Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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第50話 三原色

「…何、だって?」

 

 四方を大型ディスプレイに覆われた暗幕の方形の(なか)に、バインダーが落ちる固い音が響き渡る。

 

 サピン行政区首都、グラン・ルギドに居を構えるNEU司令部施設、その頭脳たる作戦電子指揮所。今や対『ウロボロス』戦の総司令官を務めるクルス・コンテスティは、想定外の極致たるその情報に愕然となった。

 

「間違いありません、前線中継基地サン・ドラドより詳報です!『ウロボロス』の空中空母がルーメンに出現、現地の駐留機を殲滅したのちフトゥーロ運河方面へ航行中とのこと!」

「中継機を介し『プリンシペ・デ・アルルニア』より入電あり!哨戒機が空中空母を捕捉、対処方針の指示求む、です!」

 

 律儀に復唱する通信兵の言葉が、虚を生じた脳裏を攪拌してゆく。額に流れる汗一筋、指揮業務の熱を奪い去る、足元を掬うような寒々とした感覚。聞き耳を立てる周囲のスタッフともども、NEUの命運を預かる電子の(はこ)は数瞬の間、時間を止めていた。

 

 ――まずい。これまでも想定外は多々生じてきたが、この事態は作戦の根幹を揺るがす程の特級のそれである。

 そもそもの想定では、今回の作戦はNEU――否、オーシア東方の既存勢力連合軍と『ウロボロス』の命運を賭けた決戦というものであった。『ウロボロス』としてもその認識はおそらく共通であり、当然本拠地スーデントールの死守のために切り札たる空中空母を配しているものと観測していたのだ。

 だが、ここで『ウロボロス』は護りの要たる空中空母を浸透攻撃の矛として用いる奇策に打って出た。ルーメンで迎撃したパイロットの情報によれば空中空母は核――おそらくはV2――を搭載している可能性が高く、オーレッド、またはグラン・ルギドへの直接攻撃で継戦能力を奪い去る意図は明白であろう。

 

 問題は、二点。

 一つは言うまでも無く、空中空母迎撃に充てるべき戦力である。今次作戦はNEUの総力を尽くしたものであり、攻撃部隊は各基地から抽出した為に防衛に充てられる戦力は払底している。東方のGRDF、オーレッドのUPEOもこの点は同様であろう。たとえ戦力をかき集められたとしても、これまでの戦績を図るに生半な戦力では空中空母に太刀打ちはできない。

 そして二つ目は、スーデントールの防衛戦力である。強力な城塞たりえる空中空母を攻撃に割いた以上、スーデントールに至るルート上にはそれに代わる戦力は配されていると見ていいだろう。『ウロボロス』の防衛戦力は空中空母を削いでなお余裕があるという事なのか、それとも他に切り札を有しているのか。暗幕に閉ざされた『円卓』の向こうは、未だ杳として窺い知ることはできない。

 

 どうする。

 今からサピン各地へ戦力抽出を打診する?しかし今は衛星通信封鎖中であり、抽出までは相応に時間を要する。温存している二線級の戦力では迎撃の確度も高くない。

 オーレッドのUPEOへ援軍を要請する?保守派と『ウロボロス』派で今も内紛が続くUPEOが即応できるとは思えない。

 スーデントール攻撃部隊を引き返させる?確かに迎撃の可能性はぐんと上がるが、戦力を損耗すればスーデントール攻略を再度行う余力はおそらく無い。たとえ空中空母を撃沈できたとして、そうなればその時点で『詰み』である。

 

 考えろ。

 考え、考え、考え尽くせ。こんな時、サピンの歴史を紡いだ名将ならどうした。中世の『朱の騎士』アルバロ・ロサダ・ルシエンテスならば。『海賊将軍』フェルディナンド・マガニャならば。第二次オーシア戦争のエースパイロット、アンドレス・サリナス・ララサーバルならば。

 ――おじい様ならば。

 

