ルート2027(初代デジモンアドベンチャー)   作:アズマケイ

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第137話

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「いかせてください、これ以上みんなに迷惑をかける訳には!」

 

モニターごしにジュンとヒデトの戦いを目の当たりにしていたレイは我慢が出来なくなったようで、部屋から飛び出そうとしてデジモンたちが慌てて引っ張る。それでも扉に行こうとするレイは足を滑らせ、床に勢いよく尻もちをついた。

 

扉があいた。

 

「なんの騒ぎだ、騒々しい」

 

「あ、レオモン様!レイさんがジュンさんたちの戦いを止めようとあそこに行くと言って聞かないんです!」

 

「だと思った。落ち着け、ジュンは劣勢だがまだ負けたわけじゃないだろう」

 

「でも......でも......」

 

レオモンに諭されてもレイは不安そうにモニター画面をみる。

 

「テイマーでもないアンタになにができるって?」

 

「ま、マリさん」

 

レイは飛び上がった。レオモンがここにきた理由がわかったからだ。

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫じゃなかったら出してくれないって。ロゼモンはまだ治療に時間かかっちゃうみたいだけどね、居てもたってもいられなかったってわけ」

 

「そうなんですか......。でも、あのまま見てる訳には......」

 

「だーかーらー、ネオ様はデーモン軍の総司令官よ?表向きの目的は妹であるあんたと、あたし達の奪還だと思うけど、真の目的はこの城の占領なんだから。あんたが行ったところで撤退なんてしないわよ」

 

マリの言葉にどういうことだとレオモンが目を丸くした。

 

「本当にこの計画を進めるのか?」

 

「ああ、今のレイはデジタルワールドでデータを改竄したから歩けているに過ぎない。現実世界に帰ればそれは不可能になる。だから現実世界をデジタルワールドのようにすべてデータ化し、そのセキュリティの頂点にたてば俺達はあの頃を取り戻せる」

 

「あの時を......」

 

「そうさ。楽しかったよな、ヒデ。3人で色んなところに遊びに行って、デジモンで遊んで、ヒデは俺に勝てなくて何度も挑戦してきた」

 

「ネオ......」

 

「お前は俺にとって初めての友達だったし、親友だったし、ライバルになれそうなやつだった。お前があの交差点で俺達を呼び止めようとさえしなけりゃな!!」

 

「......ッ」

 

その会話を壁越しにマリは聞いていたのだ。そして知ったのだ。

 

デーモン軍の目的はホーリーエンジェル城の陥落による反抗勢力の壊滅よりもその城そのものにあった。大戦の遺構を根こそぎ占領し、略奪してきたデーモン軍は探していたものがどこにもないとわかってしまったからこそである。

 

ホーリーエンジェル城もかつての大戦で築かれた城をそのまま再利用しているため、今は既に使われていないものがたくさんあった。

 

地下に広がる広大な地下施設もその大半が長きに渡る年月によりその存在価値を喪失し、ただただ風化を待っているのみなのだ。

 

「ネオ様はデジメンタルを探しているといっていたわ」

 

マリの言葉にホーリーエンジェモンが反応する。

 

「馬鹿な、あれは伝説上の......」

 

「大戦の遺構を荒らしてまわった以上、この城しか残ってないのよ。この地下施設のどこかにあるとネオ様は踏んでる。だから進軍を決断したのよ」

 

「な、なんだと......」

 

「ホーリーエンジェモン、デジメンタルってなに?」

 

レイの言葉にホーリーエンジェモンは教えてくれた。

 

デジメンタル、それはこの世界のどこかにあるといわれている超物質だ。恐ろしい程のエネルギーを秘めており、その力はデジモンにさらなる進化をもたらすといわれている。

 

デジモンの自我や理性をそのままにパワーのみを無限に引き出すとされ、それを手にしたデジモンはまさしく神になれるレベルだという。

 

「ネオ様は超究極体、いいえ、最終兵器アルカディモンに相応しいと思っているのよ。デジメンタルさえ使えば制御不能となるアルカディモンさえ制御したまま究極体、いえ、それ以上になることだってできるって」

 

「なんてことだ」

 

 

 

 

