(完結)ルート2027(初代デジモンアドベンチャー) 作:アズマケイ
蒼い夜空にしっかり食い込んだ闇の直線が走る。夜空に怪獣の牙のように、暖炉の煙突が突き立っている。
「あれが闇貴族の館の目印ですね」
ファスコモンはいった。墓場のような煙突の林をぬけ、墨のように煙突が煙を吐く。煙は風にちぎれて綿ぼこりのようになって空に吸われていた。
けしかけるような風は、汚い煙突の煙を、みるみる白濛々の世界へ、襤褸屑をちぎってたたきつけるように飛ばして行く。煙突の傍を通ると、今にも頭の上に倒れかかって来るような気がして、タケルたちは思わず急ぎ足になる。
大煙筒から吐き出されるばいえんは真っ黒い天の川のように無月の空を立ち割って水に近く斜めに流れていた。
かすかにこもってきこえてくる秋蝉の声を聴き、木陰の葉叢の匂いにまじって漂って来る香煙の匂いが遠くなる。オーバーデール墓地付近はうずくまった獣のように、黒い地肌だけを見せて、ひっそりと静まりかえっている。潮風にさらされて粉を吹いたように風化した墓石は読めず、墓に花や水をやる人はいない。墓を掃き清め、墓石をせっせと洗い、長いこと手を合わせる人間の代わりにバケモンやファントモンたちが跋扈している。
無数の死を築く墓地の方からは、人間の毛髪の一本一本を根元から吹きほじって行くような冷たい風が吹いて来た。闇貴族の館に近づくにつれて、墓石は黒い坊主頭のように並んでいた。
長生きしたり、家を大きくしたりした人たちの墓は大きく、子供や赤ん坊のときに死んだものの墓は小さく、その不揃いな様子が、普段着をきた人のようで自然な表情が感じられた。墓石を前にして、ジュンたちはしばらく突っ立っていた。
「ヴァンデモンのお家だったんだ、ここ」
「僕達ここで酷い目にあったんだよー」
タケルとパタモンは教えてくれた。
お屋敷にたどりついたはいいが、幻覚だったこと。お腹ぺこぺこのままピザみたいに分割されたファイル島にベッドごと飛ばされたこと。はじまりの街でエレキモンにあったこと。デビモンに襲われたこと。そして、エンジェモンがみんなの進化エネルギーを自分の力に変えて相打ちになったこと。
タケルはウィルス種のデジモンやデジモンが死ぬこと、平気でデジモンを殺すやつが嫌いになった。だが冒険を終えて思うこともあるという。
「同じウィルスでもいいやつも悪いやつもいるんだね」
しみじみと呟かれた言葉に大輔はうなずいた。
「あの狼みたいな奴は悪いやつだけど、ファスコモンはいいやつだよ」
「あ、大輔くん!サングルゥモンは悪いやつだけど、ガルルモンも一緒にしないで!ガルルモンはいいやつだよ!」
「え。ガルルモンてなに?」
「えーっと、えーっと......あとでお兄ちゃんとこいこう!ガブモンの進化形なんだ」
誰かに冒険について話そうと思ったときに、実はあんまり覚えていなかったことに気づいてしまったタケルはショックを受けているようだった。わからないことがある度にヤマトたちに聞いて回るこの行動がいずれ小説家になるための基礎となるなら面白いものだ。
とりあえず大輔はデジモンに対して深刻なトラウマを持ってはいなさそうで良かった。ライドラモンあたりに嫌悪感が出たらブイモンたちがかわいそうになってしまう。ジュンはひとまず安心した。
「さあ、いきましょうか」
鬱蒼と木の繁った小高い島のような古墳をファスコモンは指す。雨で黒く濡れた門柱は荒野に立った2本の墓石のように見える。闇貴族の館の前は、霊園というよりは、まるで見捨てられた町のように見える。敷地の半分以上は空地だった。
死は広大な敷地のそれぞれの地面に根を下ろしていた。それぞれの名前と時と、そしてそれぞれの過去の生を背負った死は、まるで植物園のかん木の列のように、等間隔を取ってどこまでも続いていた。彼らには風に揺れるざわめきもなく、香りもなく、闇に向ってさしのべるべき触手もなかった。彼らは時を失った樹木のように見えた。彼らは想いも、そしてそれを運ぶ言葉をも持たなかった。彼らは生きつづけるものたちにそれを委ねた。
潮風、木々の葉の香り、叢のコオロギ、そういった生きつづける世界の哀しみだけがあたりに充ちていた。
「立ち入り禁止」と書かれた柵の中に穴を掘って埋められ、誰かがゴミ箱から拾ってきたアイスの棒が土の上に刺されて、花の死体が大量に供えられていた。
「こえー」
来訪を告げるライオンの音色までどことなく気品がある。御殿のような広壮なヨーロッパの城のような邸宅
だ。蔦の絡まるレンガ造りの西洋建築は、よくいえば文化財的な価値を持った豪邸。悪くいえば朽ち果てつつある過去の遺物のようだ。
ファスコモンがいるからか、あっさりジュンたちは通ることができた。
