ルート2027(初代デジモンアドベンチャー) 作:アズマケイ
光子郎のパソコンがユーガットメイルと通知を知らせてくる。ゲンナイさんからのメールだった。驚いた光子郎の声が、重苦しい沈黙を打ち破った。
「待たせたのう、選ばれし子供たちよ」
ゲンナイさんから予言について連絡が入ったのだ。太一たちはパソコンに集まった。ゲンナイのかくれが、というファイル名が勝手に展開される。
「よく間に合ったな、ゲンナイさん」
かくかくなのはご愛嬌だ。
「こちらの1分はデジタルワールドの一日じゃからのう。膨大な時間さえかかればなんとかなるもんじゃわい」
「なるほど、ゲンナイさんがこちらに来ないのはそのためだったんですね」
「なんとか暗黒の種の影響を抑え、分身を作り出せるくらいまで再起することに成功したんじゃ」
パソコンの向こうにはたくさんのゲンナイさんがいる。ゲンナイさんたちはデジ文字を日本語に変換していく。そこには先代の選ばれし子供たちが残した予言があった。
内容は、ヴァンデモンを倒せるヒントが記された予言について。
「はじめに、蝙蝠の群れが空をおおった。続いて、人々がアンデッドデジモンの王の名を唱えた。そして時が獣の数字を刻んだ時、アンデッドデジモンの王は獣の正体をあらわした。天使達がその守るべき人のもっとも愛する人へ光と希望の矢を放ったとき、奇跡はおきた」
そう文章が刻まれている。
「獣の数字って?」
ゲンナイさんがいうには獣の数字は、『新約聖書』の『ヨハネの黙示録』に記述されている言葉である。以下に引用すると、ここに知恵が必要である。賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は六百六十六である。
また、小さな者にも大きな者にも、富める者にも貧しい者にも、自由な身分の者にも奴隷にも、すべての者にその右手か額に刻印を押させた。そこで、この刻印のある者でなければ、物を買うことも、売ることもできないようになった。
この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。ここに知恵が必要である。賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は六百六十六である。
つまり、すべての者に「0」か「666」の刻印を押し、「666」あるいは「616」のあるものでなければ、物を買うことも売ることもできないようになった。これは「0」の刻印を押されたものに未来は無いということを表す。
この数字「666」の意味については、古来より様々に解釈されてきた。
創世記と関連させると、神の創造の6日目に獣が創造され、人も同じ6日目に創造され獣を支配していることから、支配される獣と同カテゴリとしての人間を指し、この数字によって達成させられる相対的に大きな数字が「666」になる。
ただし、対比する神の刻印には数字も名前もないので無限である。キリストのような奇跡を行うほどに、その大きさを誇る人間の偉業でさえも、神の前では有限であり、印を押させた獣は地中から生じた獣であることから、すべての土の器を持つ者に生じ得る活動であり、支配・管理そのものを目的とする組織を生じさせることが暗示されている。
(教会組織であっても創造主を意識しない人の力に依存した活動になれば、支配を目的とするようになるので、智恵により見分けることが求められている)。
近年、オクシリンコス・パピルスの解析が進み、その内の一つが獣の数字の節を含むヨハネ黙示録の写本であることがわかったこの写本は獣の数字を「616」と記している。この異読はエフラエム写本やエイレナイオスの著書を通じて、以前より知られていたが、当該写本が非常に古いものであったこともあり一部マスコミがセンセーショナルに報道し、広く知られることになった。
デジタルワールドの創世記に記された予言だ。現実世界から流れ込んだデータを関連付けた結果、このニュースが由来となっているわかったという。
「デジタルワールドはネットワークに存在しているデータが破損したりしたものが流れ込み、世界を形作っておる。予言自体はENIACが作られたころに書かれたものじゃが、ほかの記述は新しいデータが混ざりあっておるんじゃ。だから、616が正しいのう」
616がなにを意味するのか。日付ではない。なら時間だ。みんな一斉に公園の柱時計を見た。
「あと1時間!」
「そんな、どうするの?」
「予言の最後を再現してみたらいいんじゃないかっ?前の子供たちはそうやって倒したんだろ!?」
太一たちはまた予言をみる。
天使達がその守るべき人のもっとも愛する人へ光と希望の矢を放ったとき、奇跡はおきた。
みんなの視線がタケルと光、そして愛する人の下りでヤマトと太一を見た。
「天使って......」
最後に視線はテイルモンに向くのだ。パタモンはエンジェモンに進化できるからまだいい。だがテイルモンは?既に成熟期に進化してしまっている、テイルモンは?
