Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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《NEUの強行偵察隊により、先日フィネッタ港へ入港したゼネラル艦隊の詳細が掴めた。その規模ならびに艦種から、当該艦隊は本拠ユージア大陸より派遣された対地・対要塞打撃艦隊『ランドグリーズ』の分遣艦隊と推定され、昨日正午に外海へ向け出港したことが明らかとなっている。艦隊は西スプリング海を南下したのちに西へと変針したことも確認されており、その目標はサピン沿岸部の軍港ならびにドッグ群と推定される。
この脅威に対し、NEU海上警備部門司令部はサピン西部ラエラ軍港に停泊中の空母『プリンシペ・デ・アルルニア』を中核とした海空の戦力で迎撃する方針を固めた。ル・トルゥーアの航空部隊はNEU機動艦隊に合流の後、艦載機部隊とともに『ランドグリーズ』分遣艦隊への攻撃を敢行せよ》


第5話 ワルキューレの騎行

 ごうごうと唸る風の音が、装甲キャノピー越しに鼓膜を満たす。

 午前の晴天は徐々に陰り、午後2時を越えた現時点ではおおよその雲量は5、やや薄雲り。眼下の海も波が強まって来たのだろうか、寄せる白波は先より鮮明に見て取れる。下り気味の空模様は接近中の低気圧の所作によるらしく、夜半には雨に変わるという予報ももたらされていた。むろん風向き次第では、天候悪化が早まることも十分に考えられる。

 

 雨になる前に片が付けばいいが。

 ヘッドマウントディスプレイ(HMD)の端、幾分下がった気圧計の数値に目端を運びながら、ニューコムのパイロットスーツに身を包む青年――レフ・ミハイロヴィチ・ヤコヴレフはそう脳裏に呟いた。

 

《目標到達まで10分、航路消化定刻通り。艦載機の発進を待ち、作戦を開始する》

《ジェミニ隊了解》

「キャンサー隊、こちらも了解だ」

 

 先行するR-099『フォルネウス』から、編隊長を務める『タウルス1』の声が通信を介して伝わる。早すぎず、遅すぎない。微妙な速度調整を繰り返し、中途の行程すら予定時刻ぴったりに調整してみせた辺りに、几帳面なその人間性が伺い知れた。

 

 背もたれに体を預けたまま、レフは瞳を巡らせて編隊の状況を俯瞰する。

 自らの眼前ほぼ同高度には、先行するタウルス隊のR-099『フォルネウス』が3機。レフのR-101FR『デルフィナスE』はそれらに続いて編隊の中央に位置し、その後方にはカールのR-101『デルフィナス』とスフィアのXR-99EC『ヴェパール』が続く形となっている。翻って眼下へと視線を落とせば、高度300ほど下方には双胴にエイのような幅広の翼を持つ異形の攻撃機、R-201『アステロゾア』6機が空を舞う姿も見て取れた。一見鈍重そうな彼らこそが、今作戦では戦場の主役である。

 

 近づく低気圧に怯えながら、荒れ始めた海の上を飛ぶル・トルゥーア基地の航空機、しめて12機。

 本来管轄外である海上での戦闘に、なぜこれほどまでの戦力を出す羽目に陥ったのか。レフに言わせれば、その原因はNEUオーシア東方司令部の、就中ル・トルゥーア首脳陣の読みの甘さにあった。

 遡ること3日前。たびたびラティオ国境を侵犯していたNEUへの対抗措置と称して、ゼネラルの軍機関であるGRDFは航空部隊を集結させ、ル・トルゥーアへの襲撃作戦を実施した。この戦闘の表面だけを見れば、ル・トルゥーア側は戦闘機4機が未帰還となったものの、GRDF側も基地へ大きなダメージを与えられぬまま撤退し、結果的にしょうもない痛み分けに終わったものである。

 

 しかし、その裏側はといえば、上辺の戦況ほどに単純ではなかった。

 そもそもこの一連の戦闘はといえば、苦戦するベルカ方面の戦況を打開するためにニューコム側が仕組んだ大掛かりな陽動作戦であった。ル・トルゥーアをしてゼネラル側に度々挑発を行わせることで、GRDFの意識をサピン側へと割かせ――あわよくばベルカ方面の戦力をそちらに回させることで、主戦場たるベルカ方面の打開を企図したものだったのである。結果的にその目論見は成功し、目下ベルカ方面のNEUは手薄となった地域へ戦力を投入して攻勢を仕掛けている状況だった。

 

 しかし、ゼネラル側もまた一筋縄とはいかない。上述のニューコムによる陽動作戦を逆手に取り、ラティオ側におけるもう一つの陽動作戦を噛ませて来た。すなわち、先のル・トルゥーア基地襲撃を隠れ蓑として、ラティオ南部のフィネッタ軍港へ密かに艦隊を入港させたのである。この艦隊の素性こそが、サピン方面のNEUにとっては大問題であった。

