(完結)ルート2027(初代デジモンアドベンチャー) 作:アズマケイ
ジュンの地元で一番最寄りの駅はこぢんまりとした無人駅である。精算は電車の車掌相手に行う。今は昼間だが夕方になると光源は自動販売機や蛍光灯だけ。あたりはきっと真っ暗になる。Wi-Fiもろくに整備されていない田舎である。Wi-Fiの携帯用を持ち歩かなければろくにテイマーを名乗れやしない。
自然を売りにしたよくあるポスターがぺたぺた張ってある掲示板を通り過ぎると、駅よりも駐車場の方が広い。駅の近くには居酒屋やスナック、旅館といった寂れた風景が広がっている。駅の施設だけが真新しくなり、どうやら会合等に使うほか、フリースクールのテナントも入っているようだ。
人ばかりが少なくなり、箱物行政ばかりが幅をきかせるかつての名残を惜しみつつ、ジュンはその扉をくぐった。有線放送の電話がぽつんとおいてある。さらに歩いた先には公衆電話がまだある。ちょっと感動しつつ、いくつも待ち人来たらずな車から親友の迎えを探した。
足を止めると窓が開いた。
「久しぶりだね、ジュン。のってのって。あ、荷物は後ろね」
「ごめんね、ありがとう」
「いいって、バスもう時間過ぎてるしね」
「えっ、ないの?」
「時間変わっちゃってね、前の逃すと2時間待ち」
「本数減った?」
「減った-。××駅から××にいくのが増えちゃってね」
「あー、そっか。今は人の流れそっちなのね」
「うんそう。私たちの頃とはだいぶ違うよ」
リホの運転する軽に乗り込み、ジュンはシートベルトを締めた。ボストンバッグを後ろに乗せたとき、チャイルドシートや子供用のアイテムを見つけることができなかったジュンは、違和感をぬぐえない。
以前同窓会で帰省したとき、ドライバーを名乗り出てくれたリホは、狭くてゴメンねとそれらがのった後ろについて謝ったというのに。片付けたんだろうか。ジュンが遊びに来るから?まだ手のかかる年齢だというのに?リホはジュンの戸惑いに気づく様子はなく、新しくできたカフェがあるから、とカーナビに入力し始める。そしてゆっくりと車は動き始めた。
「××ってケーキ屋さんあったでしょ?××駅にあった」
「あー、なつかしい。あったわね」
「××駅が新しくなったからなくなっちゃってね、新しいとこに移ったの。今行くイタリアンの店ね、あそこで働いてた人が奥さんで、デザートも出してるんだ。どっちも美味しいよ」
「あ、そうなの?」
「最近よく店出す人いるんだよね。こんな田舎でなんで出すんだろ?うれしいけど」
「あはは」
リホの言うとおり、新しい店は海沿いの道にあるイタリアンの店である。海水浴シーズンとあって繁盛しているようだ。冬も以外とサーフィンに来る人がいるからお客さん多いんだよと教えてくれる。たしかに日本海側の海は冬になると荒れるのだ。
大波を待つには絶好のロケーションだろう。マリンスポーツをやったことがないジュンにはさっぱりな世界だが、よく日に焼けた男女や夏休みとおぼしき家族連れが目立つ。予約席に案内されたジュンは、二階の個室に通された。
「ここのパスタ美味しいんだよー」
リホがおすすめしてくれたパスタやピザ、一品ものを頼み、デザートまで選んでしまった。あとは待つだけだ。おそらく時間がかかるだろう。スタッフが去って行ったのを見届けて、リホは笑う。
「ね、いいとこでしょ」
「すごいわねー、こんなしゃれたとこ無かったのに」
「でしょ?やっぱりすごいよね。ほら、あそこ。あそこの島にミクロ・コーポレーションが来てから変わったんだよ」
リホが指さす先には、無人島だったはずの島がある。定期船が出ているようで、それなりの岸が整備されているのがここからでもわかる。
「後で案内したげる。だからうちの売り上げに貢献してね」
「はいはい分かってるわよ、相変わらず要領いいわね」
ジュンの言葉にまーねとリホは笑った。なかなか会えない親友同士である。SNSでいつでもやりとりができるとはいえ、リホは結婚している上に子供が居るのだ。なかなか自分の時間はとれないだろうし、一日遊んでもいいということは家族が預かってくれているということだろう。
理解ある両親に恵まれたらしい。それが分かるだけでだいぶん気が楽になるジュンだった。くだらない話はさすがにSNSで行うわけにもいかない。だからたまに帰ってくるジュンに、この田舎における最新情報を伝えてくれるのがリホの役目であり、本人も楽しんでいるところがあった。
地元に残った同級生の動向や最近の事件について、話題も盛り上がってきたところで、スタッフがカートをひいてやってくる。リホの言うとおり、たしかに美味しそうな料理の数々だ。
「とる?」
「写真?んー、そうね。やめとくわ。アウルモンが後でうるさいから」
「アウルモン?それが今ジュンが飼ってるデジモンなの?」
「そーよ、プライベートで持ってるのはこいつだけ。バイトにはバイトのデジモンがいるしね。自分のデジモン持ち込んじゃ駄目だから」
「そっかあ、厳しいんだね。よくわかんないけど。どんなデジモンなの?」
「みたい?」
「みたい!」
ネット環境がろくに整っていないこの田舎で、デジモンテイマーに憧れたはいいものの、実際になろうとして地元を離れた人間と残った人間の認識の差は激しい。パソコンの仕事をサポートしてくれるAIか何かだと思っている人間も多い。リホは後者の人間だった。
