボロス』に気取られないよう出撃準備を迅速に進める中でニコラスから聞いた第一報であったため、その時点ではレフ達による攻撃が成功したことと、彼らが全員無事であること程度しか知らされていなかった。

 

 続きを促すカルロスに対し、ニコラスは先の士官から受け取った投影フィルムをバインダーごと手渡して、記載してある文面に口頭で補足を加えてゆく。軟質樹脂製の基盤にニューコム製の超薄型形状記憶ディスプレイと電子チップを組み合わせた投影フィルム上には、記録映像から切り出したと思しき動画までも貼り付けられており、薄暗い背景の中にも燃え盛る海上の様子を鮮明に見て取ることができた。

 

 ニコラスの説明を整理した限りでは、確かに結果としては得られる最上と言っていい。

 曰く、目標としていたレギンレイヴ艦隊には、本隊を離反したと思しきUPEOの機動部隊も合流していたこと。レフ達は少ない戦力ながらレギンレイヴの指揮艦と、中核たる空母の無力化に成功したということ。そして敵艦隊の殲滅にも成功したものの、それには突如介入してきたゼネラルリソース艦隊の戦力によるところが大きかったこと。当初の想定ではレギンレイヴ艦隊の指揮艦だけでも排除できれば御の字と踏んでいたが、戦果としてはその何倍にもなる完全な勝利と言っていい。とりわけ秘密裏に合流していたUPEO機動部隊は、その合流タイミングと前日までの戦況を踏まえれば、夜明けとともにグラン・ルギドへの奇襲を行い、サピン方面NEUの首脳部暗殺を企図していた節もある。それを踏まえれば、偶然とはいえ事前に空母の排除に成功したことは僥倖だったと言っていいだろう。

 

 もっともニコラスの言う通り、不安要素が無い訳では無い。有体に言えば、介入してきたゼネラルリソース艦隊の意図がその最たる部分である。艦隊編成と規模と考えるに、おそらく以前に『ウロボロス』の空中空母との交戦で損害を受けて撤退した『ラーズグリーズ』を基幹とする艦隊と見ていい筈だが、その手負いの艦隊がなぜ今、ニューコムに助力する真似を見せたのか。

 

 予想しようと思えば、可能性はいくつか考えられる。

 最も好意的に解釈するならば、クルスが発した激への呼応である。対ウロボロス前線を構築するに当たり、クルスは戦意高揚の為の演説の中で、ゼネラルリソースやUPEOへも協働を呼びかけていた。ラティオに撤退していたGRDF艦隊は義侠心を以てこれに応え、オーレッド湾まで進出してきたという考え方である。些か小説的ではあるが、GRDFへ戻ったアレックスの進言や目下の戦況を考えれば、否定しきれるものではない。実際、前線でレフと邂逅した航空部隊はNEUとの連携による事態の打破を標榜しているのだという。

 

 だが、ニコラスを含めたNEU首脳部はこの可能性に否定的であり、その点はカルロスも同感だった。言ってしまえば、ゼネラルリソースにはニューコムと力を合わせてまで自ら渦中に飛び込む義理は、何一つ無いのである。

 この点、事情は複雑である。ゼネラルリソースにしてみれば『ウロボロス』はニューコムと共通の敵であるが、かといってニューコムとも商売敵という関係は崩れていない。必ずやゼネラルリソース首脳部には、『ウロボロスもニューコムも共倒れになればいい』という思惑があると見て違いないのである。本拠地ユージアで地力に勝るゼネラルリソースが持ち堪え、『ウロボロス』へ反撃を始めつつある現状を省みれば、ゼネラルリソースはただ待ちさえしていれば、労せずして『ウロボロス』を駆逐しおおせられる筈であった。

 

 今回ゼネラルがその方針をかなぐり捨てた理由――言い換えれば、ニューコムとウロボロスの抗争が集結する前に自らも当事者となった理由。ゼネラル首脳部の思惑と、ウロボロスがスーデントールに本拠を構えている事実を踏まえれば、それは自ずと透けて見えてくる。

 すなわち、その理由とは『ニューコムの技術の合法的な接収』にある。それが、ニューコム首脳部とカルロスの共通の読みであった。

 宇宙産業の黎明期と言っていい現状において、航宙技術や宙間建造技術についてはニューコムに一日の長がある。地球上における開発の余地が狭まり、資源不足や人口過多が喫緊の課題となった現代においては、宇宙は次なるフロンティアとして最も有望視されており、宇宙関連技術の優劣はそのままこの先半世紀の企業間勢力差に直結する。この点、ゼネラルリソースはニューコムの技術を喉から手が出る程に欲していると見ていい。

 そこで着目したのが、現在の戦況である。現在はニューコムが表に立ってウロボロスと交戦している訳だが、もしニューコムが敗退すれば、その技術は健在なゼネラルリソースがそのまま吸収できることとなる。一方でもしニューコムが勝利した場合、技術格差は現状維持となるどころか、対ウロボロス戦線で消極的な姿勢を見せたゼネラルリソースに対する世論は厳しくなる上、ニューコムもゼネラルの不義理を格好の攻撃材料とするに違いないだろう。言うなれば、現状の放置はゼネラルにとって全か無かという、一種の賭けになるのだった。

