ルート2027(初代デジモンアドベンチャー)   作:アズマケイ

11 / 149
第11話

青々と生い茂る柔らかな芝生のど真ん中に、突如出現する巨大な特設ステージ。夏フェスと1999というロゴがでかでかと印刷された巨大な垂れ幕を背景に、鉄筋コンクリートのステージのボルテージは最高潮を迎えていた。

 

大きなスポットライトが野外ライブの会場を照らしている。ジュンの目線と同じくらいの高さに設定されている大きなステージには、たくさんのライトがならべられ、遠くからでもインディーズバンドのライブの様子がよくみえた。曲調に合わせて目まぐるしく変わるライトの色、交差する光、演出として焚かれるスモークやシャワーの水しぶき。

 

バンドの演奏が最大出力の音源で響く中、バンドのボーカルが負けないように思いっきり声を張り上げている。ファンは最前列に押しかけ、黄色い歓声を上げながら、バンドのファングッズや蛍光ライトを振りかざして合いの手をいれている。もちろん後方にいるジュンたちは、黒山の人だかりとまぶしすぎる光に阻まれて肝心のバンドの様子がみえない。

 

でもうしろの方にいる観客に配慮して巨大なスクリーンが設置されている。絶妙なカメラアングルは、まるで生きているかのように動きまくっているクレーン車に乗っているカメラマンの仕事だ。バンドの広大な敷地内に造られた特設ステージには、あふれんばかりの観客がつめかけていて、大盛況だった。

 

数か月前からラジオやイベントのホームページなどで販売されていたチケットは、即完売、チケットを入手するのも大変だったくらい人気があるのだから、あたりまえである。凄まじいライブの熱気にさらされながら、ジュンも百恵も初めてのライブを楽しんでいた。アンコールの声援に応えて3曲ほど披露したバンドが舞台裏に引っ込んでいく。

 

ぱちぱちぱち、と拍手をして彼らを見送ったジュンは、すっかり温くなってしまったミネラルウォーターに口を付ける。そして湿り気が目立ち始めたタオルで汗をぬぐった。百恵によく連れて行かれるイケメンアイドルグループのライブで慣れているから、2時間経過しても案外立ちっぱなしは平気だと気付いた。

 

 

「凄かったねー、さっきのバンド!」

 

 

汗がにじんでしわくちゃになっているパンフレットを握り締めながら、百恵が笑った。ほてった体を冷やすためなのか、新しく買ってきたばかりのペットボトルを顔に押し付けている。

 

赤ら顔な百恵は夏フェスの雰囲気にあてられているようだ。ライブ会場でのコンサートが主体のバンドなんだって、とパンフレット片手に百恵がまくしたてる。さっきのボーカルは百恵好みのイケメンだったから、どうやらお眼鏡にかなったようである。そうねえ、とジュンは笑った。

 

 

「あれ?そう言えば、万太郎さんは?」

 

「あー、お兄ちゃんお手洗いだって」

 

「ふうん。迷子になっちゃいそうよね、ここまで混んでると」

 

「だよねえ」

 

 

ふりかえれば、危険行為を禁止するド派手なデザインの看板や仮設トイレが外壁のように並べられている。今どこにいるのか、パンフレットをなくしたが最後、スタッフを捕まえないとわからなくなりそうだ。なにせ夏フェスの会場はとてつもなく広いのだ。会場はライブが行われている演奏ステージと飲食スペースなどがあるイベントブースで構成されている。

 

国内野外フェス最大級の規模を誇る草原ステージ。湖が広がっている公園内の水のステージ。木立に囲まれた芝生の小規模なステージ。木々がたくさんある森フェスを連想するステージ。唯一のドーム型ステージ。海辺で行われる砂浜のステージ。6つあるすべてのライブ会場で、同時進行でライブ・パフォーマンスが展開されている。

 

だから観客は自分が好きなアーティストを自分の好きな時間に自由に選択して見ることができるのだ。ちなみに、今、ジュンたちがいるのは東京ドーム4個分に相当する大草原に設営されている一番大きなステージである。

