Ace Combat side story of 3 - Emotional Sphere -   作:びわ之樹

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《幹部級職員ならびに航空部門小隊長級以上の職員へ通達。『ランドグリーズ』艦隊案件につき、統括司令部との協議詳細を伝達する。本日1100時、第2会議室へ参集するように》


第6話 紅の悪魔

「ったく、こちとら仕事があるってのに…緊急の会議なんざ止めて欲しいぜ」

 

 月は改まり、2039年6月。日に日に日差しが強さを増す空の下、書類の束を手に携えた青年は一人、整備施設が連なるアスファルトの上を歩いていた。

 やや色合いの濃い金髪を適当に伸ばし、ウルフカットに纏めた髪型。襟の開いた、だらしなさを醸し出すツナギ姿。そしていかにも面倒くさいという感情を隠そうともせず、冷めた目で文句を紡ぐ相貌。改めて探るまでもなく、レフ・ミハイロヴィチ・ヤコヴレフその人の姿である。本来の邀撃待機任務はまだ先ということもあり、ところどころ直しきれていない寝ぐせが、その不機嫌さの原因を物語っていた。

 

 乱雑に重ねた紙の束を抱えたまま、脚は自らの乗機が収まる格納庫へと向かっていく。

 本来であれば自らの居室かパイロット詰所にいるべきではあるが、あいにくおやっさんの格納庫は基地の司令部施設からも居室からも遠く、走って向かうには少々距離がある。駄弁り相手のおやっさんがおり、なおかつ飲み物や菓子類も置いてあるとなれば、実質的に格納庫のスペースが『キャンサー隊』のたまり場になるのも無理のないことだろう。少なくとも二度程度の注意限りで見逃されているところから、黙認されたものとレフは解釈していた。何より今日に限っては、格納庫に別の用事もある。

 

「おやっさん。カール来てないか?」

 

 格納庫の庇をくぐり、レフは来慣れた様子で中へ声を向ける。

 中に見える人の姿は5人ほど。いずれも整備関係のスタッフであり、最も離れた位置に駐機している『デルフィナスE』の点検を行っているらしかった。おやっさんのゴミ山――もとい資材置き場を含め目を凝らしても、カールはおろかおやっさんの姿すら格納庫の中には見当たらない。

 

 留守、か。

 わずかに損した気分を感じながら、レフは一歩、影の中へと脚を踏み入れる。真正面は、異形の形状を横たえて駐機するスフィアの『ヴェパール』。後方にセンサーユニットが伸びている関係上、駐機位置は通常機より前進した位置にあるため、その前を通り抜けるには機首を避けるために身を屈めて行かねばならない。

 まったく、こんな厄介者抱え込んだばっかりに不便になったもんだ。

 口内に愚痴一つ、身を屈めて横切りかけた矢先。『ヴェパール』の下に動く白い影が横目に映り、レフは思わずぎょっとその方向へと顔を向けた。

 

「ああ、レフ君か。整備主任なら今は留守だよ」

「…技術屋さんか、脅かすなよ。なんだ、そんな姿で整備作業か?」

 

 白衣姿にオールバックの黒髪、額に一筋前髪を垂らす独特の髪型。この半月ほどで見慣れる羽目になったその姿は、フォルカー・アーノルトのものであった。今は腕をまくり、白い細腕で機体の下部を何やら弄っているその様は、いつもの電子技術系研究員らしからぬ風情を見せている。

 

「いや、整備というほど大層なものじゃない。そもそも私の専門ではないからね。…ただ、『ヴェパール』の様子を見ていただけだ」

「様子?そんな1日2日で変わる訳でもなし」

「それはまあ…そうだが。…先日のゼネラル艦隊との戦闘で、私としても思う所はあった。()()は、間違いなくゼネラルの技術の結晶だ。他に類を見ないステルス性能、155㎜砲とレールガンの破壊力…。ニュースでも見たが、あの威力は驚くばかりだ。放っておけば、サピンの沿岸部は残らず灰になってしまうだろう」

 

 脳裏にこびりついた映像を思い返すように、フォルカーは遠い目で『ヴェパール』の腹部を仰ぐ。事実、先日の作戦失敗で『ランドグリーズ』艦隊の突破を許してから、ニュースでその惨状を目にする機会は明らかに増えていた。

 