 一方で、ここでニューコムへ助力する姿勢を見せればどうか。世論への悪影響を回避できることはもちろん、『ウロボロス』に所属する元ニューコムの職員の亡命や兵器の回収による技術確保の可能性が高まることは言うまでも無い。何より、元ニューコムの一大研究施設を有し、現在『ウロボロス』が本拠地としているスーデントールをいち早く制圧することで、ニューコムの最先端技術を余さず接収することも不可能ではなくなるだろう。スーデントールでは次世代戦闘機や新世代推進器の開発、宇宙開発分野の研究もなされていたという噂もまことしやかに出回っており、それらの技術を狙って介入してきたことは十分に予想できることだった。

 

 言うなれば、目下の戦況は『ウロボロス』をいかに打倒するかという段階から、()()()の企業間勢力を争う段階へと移ろいつつある、という訳である。

 

「GRDFの介入か…。首脳部はどう対応する積りなんだ?」

「どうするも何も、様子見だ。こっちも今は戦力はカツカツな以上、理由はどうあれ戦力出してくれるのはありがたい。どうせGRDFの艦隊だって、単独じゃどうしようも無いんだ。適度に距離取って付き合ってくんだろうよ」

「敵の敵とはいえ、味方なのは表面上、か。世知辛いな、企業間戦争って奴は」

「まあな。それより、大問題は俺たちの目の前だ。第2航空師団上がりの連中だけで『ウロボロス』の大部隊を退けにゃならんのだから、なかなか骨だぞ」

 

 海の戦況への分析もそこそこに、切り替えを促すニコラスの声。確かに懸念はいくつかあれど、言ってみればそれらは組織対組織の方針論であり、前線の一社員が議論したところで詮無い話である。今はニコラスの言う通り、眼前の脅威――グラン・ルギド制圧を目指す『ウロボロス』部隊の迎撃に注力するのが先決だった。

 

「とはいえ、だ。虎の子の機動部隊を失って、奴らまだ強行してくるかね?」

「強行するだろうな。スーデントール防衛に戦力は割くだろうが、元々速戦を狙っていた『ウロボロス』だ。V1やV2を投入して、ゴリ押してくることも十分にあり得る」

「そうなりゃこっちとしても都合がいい。『アロンダイト』で敵の戦力を大きく削げれば、その後もクルスの負担が減る」

「…いいんだな?」

「『アロンダイト』の事か?」

 

 『アロンダイト』を使う事への責任と畏れ。その素振りを一切見せないニコラスに、カルロスは確かめるように言葉を重ねる。

 『アロンダイト』はその性質上、1発で広範囲に被害を及ぼすことから、かつては都市攻撃に投入されかけた経緯がある兵器である。都市への攻撃ではなかったものの、東方戦争では航空部隊相手に投入されて多くの死者を出した事実もあり、実際上は『大量破壊兵器』と言っても遜色のない存在であった。

 いくら緊急事態とはいえ、そんな兵器を独断で投入すれば、戦争終結後に物議を醸すことは目に見えている。最悪の場合、ニコラス自身さえ破滅に追い込みかねないことは言うまでも無いだろう。

 

 友情に根差す心配と、かつての同僚として覚悟を問う視線。

 『今更かよ』と言わんばかりに空気の漏れる音が響くや、ニコラスは呆れたように笑い、両手を広げておどけて見せた。

 

「ま、色々言う連中はいるだろうが…これはあくまで老いぼれとその気のいい仲間たちによる独断。実質上の前線指揮官である真面目な孫はそれを知らず、事後報告を受けた。こんな所でどうだ?」

「お前はどうする」

「責任取って辞職かね?まあ今でも名誉職っつうか閑職だし、別に未練も無いが。…ま、この為に今回はクルスもその部隊も加えず、旧第2師団だけでやってんだ。『アロンダイト』を持ち出す責任も、自国でそれを使う重圧も、あいつに負わせるには幾分重いよ」

「そうか。…そうだな。確かにそうだ。そんなものは、老い先短い俺たちが持っていけばいい。…あとは消えていくだけの、俺たちが」

 

 野暮な――いや、失礼な話だったか。

 気負うことなく言ってのけたニコラスに、カルロスは今更ながら苦笑いを浮かべた。傭兵として国々を転々とした根無し草の自分と、サピンに根を下ろし地に足を付けたニコラス。残す物なく消えるだけの者と、先を見据え未来を紡いだ者の違い。――ああ、なんだかんだでやはり、俺はこいつに及ばない。数十年越しのその感慨に思いが至ったゆえの、自嘲と感嘆の笑みであった。

 

 行くか。

 そう口にしかけたその瞬間、怪訝そうに片眉を上げたニコラスが、不意に語調を変えて口を開く。真正面ではなくどこか彼方を見やるような素振りと相まって、それはどこか謳うような風情を思わせた。

 

「…なあ、カルロス。この戦いが終わったら、グラン・ルギドに住まないか、お前」

「何だ、藪から棒に」

「何だも何も。なぁにが『老い先短い』だ。今回の騒動が収まれば俺はほぼ確実に無職だが、それでも余生はその先うん十年もあるんだぞ。そんなクソ長い老い先、一人じゃ暇すぎて仕方ない。…いやまだ愛する妻も親族も孫もいるし?一人じゃないんだけど?」

「………」

「男ってのはな、何歳になってもバカ言いながら笑いあえる、どうしようもない悪友が必要なんだよ。それにまあ…アレだ。お前、これからもヒマだろ?」

 

