Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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第44話 Inversion

《なんだ、今日は珍しい顔がいるんだな》

 

 開口、一番。モニターの中の席に腰を下ろしたレフ技官の声が、窓のない小さな一室に響いて消えてゆく。

 

 眼前に設置されたモニターの向こう――軽空母『プリンシペ・デ・アルルニア』と幾度となく行っているリモート会議において、出席する人間は少なく、それゆえに互いも自然に顔なじみとなる。彼我を交え10人といない小規模な協議の場であるだけに、頭数一人増えただけでも注意力のある人間には奇異に映るものなのだろう。

 

 流石、と言うべきか。

 臨時の会議招集、そして常であればあり得ざる、()()()()()()()()の会議への参加。特例ばかりの会議の様から目敏く違和感に気づいた様子のレフに、青年――クルス・コンテスティは内奥に淀んだ懊悩に一層の苦みが加わるのを感じた。指揮官である以上――それも一部隊の前線指揮官ではなく、成り行きとはいえ一軍を隷下に置く戦略上の指揮官となってしまった以上、いかに苦痛や自己嫌悪を伴う作戦でも口にしなければならない事は理解しているが、それでも後ろめたい心苦しさに口端が歪むのは抑えられない。

 

 言葉の裡に馳せた思惟から、目を逸らすように視線を落とすこと一拍。クルスはレフの言葉に釣られたような素振りを擬して、彼の言葉が向いた人物の方へと目を遣った。

 

「よ、久しぶり、『青槍』。元気そうじゃないか」

《この場で顔を見るとは思わなかったぜ、イルダ。今はそれらしく『赤線』の方が良かったか?》

「…?二人は既知の間柄だったのかな?」

《ええ、まあ腐れ縁みたいなもんですが。俺達とは別の『オーキャス』のマスターでもあったんで、ある意味ではクルス顧問とも腐れ縁ですよ、彼女は》

 

 レフの親しげな口調に怪訝な表情一つ、久方ぶりに聞く『オーキャス』の名を手繰った縁に、クルスも『ああ…』と納得の息を漏らす。

 『赤線』――イルダ・バーモンテ顧問航空技官。NEUサピン方面駐留部隊のパイロットにして、昨年のゲベート危機前後にベルカ派遣でも成果を上げた優秀な戦闘機乗り。事前に聞いていた情報と言えばそれまでであったが、レフと親しく言葉を交わす様子や、自分とも無関係ではないという背景に、クルスは幾分心境が和らぐのを感じた。彼女に無理難題を改めて伝えねばならないことは変わらないが、それでも赤の他人へ命令を下すのと、幾らかでも互いの知己を介した場で話すのとでは心理的な負担にも違いがある。――無論、それゆえに心苦しい部分が生じることも否定はできないが。

 

 余談だが、クルスは自らが担当していた『オーキャス3』とは、昨年末のオーレッド湾上空での戦闘の後に離別したきりとなっていた。必要なデータは全て得られたとの理由で担当研究員のハインツ・ナカムラともどもスーデントールへ引き上げた訳ではあるが、結局どのような交戦データを収集していたのか、クルスとしては分からずじまいのまま今に至っている。自身にそれなりに懐いていたような印象もあり、もしまた会えるなら話をしたいという思いも無い訳ではなかったが、当のスーデントールが『ウロボロス』の手に落ち、ハインツやオーキャス3の消息も不明な今となっては詮無い事であった。

 

《ところで、何でイルダがここに?まさかの参謀級に昇格でも?》

「あー、そいつはね…」

「しばらく、イルダ顧問、レフ技官。人数も揃ったので、ここからは私が説明します。……まずは、これを見て欲しい」

 

 レフの疑問に応じるイルダを制し、クルスは傍らの参謀部付き士官へ指示の首肯を向けた。イルダの言葉で理由を説明するのは簡単だが、まずは互いの認識を共有するために前提から説明するのが、迂遠でこそあれ確実でもある。何よりそれは、目前の脅威を認識するとともに、自らの心を再度納得させるためにも必要な手順でもあった。

 

 間にして数秒、画面共有を行ったモニターには、定点らしいカメラの映像が映し出されてゆく。やや粗い画像の中で、鈍い緑と土色を帯びた山肌を遠景に、その上を幾つもの小点が馳せ違うその様は、さながら半世紀は前の戦争記録映像を想起させる光景だった。

 

「撮影日は一昨日午前8時ごろ。レクタ郡北西部、ベルカとの郡境付近での録画記録だ。座標と彼我の進行方向から判断するに、レクタに集結したGRDFと『ウロボロス』の交戦の様子と考えられる。先日の『ニョルズⅡ』交渉時の情報や針路から察するに、おそらくGRDFはベルカ郡ホフヌングを対『ウロボロス』制圧戦の橋頭保として占領する方針らしい」