 得られた情報によれば、艦隊は8隻。イージス艦1を旗艦とし、ミサイル駆逐艦3隻、ステルス駆逐艦2隻、強襲揚陸艦1隻に対潜ヘリ空母1隻というのが明らかになったその編成である。強襲揚陸艦は、実質的に軽空母と見なしてよい。

 この中で最大の脅威となるのが、2隻のステルス駆逐艦である。平面構造を組み合わせたような特殊な艦形による高いステルス性能に加え、搭載した長砲身の主砲による対地攻撃は圧倒的な破壊力を持つとされる。比較的手薄なサピン沿岸部のNEU施設が攻撃を受ければ、サピン全土の防衛網が揺らぐ程の被害を受けかねない。ましてオーシアとサピンの間に位置するフトゥーロ運河まで侵入を許せば、ニューコム経済圏の要衝ベルカまでもがその射程圏内に入ることになる。どちらの都合につけても、ここでゼネラルの艦隊を食い止めなければならないのも道理だった。

 聞けば、件の艦隊はGRDFが有する艦隊のうちの一つ、『ランドグリーズ』艦隊の一部だという。神話にいう、ワルキューレの一柱の名を冠する対地・対要塞打撃艦隊。高威力の艦対地巡航ミサイルに加え、長射程の艦砲を叩きこみドッグであれトーチカであれ粉砕するその様は、『盾を壊す者』の意を持つその名乗りもかくやと思えるものだった。

 

 不意に、平らかだった水平線がふつりふつりと途切れる。

 水平線の近くに、『何か』が浮かんでいる証拠。よくよく目を凝らせば、それは暗色に塗装された船の影であることが伺い知れる。時間と言い場所と言い、目指す目標の艦であることは疑いようがなかった。果せるかな、しばしの後に眼下に姿を現したのは、平らな甲板を持つ大型の艦とそれを基幹とした艦隊の姿。

 

《こちらNEU航空部門、ル・トルゥーア航空隊『タウルス1』。これより貴艦隊へ合流する》

《『タウルス1』へ、こちらNEU海上警備部門所属『プリンシペ・デ・アルルニア』。貴隊の合流を歓迎する。艦載機発艦までしばし待たれたし》

《やー、やっぱでかいっスねぇ空母って。まさに海の上の城って感じっス》

「今となっちゃ金食い虫もいい所だろうがな。旧式の軽空母が今頃役に立つってのも皮肉と言うか…」

《そーいや知ってるっスか『キャンサー』。あるゲームでこの子の擬人化イラストが超かわいくってっスね…》

「おう、ちょっと黙っててくれるか『センチネル』」

 

 カールの言にぴしゃりと蓋をしてから、レフは機体を傾けて眼下の艦隊を見下ろす。円を描くように外縁に展開した護衛艦艇は合わせて8隻を数え、その中心にはスキージャンプ式の甲板を設けた古典的な姿の軽空母。その艦上には異形の見慣れぬ機影が8つ並び、畳んだ翼を伸ばしては空へと舞い上がっていく所だった。小さな胴体に前縁の長いダブルデルタ翼、主翼から延びる双ブーム。HMD上のマーカーには、R-141『グリフィス』の字が示されている。

 

 軽空母『プリンシペ・デ・アルルニア』。この艦もまた、数奇な運命を辿った空母である。

 由来は、44年前となる1995年。オーシア東方諸国一帯を巻き込んだベルカ戦争において、サピンはベルカの侵攻を受け相当な被害を受けることとなった。その要因はといえば、ベルカ側の電撃戦に対する対応の遅れや彼我の練度の差など枚挙にいとまがないが、そのうちの一つとして挙げられたのが『早期の制海権喪失』であった。1995年当時、ベルカは航空母艦『ニヨルド』を主軸とした機動部隊を有しており、保有する航空部隊が初期の戦勝に多大な貢献を果たしていたのである。これに対し、空母を持たず戦力で劣るサピン海軍は大打撃を受け、陸だけでなく海からも攻撃を受ける窮地に追い込まれたのだ。この状況は、オーシアの機動部隊がウスティオの傭兵部隊と連携し、ベルカ艦隊をフトゥーロ運河に沈めるまで続くことになる。

 

 東方諸国随一の大国であるサピンが、このような憂き目に遭ってはならない。

 戦後の回復期の中にあって、サピンはこのスローガンを掲げ、海軍の立て直しの一環で機動部隊の拡充を模索する。その中で建造されたのが、サピン唯一の軽空母となる『プリンシペ・デ・アルルニア』であった。オーシアとの関係悪化もありF-35Bこそ搭載は叶わなかったものの、EAV-8B『マタドール』を主力に据えた艦隊は、後の東方戦争においても貴重な航空戦力として活躍を残すこととなった。