 あの作戦以降を振り返れば、ニューコム側は連敗を喫し続けている。

 NEUの潜水艦や陸上の航空部隊を警戒し『ランドグリーズ』艦隊は一旦外洋へと退いたものの、数日後には早くもサピン西部の沖合へと姿を現すようになった。ステルス駆逐艦による長射程の艦砲射撃や随伴する艦載機による爆撃により、既に沿岸域の施設のうち造船ドッグ1か所と沿岸警備隊が駐屯する港湾施設は完全に瓦解。サピン西岸へ向かう海上輸送ルートは完全に寸断され、早くもニューコム経済圏下の市民からは不安の声が上がり始める有り様だった。

 何よりの頭痛の種は、2隻のステルス駆逐艦である。これら2隻は中継艦を介して単独行動をすることが多く、その所在を確かめるのは至難を極めていた。陸上から航空機で攻撃を仕掛けることも度々あったものの、こちらの数が多ければステルス性能を活かして行方をくらまし、索敵を兼ねた少数機による巡航攻撃ではミサイルで返り討ちにするなど、ニューコム側を悩ませる存在と化していたのであった。その威力を語るフォルカーの脳裏にも、黒煙と炎の中に焼け落ちるドッグを映した報道映像の光景があるのに違いない。

 

「……だが」

「あ?」

「この『ヴェパール』が()()()()を発揮することができれば、あの艦ですら撃沈することは不可能ではない。できる、できる筈なんだ。私の誇りと意地をかけた『ヴェパール』と『オーキャス14』ならば、絶対に…」

「………」

 

 想起から明確な意思へ、焦点の戻った瞳。それを虚空へ刺すように、フォルカーは絞り出すように呟いた。指先は25㎜2連装ガンポッド用のハードポイントへ触れ、言葉にならない意思を託しているようにすら見える。

 

 フォルカーの言葉、そして未だに霞んだままのその真意。ちらりと見えたその片鱗に、レフは片眉をぴくりと吊り上げた。

 やはり、この男――フォルカーは未だに何かを隠している。何の前触れも無く示されたアクティブ電磁パルス防御システムしかり、この機体にはさらに未知の能力が隠されていると見てよい。ならば、それは一体何なのか。そして、単なる戦闘用AIの域に収まらないスフィア――『オーキャス』とは、そもそも何なのか。

 

 連なる疑問、重なる不信。

 答えを探るべく開かれかけたレフの口は、しかし横合いから割り込む別の声によって遮られた。

 

「あ!レフ!ここにいたんスね。フォルカーさんもお疲れっス」

「こんにちは、レフ。フォルカー」

「カール!お前、どこほっつき歩いてたんだ。俺を待ちぼうけさせながら球コロとデートでもしてたのか?」

「え!?…いやー、デートだなんてそんな。ねぇスフィアちゃん」

「違います。基地外れの草木や花が綺麗だったので、カールに運んでもらいました。遅くなり、失礼しました」

 

 こちらの姿を認めたらしく、ツナギ姿のカールと、その両手に携えられたスフィアが歩み寄って来る。外の陽気に当たって来たためか軽く汗ばむカールに対し、スフィアはといえば外殻カバーをぱかりと開いて、CGモデルでぺこりと頭を下げて見せた。俯く頭の動きに応じてヒレのような横髪もふわりと自然に動いた辺り、相当に精巧なプログラミングが施されているようである。

 

 先日の国境付近における緊急出撃以降、スフィアはカールと共に行動することが多くなっていた。

 ――いや、この表現ではその真贋を誤るかもしれない。正確には、カールを脚代わりに使うことが多くなっていた、と言うべきところだろう。そもそもカールの無遠慮なスキンシップに対しスフィアが顎へカウンターを食らわせた辺りがその発端であったが、件の戦闘でスフィアを置いて逃げ出した負い目から、カールがスフィア専属キャリアーと化す場面は目に見えて増えていった。その頻度の増加は、スフィアが基地施設や周辺の自然、草木、景色、果ては食生活に至るまで興味を示し始めたこととけして無関係ではないだろう。かくして、哀れカールは機械に使われる存在へとなり果ててしまったのである。

 もっともカール本人はといえば『スフィアとの距離が縮まった』と考えているようであり、まんざらでもない様子を見せている。滑稽ながら一抹の悲哀を帯びたその様に、レフとしては『ざまぁ』以外にカールへ向ける言葉を持たなかった。

 