 ――そろそろ、根を下ろしてもいいんじゃないか。

 親友からの言外のその言葉に、カルロスは不意に目頭が熱くなる感覚を覚えた。もう何年も、何十年も感じることのなかった情動の揺らぎが、老いた自らの体に熱を宿し、眉間の辺りに凝集するような感覚と言い換えてもいい。

 まるで自身の失意と諦念を見透かしたように、それでいて自然に口にしたニコラスに対し、カルロスは目を細め、口元を緩めていた。自嘲でも皮肉でもない、ただただ心底からの感謝と喜びの発露の笑みなど、果たしていつぶりだったことか。

 ――嗚呼、本当に、こいつには。

 

「はは…はっははは!全く、戦闘前にそんな事を言う奴は、映画なら真っ先に死ぬぞ」

「死なねえよ。俺を誰だと思ってる。幸運の女神に祝福された男、サピンの英雄、ニコラス・コンテスティだぜ」

「ったく、何の根拠も無い癖に。昔からそれだな、お前は。…………ありがとよ、ニコラス」

「こっちのセリフだぜ、カルロス」

 

 交わした視線に出撃準備の定刻を告げるアラームが響き、薄霧の中に慌ただしく動く人影が揺れている。

 ――行くか。

 互いに前を見据え、握った拳を合わせて、二人の老兵は暖気を終えた自らの機体へと歩を進めてゆく。紅地に黄金十字――『エスパーダ1』アルベルト大尉から受け継ぎ、エスクード隊のシンボルカラーとして定着した鮮烈なその色彩は、漂う霧の中でも際立って存在感を示している。

 

 上げた目線、薄まりゆく霧の先には、夜明けに染まる深い青色の空。

 漂う冷気と、訪れる朝焼けの予感に、カルロスはフライトジャケットに包んだ体を身震いさせた。

 

******

 

 東から差し込む清廉な朝日が、地表近くに漂う靄を瞬く間に散らしてゆく。

 

 時刻、午前6時50分。右手側にウスティオとの国境を形作るピレニア山脈、左手側の地平線に先にフトゥーロ運河を微かに望む、サピン北西部アルロン地方との境界近く。雲量1の空は快晴の様を示し、早朝の澄み切った空と相まって、青く高い空は遥か北の果てまで見渡すことができる。

 

 『空は繋がってるんだ。広く、自由であるべき、ってな』。

 

 脳裏に蘇る、紅色の記憶と敬愛した恩師の言葉。彼が語ったその言葉通りに、目の前の空は崇く、遠く、哀しいほどに美しい。

 己の信念の果てに広がる、おそらくは最後の空。

 高高度から見下ろす空と大地の光景を、冬の冷気漂う冷涼な空気を記憶に焼き付けるように、カルロスは一瞬酸素マスクを外して、大きく息を吸い込んだ。

 

《防空司令部より『エスクード0』。敵地上部隊、進軍を開始しました。これに呼応し、敵性航空部隊も郡境を越えて接近しつつあります。現時点では空中空母の侵入は確認できません》

《エスクード0了解。攻撃隊の準備はどうだ》

《現在、前線後方30㎞にて空中待機中。いつでも投入可能です》

《了解した。タイミングはこちらから指示する。くれぐれも敵の遠距離攻撃に注意しろ》

 

 機体の操縦席に座るニコラスの声が、通信を介してカルロスの耳にも届く。ヘッドマウントディスプレイ(HMD)から視点認識で正面のレーダーディスプレイを広域に切り替えると、管制官の言葉を裏付けるように南進するいくつもの反応を見てとることができた。

 確認できる限り、地上目標は大小合わせ60…いや、80は下るまい。『ウロボロス』の規模を考えればその数はあまりに多く、無人制御の戦闘車両も多数投入されていることが伺い知れる。それらを護衛する空中の反応は10前後しか確認できないが、『ウロボロス』の総力を傾けた制圧戦であるという意義と地上部隊の規模を踏まえれば、この程度で済むはずもない。おそらくは、ステルス機が混じっていると見ていいだろう。

 

 翻って、NEU側の戦力はいかにもお寒い。

 

 ニコラスが指揮し前線を支えるのは、旧第2航空師団出身者を中心にかき集めた戦闘機が11機。前線の地上部隊は昨晩から明朝にかけて順次後退しており、実質的に敵部隊に相対できるのはこの戦力のみと言っていい。後方にはこれとは別に『アステロゾア』8機が控えているが、これは『アロンダイト』を装備した対地攻撃の切り札であり、実質的に前線を支える戦力と言えるものでは無かった。

 この点については、幾らか説明を要するだろう。

 本来、『アロンダイト』は艦船や大型爆撃機といった大型の発射母体での運用を想定しており、超長距離からの遠隔攻撃を可能とする誘導性能と航続距離を有している。しかし、主要な爆撃隊の結集が覚束ない今となっては『アロンダイト』を搭載できるのは小型攻撃機の『アステロゾア』以外に無く、本機に搭載できるよう弾頭以外を通常の長距離空対地ミサイルのものに換装する応急処置が取られていたのである。

 結果、『アロンダイト』の射程距離は3000程度にまで激減。応急処置を施したがゆえに信頼性も損なわれ、有視界での発射が推奨される程にまでその性能は低下していた。当然、敵の制空戦力が健在な状態でこれらを投入することは自殺行為と言ってよく、かといって過度に温存すれば敵地上部隊にアルロン南方の都市部へ侵入され、『アロンダイト』を十二分に活かせなくなってしまう。