 しかしその華やかな活躍も、戦後となっては忘れ去られる。東方戦争の後に訪れた不況の波はサピンにも広がり、軍備の縮小を余儀なくされたのである。サピン国民の嘆願もあり『プリンシペ・デ・アルルニア』は解体こそ免れたものの『マタドール』航空部隊はほどなく解散、艦自体も予備戦力へと回されることとなり、徒に維持費を消費するだけの存在へとなり果てていった。

 

 この状況に目を付けたのが、後にサピンを経済圏下に収めるニューコムである。サピン防衛業務の一部委託を契約する中で、『プリンシペ・デ・アルルニア』を購入し再生することを打診したのだ。

 サピン側にすれば、国民の敬愛深い艦でありながら、単なる金食い虫と化した空母の始末が付くのはありがたい話である。一方のニューコムにしてみても、独自の機動部隊を持つゼネラルリソースと相対するには、こちらも空母を有しておくのに越したことは無い。その上で安価で手に入り、練習艦としても運用できる『プリンシペ・デ・アルルニア』の存在はうってつけだったのである。

 

 かくして、軽空母『プリンシペ・デ・アルルニア』はNEUサピン駐留艦隊の下に復活することとなる。

 往時をそのまま再現した艤装、NEU社章に並んで掲げられるサピン国旗、そして甲板にずらりと並ぶ最新鋭の艦載機。防衛戦力の一部委託に難色を示していたサピン国民の世論も、この頃を境として徐々に軟化し、やがて他産業部門においてもニューコム経済圏の下で民営化を推し進めていくこととなる。

 

 国の護り手として生まれ、一度は不要となった存在が、『企業』の切り札として再び必要とされる。

 世相の変転により翻弄されるその様は、レフの言の通り皮肉とも、また悲壮とも言えるだろう。

 

《…まあそれはともかくとして。確かに船なんて一回作ったらアップデートも効きにくいでしょうしね。戦闘機だって大きくは変わらないだろうし。機械の宿命って奴っスかね》

「だとよ球コロ。かわいそーに、カールはお前がいずれ時代遅れのポンコツになると思ってるそうだ」

《ちょっ!レフその言い方ァ!やめるっスよただでさえ今スフィアちゃんからの好感度ダダ下がりなのに!違うんススフィアちゃん、俺そんな積りじゃ…!》

《…………》

《…スフィアちゃん?》

 

 悪意と悪戯心に満ちたレフの弄りに、必死に抗弁するカール。しかし当の渦中であるスフィアは口を閉ざしたまま、ただ沈黙を守ったままだった。

 妙な間、怪訝なカールの声。はっと我に返ったように口を開くスフィアの様は、まるで本物の人間のようでもあった。ディスプレイ上の通信ウインドウの中に表示されたスフィアの顔も、一瞬目を見開いて人間らしい表情を伝えている。

 

《失礼しました。何か指示でしょうか、『キャンサー』、『センチネル』》

《え?…あー…いや!なんでもないっス!ちょっとしたレフの悪ふざけっス!》

「何をぼーっとしてんだ球コロ。機械の割に隙だらけじゃねえか」

《申し訳ありません。…海を、見ていました》

「…海を?」

 

 予想外のスフィアの答えに、後席のフォルカーが怪訝そうに反問する。

 ちぐはぐと言うべきか、どこか妙に感じたのはレフも同感だった。海に見とれて意識を疎かにするなど、まるで人間である。休みいらずで命令に忠実の機械では、到底あるようなことではない。

 

《エレクトロスフィアを介し、海の映像は幾度も視聴してきました。しかし今の眼下の海は、そのいずれも『記録』とも異なります。深く透明で、波と風で常に姿を変えています。その変化は、視認を重ねても規則性を見いだせないほどに多様です。…本物の海を、初めて見ました》

《…そっか。海を『綺麗だ』って()()()んスね》

《…きれい?》

《目にして胸が高鳴る光景とか、思わず見入っちゃう景色とか。そういうものを、人は『綺麗』って言うんス。夕焼けの空とか、ダークブルーの空に一筋伸びる飛行機雲とか。俺は綺麗だと思うし、大好きっスね》

《ひとつ、学びました。海とは、綺麗なのですね》

 

 ウィンドウの中のカールが得意げに笑い、それに応えるようにスフィアが口端を上げて微笑む。まるで、好ましいものを見て愛でるような、いやに人間くさい仕草であった。ヒレのように跳ねた横髪に、青みを帯びた髪色。どこかイルカを思わせるスフィアの外見らしく、海に対して思う所もあるのだろうか。

