Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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第46話 無銘の墓標

 土色に連なる(いわお)の筋が、雲に紛れながら遥か眼下を流れてゆく。

 

 高度4400、雲量にして7を占める曇天の下。昨晩から張り出して来た低気圧の影響か、頭上の殆どは曇天の帳が下りており、一帯は早朝6時にも関わらずどんよりと暗い。頂上に雪を纏い始めた寒々しい山肌の姿と相まって、凍空に広がる褐色と灰白の色調は、フライトスーツに包んだ体すら凍えるような錯覚を覚えさせる。視界の端に絶えず佇む、灰色地に翼端の黒い切り欠きという翼の塗装もまた、いやが上にもその感覚を助長させる殺風景さを帯びていた。

 

 旧ウスティオとラティオ、サピンの国境を形作るピレニア山脈上空。かつての国境線そのままに北と西、南東へと連なる稜線の漣を翼の下に控えながら、GRDFのフライトスーツに身を包んだ男――アレックス・ウルフは心中密かに溜め息をついた。

 無論、一つには年齢のためであることは疑いようがない。今年で48、いくら耐Gスーツや機体制御システムの性能が向上しているとはいえ、戦闘機パイロットとしては高齢となるこの体に長時間の飛行と高高度の冷気は些か堪える。

 とはいえ、それだけが要因でないことはアレックス本人がよく理解していた。確かに体への負担が大きいとはいえ、かつての上司であるカルロスや、サピン方面NEUの指揮官であるニコラス・コンテスティがつい先日の対『ウロボロス』戦闘に出撃したことは仄聞している。噂程度ではあるが、2019年の灯台戦争ではより高齢のパイロットも第一線で参戦していたらしい。それら先達のことを考えれば、自らを奮い立たせこそすれ、高齢は憂鬱を覚えさせるには遠い要素と言えるだろう。

 

 気を重くさせる最たる要因は、この期に及んでなお専行の構えを崩さないゼネラルリソースの体制にあった。

 衆知の通り、現在の戦況は勢力に陰りを見せた『ウロボロス』に対し、敵本拠地たるスーデントールの東方からGRDFが攻勢を仕掛けている状況にある。残存戦力をラティオ及びレクタ郡に集結させるとともにオーレッド湾からも機動部隊を北上させ、陸海空の総戦力を以てスーデントールを覆すのが、今回の攻勢の最終目的であった。

 ところが、この攻勢は目下綻びを見せている。数日前のレクタ‐ベルカ境界における戦闘で『ウロボロス』が核の投入をちらつかせ、前線が膠着しつつあるのである。前線の打開に時間を要すれば『ウロボロス』に戦力回復の余裕を与えてしまう以上、現在の膠着状態はゼネラルリソースにとって大きな問題であった。

 

 そこで、GRDFは膠着を打開すべく、『ウロボロス』からの攻撃誘発を企図した作戦を立案。それこそが今回アレックスが従事することとなった、ベルカ郡ホフヌングへの奇襲作戦であった。作戦の要諦はベルカ郡内における工業力の多くを担うホフヌングへ攻撃の構えを見せることで『ウロボロス』の生産力を削ぐとともに、『ウロボロス』側からGRDFへ手を出させるための誘いの一手とする、というものである。無論、敢えて敵中に飛び込む以上、奇襲とはいえある程度の被害は覚悟しなければならない作戦であった。

 

 釈然としない。

 そう心中に(わだかま)りを抱くのは、何もアレックスのみでは無いだろう。そもそもの話、こうした危険を冒さずとも、サピンやベルカのニューコム勢力と連携すれば、前線の揺さぶりや側面支援で事態を打開するのはできない話ではないのである。この点、先日のクルス・コンテスティによる宣言でも言及されたように、ニューコム側はGRDFとの連携に積極的だったという下地もあり、けして荒唐無稽な発想では無かっただろう。それにも関わらず、ゼネラルリソース側は共闘の申し出に対し黙殺を決め込んでいた。

 言うまでも無く、理由は明瞭である。すなわち、ゼネラルリソースとしては独力でスーデントールを制圧し、そこに眠るニューコムの技術を接収するという水面下の目的があるのだ。幸いベルカ郡内のNEU勢力は著しく弱体化しており、オーシア東方の戦力としてはGRDFがNEUを上回っている上、戦力展開範囲もスーデントールにずっと近い。GRDF単独でのスーデントール占領が可能性として残っている以上、多少のリスクは甘受してでもNEUとの連携を避けたというのが、現在のゼネラルリソースが打ち出した方針という訳であった。当然その計算に、(いたずら)に死んでゆく兵や占領地の民間人の命は勘定に入れられていない。

 

 当然、『ウロボロス』から脱走しGRDFに復帰してから、アレックスはニューコムとの共闘を再三上申した。しかし、何分ニューコムの手を借りて『ウロボロス』から脱走した直後であり、スパイの疑いすら向けられていた状況である。上申は尽く握り潰され、アレックスは失望のうちに原隊へと復帰し、気づけば流されるままに前線へと駆り出されていた。

 結局、一個人が――それもたかだか一社員に過ぎない人間が組織の方針を左右するなど、土台無理な話だったのだ。心中に大きな溜息一つ、今更ながらのそんな諦念を抱かずにはいられない。

 

 もっとも、こうした欲得ずくの指向は何もゼネラルリソースだけではない。当のニューコムだって、どさくさに紛れて地対衛星ミサイルや航宙機でゼネラルリソースの偵察衛星や攻撃衛星を破壊し、ここオーシア東方でもウスティオの掌握を企図しているという。結局は同じ穴のムジナであり、何となればまだ国同士の争いであった時代の方が節度があったとさえ言える。いずれにせよ、人命や道義より利益や打算を重んじる今の世相は、アレックスを辟易させるのに十分なものであった。

 

 歳を取ったのかもしれない。戦闘に向かう最中に、手の届かない事象を細々と考えてしまうとは。

 

 操縦桿を通して伝わる乗機F-2X(カイ)の脈動に、染みのように重なってゆく悔悟にも似た思い。出口のない思考の輪は、しかしその瞬間に唐突に終わりを告げた。

 不意に三次元レーダーの中に生じた、不規則に飛び回る幾つもの光点によって。

 