 すなわち、敵地上部隊がアルロン地方の穀倉地帯を突破するまでの僅かな時間に、この僅かな戦力でいかに素早く航空優勢を奪い取るかが勝負の分かれ目であった。

 

 率直に評して、分は相当に悪い。

 敵機は少なくとも10機程度だが、ステルス機を勘定に入れた上で現実的に考えれば、おそらくはざっとその倍以上。これに対し、NEU側のうち1機は数年前にニコラス専用機として展示飛行用に提供されたYR-101S『デルフィナス1』先行量産仕様に過ぎず、残るうちの2機もニコラスの護衛として張り付くことになる。従って実質的な戦力はR-102『デルフィナス2』8機のみであり、推定戦力比は1:2.5、下手をすればそれ以上と言う所だろう。ニコラスが操縦に専念するため、実際の空中前線指揮は後席のカルロスが執ることになるが、それにしても不利は否めない状況だった。

 

 すなわち。

 この不利を覆しうるものは個々の技量と、それを十全に活かす空中管制の精度いかんに懸かっていると言っていい。

 

「最後の最後でこんな大役とは、ニコラスめ…」

《何か言ったか、カルロス?》

「いや。それより敵が索敵圏内に入った。…本当にいいんだな?俺が指示を出して」

《おう。俺が指揮してもいいが、こういった頭使って不利をひっくり返すのは昔からお前の領分だ。信頼してるぜ、『ニムロッド』!》

「ったく、重いものを背負わせてくれる。…フレッチャ、アルコ各隊は左右に展開し先行。時間差で攻撃を仕掛けろ。ただし一撃離脱を徹底、絶対に格闘戦に持ち込むな!」

 

 信頼と友情ゆえの、率直なぼやき一つ。ふ、と苦笑の息を漏らすも一瞬、カルロスは唇を引き結び、眼前のレーダーサイトへ目を落とした。前線で自ら指揮を執るならまだしも、経験のない空中管制機の真似事に楽観して取り組むほど自信過剰ではない。

 

 電子の網の目の中を、『弓』と『矢』の名を冠する2つの小隊は左右に大きく迂回して、敵編隊の左右上方から接敵してゆく。流石に速度性能に長ける『デルフィナス』の血統と言うべきか、高度差を活かした逆落としと相まって、肉薄する8機の速度はさながら流星のごとくに速い。

 

 データリンク、開始。先行する8機の索敵情報を自機へ反映するとともに、アルコ1、フレッチャ1それぞれの光学センサー情報を左右サブディスプレイへと投影させる。

 やはりと言うべきか、レーダー上の機数と実際の光景では、敵機の数に開きがある。

 光学センサーで把握できる限り、機数は概ね30。うち10機ほどは当初から捕捉していた機影であり、R-211『オルシナス』とF/A-18I『ホーネットADV』の混成だと伺い知れる。残る20機ほどはF-22C『ラプターⅡ』とF-35『アドバンスドライトニング』系列、EF2040F『テンペストADV』で構成されており、あらゆる目標に対応しうる万全の布陣となっていた。その規模から察するに、圧倒的な戦力の集中投入でそのままNEUの前線を磨り潰す積りと見ていいだろう。個々の性能こそこちらの『デルフィナス2』と互角だが、これほどの戦力差ではまともに戦えば瞬く間に殲滅されるのは目に見えている。

 

 故に。

 恃むべきは機体性能や数ではなく、戦術であり策。つまりは、これまでの空と同じである。

 

「繰り返す、絶対に格闘戦には乗るな。一撃離脱に徹して、敵編隊を外郭から削り取れ」

《了解!》

《面白い戦術だな。エスクード隊(俺達)の戦法かと思ったが、俺なら8機ひと塊で突っ込ませてた》

「昔レサスで見たエース部隊の戦術と、エスクード隊の即席ミックスだ。これが嵌ればいいが…!」

 

 ディスプレイの中でアルコ隊の4機が敵編隊へと肉薄し、増槽を捨てた編隊外縁の『テンペスト』へパルスレーザーの掃射を浴びせかける。ベクトルはほぼ相対、相対速度も音速を優に超える状況となれば、空対空ミサイル(AAM)の直撃はもとより望めない。貴重なミサイルを温存しながら、アルコ隊の4機は深追いすることなく敵編隊上方を通過してゆく。

 

 遊撃隊と思しき、旋回して追撃を図る編隊外郭の『テンペスト』。第2陣となるフレッチャ隊が無防備となったそれらに襲い掛かったのは、まさにその時だった。

 後背より注ぐ光軸4筋、次いで過たず背を穿つミサイル。高速性能を活かした突撃と旋回直後という絶好の機を打たれ、『テンペスト』の1機はAAMの直撃を受けて四散しながら墜ちてゆく。続けざまに見舞われた高速機による吶喊は、さながら早撃ちに射られた二筋の矢だった。その戦果と爆炎にも惑わされることなく、フレッチャ隊もまた速度を上げて敵の射界から急速に離脱を図ってゆく。

 

