(完結)ルート2027(初代デジモンアドベンチャー) 作:アズマケイ
第2話
20XX年、世界中のありとあらゆる国々に、電子ネットワークの網が張り巡らされている。高度電脳化時代、膨大な情報が離合集散する電脳の海の中で、あるとき、偶発的に意志のようなものを持つ擬似生命プログラムが発見された。
そして、それは示し合わせたかのように、電子ネットワークのあらゆる場所で、同時多発的に発生した。ネットワークが日常の人々にとって、これらの偶発的擬似生命プログラムは、ごく自然に受け入れられていった。
擬似生命プログラム―通称デジタルモンスターは、電子仮想ペットとして、広く一般化するとともに、成長を促し、仮想バトルの場で競わせる遊びが、瞬く間にブームになっていった。
ある情報処理のエキスパートたちは、「デジモン」の解明と平和利用を目指し、また一方で、天才奇才ハッカー集団が徒党を組んで、デジモンを悪用する。その価値は多様化していった。一般の人々の間では、いつしかデジモンを育てる者をテイマーと呼び、より多くのデジモンを育てたデジモンテイマーが人々の称賛をあびた。
また、デジモンの仮想バトルで勝利を収めるデジモンテイマーは、尊敬された。やがて、すべてのデジモンを育てて、すべての仮想バトルを制するもの、トップテイマーが多くのデジモンテイマーたちの夢となったのだった。ジュンは、そんな近未来を生きるテイマーだったことがある。
システムエラー!システムエラー!
買ったばかりのノートパソコンに表示された警告文。ぎょっとしたジュンはマウスを動かした。かちかち。ウィルスバスターは正常に機能してるし、ちゃんと自動で更新できている。なんだってこんなエラー文が表示されるのよ、ビックリさせないでよね!
普通ならウィルスバスターが自動で駆逐してくれるはずだっていうのに、ウィルスチェッカーには、はっきりとウィルスに感染していますと表示された。さあっと血の気が引いたジュンの目の前で、勝手にメール機能が開いた。ブルースクリーンも覚悟していたジュンは、そのウィルスの正体をしった。
デジタルモンスター研究所のものです。手違いにより、そちらにデジモンを送信してしまいました。そのデジモンを差し上げます。こちらでチェック済みの安全なプログラムですので、ぜひ育ててあげてください。くわしい育て方は、DIGIMONNETまで。
アドレス先は、ジュンもよく知ってるものだった。
DIGIMONNETは、世界で一番デジモンのことに詳しいサイトだ。デジモンテイマーは絶対に知っていた。なぜなら、このサイトを運営しているのは、デジモンを研究している、通称デジ研の研究者たちだからだ。デジモンに関するニュース、デジモンに関するデータベース、研究レポート、デジモンに関連した検索サイトの役目も担っていた。
そして、デジモンを育成するフォルダを提供しているサイトでもあった。テイマーたちは、育成フォルダという檻の中でデジモンを育てるのが一般的で、トレーニングや食事、トイレの世話をすることでデジモンを育てていた。エサやアイテムは電脳怪物雑貨店というネット通販を利用することになる。
この施設で使用できるポイントは、デジタルワールド内のミッションやイベントをこなすと、報酬としてもらうことができるため、デジモンの育成はそれほど難しいものではない。
もちろん、高水準のデジモンを育てられるのはふつう、クレジットカードが使える年齢からだ。デジモンを育てているテイマーは、バーチャルコロシアムと呼ばれている仮想空間でデジモンを戦わせることもできた。