《…何だ?》

「『ニムロッド1』より『ドレイク1』、方位295に不明機複数。距離4500、識別はNEU及び『ウロボロス』。交戦中の模様です」

 

 朧に霞む山脈上の黒点は、やがて花上に舞う虻ほどの大きさとなり、徐々にその輪郭を際立たせてゆく。

 識別できる限り、機数は10をわずかに超える程度。強行偵察機と迎撃機の遭遇戦にしては機数がやや多く、状況としては些か妙である。高度は5000を超える高高度であり、いずれかの奇襲作戦にしては高すぎるのも奇妙といえば奇妙であった。

 

 遠方に予期せぬ遭遇を眺め、僅かに躊躇の挙動を示す『ドレイク1』の翼。

 そんな第三者たる逡巡の句点は、唐突に舞い込んだ聞き慣れぬ女の声によって強引に打ち込まれた。

 

《…!GRDFの編隊!こりゃいい、渡りに船だ!全機、東に変針!急げ急げ!》

「オープン回線…!?……!『ドレイク1』、NEU編隊が転進…こちらへ向かってきます!後方を『ウロボロス』編隊が追撃中!」

《何ぃ!?…NEUの連中!》

《おぉぉい!そこのGRDF部隊、悪いけど助けてくれ!こちらNEUの『バラッジ』!連れの4機も頼む!》

 

 山脈を超えて接近するこちらの姿を捉えたのだろう、これ幸いとばかりにNEUの機体が一斉に変針し、速度を速めてGRDF編隊の方向へと殺到する。下降しながら接近しているためかその速度は想像以上に速く、肉眼でも――厳密には外部映像を装甲キャノピー内部に投影したコンピューターグラフィックだが――その距離が急速に狭まりつつあることを容易に見て取ることができた。なりふり構わぬその様から見て、こちらの諾否に関わらず敵機の処理を擦り付ける気であることは言うまでもないだろう。

 

《厄介事を持ち込みやがって…!ニムロッド、サラマンダー各隊は先行!誠に遺憾ながら後続の『ウロボロス』機を追い払え!》

 

 舌打ち一つ、降りかかる火の粉を払うべく告げられる『ドレイク1』の濁声。

 それに呼応するかのようにアレックスはスロットルを開放し、同時に操縦桿を引いて乗機F-2Xを前進させた。自らの後方には列機たる3機が続き、編隊右翼側からはサラマンダー隊が駆るF-22C『ラプターⅡ』4機が同様に機首を上げて迫る脅威へと鼻先を向けてゆく。

 

 GRDFは総勢にして20機、対する『ウロボロス』側は8機に満たない小規模な編成であり、数的不利は目に見えている。状況を図り早くも不利を悟ったのか、『ウロボロス』機はこちらへ相対する愚を犯さず、そのまま北へと翼を翻して空域を離脱していった。流石にこちらの目標が長躯ホフヌングであることまでは露見していないだろうが、それにしても20機からのGRDF機が行動しているのを察知されたのはあまり面白い状況ではない。

 

 憮然たる思いは中隊長たる『ドレイク1』も同様だったのだろう。こちらの上空で機体を翻し、編隊最左翼に並んだNEU機へ向けた第一声は棘のあるものだった。

 

《悪いね、助かったよ。流石は天下のGRDF、一睨みで敵を退散させるとはね》

《こちらへ押し付けておきながらよく言う…。こちらGRDFレクタ方面駐留部隊『ドレイク1』。『バラッジ』、ただちに光通信に切り替えろ。改めて官、姓名、貴隊の目的を答えろ》

《あいよ。こちらとしてもその方がありがたい》

 

 『ドレイク1』の皮肉もどこ吹く風と言わんばかりに、豪放磊落を体現したかのような女の声が通信を揺らし続ける。傍若無人、清濁併せ呑むその気勢や風情は、アレックスの遠い記憶に残るかつての同僚の姿を思い起こさせた。

 

 無線通信時の傍受リスクを避けるため、現代の航空機には光通信用設備が搭載されている。これは発信者から光信号の形で情報を送り、受信側はコフィンシステム表面の光学センサーでそれを受けて情報を再生するという形式でなされる。航宙機による衛星群の破壊や電子妨害によって現在は衛星通信網を使用し難い関係上、送受信は有視界の対象にしか行えないというデメリットがあるが、それでも傍受のリスクを低く抑えられるという点は計り知れない利点であった。

 

 『バラッジ』から『ドレイク1』へ、『ドレイク1』から各小隊長機を介して各機へ。さながら見えざる蜘蛛糸で立体を形作るように電波の糸は面を編み上げてゆき、『光通信データリンク完了』の表示がこの場限りの光通信網形成を無言のうちに告げる。

 必要な情報を整理しているのか、じりじりと焦れること数分。『ドレイク1』を介して『バラッジ』から語られたのは、驚くべき内容のものであった。

 

 秘密裏に『ウロボロス』が核を持ち込んだと思しき、ウスティオ領内ヴァレー旧空軍基地。かつての東方戦争で投入したレーザー兵器『カリヴルヌス』の投入。少数機によるヴァレーへの奇襲。後顧の憂いを断った上でのウスティオ確保、そしてスーデントール制圧。確かに対『ウロボロス』戦の展開はかつてレフ・ミハイロヴィチ・ヤコヴレフと打ち合わせた経緯があるが、今聞いたその内容は、事前の策定から大きくかけ離れてしまっていると言っていい。NEUの戦線崩壊が想定より早く、またイェリング奇襲に失敗したゆえの致し方ない事情ではあるが、アレックスの胸中にはあれ以来からの事態の流転が今更のようにまざまざと思い描かれた。

 

 NEUにとっては最重要と言っていい機密を呆気なく公開した『バラッジ』――イルダ・バーモンテの態度、そして、無謀としか言いようのない作戦。そのいずれにも驚いたのは事実であったが、何よりアレックスを驚かせたのは、ニューコムが――否、クルス・コンテスティが今なおゼネラルリソースとの共闘路線を捨てず、愚直なまでに事態の打開を図っているという事実であった。ニューコムが元より漁夫の利を得ようと画策するのなら、今敢えてヴァレーを刺激するよりは、雌伏してゼネラルと『ウロボロス』の潰し合いを傍観していればいいのである。その手を捨てて敢えてヴァレー強襲というリスクを冒すのは、偏にGRDFの側面の脅威を除き、歩調を合わせたスーデントール侵攻を図るが為に他ならないだろう。本拠ユージアのNEUといえば破壊工作、裏取引なんでもござれの陰険な集団というのが定型のイメージであるが、率いる人間の志向と背景でこうも変わる、というところだろうか。