 カルロスの狙いは、敵の制空戦闘機を地上部隊や攻撃機から引き剥がす事、この一点に尽きた。

 たとえ脅威度の低い敵であろうとも、人は顔に纏わりつく羽虫を無視できるものではない。流石に20機からなる全ての護衛機を釣り上げられるとは思っていないが、半数ほどでも引き剥がすことができれば御の字である。アルコ・フレッチャ両隊が逃げに徹している間に後方の『アステロゾア』を前線に投入して『アロンダイト』を撃ち込められれば、低空域の攻撃機ごと地上部隊は壊滅させることができる筈であった。

 

 しかし、離れない。早くもこちらの手の内を見て取ったのか、反転した2隊の攻撃を受けても、敵機のほとんどはその隊列を崩さない。そればかりか高速ゆえに射線が限られる『デルフィナス』の癖を読み、その攻撃を躱しては、別の小隊が横から両隊を崩しにかかってくる。

 俯瞰すれば横合いの旋回で『デルフィナス』を絡め取ろうとする敵は投げ網、それを突き破るように直進を重ねる『デルフィナス』は錐の様と言うとことか。明確に戦力差がある上に、突進の度に『デルフィナス』は損耗してゆく以上、戦況の行く末は自ずと明らかだった。

 

「…まずいな。思った程乗ってくる気配が無い」

《どうするよ…!このままじゃあいつら…!》

「………」

 

 前席から滲む焦燥の声に、頬に冷や汗一つ。ニコラスの言う通り、このまま既定の戦術に拘り続けるのは、下策である事は間違いない。

 脳裏に浮かぶ次善策は2つ。しかし、いずれも相応にリスクは高く、一歩間違えればこの前線そのものが崩壊しかねない。このアルロン南部は実質的にサピン北方の最後の砦である以上、この戦場での敗北はすなわちサピンのNEU全体の崩壊とほぼ同義であった。

 

 死なない事。死なせない事。自らの信念を護るならば、今は撤退の決断しかない。しかし、サピンの失陥を防ぐためにはおそらく誰かが死ぬ――少なくとも、そのリスクを負わせることは避けられない。それも、けして確実ではない次善策によって。

 

 どうする。どうすればいい。

 アンドリュー隊長。

 アルベルト大尉。

 …エリク。

 

《カルロス!何だっていい、言え!どうせどん詰まりの空、最後の空!何だってしてやるよ!》

「……!」

 

 発破をかけるような、叱咤するようなニコラスの声。若い頃から変わらぬ瑞々しさと情熱の宿るその声に、カルロスはバイザーを上げ、顔を一拭いしてから前を見据えた。

 

 そうだ、今更迷ってどうする。レフを見送り、アレックスを叱咤した俺が、今迷う訳にはいかないではないか。

 

「ニコラス、3つ聞く。お前、今も操縦技術には自信があるか」

《あ!?…当たり前だ!第5世代機までならまだしも、今はコフィンシステムがある。肉体の衰えは問題にならねぇ!》

「よし、次。お前の信念は何だ」

《『エスパーダ()』に代わり『エスクード()』がサピンの空を護り続けること!》

「…最後だ。その信念のために、お前は死ねるか」

《…そりゃ無理な相談だ。この戦闘が終わったら悠々自適なセカンドライフが待ってるし、家族も悲しませちまう。何より、お前の信念まで踏みにじっちまう事になる。だろ?……カルロス、サピンを救う策を言え。俺は、俺もお前も死なせない操縦で応えてやる!!》

 

 手の届く限り、誰も死なせないこと。

 偉大な先達を受け継ぎ、サピンの空を護ること。

 ――それぞれ受け継いだ互いの信念を、預け合うこと。晴れやかな背水の覚悟を以て、カルロスは正面のレーダーディスプレイを見据えた。敵編隊針路は、変わらず真南。地表を奔る装甲部隊は道路の筋に随って3列に分かれ、大地を水食する濁流のように刻一刻とグラン・ルギドの方向へと迫ってゆく。

 

 もはや、迷いはない。

 互いの信念を以て、サピンの空を護ってみせる。

 

「よし、俺も肚を決めた。ニコラス」

《応!》

「敵編隊に突っ込め。護衛のサテリトゥ隊も同時だ」

《応!》

《!?…お、お待ちを!サテリトゥ1よりエスクード0、ニコラス少しょ…もといニコラス参事まで前線に出る必要はありません!危険すぎます!代わりに我々だけで…!》

《いいんだ、ロヘリオ。こればかりは俺が行かなきゃ意味が無え。名の知れちまったエースの宿命って奴だ。…行くぞ!》

《参事!?――ニコラス参事!》

《ついでに名乗りの一つでも上げてやる!俺の目が黒いうちは、サピンの空を犯せると思うなよ!――サピンの英雄、ニコラス・コンテスティが相手してやらぁ!!》

 

 決断は、わずかに一言。それだけで全てを把握したのだろう、ニコラスは僚機の反論を抑えるや、間髪入れずスロットルを前回にして『デルフィナス1』を敵編隊へと加速させた。エスクード隊の専用塗装、紅地に黄金十字を象ったその機体に遅れまいと、護衛するサテリトゥ隊の2機も機速を上げて左右後方へと追随してくる。鼻先を下げて敵編隊正面上方から突撃を窺うその様は、さながら紅色の流星だった。

 