バーチャルコロシアムは、デジタルワールドと呼ばれており、大きな島のプログラムで、エリアはgrass、sky、water、cave、arenaの5つ。もちろん、デジタルペットとして、パソコンの機能を代行してくれたり、ネットの海にダイブして情報を集めてくれたりすることもできた。
もちろん、ジュンも学生時代はデジモンを複数持っていた時期もあったのだが、社会人になり、デジモンの世話にかける時間が確保できなくなってしまった。それなら僕に下さい!とねだられて、ゼミの後輩に譲ったことを思い出す。しばらくデジモンから手を引くつもりだったジュンは、驚きを禁じ得なかった。
「いくらなんでも怪しすぎんじゃないのー?間違えたってなによ、間違えたって」
一方的にデジモンを送り付けて、高額の請求をする新手の詐欺が流行しているとニュースでみたばかりなせいで、脳裏をよぎるのは嫌な予感ばかりだった。ウィルス種のデジモンは、コンピュータウィルスの性質をそのままもっている。
だから、パソコンのデータを食い荒らしたり、勝手に書き換えたり、個人情報をインターネットに放流したりといろんな悪さをする。ワクチン種のデジモンに撃退してもらうのが一般的な対策だ。なにせデジモンは人工知能を持っているから、ウィルスバスターの画一的な駆除プログラムではとうてい追いつけない。被害を食い止められない。
こんなことなら後輩にぜんぶやんなきゃよかった、とジュンは思った。新生活に向けて、新しく買い替えたパソコンがいきなりおじゃんはきつい。
普通なら、デジモンによるサイバーテロはライバル企業に対する嫌がらせや個人的な恨みからくる一方的なメール攻撃、不特定多数相手なら特定のサイトにアクセスした人間だけがターゲットになることが多い。まさか誰にも教えていないメルアドを使って送り付けられるなんて思わない。
ジュンは、ウィルスバスターをダウンロードするためにインターネットを繋いだばかりだ。いかがわしいサイトはまだ巡回していない。どうすりゃいいのよ、もう!、とジュンはあたまをかかえた。
ローラー椅子の背もたれに腰掛けて、ううん、と伸びをすると、まるで骨がおれたような音がした。いつまでたってもアクセスしないジュンに業を煮やしたのか、勝手にDIGIMONNETが開かれた。とりあえず、デジ研が送ってきたことは間違いなかった。この壁紙のデザインは、ここのところアクセスしてなかったジュンの育成ファイルのページだ。
「なーに勝手に動いてんの、って……お腹すいた?ふっざけんなぁーっ!なんでアタシがあんたの世話なんか、しなきゃなんないのよ!」
しっかりしなさいよー、デジ研関係者、とジュンはため息である。せめていつ現れるか分かんないテイマーが、現れるその直前まで世話位はしてやんなさいよ。腹ペコで死にそうになってんじゃないの、エサ代だってバカになんないのに。
ちょっと前のアタシだったら、職が行方不明だから無理だってバックれた結果、オハカダモンに進化してたに違いないわ。笑えない、笑えないわよ、ただでさえ問題になってんのに。だいたい給料日前になったら、パンの耳で乗り切るような底辺テイマーに送り付けてんじゃないわよ、もっと金がありそうなテイマーに、あなただけにプレゼントキャンペーンでもやってろっての。
ジュンのデスクトップにある育成ファイルには、もうデジタマからデジモンは生まれていた。育成ファイルの向こう側で、幼年期のデジモンが動いていた。あー、こいつはダメね、プレゼントキャンペーンするには普通すぎる。もしかして、マジでいらないから押し付けられたんじゃ?とジュンは思った。
ジュンに送られてきたのは、ボタモンだ。真っ黒な産毛に覆われたスライム型のデジモンである。小さくて真ん丸な目は、黒い産毛に覆われて、黄色く光っているのが確認できるだけだ。ボタモンは興味津々で、こっちをのぞいている。