  

 翻って、こちらの現状はどうか。

 ゼネラルリソースという大組織の機構に阻まれ、軍を動かすことも叶わず諦念の裡に無貌の一人と化した自身。約束を交わした若人達、隊長への自責と後悔。

 

 果たしてこれで、――このままで、いいのか。

 

《と、いう訳で。都合のいい話になるが、願わくばアタシ達を護衛しちゃ貰えないかな。袖すり合うも他生の縁って言うだろ?》

《…。情報提供、感謝する。委細承知した。申し訳ないが、当方には別件の任務があり、貴官の申し出には応じかねる。健闘を……》

 

 年甲斐なく、鼓動が跳ねる。

 断られて元々と言わんばかりのイルダの声音に、鼻で笑う『ドレイク1』の気配。現状では、物別れは必然である。

 

 ――それでいいのか。

 イルダらNEUはわずかに5機、それも護衛の4機は旧式の『デルフィナス1』であり、イルダの乗機に至っては鈍重な双胴攻撃機『アステロゾア』に過ぎない。片やヴァレーは旧戦争時から難攻不落を謡われた山間の基地であり、兵力が増強されているとするなら迎撃機も彼女らの機数を容易に上回るだろう。先ほど交戦した『ウロボロス』の機体を逃したことも踏まえれば、『ウロボロス』の各拠点が警戒を強めていたとしても不思議はない。

 すなわち、このままでは彼女たちはヴァレー上空に到達することは無く、無為に死ぬ。

 

 ――それで、いいのか。

 汗が滲む。脳裏に巣食う取りつかれたような考えに、鼓動が意識せずして早まる。

 思い返せ、己の信念を。受け継がれ、受け継いだ自らの芯を。彼女らの犬死を、レフやクルスの想いを黙過してなお、自らの信念に胸を張れるのか。

 

 死なず。死なせず。縛られず。

 胸に問いかける。脳裏に()()()の顔を思い描く。

 信念が、とうの昔に決まっていた答えを告げる。

 

 それでいいのか。

 ――否、と。

 

「了解した。こちら『ニムロッド1』、これより貴隊の援護に就く。賛同する各機は追従せよ」

《……へ?本当に?》

《な…!…何を言っている、『ニムロッド1』。命令は下していない。越権だぞ、これは》

「結構です。私は、『バラッジ』を看過できない。…私はゼネラルリソースに籍を置き、その社是に忠を置いているが、人倫まで捧げた積りはありません。共闘を申し出る彼女らの手を振り払って、ただ犬死にさせた上で、なお我々は胸を張れるのか。――国境なきこの世界で、この期に及んでなお角突き合う醜態を晒すことが正しいのか。私は、それを問いたいのです」

 

 一拍。二泊。胸に熱く揺蕩う上澄みを飲み干して、アレックスは大きく息を吐き出す。帰ってくるものは、沈黙と逡巡の吐息、敵意と迷いの籠った視線。眼前で揺らぐいくつもの翼は、アレックスの言葉にそれぞれの思いを重ね、決断に迷う様を体現しているかのような姿であった。

 

「再告する。賛同する機は我に続け」

 

 言われるまでもなく、『ドレイク1』の言葉のとおり、これはゼネラルリソースへの裏切りである。部下も含め、賛同者が一人も現れないことも十分に考えられるだろう。それならばそれで、別に構わない――そう、アレックスは思う。己の芯たる、自らの信念。それを裏切ることより、心は遥かに救われるのだから。

 

 一線の告別を示すがごとく、先の言葉と同時に速度を上げる1対の黒翼の姿。

 しばしの沈黙の後にアレックスの鼓膜を揺らしたのは、愛機のエンジン音と、数瞬遅れて通信を揺らした吐息、そして僅かな歯軋りの音だった。

 

《水臭いですね、隊長。命令してくれればいっそ悩まず済んだってのに。…『ニムロッド2』以下小隊各機、賛同します》

《…『サラマンダー3』、『ニムロッド1』に続きます。……『バラッジ』の勇気に、私は応えたい》

《『コカトリス2』同じくだ。これで黙って見送っちゃ天下のGRDFの名が廃る》

 

 2つ、3つ。賛同の言葉に随うように、機速を増して編隊から離脱してゆく自らの後方から機影が飛び出してゆく。後方を省みるまでもなく、レーダー上に映える光点は締めて8。実にGRDF編隊の三分の一超が賛同した計算であり、こればかりはアレックスも心中驚愕した。せいぜい部下の3機、それに1、2人でも賛同すれば御の字かと想定していたのである。

 無意識のうちに、口端に浮かぶはわずかな笑み。確かに心中驚愕はしたものの、それと同時に、アレックスは嬉しかった。賛同者はといえば、ニムロッド隊以外の4名はいずれも新任尉官や下士官といった若手ばかり。ゼネラルリソースも――若い者もまだ捨てたものではないな、と柄にもなく悟ったような言葉すら胸中に浮かんでくるのが、我ながらおかしかった。

 

《………。……まったく、責任のない奴は…。『ドレイク1』より『ニムロッド1』、本件は後に上申する。問責は覚悟しておくように。残存各機、予定針路へ復帰だ!機数減に伴い、前線判断で作戦任務を強行偵察に切り替える!》

《司令部への報告はよろしいので?》

《通信の傍受を避けるため、誠に遺憾ながら帰還後の口頭報告とする!…行くぞ、クソッタレ共!》

 

 典型的な捨て台詞一つ、後方へ徐々に離れてゆくGRDFの12機は北北西へと舵を切ってゆく。多分に弁明じみた『ドレイク1』の通信に、アレックスは思わず吹き出しながら、彼の真意を朧に理解した。