「私が......?」
誰もが息を呑む。光はいる。テイルモンはいる。デジヴァイスだってある。だが足りないのだ。紋章が、光の紋章だけがこの場にないのだ。ヴァンデモンがもっている。
「ヴァンデモンのところに急ごう」
「今からじゃ無理ですよ。ヴァンデモン様はデジタルゲートを通じて1番デジタルワールドと現実世界が繋がっている地下深くにエリアを作り、日中は眠っている。そこに紋章をかくしているんです。ウィルスじゃなければ突破できない結界の先にある!」
「私たちが裏切ったことはヴァンデモンさまにバレているはずだから......もうこの鏡は役に立たないわね。直通のワープ機能があったんだけど」
ウィザーモンとテイルモンの言葉にますますみんなは焦るのだ。想像以上に難易度が高い。
「なにがたりないの?経験?絆?それとも光ちゃんだからなにかたりないの?光子郎くんってテントモンを進化させたことあったって聞いたけど、外部から進化を促すことは問題ないのよね?」
ジュンの言葉にみんなはっとなる。
「そうじゃのう......紋章は進化を促す増幅装置の側面が強いから、なしでも進化は出来るじゃろうが......」
「経験値かしら」
「そうじゃのう」
「なら、外部からデータをいれてもいいわけよね。天使のデジモンのデータとか。もってるでしょ、ゲンナイさん。デジヴァイスを解析したとき見せてもらったわ。理論上は可能よね」
太一たちはゲンナイさんをみた。
「光、こちらにこれるかの?テイルモンも。一か八か、やってみよう」
「はい!」
「私にしかできないなら......」
「オレもいくよ、じーさん。光たちは俺が守らなきゃいけないからな」
「俺もいっていいか?タケルと俺もその予言についてかかわってるなら、色々聞きたいことがあるんだ」
「僕も行くよ!」
「よし、わかった。なら、来なさい」
「じゃあ僕たちはヴァンデモンたちのアジトまで近づきましょう。パソコンさえあれば太一さんたちも移動できますから」
みんな、頷いたのだった。
「ねえねえ、ところでこのコウモリってなに?コウモリが空を覆うって」
ミミの質問にウィザーモンが答える。
「ヴァンデモン様は吸血鬼の特性を持っているので日中、外を出歩くことが出来ないのです。6時はまだ明るいことは昨日よくわかっているはず。だから、なんとかして空を暗くしてしまうのではないでしょうか。こうすれば間違いなく日はささないし、ヴァンデモン様は問題なく活動することができる」
「人々が唱えるってのは?」
「たぶん、たくさんの人間の血を吸うつもりなんじゃないかと私は思う。光が丘にはたくさんの人間がいた。私達とは別の部隊には人間を集める任務についていたはずのやつもいるから」
「催眠術が使えますからね、ヴァンデモン様は」
「うわあ......そんなことされたら進化だって出来ちゃうじゃないか」
「急ぎましょう、みなさん。ヴァンデモンはきっとテイルモンたちの裏切りに気づいて今日の6時にこの予言を行うはずです。何としても阻止しなくちゃいけない!」
「光が丘のみんなを助けなきゃ」
「いや、光が丘だけじゃないかもしれん」
ゲンナイさんの言葉にみんな振り返る。
ヴァンデモンは進化のために人間の新鮮な血液が必要になる。もちろん若ければ若いほどいい。だが光が丘の65歳以上の人口(高齢人口)が占める割合(高齢者化率)はかなり高く、55歳-64歳だと22%になり高齢化率は大きく上がってゆく。現に団地が分譲されたのが他より5年程度早かった光が丘五丁目の高齢化率は51%にまで達している。
一つの原因としては、光が丘団地は1980年代に新造され、当時20-30代の若いファミリー層が一気に移り住んできた背景にある。当時、多くの子供を抱え入居し、その後子供が成人し、親の手から離れ独立、結局、両親のみがそのまま光が丘団地に居住し続けて今に至っているケースが多い。