 2人の遠景では、腕時計を確かめた整備スタッフたちが何やら声を掛け合い、滑走路の脇へと向かっていく。

 静けさを取り戻した格納庫の中、レフは携えた書類のひとまとまりをフォルカーへと手渡した。カールは両手でスフィアを支えているため、咄嗟に受け取れずまごついている。

 

「と、と。スフィアちゃん、ちょっと下ろしてもいいっスか?」

「それには及びません。…ていっ」

「へ?…あ痛ぁ!?」

 

 控えめな掛け声を上げたスフィアは、カールの手の中から跳びあがるや、カールの頭上へ着地し見事にバランスを取って見せた。機体制御に利用するジャイロシステムを応用しているのか、不安定な頭の上でもスフィアはバランスを崩す気配すらない。

 頭上への着地時に響いたごっ、という鈍い音は忘れることにし、レフは書類をカールへと押し付けた。

 

「カール、もっと上に書類を掲げて下さい。読めません」

「え?えっと、これくらいっスか?」

「もう少し右へ…はい、この位置です。現体勢を維持して下さい」

「…ねえスフィアちゃん、この微妙に高い腕の位置、地味に疲れ…」

「…漫才はそこまでだアホ共。いいから耳かっぽじってよく聞け。件の『ランドグリーズ』艦隊への対応だ」

 

 緩さ滲む雰囲気も束の間、『ランドグリーズ』の名が出ると同時に空気が緊張を帯びる。

 はっと息を呑むカール、外髪をぴょこんと揺らして書類を食い入るように見つめるスフィア。フォルカーは専門外のことには関心が無いのか、書類を時折流し読みしながら片手で携帯型端末に目を運んでいる。それぞれの様子をちらと流し見て、レフは先の幹部級ミーティングでの決定事項を口にし始めた。

 

 主題は、言うまでも無く猖獗の勢いをたくましくするゼネラルリソースの『ランドグリーズ』艦隊。それらに対する反撃作戦である。

 現状として、『ランドグリーズ』艦隊は時折外海への退去を交えながら、サピン西部の海上を神出鬼没に荒らし回っている。陸上への攻撃を仕掛ける際にも独自の編成を用い、リスクを最小限に抑える独特の運用を行っているのが特徴だった。

 具体的には、反撃を受ける可能性が少ないステルス駆逐艦のみを先行させ、専ら対地攻撃に専念させるのである。万が一に備え母隊とステルス駆逐艦の間には中継の駆逐艦を配置し、いざという時の対空・対潜や撤退時への備えとしていた。すなわちイージス艦や軽空母等で編成された母隊は絶えず安全な位置である沖合にあり、そこから中継艦1隻を介して2隻のステルス艦が暴れまわるという形である。その様は、主が紐を介して鳥を使役する東洋の『鵜飼い』に似ていなくもない。

 

 しかし燃料や弾薬が無限である道理はなく、オーシア東方における戦略決定を司る統括司令部は、『ランドグリーズ』が遊撃を行う期間をあと2日程度と読んだ。ニューコムの迎撃戦力が集結するであろうボーダーラインがその時期であり、ここ数日積極的に沿岸攻撃を行っているのもその期限が迫ったためと考えられるためである。

 戦力集中を待っていては『ランドグリーズ』をみすみす取り逃がすことになり、ひいてはニューコムの権威失墜に直結する。以上の戦況分析を基に、NEUは少数の航空部隊による艦隊攻撃を作戦の根幹とした。

 

 作戦は3段階。

 第1段階として投入されるのが、先の戦闘を生き延びた軽空母『プリンシペ・デ・アルルニア』および少数の旧式艦からなる艦隊である。これらはいわば囮であり、フトゥーロ運河出口から索敵機を飛ばしつつ南下、敵ステルス駆逐艦による攻撃を引き付ける。当該敵艦による対艦攻撃の射程は半径50㎞程度であることが判明しており、攻撃を受けるということはすなわち50㎞圏内に敵艦が存在することと同義である。これを利用し、敵艦の位置を探り当てつつその場に縫い留めるというのがこの囮艦隊投入の目的となる。

 これと時を同じくして、陸上から航空部隊を発進。中継となる駆逐艦を攻撃し、ステルス駆逐艦隊を母隊から引き離す。袋の鼠となった敵艦に対し、海空から挟み撃ちを行うというのが作戦の第2段階となる。