 こちらを強引に制止しようと思えばできただろうに、敢えて自分を放置したその様子から察するに、『ドレイク1』も本心では『バラッジ』へ助力したかったのではないだろうか。一方で中佐かつ中隊長という立場上、任務や部下を放り出す訳にもいかず、板挟みの結果が先の態度へ繋がったという訳である。長距離通信を封じた理由も一応の道理ではあるが、司令部への露見を遅らせてこちらの意思を全うさせようとする配慮と見られなくもない。

 

 内心に敬礼を送り、『バラッジ』と合流したアレックスは、GRDFの7機を率いてヴァレーへと針路を取ってゆく。難攻不落への拠点へ奇襲を仕掛けるというのにNEUを合して13機では少々心細いが、当初の機数を踏まえればまず満足すべき水準ではあった。

 

《いや、ありがたい。改めて感謝するよ『ニムロッド1』、そしてGRDFの皆様がた。早速で悪いが、GRDFの配置と指揮は『ニムロッド1』に任せてもいいかい?こちらは『カリヴルヌス』のレーザー制御に注力しなきゃならないから、目が届きそうにない》

「承った。…と、なれば」

 

 『バラッジ』の通信に応え、思案しばし。何せ所属も機種も装備すらも雑多な俄か仕立ての連合軍である、戦力を万全に活かし作戦を成功させるには、相応の工夫が要る。

 各機の装備と性能を考慮し、アレックスが下した結論は次のような編成であった。

 編成の起点は、レーザー中継のため高高度に位置する『バラッジ』のR-201『アステロゾア』。当然ながら鈍重なこの機体では敵の迎撃に対して無力であるため、NEUの護衛機であるR-101『デルフィナス1』4機と、『サラマンダー3』のF-22C『ラプターⅡ』が近接援護として付随する。残る7機のうち、アレックスが率いる『ニムロッド隊』のF-2Xと『コカトリス2』『コカトリス4』のF-16XA『セイカーファルコン』が囮も兼ねた対地攻撃を敢行し、『キマイラ4』のF-16XF『ジャーファルコン』が護衛機として随伴する形であった。戦術としては、アレックス率いる対地攻撃部隊が低高度からヴァレーへ奇襲を仕掛け、対空兵器へダメージを与えるとともに敵の注意を引き付ける。第一波ののちに『バラッジ』が『カリヴルヌス』のレーザー攻撃を中継して滑走路を破壊し、破損状況を見て反復攻撃、またはそのまま離脱することとした。

 

《いいね、異議なし。なかなかの戦術家じゃないか、あんた。知り合いを思い出すね》

「昔の上司の薫陶でね。…敵拠点接近に伴い、光通信を切る。『サラマンダー3』、『バラッジ』を頼む」

《了解しました。GRDFの意地にかけて必ず護ってみせます》

 

 一瞥の声音を残し、アレックスは翼を翻して左下方へ弧を描き下降してゆく。『バラッジ』が駆る『アステロゾア』の機影はみるみる頭上へ遠ざかってゆき、代わって雪に覆われた山肌が稜線を狭め、視界を圧するように眼前へと聳え立てていった。山脈の標高が徐々に増しているためか山肌はほぼ白一色に覆われており、時折覗く切り立った崖の鈍色だけがわずかな立体感を際立たせている。高高度の『バラッジ』から目を逸らさせる為に低空侵入せざるを得ない以上、難度の高いルートを飛ぶのは避けられない選択であった。

 

 遥かな地平線の先、レーダー上にヴァレー基地の防空施設らしい設備を認め、アレックスは火器の安全装置を解除する。

 レーダー、コンバットモードへ移行。空対地支援システム『アースシェイカーⅡ』起動。装備、20㎜機関砲1門、主翼下無誘導ロケット弾ポッド連装19発8基、翼端短距離空対空ミサイル(AAM)2基、いずれも異常なし。作戦開始前のルーチンを繰り返し、手綱を握るように愛機の様子を確かめてゆく。

 

 電子の目による一瞥を物語る、機体が紡いだレーダーアラート一つ。

 戦端を告げたのは、ごとりという衝撃とともに落ちてゆく増槽の影。そして、呼応するようにヴァレー上空でこちらへと翻る複数の機影の姿だった。

 

「来たか…!各機、空対地戦闘用意!目標、駐機中の機体及び対空兵器!『キマイラ4』、敵機への対応を頼む!」

《任されて!》

 

 左右の雄峰はより高く、駆ける速度はより速く。山脈の谷間を抉り込むように、黒翼の隼が率いる6つの機影は白の背景に鈍色を描いてゆく。編隊の護衛機たる『キマイラ4』はやや高度を上げ、上空から回り込むように迫る敵機に相対する針路を取っていた。

 迎撃機は捉えられる限り4、いずれもMiG-33SS『ファルクラムSS』、相対距離2800。ヴァレー基地との距離――3900。

 

《上方4機!》

「怯むな、『キマイラ4』に任せろ!」

 

 対地情報解析システムたる『アースシェイカーⅡ』が地形情報を分析し、ヴァレーに至る最適の針路を指し示す。純然たる戦闘機は『キマイラ4』1機きり、それも性能面でも劣っているとなれば、元より最短距離を貫く以外に選択肢はない。

 

 距離が狭まる。

 前上方の『キマイラ4』発砲、入れ違いに殺到するミサイルと曳光弾。薄手を負い煙を吹くも、墜ちるにはまだ至らない。『ファルクラム』の矛先はこちらを向き、上空から打ち抜くように複数のミサイルが飛来して来る。

 フレア射出、次いでチャフ散布。気温が低く冷気が滞留する谷間ではフレアと地表の温度差が極めて大きく、従って誘引効果も高い。果せるかな黒鉄の矛先はこちらから狙いを逸らし、左右の岩肌へと吸い込まれては消えてゆく。

 ちらりと後方を振り返れば、捉えられるは立ち上る幾つもの雪煙と、こちらの背を狙うべく反転して高度を下げる敵機の姿。その狙いを逸らすべく、薄煙を吐く『ジャーファルコン』はその間へと割り込んで、格闘戦に持ち込むべく右上方へと弧を描いてゆく。

 

《…来た!『カリヴルヌス』照射、加速器で収束を開始する!》

「こちらも仕掛ける。離脱と同時に照射を頼む!」

《…収束が間に合えばいいが!分かったよ!》

 