大きな玄関から中へ。まず目に飛び込んでくるのは、古い映画のセットかと見紛うような、赤絨毯の敷かれた大階段。広間には、西洋式の甲冑やら象牙やら鹿の剥製やらが飾られ、住人の趣味の悪さをこれでもかと誇示している。
邸宅は、周辺の慎ましい墓地を圧倒する存在感を示している。他を圧するがごとき豪勢なお屋敷がデンと建っているのだ。夜中にトイレに起きて、部屋に戻るのに迷ってしまうほどの広さである。ジュンは幾つとなく続いている部屋だの、遠くまでまっすぐに見える廊下だのを、あたかも天井の付いた町のように考えた。
「みんな考えることは同じね」
はるか未来で失われたデジモンの復元を熱心に研究していた闇貴族を思い出して、ジュンは苦笑いした。
西洋館が角地面を吾物顔に占領している。この主人もこの西洋館のごとく傲慢に構えているんだろうと、門をはいってその建築を眺めて見た人を威圧しようと、二階作りが無意味に突っ立っている。
壁際にある暖炉がひと際エレガントな雰囲気を演出している。中央には岩のようなシュミネがあり、煖炉の低い焔が、時々ひら、ひら、燃え上って、あたりをぼんやり赤く照す夕闇の中にジュンたちはいた。
家主の帰還とばかりに黒光りのする豪快な柱と梁に抱きすくめられた、ひろい土間の囲炉裏に赤々と炭が燃える。
「......困りますね、どうやら不法占拠している輩がいるようだ」
ファスコモンは呟いた。
「えっ」
「一体誰が!?」
「闇貴族の館はウィルス種しか入れない結界が貼ってありますからウィルス種の誰かだとは思いますが......今回の件でウィルス種たちが著しく数を減らしているはず。ただ、ゲートやワープ機能が復活したために侵入が容易にできるのも事実。困りましたね、かつての根城を好き勝手されるのは。気分がいいものでは無い」
ファスコモンはジュンの腕から顔を出す。
「我を呼ぶのは、何者ぞ」
荘厳な声が響き渡る。
「おや、随分と大御所が出てきましたね」
シレッとしているのはファスコモンだけ、ほかのみんなは空いた口が塞がらない。目の前には6枚の羽、カギを形どった武器をを持つ天使がいたのだ。
「この姿でははじめましてですね、クラヴィスエンジェモン」
「挨拶とは殊勝なことだ。悪魔ながら礼節を心得ておるな。フム、そちらこそご機嫌いかがかな、ファスコモン」
「えっ、ファスコモン知り合い?」
「ワタクシがこの時代に来るために使用したロイヤルナイツ管轄のアイテムは元々彼の所有物でしてね」
「えっ」
「不問とならなければ報復に来ているところでしょうね」
「ええ......」
「我、名をクラヴィスエンジェモンと申すなり。究極体、階級は力天使、属性はワクチンである。デジタルワールドと外界を隔てるゼニスゲートを守護している」
「ゼニスゲート?」
「なにそれー」
「ゼニスゲートは360にも渡る扉によって封印されており、我の持つザ・キーが全ての扉のマスターキーとなっている。ザ・キーは我のみ扱うことの出来る特別な鍵であり、我自身も鍵の一部であるともいえる」
「それで、なにしに来たんです?あなた、天使なんだからダークエリアや異次元に繋がるゲートがあるここには近づかない方がいいのではありませんか?堕天しますよ?」
「なに、本来の主が長きに渡り不在なため、確認しに来たまでよ」
「メンテナンス的な?」
「いかにも」
「後任は決まっていないので?」
「ウィルス種がことごとく敵となったためな、いないのだ」
「それはそれはお疲れ様です」
クラヴィスエンジェモンはじっとファスコモンを見つめる。
「選ばれし子供たちのパートナーたちには、ファイル島のエリアを守る役にいずれついてもらうことになるのだ。汝も例外なくな」
「いやですね、ワタクシまだ成長期なんですが」
「よくいう。先程我にデータ種の属性技をぶち込もうとしたであろう」
「ファスコモンあんたねぇ......」
「こればかりはどうにもなりませんね。ウィルス種はワクチン種に討伐されうる可能性がある上にこちらは悪魔であちらは天使だ。理性がなくなった瞬間に我らは殺し合うことになる」
「ぬかせ。我らはデジタルモンスター、理性ある知的生命体だ。理性がなくなればただのモンスターではないか」
「ダークエリアと比べてなんて平和なんでしょう」
「ダークエリアは転生できないデジモンたちの行き場だ、馬鹿者」
クラヴィスエンジェモンはためいきをついた。
「このゲートも問題は無いようだ。我はこれで失礼するとしよう。さらばだ」
そういって鍵のような武器をかざすと、目の前に扉が出現する。クラヴィスエンジェモンは光の眩しい扉をくぐり、いなくなってしまったのだった。
「どうやらゲートが復活したのは、クラヴィスエンジェモンがこの世界が平和になるまで封鎖していたみたいね」
「アポカリモンたちにどこでもドア取られちゃったら大変だもんね」
「どこでもドア?あの天使、ドラえもんだったんだ?」
ジュンは思わず破顔した。