「クルス顧問…」

 

 不安げな通信兵の声に、クルスはは、と内省から意識を手繰る。

 見渡した周囲には、振り返り、あるいは横目で覗いて、自分の一挙手を待つ人々の目、顔、意思。縋るような、祈るようなそれらの視線は、いずれもが『象徴』たる自分へと向いている。

 

 息を吸い、口端に微笑。身を屈めて取り落としたバインダーを拾い、付着した埃を払ったクルスは、まるで子供の悪戯を目にした親のように言葉を紡いでいた。

 

「すまない、手が滑ってしまった。どうという事は無い、『ウロボロス』の悪あがき…むしろ地の利を捨ててくれたことは好都合だ。地上兵器の援護を考慮せずに済む」

「は…?」

「『プリンシペ・デ・アルルニア』へ返信。GRDF艦隊とともに迎撃を行い時間を稼ぐよう伝達を。出撃可能な首都防空大隊は?」

「攻撃部隊と各地の防衛に配しており、機数は僅かです。出撃可能なのは『デルフィナス1』及び『オルシナス』各4機のみ」

「十分です。各機には単装レールガンを装備、1時間以内に出撃準備を。私も『オルシナス』で出撃する」

「し…しかし、それだけの戦力では…!」

「空中空母の『タネ』も弱点も既に判明している。艦載機も消耗している以上、現状の戦力でもオーレッド湾上で撃沈することは難しくない。…そうそう、帰還してから昼食を取るので、食堂で私の分を取っておくよう糧食長へ伝えておいて欲しい。空腹では戦ができないのでね」

 

 すなわち、朝飯前ならぬ昼飯前。現状でも空中空母の迎撃は容易だと示すように、クルスはことさらに余裕を作って言葉を紡ぐ。

 無論、実際にはそう簡単な話ではない。いくら消耗しているとはいえ空中空母の無人機はある程度健在と推測される以上、旧式機で編成されたこちらの部隊では困難が伴うのは明白である。レールガンを装備していようとも射程距離内に接近できなければ無意味であり、わずか1機の損耗すら作戦の可否に影響すると言っても過言では無かった。公平に断じれば、迎撃の成功率は相当に分が悪いと言う他ない。

 

 だが、それでも。

 きっとおじい様なら、こんな時は自信満々に作戦を語り、皆に自信と希望を宿したのだろう。たとえそれが根拠のない虚勢であれ、顔の皮一枚下に恐れを隠した蛮勇であれ、『何でもない』とばかりに飄々と立ち向かっていったに違いないのだ。少なくとも、自分の心に残る英雄の肖像は、そう無言の裡に示している。

 それならば。おじい様の孫たる自分が、抵抗の象徴たる自分が、その背を裏切っていい筈は無い。

 

 示された一縷の希望に、俄かに活気づく四面の函。各々に持ち場へと目を向け、口々に通信を飛ばす姿をよそに、クルスは眼前に残る通信兵へと目を戻した。背を屈め、声を潜めて、周囲を伺いながら。

 

「…スーデントール攻撃部隊へは、この件は伝達しないように。攻撃直前の段階で浮足立たせてはまずいですから」

「は…よ、よろしいのですか?」

「彼らには攻撃に専念して貰うのが第一です。各中継機にもこの旨を厳命し、余計な情報を与えないよう伝達を頼みます」

 

 クルスの意思を図って首肯し、通信兵は自らの席へと踵を返してゆく。その背を目で追いながら、クルスはこれでいい、と自らの判断を追認した。

 自分は彼らへ託し、彼らに託されて後方に残った身。ならば何が起ころうとも、その背は自分が護って見せる。それが、おじい様から受け継いだ『エスクード()』の矜持なのだから。

 

 指揮を残る士官に託し、クルスは踵を返して司令室を後にする。恐れを秘した精悍なその様は、胸中の英雄の肖像をその背に宿したかのようであった。

 