 第3段階は言うまでも無く『ランドグリーズ』母隊の殲滅である。ステルス駆逐艦を撃破したのち、残存部隊はそのまま南下し攻撃を敢行。この時点では投入機数を絞る必要性も無いため、陸上からの増援機も投入し確実に敵艦隊を葬る、というのが作戦の全工程であった。第3段階に関しては『ランドグリーズ』艦隊の位置や反転の決断いかんによっても結果が左右されるため、最低限でも第2段階までの完遂が求められることになる。

 

 問題は、攻撃隊の編成である。

 サピン南部は前回の通りル・トルゥーア基地の担当区域となるが、保有する攻撃機はR-201『アステロゾア』以外になく、攻撃力に不安が残る上に、鈍足ゆえの艦対空ミサイル(SAM)やレールガンによるリスクが大きくなる。かといって攻撃力を補うために周辺の基地から戦力を総動員すれば、敵艦隊がさっさと逃げの一手を打つ可能性が高くなり、元も子もなくなる道理だった。

 そのため、本作戦では特例として激戦区であるサピン北部方面から、航空機5機からなるエースパイロット部隊を派遣。キャンサー隊の3機と合わせた8機を以て攻撃隊に充てることが決定された。

 

 敵艦隊離脱までのリミットが少ないことから、作戦開始は明日午後2時。海空の戦力を動員し、日没までに勝負を決めることが勝敗の鍵となる。

 

「そんな訳で俺らは強制参加だ。ここまではいいな?」

「嫌、ってってもどうせ効かないっスよね…はぁ」

「レフ、一つよろしいでしょうか。サピン北部からの増援となると、明日、戦場で合流でしょうか?」

「そうそう、それにどこの部隊なんスか?俺もその辺が気になるんスけど」

「まあ待て。球コロの件だが、一端この基地に集結して明日同時に出撃する予定だ。今日の正午にはこの基地に到着するってことだから、もうちょいだな。…聞いて驚けよ、その部隊ってのはオステア航空基地第19戦闘飛行隊――『エスクード』隊だ」

 

 得たりとばかりににやりと笑い、言葉を継ぐレフ。

 なるほど、と相槌を打ちCGモデルでこくりと頷くはスフィア。その下でカールは一拍遅れて『嘘ォ!あの!?』と声を張り上げ、危うくスフィアが頭の上から転げ落ちかける。スフィアによる抗議の頭上セルフドリブルもどこ吹く風で、カールは興奮に目を輝かせていた。

 

 無理も無かった。エスクード隊といえば、これといった空軍関係の逸話が少ないサピンにおいて例外的とも言っていいエースパイロット部隊の名である。曰く、『エスパーダ隊』と並び44年前のベルカ戦争でサピンを守り抜いた深紅の(エスクード)。その後の東方戦争においてもかの『円卓』をはじめとした多くの戦場へと赴き、後世に活躍を残した伝統の小隊。

 殊に二代目小隊長であるニコラス・コンテスティ元少将はベルカ戦争を生き残り東方戦争でも活躍した伝説的なエースパイロットとされ、サピン国民にも近い存在として知られていた。幾度撃墜されても生き残る幸運に加え、東方戦争末期には一部部隊によるクーデターを察知し有志を糾合して鎮圧するなど逸話にも事欠かない。深紅地に黄金色の十字を染め抜いたエスクード隊の『タイフーン』の姿は、おそらくサピン国民ならば一度は目にしたことがある機体だろう。ユージア大陸出身のレフと異なり、ベルカ出身のカールとしてはそれだけ近しい存在でもあったに違いない。

 

 現在のエスクード隊を率いるのは、件のニコラス元少将の孫に当たる人物である。その血統に加え、象徴的なエースパイロット部隊の名を継ぎ激戦区で活躍を見せている以上、その練度もまた推して知るべしだった。

 

 『サイン!そうだサイン貰わなきゃ!レフはどうするっスか!?』とポケットというポケットを物色し、到着が待ちきれない様子のカール。スフィアのCGモデルには周囲にいくつも半透明のウインドウが浮かんでおり、どうやらエレクトロスフィアを介して情報を集めているのだろう。

 二者それぞれの反応がいかにもそれらしく、ぷっと噴き出すレフ。カールをおちょくってやるかと口を開きかけた矢先、その肩を掌ががっしと掴みかかり、レフは思わずぎょっと傍らを振り返った。掌の主たるフォルカーは、目を見開き血相を変えている。

 