《本拠に乗り込む前に人ん()の庭に上がり込む辺り、がめつい連中だな。…まあ人のことは言えないが》

 

 当然と言えば当然ではあるが、レフの軽口には棘がある。

 ウロボロスによる各勢力への宣戦布告により既存の国際秩序は無いも同然の有り様と成り果ててはいたが、それでもホフヌングを有するベルカ郡はニューコム経済圏の一角なのである。対スーデントールを考えるならばゼネラル経済圏のレクタやゲベート西端でも橋頭保には十分だろうに、敢えてベルカ領内に足場を設けんと企図した辺り、狡猾に『戦後』を見据えたゼネラルリソースの意思が透けて見えた。尤も、対『ウロボロス』戦の名目の下、ゼネラル経済圏下であるウスティオ攻略を目論むニューコムもこの点同類ではあるのだが。

 

 レフの軽口をよそに、映像の中では撮影時刻を記すデジタルメーターがコンマ秒を刻み続け、中空では無数の弧が無機質な幾何学模様を描いてゆく。空域を広く捉えるための引き気味の視点であるゆえか、互いのパイロットの意思はおろか機種すらも判然とせず、その様は戦空と言うよりも、波濤や風紋をひたすら眺め続けるような無機的な観察作業と評する方が近しい。

 

 遥か遠い空に刻まれ続ける、乱脈な秩序。それが唐突に終わりを告げたのは、航跡を刻む機影のうちの一つが、不意に地を指して急降下に入った時だった。

 西から飛来した黒い機影が、機首を穂先に見立てて描く鋭角。1世紀前の急降下爆撃を彷彿とさせるほどにその角度は垂直に近く、小柄な機影と相まったその姿は流星と見紛うほどに鋭い。

 

 そして、黒衣を帯びた流星が地に呑み込まれ、突き刺さったその瞬間。

 その『爆心地』からは悍ましいほどに紅く黒い爆炎の傘が立ち上るや、やがて濛々と噴き上げるキノコ雲となって、崇い蒼穹の背景へ醜い染みを刻み込んでいった。数秒を隔ててカメラを揺らした衝撃波の凄まじさと相まって、天と地のあらゆる命を呑み込む爆炎の奔流は、目を覆わんばかりのその威力を無言のうちに物語っている。

 

 記録映像でしか見たことはないが、その様は、まるで――。

 

《……核…!?》

「おまけに航空機ごと突っ込むカミカゼで、ね。本当にそうだとしたら、狂気ですらない。一番厄介な、正気の下に行われる狂信だ。…少なくとも映像だけを見ればそう思うよ、『青槍』の。アタシもそうだった」

《…?どういう事だ?》

「結論から言えば、これは核攻撃ではなく、そしてカミカゼでもない。少なくとも種々の分析と観測結果からはそう結論付けられる」

 

 動揺を帯びた、狼狽の声音。唖然としたレフの表情は、しかしからかうようなイルダの言葉とクルスによる解説により、怪訝なものへと変わっていく。状況証拠と分析が絡み合った複雑な背景がある以上、こればかりは一言で説明を当てはめようにも網羅しきれるものではない。

 基盤に敷くは、レクタ西方の観測結果と先のサピン防衛戦の戦果。その上に組み立てるは、参謀部とニコラスおじい様らにより線を引かれた、推論と経験を織り交ぜた分析。自らその推測を改めて俯瞰するように、クルスはレフへ解説を紡いでいった。

 

 まず第一に、今回の攻撃に用いられた兵器についてである。

 『ウロボロス』はイェリング廃鉱から旧ベルカの核兵器を入手したとされており、今回の攻撃についても、当初はその威力から戦術核兵器『V1』の使用が想像された。しかしその後の分析により、レクタ郡境付近において放射線量の増加や電子機器への異常は確認されておらず、V1が使用されたという証拠は確認できなかったのである。加えて、今回の戦闘はホフヌング制圧を目論むGRDF地上部隊の阻止のために『ウロボロス』が迎撃を行った形ではあるが、劣勢になりつつある『ウロボロス』においてV1は空中空母と並ぶ数少ない切り札の筈である。いくら殺到する地上部隊を食い止めるためとはいえ、その切り札をこうも早期に、しかも1発のみ使用するのは不合理と評していいだろう。