******

 

《9時方向、来るぞ!散開、散開だ!》

《散開ってどっちに行けばいいんだ!…2時、5時…7時方向からも敵機!クソッタレ、頭上からも来やがる!》

《レーダーが飽和状態だ、敵機が数え切れない!》

「…最悪のタイミングだ…!よりによって!」

 

 礫岩聳える褐色の円環に、無数の軌跡が幾何学模様を上書いてゆく。

 旧ウスティオ北部からベルカ南部へ至る、峻厳な山岳地帯――通称、『円卓』。古来より数多の争乱の舞台となったその空には、空前にして絶後であろう空戦が現出していた。

 高度3000から4000にかけて、分散しつつ横方向への機動を重ねる40機ほどの機影は、『ウロボロス』本拠を叩くべく集結していた連合軍の機影。それらの円弧を取り囲むように、『ウロボロス』の識別コードを刻んだ字義通り無数の機体が、縦横に飛び交っていたのである。HMD(ヘッドマウントディスプレイ)上で探る限り、その数は最低でも200強。レーダーは尽く敵機を示す光点に塗り潰され、正確な機数を把握することすら困難な状態となっていた。

 

 数秒の間隙すらなく、絶えず鳴り響くミサイルアラート。

 衝突しかねない距離で眼前を横切る機影。

 それらを回避すべく不用意な旋回を行ったためか、推力を失い山肌に衝突する『オルシナス』。

 想定外の極致を示すような岩壁の朱花は、さながら連合軍の劣勢を示すかのような黒鉄と血の色に染まっていた。

 

《ランザ5が山に衝突した!》

《なんなんだ、この数は…!聞いていないぞ、『ウロボロス』がこれだけの数を温存してたなんて!》

「違う!こいつらはダミーだ、殆どは実体のない幽霊と変わらねぇ!」

《マチェテ2もやられた!攻撃も全く当たらないぞ!》

「クソ…!」

 

 味方の声にかき消される絶叫、無為に空を切っていくミサイルと曳光弾。恐慌に囚われた人間の限界の姿に、レフは思わず臍を噛み、サイドディスプレイを殴りつけた。

 

 一歩引いて冷静になれば、あり得ない光景であることは一目瞭然なのである。旋回性能で劣るF-104(スターファイター)が鋭角を描いて急旋回し、格闘戦で『ラプターⅡ』をねじ伏せる。F-15(イーグル)がマッハ4を超える速度で急追し、速度性能で勝る筈の『デルフィナス2』へ一撃離脱を仕掛ける。彼我の性能差と機体特性を鑑みれば、いずれもあり得ない姿であることは間違いない。

 

 加えて、レフにはこの正体について確信があった。

 この現象には、見覚えがある。1年前のオーレッド湾上空、多数のGRDF機やUPEO機に包囲された状況下で、当時スフィアが搭乗していた『ヴェパール』が使用した切り札――すなわち大量の電子データの大量放出による、飽和的電子デコイの生成。平たく言えば、周囲の敵味方のレーダー上に、実体の存在しないダミーを強制的に描き出すもの。今眼前に顕れている現象は、まさにその時の状況と瓜二つなのである。

 

 彼我の状況と位置、そして勢力の背景を考えれば、このような現象を引き起こせるのは『ヴェパール』を除いて存在しえない。そして、『ウロボロス』が『ヴェパール』を接収していた事実、そしてルカの手で実際に実戦投入されていたことを考慮すれば、帰結する結論は一つであった。

 