 

ステージに近いほうからたってライブを見るスタンディングゾーンとシートをひいてみることができるゾーン、テントやパラソルなどが建てられるゾーンとエリア分けされている。ジュンたちはスタンディングゾーンの後方にいた。

 

 

「それにしてもおっそいなあ、もしかしてイベントブースにいっちゃったとか?」

 

「あ、もう8時回ってるじゃない。やっぱそうじゃない?万太郎さん、埼玉までずっと運転してたし、疲れてたから休んでるとか」

 

「もったいないなあ、元とるっていってたのに。ねえ?」

 

「まあ食べ歩きもある意味醍醐味だし」

 

 

万太郎さんが見たいといっていた、来年メジャーデビューが決まったばかりのインディーズバンドはまだまだ出番が先である。

 

それまで体力を温存しているのかもしれない。イベントブースには、飲食スペースとバンドの公式アイテムが購入できるショップがあるのだ。埼玉県特産の野菜や魚、地酒が格安の値段で楽しめる飲食店。たくさんのテントゾーンが並んでいる露天商のブースには、30店舗ほどあるらしい。

 

あとは喫茶店でありそうな軽食とコーヒーある店、デザート専門店がひしめくアーケード街。次に出てくるバンドの演奏が終わったら、そろそろ遅めの晩御飯にしようかと話し合っていると、ライブ会場にMCの大きな声が響き渡った。

 

曲を披露するバンドは演出やチューニング、練習の関係でどうしても空き時間が出てしまう。だからMCのトークで間を潰したり、次に演奏するバンドのPVを巨大スクリーンに流したり、それぞれが特色ある待ち時間を提供してくれるからみものなのだ。

 

観客ブース全体に響き渡るMCの軽快なトークには、さっきまで演奏していたバンドのボーカルがゲストとして引っ張られてきて、観客の笑いを誘っている。反応したのは百恵だった。場所取りが禁止されているこのあたりでは、お目当てのバンド演奏によって観客の流れが目まぐるしく変わるのだ。

 

目を付けたバンドのボーカルがMCに無茶ぶりされてテンパっているのがスクリーンに公開処刑されているのをみると、いても経ってもいられなくなったらしい。もっと近くに見に行こうよって手をひかれ、ジュンは仕方なく駆け足でステージに向かった。MCはジュンたちも知っている有名人である。

 

人混みを掻き分けかき分け、最前列にやってきたジュンたちは、しばしMCにいじられまくっているボーカルを生暖かい目で見守ったのだった。笑いすぎて死にそうになっている百恵の肩をすくめながら、ジュンは鼓膜が弾けそうなほどのド迫力で響き渡るマイクの音に首をすくめた。きいん、という音がこだました。

 

 

「4年ぶりにオレたちがロックフェス埼玉に帰ってきたぁー!!準備はいいかあーっ!!」

 

 

拳を振り上げるMC。マイクが観客席に向けられる。おーっと4万人の拳が振り上げられた。台本片手に即興のアドリブも織り交ぜながら、ちらりと出待ちをしているバンドに目をやったMCは笑った。

 

 

「さあ、盛り上がっていこうぜっ!!」

 

 

バンド名が叫ばれると同時に、ずっと彼らの出番を待っていたと思われるファンたちから凄まじい歓声が飛び交った。キーボードがまず音を奏で始める。ベースがそれに加わって旋律を刻み始める。

 

要塞になっているドラムがリズムを刻み始める。ギターが加わり音に重厚さが増した。そしてボーカルを兼ねているもうひとつのギターがかき鳴らされる。ボルテージは最高潮、ジュンたちでも知っている彼らのデビュー曲が披露された、その刹那。

 

不快なノイズがあたりに響き渡った。せっかくのイントロをかき消す不愉快な雑音にバンドのメンバーたちが顔を見合わせて、演奏を中止してしまった。

 