「れ、レフ君。今さっき、なんと?」

「あ?正午には増援の飛行隊が来るって…」

「違う、その後だ!どこの飛行隊が来るって!?」

「大声出さねえでも聞こえてるっつうの。オステアの第19飛行隊、エスクード隊だ。名前くらいは聞いたことあんだろ」

「……!!……な…なんてことだ…!よりによって!」

 

 いつになく焦燥したフォルカーの様子に、カールが怪訝な表情を示す。頭を抱え、顔を覆って嘆くその様は、有名なエースパイロット部隊が到着する喜びでは断じてない。どちらかといえば、むしろ避けている素振りではないか。

 常にないその様子に、レフは察した。フォルカーとエスクード隊の間には何かがある。それも、未だに隠して止まないフォルカーの謎の部分の一端を示す何かが。

 

 不意に、外から歓声が響き、騒がしさを増す。『来たぞー!』の声が示す通り、件のエスクード隊が到着したのに違いなかった。現金にもカールはフォルカーの異変も忘れ、しきりに外を気にし始めている。

 

「…そ、そうだ。レフ君、一つ提案なんだが。エスクード隊が来るというのなら、我々は不要なのではないかな?少なくとも私と『オーキャス14』は出撃しなくとも…」

「今更そんなモン利く訳ないだろうが。忌々しいが球コロのジャミング機能と防御力は今回必須だ。SAMが山ほど飛んでくる戦場で、ジャミング無しじゃ近づけん」

「し、しかしだな…!」

「そんな事よりレフ!エスクード隊っスよ!早く見に行くっス!」

「おう。そんな訳だフォルカー。観念して、付いて来な」

「い、いや!私は…待て、待って、襟を、襟を掴むな!」

 

 レフの意地悪心がむくむくと頭をもたげ、がっしと掴んだ襟首でフォルカーを引きずるように連行してゆく。嫌がる人間を無理やり連れて行く点にかけて、よもやレフが配慮するはずもなかった。何より、ここで両者を引き合わせれば何かしら分かることもあるかもしれない。要は、フォルカーの事情を丸めて投げ捨てた、純粋な興味による行動であった。

 

 司令部施設に近い庇の下には、手空きのスタッフがぞろぞろと見物に集って来る。レフもまたカールやフォルカーと立ち並び、司令部に近い適当な辺りに座を占めて、額に掌を翳して空を仰ぎ見た。

 機影は、確かに5機、1機は既に高度を下げ、着陸進路に入りつつある。

 ニューコムの機体に共通した、水生生物のように流線型を旨としたシルエット。主翼は機体後方に偏り、機体全長に対して幅の短い菱形の翼が設けられている。主翼の中ほどには2基のエンジンポッドとそこから内向きに延びる垂直尾翼が設けられ、既存の機体と一線を画する姿を形作っていた。機体色もエスクード隊を示す『深紅地に黄金十字』で染められており、その存在感を絶対のものへと変えている。

 R-211『オルシナス』。R-201『アステロゾア』の後継であり、ニューコムが誇る最新鋭の高速戦闘爆撃機。本拠であるユージア大陸ならばいざ知らず、辺境のサピンで最新鋭機を揃える辺りは流石にエースパイロット部隊と言えるだろう。

 

 深紅の機体が次々と滑走路へ舞い降り、その都度熱を帯びた突風が頬を打つ。

 2機、3機。機体形状からして長い制動距離を必要とするであろう『オルシナス』ながら、着陸に要したその距離は驚くほどに短い。

 流石はエースパイロット、か。半ば感心、半ば呆れに似た感情を抱きながら、レフは続いて着陸に入る4機目へと目を送り――そこで違和感を覚えた。4機目の『オルシナス』のさらに向こう、未だ空にある1機の姿に、見覚えが無かったためである。

 『デルフィナス』等と異なり、前方へ大きく傾斜した前進翼。機首は『フォルネウス』に似ているものの大型のカナード翼を持ち、そのシルエットを全く異なるものに変えている。よくよく見ればエンジンカウル周辺の構造物も大型化している他、機体下部には半円形の突起のようなものも見て取れた。塗装もまたエスクード隊とは異なり、灰色地に赤色の機首という特殊なパターンに染められている。

 

「『グラシャ・ラボラス』……やはり、か」

「?……おい、何か隠してるなフォルカー。教えろよ、あの機体の事も知ってるんじゃないのか?」

「………」

 

