(完結)ルート2027(初代デジモンアドベンチャー)   作:アズマケイ

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第17話

デジモンは、人間が進化する過程で、必然的に生まれた生命体である。

 

京都大学で教鞭をとる著名な学者が唱えた学説は、ジュンの時代ではデジモンを勉強する授業で必ず取り上げられるほど主流なものとなっていた。

 

本来進化とは、その種族全体が外部的、内部的要因によって変化していくことを指すにもかかわらず、デジモンの場合はその個体の変化自体を進化と呼ぶ。それは何故なのか。それを研究していた学者が、世界で初めて解き明かしたからである。

 

彼はデジモンには必ず対となる子供がいることに着目し、研究を始めた。そして、子供の精神的な成長とデジモンの進化が連動しており、子供の脳が科学的に見て考えられないほどの成長をしていることを突き止めたのだ。

 

 

 

当時、その論文が世界に与えた衝撃は、想像を絶するものだったに違いない。これまでの変化で最も大きい脳の増加という方向はもはやありえず、むしろ不必要な感覚、器官が退化しつつある中で、人類は進化の頂点にいる、という結論は暗黙の了解だった。

 

それをこの論文は、今まで胡散臭い雰囲気を伴うスピリチュアル的な方向でしか論じられてこなかった精神的な意味での進化が実在すると証明したのである。人類が精神的な意味での進化の変化期を迎えたのは、このころだった。

 

 

 

人間は肉体や脳の構造により、あらゆる能力を制限されている存在であることはよく知られていた。人間がそれを補うために発達させた科学技術により、地球全体に張り巡らされたネットワークというもう一つの世界が構築され、デジタルモンスターは誕生した。

 

そのデジモンと呼ばれている生命体は、必ず対となる子供が存在し、その性質は子供を補うものであると確認されている。その存在を持つこと自体が進化である、というのだ。

 

 

 

そもそもデジタルワールド側から提供された歴史書によれば、デジモンという生命体の起源は、特定できないという。デジタルワールド側が認識している歴史は、あくまでもはっきりとした形であらわれることができるようになった、自我を持つようになったころからである。

 

発生の起源をたどると、電気や電磁波と融和性が高い性質をもち、それらを媒介に存在していた、という最古の記録に行きついた。この情報が公開されたことで、人類にとってデジモンはモンスターではなく、もっと身近な存在がモンスターの形をとって現れたに過ぎない、という認識に変わったと言われている。

 

あるときは幽霊、あるときは妖怪、捉え方は違えども、いつの時代もその存在が信じられてきた者たちが実在すると証明されたも同然だったから当たり前である。その存在を持つことが、人間の新たな進化の形である、と結ばれた論文により、世界はデジモンブームを迎えることになる。

 

 

 

こうしてジュンの時代には、人間にはパートナー、と呼ばれているデジモンが必ず1体は存在する、のが当たり前の世界となり、それが人間の進化のひとくぎりという時代でもあった。

 

魂の片割れ、とも、もうひとりの自分、とも形容される不思議な生命体は、絶対にパートナーである人間のやることを否定しない性質から良好な関係を築いたのである。

 

これがデジタルワールドが選んだ現実世界との共存の形である。そして、人類との関わり以前から存在していた『普通のデジモン』との軋轢が大きくなった原因でもあると言われている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな大事なパートナーデジモンを生活苦から大学の後輩に譲り渡す、という暴挙をしでかし、『普通のデジモン』が起こす騒動のしりぬぐいを職業にしていたことまで思い出してしまったジュンはかぶりをふったのだった。

 

 

「ガーゴモン、もっと高度を落としてくれる?どこら辺か分かんないわ」

 

「承知いたしました。では、参ります」

 

 

一点の曇りもなく柔らかく澄んだ夏の空は、原因不明の濃霧に突入すると、遠い夕焼け色に染め上げられてしまった。ガーゴモンが光が丘団地を滑空する。ジュンが不安げに見上げる空は、バラのような強烈な輝きに満ちている。光ヶ丘全体が結界の中にある証である。

 

デジタルワールドという異世界が現実世界と同化しようとすると必ず起きる現象であるとジュンは知っている。深紅の空には、地平線の彼方まで広がる海、山脈、大陸に至るまで逆さまの蜃気楼が広がっている。幾筋もの帯状に蜃気楼は空を浸食し、時間を追うごとにその面積を下げ、ゆっくりと高度をおろし始めていた。