ざわざわとなりはじめる観客ブース。音響を担当しているスタッフたちが大慌てで裏方に回っているのが見えた。ライブ会場に設置してある機械の点検のためか、録音機材の音響が再生される。

 

しかし、いずれも変なノイズが混じってしまう。故障かあ?と誰かがつぶやく。バンドの方に夏フェスのロゴが入ったTシャツ姿の男が走っていく。どうやら説明しているようだ。ジュンたちはスタッフの発表を待った。

 

「機械全体の見直しが必要になりました。すいませんが、業者のメンテナンス待ちになります。しばし、お待ちください!」

 

こぼれおちるブーイング。もうしわけありません、と平謝りするスタッフ。どうやらブレイクタイムに入ってしまったようだ。撤収の空気があたりに広がる。

 

別の会場を求めて、もしくはフードコートに移動することにした人混みに流されながらジュンはあたりをみまわした。不満げなファンたちをたしなめるバンドメンバーのコメントをBGMに、どうする?とジュンは百恵を見た。

 

 

「そろそろなんか食べに行く?」

 

「でも、まだお兄ちゃん帰ってきてないよ。おっそいなあ、もう。どんだけ混んでるんだろ」

 

「万太郎さんに電話してみたら?」

 

「わかった。ちょっと待って、いま電話してみるから」

 

 

電源を切っていた携帯電話を起動させている百恵を横目に、ジュンは嫌な予感がして辺りを見回した。さっきまで普通に起動していた機械がコンサートを中断せざるを得ないほどの規模で、一気に故障するなんてあり得るのだろうか。

 

スタッフの数が増えていくのが見える。困り顔でバンドたちと話し合っているのがみえた。業者の格好をしたスタッフが到着したようだが、なにやら首をひねっているのが見える。

 

もしかして原因が分からないのだろうか。それぞれのパートの音を拾って会場中に拡散するためのマイクの前で、ベースの一人が音を鳴らすが全然聞こえない。何度も調整しているスタッフのあわただしい姿にジュンは顔がこわばるのを感じた。

 

ちょ、ちょっと待ってよ、なによそれ。ここ東京じゃないのに!勘弁してよ!埼玉じゃない。なんでこんなところにまで、電波障害の魔の手が迫ってんのよ。まさかとは思うけど、デジモンの仕業じゃないでしょうね?

 

そんなジュンの横で、おっかしいなあ、って百恵が首をひねっている。びくっと肩を揺らしたジュンがひきつったかおで百恵を見た。うそでしょぉって言葉をこらえたのは奇跡だった。

 

 

「どうしたの?」

 

「それがね、なんか通じないの。おっかしいなあ、さっきまで普通につながったのに。やっぱりみんな電話してるから、回線が込み合ってるのかなあ?でもウンともスンとも言わないっておかしくない?なんのアナウンスもないんだけど」

 

 

リダイヤルを押して、再度通話を試みる百恵だったが、無音の携帯電話に困った顔をしている。電波は立っている。バッテリーのメモリはまだ3つある。それなのに送受信ができない。

 

どのダイヤルを押してもつかいものにならない。何を押してもノイズしか出ない。ただの異常というにはおかしすぎた。冷や汗を浮かべながら、ジュンは百恵の手を掴んだ。どうしたの?と親友の表情に疑問符が浮かぶ。

 

 

「ねえ、もしかして、ここまできてるんじゃない?」

 

「なにが?」

 

「だから、その、あれよ。東京の……」

 

「えー、うっそお。ここ埼玉だよ?たんなるトラブルじゃない?」

 

「でも携帯が使えないとか、電子機器が使えなくなるとか、やばいって百恵。わるいこと言わないから、はやいとこ万太郎さんと合流してもどらない?」

 

「考え過ぎだよ、ジュン。大丈夫だって」

 

 