 こちらをちらりと見、逡巡するように口を紡ぐフォルカー。先ほどからおー、おおーとばかり歓声を上げるカール、そしてその頭上で食い入るように見つめるスフィアを傍らに、眼前では見慣れぬ前進翼の機体が空を切って滑走路へと飛び込んでゆく。大型のカナードを下方へ向けてエアブレーキとしていることもあってか、その制動距離は『オルシナス』にも増して短い。エンジンカウルの構造物も、真横から見た形から察するに推力偏向ノズルのようだった。

 

 沈黙すること、数秒。意を決したらしく、フォルカーはその機体の方を見据えたまま口を開いた。

 

「こうなったんだ、隠し通しても仕方がない。…あの機体はXR-99CG『グラシャ・ラボラス』。オーキャス14の『ヴェパール』同様に、AIによる無人操縦を想定して開発された実験機だ」

「グラシャ…」

「由来は殺戮を司る悪魔の一柱。2010年代に試作されたXR-45『カリバーン』の運用データを基に、YR-99『フォルネウス』をベースとして調整された、格闘戦に特化した最強の制空戦闘機。それが、あの機体の素性だよ」

 

 半ば自棄となったように、フォルカーは赤首の機体――『グラシャ・ラボラス』を見据えたまま、訥々と呟くように語ってゆく。ざわざわとさざめく一同の前で、『オルシナス』のパイロット達は次々とコフィンから降り、ル・トルゥーアの地に足を下ろし始めていた。

 そのうち、先頭の1機。隊長機と思しき『オルシナス』の後席から降りた白衣姿の人影は、他のパイロット達とは離れて最後尾である『グラシャ・ラボラス』の方へと歩いてゆく。その人物がヘルメットを外し、後ろに細く結んだ黒髪が零れるのを目にして、フォルカーの口元からは歯を食いしばるぎりり、という音が滲み聞こえた。

 

「最強の、ねぇ…。……待て、球コロの『ヴェパール』と同じ、ってことは…」

「……そうだ。あの機体もまた、『オーキャス』により制御されている。…『オーキャスver.3』。高機動戦闘に最適化されたAIの手によって、だ」

 

 予想外の出来事に、レフの口がぽかんと開かれる。思わず顔を向けた先で、フォルカーは唇を噛み締めながら、なおも正面から目を離していなかった。

 つまり、スフィア――『オーキャス』の運用試験は、何もここ一か所だけでは無かったのである。おそらくは同様に作られた試作機と『オーキャス』が、ニューコム経済圏下のNEU基地に複数配備されたのだろう。着任の初日、スフィアがお姉さまがどうのと言っていたが、それはこのことを指した発言だったのだ。

 

 レフの推測を物語るように、『グラシャ・ラボラス』のキャノピーが開き、小さな球体がぽぉん、と中空へ飛び出す。白衣姿の男は慌てる様子も無くそれを見事にキャッチし、落ち着いた様子で歩いて行きながら、他のパイロット達と合流した。フライトジャケット姿の7人に白衣姿1人、そして球体1つ。まずは到着の挨拶をするのだろう、司令部施設の方へと歩みを進めていく。

 

 アイドルに出くわしたがごとく黄色い声援を送る女性スタッフ、羨望の眼差しを向けながら遠巻きに眺める面々。レフもまたその足跡を目で追う最中、肩にとんとん、と指が当たる感触を覚えた。振り向けば、そこには先の作戦でともに出撃した、『アステロゾア』を駆るジェミニ隊の隊長の姿がある。

 

「なあレフ」

「んあ?何だよ藪から棒に」

「ちょっとあいつらに声かけて来てくれよ。今度の作戦で一緒なんだろ?挨拶とかなんとか言って、十秒足止めしてくれりゃそれでいい」

「…何企んでるんだお前」

「怪しむなよ、ちょっと間近から写真を撮るだけだ。見ろよこの黄色い声援。いい小遣いになるぜ。どうだ半々で」

「出演料込みで7割くれ」

「6割」

「乗った」

 

 にやりと笑うは許諾の合図。にわか仕立ての共犯者を背に、レフはエスクード隊の面々へ先回りすべく司令部の入り口へと歩を向けた。『おら、行くぞ』。そう言って右腕にカールを、左腕にフォルカーを抱えながら。

 

 扉の前で割り込み、一歩。

 まっすぐ歩んで来るフライトジャケットの一向に対し、レフは正面から一歩を踏み出す。隊長らしき青年が怪訝な顔をしたのも一瞬、傍らの副官と思しき屈強な男が一歩を踏み出し、隊長の前を遮るように腕を横へと差した。どうやら不審者か何かだと思われたらしい。