 機械が感覚を、感情を語る。それは人間が記録してきたものの模倣に過ぎない。そう心の中で断じる一方で、レフは言葉にし難い心の疼きを感じずにはいられなかった。

 

「『オーキャス14』。お前の使命は多様な戦闘データを集積し、戦闘用AIとして成長することだ。そんなどうでもいいことに容量を費やすものじゃ…」

「海くらい好きなだけ見てろ、球コロ。ただし戦闘行動に支障のない限りでだ」

「…レフ君!これは『オーキャス14』の育成方針として重要な点だ。口出しは…」

「艦載機が発艦し終えた。駄弁ってないで行くぞ」

 

 フットペダル、踏下。口止め代わりに機速は増し、後席からむぐ、と声が漏れる。眼下では『アステロゾア』に並んで6機の『グリフィス』が連なり、迫っているであろう『ランドグリーズ』艦隊へ向け鏃を研ぎ澄ましている様が目に入った。これら攻撃隊12機、上空直掩の6機を以て、NEU合同部隊は敵艦隊へと向かうことになる。差し引きで足りない『グリフィス』2機は、おそらく艦隊防衛のために残ったのだろう。

 

《『タウルス1』より『プリンシペ・デ・アルルニア』、状況を知らされたし》

《展開中の各機へ。敵艦隊は現在、オーシア領レッドミル岬の南南東120㎞地点にあり。また、1隻のみレッドミル岬の東50㎞地点まで進出しているのも確認されている。搭載UAVを用いた偵察行動中のミサイル駆逐艦と推定されるも詳細は不明である。貴隊は方位185へ航行し、敵本隊へ攻撃を実施せよ》

《了解した。各隊、針路を維持せよ》

 

 空母からの通信を基に、レフは脳内に地図を描く。こちらの現在位置は、腕のように湾曲したオーレッド州とサピンの間に広がる海峡の出口付近、ややサピン寄り。情報を踏まえれば、敵の本隊はこちらから見てほぼ間南におよそ120㎞の位置、単独行動をしている敵艦は西南西に120㎞の位置にあるというところだろうか。いわば3艦隊を頂点とした正三角形の位置取りになる訳だが、航空機ならば目と鼻の距離であり、巡航速度でも20分とかからず到達できる位置である。むろん、迎撃して来るであろう敵の艦載機との交戦も勘定に入れる必要はあるが、それでも突破まで30分とかかるものではない。

 勝手が違う海の戦いにおいてさえ、なお至近と言っていい彼我の距離。そして、偵察にしてはあまりにも不用心な単艦の存在とその位置。艦対艦ミサイルの有効射程のぎりぎり一歩外という絶妙の位置ではあるが、それにしても偵察にしてはあまりに進出しすぎているきらいがある。

 

 ――納得できない。

 レフの心に、例によって兆すのはその思い。もっとも、今回のそれは先般の輸送列車襲撃作戦におけるそれとはいささか異なる。前者は作戦目的に対する疑義がその根底にあるものだったが、今回の場合は単なる直感、ないし何やらきな臭いという勘とでも呼ぶべきものだった。何にせよ、今の敵艦隊の配置には、納得のいく説明が何一つできない。

 すなわち、何かがある。戦況をひっくり返しうる作戦か、はたまた特殊な兵器かが。

 

「……やばい気がするな」

《え?》

「…いや。………『キャンサー』より編隊長、『タウルス1』へ。当機火器管制システム不調につき制空戦闘は困難、引き返す」

《何?……また仮病か?『キャンサー』》

「いや、ホントにシステムが不調で。あとはえーと、あれだ。艦隊に忘れ物をした。拾ったらまた戻るわ」

《…チッ。好きにしろ。敵航空部隊の規模を考えれば、残存機だけでも任務は遂行できる》

《え?ちょ、嘘でしょ『キャンサー』!?マジっスか!?ちょ、待っ…!》

「そうだ!待ったレフ君!!」

 

 苦り切った『タウルス1』の声に、うんざりだと言わんばかりの溜め息。慣れ切った侮蔑の視線を受け流して操縦桿を倒しかけた刹那、唐突に上がった声は後席のフォルカーだった。

 

「君のその手の申告は正直信用していないが、引き返すなら『オーキャス14』も共に引き返させるんだ!君だけ一人で帰ったら誰があれの監督役をするんだ!」

「知るか、カールにでもやらせればいいだろ!余計な口出しは…」

《もういい。それを連れてさっさと引き返せ、『キャンサー』。これ以上は編隊統制に支障を来たす》

「…ご配慮ありがたく。球コロ、行くぞ」

《了解しました。『オーキャス14』、追従します》

 