 以上の分析から、今回投入されたのはV1ではなく、通常爆弾の一種である大規模爆風爆弾(MOAB)というのが大勢の見方だった。これは本来であればゲリラ対策や橋頭保確保のためにジャングルを薙ぎ払う、あるいは地雷原を無力化するために運用する為の兵器であるが、その運用思想上、大量の爆薬により地表の広範囲へ爆風被害を及ぼす特徴がある。この際、爆発と地表からの反射による熱が上昇気流を生み、あたかも核兵器と同様のキノコ雲を形成するのである。『ウロボロス』には旧オーシア国防軍の流れを汲むUPEOも参画していることを踏まえれば、オーシアで開発・運用が行われたMOABを実戦投入することも考えられる話ではあった。

 

 問題は、二点目の課題の方。すなわち、カミカゼならざる自爆攻撃の分析についてである。

 先述の通り今回の攻撃はMOABによるものとほぼ断定された訳ではあるが、爆薬を大量に搭載する特性上、MOABの重量は通常の無誘導爆弾(UGB)とは比べ物にならないほど重い。当然ながら相応の積載能力を持つ搭載母機が必要であり、通常ならば大型爆撃機か輸送機がその任に充てられるべきものであった。

 翻って今回の例を見るに、爆弾を搭載していたと思しき急降下した機影は、どう見てもこれらの類ではなく、せいぜい『オルシナス』級の中型機である。投下装置もMOABの重量に耐えられるものではなく、ほとんど機体に固定したような形で突入したのであろうことが状況から伺い知れた。この点だけを見れば、攻撃方法としてはカミカゼ以外の何物でもない。

 

 しかし、ここサピンにはこの謎の論拠となりうる証拠があった。

 先のサピン防衛戦の際にニコラス機を追撃して墜落した『ウロボロス』のF-22C『ラプターⅡ』を検分したところ、パイロットが脱出した形跡が無いにも関わらず、コフィンの中にパイロットの姿が――それどころか指紋や遺留品のようなパイロットが『いた』とする痕跡すらも認められなかったのである。無人機として投入された可能性も一応は考えられたが、ニコラス機に同乗していたパイロットの証言によれば、その『ラプターⅡ』は無人機とは到底思えないような有機的な機動を見せていたのだという。

 

 無人機とは到底思えない機動。パイロットの姿の無い機体。そして、『ウロボロス』が掲げる理想。これらを踏まえれば、得られる仮説は一つしかない。

 

 すなわち、『ウロボロス』はついに電脳化技術を実戦に投入し、電脳化処理を施したパイロットの手で機体を無人制御していたのではないか、という事である。確証が得られた訳ではないが、これならば全ての謎に説明が付く。MOABを括りつけて半ば誘導ミサイルと化した機体によるカミカゼ攻撃も、実体を持たない電脳化パイロットならば躊躇なくやりおおせられるのも道理であった。何せ彼らの本体はエレクトロスフィア上に存在するのである、突入直前にエレクトロスフィアに引き上げさえすれば、難なく再起は可能に違いない。

 

 以上の仮説を基にすれば、『ウロボロス』が敢えて通常爆弾による疑似特攻攻撃を仕掛けてきた理由は自ずと透けて見える。

 すなわち、『ウロボロス』は低リスクで自爆攻撃を行う技術と覚悟があること。そして何より、弾道ミサイルや長距離爆撃機を持たない『ウロボロス』でも、同じ手法でV1やV2を投入することも可能であることを示す、一種の示威行為だったと見なしていい。

 

 折しも、GRDFがレクタ方面とオーレッド湾から侵攻するのに呼応し、NEUもウスティオ方面へまさに進軍する矢先の事態である。『ウロボロス』の核攻撃の矛先がニューコム側へ向くことも当然考えられることである以上、今回の攻撃はその矛先を鈍らせるのに十分なものであった。

 

《……反則だろ。反則だ、何だそりゃ。人間を辞めて、自爆攻撃までやらかして…何だってんだ!胸糞悪い…!》

「…レフ技官には同感だ。だが、事態が目前に迫っている以上、ソーリス・オルトゥス攻略に先んじて対策を取る必要がある。…そこで」

 

 前提を終え、本題へ。間を一拍置いてちらりとイルダへ目を向ければ、帰って来たのは『いつでもどうぞ』とばかりに微笑と余裕を湛えた一瞥であった。

 

 ――心苦しい。

 

 こみ上げる痛哭の棘を呑み込み、クルスは正面へと口を開く。こんなところで揺らいでは、彼女の覚悟に申し訳が立たない。

 