ジュンは回復プログラムをベルフェモンにダウンロードした。その隙をついてオメガモンズワルトがなにやら準備をし始めた。行動力を犠牲にしてステータスを上昇させているようだ。完全に動きを読まれている。

 

「アクセルブースト......オメガモンでは聞いたことないスキルね......これが育成の賜物だとしたら、ほんとに強いわね」

 

オメガモンズワルトは攻撃力より特殊攻撃の方が高いようで、グレイソードは威力こそ高いが攻撃力が控え目で、オメガモンほどダメージはない。

 

ただし、防御力が低いウィルス種に対しアクセルブーストを積んでから撃つ事で大きな負担を掛ける伝家の宝刀としてオメガモンズワルトは使ってくる。

 

一方で、ガルルキャノンはオメガモンより大きなダメージが出る。

 

どうやら防御力を上昇させ、かつガルルキャノンと闇属性技の威力が上昇するスキルが積んであるようだ。

 

物理耐久を高めてどっしりと構え、魔法で倒していく展開ができる。総じてオメガモンより堅実な立ち回り方を得意とする。ここぞという時にガルルキャノンが突破口になるようだ。

 

たしかに物理耐久も魔法耐久も高く、単純攻撃による突破は相当の威力を要する。闇属性のワクチン種は珍しいが、光属性技を持つデータ種が苦手なあたり豪徳寺マリのロゼモンが天敵なのが皮肉だろう。

 

特にロゼモンなら吸収技で一発で即死させる事ができるついでに大量のHPを吸収できるはずだ。

 

ベルフェモンでそれは無理な話なので、アクセルブーストからのガルルキャノンはガードしても大ダメージは免れられない。結界がなければ即死だったはずだ。

 

何とか持ちこたえて相手が技を積んでいる間に立て直すか、可能なら倒してしまいたい。だがそれもベルフェモンを蝕む赤いオーラが邪魔をする。迫り来る強制敗北の状態異常を前にジュンは必死に打開策を探すが、ベルフェモンの継承技にはかろうじてガーゴモン時代のワクチン種の技しかない。データ種のスキルなど覚えているはずがなかった。

 

「ベルフェモン、頑張って。もう一息よ!」

 

ジュンはベルフェモンに声をかける。

 

 

 

 

 

 

 

「俺と君とじゃ背負うものが違うんだ」

 

ヒデトはオメガモンズワルトに命じる。

 

ヒデトが遊んでいたデジモンペンデュラムは、某ホビー会社が発売した携帯育成ゲーム・初代デジタルモンスターシリーズの後継機である。

 

デジモンペンデュラムの最大の特徴は、ペンデュラム(振り子)を内蔵している事である。トレーニングや戦闘の前に数秒間本体を振ってペンデュラムを動かすことに関しては全シリーズにおいて共通だが、初代ペンデュラムシリーズとそれ以降のシリーズでは仕様が異なる。

 

前者では速度や次に振るまでの間隔、タイミングなどの要素が複雑に絡み合うことによりスーパーヒットがどれだけ出るか、またメガヒットが出るかが変動する。そのため、どのデジモンでどうすれば良いヒットが出るのかということに関して独自研究が必要であった。また、攻略本や情報誌にて編集者が発見した振り方の目安が、説明や図など多様な方法で掲載された。

 

後者ではデジモンごとに良いヒットの出る振ったときの回数があらかじめ決められているというものである。これらの要素が存在するため、前シリーズの完全なオートバトルにテイマーの技量が試される要素を付加されることになった。

 

初代ペンデュラムシリーズから追加された要素の一つがジョグレス。新たな変身要素である。ジョグレスはジョイントとプログレスを合わせた造語であり、合体進化という意味である。成熟期以上のデジモン同士を合体させることにより次の世代のデジモンに進化させることができる。また、合体進化には組み合わせに法則が存在し、以下の通りとなる。

 

Va(ワクチン)種となる組み合わせは「Va+Va」「Va+Da」の2通りである。

 

Da(データ)種となる組み合わせは「Va+Vi」「Da+Da」の2通りである。

 

Vi(ウィルス)種となる組み合わせは「Da+Vi」「Vi+Vi」の2通りである。

 

ただし、相性の悪いデジモンの組み合わせが存在し、その場合はミスマッチと表示され合体を行うことは不可能である。

 