「ヒカリ!どこにいる、返事しろ!」

《ぐっ…!上!高度2400、5時!…ねぇレフ君、これってオーレッド湾の時の…!》

「多分な…!ルカの野郎だ、間違いねぇ!いくら『ウロボロス』でも、『ヴェパール』を扱える奴はそうそういない筈だ!」

《どうする!?姿さえ見えればねじ伏せられるけど…!このままじゃこっちがじりじり削られる!》

「……数で押す意味のある相手じゃねぇ。ヒカリ、今すぐ他の連中全員連れてスーデントールへ向かえ!ここは俺一人でいい!」

《一人って…無茶だよ、そんな!せめてあたしも!》

「お前は空中空母対策の切り札だろうが!…それに!」

《…それに?》

「ダミーの数に対して、()()()()()味方の数が少なすぎると思わねえか?大半は山への衝突だ。あくまで俺の勘だがな、敵の実機はおそらくそう多くねぇ。せいぜい5、6機だ。ルカの手の内も分かってる。この程度、俺一人でお釣りが来るぜ」

 

 ――虚勢。

 語った自らがそう思わざるを得ない言葉を、それでもレフは紡ぎきる。

 口で言う程に事態が簡単ではないことは、レフにも十分に過ぎるほど分かっていた。敵が少数であるというのはあくまで観察から導き出した推論に過ぎず、どれが実体でどれがダミーか判別がついている訳でもない。加えて、多数の特殊兵装を有する『ヴェパール』は一筋縄でいく相手ではない。

 だが、それでも。こちらの被害を最小限に抑えるには、そしてこの馬鹿げた戦争を終わらせるには、これが最善手に違いなかった。

 

「分かったらとっとと先に行け。すぐ追いつく」

《…へへっ。そういうの、死亡フラグって言うんだよ》

「俺はその手のジンクスより自分の腕を信じてる」

《…そうこなくっちゃ!『アルテミス』より各機!ただちにスーデントール方面へ変針、『円卓』を抜けるよ!殿(しんがり)は『キャンサー』!》

《何だって!?…おい、単機で大丈夫なのかブラザ…》

《いいから早く!レールガンでお尻叩かれたくなかったらとっとと行く!》

 

 通信回線に響き渡った、ヒカリの大喝。一応の向かうべき指針を示されたがゆえの人間の本能か、乱れていた友軍は統制を取り戻して、三々五々にスーデントールの方向へと舵を切っていった。先頭を飛ぶのはレナードの『カットラスⅡ』、一同の尻を叩くように末尾に控えるはヒカリの『グリペンJ』。上下幅広い高度に散開したそれらを追撃すべく、『ウロボロス』の識別を刻んだ無数の機影は一斉に踵を返してゆく。

 

 睥睨する空は、あくまで青く、ただただ広く。

 広大な戦空のどこにあるのか、未だに判然としないその『敵』を『円卓』の空へと縫い付けるべく、レフはその背へと口を向けた。

 

「ルカ・クレメンティ!聞こえてるよな!」

《!!……この声、は…!》

「カプチェンコのクソジジイは息災か?首輪付けた犬っコロみたいに懐いてたお前だ、心中お察しするよ!」

《っ……!…全機、構うな。敵本隊を追撃…》

「もやしっ子のお前じゃメシもまともに食えてねぇんじゃねえかと俺は心配で心配でならなかったぜ!ちゃんと優等生らしく夜9時には眠れてるか、えぇ!?」

《…………。3分後に追いつく。私は奴を殺してから行く…!》

《ルカ少尉!?いえ、しかしあなたを置いていく訳には…》

《…レフ・ミハイロヴィチ・ヤコヴレフ。相変わらず口だけはよく回る…!いいだろう、望み通り…殺してやる!!》

《少尉!…くそ!》

 

 高度にして1500ほど上空、距離3500を隔てた先。無数の機影の中に浮かぶ5つの機影が反転したのと、周囲の無数の機影が不意に消失したのは同時だった。

 レーダーとHMDがクリアとなった数瞬の隙を突き、レフは素早く機種を見定める。

 中心の機体は、機体上下にいくつもの突起を持ち、尾部に大型ブレードセンサーを装備した『ヴェパール』。周囲に付随するのはいずれもF/A-18I『ホーネットADV』であり、先ほどの通信を踏まえれば有人機はそれらのみと伺い知れる。ダミーの存在と『ヴェパール』の電磁パルス防御システムが厄介ではあるが、性能差を鑑みれば十分に勝機はある相手と言っていいだろう。無論、その前提条件として、『ダミーの中から本物を判別し』『妨害を掻い潜って接近する』という二重の難題が横たわっている訳ではあるが。