 断ち切るような、『タウルス1』の冷たい声。それを合図にレフは操縦桿を切り、乗機『デルフィナスE』の鼻先を北西へと向けた。言うまでも無く、その進路は『プリンシペ・デ・アルルニア』の方向ではなく、単独行動を取る謎の艦の方位。右斜め後方には、スフィアの『ヴェパール』が等速を維持して追従して来ている。

 

《『キャンサー』、一つ質問します》

「何だ」

《貴機のシステムには異常が見られません。なぜ虚偽の申告を行い引き返したのですか?》

「!……分かるのか、こっちの機体コンディションが」

「当然だとも。この『ヴェパール』の通信能力と電子戦能力、『オーキャス14』の情報処理能力は随一のものだ。エレクトロスフィアを介して情報にアクセスし、コンディションを参照する程度訳はない」

 

 予期しなかったスフィアの質問、そしてフォルカーが語るその能力に、今更ながらレフは舌を巻いた。エレクトロスフィアを介した間接的なアクセスでこちらの情報を知りえたということは、応用次第によっては周辺の機体へ自在にハッキングを仕掛けられるということではないか。

 この球コロは、スフィアは一体何者なのか。AI制御の無人機実用化に向けた試作型AIにしては、その能力は過剰に過ぎる感がある。先ほど垣間見せた感情の片鱗といい、その本来の目的から外れたものとしか思えない。

 兆す疑念は一瞬、レフはひとまずそれを心の奥へと押し込めた。今は、まず目の前にある疑念についてである。

 

「…勘だ」

《勘…?》

「納得できない、というよりも腑に落ちない。先行している敵艦、あれは何をしているんだ?偵察にしちゃ離れすぎてる、奇襲にしちゃ見え見え過ぎる。…俺の勘だが、あの艦は何かを隠してる気がする」

「気がする、って…。君はそんな曖昧な理由で嘘をついて引き返したのか!?信じられない…!」

「なんとでも言え。とにかく、その艦とやらを見ていかねえと気が済まん。ホントに偵察ならそれでよし、球コロの電磁パルス兵器で目を潰してから戻るだけのことだ」

「く…!何でよりによって君に監督役を依頼したのか…!これでは一向に戦闘データの蓄積が…!」

「待て。…あれだな」

 

 信じられない。そう言わんばかりに――事実口にもしているが――頭を抱え、ぶつぶつと独り言で嘆き節を紡ぐフォルカー。モニター越しに後席の様子を見やってから、レフの眼は水平線に生じた一つの反応を捉えた。

 方位、こちらからほぼ真正面。距離にして20㎞強。方形を旨とした艦橋や単装砲を持つその姿は、確かにゼネラルリソースが有するミサイル駆逐艦の姿に違いなかった。遠目に目視範囲に入ると同時にレーダー照射警報こそ響いているものの、回避されることを見越してか未だにミサイルが飛んでくる様子はない。

 母隊から遠く離れ、孤立した駆逐艦。挙動も艦種もこれといって妙な点は無く、傍目にはこれといった妙な点は見られない。それだけに、何の変哲もないその姿は一層不気味に映った。

 

「球コロ、周辺域を索敵しろ。空中、海上両方だ」

《了解しました。レーダーモード変更、広域索敵モードへ移行します》

「見たまえ、特に変わりも無いただの駆逐艦じゃないか。見え見えの陽動だったんだよ、きっと」

「………」

《走査終了。方位250から270、距離40㎞前後に小型艦艇複数。オーシア沿岸域の漁船と推定されます。方位060、距離50㎞地点にも小型艦艇2。その他に反応はありません》

 

 さきほど脳裏に描いた地図を下地に、それぞれの位置を脳内で書き込んでゆく。時間経過により形はやや崩れたものの、彼我の位置は概ね一辺を120㎞とする正三角形。レフら2機の位置はちょうど駆逐艦と『プリンシペ・デ・アルルニア』を結ぶ辺の上にあり、何の偶然かレーダーに反応のあった小型艦艇2もその直線状にいる計算になる。すなわち駆逐艦から見て20㎞地点にレフらがおり、その直線上さらに50㎞に小型艦、その先にNEU艦隊がいる計算、に――。

 

 ぞくり。

 計算がそこに至った瞬間、レフの背筋に悪寒が走った。

 ここから東北東に50㎞、外洋のど真ん中に小型艦が2隻?おまけに、距離にして『プリンシペ・デ・アルルニア』に相当に近い距離である。

 息を抑えて、レフはごく単純な暗算を行う。一辺は120㎞。ここから駆逐艦までが20㎞、ここから小型艦までが50㎞。したがって小型艦からNEU艦隊までの距離は、120引く70。

 

 ――。

 