一等身で手足がなく、ちまちま動いているボタモンは、お腹が空いたとわめいていた。幼年期1のデジモンだったっけ、時間経過で幼年期2のデジモンに進化するはず。カーソルを目が追いかけている。ふわふわとピンク色のシャボン玉がうかんだ。戦闘能力がないベビーのシャボン玉は威嚇にもならない。
「ま、しゃーないわね。ただでもらえんなら、死ぬまでくらいだったら面倒見てやるわ、感謝しなさいよね」
ジュンのカーソルが育成ファイルの外画面にある食事のページを開く。そいつはジュンが念願のご飯をくれるとわかったらしく、ぴょんぴょこ跳ね回ってよろこんでいる。カーソルの真下まで移動して、うあー、と口を開けるツバメのヒナのように、ジュンがエサを持ってきてくれるのを待っているのだ。
はいはい、わかりましたよっとジュンはページを開く。高い肉、安い肉、普通の肉、安い野菜、高い野菜が存在している。その名の通り、高い、普通、安いの順で販売されてるアイテムは値段が高いのだが、安い野菜と肉は文字通り、品質があまりにも悪いせいか、食中毒になることがあるから要注意だ。
なんだってただのデータに過ぎない課金アイテムに劣化機能が付いているのか謎だが、それがリアルを感じさせる仕様なのだろう、とジュンは納得している。はっきり言ってかなり無駄な仕様だともっぱらの評判である。金稼ぎだけだったら苦労はしない。本気でデジモンを育成しようとしなければ、いくらでも安くあげられる。
ジュンは、高い肉をそいつのところにカーソルでもってきてやった。ハートマークが乱舞する。ジュンはつられて笑った。まぐ、まぐ、まぐ、と大口を開けて、自分よりずっと大きな漫画肉をほうばるそいつは、げふ、と大きく息を吐いた後、おかわりに肉マークのアイコンを表示させた。満腹度数もまだある。
ジュンは親鳥のように餌を運んでやった。やがてお腹いっぱいになったそいつは、育成ファイルの隅の方にあるトイレコーナーに消えていった。
カーテンが閉められる。今の時間を利用してジュンは、いらないアイテムをポイントにかえた。初期ゲームのように、野ざらし紀行や青空教室、仮設トイレは倫理的にダメになったのだ。デジタルモンスターは、多種多様な姿をしている。
テイマーが育てられるデジモンも右肩上がりなのだ。お花摘みタイムが終了し、そいつは満腹度、ご機嫌共にマックス状態になる。さあ、そろそろトレーニングを始めるとしよう、一年中ゲームばっかりしていたダメ人間の実力を見るがいい、ミニゲームなら誰にも負けないわよ、たとえTASさんでもね!ジュンは、笑った。それが最後の記憶だ。
「ちゃん、お姉ちゃん!ジュン姉ちゃんってば!起きてよ、朝だよ!」
「………うっさいわねぇ、なによぉ、大輔ぇ。せっかくの日曜なんだから、もっと寝かせてよねぇ」
「だーめ!ほっといたら、お姉ちゃん、一日中寝てるじゃん。早く起きてよ、ジュン姉ちゃん。今日は一緒に買い物行ってくれるって約束したよね?なんでも買ってくれるっていったの、お姉ちゃんだよ、うそつきー!」
「ああもう、うっさいなあ。分かった分かった、わーかったぁ!起きればいーんでしょ、起きればぁ!」
もぞもぞと動き始めると、ベットの上で飛び跳ねていた騒がしい衝動が遠ざかった。ふあああ、と大あくびをした。ごしごしと目をこすって、思いっきり伸びをすると骨が鳴た。
今何時よぉ、と目覚まし時計をみると、いつもだったら寝てる時間だ。午前9時30分。パジャマ姿の寝起きなジュンの横では、すっかり着替えてお出かけの準備万端の弟がいる。
早く、早く、と急かされて、しぶしぶベットからはい出したジュンは、スリッパに足を通して、リビングに向かった。おそよう、とあきれてる母さんがいると思ったら、ラップに包まれた朝食が用意してあるだけで、誰もいない。