 

 耳元にノイズが奔る。

 データ量過多。電子制御システムに過負荷が発生。セーフモード起動。開戦の折にも目にした警告が次々とHMDに踊り、視界がアラートの赤色に染まっていく。

 

 ――来た。

 レーダー上には、次々と現れてゆく光点。数、10。30。70。…100。『ウロボロス』の所属を示す、空を埋め尽くさんばかりの敵の反応。

 自機を球状に包囲する敵の渦、そして一斉に鳴り響き始めたロックオンとミサイル接近の警告に、レフの聴覚は一瞬麻痺したような錯覚を覚えた。

 

「敵機数、ミサイル数、共に捕捉限界数を超過。HMDに表示しきれません」

「距離1500以遠の反応はカットしていい!くそ…!ひっきりなしってのはこの事だ、全く切りが無ぇ!」

 

 後方。左。斜め前下方。あらゆる方向から降り注ぐミサイルの雨に対し、レフはエルロンロールで右回転、間髪入れず操縦桿を引いて機首を逆向けた背面降下へ入ってゆく。

 擦過距離、僅か数十。本来であれば近接信管を作動させる筈にも関わらず、炸裂の衝撃が機体を揺らすことは無い。やはり『ヴェパール』によって生み出されたダミーであったようだが、速度も外見も実物と寸分違わぬそれを肉眼で判断するのは不可能だった。もはや網の目を描くように飛来する無数のミサイルに追い立てられ、レフの『サイファード・ワイバーン』は山岳の合間を指して高度を落としてゆく。

 

《貴様に…!!貴様に何が分かる、レフ・ミハイロヴィチ・ヤコヴレフ!!……その無様な旧式もろとも、貴様の固陋な精神も、旧弊の象徴たる肉体も!全て灼き尽くしてくれる!!》

「チ…!カルシウム足りて無ぇなぁお利口さんよ!毎朝一杯の牛乳をお勧めするぜ!」

《……ッ!!殺してやる、…殺してやるぞヤコヴレフ!!》

「敵反応、下降を開始。下方にも反応を確認、上下から包囲されます」

「いよいよ本気か。…にしてもここまで煽りが利くとは。あの野郎、輪をかけて不安定になって無ぇか?」

 

 後方上空に70、前下方に20、左右それぞれに30弱。溺れそうな敵対反応の渦の中で、それでもレフは会心の笑みを零す。数多の戦場を乗り越え、おやっさんを始めとした多くの人々の薫陶を受けることで育まれた冷徹な目は、この状況こそが最良だと見図っていた。

 

 これでいい。効果の程は想像以上だったが、今はここでの被害を最小限に食い止めて、1機でも多くスーデントールに到達させるのが第一である。地理的にスーデントールを護る最終防衛線である『円卓』に、『ヴェパール』のような()()()()を配置せざるを得ない辺り、『ウロボロス』の戦力は相当に損耗していると見ていい。残る空中空母がいかに脅威であれ、ヒカリやレナード率いる攻撃部隊であれば、敵の残存兵力もろとも十分に突破が可能な筈であった。

 

 ならば、今の自分の役割は明白である。

 奴を『円卓』の空に縫い留め、ヒカリ達の背を斬り防ぐこと。

 そして、自ら売った喧嘩のケリをこの手で付けること。

 ――圧倒的な数の差。性能差、地の利。正直に評せば難題であることこの上ないが、この場を打開しなければこちらに勝利が訪れることは無い。今はただ、その役割を果たすだけだった。