「敵航空機の針路分析から、先の攻撃機はウスティオ領内東部山間、ヴァレー旧空軍基地から飛来したものと判明した。おそらくは秘密裏にV1、V2をヴァレーへ搬入し、ここから攻撃機を出撃させる積りらしい。対ウスティオ方面のNEUは、総力を挙げてこれを叩く」

《ヴァレーって…レクタやラティオから目と鼻の先じゃねえですか!まさかこんな所に…》

「おそらく、MOABやV2の重量を考慮してのことだろう。燃料の積載量を限界まで減らさなければ、『ウロボロス』の保有戦力ではこれらは搭載できない。しかし、いくら近距離とはいえ、山間ゆえに地上部隊の進行は困難だ。当初は弾道ミサイル攻撃も検討されたが、核の暴発の可能性が高く、実現は困難と結論づけられている。周辺にはレーダー誘導対空砲も増設されており、誘導爆弾による有効打を与えることも難しい」

《……》

「――そこで。我々は、残された最後の『切り札』を投入する」

《…切り札?》

 

 頬杖を突いたところに、怪訝な問い返し一つ。応えるようにこくり、と頷いたクルスは、端末を操作して共有画面にいくつかの図表を映し出してゆく。あるいは地図、あるいは何らかの距離を示す同心円を重ねた作戦企画書、あるいはワイヤーフレームで構成された三面図。とりわけ最後の図面は、武骨な長方形の横面の上に長砲身の大砲らしき構造が空を睨む特徴的な姿をしており、さながら1世紀前の大口径列車砲を連想させる。

 

《…これは…》

「旧サピン王国陸軍が開発したレーザー列車砲『カリヴルヌス』。本兵器によるレーザー照射で、ヴァレー基地の滑走路を破壊する。イルダ顧問航空技官には、レーザー攻撃の中継を担ってもらう」

 

 かりう゛る、ぬす。

 聞きなれない単語の響きを確かめるように、画面の向こうのレフはオウム返しに呟く。単語はおろか兵器の出自さえもサピン由来ではない以上、レフの認識に馴染みが無いのも仕方のないことであった。

 

 『カリヴルヌス』とは、2010年の東方戦争の折にサピン王国軍によって投入されたレーザー兵器の一種である。サピン北東部ピレニア山脈に穿たれた横穴に秘匿されたそれは、双胴空中管制機『アークトゥルス』との連携によって超長距離へのレーザー攻撃を可能とした、当時のサピンにおける正真正銘の『切り札』であった。

 その出自は、1995年のベルカ戦争にまで遡る。

 ベルカ公国の敗色が濃厚となったベルカ戦争末期、連合各国はベルカからの亡命者を大々的に受け入れ、その優れた技術の独占的な吸収に努めていた。その中でサピンにとって最大の収穫であったのが、ベルカが誇るレーザー兵器『エクスキャリバー』の護衛として配備されていたレーザー列車砲の設計図と、その基幹予備部品の入手だったのである。戦後、サピンはこれを密かに完成させ、『カリヴルヌス』の名を与えて密かに国境防衛の切り札として配備。東方戦争半ばのウスティオ・レクタ連合軍による攻撃で機能を喪失するまで、長きに渡りサピン防衛の任を全うしたのであった。

 

 戦後、各国に漂った軍縮の機運の例に漏れず、『カリヴルヌス』はオーレッド湾のヴァルハラシステムやイェリングの核兵器同様にピレニア山脈に放置されていた。わずかに戦没者の遺体回収と調査が行われたのみで、基幹たるレーザー発振器やジェネレーターは出口が崩壊したトンネルの中に残されていたという訳である。

 永遠に歴史の闇に消える筈だった『カリヴルヌス』が再び陽の目を浴びたのは、サピン王国がニューコム経済圏に組み込まれた2030年代に入ってからであった。ゼネラルリソース対ニューコムという新たな秩序と緊張の下、ニューコムはこの『カリヴルヌス』の再利用と改修に目を付けた。高度な情報戦が行われる昨今、新兵器の開発となれば瞬く間にゼネラルリソース側へ情報が筒抜けとなるが、廃棄された兵器を既存の技術で再利用するのならば、その情報的優先度はぐっと低くなり、警戒されるリスクも減少する。レーザー技術についてはニューコムが先進していること、対高高度・対衛星目標用途に高出力レーザー兵器が注目されていることに加え、当時の実情を知るニコラスが再利用の後押しをしたことも、この方針に追い風となった。

 結果、『カリヴルヌス』は最新の技術により出力強化や射程延伸の改修を施され、いわば『カリヴルヌスⅡ』として蘇ったという訳である。

 