 サピンの空を象徴する紅色の機体、そしてこれまで築き上げたニコラスの名声。戦況打開のための策としてカルロスが持ち出したのは、すなわちニコラスという存在そのものであった。遊撃隊に釣られないというのなら、それ以上に魅力を持った手を出さざるを得ない好餌――『少数機で突出してきた』『旧式機に乗る』『サピンを代表する元エースパイロット』という存在で、強引に釣り上げてやる他に無い。そして、一たび敵の護衛機を引きはがし、強固な編隊を乱すことができさえすれば。そこに勝機は見いだせる筈であった。

 

 損傷で薄煙を吐くアルコ、フレッチャ両隊が、戦場を開けるように左右へ大きく開く。

 正面下方、ほぼひと塊となった敵編隊が揺らぎ、その間隔を広げてゆく。その上空を旋回する8機ほどの迎撃機も旋回を緩め、明らかに突撃するこちらを窺う素振りを見せていた。オープン回線で名乗りを上げたニコラスの言葉を信じたのかどうかは定かではないが、それでも眼下の様子からは、明らかに動揺と迷いが見て取れる。

 

「こちらの突撃から一拍置いて、アルコ、フレッチャ両隊も左右から攻撃を仕掛けろ。この一撃で敵護衛機を完全に引き剥がす!」

 

 編隊前衛の『ラプターⅡ』が鼻先を上げる。

 挙動を示すのは2、いや4機。まだ半信半疑なのか、こちらに対する戦力投入にしては些か少ない。その迷いの隙を穿つように、ニコラスは重力加速度を機速に乗せて、瞬く間に距離を詰めてゆく。

 1500、1300、1100。ステルス性を犠牲に機動性と加速能力に重きを置いた『デルフィナス』の特性は、その先行量産型においてもいかんなく発揮されている。

 1000。レーダーアラート。敵機の性能を鑑みれば、明らかに捕捉が遅い。

 900。――800。そして、その隙を逃すニコラスではない。

 

 鼓膜に響くエンジンの唸りに重なるは、翼と胴体からAAMが放たれる機械音、合して6つ。重奏に振動を帯びた機関砲の轟音を加えて、ニコラスの『デルフィナス1』は敵編隊上方を掠めて急上昇に入っていった。レーダーディスプレイの中では敵編隊の先鋒が隊列を乱し、その狼狽を突くように編隊左右からアルコ隊らが吶喊する様も見て取れる。

 急上昇に入り、重量に圧せられる中で振り返った先。

 そこには煙を吐いて墜ちていく敵機が3機と、鋭い弧を描いて反転する『テンペスト』や『ラプターⅡ』の姿が映っていた。

 

「かかった!ニコラス、速度を上げろ!」

《もう一杯に上げてる!どうよ俺の名声、まだまだ捨てたもんじゃないだろ!》

「ああ。後ろにはお前のファン12機だ、気張って逃げろよ。――アステロゾア部隊、前進開始!」

 

 後方に敵護衛機の過半が就き、残りもアルコ隊らの迎撃に当たる様を見計らって、カルロスは切り札たる攻撃隊に指示を下す。敵護衛機の連携を乱すのに成功した今こそが、『アロンダイト』投入の絶好の機に違いない。少数ながら引き離せていない護衛機も残っているが、こればかりはもう仕方が無かった。

 残るは、アステロゾア隊による攻撃開始までに、この機体が逃げ延びきれるかどうかである。

 

《アステロゾア隊、空域到着まで3分!》

《く…!エスクード0、後方追いつかれます!距離1500、…1400!》

《『テンペスト』相手に速度勝負は分が悪いか…!お前ら、回避を優先して動け!俺の身代わりになるなんて間違っても考えるな!》

《…!参事!》

《俺も元エースの端くれ、何とでもしてやるさ!》

 

 ニコラスの声を塗り潰すようにロックオンアラートが響き、間髪入れずに後方から飛来するミサイルの影がレーダーに映る。

 フレア、次いでチャフ散布。同時に機首を翻し、『デルフィナス』は急上昇からインメルマンターンへと入って、殺到するミサイルの回避を試みた。

 

 徐々に間隔を狭めるミサイルアラートが鼓動に重なり、一拍後に爆炎となって翼の周囲に爆ぜてゆく。破片が機体を削る不愉快な音が鼓膜に響くが、速度を増した『デルフィナス』には致命傷となり得ない。紅の翼は爆炎を割き、左下方へと旋回して、敵の矛先を躱すように翼を翻した。先の火線を避けるために僚機の2機も左右それぞれに分かれ、追撃を躱すべく小範囲の弧を描いている。

 

 いけるか。

 幾ばくかの希望的観測を混ぜ、カルロスは上下左右のGで眩んだ目をレーダーディスプレイへと向け直す。後方には大きく弧を描く機影が4、僚機のサテリトゥにはそれぞれ2機ずつ。レーダー上では相変わらず反応が弱いが、距離が狭まった今は肉眼でも捉えられる。

 しかし、少ない。こちらを含め、視界内に認められるのはいずれも『テンペスト』、合して8機しか見て取れない。ならば、先ほど反転したのを確かめた4機の『ラプターⅡ』はどこへ行ったのか。

 

《流石に『テンペスト』相手はキツイが…!カルロス!後はこうして時間を稼げばいいんだよな!?》

「ああ。…ニコラス、そっちから『ラプター』は見えるか?」

《『ラプター』?いや、こっちには見えねぇ。周囲は『テンペスト』だけだ》

 