にっこり笑う親友に、でも、とジュンは歯がゆさをにじませる。もー、どうしたのよ、ジュン。朝からなんか変だよ?って聞いてくる百恵に、ジュンが言葉を紡ごうとした時、それはステージから聞こえた大きな音によってかき消されてしまった。

 

ばつん、という音がした。なにかがショートする音だった。びっくりしてステージ側をみた途端、あたりがいきなり真っ暗になる。きゃああああって百恵の悲鳴が聞こえてきた。

 

そして何かを落とす音。ジュンがどこにいるのか分かっている百恵が、必死でしがみついてくるのが感覚としてわかる。しっかり手を握ったジュンに、なになに、なにがあったの!?ってすっかり気が動転している百恵の声が聞こえてきた。

 

でも、すぐ隣にいるはずの百恵ですら確認できないくらい、真っ暗な世界が広がっている。どうやらステージ、観客ブース、すべてに設けられているライトが一斉に消されてしまったようだ。

 

 

「百恵大丈夫?」

 

「ありがと、ジュンのおかげで大丈夫。うっそでしょー、今度は停電!?」

 

 

ジュンは足元に転がっている携帯電話を拾い上げた。ディスプレイが明るくなり、すっかり怖がっている百恵を映す。ほっと一安心した様子で百恵は胸をなでおろした。ちらほらとファングッズにつかわれていた発光アイテムを持っている人たちがあたりを照らし始める。

 

点在する星のようにいろんな色が小さくまたたいた。ここまで真っ暗だとどうやらこの停電はこのステージだけではないらしい。しばらくここでじっとしていた方がいいだろう。

 

どこに誰がいるのか分からない。下手に動いて迷子になったら、それこそ二度と会えなくなってしまう。それくらいここにはたくさんのひとがいるのだ。ステージの方からはわずかな光源を頼りに復旧を急ぐ人たちの声が聞こえてくる。ジュンは百恵を放さないように手を握った。くらり、と百恵がゆれる。

 

 

「どうしたの?百恵、大丈夫?」

 

 

たくさんのトラブルに見舞われてパニック状態になってしまったのだろうか。がくん、といきなり力が抜けた気配がして、一気に百恵の体がジュンのところに倒れ込んできた。何度呼びかけても返事をしない百恵に血の気が引いたジュンは、しっかりと抱きとめて、柔らかな芝生にねかせる。

 

手探りで百恵の肩を把握して、なんども呼んでみるが起きる気配がない。呼吸もしっかりしているから死んでいるわけではないものの、びっくりするくらい深い眠りについているようだ。どうしようって途方に暮れたジュンは、ふとあることに気付く。

 

音がしないのだ。スタッフのあわただしく走り回る音も、大混乱に陥っているはずの観光客の足音も。声も。言葉も。突然の停電にも関わらず無音のブーイング。

 

光がないのだ。携帯のディスプレイが明るいのは百恵の携帯電話だけ。つまりそれ以外の四角い光がない。カラフルに発光するアイテムすら見かけないってどういうことだ。

 

そして、目の前には死んだように眠っている百恵がいる。ジュンは携帯のディスプレイを辺りにかざした。

 

 

「………なんなのよ、これ」

 

 

それは異様な光景だった。百恵のように倒れている人がいる。死んだように眠るたくさんのひとたちがいる。ぐったりと足をなげだし、緑の芝生に転がっている人がいる。4万人もの人間が人形のように眠る異様な光景に、さすがにジュンは足がすくんだ。

 

 

「どうしてアタシだけ起きてるの……?」

 

 

訳が分からないまま立ち尽くすジュンは気付いていない。ジュンがパソコンに接続しているUSBに記録された太一のデジヴァイスのプログラムが起動していることを知らない。

 

デジヴァイスはデジモンの攻撃から身を守る機能があるのだ。だからデジヴァイスを持つ人たちはデジモンによって引き起こされた異常な状態でも平然としていられる。うそでしょぉとジュンはつぶやいた。

 

目の前に広がる巨大なスクリーンには、ジュンが見たことのないデジモンがこちらをのぞいていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。