Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere - 作:びわ之樹
むかしむかし、人々がまだ夜の闇と精霊と魔を恐れていた頃のこと。今はオーシア大陸と呼ばれている広大な大地の北辺に、ベルカという国が生まれました。
北海に面し海洋資源に恵まれた北部とは裏腹に、冷涼で日照が少ないベルカの内陸では土地も痩せ、満足な農業を営むことができません。
人々が生きていけるだけの十分な小麦と芋を。
豊かな大地を。
いつの頃からか、ベルカの人々はバルトライヒの山々を越えて、南へ南へと開拓を進めていきました。
はじめは無人の野へ。
南東の広大な森林へ。
――そして、他の国々へ。
少しでも豊かさを、満足な食を。
かくしてベルカの歴史は、戦争の歴史と二重螺旋を描きながら流れていくことになります。
刀剣の戦いが槍になり、弓矢になり、銃へ、大砲へ、ミサイルへと移ろいでも。
歩兵の戦いが騎士となり、兵隊となり、戦車となり、航空機へと変わっても。
豊かな暮らしと幸福を求め、ベルカの戦いは何百年も続いていきました。
ある男がベルカに生を受けたのは、ベルカのみならず全世界の国々が互いに喰らいあった、二度目の大戦争が終わった直後のことでした。
男の名は、アントン・カプチェンコ。
カプチェンコは幼い頃から寡黙で、頭のよい男でした。
彼が大人になり、深沈たる性状がいよいよ確かとなり、世界を俯瞰して見ることができるようになった頃。カプチェンコはある疑問に囚われるようになりました。
なぜベルカは――人は争い続けるのか。過ちだと誰もが分かっていながら、なぜ人は奪い合い、殺し合い、世界を食い潰し続けるのか。
欲のため?敵意と無理解のため?富のため?本能のため?政治的イデオロギーのため?
千年以上の時をかけてなお、何一つ変わることのできない人間の業のため?
――そんな筈は無い。人間が、それほどまでに愚かで矮小な存在である筈は無い。
男は誰よりも人類を信じるがゆえに、誰よりも人類に懐疑的になりました。
疑問は諦念となり、怒りへと変じて、やがて一つの結論へと至ります。
ならば、今の人類の力を超える圧倒的な『力』で、世界の様相を強制的に変革する他に無い、と。
表層は相変わらず深沈と。然るに内奥には思想という鋭槍を研ぎ澄まして。
カプチェンコはその命題への解法を得るために、長い時間をかけて思索と準備を進めます。
幸い、ベルカ空軍を経てベルカ兵器開発局で中核を担う事となった彼にとって、知識と技術と人脈に不足はありません。
表向きにはベルカを護るための兵器として、古の大いなる王の名を冠した『ペンドラゴン計画』を立案した彼は、超高層対空レーザー『エクスキャリバー』や大気圏外からの複数拠点同時攻撃を可能とする核兵器『V2』を次々と実用化し、
そして、1995年。
ベルカ戦争の勃発とベルカの敗退により、帝国の残影が落日を迎えた年の終わり。
カプチェンコは同志とともにクーデター組織『国境なき世界』を率い、世界の変革を促すべく立ち上がります。
後事を同志へと託して彼は『円卓』の護りに就き、壮絶な戦いの末『鬼神』に敗北。『国境なき世界』も壊滅し、その理想の成就を見ることなく、カプチェンコはその生涯を終えました。
――その筈、でした。
しかし、その死から45年の時を経て、彼は電子の海で再び目を覚まします。
カメラを隔てた向こうには、長い歳月ですっかり髪も抜け、年老いたかつての部下――ゴルト2こと、フランス・スピィーデルの姿。
フランスは語ります。
国境が無くなった2040年の世界においても、人類は争いを続けていること。
ベルカ戦争の際に死を偽装して生き延びたフランスは、今はカプチェンコの名を騙り、電脳化による世界変革の為のクーデターを企図していること。
今のカプチェンコは過去の音声データや戦闘データを基に構築した、不完全な再現体でしかないこと。
そして、やがて電脳化するフランスのデータ体に自身を上書きすることで、記憶と論理的思考能力を併せ持った『アントン・カプチェンコ』の再誕に繋がること。
