(完結)ルート2027(初代デジモンアドベンチャー) 作:アズマケイ
「さて、準備はいい?アウルモン」
『はい、いつでもいけますよ』
ジュンの端末からリホの端末にアウルモンが移動する。圧縮された添付ファイルを開くと、偽造プログラムに仕込まれたコンピュータウィルスにのって、侵入することができるのだ。最近よくある手口である。
コンプライアンスにうるさい行政ならネット環境と仕事上の庁内システムを切り離しているだろうが、肝心の使い手の意識がゆるいと意味をなさない。リホの旦那さんは充電器をよく忘れるのに、帰りの連絡はしっかりと入れてくれるらしいから、充電できる環境なのだ。パソコンから充電しているなら万々歳である。
リホの旦那さんはその業務上支給されたパソコンを持ち込んでいるようだから、今ここに居るのならリアルタイムで干渉することができるだろう。運任せなところはあるが、リホが協力してくれる時点でずっと実現する可能性は高くなる。
「いつもみたいに送ってみて」
「えっと、こう?」
リホに見せてもらったメールに、ジュンはうなずく。今、ジュンと一緒にランチだと数時間前に撮影した画像を添付してある、ごく普通のメールだ。リホはよくこうやって送るらしいから、違和感はないはず。容量を落とした割には添付の容量が大きいと気づかれてしまうかもしれないが、リホはあんまり詳しくない。
電話がかかってきても、何度かエラーがでてやっと送信できたとでも言えば納得してしまうだろう。こういうとき、こっち方面に強くないリホの説得力は半端ないのだ。ジュンがやったってなにかしら勘ぐられてしまう。
OKを出したジュンに従って、リホは送った。
一時間後、返事が来た。
ジュンのパソコンにスクリーンショットが送られてくる。
「うまくいったみたいね」
「ほんと?見せて見せて」
そこには何処かの仕事場が映っている。会議に向けた準備中なのだろうか、長いテーブルがあり、椅子の前には書類と名札がおかれていた。
「ちょっと拝借」
ジュンは彼のパソコンからこの建物の内部情報などを抜く。そして片っ端から閲覧していく。
「よーし、地図ゲット。戻っていいわよ」
アウルモンは接続されているスマホに移動すると、返信メールを送り始めた彼のメールにのって帰還する。ここで使用されているローカルネットに入り込んだアウルモンは、やがて無線LANが設置されているエリアを通ってジュンのパソコンに帰ってきた。
「おかえり。どうだった?」
「ネットから侵入するのはなかなか骨が折れますね。伊達に元クラッカーを雇っているだけはあります」
「あー、アメリカだとそこんとこ進んでるもんね」
ここは海外資本が入ってるんだっけ、とジュンは思い出す。クラッカーはもともと自己顕示欲がつよい若者達が行っている傾向がある。その中でも突出した実力の持ち主が警察に補導され、あるべき罪を償ったらその厚生なのか、それともその実力を買ってなのか、雇い入れる企業があるのは昔からの土壌の違いだろう。
もっともアメリカだって日本だって、普通に暮らしてきたハッカーが正当な評価をされるのは当然で、クラッカーを雇い入れるのが福祉に力を入れているという宣伝に使われているのもよくあるはなしだ。どうやらここはちゃんとやっているらしいけれど。さすがにジュンだって知っている特大のネット上のハッキング事件の首謀者だったクラッカー相手に真っ向な勝負を挑む気はない。
ほんの少しだけ、拝借するだけだ。
「ここはこんな感じね」
簡単にザッピングする。立体化した映像を前に、監視カメラが設置してあるところを確認し、一般人を装って入れそうなところを簡単に見つけ出す。今ジュンがつとめているアルバイトは、こういったシステムを構築する会社だから、テンプレートを使用している以上その大本が分かってしまえば弱点もわかるのだ。
「んー、じゃあ、14時のツアーに参加しましょ」
「うん、わかった」
海底採掘という事業について解説する博物館や資料館、実際に行っているところの見学など、修学旅行生も多いという。学生向けに補助金を出しているのは聞いていたが、今までは歴史的な建造物とかスポーツの合宿とかそういったものばかりだった気がする。