 

「さぁて…。もうちょい(つら)貸して貰うぜ、優等生!」

 

 裂帛一息、操縦桿を引くと同時に上向いた推力偏向ノズルが、焔を吐いて鋭角を描く。

 翼を掠めて炸裂したミサイルの爆炎に照らされ、蒼い矛を模した『ワイバーン』の塗装が一際鮮やかに残影を刻み付けていた。

 

******

 

《『ギェナ1』より『アルテミス』。良かったのか、殿(しんがり)をあいつ一人に押し付けて》

「ふっふ、君は知らないかもだけど、あたしとレフ君はヴェパール(あの機体)に因縁があってね。手の内が十分に分かってる以上、彼が最適だよ。大勢でかかればいいタイプの敵でも無いしね」

 

 『円卓』の山岳地帯を抜け、眼下に広がる平原と、縦横に走る河川。『ウロボロス』本拠地たるスーデントールまでわずか数㎞という喉首の空に、ヒカリとレナードの姿はあった。

 付き従うはGRDFとNEUの連合軍、総勢にして35機。若干の損害とレフの離脱こそあったものの、ほぼ戦力を維持したまま難所たる『円卓』を突破できたのは幸甚と評していいだろう。この戦力でスーデントールの戦力を排除しおおせられれば、この紛争は終結したも同然だった。

 

 時刻にして午前9時前、暁の浄光は既に中天を指す柔らかな陽光へと移ろい、雲僅かな崇い空を白く照らし上げている。根が楽天的なヒカリにとって、それはこれからの道行きを示す吉兆のように感じられる光景だった。

 

「それにあたしはレフ君の腕を信じてる。やってくれるよ、彼なら」

《違いない。…さて!俺達も気合入れて行かなきゃな!》

「だね。…よし、NEU各機は戦闘態勢へ!ランザ隊は高度を下げて、空中空母への攻撃編成に入って!」

 

 通信から漏れ聞こえるは、拳を打って気合を入れたらしいレナードの声。初対面ながらも頼もしいその様に笑み一つ、ヒカリは追随するNEU部隊へ指示を下してゆく。

 レーダー上では、対空中空母戦力として単装レールガンを装備したランザ隊のR-211A『オルシナス』7機が高度を下げ、護衛戦力たるマチェテ隊がその上方へと布陣するように編成を動かしてゆく様。GRDFもまた呼応するように編隊を前方へと移行させ、攻撃隊を先導するような位置取りへとシフトしてゆく。おそらく先制射として放たれるであろう空中空母の光学兵器には、GRDFの『カットラスⅡ』でなければ対応できない事を見越しての布陣であった。

 

 平原は、やがて数本の大河川が流れる低湿地へ、そして地平線に建物が屹立する都市区画へと移ろいでゆく。遠景には大小の山々が連なるバルトライヒ山脈を朧に捉えることができ、目標のスーデントールまで目と鼻の先であることを物語っていた。

 すなわち、事態の終着点たる敵本拠の、空も地も全てが(つまび)らかとなる距離。

 

 ――その光景を見て、意志ある者は皆驚愕した。

 

《……いない?》

「嘘…!?空中空母は!?敵の迎撃機は!?」

《そんな筈は…。いや、空域再走査の結果でも周辺空域には反応なし!地表に対空兵器があるだけだ!SAM(地対空ミサイル)9、対空砲6!戦車約20も認む!》

「あり得ない!何が起こってるの…!?」

 

 異常。

 『ウロボロス』の最重要にして最終の拠点たるスーデントールの上空において、ヒカリの脳裏に浮かんだのはその一言だった。

 いない。防衛戦力の数が想定より明らかに少なすぎる。危惧していた空中空母はおろか、空を護るべき戦闘機の1機たりとも周囲に認めることはできない。確かに地上にこそある程度の戦力が展開しているが、それにしてもこれまで『ウロボロス』が展開してきた戦力を省みればどう考えても過小に過ぎた。