 いない。自分から死角となる真正面にも機影は見えないとなると、どこか。上空には、もとより機影はない。そもそも『テンペスト』はおろか『デルフィナス』より上昇力で劣る『ラプターⅡ』が、この機体の上空に占位する筈はないのである。左右も当然ながら見当たらない。

 と、なると。

 

 上昇力で劣る性能。

 上左右前後、5方向いずれにも見当たらない機影。

 そして、後ろ上方を敵に抑えられ、斜め下方へと降下()()()()()()先ほどの自らの機動。

 

 各々のピースが導き出す答えが、明瞭な予測となって脳裏に露わとなったその瞬間。カルロスは、背筋が一気に冷える感覚を覚えた。

 

「っ…!!ニコラス、ロールだ、急げ!!」

《何だって?……うおおっ!?》

「ニコラス!!」

 

 続けざまに機体を襲う激しい振動、ばりばりと金属が弾ける衝撃音、次いで下方から猛スピードへ直上へと掠めてゆく4つの機影。漆黒の塗装色に翼端を切り欠いた菱形翼、全体的に武骨な角ばったシルエットを趣とした機体形状は、間違いなく姿が見えなかったF-22C『ラプターⅡ』のものである。おそらくはこちらと『テンペスト』が上昇力で勝ることを悟り、上空域からこちらが追い落とされるのを下方で待ち受け、時間差で奇襲を仕掛けたのだろう。機数の優位と優れたステルス性能を活かせば、死角たる下方からの一撃はそのまま致命となりうる。

 

 サブディスプレイ、ダメージコントロール画面呼び出し。

 額を流れる冷や汗を拭う余裕も無く、カルロスは手早く損傷状況を確認する。幸い、被弾したのはAAMではなく機銃。主翼の損傷はあるがたかが知れており、エンジンにも損傷はない。

 これなら、何とか。安堵の息を漏らしかけたその刹那、ディスプレイ上のワイヤーフレーム図に記された表示に、カルロスは思わずそれを呑み込んだ。

 

 メインコクピット、被弾。生命維持系に障害発生。

 

「…!!ニコラス!!ニコラス、無事か!?」

《身体は大丈夫、だが…!畜生、コクピットに2発…酸素マスクのチューブが…!……意識、が…!》

「ニコラス!……!」

 

 脱出しろ。喉まで出かけたその言葉を、カルロスは反射的に呑み込んだ。

 現在は高速機動中であり、高度も踏まえればコフィン内の気圧はどんどん低下してゆく。到底戦闘機の操縦などできる筈も無く、通常ならばニコラスがぎりぎり意識を保っているこの段階で脱出するのが正解であろう。

 だが、今の状況で脱出すればどうか。機体の構造上、ニコラスだけを脱出させることは不可能であり、脱出した時点でこの機体はその戦力を失うことになる。そうなれば敵の護衛機は再び低空域へと戻り、『アロンダイト』ごと『アステロゾア』を撃墜することになるだろう。それはすなわち、サピンの失陥と同義である。

 

 確かに『死なせない』という自らの信念は全うできる。しかし、それではニコラスの信念――サピンの命運はどうなる。

 

 決断は、一瞬。

 今更問うまでもなく、その答えは決まっていた。

 

「ニコラス、操縦系を解除しろ。…お前の信念、預かるぞ!」

《…それで、こそ…だ。……頼んだぜ、…相棒…》

 

 酸欠に沈むようなか細い、しかし明確な意思を帯びた声が耳朶に響く。信念を、命を、互いを預けあう、その意志を示すかのように。

 

 コフィンシステム起動。

 息を吸って一拍、機体の隅々まで意識が巡っていく感覚が皮膚を通して体を浸してゆく。『デルフィナス』の操縦経験は無いが、共通仕様のニューコム製コフィンと、直感的に機体を操縦できるコフィンシステムの存在が今は心強い。

 

 明瞭になってゆく視界。

 肌をひりつかせる気流の間隔と殺気。

 ――直上、逆落としに迫りくる8機の『テンペスト』。

 

「――お前らなんぞに、こいつの命は勿体無ぇよ!!」

 

 後方、ロックオン警報。

 敢えてスロットルを開かず、速度性能に勝る『テンペスト』敢えて接近を誘う。重力加速度と相まって、後方に迫る敵影は驚くほどに速く、距離は見る間に1000を、800を割っていく。

 ――今。

 

 ロックオンアラートがミサイルアラートへと変わったその刹那、カルロスは一気に機体を減速させるとともに機首を引き起こし、急降下していた機体を水平へと引き戻した。急激な速度差と進路変更によりミサイルは尾部を掠めて行き過ぎ、『テンペスト』もまた機体の立て直し叶わず、急激に高度を落としてゆく。速度で敵わないならば、元より速度差でその矛先をいなす他に手はない。

 

《『アステロゾア』隊、到達まであと1分!》

《サテリトゥ2よりエスクード0、『ラプター』がそちらへ降下します!》

「こちらは何とかする、サテリトゥ隊はそのまま後退しろ!現高度では包囲される!」

《…了解!》

 

 頭上。

 反射的にカルロスは機体を翻し、左ロールから横旋回へと入ってゆく。傍らを掠めたミサイルの爆炎で視界が遮られるも一瞬、カルロスは黒煙に紛れるように機首を引いて、そのまま再度急降下へと転じていった。横旋回で格闘戦に応じると見せかけて、敵が引き起こしたタイミングで急降下に入ることでそのまま振り切ることを企図した機動である。