 とはいえ、既存兵器の枠外にある切り札といえども欠点は存在する。すなわち、『カリヴルヌスⅡ』は対空目標にこそ優れた射程距離と精度を発揮するものの、直進性を有するレーザーという特性上、対地上目標への直接攻撃は不可能という弱点を有していたのである。

 この欠点は同種の兵器が持つ共通の問題であり、それゆえに過去にも様々な勢力が実戦投入において工夫を凝らした。ベルカやラティオでは機体底部に鏡を装備した航空機でレーザーを反射することで地上への狙撃を可能とし、サピンではレーザー収束・偏向装置を搭載した中継機『アークトゥルス』との連携運用で対地攻撃を実施したのはまさにその一例と言えるだろう。

 

 それらの貴重な知見を鑑み、今回NEUは『カリヴルヌスⅡ』との連携運用を想定した特殊機を用意。ヴァレー上空に展開した本機が『カリヴルヌスⅡ』のレーザー攻撃を中継し、間接的にヴァレーの滑走路を破壊するという作戦が立案された。

 当然、敵地付近で鈍重な特殊機を操縦しながら敵の迎撃を捌き、かつレーザー中継空域に占位し続けるには、相当以上の技量を持つパイロットが求められる。そこで白羽の矢が立ったのがベルカ戦線で功績を上げたイルダであり、この場に召集されたというのが、今の会議に至る顛末であった。

 

《敵のど真ん中でレーザーを中継する!?んなバカな…!……!…………本気か、イルダ?》

「本気も本気だとも。こう見えてアタシは分の悪い勝負はしないんだ。――それに、何より。あんたが…あんたたちが自分の役割を必死に務めてるのに、アタシもできる限りの事をしなきゃカッコ悪いだろ?…なに、大丈夫。期待してくれよ、『青槍』」

 

 昂る感情を抑えるように、レフの瞳がイルダへ向かう。応えて紡ぐその言葉に、クルスは今一度、呑み込んだ筈の苦みがこみ上げるのを感じた。

 特殊機でレーザーを反射し、敵拠点を攻撃する。語れば短いその内容ではあるが、危険性はあまりにも高い。ウスティオ郡境を突破してヴァレーに至るだけでも道中の妨害を覚悟しなければならない上、レーザー中継前後には中継機は当然ながら無防備になる。言うなれば決死の任務であり、優秀なパイロットであるイルダをそのような任務に投入せざるを得ない現状は、クルスにとっても苦しく恥ずべき状況であった。

 

 イルダに向いていたレフの目が、射るようにクルスへ向かう。

 問責ではなく、抗議や不満でもなく、ただ信を問う色。同僚として、指揮官として、覚悟を確かめる瞳。

 

 

 ――分かっている。

 こみ上げた苦みが何だ。死地へ向かわせる苦しみが何だ。彼に激を受け、スーデントールから脱出した時に決めた筈だ。奪ってしまった命にせめてでも報いるために、全てを賭してサピンを救うと決意したのではなかったか。

 

 指揮官としての責任と、サピンを救う覚悟と、そして結んできた信頼と。全てを預けて、クルスはレフへ静かに頷いた。

 

《なら、いい。どっちみち俺はここを動けない、いわば部外者だ。お前の決意に任せるよ》

「おう。ま、気楽に待っててよ。全部ひっくるめて終わったら、ニコラス参事にたかって飲みに行こうじゃないか」

《そりゃいい。久々に浴びるほど飲んで‥…ん?》

 

 覚悟の果ての笑みと、悪友のように覗かせた白い歯。

 一瞬後にそれを覆い隠したのは、画面の向こう――すなわち『プリンシペ・デ・アルルニア』の室外から響く慌ただしい足音と、一拍置いて響いたドアの開放音であった。ドアの外には息せき切った様子の作業着の男が立ち、同室内の艦長らへ足早に一歩を踏み出していく。

 

《会議中失礼します!緊急事態です、『ウロボロス』の空中空母1隻がフトゥーロ運河上空に出現しました!針路真南、GRDFの機動部隊へ向かっています!》

《何だと…!索敵班は、対空レーダーは何をしていた!》

《それが…!空中空母はレーダー上に反応せず、目視域まで存在を確認できなかったとのことで…!》

《ち…!クルス顧問!》

「ああ。…おそらく件の自爆攻撃で陸上部隊の進行を足止めする隙に、GRDFの機動部隊から排除する積りだ。レフ技官、ここでGRDFの機動部隊を失う訳にはいかない。可能な限りGRDFと連携し、敵空中空母迎撃を任せたい」

《承知!ヴァレーの方は任せます。イルダ、頼むぞ!》

「言われなくとも!ほら行った行った、ゼネラルに獲物取られるよ!」

 