 

 

 

全世界で同時に観測されているであろうこの光景は、世界規模のパニック状態を引き起こしている。結果としてお台場霧事件が表ざたになることを避けられたのは皮肉なことだとジュンは思う。

 

歴史の資料集に載っていたアメリカの観測用飛行機を思い出す。機体に異常が発生し、制御不能、しかもこの空間から落ちてくるものに接触した機体は結晶化していた。チベットで山が一つ丸ごと結晶化する事態が発生した記録映像を見た覚えもある。

 

このままでは地球上のすべてが結晶化するのも時間の問題、という緊急事態の中、ジュンは必死でウィルス種しか入れない結界を捜索していた。目印は結晶化が最も激しい地帯だ。デジタルモンスターは中途半端な形で実体化すると、接触したものをすべて謎の結晶で覆い尽くしてしまう、という怪奇現象を起こすのだ。

 

 

 

濃霧に覆われている光が丘団地は、まるで別世界だった。街路樹がプリズムでしたたり、きらめいている。目に入るものすべてが、光に包まれ、にじんでいる。テクノポップな曲調に合わせたミュージックビデオの世界に迷い込んだ錯覚にとらわれる。

 

全域は万華鏡のような効果できらめいて、かさなりあっている色彩の帯がひろがっていた。そこに強烈なバラの光が降り注ぐのだ。目が痛くなる。色彩の暴力である。ガーゴモンが生み落した風にあおられて、滝のように色彩が乱舞した。色彩はさざ波をうって広がっていき、まるで宝石の海である。

 

 

 

ほんのすこし前でも霞んでしまう濃霧の中で、ガーゴモンが大きく旋回した。真っ白な霧を切り裂くのは、槍状の結晶体である。すんでのところで掴みとったガーゴモンは、そのひとつをジュンに見せた。

 

ジュンはうそでしょおって青ざめるのだ。はるか未来でお世話になっていた、別個体の闇貴族の眷属にこんなのいたような、なかったような。ガーゴモンも知っているようで、不敵に笑う。わが主に牙をむけるとはいい度胸だ、と愉快気に肩をすくめた。

 

ジュンやガーゴモンを裂けるほど、鋭くとがった結晶が絡みついているそれは、槍ではなかった。小型のブレードだった。青いプリズムのような光は、瞬く間に結晶を成長させるようで、粉雪は宝石のようにちらばった。得物のように振り回し、ガーゴモンは刃を霧の向こうに向ける。

 

 

「少々お時間をいただけますか、ジュン」

 

「ええ、いいわよ」

 

「すぐ、終わらせますのでね」

 

 

視界不良の悪条件。殺気が周囲に立ち込める中、これから不利なのはガーゴモンにも関わらず、自信過剰な笑みは深まるばかりだ。狼の遠吠えが響き渡る。先陣をきったのは、吸血狼だった。

 

白銀に青を持つ、輝く美しい体が、縦横無尽に駆け巡る。ジュンではとらえきれない速さだが、足りない。ガーゴモンはその体に張り巡らされた鈍色に輝くブレードの数々をすべて結晶の槍で受け流し、大きく薙ぎ払った。

 

すんでのところでかわした狼は、ガーゴモンめがけて両足に生えているブレードを振り下ろす。がきいん、という鈍色の音が濃霧にとけていく。わずかな火花が結晶世界の中で、線香花火のようにきらめいた。狼が大きく跳躍して間合いを取る。ガーゴモンは、どんどん肥大化していく結晶の槍を向けた。

 

 

「来なさい、我が精鋭たちよ!」

 

 

すさまじい突風が吹き荒れた。突如出現した魔法陣を中心に吹き荒れた突風が濃霧を吹き飛ばす。結晶化しつつあった世界をも吹き飛ばし、デジタルワールドと一体化しつつある異界に、いくつもの胸像が召喚された。

 

 

 

轟音である。

 

 

 

舞い上がる砂埃を払いながら、周囲を見渡したジュンが見たのは、無数の胸像に粉砕されるバケモンたちの姿だった。一網打尽にされた仲間。援軍は無い。ガーゴモンはブレードの構えを直した。薄暗い中でも青色のプリズムを放つ結晶の槍と化しているブレードが、大きな弧を描いてサングルゥモンに襲い掛かった。

 

