(完結)ルート2027(初代デジモンアドベンチャー)   作:アズマケイ

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第27話

「うーん、載ってないわね」

 

実家が契約している地方紙の電子版を先月から読み始めたジュンだったが、一向にあの会社で行われていた結晶化現象についての記事が載る気配はない。ネットの地方テレビの電子版をのぞいたり、地方の話題がよく載っている掲示板をのぞいたりしてみたのだが。

 

あの事件だと察することができるようなコメントのひとつも見つけることができなかった。相変わらずジュンの地元は地底採掘による副産物の話題に事欠かない。むしろツアーなど事業の規模は大きくなっており、それに水を差す事件についてひとつも載っていない。

 

「内々に処理したのでしょうか?」

 

「それっぽいわねえ。まあ気持ちも分かるけど。ずいぶんと仲いいみたいだし」

 

自治体の補助金はだいぶあの大企業に流れているようだし、様々な事業の提携を行うことが連日連夜報道されているところをみると、ジュンが表沙汰にしようとしたあの事件は、主犯となった男の個人的に行ったこととして処理されてしまったのかもしれない。

 

実際、あの結晶化現象については、当事者となった人々や周囲に対する偏見は根強いものがある。ましてジュンの地元はよくもわるくも近隣とのつながりが濃い、民宿主体の地域である。

 

大々的にセンセーショナルな事件の舞台になってしまえば、マスコミの餌食になってしまいかねないのは予想できる。罪を告発する被害者が現れなければ立件できない案件なのだ。急速に広がったデジタルモンスターと現実世界の法律の整合性はまだまだとれていないところがある。

 

あそこにいた子供達が誘拐されたあげくに犠牲になったのなら、警察は問答無用で動くだろうし、失踪した子供を捜し求める家族がネットやマスコミに出てきたらいくら自治体が隠したくても無理な時代だ。それが一切無いということは未成年であることを考慮されたことを考えても、名前を伏せて報道すらされない。つまり彼らは望んであの体になったということだ。ジュンはやりきれない気持ちだった。

 

「あんなちっちゃい子がずっと結晶体のまま生き続けるのよ。むごすぎるじゃない」

 

はあ、とジュンはため息をつく。保育所にも通っていない気配がする。なにもしらない子供なら、そういうものだと受け入れてしまっているのかもしれない。どうしてあんな小さな子供をあんな姿に変えられたのに家族はなにもいわないのだろう。それが不思議でならなかった。

 

「ジュン、そろそろ行きましょう、時間ですよ」

 

「そうね、この様子だとあの事件は表に出ない感じみたいだし。どうしよっかな、電子版。地味に高いのよね」

 

バイトに行くよう急かしてくるアウルモンにうなずいたジュンは、いつもの鞄を手にアパートをあとにした。

 

 

数週間後

 

 

「ねえねえ、ジュンさん。ジュンさんってたしか××出身でしたよね?」

 

「え?そうだけどどうしたの、急に」

 

ようやく訪れた昼休み、駅地下でいつも買っているサンドイッチを食べていたジュンに、隣の席の後輩が声を掛けてくる。この事務所はコーヒー好きが多いため、コーヒーメーカーが常備されている。入れ立ての美味しい香りが漂う。きょとんとしているジュンに、彼女はスマホを見せてくる。

 

「ここってジュンさん知ってます?」

 

そこにはジュンの地元である。

 

「ここ私の地元だけど」

 

「あ、じゃあ、もしかしてこの子知ってます?」

 

「えっ、なにが?」

 

「あ、もしかしてまだニュース見てません?これなんですけど」

 

彼女が見せてくれたのは、ニュースの速報である。そこに書かれている記事をみて、ジュンは凍り付いた。

 

あわてて自分の端末を起動し、アウルモンに地方紙の電子版をふたたび契約するようお願いする。明らかに様子がおかしいジュンにアウルモンは慌てていわれたとおりの手続きを始める。後輩はジュンをみて察したのか、もっと詳しいニュースが見られるページを検索して見せてくれる。

 

ありがとうといいながら、ジュンはそれにざっと目を通す。

 

そこには、2歳の男の子の遺体が盗まれたという記事が出ている。事故にしろ事件にしろ目撃情報や状況証拠が一向に出てこないため、地元の警察が公開捜査に踏み切ったようだ。写真と実名が公開されており、父親が我が子の写真を片手にすぐに返してくれと訴えている記者会見が放映されていた。

 

「リホ・・・」

 

「ジュンさん?」

 

