(完結)ルート2027(初代デジモンアドベンチャー) 作:アズマケイ
ジュンのノートパソコンの中には、ジュンの元いた世界の八神太一のデジヴァイスをコピーしたプログラムがある。そこにはデジヴァイスを製造したデジタルワールドのサーバ大陸のさかさピラミッドのアドレスが記載されている。その座標から転移すればデジタルワールド経由でジュンの世界に帰ることができるのではないかというのが、ホーリーエンジェモンの見解だった。
「問題は、条件に合致する平行世界が、私の想像以上にあるということだね」
難航するジュンの世界の座標の特定について謝罪しながら、ホーリーエンジェモンは今日もなんの戦果も得られなかったとだけ教えてくれた。
ジュンを元いた世界に帰すという目的のため、不必要な介入を招いて平行世界を増やしたくないという理由からホーリーエンジェモンは具体的にどう違うのかジュンに教えてはくれなかった。
ジュンとしては、ありがとうとしかいえないでいる。なにせ心当たりがありすぎるのだ。はるか未来を生きていたはずの自分が、生まれるずっと前の人であるはずの本宮ジュンという少女の精神として上書きされてしまった。サマーメモリーズで起きた1995年の事故から2000年の大晦日のあの日まで歩んできた道のりがどれだけのバタフライエフェクトを産んだのか思い知らされていた。後悔はしていないが帰還の日が遠ざかっているのはそのせいでもあるから、なんとも複雑である。
ここまでくると生前のジュンが生きていた未来に到達することは絶対にない、新たに枝分かれした平行世界を生きていたのだと認識できただけ大きな進歩ではないだろうかとすら考えてしまう。
「ねえ、ホーリーエンジェモン。いっそのこと、平行世界でもいいから原始のデジタルワールドにアクセス権が残ってる世界を探してさ、セキュリティ側に説明したらなんとかならない?世界の危機なんだから、協力してくれないかしら」
ジュンの指摘にホーリーエンジェモンはもちろん相手方に掛け合ってはいるのだと言葉を濁した。
「もしかして、その世界にもまだかち合わない?」
「そのまさかさ」
「嘘でしょ、そんなにたくさんあるのに」
「まったくだよ......デーモンがきみの世界に侵攻してきた理由が強化されるばかりだ」
問題はその幾重にも発生しつづけているデジモンとの関わりが存在する全ての平行世界が消滅してしまうかもしれない危険が迫っているのに、肝心の危機が起きるであろう原始のデジタルワールドへのアクセス権が残っているのがジュンの世界にあるデジタルワールドにしかないという点だろう。ジュンは途方に暮れるしかないのだった。
突如として、はるか上空に時空の歪みが生まれた。亀裂が走り、複数の頂点を結ぶ直線の辺と、その辺に囲まれた面によって構成される多面体が形成された。音もなく虚空に浮かぶ不気味な多面体は、なにかに反応するように絶えずくるくると回り続け、ミラーボールのように乱反射を繰り返してきらめいた。その眩しさから上空の多面体に気づいていくデジモンたちは、その多面体が次第に膨張し始めていることに気づくのだ。
ホーリーエンジェル城の真上である。復興途中の奇妙な多面体の出現に警備に当たっていた兵士たちはあわてて隊長であるレオに報告にいき、レオは要塞からそれを視認して飛行能力がある部下に偵察を命じた。
デーモンによる侵略は退けられ、世界に平和が訪れたのは事実だ。ただ、未だに支配下に置かれていたネオが目を覚まさず集中治療室からでてこれない。デーモンの干渉を受けていたテイマーと相棒たちはパーソナル情報を意図的に改ざんされ、コピーがつくれるほどのデータ量が持ち出された形跡が見つかり、セキュリティ面で強化がはかられている途中。ジュンはまだパートナーが生まれていないため戦力外。唯一動けるのはタイチとゼロマルだけ、というある意味で無防備な状況ですらあった。
ホーリーエンジェル城の警戒はむしろ強化されていた。なにせデジタルワールドからデジタルゲートをあけて世界に平和をもたらすためのテイマーの召喚という権限を認可される前から得ていたという事実。ジュンを拉致できていたという事実。下手をしたら、デーモンは生まれたときからその権限を得ていた可能性すら浮上している今、ダークエリアにデジタマとして安置されてもなお脅威が去ったとは誰も考えてはいないのである。
そして、その予感は的中することになる。
レオに頼まれて多面体に近づいた偵察部隊と共にタイチとゼロマルが目にしたのは、その平面ひとつひとつに映し出されるこの世界とはまた別のデジタルワールドが何者かに襲撃され、滅ぼされるという光景だったのだ。世界の終焉がなにかによってもたらされているのにその正体が掴めない。なにせ滅んだ世界には見たことがないデジモンたちばかりが映るために攻撃をしかけているデジモンが滅ぼした張本人なのかわからないのだ。誰もが虐殺の果てに内側からなにかが噴き出してきて世界が真っ黒に染め上げられて見えなくなってしまうのである。ただ何かを咀嚼する音だけが響いていた。
