(完結)ルート2027(初代デジモンアドベンチャー)   作:アズマケイ

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第48話

あれはクリスマスを間近に控えた日のことだ。僕は治兄さんとサッカーのクラブチームの練習から帰る途中だった。友達と一緒に寄り道したかったけど、僕が体育館から出てくるのをずっと待っていた治兄さんは、早く来い、帰るぞ、と時計を見ながらイライラして叫んだから、大急ぎで追いかけたことを覚えている。

 

丁度その日は治兄さんが中学受験を前に、進学塾に通い始めたころだった。だから、治兄さんは塾に遅刻することを気にしていたのだ。僕たちが所属しているクラブチームは、小学校2年生の僕にはあまりにも遠かった。

 

バスを乗り継いで、電車を使わなければいけない。だから、僕が治兄さんと同じクラブチームに入りたい、とお願いした時、心配した父さんたちが出した条件が治兄さんと一緒に行くことだったのだ。

 

だから治兄さんは、いつも時計を気にしていた。僕はそんな治兄さんを気にしているだけで良かった。治兄さんが全部やってくれたから、ついていくだけでよかった。治兄さんは、駆け足になる。僕が追いてきぼりにならないか、時々気にしながら。

 

 

それは、あまりにも突然だった。交通量が多い道路だから、僕らは左右をしっかり確認して出掛けた、はずだった。突然、治兄さんが走り出した。そして、気付いたら地面に仰向けで倒れていた。僕は唖然として、立ち尽くしていた。うすぼんやりとした意識の中で、僕は治兄さんに何が起こったのか、分からなかったのだ。

 

 

救急車が来た。ぐったりとした治兄さんが担架に乗せられ、運ばれていった。僕も乗った。治兄さんは病院の廊下に運ばれて行って、ここで待っているよう言われて待合室で止められた。真っ赤なランプが点灯した。

 

椅子に座りこんだ僕は、ドラマでも見ているような気分がずっとぬけなかった。ここにいるのが自分じゃないような、そんな感覚がずっと付き纏った。あの赤いランプの向こうがやたらと怖かった覚えがある。数時間後、クラブチームの友達が事故を目撃していたみたいで、連絡を貰った母さんが駆け込んできた。僕はわんわん泣きわめくしかなかった。

 

 

治兄さんと会えたのは、病院のベッドの上だった。何があったのか、全然思い出せない僕は、いろいろ聞かれたけれど堪えられなかった。だんまりを決め込んで、ずっと母さんにくっついていた。母さんは意識を取り戻した治兄さんに話を聞いていた。

 

どういう状況だったのか、よく思い出せない、と治兄さんは言った。ぼんやりとした痛みに満ちている。まるでガラス越しの感覚しかない。防衛本能が働いているのだろう、と母さんは励ました。事故に遭ったから、まだ頭が混乱しているだけだ。

 

そのうち思い出すから安心するといい。さいわい、1か月すれば退院できる、サッカーも塾も学校も大丈夫、心配いらないから、今はけがを治すことだけ考えればいい。そう言って励ました。僕は治兄さんに縋り付いて泣いた。ぐったりしたまま動かない治兄さんは、ほんとに死んじゃったのか、と思ったからだ。兄さんは困った顔をしながら、重いとぼやいていた。

 

 

「賢、だよな?」

 

「そうだよ、兄さん」

 

「….......すまない」

 

「なんで?」

 

「.......びっくりしただろう、いきなり僕がひかれたから。飛び出した僕が悪いんだ」

 

 

治兄さんの表情が曇る。影が差す。なにかを言いかけて、唇を結んだ治兄さんは、沈黙してしまった。僕は思わず問いかける。

 

 

「兄さん?どうかしたの?」

 

「治ちゃん、どうしたの?そんなこといって」

 

「だめだ、頭がまだ混乱してる。母さん、ちょっと、質問していいか?」

 

「ええ、いいわよ。でも大丈夫?無理しない方がいいんじゃない?」

 

「大丈夫だ」

 

 

それなら、と母さんは治兄さんの質問に答え始めた。まずは、治兄さんの個人情報。家族構成。すんでいる場所。ひとつも間違ってない。僕と母さんはほっとした。でも治兄さんの不安げな表情は質問を重ねる。

 

 

「4年くらい前は、光が丘に住んでいたけど、引っ越したんだよな?」

 

「ええ、そうよ。もうそんなに経つのね、早いわ」

 

「時期は3月くらい?」

 

「そうねえ、たしかその頃だったはずよ。決まってたはずの小学校行けなくなっちゃったから、結構ばたばたしたわよね」

 

「え、そうなの?」

 

「そうよ、賢ちゃんはまだ4歳だったものね、覚えてないのも無理ないわ」

 

「犯人、捕まったのか?」

 

「治ちゃん、その話は・・・・・・」

 

 

口ごもる母さんは、不安げに僕を見る。僕はきょとんとして、瞬きをする。母さんと治兄さんを伺った。聞いちゃいけない話なら、外で待っていた方がいいだろう。

 

どうしよう?と戸惑っていると、母さんが外で待っていてと促した。言うとおりにしようとしたら、治兄さんが僕の手を掴んで引き留めた。賢はここにいろ、といわれた。母さんは戸惑っている。

 

 

