(完結)ルート2027(初代デジモンアドベンチャー) 作:アズマケイ
そこに微妙な誤差が生じ、微妙な誤差はやがて深い溝となった。
初めにグランドラクモンとベリアルヴァンデモンが感じたのは飢餓だった。
胃袋が無音で軋み、背中にくっ付くほど腹が減るほどの強烈な飢餓感がつのる。眼がくらみそうな焼けつくような餓えだ。身を焼くような渇きと飢えとが、烈しく身に迫って来る。
慢性的な空腹感がじわじわと胃から大脳へ攻め上って、怒りっぽくなる。それはすぐに、ほとんど電流のように伝わって行っていく。
みぞおちの奥のあたりにぽっかりと空洞が生じてしまったような気分だった。出口も入口もない、純粋な空洞である。その奇妙な体内の欠落感──不在が実在するという感覚──は高い尖塔のてっぺんに上ったときに感じる恐怖のしびれにどこかしら似ているような気がした。空腹と高所恐怖に相通じるところがあるというのは新しい発見だった。
しばらく意識の外側に遠のいていた飢餓感がまた戻ってきた。その飢餓は以前にも増して強烈なもので、そのせいで頭の芯がひどく痛んだ。胃の底がひきつると、その震えがクラッチ・ワイヤで頭の中心に伝導されるのだ。体内には様々な複雑な機能が組みこまれているようだった。
そして、次は激痛だった。
ベリアルヴァンデモンたちは足元に転がっている人間たちからさらにエネルギーを引き出そうとしたが、痛みは激しさを増していく。
まるで内側から手で刃物をつきたて、そのまま引き廻そうとしたが、刃先が腸にからまり、ともすると刀は柔らかい弾力で押し出されてきた。脇腹から背の方へ突き通っているのを思考の失せかけている頭の中で感じた。串刺しのまま、相手を見据えた。
「おのれっ......」
どさりと肉体と下半身が分離して、下半身が倒れる。銃剣の先が胸に入る。先端が肋骨のあいだへ喰いこんだ。力をこめた。数センチのめり込む。筋肉がショックで縮み、刃先が前へ進まない。強引に突き続ける。
ここで断念するわけにはゆかない。ねじり込むように体重をかけて数ミリずつの感じで進めた。不意に敵の抵抗がゆるむ。銃剣が相手の体内に、チーズに突き立てた果物ナイフのように、奥深くめり込んでいった。
刃はたしかに腹膜を貫いた。自分の内部とは思えない遠い遠い深部で、地が裂けて熱い溶岩が流れ出したように、恐ろしい劇痛が湧き出して来るのがわかる。
突如、ベリアルヴァンデモンは脇腹に火のような疼痛が走るのを覚えた。自分の胴丸の横に何か突き刺さっているのを知った。
「なにいっ」
「訳のわかんねえ幻見せやがって!」
「倒した幻想をみせて後ろからか、お前の考えそうなことだな、ベリアルヴァンデモン!」
メタルガルルモンが生成した巨大な氷の塊が槍のように鋭利なものとなり、ウォーグレイモンの剛腕により突き立てられた瞬間だった。一つ突いた。浅かった。頭がひどく熱してきて、手がめちゃくちゃに動いた。刃を横に強く引く。口のなかに温かいものが迸り、目先は吹き上げる地の幻で真っ赤になった。太刀が身に食い入るたびに、まりをたたくような、まるくこもった音が立つ。
強烈な黄金色が閃く。メタルガルルモンが必殺技を連打して槍を生成しては、ウォーグレイモンが突き立てる。射程を伸ばし、ウォーグレイモンが8つ裂きにしていく。
鮮血が舞うよりも先にその臭いが鼻を刺激したが、それよりも先に、槍を握り締めた手に伝わってきた、ベリアルヴァンデモンの冷たいを切り裂く感触は恐ろしいものだった。
力を加えると、表皮に刃がめり込んでいく。腹直筋を切り、毛細血管、神経を割く。ナイフが肉を破り、穴を空ける。肝臓に到達したところで、一度、止まる。ベリアルヴァンデモンは涎混じりに、呻いた。