新幹線などの工事が進むとここまで人は来るのかと思う。海の向こうは見慣れた寂れた漁村だというのに、都会から来た高校生達にはそれすら新鮮に感じるらしかった。そりゃ、民宿でマリンスポーツをしたり、日本遺産について学んだり、近代的な工業の勉強もできるとなれば人気もでるというものだ。
実際、ジュン達が参加したとき、その大半は制服姿の学生だった。採掘場の映像に、マシーン型のデジモン達が混じっているのを発見すると、ちょっとテンションが上がってしまうジュンである。気持ちは分かるけどどうすればいいのとリホが現実に引き戻してくる。ガイドのスタッフに引率されながら、ジュン達は最後尾で歩みを進めていた。
「ここが水晶の加工場ねえ」
作業員や職人技で知られるデジモン達が働いている。その不思議な形状が削り出されていくのを眺めて、ジュンは目を細めた。
「どうしたの?」
「アクセサリーの制作体験じゃ気づかなかったけど、やっぱり現物みると違うわね」
「え?なにが?」
「水晶よ」
「水晶がどうしたの?」
「あれ、私、みたことあるわ」
ジュンは小さくため息をついた。
パートナーデジモンという、異世界を隔てたもうひとりの自分は、デジタルワールドが現実世界と共存するために派遣した隣人だ。だから、現実世界はそれを受け入れるために、様々な環境の整備をしてきた経緯がある。だが、デジタルモンスターという種族からすれば、前者はいわば新種なのだ。
本来のデジモンは違う。現実世界に出現したときの影響力の大きさは、デジタルワールドの冒険をはじめとした、デジモンと関わってきた先人達が多く事象を教えてくれる。そして、ジュンの生きる今もなお、通常のデジモンを現実世界で育成することは厳しく規制されていた。デジモンがもたらす甚大な影響を人類は克服することができないでいる。
その一つが結晶化現象とよばれるものだ。デジモンが現実世界にとっての異物であるために発生する歪みであり、触れたものを水晶で覆い尽くしてしまうと言う謎の現象が発生する。しかもその水晶は成長し続け、ほうっておいたら一帯が結晶で覆われてしまう。しかもそれは物質、生物、すべてを対象とする。
デジタルワールドが好意的でなければ、間違いなく戦争が起きるレベルの現象だ。現に、かつてチベットと呼ばれていたある地域がその結晶化現象により壊滅するという被害が発生し、その原因となったデジモンを選ばれし子供とパートナーデジモンが帰還させるという事件が起こったことはよく知られている。
ジュンはバッグにつけたキーホルダーを見る。
「え、じゃあ、これって」
「大胆すぎるから、さすがに全部がデジモン由来じゃないでしょ、さすがに。もしそうならデジ研が反応するはずだもの」
「そうだよね、うん」
「心配そうな顔すんじゃないわよ。さすがに提出する書類全部偽造は無理でしょ。ここに施設建てるには、国、県、町、全部敵に回すことになるんだから」
冷静に告げるジュンに、リホはほっとしたように笑う。ジュンにお願いして良かったとリホはいう。お礼を言うのはまだ早い。まだ始まってもいないのだから。そういってたしなめ、ジュンは遅れ始めた列に戻ることにした。リホはここで一時のお別れだ。あとでアリバイを工作してもらわないとならない。
やがて通路をはさみ、トイレ休憩といいながら、本来いくべきでない通路に侵入する。初めから掌握していたルートを抜け、あやしい、と睨んでいた施設に突入する。
不自然に監視カメラやネットワークが遮断され、外部との連絡手段が制限され、一部の人間しかアクセスできない仕様だった。もっとも管理する人間の倫理観ががばがばだったら意味が無いが。ジュンは大きな扉の横にある端末にUSBを差し込む。データは誤認する。一時的なものだが開けるだけなら十分だ。
そして、その先で、ジュンは一生忘れることができない光景を見ることになる。
映像や知識で知っていても、実際に見るのとは訳が違う。
すべてが結晶に覆われた世界だった。そこで無邪気な子供の笑い声が聞こえてくる。一人ではない、複数だ。ジュンは身の毛がよだつのを感じた。鬼ごっこをしている彼らは、みんな、透き通ったように透明な人々だったのである。