 もっとも、警戒した表情を示しているのは隊長と屈強な男の二人のみ。その他の面々は、カールの頭上でぴょんぴょんと跳ねるスフィアに目が釘付けになっている。

 

「あー、失礼。明日の作戦で同道する、ル・トルゥーア基地のレフ・ミハイロヴィチ・ヤコヴレフ航空技官(フライト・パイロット)です。初めての顔合わせなんで最初に挨拶をと思いまして」

 

 できる限りの柔和な表情を作って、レフは右手を前へと差し出す。

 意図を介したのか、金髪の青年もまた顔を和らげ、副官の腕を抑えて一歩こちらへと踏み出した。視線がちらりと首筋へ落ちたのは、こちらの階級章を確認したのだろう。年のころは20代前半、色白で整った顔立ち。しばしば週刊誌でイケメンエースパイロットとして特集されるのもさもありなんという姿だった。

 

「ご丁寧に、レフ航空技官。第19戦闘飛行隊、エスクード隊のクルス・コンテスティ顧問航空技官(コンサルティング・パイロット)だ。優勢な敵を相手に、よく持ちこたえてくれた。明日は我々が主力を担うので、大船に乗った気持ちでいて欲しい。改めて、明日はよろしく頼む」

「……。ええ、こちらこそ。全力でお供させて頂きますんで」

「ああ!…では、基地の司令にもご挨拶を済ませて来るので、失礼する」

 

 自信に満ちた声と表情。ずい、とそのまま一歩踏み出した勢いに引かれ、レフはそのまま一歩横へと退いた。7人のフライトジャケットは、そのままレフを一瞥もせずに司令部の扉をくぐっていく。

 エースとして名高い血統、それを裏付ける実績、それゆえに年不相応な高い階級と、身から溢れ出る自信。こちらの階級が下であることを踏まえれば、かけられた言葉は特段取り上げるべきものでもないが、レフはその言外に滲み出ていたエリート部隊ならではの優越感と、僻地の人間に対する同情の混じった侮蔑感が入り混じっているのを感じた。ひがみと言ってしまえばそれまでだが、その言葉が、余裕のある雰囲気が、レフの心を今なおささくれ立たせている。有体に言えば、理由がある訳では無いがいらっとした、という所だろう。

 

 ――帰るか。

 行列を見送り、そう呟いて踵を返しかけた矢先。一行の最後尾にいた白衣姿と目が合い、レフはその足を再び止める羽目になった。眼鏡姿に黒髪、後ろに細く髪を纏めているのは先ほど見た通り。こちらは自分と同い年くらいと言う所か、先ほどのクルスとはまた別のベクトルで落ち着いた雰囲気を醸し出している。ご丁寧に後ろのカールやスフィア、フォルカーにも視線を向けてから、白衣は握手を求めて手を伸ばした。空いた方の腕には、先ほどキャッチした黒い球体が携えられている。

 

「初めまして。ニューコム・インフォ所属の研究員、ハインツ・ナカムラと申します。あなたがレフ航空技官ですね。ご活躍のほど、いつも部門内の報告レポートで拝見しています」

「そりゃどうも…。レポートってのは、もしかしてこいつのか?」

 

 握手を返す逆の手で、親指を立てて後ろ手にフォルカーを指す。これまでの経緯からして、一体何を書いてきたのやら。フォルカーはそれについては何も発することなく、ただきまり悪そうに視線を俯けた。

 

「はい!フォルカー研究員もご無事で何よりです。『オーキャス14』も元気そうで」

「あ…ああ。君も健勝なようで何よりだ」

「お久しぶりです、ハインツ研究員。こちらでは『スフィア』と愛称を設けて頂きました」

「スフィア。はは、それはいい。ぴったりのかわいらしい名前です」

 

 かわいい――そう評されて照れたのかは定かでないが、スフィアはカールの頭上からぽん、と跳ね、一回転してカールの両手へと収まった。機械に使役され続けたためか、カールも連携が呑み込めてきた様子が無きにしも非ずである。ほのぼのとした様子の一人と一個とは対照的に、フォルカーはハインツに対しては口数少なく、明らかに避けているような姿勢を示していた。

 

《――ちょっと!》

 