ナイフが外に引き出されるのと同時に、刃先が離れた血管から、次々と血が漏れる。間を置かずして、次に胸に槍を向けた。数センチ下に、力を込め、刃を突き出す。槍は脂肪を通過し、肋硬骨の隙間を縫って、さらに奥に進み、心筋に突き刺さる。
ベリアルヴァンデモンの目は見開かれている。ガスを吐き出すかのように、ひゅうっと口から息を出す。ナイフがもう一度、外に出ると、ベリアルヴァンデモンは顔から色が消え、尻から後ろへ倒れた。刃先が、首の皮膚に刺さった。肉に食い込み、頸動脈を切り、骨を割るのが、感触として伝わってくる。
左側の横腹を、ボクサーがフックを打ち込むように刺す。刃先がベリアルヴァンデモンを突き破り、その下の肉体をこじ開ける。ウォーグレイモンは意識を尖らせ、集中した。刃が皮膚にめり込む感触が、柄を握った指、手の平を伝って、腕、脳に届いた。表皮を切り、血が滲み、さらに刃先が奥に入る。
特大の槍を一突きに胸へ刺さした。何か腥なまぐさい塊がこみ上げて来る。が、苦しみは少しもない。ただ胸が冷たくなると、一層あたりがしんとしてしまった。
何と云う静かさだろうか。空には、さえずりに来ない。ただ杉や竹の杪に、寂しい日影が漂ただよっている。日影が次第に薄れて来る。ベリアルヴァンデモンはそこに倒れたまま、深い静かさに包まれている。
「やった、のか?」
太一はつぶやいた。
「わからない......」
ヤマトはまだ晴れない空を不安そうに見つめていた。
ふりかえった向こう側にウォーグレイモンたちは颯然と、蛍を砕いたような光が飛ぶのを見た。そいつらはいつの間にか生成されている強固な結界に弾かれてまわりを困惑気味に飛んでいた。下半身は砕け散り、無数のコウモリとなってウォーグレイモンとメタルガルルモンに襲いかかる。
「しぶといな!肉体が死んでも生き返るのか!」
「ガーゴモンがいってたのはこのことなのか、やっかいだな」
「気をつけろよ」
「いわれなくても」
チカッ、と白い、針の飛ぶような光線がちらついた。まっすぐに見たと思うと無数のコウモリがエネルギーを求めて襲い掛かってくる。メタルガルルモンやウォーグレイモンたちはコウモリたちから逃げながら破壊していく。凍り、または焼け落ちてコウモリは死んでいく。結界の真上は真っ黒になってきた。
コウモリたちが真下の結界をなぞるように落ちていく。そしてずるずると穴に落ちていくのをウォーグレイモンたちは発見した。ヴァンデモンが眠っていた地下空間に繋がるゲートだったはずだ。
「あの野郎、まだ逃げるきなのか!しつこいぞ!」
「いけるか、メタルガルルモン」
「ああ!」
「いそごう、太一」
「おう!」
どこにつながっているかわからないゲートの中心地である。ヴァンデモンが逃げるきならばその前に叩かなくてはならない。
ウォーグレイモンとメタルガルルモンは未だに満ちてくる力にガーゴモンが秘めていた力の底なしさに驚きつつ、そこに託された重さを感じる。答える為にも2体は一直線にそちらに向かった。乱反射する結晶世界のさらに奥の奥に突撃する。
鏡だ。特大な鏡がある。コウモリは映らない。ヴァンデモンであるなによりの証だ。ものすごいスピードで近づくウォーグレイモンたちが鏡にうつっている。
「なんだありゃ」
鏡の前に浮いている枝があった。そこには葉っぱがついており、まるで宝石のように輝いている。そして、それが0と1の光の粒子となり鏡に落ちる。幾重もの波紋が広がり、鏡の隅に到達してはまた波紋となり広がっている。ゆるやかに鏡からウォーグレイモンたちがきえていく。その向こう側にはデジタルワールドが見えた。
「あの野郎、デジタルワールドに逃げる気かよ!そうはさせるか!」
「見たことないエリアだ。ゲンナイさんがいってたように、俺たちが知らない場所だと打つ手がない!急いでくれ、メタルガルルモン!」
太一たちの叫びにメタルガルルモンとウォーグレイモンはいっそう加速しながら追いかける。
