(完結)ルート2027(初代デジモンアドベンチャー) 作:アズマケイ
コウモリの群れが、ヴァンデモンの眠る地下空間からどんどん飛んでいき、結晶世界に人工的な夜が近づいてきている。魔法のジュウタンのように上空を渡り、黒い影が魔物のように飛び回る。6時16分までもう気の早いこうもりが何百匹とひらひら舞っている。すすのようなものが、ひらひらと結晶世界に乱反射する黒を落としていく。ひるがえるたびに空がどんどん黒に埋め尽くされていくのがわかった。
予見の時刻まで30分を切っている。
ヴァンデモンが眠る棺の空間に大輔はいる。サングルゥモンに無理やり連れてこられた大輔は硬直したまま動けない。
大輔は今まさに地下部屋の中に第三者の存在を感じた。サングルゥモンと大輔の他に誰かがこの部屋の中に存在しているような。緊張感からか大輔はその体温や息遣いやかすかな臭いをはっきりと感じることができた。
でもそれは人の気配ではなかった。それはある種の動物が引き起こす空気の乱れのようなものだった。動物、と大輔は思った。思いたかった。
そしてその気配は大輔の背筋をはっとこわばらせた。さっと部屋を見回したが、もちろん何も見えない。そこにあるのはただの気配だけだった。空間の中に何かがもぐりこんでいるような硬質な気配。その動物もやはりじっと息を殺してどこかの空間にうずくまっていた。そしてやがて気配が消えた。
ぎい、と棺が動いた。大輔はビクッと肩をふるわせる。今にも何かがにゅっと伸び、自分の首筋に触れてきそうな濃密な気配がある。じっとこちらの様子をうかがっているような、機会が来るのを待っているような気配がある。
想像によって恐怖が肥大化する。気配がヒタヒタと近づきつつあるのを感じるからなおのこと怖い。また棺があいた。
「あれ......?」
棺の中にはなにもなかった。
「こいつが私を破滅させる子供か......盲点だった。ガーゴモンが盲信するのはこの子供の姉だからこそか......未来で選ばれし子供となるからだとはな......」
得体の知れないものが背後にいる。
恐ろしくて振り向くことができない。ガタガタ震えていることしか出来ない大輔は、人間ではない何かの存在をほのめかして、総毛立つほど居心地が悪い気配に泣きたくなる。でも意地でも泣かないのだ。おねえちゃんを守るために大輔はここにいるのだから。
だから、大輔は必死で自分を奮い立たせるのだ。どうすることもできない巨大な影を感じるから。感じたくないのに、感じるから。自分たちを非力だと、小さいと思わせる何かがいるのだと。
「サングルゥモンご苦労だったな」
「いいってことよ。で、報酬くらいはもらえるんだろうな?」
「そうだな」
大輔は硬直した。目の前に注射があったからだ。大輔はとっさに逃げようとしたが、ジュンがどうなってもいいのかと言われて歯を噛み締める。
「ひきょーだぞっ!」
「威勢のいい坊主だな、嫌いじゃないぜ。だからちょっとだけよこせよ、その血をさ」
「───────痛いっ!?」
突然腕に焼けるような痛い針を突き刺される。肌に針をつき立てられた注射のほんの小さな、毛のような細い細い白銀色の針がみえた。下手に動いたら悲惨なことになることがわかっている大輔は動けない。腕には、注射の痕がいくつも、赤黒い不定形な文様を作っていた。
一気に血を抜かれて意識が朦朧とする。サングルゥモンはそのうちの1本をカラにした。そしてニヤリと笑う。ヴァンデモンもまた残りの注射をすべてあおった。
「すばらしい」
「へえ、これが進化しても人格を維持する力ってやつか」
「厳密には感情の隆起といったデジゲノムの消費を抑え、一時の強化を持続させる上に延命させる力だ」
サングルゥモンは口笛をふいた。
「怒りが成熟期に究極体を倒させたのか、すげーな」
ヴァンデモンは笑うのだ。これで第1段階は完了した。次は人間たちの生体エネルギーを大量に得ることで進化する。今更進化の光を入手するのは困難だからだ。
「どうやって確保すんの?」