「…スフィア。索敵結果のデータをこちらにリンクしろ。それとゼネラルのステルス駆逐艦の性能諸元をデータベースから急いで抽出するんだ。ステルス能力と搭載火器の射程距離だ、急げ」

「レフ君…?」

「まずいことになったかも知れん。下手すりゃ大当たりだ。悪い意味でな」

《データ抽出完了。『キャンサー』、データリンクを行います》

 

 データリンク、完了。フォルカーとの応対もそこそこに、レフは貪るように並んだ文字の羅列へと目を通してゆく。

 ゼネラル所属ステルス駆逐艦。主要兵装、電磁レールガン1門、155㎜先進砲システム1門、20セルVLS4基、迎撃火器4基。艦対艦ミサイルの搭載はなし。レールガンの射程は不明、155㎜先進砲システムには対艦誘導砲弾を装填可能。有効射程距離――56㎞。

 

「ッ…!」

《『タウルス1』より『プリンシペ・デ・アルルニア』!当該艦隊を目視するも艦数5のみ、ステルス駆逐艦の姿を認めず。攻撃可否の指示を請う!》

「『プリンシペ・デ・アルルニア』、聞こえるか!敵ステルス駆逐艦が接近している!そちらより方位240、距離50㎞付近と推定!――散開しろ、艦砲射撃で狙われるぞ!!」

《な…!?》

 

 狼狽した『タウルス1』の声、そしてその内容。

 全てが一つに繋がり、レフは弾かれるように背をもたげながら声を張り上げた。既に艦隊は敵ステルス駆逐艦の射程圏内であり、いつ攻撃を受けてもおかしくはない。

 コフィンシステム解除、手動操縦へ移行。火器管制、安全装置解除。眼前のミサイル駆逐艦を無視し、レフは東北東へ向けて舵を切り、同時にフットペダルを踏み込んだ。

 

 間に合え。

 口内に滲むその言葉を無残に打ち消したのは、傍らを飛ぶスフィアの落ち着き払った声だった。

 

《小型艦艇の反応増大。熱源反応を感知。実弾火器の発射炎と推定されます》

「ち…!おっぱじめやがったか!スフィア、誘導電波を出して攻撃隊を呼び寄せろ!『タウルス1』、こちら『キャンサー』!これから電波誘導で敵艦の位置まで誘導する。すぐに戻れ!」

《く…!了解した。こちらで敵迎撃機を食い止める。攻撃隊は誘導に従い先行せよ!》

《直上よりF-35BR!6機が突っ込んで来る!》

《タウルス隊、フォーメーションで当たる!攻撃隊の背を死んでも護れ!『センチネル』は攻撃隊の護衛に就け!》

 

 男たちの焦燥と狼狽に、戦況は一気に加速を始める。

 完全にハメられた。事態の全貌を察し、レフは人知れず臍を噛んだ。

 こちらが迎撃の艦隊を出すことを見越して、ゼネラル側は密かにステルス艦2隻を先行させていたのだ。高いステルス性能を持つ艦ならば、主砲の有効射程範囲にまで容易に近づくことができる。艦載機同士による航空戦しか頭に無かったニューコム側の死角を突いて、横腹を直接突く作戦――それこそが、ゼネラル側の布陣の全貌だったのだろう。単独で航行していたミサイル駆逐艦も、ステルス駆逐艦の防空支援と、万一が起こった場合の撤退支援として配置されていた中継ぎ役に違いない。

 

 鈍足の『アステロゾア』では、戦場への到達までどう考えても15分はかかる。加速性能に優れる『グリフィス』が10分前後で到着すると見積もって、それまでは1秒でも敵艦隊の眼を引くことが先決だった。

 

 電子音、ミサイルアラート。

 レフの焦りをあざ笑うかのように、後方のミサイル駆逐艦から艦対空ミサイル(SAM)がその尾を目掛けて追いすがる。距離がある以上回避自体は容易だが、今はわずかでも回避行動で時間を浪費することはできない。かといってスフィアが電波誘導を行っている以上、チャフによる妨害も意味を成すとは言い難かった。

 ならば。

 

「球コロ、後方に就け。例の電磁パルスで迎撃しろ!」

《了解しました。距離450以上先行して下さい》

 

 後方で爆ぜる閃光、次いで連なる爆発音。後方を振り返る余裕も無く、レフはひたすらに加速を重ねた。距離にして50㎞など『デルフィナス』にとっては目と鼻の先であり、速度を得た戦闘機ならば瞬く間に到達できる。

 ――いた。

 斜め右下方、鈍色を増した海上。ピラミッドのように少ない平面で構成されたのっぺりとした艦影が二つ、こちらに尻を向けた姿で航行している様が目に映る。艦前方の主砲塔のうち一つは砲身を空へ向けて屹立させ、断続的に発砲炎を撃ち上げていた。