鏡はさらに拡大していく。コウモリが殺到しようとしたその刹那。
ぞわりと悪寒が走る。
鏡の向こうになにかいる。コウモリたちはなにかに行く手を阻まれていることに気づいて分体を解いた。ベリアルヴァンデモンが姿を表す。せっかく倒したのにまた戻っているではないか。ウォーグレイモンたちは戦慄した。ベリアルヴァンデモンはふたたび両肩で装填されていた魔弾を連射するが、鏡の向こう側に展開されている強固にされた黄金色の輝きに防がれてしまう。
黄金色の輝きが飛んできた。ベリアルヴァンデモンが被弾する。追いかけてくる黄金色の閃光を避けようとするがド派手な音を立てて砕け散る岩壁。貫通した衝撃は想像に難くない。期待はしていなかったが、鏡の向こう側の誰かは生かして通らせる気はないらしい。撤退が叶うなら今すぐにでもここから撤退したかったようだが、ウォーグレイモンたちは好機ととらえて容赦はしない。
ベリアルヴァンデモンは逃げようとしたが進行方向に現れたのは黄金色の障壁。衝突する寸前で方向転換し、追いかけてきているメタルガルルモンたちに発砲する。銃声が響くが、ウォーグレイモンたちを傷つけるには至らない。
予想をはるかに超える速さで接近し、ベリアルヴァンデモンはウォーグレイモンの武装の合間を縫って、切断しようとする。ウォーグレイモンは伝家の宝刀の必殺技を叩き込む。
援護するように大量の黄金色のエネルギー体が舞う。爆発音がして、閃光が走る。
微かに聞こえた声は、何かを発動させる。生存本能が悲鳴をあげている。それはほぼ反射的だった。周囲にあるものが粉みじんになる。駆け出したい衝動に駆られる。
ベリアルヴァンデモンは防御などしなかった。躊躇せずウォーグレイモンの目前まで踏み込み、腕を受け止めた。じわりと血がにじむ。赤い目が細められる。血をすすろうとしたのだ。
ウォーグレイモンは焦点が合わない。立つこともできない。完全に感覚がやられている。嬉々としてこちらを見下ろす赤は、狂気に満ちている。殺し合いを切望する。身を焦がすほどの激情を滾らせながら生きてきたこのデジモンは、それでも延命できているのは吸血鬼だからだろう。生きた亡霊だ。四散した部位が回復していくのを目撃する。
「ウォーグレイモン、受け取れ!」
メタルガルルモンが突撃しながらブレイブシールド目掛けて凍りの一撃を放つ。重厚な装甲と化した盾をもって最後の力を振り絞り、ウォーグレイモンはベリアルヴァンデモンめがけて渾身の一撃を叩き込む。超至近距離からの攻撃だった。ベリアルヴァンデモンの断末魔が響き渡る。
ブレイブシールドに付与された効果により、切断面からベリアルヴァンデモンは瞬く間に凍りついていった。
「これで終わりだ!」
太一の叫びと同時にウォーグレイモンとメタルガルルモンを包んでいた光がブレイブシールドに流れ、そして大爆発を起こした。
太一たちは爆風に巻き込まれて
地下空間に投げ出される。
「大丈夫か、みんな!」
すかさず太一が声をかけた。
「なんとかな......」
近くには力尽きたのかコロモンとツノモンが転がっている。太一たちはあわててパートナーを抱き上げた。
「ベリアルヴァンデモンは!?」
太一の叫びが地下空間にこだました。そこにはコウモリ一匹いなかった。その代わりに特大な鏡の向こう側には金色のデジモンがいた。
表情がのぞめない黄金色に覆われた赤がそこにある。荒れ狂っていた殺気など、想像すらできない穏やかさを纏っている。
「誰だ」
「助けてくれた、のか?」
金色のデジモンは口を開いた。
「これは早過ぎる出会いだ。僕たちの世界と君たちの世界はまだ出会ってはいけない。だから返そう。君たちの世界のデジモンになりたかった、彼の為にも」
さしだされたのは、紫色をしたデジタマだった。