 拳を突き出すジェスチャー一つ、弾かれたように席を立ったレフは、作業着姿の水兵を押しのけて会議室を飛び出してゆく。当然迎撃となれば『プリンシペ・デ・アルルニア』の艦載機も出撃を要する以上、艦の要員もまた安穏としている訳にはいかない。驚愕も一瞬、残る艦長らも軍帽を整え一礼し、次々と卓上から離席していった。

 予定外の事態ではあったが、いずれにせよ『ウロボロス』の空中空母とは遅かれ早かれ対峙する必要があったのである。GRDFも何の対策をしていないとは考えづらい以上、挟撃の形で攻撃を仕掛けるのは現状としては最善の策であった。

 ひとまず当面の作戦方針を最低限打ち合わせ、相手方も席を立った以上は会議を続ける要もない。投影画面が消えるのに合わせ、こちらの幹部連も三々五々に腰を上げて各々の所属へと戻ってゆく。

 

 電気が消え、空調も止まった静かな部屋。

 眼前の書類を纏めるクルスと、ついぞ腰を下ろしたままのイルダの他に人の姿は無く、がさがさと紙や樹脂製パネルが擦れる音だけが薄暗い室内に響き渡っている。

 

「空中空母の方はどんなもんですかねぇ」

「想定よりは早いが、対応は可能でしょう。GRDFは、過去に空中空母相手に辛酸を嘗めている。同じ轍を踏むとは思えない。それに、空中空母の脇腹に当たる至近距離に『プリンシペ・デ・アルルニア』は潜伏している。GRDFの攻撃に呼応して奇襲を行えば、撃沈は不可能ではない」

「なるほど。ゼネラルもそこまでバカじゃあないか。あっちにはレフもいることだし」

「そういう事です。…我々も行きましょう。件の特殊機の実戦投入に向けた準備も…」

「クルス顧問」

 

 眼前の仕事に注力しようと――逃げ込もうとしていた心を質すように、紡ぐ呼びかけは僅かに一節。

 待っていたような、避けていたようなその声に、クルスは目を落とすも一瞬、まっすぐにその瞳へ向き直った。

 

「あんた、アタシに話したいことがあるんじゃないかい?なんとなく、そんな気がしてね」

「――……。…嘘は付けませんね、あなたには。……私は、ただ貴方に申し訳ない。人一人の決死をてこに作戦を動かさねばならないなど、一軍の指揮官として恥ずべきことです。成り行き上の、仮初めの指揮官とは言え、その責任は変わらない。貴方へ言うとすれば、ただただ、自らの不明と不足を恥じること。…その一点だけです」

 

 細く、沈んだ声音とともに、紡ぐのは贖罪の言葉。この他に手段はないといくら頭で考えていても、内省と覚悟で自らを無理やり納得させようと、クルスは内奥に(わだかま)るその言葉を言わずにはいられなかった。

 『ウロボロス』の襲撃を受けたあの日、オステアをむざむざと落とさせなければ。

 従来の態勢ではなく、警戒のための予備戦力を投入するよう進言していれば。

 あるいは、もっと早くスーデントールからの脱走を決意できていれば。

 けして不可能では無かった数多の『もし』が、自らの心を縛って沈めてゆく。

 幼い頃から周囲はもてはやしてきたものだが。結局、やはり、私はおじい様のような英雄の器では――。

 

 不甲斐なさと後悔が、苦みとなって口中を満たす。それが激情となり、伏せた目から溢れそうになった、その時。

 激情をかき消すように響いたのは、ふは、弾けるように漏れたイルダの笑い声だった。

 

「はは、いや、失敬。なるほどなるほど、確かにこりゃレフが()()()()()のも分かるね」

「イルダ顧問?何を…」

「今は他に人目も無い。同階級と年上の立場に甘んじて、今だけ失礼するよ。…あんた、本当に真面目だね。真摯で誠実で、そんでもって当然才気もある。こんな指揮系統が壊滅した状態で曲がりなりにも軍として活動できるなんて、普通は考えられるもんじゃない。けどね、あんたは真面目過ぎるんだよ。図太さ、傲慢さ、悪辣さがまるでない」

「そんなことは…!」

 

 違う。

 後悔が、反射的に口に上る。図太くなければ、レフ技官にああも簡単に空中空母を押し付けるものか。傲慢でなければ、どうしてイルダ顧問にこんな難題を任せるものか。…そんな()()を、私は今まさに犯してしまっているではないか。

 

「ない、って言えるかい?じゃあ何で、私に謝る。あんたは今や実質的にサピン方面NEUの指揮官。指揮官が端役に命令を下しただけだ。あんたが本当に図太く傲慢なら、それを気にする筈はない」