その全てが終わり、フランスの肉体が死んで、そして己と融合した時。
カプチェンコは――フランスの記憶とカプチェンコの思想を併せ持ったそれは、かつての部下の献身に深く感謝するとともに、己の使命を理解しました。
国境が消滅しようとも、人類は変わらなかった。
人間が
ならば。
核兵器に代わる、新たなる
かくして今、再誕したアントン・カプチェンコはスーデントールの空に舞います。
フランスの手でオーレッド湾から回収したベルカの遺産、『ヴァルハラシステム』を携えた『ベールクト』を侍臣として。
漆黒地に黄金を染め抜いた『グラシャ・ラボラス』を駆り、新たなる王に仕える者として。
******
「理想とか、再誕?とかよくわかんないけどさぁ…!結局はカプチェンコのおじいちゃん!あんたを墜とせばあたし達の勝ちって事でしょ!?」
《………なるべく丁寧に説明した積りだったのだがな。もっとも、確かにその認識で間違いは無い。私を殺しさえすれば、少なくとも
天輪傾くスーデントールの空に、9つの影が交錯する。
うち8つの機影は、逆立てた矛がごとくに両翼を大きく前傾させ、揃いの漆黒地に黄金の前縁を染め抜いたカプチェンコの『グラシャ・ラボラス』とSu-47LL『ベールクトLL』。それに応じる小柄な機影は、翼に二又の翠色帯を施した、ヒカリが駆る『グリペンJ』。地からはギェナ隊の残滓から黒煙と焔が昇り、薄墨色を帯びた戦空を遠巻きに臨むように、他の機体は退避しつつある。1対8、劣位の中での決戦という様相は、さながらベルカ戦争の終幕における『円卓』の、あるいは30年前の暁光照らすオーレッド湾における決戦の再現であった。
《わずか4機の『ホーネット』の包囲でさえ、君は攻めあぐねた。あの時
「…!だから、今度も私は敵じゃないって!?」
《君の技量はこの時代においても最優の域に入る。だが哀しいかな、我々の戦術と君の得意は相性が悪すぎた。これから君が啄み貪られ無惨に死ぬ前に、これだけは伝えておこう。――君はベルカのエース達と比べても何ら遜色ない、優れたパイロット
「舐めないでよね…!!あんた達の戦術はもう覚えた!おんなじ戦い方で何度もやられてちゃUPEOのエースやってられないっての!」
フットペダル、アームレイカーわずかに手前。後方の敵機の射線を読み、間髪入れずに左右のアームレイカーを互い違いに引き合わす。
侮辱に対し裂帛の気合で応じながら、ヒカリは生来の勘を頼りにエルロンロールで敵の包囲を切り抜けて、上昇反転による高度優位で応じてゆく。
以前スーデントールで見た通り、やはり『カプチェンコ』の戦術は機体の旋回性能を十全に活かした全周囲からの包囲戦術と見ていいだろう。『グリペンJ』は確かに軽量で小回りのいい機種であるが、機体形状とエンジン出力が生み出す『ベールクト』の比類ない格闘性能を考えれば、ドッグファイトに応じるのはヒカリといえども流石に分が悪い。加えて、今の『グリペン』は長距離行軍ゆえに増槽にハードポイントを割かれていたため、武装といえば1発限りの単装レールガンが6基と自己防衛用の短距離
故に、ヒカリが狙う戦術は一点。加速の初速と伸び、小回りのいい機体特性を活かして包囲の網を一撃離脱で突破し続け、すれ違いざまの一撃を叩きこんで漸減する手の他には無い。
反転、高度差おおよそ100、ほぼ同高度での反航針路。
ぽかりと空いた中央の突破は愚策。
右を狙えば左が、左を打てば右が反転してこちらの背を取る。
いち早く射撃位置に就くのなら下方の2機を狙って降下するのが最もいいが、機動性に勝る複数機相手に高度まで失うのは後のリスクが大きすぎる。どこを突こうと背に食らいつかれるその体勢は、さながら四つ頭の大蛇を相手取る様を思わせた。
ならば、狙うべきは一点。こちらに腹を向け上昇する、上の2機の死角。
アームレイカーを前方へ押し緩降下、次いでスロットルを開放するとともに手前へと引き急上昇。下方を狙うブラフを見せると同時に、ロー・ヨー・ヨーの要領で機体を急上昇させ、ヒカリは上昇する2機の死角――腹側から『グリペンJ』を吶喊させる。この位置取りならば、あの2機とこちらの位置はレーダー上でほぼ重複し、悟られる心配も無い。