「ごめん、ありがと。この子、うちの友達」

 

「ええええっ!?それほんとですか?!」

 

「・・・・・・ええ」

 

後輩は掛ける言葉が見つからないようで、視線をさまよわせている。思わず大声が出てしまい、どうしたんだ、と近くに居た社員の人が寄ってくる。

 

「この子、ジュンさんの友達のお子さんらしいです」

 

「えっ、それほんと?」

 

「・・・・・・はい、一番仲良かった友達なんです」

 

このあいだ、一緒に遊んだとはとても言い出しにくい雰囲気だった。ここに記されている時系列を考えるなら、リホがジュンに旦那の浮気を疑って捜査を依頼したときと、病気で亡くなったときはほんの数週間しか離れていないではないか。喪すらあけていないというのに、一緒に遊ぼうといっていたのだ、リホは。衝撃と同時にずっと胸の中でくすぶっていた違和感がかちりと重なる。

 

2歳の子供が居るのに車社会の地元でチャイルドシートやおもちゃがひとつも乗っていない車。どうしても子供中心になるため、独身の頃のように自由になれる時間はなかなかみつけられないのに、一日遊べたという事実。そしてなによりもジュンはショックだった。子供が病気で亡くなるなんて一大事を一切教えてもらっていなかったのだ。

 

記事によれば自宅療養中に容態が急変し、救急車で緊急搬送されるがその場で脳死となり、両親の意向で延命治療はしなかったという。通夜をするために無言の帰宅となった翌日、忽然とその遺体はなくなっていたという。あまりのショックで母親は表に出てこれないと父親は訴えている。あまりにも罰当たりな事件だ。

 

どういうことだろう、とジュンは疑問で頭がいっぱいになり、冷静に考えることができないでいた。

 

「こっちの方がよっぽど大事件じゃない、リホ。こんなときに表だって動いてくれる旦那さんが浮気なんてするわけないじゃない」

 

あのときはなにひとつ違和感がなかったというのに、今こうして目の前でニュースを見るとあのときのリホがあまりにもおかしすぎて背筋が寒くなる。

 

そしてジュンは気が気ではないまま、アルバイトを終えてまっさきに電話を掛けた。旦那はすぐに出てくれた。どこか疲れた様子である。無理もない。心中察するというものだ。

 

「ニュース見ました、××さん。このたびは大変な事件になってしまって、なんといっていいか、その、知らなくてごめんなさい」

 

「えっ」

 

それは明らかに戸惑いの言葉だった。

 

「××さん?」

 

「どういう意味です、ジュンさん」

 

それは明らかにおかしかった。彼が言うには、ジュンは地元に帰ってきたその日、リホの家に行って線香を上げてくれたと聞いたという。

 

通夜や葬儀には大学の試験でどうしてもいけなくてごめんなさい、終わったらすぐに行くという手紙と共に香典が渡されたというのだ。そして、ふさぎ込んでいたリホを元気づけるために、地元の観光をお願いしてくれて、おかげでちょっとだけリホは元気になった、ありがとうといわれてしまった。

 

ただジュンが東京に帰ってからは、遺体が盗まれるという事態に見舞われ、ショックの余りダウンしてしまい、実家に帰っているという。訳が分からない。どういうことだろう。電話の向こうで全然知らない話をされているようで、ジュンは困惑しきりである。

 

「・・・・・・今から帰ります。詳しい話、聞かせてもらえませんか?」

 

彼の言葉すら耳に入らなかった。ジュンは鞄一つ抱えたまま、その足で地元に向かう新幹線に飛びのった。その場の勢いでの帰省だ、充電が死んでしまった携帯はもう役に立たない。

 

自由席に充電施設などあるわけもなく、ジュンは半日掛けて実家に帰り、最寄りの駅で公衆電話から実家に電話を掛けたのだった。迎えに来てくれた弟は、ジュンの焦燥しきった顔を見て、なにもいわないままリホの家に車を出してくれた。弟からスマホを借りて電話を借りる。

 

そして、夕方。

 

リホの家に到着したジュンを待っていたのは、ごった返す警察とマスコミ。さすがに真正面からは入れない。地元民だけが行き来を許されている感がある裏手に回り、ジュンはリホの嫁ぎ先にお邪魔した。

 

「ジュンさん、リホが行きそうなところ、知りませんか?」

 

お茶を出されて待っていたジュンに、彼はあわててやってきて、そう口走った。

 

「リホがいないそうなんです!」

 