 

 急降下に入り振り返った先には、果せるかな機影が一つ。おそらくはF-22のうち最後尾の1機であり、僚機が引き起こしたタイミングでこちらの挙動に気づいたのであろう。速度を失わぬまま、それは徐々にこちらへと距離を狭めて追い縋ってくる。逃げおおせられるか、はたまた射程内に捉えられるのが先か。

 高度、3000、2700、2400。

 後方、距離1300。

 眼前には地を疾走する機甲部隊と戦闘攻撃機、今なおそれらを縫い付けるアルコ隊ら8機の姿。

 ――そして地平線近くに見える、双胴の8つの機影。

 

《攻撃隊より各隊、空域に到達!》

「よし…!『アステロゾア』隊、撃て!全機、空域を離脱しろ!」

 

 通信を受けたアルコ隊らがそれぞれ散開しながら速度を上げ、敵編隊から距離を取り始める。これで、敵編隊の射程内にあるのはこの1機のみ。既に上空からはサテリトゥ隊を追っていた4機も降下を始めており、一旦矛先を逸らした『テンペスト』も体勢を立て直して左右上方から旋回しつつある様が見て取れた。さながら徐々にすぼまりゆく袋の様、逃げ切る術は南方に開いた袋の口をおいて他には無い。

 

 逃げ切れる。

 その読みを切り裂くように鳴り響いたのは、ミサイルアラートを示す拍動のような電子音だった。

 

「何!?」

 

 馬鹿な。

 思わず口中に呟き、後方を振り返る。速度で勝る筈の『デルフィナス』の後方には、確かに『ラプターⅡ』1機が今も追い縋り、それどころか見る間に距離を詰めつつあった。

 地表が迫り、引き起こしのために減速している今、確かに『ラプター』でも急降下する『デルフィナス』に追いつけるのは事実である。しかし、いくら『ラプター』の旋回性能が優れているとはいえ、高度2000を切ってなお音速に迫る速度で急降下を続けるのは正気ではない。

 

 フレア散布、残数ゼロ。あまりにミサイルとの距離が近い状態で放ったせいか、十分に針路を逸らすこと叶わず、2筋のミサイルが至近で炸裂し機体制御を乱す。何とか平衡を保ち機首を引き上げようと試みるも、更に距離を詰めた『ラプター』から放たれる機銃掃射により、その針路は完全に塞がれていた。

 

 何だ、こいつは。

 狂信ではない、使命感というだけでもない。未だ機体を引き上げず、なおも速度を速めて距離を狭めるその様からは、死をも恐れぬおおよそ非人間的なあり様すら感じられる。その姿は、さながら自爆型の攻撃ドローンや無人機のそれにも近い。

 

 ――いや、まさか。

 死を恐れない…『命を惜しまない』かのようなその姿勢。

 無人兵器に近くも、それと相反する有機的な挙動。

 そして、『ウロボロス』の掲げる理想。

 

「こいつら、まさか…!――いや、後だ!そんなものは!!」

 

 走った被弾の衝撃が、揺らいだ思考を呼び戻す。

 そうだ、今はそんなことはどうでもいい。今はただ、自分とニコラスの信念を全うすることに注力するのみ。

 大きく息を吸い、下腹に力を込めて一拍。カルロスは迫る地表へ残るミサイルを全て放ち、2秒ほどをおいて『デルフィナス』の機首を限界まで引き上げた。

 

 機体に纏う噴射煙が一瞬視界を遮り、引き上げのGに速度が加わった重圧が、とうに全盛期を過ぎた体を圧迫する。

 地面に爆ぜる爆炎と土煙、それに妨げられわずかに狙いを逸れる機銃掃射。致命の光軸はコクピットを掠め、高度150ほどで平衡を取り戻した機体は方位180を指して速度を上げてゆく。

 

 一拍置いて後方を振り返ると、そこには速度を殺しきれずに地面へと突き刺さり、黒と赤の爆炎に沈む『ラプター』の墓標を見て取ることができた。他の機影はこちらに追いつくこと叶わず、こちらと敵編隊との間を、『アロンダイト』が曳く幾筋もの白煙が横切ってゆく。

 

 間、数秒。閃光とともに響いた轟音は、しかし遠く。

 幾重にも連なるそれが収まった後に振り返った先には、無数に立ち上る黒煙と炎、そして翼をもがれて墜ち行くいくつもの機影。空中で炸裂した『アロンダイト』が空陸の目標を破砕し、その戦力と命のことごとくを奪い去った末の光景であることは誰の目にも明らかであった。上空に残る十数機の護衛機は無傷のようだが、護衛目標を失ったそれらは三々五々に踵を返し、北を指して飛んで行く。

 

「……ニコラス、見たか。――勝ち戦だ、何十年ぶりのな」

 

 飛び込んでくる基地や僚機からの通信も、長時間の戦闘機動で疲弊した体にはもはや届かない。

 鉛のように重くなった腕を何とか持ち上げ、顔じゅうを濡らした汗を拭い、カルロスは肚からの吐息とともにそう呟いた。

 

 被弾痕を幾筋も刻み、白煙を曳く紅地の機体は、独り南を指して疾駆する。

 

 航跡を引くその後方、地を灼く赤色と立ち上る黒色の先には、彼方まで続く崇く遠い、紺碧の空が広がっていた。

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