 眼前、距離1800。

 谷間を抜けて僅かに高度を上げ、アレックスはヴァレーの姿を俯瞰する。

 隆起した山脈の合間をくり抜いたような平原に伸びる、1本の主滑走路。その先端は崖側へと飛び出し、重厚なコンクリートの柱で補強がなされている様が見て取れる。主滑走路から45度ほどの角度を設けて交差する予備滑走路は、ウスティオ共和国による運用期以降に拡張されたためか山肌を削るように不自然に伸びており、その末端は岩肌をくり抜いた格納庫と思しき洞穴に直接繋がっていた。長辺方向両側には格納庫や兵舎と思しき施設も立ち並んでおり、所々に空へと屹立する対空砲や地対空ミサイル(SAM)も捉えられる。

 

 滑走路上には、既に緊急発進のために並んでいる複数の機影。可能ならば格納庫も破壊したいが、万が一核の誘爆を引き起こしてしまえば目も当てられない。ここは当初の予定とおり、敵機と対空火器に狙いを絞るのが上分別であった。

 

 地表からの曳光弾が機体を掠める。

 レーダーアラートがひっきりなしに響き、山肌と地面に反響するエンジン音が薄いF-2Xの翼を揺さぶり続ける。

 正面、SAM2発。続いて4。後方からは爆発音と、炸裂と思しき残照。振り返る(いとま)は無い。

 

《隊長!『キマイラ4』が!》

「前方に集中しろ!」

 

 叱咤の声を荒げ、アレックスはなおも機体を加速させる。コフィンシステムに接続している今、機体の制御に力は要しない訳ではあるが、それでも緊張と恐怖でアームレイカーに力が入るのは抑え難い。

 フレア散布、残量わずか。HMDの脇に表示された警告を意識の外に、アレックスの瞳は凄まじい速度で流れてゆく地表を奔り、目標をその双眸へと刻む。

 狙いは、高高度への脅威となる固定式SAM。兵装、フレシェット弾頭を装備したロケット弾。今回は成形炸薬弾頭のロケット弾も装備しているが、非装甲目標ならばこの程度で十分事足りる。

 

 高度計がみるみる目盛を減らす。

 近づくごとに対空砲火が精度を増し、いくつかが機体の翼へ弾痕を刻んでゆく。

 距離1200。800。緩降下していることもあり、F-2Xの速度は想像以上に速い。

 視線、正面。HMDに投影された薄緑の円と、下垂し幾つも刻まれた投射範囲を示す照準線。

 ――その央、天を指す3本の鏃を戴いた、固定式SAM。

 

「各機斉射!!」

 

 両翼下部から撃ち放たれるロケット弾、2基6連。僚機の射撃と合わさりさながら天を覆う流星群のように殺到したそれらは、数秒ののちに炸裂し、細矢にも似た鋭角の散弾を放出。装甲らしい装甲を持たないSAMに成す術はなく、隣接する対空砲とともに爆発し、濛々たる黒煙となってしばし視界を覆った。砲火の激しい基地上空に留まる愚は侵さず、アレックス率いる6機は滑走路上空を通過して、基地外周を形成する岩肌の上空へと離脱してゆく。

 

 吐息をついて、左旋回とともに頭を巡らせた先。

 そこには黒煙を上げる対空砲や、駐機位置で燃えるF/A-18Iの残骸。そして中破して基地の上空に火焔を刻む、『キマイラ4』の『ジャーファルコン』の姿があった。既に主翼後端のフラップを失った上にエンジンにも被弾しているのか、対空砲に啄まれながらその高度を徐々に落としてゆく。

 

「『キマイラ4』!」

《くそ…せめて1機でも墜としたかったが…!》

「脱出しろ!敵機を引き付けてくれただけで十分だ!」

《…!脱出したところで…!これからここ、レーザー照射の標的になるんでしょ!?それに『ウロボロス』の連中がこのまま生かしてはくれないでしょうよ!…それなら…!》

「――やめろ!…若いお前たちが、犬死にするんじゃない…!」

《…命の使い方、自分で選べるなら!》

 

 反射的に迸る、縋るような声。伸ばした手からするりと抜けて、『キマイラ4』の『ジャーファルコン』はスクランブルのため動き出した戦闘機の列へと針路を取ってゆく。みるみる揚力を失ったその機影は地面へ滑り墜ち、褐色の大地を削りながら滑走して、見定めた駐機列から狙いを逸れて停止した。

 濛々たる土煙の中、『キマイラ4』は拳銃を携え、機体のキャノピーを蹴破って地面へと着地。血塗れとなった肢体を躍らせるように疾駆し、駐機している『タイフーンⅡ』へと目掛け銃を乱射する。

 機体に縋りついていた整備兵が物陰に隠れ、銃弾の一発が前輪のタイヤを撃ち抜いた、その一拍後。駆け付けた基地守備隊の一斉射を全身に受け、『キマイラ4』は血肉を飛び散らせて、鈍色の上へと転がった。

 

《……!アシュレイ…!》

「……っ!『バラッジ』!…照射は!レーザー照射はまだか!」

《まだ充填が不十分だ!あと…30秒!》

「く…!各機反転、反復攻撃を仕掛ける!無理はするな、攻撃位置に就くのが難しければすぐに離脱しろ!」

 

 若人の無惨な死、あまりに遅い『カリヴルヌス』のレーザー充填。言いようのない怒りと焦燥に血が熱くなるのを自覚しながら、アレックスは機体を反転させ、再度ヴァレーへ向けて針路を取った。現時点で駐機している戦闘機群への攻撃は不十分であり、30秒もあれば迎撃機は続々と発進してしまう。当然反復攻撃はリスクも上がる訳だが、ヴァレー基地滑走路の破壊に不可欠な『バラッジ』を護り通すためには、甘受すべきリスクと断ずる他なかった。既に滑走路からは迎撃機たるEF2040F『テンペストADV』2機が離陸しつつあり、もはや猶予は無いと言ってよい。

 

 再度低空侵入するこちらに対し、左右両翼に分かれた『ファルクラム』が殺到する。制空戦では元よりF-2とMiG-33では比較にもならず、こちらの劣勢は明らか。まして火器を満載し、機動の鈍った攻撃機など赤子の手を捻るようなものだろう。やや斜めから侵入しつつもほぼ真正面から接敵するその様子から、敵パイロットの思考が見て取れるようだった。