 

《巡洋艦『プリンシペ・セルバーテ』被弾!沈みます!》

《こちらミサイル駆逐艦『カルバル』、艦尾に被弾!航行不能!》

《回頭、回頭だ!北東に向けて逃げろ!》

《甲板の火を早く消せ!『グリフィス』に引火するぞ!》

「まずいな…。球コロ、お前は現高度で電波誘導を続けろ。俺は攻撃隊が到着するまで、奴らを妨害してみる」

《了解しました。対空火器に警戒してください、『キャンサー』》

 

 機械なんぞに心配されることになるとは。

 苛立ちとないまぜになった妙な気分に舌打ち一つ、レフは左の操縦桿を奥へと倒し、大回りのロールを描きながら高度を下げてゆく。今回は対艦兵装を搭載していないが、やらないよりはマシというものだろう。戦闘機に比べれば駆逐艦の速度は遅く目標も大きいため、空対空ミサイル(AAM)で目視射撃を行うのも不可能ではない。

 

「うううあぁぁぁ!何で私がこんな目にいぃぃ!」

「下せるもんなら今すぐにでも下ろしてえよ!いいから黙ってろ!」

 

 高度150、波に機体の腹を擦り付けそうな錯覚に囚われる接触ぎりぎりの高さ。足元から這い上がる怯えを肚で押し留めながら、レフは機体を旋回させて敵艦の左斜め前方から接近するコースを取った。相手が艦の装甲である以上致命傷は望めないが、艦橋や主砲に一発でも当たれば儲けものである。

 

 30㎜機関砲の曳光弾が迫る。波を割き、空を切り、華奢な『デルフィナスE』の体を砕くべく追い縋る。

 敵艦、左手。旋回。

 両方の操縦桿を思いきり引き、横倒しの姿勢のまま肉薄する。

 眼前には、今なお砲火を上げ続ける長砲身。平面で形作られた艦橋。そしてその外壁が展開し、砲身を見せる対空火器。距離にして1500、1400。あまりにも巨大なその艦影は、数値よりずっと近くに感じる。

 距離、1200。

 本来のAAMには幾分遠い距離から、レフは搭載するAAM6発を全て撃ち放った。

 扇状に6発が殺到する。左翼分の3発は、間違いなく艦橋を指している。

 当たる。

 

 その確信は、しかし艦橋下部から放たれた光軸により、脆くも打ち消された。

 空を奔るレーザーは、腕を振るうように右へと薙ぎ払われる。殺到したAAMのうち3発はその光軸によって弾頭を払われ、距離600ほどを残して相次いで爆散。残る3発のうち2発も防御火器の火線に遮られ、艦体に届くことなく四散した。死角を縫った最後の1発のみが艦橋側面に命中したことだけが、わずかばかりの幸運と言えるだろう。

 

「短距離迎撃レーザーシステム…!あんなモンまで!」

「いや…待て、レフ君。君が当てた方の艦、砲撃が止まっている。当たりどころが良かったのではないか?」

「だといいが…っ!口閉じろ!急旋回するぞ!」

 

 ミサイルアラート、複数。敵艦の前方を抜けると同時に鳴り響くそれらへ、レフは操縦桿を握りつつ声を張る。

 左旋回、チャフおよびフレアを散布。8発を数えるミサイルはそれでも振り切れず、一部がしつこく『デルフィナスE』を食い破るべく追い縋ってくる。

 操縦桿、手前。急上昇1.5秒ののち右を引き、螺旋を描きつつ降下、すぐに引き起こし。

 文字通り目の回るような機動の中、ミサイルは『デルフィナス』の腹を掠めて海面へ衝突。後方に爆音を響かせながら、波濤を粉々に打ち砕いていった。

 

「くそ…!命中1発にこの苦労じゃ割に合わねえぞ!」

《『キャンサー』、『プリンシペ・デ・アルルニア』の艦載部隊が到着しました。艦隊、敵火砲の射程圏外離脱まであと2分と推定》

「よし…!こっちはもう手がない。『グリフィス』隊、後は頼むぞ!」

《了解した。艦隊の仇、討たせて貰う!》

 

 怒りと悔恨に疼く肚をなだめながら、レフはSAMの視線から逃れるように操縦桿を引き高度を取る。上昇中に省みれば、敵艦のうち一方は砲撃を諦めたのか155㎜砲の砲身を収納に入り、艦速も幾分落としているように見受けられた。残る1隻はまだ砲身こそ展開しているものの、南へ回頭しはじめ海域から離れる素振りを見せている。