「お前がやっていたようにだ」
「ネットワーク回線を通じて襲撃するのか!」
「そう、今やこちらの世界はあらゆる電気製品がネットワークを通じてやりとりしている。ここは光が丘のネットワークにしてデジタルワールドの旧ゲート、そしてデジタルゲート空間を兼ねていた。ここに人間たちを一気に呼び込むのだ」
ヴァンデモンは真向かいにある大きな鏡をのぞきこむ。吸血鬼であるヴァンデモンもサングルゥモンもうつらない。そこにいるのは倒れている大輔だけである。
「最終命令を下す。地下を通じて、あるいは河川を通じて移動していた者達よ、地上にでて存分に暴れるがいい。そうすれば人間たちは驚いて逃げ込み、情報を得ようとするだろう。飛行部隊はただちに人間たちを拉致するのだ。ネットワークを通じて東京中の人間を電子機器の中に引きずり込み、光が丘のゲートポイントに送り込むのだ。そして待機していたファントモンたちよ、人間たちに催眠術をかけろ。我が名を称えるのだ、我が王の名はヴァンデモンとな!」
頭の芯に突き刺さるような尖った声
が地下部屋の空気を緊張させる。力強く、とても耳に心地いい響きを伴っている。覚悟を決めたという風に、夕立といっしょにかみなりが落ちるようにはっきりいうのだ。一言一言、出しおしむように区切りをつけては叩きつけるのだ。
時は来た。
声が感嘆符を打ったように浮かんで残る。ヴァンデモンの部下たちは歓喜する。瞳を引き寄せずにおかないような力のこもった声である。つられるように奮い立つ力があった。強い意志に裏打ちされた響きは有無を言わせない語調でもある。
びっくりするほど大きく響いた。全く遠い他人に向けて、理解を強要するような響きだった。
「選ばれし子供たちよ、決着をつけようではないか」
サングルゥモンはうなずいた。ヴァンデモンがどうしてここまで現実世界に固執しているのか知らない。妙に人間界に詳しく、つよい執着心を抱く理由など知らない。
ただ、予言などというくだらない世迷言を運命などと呼ぶなど断じて認めん。原因をさかのぼって考えていけば、最後の最後は、なぜ自分は生まれてきたんだろう、などというくだらない迷いに翻弄されるくらいならば、私は運命さえ破壊してやろうではないかと苛立っていたことを知っている。
デジモンも人間も道はたくさんあって、自分で選ぶことができると思っている。選ぶ瞬間を夢見ている、と言ったほうが近いのかもしれない。ヴァンデモンもそうだったのだろうか。
しかし今となってははっきりと言葉にしてしまうくらい知ってしまったのだ。決して運命論的な意味ではなく、道はいつも決まっていることを。毎日の呼吸が、まなざしが、くりかえす日々が自然と決めてしまうのだと。
運命はその時一段もはずせないハシゴのようなものだ。どの場面をはずしても登り切ることなどできはしない。
現実世界を闇に変えて王として君臨すると野望があるヴァンデモンにとって初めから敗北が約束された未来など認めたくはなかったのだろう。
むしろ自分が決めてやるとヴァンデモンは奮起した。だからこそサングルゥモンは面白いと思って勧誘にのったし、見捨てずにここまでついてきたのだ。ガーゴモンといういつか裏切るものが内部に初めからいたからか、ヴァンデモンは部下達に細かな指示をずっと出していたし、そもそも部下は1度ころして吸血鬼の配下であるゾンビとして復活したやつらだけなのだ。初めから裏切るヤツらなどヴァンデモンにはわかり切っていたのである。
ここまではヴァンデモンにとって想定内なのだ。
「ちゃあんと特別報酬は貰ったし、その分働かせてもらうぜヴァンデモンさまよ」
「これで貴様も完全体などという型から脱出できるというわけだ。感謝して欲しいものだな」
「もちろん感謝しまくりだぜ。期待しててくれ」
ヴァンデモンは高笑いする。残像は消えてコウモリがまた鏡の向こうに消えていく。サングルゥモンは大輔を背負う。
「まあ、盾には使えるよな。死んだら血が吸えなくなるから生かしてやるよ、感謝しな坊主」
そしてサングルゥモンも姿を消した。