パラレル日本国召喚   作:火焔

24 / 75
ご都合主義だからね。情勢的にありえないとか言わない。いいね?

あと、誤字報告いつもありがとうございます


0章 地球世界
01. 明治元年~日清戦争


 時は1868年、明治元年に遡る――――

 

 史実の日本とはここから袂を分かつ事になる。

 

「何!? 露西亜帝国からの外交官だと!?」

 

 後藤は唐突なロシア外交官の来日に驚いていた。

 そしてロシア外交官から発せられる言葉に、さらに驚愕することとなる。

 

 ロシアからの提案は、

・日本~ロシア間の不平等条約の解消

 (ロシア人の治外法権とロシア主導による関税の撤廃)

・ロシアが軽工業の技術指導をしてくれるとのこと

・上記の代わりにロシアと優先して貿易すること

 

 日本にとって当時の西洋は非常に脅威であり、アメリカの黒船に屈して開国したほどである。

 そのため、日本は一刻も早く西洋に追いつく為の技術が欲しかった。

 このため、今回の列強ロシアからの提案は渡りに船であった。

 

 ロシアはドイツに対抗して1840年代後半から産業革命を推し進め、人的資源に加えて工業力もある上位列強であった。

(史実のロシアは1890年代に産業革命したとされている)

 

 日本は日本にとって非常に有利な条件の裏にあるロシアの真意が掴めなかったが、この機を逃すことも出来なかったため

 ロシアからの提案を受けることになる。

 

 

 それから2年が経ち、ロシアの技術を導入して1870年に富岡製糸場が操業開始する事となる。

 (史実では1872年操業開始)

 そして、富岡製糸場を皮切りに様々な軽工業の工場がいくつも操業を開始していった。

 

 日本人はロシアからもたらされる技術をスポンジのように吸収していき

 当初は「安かろう悪かろう」だった日本製品も徐々に品質を上げていった。

 

 当時、日本政府はロシアの技術提供に不信感もあったが、次第に富んでいく日本を見てロシアに対して感謝するようになっていった。

 こうして1880年に入る頃、日本の技術は大きく向上し、軽工業だけではなくロシアの兵器の一部を製造し輸出するようになっていた。

 ただ、基幹部品はロシア内で生産されていたため、日本産の近代兵器を作るにはまだ時間がかかりそうだった。

 

 

 ロシアの日本介入をよく思わなかったのがアメリカだった。

 アメリカから外交官が訪れ、12年ぶりに日本は再び驚愕させられる。アメリカがロシアと同等の提案をしてきたのだ。

 しかもアメリカからは重工業の技術指導を、鉄道のレール、蒸気機関車のライセンス生産を格安で販売してくれた。

 

 非常に金のかかっていた鉄道建設に光明が差す。

 西洋から輸入していた鉄道製品を自国で賄えるようになるのだ。

 

 そうして日本は近代化を加速していき、

 1887年、国内初めての重工業工場、八幡製鉄所が操業を開始した。

 (史実では1901年操業開始)

 

 さらにアメリカはこれを機にガトリング砲や水雷艇、装甲艦など兵器をライセンス生産権を販売してくれるようになる。

 こうして自国の国力は西欧に届く事となり、日本は文明開化の大輪を咲かせた。

 

 

 日本人は工業の基礎を築いてくれたロシア、近代化・強兵の道を推し進めてくれたアメリカに深く感謝する様になる。

 ただ、ロシア~アメリカ間は互いに敵対視しており、万が一2国間で戦争が始まった場合、どちらに付きべきかで国内が揉める事となる。

 

 

 これに危機感を感じたのが、大国「清」だ。

 朝鮮半島に駐留していた日本軍と清軍との間の軋轢から1894年、日清戦争が始まる。

 

 このとき、大清帝国海軍はドイツに発注した2隻の戦艦を主軸とした連合艦隊。

 そして日本は、ロシアの前弩級戦艦、ペトロパブロフスク級を基にした扶桑型戦艦・扶桑

 アメリカの前弩級戦艦インディアナ級を基にした富士型戦艦・富士

 この2隻を主軸とする連合艦隊で迎え撃った。

 

 このとき連合艦隊旗艦は初の国産軍艦である、装甲艦「松島」となった。

 これはロシアとアメリカに配慮する形だった。

 力の劣る松島が指揮を取り、2隻の戦艦が前線で敵艦隊を撃沈させ、結果的に2国の戦艦の力を世界に知らしめることとなった。

 

 余談ではあるが、扶桑と富士の竣工は同日であり、日本は扶桑を先に完成させていたがアメリカに配慮して同日に竣工としたのではないかと後世の専門家は語る

 

 

 日清戦争の初戦を日本の勝利で収めた後、

 ロシアとアメリカが友好国日本への援軍を大義名分として、清に宣戦布告する。

 こうして北からロシア帝国、東から日本、南東からアメリカが侵攻する包囲戦により清帝国は大打撃を受ける。

 各国の軍に内陸部まで侵攻されて、清は疲弊していく。

 

 清分割のチャンスと判断した、フランスが露仏同盟を理由に強引に参戦し、さらにイギリスも日本との通商を清が妨害したとして強引に宣戦布告する。

 

 次々と介入する列強に対抗するため、清は1895年に日本と講和条約を結ぶ。

 この条約日本、アメリカ、ロシアは清領を割譲させた。

 

 日本は朝鮮半島の独立と保護国化、長江下流の3州を日本国の植民地とした。

 

 アメリカは台湾と福建と江西の一部をアメリカ領とした

 

 ロシアは現在のモンゴル地域と少し南の鉱山地帯をロシア領とした。

 

 

 日清戦争の終結により、フランス、イギリスは大義名分を失い、

 フランスはベトナム北にある僅かな地域とイギリスは香港とその周囲を割譲させるに留まった。

 

 ドイツは清に兵器を大量に輸出したことによる債権とその他口実により、山東省を99年租借する事となる。

 

 

 

 このとき、ようやく日本はロシアとアメリカの技術提供の理由を思いつく。

 近代化する日本に清は危機感を感じ、清と日本を戦争状態に持ち込ませる。

 そして、日本に味方し清国へと宣戦布告して領土を奪う。

 清の切り取りは西欧各国で牽制しあっていたため、戦う理由を作るためだったのではないかと。

 

 ただ、日本だけでは近代化は大きく遅れていただろうし、日清戦争も軽微な被害で乗り切れなかった。

 日本にとっても、アメリカ・ロシアにとっても利益のある事であったし、これが「うぃん―うぃんの関係?」というものだろうと当時の政府関係者は思う。

 

 

 こうして1885年、日本はアジア唯一の列強として世界に認知される事となる。

 

 また、1868年~1885年の日本本土の急激な近代化が「第1次産業革命」として後世の歴史に残る。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。