瞳と照準、機首が一点に結ばれた直線上に捉えるは、黒衣を染めた『ベールクトLL』。距離1200、音速を優に超えるレールガンならば必中となり得る、確殺の位置取り。
だが。
《浅い》
「…ッ!?」
無線を貫く短い嘆息が、一瞬ヒカリの指を強張らせる。
あまりにも長いその一拍。言うが早いか、眼前の『ベールクト』はさながら死角が見えているかのごとく、エルロンロールで機体を翻し射線を逸らす。
押し込んだ引き金は、しかしわずかに芯を刺すこと叶わず。放たれた音速の鏃は黒衣の翼を僅かに掠め、虚しい徒矢となって消えていった。
「外した!?この距離で、何で…!!」
《浅いのだ。狙いも読みも、何もかも。『ヴァルハラシステム』を用い相互に連携した我らは、いわば個にして全。各々の目は全ての目。死角が存在する道理は無いだろう?》
「…このっ…!」
《次はこちらから仕掛けようか》
誘われた。
速度を上げて2機の間を突破しながら、ヒカリはその確信に臍を噛む。
まずい。攻撃を焦って十分な速度を得ずに上昇に入ったため、速度は既に落ちつつある。左右からは大きく迂回しながら、先ほど両翼に分かれた2機2組。とりわけ、左翼側から迫る1機は他より速い。
HMD上の識別、XR-99CG。機体下部から光刃を発振した、金色縁の『グラシャ・ラボラス』――。
《先のゼネラル機より長く保つことを願おう》
「…ッ!その程度で!」
たなびく黒煙。風向。侵入角とレーザーの発振方向。素早く確かめたそれらから、狙いはおそらく左後方からの辻斬りと判断し、ヒカリはフットペダルを踏むと同時に右のアームレイカーを引き、『グラシャ・ラボラス』に背を向ける形で翼を翻した。
フラップ上げ、減速、僅かに機首を上げながらの右回りロール――すなわち水平飛行に転じると同時のバレルロール。
背面飛行の形で迫る『グラシャ・ラボラス』。
回転する視界。刻限を告げる接近警報。
後背、巡らせること一拍。空気を焦がさんばかりに青熱した光の刃。
轟、と傍らを過ぎた漆黒の暴風は一瞬。
『グリペンJ』の右翼は側転の頂点で『グラシャ・ラボラス』の主翼とレーザー刃の間を抜け、距離2mに満たない極近距離の斬撃を捌き抜けた。
《…ほう》
「っし…!あと他の7機!」
安堵する暇もなく、ヒカリは急いで頭を巡らし、彼我の機位を確かめる。
左右からは合わせて3機、遅れて上から2機が高度を下げつつ猛追。先ほど下へ抜けた2機は視界外へ転じており、レーダーで確かめる限り大きく旋回して包囲の挙動を示している。片やこちらは先ほどの回避運動で速度を削がれ、運動エネルギーを徐々に失いつつある状態である。左右からの挟撃は避けられても、それ以上の回避運動は覚束ないだろう。まして、反転してきた『カプチェンコ』の攻撃ならば猶更である。
「それなら!」
上方と左右の敵、そして下方の状況。それらの要素を脳裏に組み上げて、ヒカリは素早く
左エルロンロール、次いでアームレイカーを手前。背面飛行からすぐさま機首を引き上げて、『グリペンJ』はほぼ急降下に等しい高角度で地を指して落ちてゆく。その向かう鼻先には、撃墜されたギェナ隊の『カットラスⅡ』が吐き続ける黒煙の帳。墜落と同時に地表にばら撒かれた燃料に引火し周囲へと延焼しているのであろう、その一帯はとりわけ黒煙が濃く、帳の向こうを容易に伺うことも叶わない。下方では黒煙を避けるように2機の『ベールクト』が旋回しており、ヒカリの『グリペン』との距離は急速に狭まりつつあった。
《高度を捨てて下方へ降下、併せて高度劣位の『ベールクト』をあわよくば攻撃し、黒煙に紛れて離脱か。初歩の初歩だ。数に劣るこの状況で、高度優位まで捨てればどうなるか想像できない訳ではなかろうに》
「お年寄りの長話なら沢山!御託ならあたしを墜としてから聞いてあげる!」
《結構》
Gが体を圧する。
高度計がみるみる数値を削り、反比例して速度が凄まじい勢いで増してゆく。
後方。一瞥した先には、合流して3機一組となり降下する『ベールクト』と、右側方から迂回して迫る『グラシャ・ラボラス』。下方の2機は鋭角を描いて旋回しており、速度が乗った今の状況で射界に捉えるのはおそらく不可能と見ていい。