「なら写真撮るわ。バレちゃうし」
「そう?じゃあ、はい」
フレームに収まるよう配置してくれるリホの好意に甘えることにする。いつもインスタントやバイト先の食堂で代わり映えのしない食事ばかりとっているジュンにはあるまじき料理の数々だ。突然いくつも投下された高水準のデータの数々に、案の定アウルモンは反応した。
「どうしたのですか、ジュン」
「この子がアウルモン?」
「そうよ」
「へー、フクロウみたいだね」
「でしょ?スコープつけたフクロウっていえばだいたいあってるわよ」
「な、なにをいうんですか、ジュン!私は鳥形デジモンですがフクロウではありません!だいたいこの姿は」
「はいはい、うるさいわね。リホがアウルモンが見たいっていうから呼んだの。変なこというなら画像消すわよ」
「それは困ります」
リホは笑った。アウルモンは古代種が起源とされているが、ジュンが唯一育成しているこのアウルモンは現代種だ。ソーラーモンから順調に進化した。リホは知るよしもないが、フリー種ではないアウルモンはウィルス種しか確認されていない。だが、彼女がウィルスバスター、そしてプライベート上での相方として選んだアウルモンはワクチン種だった。
デジタルワールドのセキュリティシステムに関わる仕事につきたいがために、今のバイトを選んだジュンにとって、ワクチン種はともかくウィルス種はまず育成の選択肢に入らない。リホにはいってもわからないだろうからいわなかっただけだ。他意は無い。
たった1体しか育成しない時点で、廃人の領域までデジモンテイマーをしていた時期がある彼女のデジモンがただの成熟期なわけがなかった。
「何ができるの?」
「私ですか?私はですね、偵察能力に長けており、主に夜間活動を得意としています。この暗視スコープは1キロ先の相手を発見し、追尾することができます。私の特性は戦闘より偵察向きですね。このかぎ爪で攻撃します」
「へー、そうなんだ。忍者みたいだね」
「ええ、よくいわれます」
今の私はですがね、という言葉が聞こえてきそうだ。仕方ないだろう、ネットワークが発達し、いつでもどこでもアクセスできる環境が整っている東京と違って、ここは特定のエリア内でしかネットに接続できない環境なのだ。しかも下手をすれば圏外になる。ジュンが持ち込んだ端末が主な移動手段となってしまう。
デジモンは世代によって構成するデータ量が桁違いなのだ。成熟期が適正なのだ。ジュンが思わぬ形で提供してくれたデータを取り込みつつ、アウルモンはめったにないものだと感動しきりだ。
貧乏学生で悪かったな、という話である。デジモンの育成だってただじゃないのだ。えさ代だってタダじゃない。そんな一人と一匹のやりとりをみて、リホはツボに入ってしまったのか震えている。
「ほらほら、食べましょリホ。料理が冷めちゃうわ」
「そ、そうだね、っく、ふふっ」
「そんなにおもしろかった?」
「だってジュンとアウルモンの会話、面白いんだもん」
相変わらずスイッチの入り方がずれている親友である。ジュンは肩をすくめた。
イタリアンを堪能したあと、ジュンはリホにつれられて文化館を訪ねた。すでに予約してくれていたようで、簡単なメノウのアクセサリーを作ることができた。ジュンが高校時代にもすでに存在していた施設だが、当然ながらメノウは海外産であり、その技術自体が大事という扱いだった。
だがメノウ、水晶、そういったものがまさかの海から大量に産出されるようになり、ここは一大スポットになっているようだ。今やなかなか予約が取れない人気の講座らしい。この加工品を販売する店で働くリホは、当然ながらいろいろと詳しかった。
おそろいのキーホルダーを思い思いの場所につけ、リホはいよいよ本命のミクロ・コーポレーションに向かう定期便にジュンを運ぶ。ちょっとした駅と化している港の付近で一休みして、この田舎の素晴らしさをまとめたPVが常設されている定期便に揺られる。
「どう、ジュン」
「ほんとすごいわね、私の知ってる地元じゃないみたい」
「私もそう思うよ、ちょっと話題になりすぎてて怖いくらい。そのうち落ち着くかなとは思うんだけど」
そのとき、はじめてリホは表情に影を落とした。音量を小さくして、ジュンは聞く。
「なにかあったの?」
ちいさくリホはうなずく。
「××さんね、今ミクロ・コーポレーションの担当なの」
「あー、まあこれだけでかいと行政からの支援も手厚いでしょうね。で?」
「最近、帰ってこないの。いつもここに用事があるって。さすがにちょっと多すぎるきがして」
ジュンの心境は穏やかではない。これは浮気の相談だろうか?ジュンの顔をみて、それを察したのかリホは意を決したように前を見る。
「実はね、ジュン。あんまり大きな声じゃいえないんだけど、ミクロ・コーポレーションって××商事の人がやってるの」
「えっ、それほんと?」
こくりとうなずく。
「デジモンのことはよくわかんないけど、あんまりよくない会社だってジュン言ってたよね?デジモンで悪いことする人がいたって。パートナーじゃない、普通の、育ててるデジモンを現実世界に連れて歩くのは悪いことだって。××さん、もしかしたら。だからね、一緒に調べてくれないかな」
リホにつれられて、ジュンはミクロ・コーポレーションの敷地に足を踏み入れた。