いずれも多面体から湧き出してきた幼年期と思われる紫色のデジモンが原因だった。黄色い目に一本の触角があり、まるで植物のようなあるいはタコのような触手と無数の赤い吸盤をもつ不気味なデジモンだった。近づいてきたデジモンに捕食されるとそのデジモンに寄生し、次第に捕食したデジモンが傀儡となり、苗床となったそいつは内側から進化した紫色のデジモンに突き破られて死ぬのだ。
「ジュンのデジモン図鑑から更新されたツメモンとはまた違うみたいだなあ、亜種?突然変異の新種か?」
「やばいよ、タイチ。こいつ、生まれたときから死にたがってるみたいだ。食べられる前に目が光ってるから、デジモンたちが食べちゃうのは誘導されてるよ」
「えっ、じゃあ食われるのは本能ってことか?!やべーやつじゃん!」
タイチのもつデジヴァイスですら表示されるデータは全てNODATAである。タイチはとりあえず偵察部隊に報告にいかせて自分たちは多面体を観察することにした。ジュンのデジヴァイスのデータを丸ごとアップデートされたタイチのデジヴァイスはセキュリティシールドがこのデジタルワールドにおいて突破することは不可能なほど強固なのだ。
「なんだろうね、これ」
「普通に考えるなら、やっぱりここから紫色のデジモンが出てくるってことだよな」
「じゃあ早く何とかしないとこの世界もやばいんじゃ......」
「でもなんなのかわかんないのに攻撃するのもまずいよなあ」
「うーん......多面体のひとつひとつが別の世界と繋がってそうだよね」
「滅ぼされた世界の方が正しいかもな」
「なんで現れたんだろう?」
「やっぱあれかな。ホーリーエンジェモンがジュンを元の世界に帰すために、いろんな平行世界のぞいてるだろ?あれがなにか関係してるのかも」
「デーモンがデジタルゲートをいつ開けられるようになったか、まだわかってないもんね。目をつけられちゃったのかな」
ゼロマルとタイチが話し込んでいると、偵察部隊たちが戻ってきた。どうやらジュンのパソコンから結界のプログラムをコピーさせてもらい、それを同時に多方面から起動させることで、応急処置的にではあるが固定化と封印をするらしい。しばらくは様子見をするとのことだ。
「わかんねえけど、やばそうなのは確かだよな。ホーリーエンジェモンに報告に戻ろうぜ」
「うん」
多面体は全ての面が真っ暗になってしまった段階で静止した。膨張も止まった。タイチとゼロマルはホーリーエンジェモンのまつ玉座に戻った。すでにジュンが偵察部隊から提供されたデータを解析しているところだった。
「タイチくんたちの見立てどおり、多面体からいずれデジモンが湧き出してくることになるわね。寄生するタイプのデジモンみたいだから、この結界プログラムを至急みんなにばら撒かなきゃならないわ」
うへえ、とタイチは思わずぼやいた。せっかく世界が平和になったばかりなのに同士討ちによる世界崩壊なんて笑えない。
「あれってなんなんだ?」
「さあ......?でも、あのデジモンの生まれならなんとなくわかるわ。ツメモンみたいに、人間の悪意が具現化したタイプのデジモンよ、きっと。
人間の世界とデジタルワールドが共存している以上、人間世界の急速なテクノロジーの進化は利便性と引き換えにいろんな凶悪なデジモンを生み出し続ける宿命なのよ。もちろん、いいデジモンもたくさん生まれるわけだけど」
「つまり、あのデジモン自体はよくあるんだ?」
「そうだね。問題はやはりあの多面体だろう。あれが紫色のデジモンをいろんな世界にばら撒いていると考えていい。コンピュータウイルスやサイバーテロ、それらの悪意が具現化したのがあのデジモンだとして、多面体の各面には異なる世界を映し出していたんだろう?ならば紫色のデジモンはデジタルワールドを滅ぼすたびにいろんな多重世界の悪意を捕食しては多面体により派遣されているはずだ。時空を超えてこの世界を破滅に導こうとしているんだとすればそれはいずれタイチくんたちの現実世界にも影響を及ぼすことになるだろう」
タイチとゼロマルは息を呑む。
「はやいとこ多面体の正体を掴まないと不味いわね」
「ああ、まずいね、とても」
ホーリーエンジェモンはうなずいた。
「ジュンの世界によく似た平行世界のデジタルワールドに極端に出現し始めているようだ。私が座標を調べたはずの世界が次々と観測不能になっている」
その言葉にジュンは青褪めるのだ。いやが応にも理解してしまうのだ。最終決戦が始まってしまったのだと。