 扇状の隊形で低空域に展開し、迫る『グリフィス』は6機。対するゼネラルのステルス駆逐艦はそれらに対し横腹を向け、射撃面に対し投影面積が最大となる位置取りとなっている。『グリフィス』に搭載された空対艦ミサイルの射程がおおむね3400ほどと見積もれば、もう500も進めばその攻撃範囲に捉えられることになる。いくら迎撃用のレーザー火器を有するとはいえ、計20発に達するミサイル全てを迎撃できる道理は無かった。

 

 まるで絵に描いたような、教本通りの接敵方法。

 攻撃のタイミングを見計らうべく上空から俯瞰していたその時、レフはふとした変化に気が付いた。

 攻撃を受ける側の敵艦、その前の方の主砲塔が展開している。

 外殻を開き、垂直に屹立して伸びた砲身は、先の155㎜先進砲システムと比べて短く太い。黒塗りのそれが水平を指し、主砲塔ごと回転して見据えた先は、海面近くを飛んで接近する6機の『グリフィス』の方向。

 見ての通り、後方の主砲は先ほどの155㎜。では、前方のあれは。確か敵艦の性能諸元では――。

 

「ッ…!待て、敵艦の砲塔正面から離れろ!あれは――」

 

 瞬間、砲塔の周囲の空気が円く歪む。

 『レールガン』。その言葉をレフが紡ぎかけたのと、その矛先にあった『グリフィス』1機が消滅するのは同時だった。

 

「な…」

 

 砲塔がわずかに動く。

 空気が振動する。

 たったそれだけの挙動で、余波を受けた2機の『グリフィス』が翼をもぎ取られ海面へと吸い込まれてゆく。

 数秒、さらに1発。発射間隔は、約8秒に1発と極めて速い。疎かな狙いも、余波が掠めただけで主翼を打ち砕く威力の前では問題にすらならない。

 残る2機がミサイルを放ち、機首を上げて離脱してゆく。それすらも逃す積りがないのか、レールガンが、次いでVLSから放たれたミサイルがそれらへ殺到し、残る2機すらも黒煙の下に打ち砕く。放たれた対艦ミサイルがレーザー迎撃火器により全て破壊されたことは言うまでもない。

 

 『グリフィス』6機が攻撃位置に就いてから、ここまでわずかに30秒。たったそれだけの間に、6機もの攻撃機は跡形も無く海の上から消え失せていた。

 こんな、ことが。

 こんな、ものが。

 

《『キャンサー』!遅くなったっス、『ジェミニ隊』と一緒に到着!先行した『グリフィス』は………あれ?え?『グリフィス』は?》

《『キャンサー』、友軍艦隊が敵艦射程圏外へ離脱しました。敵ステルス駆逐艦並びにミサイル駆逐艦、方位180へ変針中》

「………分かった。カール、これ以上はいい。…戻るぞ」

《え?……え…?》

 

 南へ舵を切る艦影を下に、レフは『デルフィナスE』を東の空へと向けてゆく。

 これまでの戦闘で、劣勢もあった。敗北を喫することも確かにあった。しかしここまで一方的な、虐殺と評すべき結果は、未だかつてなかったと言っていい。

 元より感情を律するという考え方はレフには無い。胸に渦巻くのは喪失感、屈辱、そして何より激憤。胸を苛んで止まない激情そのままに、レフは右の手の甲をコクピットの内装へと叩きつけた。

 

「くそっ!!」

《……レフ…》

《……レフ、教えて下さい》

「あ?」

《先ほどの『綺麗』とは真逆です。思考回路が攻撃的となり、熱を持ち、論理機能の低下が認められます。この感情は何なのでしょう。何と表現すればよいのでしょう》

 

 正面、個別ウインドウの中。その中に映るスフィアは、口を引き結び、微動だにせず俯いていた。前髪が瞳を隠しその色は伺えないが、その様は確かに、人間が抱く感情と共通したものを感じ取っている。

 

「簡単だ。これが『怒り』って奴だ。理不尽を破壊してやりたいっていう人間の想いだ」

《『怒り』…》

「表現は難しくねぇ。ただこう言ってやれ。――『覚えてろ、クソ野郎』!!」

 

 鈍色を増す空の下、生き残った9つの機影が東の空を目指してゆく。

 空はますます薄暗く、雨の到来を早くも告げていた。




《…ご苦労だった。
率直に評して、今作戦は失敗した。幸い『プリンシペ・デ・アルルニア』の撃沈こそ避けられたものの、巡洋艦『プリンシペ・セルバーテ』を含む5隻が撃沈、ないし大破。同時にタウルス隊全機を喪失する結果となった。海上戦力の損耗は座視できるレベルを超えている。
……本件に関しては統括司令部と協議中である。決定し次第追って通達する。以上だ》
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