「母さんはぁ?」
「子供会にいったー。サマーキャンプのはなしあいー」
「あー、そういえばそんなこと言ってたっけぇ?ってことはぁ、誰もいないわけね、りょーかーい」
大きな欠伸をしながら席に着いたジュンは、ラップをはがして、すっかり冷めてしまった朝食を食べる。いつもだったら、運動部の朝練に出掛けてる弟が帰ってくるまで、ぐっすり寝てることが多いから、お昼ご飯と晩御飯だけしか食べない、1日2食があたりまえ。
完全に女を捨てているパソコン関係の技術者だったころの自堕落な生活習慣は、突然変異で変わるようなものではなかった。ジュンには、大手出版社に勤める父親と専業主婦の母親、6つ下の弟がいる13歳の女の子として生きている現在進行形の記憶と、20XX年という途方もない未来に生きていたOLの記憶がある。
前者の記憶はぼんやりとした夢でしか認識できなかったが、4年前から本格的に自覚が始まった。どちらも同姓同名だ。もちろん、前世の記憶があるだけで、ジュンは13歳の女の子が主人格である。
だって未来を生きていたOL時代の記憶をもとにするなら、今の時代はあまりにも不便すぎるのだ。それにまだ13歳の女の子が普通に生きていくためには、なんの意味ももたない。今はまだ。未来の知識が役に立つのは、もっぱら勉強の時だけである。
前世の自分は運動音痴だったから、むしろ今のジュンは、その苦手意識を引きずらないように克服することに躍起になっていた。もちろん、誉めたら伸びる子だったので、人一倍パソコンをいじることが好きだった女の子は、父親と母親におだてられて、すっかりその気になってしまい、13歳とは思えない腕前を持っている。
一度集中しはじめたら止まらないプログラマの卵は、こうして夏休みに入るとすっかり夜行性になっていた。パソコンのやり過ぎで眼鏡を掛けなくちゃいけなくなったのは、痛恨の極みといえた。めんどくさい。
午後からだらだら起きてきて、なにをするでもなくボーっとするのがジュンのジャスティスである。母親はだらけ過ぎよ、とあきれている。いいじゃない、別に。小学生じゃあるまいし、ほっといてよ。
朝早くに起きるなんてダサすぎる。朝ラジオ体操があるのは、小学生まででしょ、常識的に考えて。ごちそうさまでした、とさっさと配膳を流し台に直行させたジュンは、放置されている食器類をさっさと片付け始めた。どうせ一日中家にいるんだから、せめて家事の手伝いくらいはやって頂戴っていわれたからだ。食器洗いと洗濯物干しと部屋の掃除は、休日限定でジュンの仕事だ。
やっと終わったのは10時30分。サマーキャンプのまえだっていうのに、お小遣いを使い果たしてしまったどうしようもない弟のために、ジュンは特別に持って行くためのお菓子を買ってあげる約束をしているのだ。おわったわよーと呼びかけると、弟が飛んできた。
ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぱんぽーん。強盗犯の身長を図るために設置されてるテープのある自動ドアが開いた。あ、いらっしゃーいって笑ったのは、大学の夏休みを利用してバイトをしてる一番上のお兄さん、万太郎だ。眼鏡をあげた万太郎は、ジュンと大輔を見比べて、めずらしいねって笑った。
「大輔君、今日はサッカー部お休みか?」
「ううん、今日は午後からなんです!午前中は、高学年のチームが使うってコーチが言ってました」
「へえ、そっか。今日はあれ?サマーキャンプ?」
「そうですよー、大輔がサマーキャンプだから、お菓子買いに来たんです」
「千鶴と京も参加するんだっけ。まー、よろしくな」
「いいなあ、京。千鶴さんと一緒とかずるい。ぼくだって太一さんとか、空さんとか、光子郎さんとおんなじグループがよかったのになあ。みんな固まってるのに、ぼくだけグループ違うんですよ、つまんないや」