「…私は…」

 

 あくまで微笑を湛えて、イルダは包むように、諭すように言葉を紡ぐ。

 不思議な説得力を宿すその言葉に、緩んでゆく抗弁の舌鋒。気づけば伏せた目は再びイルダへと向かい、年長者たる風格を湛えたその色を真っすぐに見据えていた。

 

「別に悪辣であれと言いたい訳じゃない。大義の為に感情を捨てろなんて仰々しい事を言う気も無い。けどね、あんたの周りにいる人間は、等しくあんたを信じてるのさ。『サピンの英雄の孫』じゃなく、クルス・コンテスティっている人間をね。アタシだってそうさ。やりようはある、やり甲斐があるって思ったからこそ、あんたを信じて任務を引き受けた。――だから。あんたも、周りを信じてやれ。困った時は、皆に甘えて、任せてもいいんだ。あんた一人で思い悩んで、あんた一人で全部背負う必要はないんだよ」

「――……」

 

 甘えてもいい。任せてもいい。――信じろ。

 言葉にすれば、あまりにも単純で短い、それだけの単語。しかしクルスは、懇々と説くイルダの言葉によって自らの心を固縛していた鎖が解かれていくような感覚を覚えていた。

 その説くところは、甘えに繋がるものかもしれない。

 全責任を負うべき指揮官の責務を放棄した、無責任な思想であるのかもしれない。

 だが、指揮官たる責任と悪徳の間で潰れんばかりとなっていたクルスにとって、それはいわば救いの一言であった。

 

 私は、英雄の器ではない。おじい様にはなれない。――いや、なる必要は無い。

 おじい様にはおじい様に、自分には自分に合ったやり方があるのだ。それでいいではないか。

 

「ま、何が言いたかったかというとだ。後悔したところで、何一つ進みやしない。今は、ただ前へ進もうじゃないか…ってとこかな。…はは、こんなんで気が楽になったかは分からないが」

「いえ、…いえ。ありがとう、イルダ顧問。心のつかえが落ちた気分です。…その…こういうことを面と向かって言うのは気恥ずかしいのですが、…こうしてお話しできて、本当に良かった」

「…そ、そうかい?はは、こんなヨタ話でよけりゃ、いつでも。さて、アタシはそろそろ行くよ。件の『特殊機』、体に馴染ませておきたいからね。ま、当日は大船に乗った気でいてくださいな」

「勿論。――信じています、イルダ顧問」

「おう。お互いに、ね。また後でメシでも食べよう」

 

 突き出された拳に、返すは信を乗せた拳骨一つ。

 にか、と輝くような笑みを送って、イルダは身を翻しドアの向こうへと踵を返していった。

 一人立つクルスに残ったのは、手の甲に残った拳の固い感触と、イルダの長髪が纏う紅色の芳香。そして、イルダが残した言葉の端々。

 

 信じる。

 信じよう。皆を、そして自分自身を。それだけが、自分を信じてくれている皆へ返せる、唯一の事なのだから。

 

 拳を握り、上げた瞳に映えるのは、廊下向こうに設けられた消火器の燈火の紅い色彩。

 暗夜のような暗い室内の中、クルスの瞳に映る紅色の光は、純烈なほどに煌々と輝いていた。

 

******

 

 息が、切れる。

 

 長い廊下を抜け、突き当りを右、ステップ部分の中抜きが施された古い階段を上り上階層へ。元来が旧式艦である軽空母『プリンシペ・デ・アルルニア』においては乗員の利便が軽視されている節があり、(こと)艦底部近くの小会議室から格納庫へは相当に距離がある。

 掴んだ手すりを軸に踊り場を半回転し、すれ違う乗員を押しのけるように身を躍らせて、唾を呑み込む間隙一つ。飛び込んだ格納庫の中、人々が屯する中に求める男の顔を見つけ、青年――レフは、さながら矢のごとくその元へと奔り寄った。

 

「フォルカー!」

「?レフ君?どうした、グラン・ルギドの本部とミーティング中だったのでは…」

「話は後だ、すぐに『サイファード・ワイバーン』に火を入れろ!レールガンと短距離空対空ミサイル(AAM)も頼む!」

「あ…ああ。ゼロからの稼働だ、40分ほど時間をくれ」

 