前作まで存在した「寿命」が無くなり、成熟期以上のレベルのキャラクターは育成ミスが特定数まで貯まらない限り死亡することがなくなった(本体の電池切れを除く)。

 

あまりにネオに勝てないヒデトがデジモンにますますのめり込み、オメガモンに進化させる事ができると気づいた時のテンションは最高潮だった。パッケージの表紙を飾っていたオメガモンのジョグレス条件は不明であり、だいたいの予想はできても攻略本ですら意図的にかくされたシークレット要素だったのである。

 

まだ掲示板もチャットもSNSも一般的ではないため、自力で探し当てるしかなかったのだ。喜びはひとしおだった。

 

ネオとはやく戦いたかった。そればかりで頭がいっぱいだった。だから気づけなかったのだ。

 

点滅する歩行者信号、そして変わる青から赤。不意に止まるとおりゃんせのBGM。ネオはすでに渡りきっていて、ヒデトが交差点の向こうから呼びかけたものだから交差点の真ん中で振り返った妹に危ない早く渡れと呆れたようにいっていた。

 

トラックの運転手からしたら、目視した時点では渡ろうとしていた女の子がいきなり交差点の真ん中で止まったのだ。予測出来なかったにちがいない。不幸にも完全なる死角だった。

 

ヒデトとネオの目の前でレイはこうしてトラックに跳ねられたのである。

 

その日からヒデトとネオの間には、取り返しのつかない亀裂が生まれ、歪な上下関係が生まれてしまった。

 

レイが気丈に振る舞い、大丈夫だと笑うから、表向きはヒデトもネオもいつもと変わらない関係が続いていたが、ヒデトはずっと日々何か悪事を働いているようなやましい気持ちだった。良心の呵責が悪夢のように胸苦しく責めてくる。

 

 

ゼリー状の憂鬱とでも言うべき、暗澹たるものが胸の中に広がりはじめ、それが自分の頭をも占領するのをひしひしと感じた。 

 

黒い感情が、蝉の内側に充満する。湿って粘着性のあるものにも感じられたが、乾燥して水分のまるでない干涸らびた思いにも感じられた。これは、と蝉は朦朧とする頭で考えていた。これは何だよ。 

 

どろどろとした沼で喘ぐような気持ちで、頭を回転させる。馴染みのない憂鬱さに、戸惑い、怯えた。自分に対する失望や落胆、幻滅に似た、何かに襲われている。阻喪とも放心ともつかない。 

 

しばらくして、まさか、と思い至った。ふいに、まさかこれは、俺の中の罪悪感が溢れかえっているんじゃねえだろうな、と気がついた。

 

戦っていたんだな、と思った。いいことをすればするほど、才能をのばせばのばすほど。重くのしかかること。生理や性欲や排泄 みたいに、まったく自分だけの、決して他人と分かち合えない無意識の重み。どんどんふくらんでくる、この世のあらゆる殺人や自殺のもとになっている、暗いエネルギー。

 

 

自分の都合でレイの未来を摘んでしまうなんて……事情を知らない者だからこそ言えると思っていた言葉が、いつの間にか抜き身の 刃 として自分の前にあった。その刃で何度も何度も自分の心を切り刻んだ。

 

きっといつか、報いがくる時が来る。その恐ろしい不安は消えることがなかったが、一月経っても、二月経っても何事も起きず自分の罪が、知らぬ間に、もう半ば〝なかったこと〟になりつつあるのを知った。

 

誰も気づかなかった。そして、これからももう気づかれることはないだろう。そう考えて、ヒデトは罪悪感を横目で見つつ、やはり安堵の方に先に手を伸ばした。

 

その矢先、ネオが行方不明になった。

 

どこか高いところから、自分の存在に冷たくしたたってくるような不安を覚え、思い悩むようになっていた。

 

そして、ネオからメールがきたとき、ヒデトは拒むことが出来なかったし、出来るはずもなかったのである。

 

 

「だから俺は負けない、負けたらほんとうにネオにもレイちゃんにも顔向けができなくなる」

 

 

そんなテイマーの思いを背負い、オメガモンズワルトはガルルキャノンを構えたのだった。

 

 


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