下方への追撃をすっぱりと諦め、やや機首を引いて角度を減じながらヒカリは黒煙の中へと突入してゆく。黒煙が昇る範囲は存外に分厚く、白昼にも関わらずヒカリの視界は数瞬ながら、薄暗い闇に包まれた。
――そう、周囲にどれだけ多くの目があろうと、己の身を隠しおおせる絶好の闇の帳に。
ヒカリの狙いは、全てこの一瞬であった。
すなわち、速度を稼ぎつつ急降下で黒煙に突入し、カプチェンコの目から一時的に逃れながら、黒煙の中で急上昇。こちらの狙いが離脱だと錯覚させながら悟られぬように急接近し、追撃して来る『ベールクト』を狙う肚であった。
『グリペン』の全体が黒煙に包まれた頃合いを見計らい、ヒカリは左右のアームレイカーを一気に手前へと引き、同時にスロットルを開放してエンジンの回転数を最大限まで引き上げた。
急降下から一転し、翠緑の翼が鋭角を描いて急上昇へと移ってゆく。
圧搾機のような凄まじいGが全身を圧し潰す。
耐Gスーツを以てしてもなお軽減できない圧力と遠心力が頭から急速に血液を奪ってゆく。
頭痛。
暗くなる視界。
床を離れそうになる意識。
まだ。
まだ。意識を手放すな。
レフもクルスも他の戦場で戦っている。あたしも役割を果たすんだ。
だから。少しでいい、力を貸して。
レフくん。クルス顧問。スフィアちゃん。カルロスのおじさん。パウラ師匠。ママ。
――パパ。
脳裏に浮かぶ声と姿を頼りに、ヒカリは名前を紡いでゆく。
朧な視界が徐々に光を帯びてゆく。
和らぐG。
晴れてゆく視界。
背面姿勢のまま上昇したその先、未だ焦点定まらぬ視界に映るのは、やや下方を指して降下してゆく『ベールクト』3機の無防備な機影。
《――な》
「そこ!!」
動揺の声音に重ねる、気合の一拍。
同時に押し込んだボタンに随い、翼下から放たれた音速の鏃が中央の1機へと空を割いて飛翔してゆく。
距離にしてわずか1500、いかに旋回能力に優れる『ベールクト』といえども、コンマ数秒で到達するそれを躱しおおせることは叶わない。
金色縁の『ベールクト』は、その機首から貫き通され、一拍後には爆散。残る2機が急上昇で『グリペン』を追撃するも、その加速に追いつくこと叶わず、機銃とミサイルの筋は虚しく空を切っていった。
「はぁ、はぁ…見切った!」
《…ほう》
「おじいちゃんの包囲戦術、確かに強いわ。相性が悪ければ完全に封殺される。『ベールクト』の格闘戦に勝てる機体なんて
《………君を甘く見ていた。よもや今の一合で看破するとは。これほどまで不覚を取ったのは
殺気。
瞬間、眼光で射られた感覚を全身に感じ、ヒカリは悪寒と高揚の入り混じった笑みを浮かべる。
本気のカプチェンコ、全力の旧ベルカのエース筆頭。数で劣り、戦況もけして優位とは言えない状況にありながら、その事実に心が奮い立つのを抑えられない。カプチェンコの戦術を破った先ほどの高揚が胸に残っているためか、それとも空戦の魔に魅入られ始めているとでもいうのか。
左右アームレイカー手前、機体を水平に保ち、ヒカリはカプチェンコの出方を窺う。その間にも下方から追っていた『ベールクト』2機は同高度へ占位するように旋回し、『グリペン』よりやや下方と上方にそれぞれ2機ずつが配置。そして、その傍らを急上昇してゆく『グラシャ・ラボラス』はといえば、ヒカリのほぼ真上、距離1500ほどを隔てて布陣した。概して見れば先ほどより横方向への密度が薄れた分、上下方向により広く幅を持たせた、『巣』よりも『
《『ゴルトの巣』を初めて破って見せたのは、『円卓の鬼神』だった。彼が横方向への突破を繰り返し、その隙に僚機のF-16が縦方向で『巣』を突き崩すことで、我々は連携を寸断されて撃破された。――それ以来、
「…へぇ…?」
《定型に囚われた者は脆くなる。変化しない者は淘汰される。――……。…君はどちらかな》
つり上がる不敵な口角と、カプチェンコの句点は同時。
さながら第二の幕を上げるように、左右を旋回していた『ベールクト』2機が挟撃を仕掛けて来たのはその時だった。
AAMが行く手を狙う。