「隠しても無駄だろ、母さん。最近やっているの、あの事件の特番ばかりだ。いつか賢も気付くだろ」

 

「それは、そうだけど・・・・・・何のためにここに越してきたのか、わからなくなるわ」

 

「8月にあんな事件が起こらなきゃ、僕だって賛成だった。でも、もう無理だろ。なあ、教えてくれよ。

 犯人は、捕まったのか?」

 

 

母さんは首を振った。治兄さんはため息をついた。

 

 

「じゃあ無理だ。風化するまで待つのは、もう無理だ。僕達が光が丘から来たこと、もうばれているよ」

 

「どうして?」

 

「見たからに決まっているだろ。だから、思わず体が動いたんだ」

 

「治ちゃん、まさか、あなた」

 

「母さん、父さんに今すぐ連絡入れてくれよ。あの時の弁護士さんにも相談した方がいい。犯人が捕まってないなら、スクープに飢えているマスコミの考えることは、みんな一緒だ」

 

 

母さんは治兄さんの言いたいことを察したらしく、さっと顔色をかえた。携帯電話をカバンから取り出し、通話が許されているエリアに行くために退出していった。母さんを見届けた僕は、ああ悪い、と手を放してくれた治兄さんを見る。治兄さんは真剣なまなざしで僕を見た。

 

 

1995年3月某日、光が丘は大停電に見舞われた。そして、原因不明の電波障害に襲われた。電話が通じなくなり、交通機関はマヒした。一時的に完全な孤立状態になった光が丘が炎に包まれたのは、真夜中のことである。大きな雷が落ちた。暴風が吹いた。

 

大きな爆弾がいくつも爆発した。目撃者はたくさんいたのに、みんなその時のことはよく覚えていなかった。同じ月にバイオテロが起こったものだから、光が丘の住人達は毒ガスでも撒かれたのかと噂になり、大騒ぎになった。一乗寺家もマスコミの餌食になった。

 

これが光ヶ丘テロ事件とよばれる未解決事件である。だから引っ越したのだ、と聞かされた僕は、どうして今さら?と聞いてみると、治兄さんは教えてくれた。

 

1999年8月1日から2日にかけて、東京中で電波障害が起こった。怪獣の目撃談が相次いだ。女性の血を吸う猟奇的な通り魔事件が光が丘周辺で多発した。光が丘テロ事件の再来を警戒した警察は、必死に犯人を探したがみつからない。

 

交通規制を行ったが、検問すらくぐり抜けた。そして、8月2日、またもや光が丘が大停電と電波障害、そして謎の結晶化現象に見舞われた。原因不明の霧に包まれ、外部との連絡を絶たれ、孤立した。これが光が丘霧事件である。

 

犯行の手口が似すぎているため、光ヶ丘爆弾テロ事件の犯人と同じと思われたが、結局こちらも未解決である。光が丘だけでなく東京中のマンションの住人たちは、すべて誘拐されたのだが、集団昏睡状態で見つかっており、記憶があいまいだったのだ。

 

4年前の事件を再現されてしまったため、マスコミはかつての被害者たちから証言を得ようと躍起になっている。そう、治兄さんは言った。4年前、僕達家族を散々引っ掻き回してくれたマスコミ関係者を見かけた治兄さんは、思わず逃げようとして飛び出してしまったとのことである。

 

 

「僕、どうしたらいい?」

 

「賢はなにもしなくていい。何にも覚えてないんだろ?」

 

「うん」

 

「なら、それでいい。知らない、わからない、おぼえてない。そう言って逃げろ。変なこと、いうなよ。ややこしくなるからな。嘘は言っちゃいないんだ、それでいい」

 

「わかったよ」

 

「これから、家や学校がばれたら、待ち伏せされるかもしれないから、なるべく一人になるなよ。友達と帰るか、母さんに迎えに来てもらえ。見慣れない大人に声をかけられたら、みんなに相談しろ。不審者だって警察に通報してやれ」

 

「友達に聞かれたらどうしよう?」

 

「光が丘から転校してきたのは、ホントなんだから、正直に言えよ。僕達は何も悪くないんだから。あとは一緒だ。みんなに聞かれても、知らない、分からない、覚えてないって言えばいい。4歳のときのことをはっきりと覚えてる奴なんて、珍しいんだから」

 

 

うん、とうなずいた僕に、治兄さんは、はあ、とためいきをついた。

 

 

「悪いな、賢。こういう時、僕が守ってやらないといけないのに」

 

 

僕は首を振った。

 

 

「僕は大丈夫だよ。だから、入院がんばって」

 

 

ああ、と返した治兄さんは、ようやく笑ってくれた。

 

 

そのあと、母さんが帰ってきた。治兄さんが意識を取り戻したことを知って、事情を聴きに来た警察の男性と一緒だった。治兄さんは事情聴取に応じた。そして、僕たちが光が丘テロ事件とその二次被害の犠牲者だ、と明かしたうえで、近所の巡回をお願いしたい、と訴えた。

 

母さんもお願いした。警察の人は治兄さんの行動を注意しつつも同情的で、該当する交番に掛け合ってくれると約束してくれた。詳しいことは母さんと父さんが警察に赴いて相談するらしい。こういうのは相談実績を積み重ねるのが大事なのだ、とこっそり警察の人の名前と所属部署をメモした紙を母さんに渡しながら、治兄さんは言った。

 

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