「知らない人ばっかりだとつまんないだろ、たまには相手してやってくれよな。学区が微妙に違うせいで、京たちのトモダチは結構グループ離れたみたいなんだ」
「あー、仲良くしましょー、的な?」
「大人の事情ってやつだな、諦めてくれ」
「えー」
おおげさにむくれた大輔は、アイマートのロゴが入ってるカゴを手に取った。お母さんと一緒だと、お小遣いを使いすぎると怒られる。だから大輔は基本的にほっときっぱなしのジュンと一緒にお買いものしたがる。
カゴに財布を入れて、たーっと駄菓子コーナーに走っていった大輔を見届けて、ジュンもカゴを手に取った。おーいって声がして振り返ると、百恵がいる。千鶴ちゃんと京ちゃんが品出しで弾かれた商品から、サマーキャンプに持ってくお菓子を物色してるのがわかった。
大輔君も見てみる?安くするわよって百恵が笑った。横着すんな、賞味期限ヤバいのお客さんに出せるかよ、と、と万太郎が眉を寄せた。大輔は100円コーナーで粘っている。
「おはよー、ジュン!」
「おはよー、モモエ」
「モモエじゃないってば!ユエだっていってるでしょー!」
「はいはい、はにゃーんされない方のユエね」
「アタシは男じゃないーっ!それにアタシは女だから、男の人好きになるのは普通なのーっ!」
NHKで放送されている月を司る美青年と異口同音だと知ったその日から、百恵をいじるには格好のネタである、仕方ないね。百恵とかいてユエとよむ親友は、いつだって正確に呼んでくれない初見さんへの説明に追われている。うっかりその美少年が女主人公のお兄ちゃんと意味深な関係になったせいで、なおさらこのネタには百恵は敏感になっている。
千鶴と京、小学生組の妹たちは思わず笑ってしまい、百恵に盛大に怒られていた。まあいっか、とジュンはさっさとその場を離れた。裏切り者ーって言われた気がするけど、ジュンのログにはなにもない。30分もあれば大体かごいっぱいになってしまう。おねがいしまーす、とかごを乗せたジュンに、万太郎さんはすごいなあと声を上げた。
「いっぱい買うんだなあ、ジュンちゃん。どっか出掛けるのか?」
「防災グッズの賞味期限がヤバいから、用意しといてってお母さんに頼まれたんです」
「へえ、そうなのか」
3日分の非常食と水、救急セット、着替え一式をまとめ買いしたジュンに、本宮さん家はしっかりしてるなあ、って万太郎は笑った。もちろん聞きかじった方便であり、ジュンはお母さんに頼まれたわけじゃない。コンビニで手に入るレトルト商品、栄養補助食品、缶詰、そして飲料水。お酒のつまみ、ドライフルーツも完備だ。
タオル、予備の乾電池、救急セット、必要最低限はこれくらい。それでも結構重くなったビニル袋を受け取った。これからの3日間を思うと、これだけでも足りないくらい。備えあれば憂いなし。
大輔、まだー?と呼びかけると、ちょっと待ってーと返事が返ってくる。どうやらサッカー選手のブロマイドがついてくるお菓子をどれにしようか迷ってるらしい。まだちょっとかかりそうだ。すると、百恵が家の手伝いが終わったらしく、こっちにやって来た。
「ねえねえ、ジュン。ジュンって8月1日って何か予定ある?」
「8月1日?ううん、べつになんにもないけど?お母さんは大輔と一緒にサマーキャンプに行っちゃうし、 お父さんはこのところ忙しそうだから、きっとしばらく帰ってこれないだろうし、多分一人」
「じゃあさ、じゃあさ、せっかくだからどっか遊びにいかない?」
「えー、めんどーい。せっかくパソコンできると思ってたのに」