 

 ――ならば。『ニムロッド』が採るべき手は決まっている。

 戦場を観、敵を観て、その思考の()を突けばいい。

 

「見え見えの機動。…落第だ!」

 

 斜め上前方から迫る『ファルクラム』との距離が1200を切ったその瞬間、アレックスはF-2Xの機首を翻し、ただ1機敵機に対して相対。敵機が惑ったように機首を揺らしたその瞬間、ロックオンとともに両翼端のAAMを発射した。

 

 交錯するミサイルと曳光弾、接近警報、そして機体が擦過する衝撃音。

 至近距離から機銃が命中したのか、機体左方に衝撃が走り、剥離した金属片が頭部を穿つ。

 だが、まだ。貫通するには至っていない。

 

 ひび割れたHMD越しに振り返った先には、ミサイルの直撃を受け高度を落としてゆく『ファルクラム』の姿。そして僚機の攻撃を受けて焔に包まれる地上の機体と、煙を吐く『ニムロッド4』の姿があった。

 

《隊長!》

「私はいい!『ニムロッド4』、離脱できるか!?不可能ならば脱出しろ!」

《…空域離脱までは、何とか…!申し訳ありません!》

《…よし!『バラッジ』より各機、充填完了!第一射をぶち込むから、急いで離脱しな!》

 

 よろめくようにヴァレーから遠ざかっていく『ニムロッド4』の後方で、アレックスら5機は再度反転する。今度は基地外縁に沿って遠巻きに、追撃する『ファルクラム』3機に対して斜めに構える姿勢。滑走路からは新たにF-104XD『スターファイターⅡ』と『テンペストADV』2機ずつが新たに発進し、さらに『タイフーンⅡ』が滑走路へ進入する様子も捉えることができた。

 

 尾部に焔を灯し、ゆっくりと加速してゆく『タイフーンⅡ』。

 その姿が滑走路の半ばまで至ったその瞬間、漆黒に身を染めたその機体は、唐突に光に包まれ――熔解して、消えた。

 

 視界一面を白に塗り潰すような、圧倒的な光の奔流。『カリヴルヌス』から照射されたレーザーを機体下部の加速器で充填、加速し、一挙に放った『バラッジ』からの一撃は、まさに地を穿つ雷霆であった。収束された光の帯は基地の中央付近から主滑走路を横切り、基地の半ば以上を削り取ったのである。施設こそ無傷であるものの、タキシングルートから滑走路に渡っては幅10数メートルに渡って大きく深く抉られており、当面大型機の発進は不可能となることだろう。

 それには無論、健在な予備滑走路も破壊できれば、の付帯条件が満たされればの話であるが。

 

《…やった!》

《いや、まだまだ!『カリヴルヌス』へ、第2射用意!…頼むよ、あんたたち!》

「了解した。各機、敵の迎撃機を牽制する!…とはいえ…!」

 

 融けた大地、朱に燃える『タイフーンⅡ』だった残骸。

 終末のようなその光景に恐慌に陥った敵機が機動を鈍らせるも一瞬、離陸した『テンペスト』と『スターファイターⅡ』が一斉に上空へ向けて昇り始めたのは、こちらの手の内を明かしたが故の当然の帰結であった。元より上昇性能に優れる『スターファイター』は勿論のこと、『テンペスト』も邀撃戦に最適化されたADV型となれば、旧式のF-2Xで追随できる理由は無い。

 翼を翻してロケット弾を撃ち放つも、その尾部を捉えることは叶わず。天を指して速度を増してゆく6機の機影に追いつく術はなく、アレックスは前方に立ちはだかる『ファルクラム』に相対せざるを得なかった。敵機3に対しこちらは5機と機数こそ有利だが、先述の通りF-2で対抗することは不可能に近い。

 畢竟、今のアレックスにできることは『バラッジ』が第2射を完遂するまでの時間稼ぎのみであった。

 

「6機抜けた!…何としても抑えろ、『サラマンダー3』!」

《お任せを!》

 

 機体としては旧式の『スターファイター』はともかく、UPEOの最新鋭機たる『テンペスト』の相手は流石に『デルフィナス』では手に余る。すなわち、唯一対抗しうるのはF-22C『ラプターⅡ』を駆る『サラマンダー3』をおいて他に無い。

 祈りにも似た言葉を紡ぎ、アレックスは対峙する『ファルクラム』へ対抗すべく右上方へと機体を翻す。地表からの曳光弾と『ファルクラム』のミサイルが交錯する狭間、炸裂した爆炎に蝙蝠を象ったエンブレムが一瞬映えた。

 

《『デルフィナス』部隊は集中して『スターファイター』を!『テンペスト』はこちらが引き受けます!》

 

 片や、『バラッジ』駆る『アステロゾア』周辺に当たる高高度。『サラマンダー3』は機体を左へとロールさせ、急上昇する6つの機影へと目を向けた。

 迎撃へ向かい来るのは、『テンペスト』4と『スターファイターⅡ』2。いずれもこちらを指してまっすぐに上昇しており、横方向への機動を犠牲に矢のごとく殺到しつつある。対する連合軍側は『デルフィナス』4機が既に正面から迎撃に当たるべく急降下し、相対する6機へミサイルを撃ち放ち始める状況にあった。『バラッジ』の『アステロゾア』はといえば、『カリヴルヌス』から照射されたレーザーを機体下部の加速器で受容している最中であり、現空域から動くことすら叶わない。

 

 急降下する『デルフィナス』。

 正面から相対する『テンペスト』。

 両軍が交錯する。ミサイルが馳せ違い、曳光弾が光軸を刻む。

 一拍、爆発は複数。

 蒼空に咲いた黒と赤の大輪を割き、なおも上昇するのは『テンペスト』が3機。対する『デルフィナス』は2機がばらばらの破片となり、1機は片翼を炎に包まれて、それぞれ爆炎の中から地表を指して墜ちていった。残る1機は降下で得た速度を活かし、機首を巡らせ再度上昇へと入ってゆく。いずれにせよ、一度失った高度を取り戻すまでは『テンペスト』には追いつけまい。

 