曳光弾が光条となって殺到する。
――こちらを動かす、誘いの一手。
瞬時に意図と挙動を見切り、ヒカリは翼を翻してロールを仕掛けながら、スロットルを開放し機体を増速させてゆく。本来であれば下方へ逃げて速度を得てから縦に突破すべきだが、この球状の敵配置では降下した瞬間を下方の『ベールクト』が狙って来るだろう。速度も高度も失う可能性がある以上、ここは手薄な横方向へ強引に突っ切るのが上分別であった。
そしてその機動は、カプチェンコにとっても想定の範囲内の筈である。
「上!」
接近警報に頼るまでもなく、仰いだ視界には急速に降下する漆黒の機影が映える。
やはりと言うべきか、上に占位していた『ベールクト』のうちの1機。包囲戦術は突破されれば機能不全に陥ってしまう以上、こちらの機動を制限するために別方位から奇襲を仕掛けるのは当然といえば当然であった。降下で速度の乗った『ベールクト』の旋回には追随できないが、出方さえ分かれば攻撃は容易に捌き切れる。
刹那の数瞬を読み合う、盤面の対局のような幾何学の戦場。
観察に洞察で応じたヒカリが上方を仰ぎながらアームレイカーを倒しかけたその刹那、HMDに別方向から映じた警告に、ヒカリはぎょっと胸を高鳴らせた。
「い!?…下もか!」
ロックオン警報、次いで接近の警告。レーダー波の逆探知でセンサーが示した方向は下方。おそらくはこちらが第一波を捌くのを先読みし、上と同時に死角となる下からも1機が忍び寄っていたのだろう。言うなれば横方向の攻撃に加えて縦方向の挟撃も織り交ぜられた形であり、『カプチェンコ』の言の通り考察と工夫が盛り込まれた戦術であることを十全に感じさせた。
「…これしきで!!」
ままよ。
速度を失うリスクを甘受し、ヒカリはアームレイカーを互い違いに引き合わせ、『グリペン』を素早く左ロールさせるとともに鋭角を描いて旋回を図る。方位は左、次いで右。速度エネルギーを犠牲に運動エネルギーを得ただけに旋回は相応に鋭く、ミサイルは傍らを過ぎり、加害範囲外で爆散して徒花を刻んでゆく。
ヒカリがS字の回避機動を描く中、降下してきた『ベールクト』は下方へ、上昇してきたもう1機は速度を落としながらも上方へと占位。その間に同高度の2機も『グリペン』へと追いつき再び左右を取られるという状況へと戻っていた。
なるほど、確かに戦術そのものの隙は減っている。
上空からのカプチェンコの監視の下、横へ強引に突っ切る手法は縦からの追撃で封じられ、下方への離脱は愚策ゆえ取れず、上方向に突っ切るにも同高度と下方からの突き上げに曝されることになるだろう。『敵の機動を制限し封殺する』という点において、それは『ゴルトの巣』から純粋に発展したもののように
しかし。
「…違う」
《うむ?》
「何かが違うんだよね、さっきまでの『巣』と今の『球』。言葉にはできないけど、何か違和感がある」
《時間稼ぎの積りなら、立ち話は遠慮しよう。少なくとも、私にはあまり時間が無いようだ》
「え?」
先ほどの戦術と、今の戦術。根っこは同じ、思想も同じ、運用者も同じ。その筈なのだが、何かが根本的に違う。名状しがたい靄を晴らすためのその問いかけは、しかし遠くを遥望するようなカプチェンコの声で断たれた。
――南。
視界を巡らせた先には、確かにHMD上に機影1つ。まだ距離8000以上を隔てた遠距離ではあるが、その反応は少なくとも『ウロボロス』側の機体ではないことを示している。
あれは――。
《ヒカリ、無事か!まだ制圧は終わってないのか!?》
「レフ君!ごめん、手こずっててまだ!カプチェンコが空を護ってる!」
《何だと!?》
《…そういう訳だ。君たち2人には辛酸を嘗めた記憶もある。同時に手取りたいのはやまやまだが、今は世界変革の為の切所なのでな。ヒカリ・B・タカシナ。まずは彼の目の前で、君から両断する》
「…上等!!」
黒煙滲む終末の空を、翠緑と金色縁の機体が交錯してゆく。
地には燃え墜ちる翼の残滓、南天には矢のように馳せる『
尾と白煙。
中天を遥かに過ぎ斜陽に至った天光は、争乱の終焉に至る天と地を、命亡を宿したような赤と黒に染めていった。