「もー、ちょっと目を放すとすぐこれなんだから!ほら、せっかくあてたストパー、もうはねちゃってる! ちゃんとブロー掛けて乾かさないと解けちゃうっていったでしょー?ちゃんとドライヤー使いなよ」
「よくわかるわねー、百恵」
「14歳なんだからしっかりしてよ、ジュンったらー! ほっといたら、ご飯もコンビニ弁当で済ましたり、平気で抜いちゃったりして、不規則な生活になっちゃうことくらいオミトオシなんだからね!せっかくの夏休みなんだから、ちゃんとお出かけしないとダメじゃない」
相変わらずだなあ、と万太郎は笑った。ジュンはバツが悪くて肩を竦めるしかない。
お化粧レベルは最低限、不眠不休で働くデスマーチ、たまの休みはグータラ過ごすっていう、完璧に女を捨てた生活をしてたせいで、生まれ変わってもなかなか生活習慣を変えられない。
仕事が楽しくて楽しくて仕方なかった、初めはゲームを作りたくて始めたプログラミングは、途中で挫折して、せめてパソコン関係の仕事に就きたいと思って勉強した先で就職した。健康診断で引っかからない人はいないくらい、不摂生が当たり前の職場だったから、今思えば早く死ぬのも当たり前な気がする。
生まれ変わっても、20XX年に生まれた記憶があるせいで、レトロな環境はあまりにも新鮮だった。お台場小学校はパソコン部が無かったから、百恵に誘われて演劇部に入ってたジュンだが、中学校はパソコン部があったから、入部届を出してからずーっとそこに入り浸っている。次期部長に指名しようと画策してる3年生の先輩たちから、どうやって逃げようかなあ。はあって百恵はため息をついた。
「ジャージじゃないのは褒めたげる。でもなんでユニクロの部屋着着てるの、ジュン!このあいだ、一緒に買い物したでしょー、それは部屋着にした方がいいっていったじゃん! ジュンは身長あるんだから、ちゃんとした服きないともったいないよ!」
もー、と世話焼きの親友は怒っている。
「いいじゃない、ちょっと買い物するだけだし」
「よくないー!ジュンの家からここまでどれくらい距離あると思ってるの?!パジャマで外歩いてるようなもんだよ、恥ずかしがろうよ、せめて!」
「そんなこといわれてもなあ」
「もー、決めた。ジュン、明日から毎日フジテレビのイベントいこう。毎日外に出ないとすぐグータラなジュンに戻っちゃうんだもん。アタシが連れまわさないとやっぱダメだね!明日から迎えに行くからね、着てく服もコーディネート手伝ってあげる。だから今日の午後、あけといて。明日のお出かけに来てく服、かいにいこ」
ジュンは観念して、はあいって返事をしたのだった。万太郎が笑っている。なんでいつまでも寝てるのに、目の下にクマが出来ちゃうんだろう?もしかして、よく眠れてないの?って百恵が心配そうに聞くから、ジュンはゲームしてるだけって笑った。
ようやくお菓子が決まった大輔がお会計にやって来るので、ジュンはこの会話を切り上げた。大輔に聞かれたら、リビングに置いてあるゲームをジュンが真夜中やってないことがばれる。困ったなあ。ここのところ毎日深夜に活動してるっていうのに、ますます睡眠時間が削られてしまう。どうしよう、昼寝でもする?真面目にジュンは考え始めたのだった。
もうすぐ1999年8月1日がやってくる。お台場霧事件と呼ばれるテイマーなら誰でも知ってる事件がもうすぐ起きようとしているのである。デジモンと人間が初めてであったのが4年前の光が丘テロ事件、サマーメモリーズの事件とするなら、世間がデジモンを認識するのがお台場霧事件なのである。
そして、それをきっかけに選ばれし子供と呼ばれることになるテイマーがお菓子をえり好みしている弟だ。デジタルワールドの冒険の著者と会えるのがいつになるかは分からないが、大事な弟と家族を必要以上に巻き込むつもりは無かった。夜のパトロールも大変である。