 このまま先に倣い正面から相対すれば1機は確実に撃墜できるだろうが、失った高度を取り戻すまでの間に『アステロゾア』が喰われる。

 咄嗟にそう判断し、『サラマンダー3』は『アステロゾア』の下方へと占位。上昇する『テンペスト』との間へ割り込んで、タイミングを見計らい機体左右へフレアとチャフを放出した。

 

 左右へと逸れるミサイル、至近弾となり炸裂する爆炎。

 同高度へと至り散開した敵機のうち1機に狙いを定め、『サラマンダー3』は機首を上げてその後方へと追随する。いかに大出力のエンジンを搭載しているとはいえ、急上昇を重ねていれば当然速度は失われ、機動は単純化する。まして『アステロゾア』との衝突を避けるために散開し、余計に運動エネルギーを失ってしまえばなおの事である。

 

 そして、一たび格闘戦に持ち込みさえすれば。

 おおよそ現代の機体において、Su-37タイプを除き『ラプター』に勝る機体など存在しない。

 

《迂闊な!》

 

 さながら獲物に食らいつく猛禽のごとく、至近から放たれたAAMが『テンペスト』の右翼を千切り飛ばす。その墜落を見届ける余裕もなく、『サラマンダー3』は即座に機首を引いて、インメルマンターンの要領で機体を反転させた。

 眼前には『バラッジ』の直上で機首を引いて反転し、左右直上から襲い掛かる『テンペスト』の姿。その針路は『アステロゾア』に対しほぼ直交する位置にあり、ミサイル主体の空戦が主となった現代においてはおおよそ見られぬ接敵方法を見せている。本来であれば敵針に対し直交に交わる針路は、AAMの誘導能力を殺してしまう、最も忌むべき機位なのにも関わらず、である。

 

 だが。

 

《――あ》

 

 迂闊、とつい先ほど口走ってしまったが、果たして真に迂闊だったのはどちらだったか。

 GRDFの航空要員として既に幾度かの経験を積んでいた『サラマンダー3』は、幸運にも――あるいは不幸にも、敵の狙いに瞬時に気づいてしまった。

 目標に対し直上という機位。

 こちらの目的が時間稼ぎであり、フレアやチャフで妨害されることが容易に想像される状況。

 そして、ただでさえ大柄な『アステロゾア』の投影面積が最大となる彼我の位置。

 それぞれの条件を整理すれば、その狙いは一つしかない。

 

 逡巡はあった。

 後悔もあった。

 だが、それでも。『サラマンダー3』は速度を増して、急降下に入る『テンペスト』と『アステロゾア』の間へと踊り込んだ。

 そう、フレアやチャフにより妨害されない、原初の空戦から敵を討つ為に用いられた火器。すなわち、直上から殺到する()()に対し、自らの機体を盾とする為に。

 

《か…は…!》

《……!あんたっ!!》

 

 ガンポッドから放たれた機銃弾が『ラプターⅡ』のコフィンを、胴体を貫き、追射されたミサイルの近接信管が次々と炸裂する。

 機体、そして騎手。両者に深手と評すべき損傷を負い、『サラマンダー3』のF-22Cは炎に包まれながら、地を指して墜ちていった。身を挺した決死の防御にも関わらず、その翼をすり抜けたいくつかの銃弾とミサイルは『アステロゾア』へも到達し、至近の炸裂はその主翼と昇降舵の一部を抉り飛ばしてゆく。

 

《ぐおあっ…!…これは、マズイね…!『カリヴルヌス』の照射位置を保てない…!……一か八か、現状の充填量で予備滑走路を狙う!》

《『バラッジ』!後方2機!》

《……!》

 

 エンジン損傷。レーザー照射位置逸脱。右翼、尾部損壊率30%オーバー。重なる警報の波に圧せられる鼓膜が、残る『デルフィナス』のパイロットの声を辛うじて捉える。

 後方。振り返った先の光景に、『バラッジ』――イルダは思わず臍を噛んだ。

 HMDに表示される『ロックオン警報』の赤文字。

 徐々に高度を下げるこちらの後方にぴたりと張り付く2機の『テンペストADV』。

 ――そして、それらの更に後方。黒煙と焔に包まれながら、なおもその機首を『テンペスト』の背へと向ける『ラプターⅡ』の姿。

 

《…『バラッジ』。顔すらも知らないですけれど、…今は、貴方の(たか)い勇気と決意に、応える為に…!》

 

 咳き込む吐息、重い液体が零れ落ちる音。そして消え入りそうな、それでいて決意の籠った声。

 その意志が乗り移ったかのようなAAMは、過たず左翼の『テンペスト』に突き刺さりそのエンジンカウルと尾翼を抉り飛ばす。『ラプターⅡ』もまた一連の機動で推力を使い果たしたのか、がくんと速度を落として翼をよろめかせた。残った『テンペスト』はといえば、遅ればせに『サラマンダー3』の戦力を察知したらしく、『バラッジ』の後方を離れて大きく旋回。反転したのち、『サラマンダー3』の斜め前方から馳せ違う針路を取ってゆく。

 

 中破し速度を失ったF-22Cでは、元より速度に優れる『テンペスト』の戦闘機動を躱しきれる道理は無い。その機首目掛けて放たれた曳光弾は過たずその側面を穿ち、コフィンを貫通。僅かに残っていた戦力すらも完全に奪い去り、『テンペスト』はなおも探るように翼を傾けながら、『ラプターⅡ』の上方を抜けていった。

 

《あんた…!…済まない、…済まない!!恩に着るよ…!》

《…………あとは、頼みます。『バラッジ』。…私達の、……世界を…》

 

 爆発。

 あまりにあっけない残滓を散らし、『ラプターⅡ』の黒い翼は炎に包まれ墜ちてゆく。

 3機の敵機に相対し、『サラマンダー3』が稼ぎえた時間は僅かに数十秒。だが、それは得難い貴重な数十秒であった。下方へと抜けた『デルフィナス』が高度を回復し、『テンペスト』との戦闘空域へと復帰する貴重な時間を稼げたのだから。

 

《やるとも…!必ず!各機、これより第2射を行う!射線から逃れな!》

《『バラッジ』!戻りました!》

《後方!10秒持たせな!!》

 