 きょとんと間に虚を一つ、レフの様子に急を察したらしく、フォルカーは弾かれたように『ワイバーン』から点検用ケーブルを外して緊急発進の準備に慌ただしく動き始める。レフもまた機体の駆動系制御盤に外部電源コードを差し込み、外部接続によるエンジンの暖気を手早く進め始めていた。本来であれば機体本体の制御のみで可能な作業ではあるが、1秒を競う今は外部電源に頼る方が時間を短縮でき、機体の電力も消費せずに済む。流石に車のように点火後即発進とはいかないのがもどかしい限りだが、機体構造が旧式な『サイファード・ワイバーン』ではこればかりは仕方がない。

 

「それにしてもどうしたんだ、緊急事態かい?」

「『ウロボロス』の空中空母が出張ってきた。連中、GRDFの艦隊から先に叩き潰そうって肚らしい」

「何だって!?…分かった、急いで兵装を換装しよう。幸い、レールガンの点検は終了している。電圧も異常無しだ」

「上々だ。機関砲のベルトは?」

「徹甲焼夷弾だ、おそらく換装は必要ない。…それより」

 

 『プリンシペ・デ・アルルニア』の艦載航空隊にも出撃命令が下ったらしく、格納庫に満ちてゆく慌ただしい気配。それを煽るように壁面のモニターには甲板の様子や遠隔カメラによる岩壁外の映像が映し出され、行き交う人影が視界の端に絶えず引っかかってゆく。

 その空気に紛れるように、潜めた声が出でた先には神妙なフォルカーの顔。その様子に薄々感づきつつ、レフは作業を進めながら、横目でその相貌へと促すように視線を向けた。

 

「何だ」

「オーキャス14とヴァルハラシステムのことだ。点検の結果、記憶領域とコミュニケーション機能を除くオーキャス14の機能に異常はない。システムも正常に稼働することは確認済みだ。あとは…」

「ヴァルハラシステムは使わねぇ。死んでもな」

 

 案の定、と言うべきフォルカーの言葉に、レフはぴしゃりと言い放つ。

 『これから先、ヴァルハラシステムを使うたびにスフィアは記憶と言葉を失ってゆく』。そうフォルカーに告げられてから、レフは一も二も無くそう結論を下したのだった。

 少なくとも、レフにとっては悩む必要すらない、至極当たり前の判断に過ぎない。仲間と認めた相手の自己犠牲に基づく必勝法など全く以てクソ喰らえであり、到底納得できる話ではない。決断には納得が必要――翻って『納得できないことはしない』という己の信念に照らしてもそれは動かしようのない結論であった。

 

「……そうか」

「ああ。時間がないんだ、余計な事を話してる暇は無いぞ、フォルカー」

「……。…レフ君。私が言うのもおかしな話だが」

「…今度は何だ」

「君の想いは分かる。その信念が、オーキャス14の献身に納得しないことも。だが、はっきり言おう。君は人間であり、オーキャス14は機械だ、AIだ。いくら意思を持つからといえ、その領域を超えるものではない」

「……何が言いたいんだ、フォルカー」

「危機に陥ったなら、迷わずシステムを使うべきだ。オーキャス14の…いや、敢えて『スフィア』と呼ぼう。君に死んで欲しくない一心で機体やシステムと同化した、スフィアの意思も尊重することになる。…AIのために、君が死ぬ必要は…」

「何度も言わせるな。ヴァルハラシステムは使わない」

 

 匕首のような、鋭い問い。体の芯が冷え、反射的にごくりと喉が鳴るのを知覚しながら、レフは目の前の作業に没頭した。――正しくは没頭するよう自らに強いることで、フォルカーの問いから目を逸らした。

 システムを使わず、その結果自らが死ぬ。スフィアの意思を踏み躙る。

 そんなことが、ある筈がない。先の『レギンレイヴ』艦隊との交戦はいくつもの不確定要素が重なったゆえの苦戦であり、ゆえにシステムを使う羽目になった訳ではあるが、目下『ウロボロス』は劣勢に立ちつつあるのである。システムを使わずとも、自身の技量と機体性能を活かしきれば危機は乗り切っていける筈、であった。

 

 ふう。

 傍らに生じたフォルカーの溜め息にも、レフは一瞥を振ることなく眼前の計器に集中する。それは、眼前の問題にかまけて現実への直視を先延ばしにした、一種の現実逃避だったのかもしれない。

 

「まだ時間はある、よく考えるといい。君の命はもはや君一人のものではないんだ。スフィアだけでなく、君に死んで欲しくない人間が大勢いるということにも目を向けてくれ」

 

 諭すような、祈るようなフォルカーの言葉が、レフの耳に浸み込んで消えてゆく。

 

 ディスプレイが映す朧な外の光景には、空中空母が水面へ落とす大鯨のような影が、ゆっくりと南へ流れてゆく様が投影されていた。

 

 

 

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