 

 胸中に揺らめく疑念を拭えぬまま、ヒカリは他の機体とともに迎撃の火線を潜り抜けながら都市上空へと翼を進めてゆく。

 おかしい。やはりどこを見ても航空戦力の姿が無い。

 郊外の航空基地は先日の脱走時の戦闘で生じた被害がそのまま放置されており、修復された形跡すら残っていない。回転翼機や『ハリアーⅢ』のような伏兵も見当たらず、まさにもぬけの殻という表現が適当な有り様だった。いくら『ウロボロス』が戦力を損耗しているとはいえ、ほぼ無防備のまま本拠地を放置するというのは異常と言う他無かった。

 

 だが、何故。

 物事の裏を考えるのは苦手ながら、ヒカリは懸命に水面下を図る。

 スーデントールを放棄して後方の拠点に移った?――後方?どこへ。ここはNEU勢力圏の中心、『ウロボロス』の策源地にして後の無いどん詰まりではなかったか。

 守りを捨てて別の拠点へ戦力を集中した。――考えられる。迂回してこちらの拠点か、レクタ方面のGRDF本隊を突いた可能性は十分にある。だが、迎撃に出たということは拠点を護る意思があること。無防備なこの状況とは矛盾する。

 

 それなら、あるいは。

 

 視界の端で、2機の『アドバンスドライトニング』がバルトライヒ山脈側の都市境界を舐めるように地表を探りながら飛んでゆく。

 

 ――『誘い込まれた』。

 その予測が脳裏に過ぎるのと、2機の『アドバンスドライトニング』が爆炎に呑まれるのは同時だった。

 

《な…!?》

「…!!マズイ、罠かも!ランザ隊下がって!戦闘機隊は上昇!」

《アルゴラブ3!よくも仲間を…!》

 

 反射的に操縦桿を引き、同時にスロットルを開放して加速。軽量の『グリペンJ』らしい加速性能をフルに生かし、翠緑の翼は鋭角を描いて機首を上げてゆく。左にわずかにエルロンロールをかけて省みた下方には、翼を散らして墜ちてゆく2機の機影とその場へと急行するレナードら『カットラスⅡ』の姿。そして、バルトライヒの山肌に覗いたコンクリート造りの門から次々と飛び出してくるいくつもの機影。そのいずれもが鋭い前進翼を戴き、主翼前縁が一様に黄色く染められているのが見て取れる。

 

 部隊の先鋒ではなく、横腹を奇襲して混乱を引き起こす。

 少対多戦術の古典にして基本をそのまま映し描くが如く、後退する『オルシナス』と編成を立て直すNEU部隊との間で統制が乱れ、ヒカリもまた束の間GRDF部隊との連携が断たれることとなった。無論時間にしてわずか十数秒の隙に過ぎず、戦況全体を俯瞰すれば1()にも満たない、取るに足らない時間だったであろう。

 

 だが。

 その僅かな隙が、そして高度優位の確保を優先したヒカリと、僚機の援護を選んだレナードの選択が、その後の命運を酷烈に切り分けた。

 

《伏兵か!ギェナ隊、一撃離脱で抜けるぞ!アルゴラブ隊は援護しろ!》

《ギェナ2よりギェナ1、敵編隊捕捉!Su-47LLと推定、機数8!左右に展開します!》

《旧式が舐めた真似をしやがって!構うな、最後尾を狙って突っ切れ!》

 

 降下の加速を得た8機の『カットラスⅡ』が、離陸直後で速度の鈍い敵機を目標に見定める。殺到するそれらを避けるように、残る7機は左右、上下にそれぞれ逃げ惑うような挙動を見せた。

 

 ――そう、見せかけた。

 

《ッ!隊長、待ってください!敵機一斉に回頭!分散して包囲して来ます!――正面、2機!針路が…!》

《チッ、右だ!右に抜けろ!》

《上からも1機!…クソ、速度が落ちる!》

 