 下方から昇る『デルフィナス』と馳せ違う。

 辛うじて機体を水平に保ち、地上を奔る予備滑走路へと加速器の砲口を向けてゆく。狙いは残る平地部分、そして予備滑走路の中央付近。平らな個所を寸断さえしてしまえば、少なくとも核を搭載した機体はヴァレーを離陸することはできない。

 

 後方、爆発。『デルフィナス』と『テンペスト』、いずれが撃墜されたのか省みる時間も惜しく、イルダは引き金に重ねた指に力を込めた。

 

 収束した光の奔流は先ほどより弱いものの、それでもアスファルト仕立ての路面を抉り打つには十分過ぎる程の凄まじいもの。爆発的な熱量は土塊を穿ち、滑走路を両断して――そして、基地中央付近に広がる平地部分を残して霧散してゆく。

 第二の雷霆が落ちるその様は、低空域でなおも戦闘を繰り広げるアレックスの目にも具に捉えられていた。

 

「……これは…」

《『バラッジ』の第二射!…やったか!?》

《…いや、いや。真に申し訳ない、皆。破壊程度は8割ってところか。不十分になっちまった》

《…!?そんな…!》

 

 光の奔流が抉り切った軌跡を俯瞰して、アレックスは『バラッジ』の目算を無言のうちに肯定する。

 目論見通り、確かに2本の滑走路は『カリヴルヌス』の照射によって寸断された。しかし、基地中央付近の平地部分は、なおも無傷で残っていたのである。この状態では、無理矢理平地部分を横断すれば、核のような重量物を搭載した機体でも離陸は不可能ではないだろう。すなわちこのままでは、死んでいった人々の犠牲が、全て無に帰してしまうことになる。

 

 では、どうする?

 

《…潮時だね。撤退しよう。モタモタしてると敵のSTOL機が上がってくる。何、ダメで元々、8割も達成できたなら上出来だ》

《…やむを得ないか…。こちらも弾薬をほぼ使い果たした。無傷な機体は皆無だ》

 

 『バラッジ』が提案の言葉を紡ぎ、『ニムロッド2』もそれに首肯する。確かに破壊を免れた格納庫からはSTOL機たるR-141『グリフィス』が這い出て、こちらを追撃する挙動を見せ始めていた。3機の『ファルクラム』もまた駆逐しきれておらず、事ここに至って再度攻撃を行う余裕など無いと言っていいだろう。

 

 では、どうする。

 ――そんな事、決まっている。

 

「よし、各機撤退。ニューコムの拠点まで逃れられれば、無碍にされることもないだろう。…私は囮となって、反復攻撃を敢行する」

《…な!?何を…!それなら、俺も残ります!隊長自ら殿を行う必要は…!》

「対地攻撃の余力を残す機は、私のF-2以外にない。弾薬も欠乏している以上、ここに残るのは犬死と同義だ。それに…」

 

 それに、とアレックスは内省する。

 考えてみれば、死んでいった者たちの決意と意思を継いで殿を務めるというのは、今の自分にとっては必然だったのかもしれない。かつての民間軍事会社時代に、隊長の他にただ一人部隊に残ったのも。GRDFへ移籍した後も副官として付き従ったのも。そして隊長が職を辞した後もニムロッド隊を維持し、隊長の信念を受け継ぎ続けたのも。振り返ってみれば自分は、他人の意思を護り、受け継ぐことを自らの芯に置いてきた気がする。

 

 人間たるヒトの意思を、情熱を、感情を是とし、その意志を継ぐ。だからこそレフ・ミハイロヴィチ・ヤコヴレフやクルス・コンテスティ、そして『バラッジ』の意思に動かされ、利害を度外視してまで今この場に立っているのだ。

 それならば。自らの信念を、受け継いだ隊長の信念ではなく、『受け継ぐ』という己の信念を肯定するために、自分が残る他ないではないか。

 

《…分かった!アタシも基地まで帰り着けるかどうか分からないが、道中の誘導くらいはして見せる。後はまぁ…なるようになる、さ》

「恩に着る。…部下を頼む」

《……!隊長…!》

 

 煙を引き、高高度から徐々に高度を下げてゆく『アステロゾア』。惜別を送るように蛇行しながら、少しずつ遠ざかってゆく僚機たち。

 それらの背を見送ってから、アレックスはひび割れたHMDを捨て、前方へと向き直った。

 

 高度1500、やや上方には『ファルクラム』3機。地上からは順次発進してくるR-141『グリフィス』が4、いや6。AAMとフレシェット弾頭のロケット弾は既に使い切ってしまったが、成形炸薬弾頭のロケット弾と機銃にはまだ幾ばくかの余裕がある。

 

 曇天と雪色の遠景、断崖で切り離された空の欠片のような信念の果て。意志を塗り潰された無貌の兵士に堕すことを考えれば、孤独なこの空の何と心地良いことか。

 

 上方から降下する『ファルクラム』のミサイルをシザースで躱し、続く光軸の雨をエルロンロールですり抜ける。燃料をほとんど使い果たしているためか、愛機F-2Xの身体は想像以上に軽い。黒翼の機体は蛇行して空陸からの砲火を避けながら、褐色の平地が横たわるヴァレーの中心部へと翼を翻してゆく。

 

 アレックスの眼前で幾つもの閃光が爆ぜ、目の前が一瞬白に塗り潰されたその瞬間。

 その視界の端には大空に舞う1羽の蝙蝠の翼が映え、残影を残して消えていった。




《諜報部よりクルス顧問航空技官へ入電。ヴァレー旧空軍基地の衛星写真を分析した結果、基地全域にわたり滑走路が寸断されているとのことです。非舗装部も含め、固定翼機の離着陸は当面不可能とのこと》
《サン・ドラド中継基地よりも入電です。ヴァレー攻撃部隊の一部が当基地に不時着。併せて、作戦に協力したGRDFのパイロット4名が保護を求めているとのこと》
《承知した。GRDFのパイロットは丁重に迎え、一旦サン・ドラドで休息させるよう伝えてくれ。…我が方のパイロットは、何名が帰還したか》
《は。生還したのは『デルフィナス』のパイロット1名のみ。その他は未帰還とのことです。…クルス顧問、何か?》
《――……。いや、何でもない。……済まない、しばらく一人にしてくれ》
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