狙うのは急所である。すんでのところで受け止めたものの、サングルゥモンは圧倒的な重量に唸りを上げる。もともとは遠方からの攻撃に使用した自分の武具だ。こうも好き勝手されてはイラつくのも無理はない。

 

ガーゴモンはあっけなく弾き返し、転がるように退避するサングルゥモンに牙をむく。持ち手の位置を変更し、追撃の突きをしのぎきったサングルゥモンはガーゴモンの顔面にブレードを振り下ろした。赤が散る。ただし、それはサングルゥモンにとっても裂傷をおう形となった。

 

 

「やっと面白そうなやつが見つかったぜ、あの野郎についてきたはいいがフヌケばっかで飽き飽きしてたところだ。こうまで俺様の攻撃をいなすたぁ、天使の分際で見上げた野郎じゃねえか」

 

 

「称賛はありがたくいただくといたしましょう。強き者を求めて放浪するアナタがヴァンデモンに与するとは驚きました。まあ、そうだろうとは思っていましたが、ダークエリアはそんなに暇なのですか?」

 

 

「てめえが小間使いしてる天使どもは俺様がちょいと色目を使っただけで、簡単に堕天しちまうじゃねえか。さすがにそれじゃ面白くないってんで、暇を出されたところなのよ、くだらねえ」

 

 

「ワタクシのご主人様は本宮ジュンのみです。お間違えなきよう」

 

 

「おっと、そりゃ失礼したな。珍しいデジモンの気配がすると思ったら、まさか人間につき従ってるたあ、驚いた。おもしれえもん見せてもらったぜ。これはあれだ、惚れたな?」

 

 

けけけ、とサングルゥモンは笑う。このデジモンはデジタルワールド創世記より生き残っている、かなり古い種の魔獣型デジモンである。吸血狼のデータを取り込んで誕生しており、血を吸われたデジモンは、デジコアの情報をすべて抜き取られてしまう。

 

デジモンは自分のデータを転写することで、デジタマとなって生まれ変わる性質を持つ生命体である。もしそのデータまで根こそぎ奪われたらどうなるか、それは言うまでもない。消滅である。そして、サングルゥモンは、自分の意志で自らをデータ分解させ、ネットを駆け巡り、瞬時に移動することで知られている。

 

捕獲するのが非常に困難で、テイマーの間では希少種扱いされていた。ガーゴモンを前にそれをしないのは、分解する際のタイムラグを見せたが最後、胴体と頭がお別れすることになるからである。それを含めて、どうやらこの吸血狼は楽しんでいるようだった。

 

 

 

「アナタほどの方であれば、ジュンにデジコアを献上するにたるでしょう。感謝しなさい、直々にワタクシがお相手して差し上げているのですから」

 

 

 

ガーゴモンは結晶化したブレードを力強く振り、サングルゥモンの赤を払う。不吉な音が楕円形に広がった。サングルゥモンは、いうねえ、おもしれえ、と口元をゆがませた。ぎょっとしたのはジュンである。ガーゴモンの発言に、いよいよサングルゥモンは大笑いした。

 

 

「ちょ、ちょっとガーゴモン・・・・・・」

 

 

「おや、失礼。ワタクシの記憶が正しければ、ジュンは希少なデジモンのデータを収集するのが趣味ではありませんでしたか?」

 

 

「それはお得意様からの依頼でやってただけで、アタシはべつに・・・・・・いや、そりゃ、趣味と実益兼ねてたけどさ。絶滅したデジモン復元させるのってロマンだし」

 

 

「ならば、なんの問題もありませんね。了解いたしました、わが主よ」

 

 

今の光が丘団地は、デジタルワールドと一体化しつつある、いわば異世界なのだ。ここはヴァンデモンの領域である。倒しても倒しても、復活させてしまうヴァンパイアの狙いは相手の疲弊である。それを一気に叩くのが常套手段なのだ。バケモン達がひしめき合う世界で一か所にとどまるほどの愚行は無い。

 

それはジュンもガーゴモンも分かっている。サングルゥモンは強き者をもとめて放浪する性質を持つデジモンだ。相手に見染められたのなら、これ以上の誉は無いのだろう。どのみちどいてくれそうにない。ジュンはエールを送る。ええ、とガーゴモンは笑った。双眸が猟奇的に輝いた。

 

 

「すべては主の、御心のままに」

 

 

もちろんガーゴモンの主は、神ではなく、ジュンである。

 

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