 敵編隊の中央を抜けるべく突入したその刹那、持ち前の運動性を駆使して旋回した2機のSu-47がギェナ隊の前方へミサイルを発射。いわば針路上へ()()()()()攻撃で突破を封じ、更に旋回の強要と直上からの奇襲で速度を見る間に奪ってゆく。重量が重く運動性に劣る『カットラスⅡ』の弱点を早くも看破したのか、同機数にも関わらずギェナ隊は一瞬で劣勢に立たされていった。

 まるで網を以て絡め取るが如く、戦闘機の集団を立体的に包囲するかのような徹底した運動戦術。

 

 その光景を目の当たりにして、ヒカリはぞくりと背筋が凍るのを覚えた。

 

 知っている。

 この戦術を、光景を、あたしは見たことがある。レフがいなければ成すすべなく殺されていたであろうこの戦法を、あろうことか同じスーデントールの空の下で。

 

「でも…そんな筈は…!…っ!ギェナ隊、逃げて!()()()は…!!」

《冗談!みっともなくレディに助けを乞えるかよ!》

 

 擦過する爆音に、レナードの声が紛れて揺れる。

 そしてその声が、スライスバックとエルロンロールを駆使してミサイルを間一髪で回避した『カットラスⅡ』の雄姿が、ヒカリの目に映るレナードの最期の姿だった。

 

 曳光弾が掠めた刹那、レナード機の腹側たる死角から敵機が迫る。

 レナード機、回頭。同時に接敵に気づき急旋回。

 射線を逸らす。

 敵機の腹下と擦れ違う。

 刹那、敵機の下部に屹立する箱型の構造物。

 砲口のような短い円筒から放たれる、燃え立つような灼熱色の光軸。

 

 2機が馳せ違ったその刹那。

 レナードの『カットラスⅡ』は真正面からそのレーザーに――否、()()()()()()()()に叩き斬られ、左右に分かれて散っていった。

 

「え…」

《た…隊長!!》

 

 悲鳴の残響は短く、残酷に。

 唐突な隊長機の喪失で統制を失ったギェナ隊の隙を打つように、残る前進翼が7機へと殺到し、次々と鈍重な翼を喰い散らしてゆく。

 

 時間にして、ヒカリが反転と高度確保に要した十数秒。

 その僅かな時間に、ギェナ隊の『カットラスⅡ』は尽く喰らい尽くされ、地上の8つの焔と化して地を灼いていた。

 

《全く、そちらもこちらもお粗末な事だ。いかにGRDFの最新鋭機とはいえ、あるいは『ヴェパール』の千を一で当たりうる電子戦能力とはいえ、扱う者が未熟では万全には活かせまい。――『おお、哀れにして卑しき蛮王よ。いかに聖剣を携えようと、然るべき者の手に在らずば剣は輝く事無し。疾く疾く真の王が御前に膝を屈せよ』…か》

「……!そんな馬鹿な…!だって、あんたはあの時レフ君に…!!」

 

 燃える地を眼下に置いて、8つの機影は機械のような統制を以て4×2の雁行隊形へと移行してゆく。

 随う7機はHMD上で捉える限り、過たず先行量産検討モデルSu-43――正式名称Su-47LL『ベールクトLL』。そして残る先頭の1機は、僚機同様に主翼と大型カナードの前縁を黄色く――否、黄金色に染めた前進翼の機影。識別記号、XR-99CG『グラシャ・ラボラス』。

 

《久しいな、ヒカリ・B・タカシナ。あの『首無し』君も息災かね?》

「……『カプチェンコ』!!」

 

 金色の巣を象る8つの機影が、風を孕んで天と地を睥睨する。

 

 深紅、翠緑、そして蒼碧。

 三方を奔る三色の光を織り交ぜたかのように、浄白の陽光は混迷の大地を照らしていた。

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