気晴らしに散歩に出かけると家を出たきり帰ってこないという。青ざめたジュンはさすがにたまらなくなって警察に、数週間前のことについて説明することにした。さすがにリホが浮気を疑っていて、その調査に帰省したことは伏せた。

 

あの会社で雇われているハッカーが元クラッカーであると聞いて、若者の地域更生に興味があるから訪れた、と真逆の動機をでっち上げ、ジュンは洗いざらいしゃべるのだ。

 

そして、事情を聞いてくれた警察の目の色がかわったのをみたジュンは、アウルモンに連絡をいれるよう指示した地元のサイバー犯罪やデジタルモンスターの事件に関わる部署がその事件を表沙汰にならないよう握りつぶしたことを悟った。デジ研にさっさとチクればよかった、とジュンは心底後悔することになる。

 

「あの会社に行きましょう、リホ、もしかしたらあそこにいるのかもしれない」

 

強烈に焼き付いている結晶世界。そこで遊ぶ無邪気な子供達。もしかしたら、彼らはもうすでに死んでいるはずの子達なのではないだろうか。あるいは肉体を失ってしまったような、子達なのではないだろうか。ジュンは子供が居ないから、突然の病で我が子を失った親友の気持ちは分からない。でも、そんな嘆きをすくい上げることで数多の悲劇を加速させてきた組織をここにいる誰よりも知っていた。

 

長旅の疲れなどに構っている暇はなかった。透き通った怒りに満たされていたジュンは、ふたたび結晶世界の広がる温室に足を踏み入れるまでの過程を思い出すことができない。そこにいたのは、ジュンが初めて会った野生のデジタルモンスターだった。

 

人間との交流を前提に誕生したパートナーデジモンでも、共に仕事をするための仲間でもない、純粋にリホのような我が子にどんな形でもいいからもう一度会いたいという願いを叶えてしまうような無垢な悪意に満たされたモンスターだった。こちらの価値観や思想など一切理解を示さず、あらゆる手段を持ってかなえようとしてしまう、そんなデジモンだった。

 

プリズムが輝く結晶世界に降臨した究極体。音源不明の高らかなトランペットが鳴り響いていた。付き従う魔人型デジモンが吹き鳴らしているらしい。2体の従者に先導される形で、グリフォモンに騎乗して現れた騎士はなぜそこまで怒り狂っているのかと問いかけた。

 

頭上に公爵の冠を携え、彼はいう。彼が現実世界にやってきたのは、死者の魂を呼び出して質問に答えさせることができるという能力を知ったテイマーによるものだと。

 

死に別れた子供と会いたいと嘆く研究者が始まりだと。また会いたい、寂しい、一緒に居たいと答えたから一緒に居られる方法を確立させてやっただけだと言ってのけた。ふざけるなとジュンは思った。それはジュンがなによりも危険視するデジモンを異常崇拝する人間のすることだ。

 

データが実体化した存在に過ぎないデジモンを取り込んだデータそのものだと盲信することはデジモンの自我に多大な影響をもたらしてしまう。かつてはひとならざるものだった存在がネットにその居場所を求めたのがデジタルモンスターなのだ、そんな存在に原始の姿を思い出させてどうする。絶対におぞましいことしかおきない。

 

糾弾する彼女の目の前で、悪夢は現実となってしまった。かつての親友は失った我が子と共に居るために結晶になる道をすでに選んでいた。

 

かつて座天使だったというそのデジモンは、慈悲と慈愛を与える存在であるが故に、光の限界を感じて堕天したのだという夢物語を語った。人間はデジモンと違って死んだら生き返らない。でも自分はその死後の魂を呼び出せる。そして彼らの願いを叶えることができる。

 

ならその力をもって彼らを救いたいといってのけた、それが当然だと言い切った。もうその時点でジュンは対話する意義を失った。元になったデータと自分がデジタルモンスターであることを混同してしまっている。そうさせたのはきっと育てたデジモン狂信者のテイマーである。暴走状態にあるAIを沈静化させる方法をジュンは誰よりも知っている。

 

「行くわよ、アウルモン。神気取りの堕天使に分からせてやらなきゃ」

 

「ええ、わかっています。デジモンと人間の関係はどんな形であれ私は許容しますがね、それは我々と現実世界の関係を壊さないという前提があってこそです。これはいささか常軌を逸脱している。これは看過できません」

 

これがジュンにとって初めてのネットワークセキュリティとしての仕事になるなど、このときの彼女は思ってもいなかったのである。

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