 その時であった。

 不意にどこからともなく響く、少女の声。それと同時にハインツの腕の中から球体が飛び上がり、その頭上へ乗り上げたのだ。数度頭上をころころと転がったかと思えば、次には広げたハインツの両手の中へと転がり落ち、掌の中で外殻カバーがぱかりと開かれた。

 断面には、スフィアのそれと全く意匠の同じレイアウトで設けられたディスプレイ。数瞬を置いてそこには少女のCGモデルが現れ、目の前のハインツへ向けて散々に声を上げ始めた。

 

「なんで14(フォーティン)だけ褒められるの!?ずるい!私にもかわいい愛称が欲しい!」

「な…」

 

 口数多く騒ぎ立てる、ディスプレイの中の少女。その様を見て、レフとカールは思わず絶句した。

 エスクード隊の塗装パターンのように、強く癖のかかった深紅の髪。側頭頂の二か所には三角形のような癖毛が飛び出ており、さながら犬の耳のような意匠となっている。よくよく見れば口元には八重歯が覗き、心なしか衣装もふりふりした箇所が多めにアレンジされているように見受けられた。体全体の造形で見ても、具体的にどこがとは言わないが控えめに形作られている。そして止めとばかりに声まで違う。スフィアと姉妹機とは言いながら、これではまるで別人ではないか。

 

「犬耳、八重歯、そこはかとないツンデレ感…。始まったっスねニューコム」

「いや終わっただろニューコム。多方面に誤解を招くぞ」

 

 片や困惑を、片や興奮を隠せない男二人。所在ない二人をよそに、赤髪少女と白衣男の応酬は続いてゆく。もっとも八割がたは赤髪少女の不満であり、男は宥め透かして応えているだけではあるが。

 陳情のやり取り交わすこと数十秒。仲裁に代わる口を開いたのは、カールの手に収まるスフィアだった。

 

「お姉さま、お久しぶりです。激戦区においでとのことでしたのでしたが、ご無事で何よりでした」

「フォーティン。…そうね。あなたも今まで無事なのは意外だったわ。戦闘向きでないあなたは、真っ先に消滅してしまうかと思ってた。…でも、納得」

「?なぜでしょうか?」

「こんな辺境の、それも戦略的価値に乏しい僻地ですもの。戦闘の機会が少なくレベルも低い以上、あなたでも生き残れて来れた筈だわ。…落ちこぼれの予備機に、補欠の配属地。むしろ相応なのかもしれないけれど」

「こら!なんてことを言うんだ『オーキャス3』。申し訳ありませんフォルカー研究員、スフィア。この通り人を省みないもので…」

「ハインツは黙ってて!それよりあなたは私の愛称を明日までに考えてよね!最低限でも10案!」

 

 落ちこぼれ、補欠。

 流刑地配属を自任している以上、今更レフには響かない単語の羅列。その傍らで、フォルカーは拳を震わせながら奥歯を噛み締め、懸命に湧き上がる情動を押し殺しているように見受けられた。ニューコム・インフォの内部で何があったかは知らないが、権力闘争じみた足の引っ張り合いでもあったのだろうか。

 

 結局元鞘に戻った喧嘩のようなやりとりは、居たたまれなくなったハインツが『も、申し訳ありません!今回はひとまずこれで!』と逃げるように司令部へと入っていったことで終わりを告げた。

 思いがけず多数の写真を撮れたジェミニ隊の隊長、そして集っていた野次馬もぞろぞろと元の仕事場へと戻ってゆき、静寂が訪れる司令部棟前。色々な意味で興奮が冷めないカールを横目に、レフはフォルカーへと向き直った。

 

「…何があったか知らねぇが、まずは明日だ。大口叩いた奴らの手並み、じっくり見てやろうじゃないか。な?」

「…………。…少し、風に当たって来る。先に戻っていてくれ、レフ君」

 

 レフへ目を合わせることなく、フォルカーは踵を返し、一人そこから離れてゆく。ついぞ顔は俯いたまま、たなびく白衣の裾には悲哀が、鈍く重い足取りには憤りが滲み出ている。これまでも何度か衝突することはあったものの、これほどフォルカーが感情を見せたのは初めてだった。

 

 ため込んでしまった時は、いっそ爆発させれば気持ちも楽だろうに。

 とぼとぼと歩むいつもより小さい背に、レフが抱くはその言葉。

 見送るレフの後ろでは、カールとスフィアが無邪気にも、お姉さま談義に花を咲かせている所だった。

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