光が丘団地は、都営住宅など比較的住居費が安いアパートが多く、また都営住宅は基本的に給与によって住居費も変動する。息子娘が社会人になると世帯所得で住居費計算されるため、子供達がその場に留まると高額な住居費になるか、最終的には収入超過で退去の対象となる。
よって、社会人となった子供たちは光が丘団地を離れざるを得ない。定年を迎え年老いた両親は年金生活に入り、さらにつましい生活になるが、年金生活になることで、現役時より更に住居費用が安くなり、結果的に、高齢により転居をすることが体力的にしんどくなることに加え、前述のような公営住宅における住居費の恩恵を受けることで、より高齢者が光が丘団地で定住化するという構図が浮き彫りになっているようだ。
しかも光が丘各小学校中学校の急速な統廃合は、このような光が丘団地における高齢者の定住化と、子供達の流出によって起こされたものでもある。また、高齢者の定住化は、新しいファミリー層の入居を阻害する要素にもなり、子供がいなくなるのはいよいよ必然となった。
子供たちの遊び声は少なくなり、団地の至る所に老人が増え、団地全体がひっそりとした空気に包まれつつあるのは否めないが、これは光が丘団地に限ったことではなく、多摩ニュータウンなど大規模な団地群で、造成後長期経過した場所では一様にみられる現象である。
つまり、光が丘だけでは進化に必要なだけの血液が足りない。なのに選ばれし子供たちが攻めてこようとしている。ヴァンデモンがなりふり構わず人間を襲うことは十分に考えられる。
ゲンナイさんが見せてくれたネットニュースによれば、謎の通り魔が光が丘近辺で沢山いるという。
「ヴァンデモンたちも動いてるってことか......ますます急がなきゃいけませんね」
「ヴァンデモンが完全体から進化しちゃったら、誰も勝てなくなっちゃうわ。急ぎましょう」
「でもウィルス種しか通れない結界なんてどうやって通るの?」
「それなら心配いらないわ、出てきてガーゴモン」
ジュンの呼びかけにガーゴモンが姿を表す。驚いた太一たちにガーゴモンは自己紹介を始めるのだ。光が丘テロ事件が起こったその日、アメリカのある平原でも似たような事件が起こったこと。ガーゴモンはそこでジュンと出会い、ずっと探していたこと。
いわばテイルモンのようなものだったということ。ヴァンデモンがこちらの世界に来てからジュンがその会いたい人間だと知るやいなやジュンを殺しかけたために寝返ったこと。
テイルモンはなんで話してくれなかったのだと怒ったものだから、ガーゴモンがテイルモンとウィザーモンの上司だったことを太一たちはしることになる。
「よかった......ウィザーモンたちがここにいるのはガーゴモンのおかげだってことだね」
「あー、だからジュン、ボク達のことあっさり受け入れてくれたんだね。いってくれたらよかったのに」
「あのね、アタシがガーゴモンとあったのはここにきてからよ?言われてから思い出したんだからね?」
「そっか、ここにきてから......」
「私達が光が丘に住んでてデジモンたちと会ってたように、ジュンさんもあってたんですね」
「そう考えると不思議ー」
「ガーゴモンのおかげで僕達はヴァンデモンの結界を突破できるってわけだ。よかった」
ヴァンデモンを倒さなくてはならない流れに迷いが捨てきれないテイルモンをつれて、太一たちはゲンナイの隠れ家に向かった。そして光子郎たちも向かうことにする。
「ねえ、大輔に一応電話してもいい?絶対に外出歩くなって」
ジュンの言葉に家族のことが無性に心配になったみんなは、つられて10円か100円はないか財布をさぐったのだった。