(完結)ルート2027(初代デジモンアドベンチャー) 作:アズマケイ
「おーい、賢」
「あ、遼さん」
「今、帰りか?一緒に帰ろうぜ」
「うん、いいよ」
今日は2学期の終業式だった。ピアニカや縦笛、習字道具に絵の具セット。治兄さんのも持って帰らないといけなかった僕は、先週から少しずつ持って帰ったおかげで、今日はなんにもいらなかった。ランドセルだけの僕に、要領いいのは治君に似ているよな、って遼さんは笑った。
持って帰るのがめんどくさいという理由で、教科書もノートも資料集も、ロッカーに適当にぶち込んでいるこの人は、いろんなものをギリギリまでもって帰らないせいで、今日も結構な荷物を抱えている。いつもなら治君に手伝ってもらえるのになあ、とぼやきながら、縦笛が突き刺してあるランドセルを揺らしながら、両手がふさがっている遼さんはため息をついている。
秋山遼さん。治兄さんの幼馴染であり、親友であり、仲良くさせてもらっている人だ。治兄さんと遼さんは、性格が正反対だ。だから、一番のトモダチだっていうと、みんな初めはとっても不思議そうな顔をする。僕もずっと不思議だったから、このあいだ聞いてみた。
そしたら、腐れ縁だってためいきをつかれた。治兄さんは素直じゃないからそういうけど、僕は分かる。うれしそうだったから。光が丘から田町に引っ越してきた時にやった挨拶まわりで、近所に住んでいる遼さんと出会ったのが最初らしい。小学校だと、季節外れの転校生は噂になりやすいから、一番初めに情報を提供できた子は、その日いちにち勇者になれる。
だから、風のうわさで転校生が来ると聞いていた遼さんは、治兄さんのことだ、と勘付いて、初対面にも関わらず結構いろいろと聞きまくって、遼さんのお母さんに怒られたらしい。治兄さんが転校した初日、すっかり季節外れの転校生の名前と引っ越しの理由がわれてしまい、大騒ぎになったおかげで名乗る手間は省けたがな、と怒っていたことを思い出す。
犯人探しは簡単だったと思う。治兄さんは怒ると怖いから。でも、それがきっかけで、もともと面倒見がよくて社交的だった遼さんは、治兄さんと友達になって、家によく遊びに来るようになって、家族ぐるみの付き合いをするようになったから、僕はこれでよかったと思っている。遼さんは一人っ子だからか、弟分ができてうれしいってなにかと僕に構ってくれるから。
「遼さん、今から寄り道してもいい?」
「いいぜ、おれもそのつもりだったし。治くんのとこに、お見舞いだろ?」
「うん。お母さんが先に行ってるから、今日は車に乗って帰るんだ。遼さんも一緒に帰ろうよ」
「らっきー。今日さ、賢のお母さんが来たんだろ?センセんとこに。そんときさ、治君の通信簿渡したくせに、冬休みの宿題渡し忘れたやつがあるって頼まれたんだよ」
「そうなんだ。大変だね」
「大変なのはそっちだろ。毎日、賢のお母さん、宿題とか提出物取りに来てるじゃん。おれ達に負担になったら悪いからって。賢も大変だよなあ、一人の時も多いんだろ?」
「仕方ないよ、兄さん、1か月も入院するんだよ?それにしばらくは通院もしないといけないっていってたし。それまでサッカーやっちゃだめなんだって」
「そっかあ、でもやめなくてよかったな」
「うん」
僕は大きくうなずいた。僕がサッカーを好きになった理由は、治兄さんがサッカーをやっていたからだ。全国大会の常連チームに所属する治兄さんの復帰は、クラブチームのみんなが望んでいることだ。それに、将来有望な選手だって、スポーツ雑誌で何度も取り上げられるくらい、兄さんの知名度は全国区で高かった。
治兄さんは全然気にしてないみたいだけど、もし治兄さんがサッカーをできなくなってしまったら、僕はあの雑誌記者の人を絶対に許せそうになかった。僕が歩いている道は、治兄さんが歩いてきた道だ。これからも僕は治兄さんが歩いていく道を追いかけていく。ぼんやりと描いた将来図が取り上げられることだけは、絶対に嫌だったから。
そして僕たちは、すっかり慣れてしまった道のりを経て、治兄さんが入院している病院、そして入院部屋にやってきた。
「ぐぅー.......なんだってそういう発想の飛躍になるの.......?シナプスがおかしな方向に繋がってない?やっぱりあれなの?その柔軟性が天才たるゆえんなの?それとも2つの分野から共通項を見いだして新しいものを想像出来る力が驚異的に発達してるの?」
「いきなり傑作をひっさげて登場するタイプの天才にだけは言われたくないな」
「仕方ないじゃないのよ、お台場小学校にパソコン部はなかったんだから。満を持してよ、天才とは言わないわ」
どこか楽しそうな治兄さんの声がする。剃刀のような神経を持った早熟の秀才というイメージがあるらしい遼さんは目を丸くしている。
遼さんは治兄さんが大量の本を読んでおり、多岐にわたって綿密な知識をもっていること。すごくむずかしいことを、なんでもないことのようにやってのけること。何をやらせてもほかの者たちを寄せ付けないところがあることを知っている。神童として新聞に取り上げられたこともあるくらい素質に恵まれている治兄さんは、どのような分野に進んでも一家言をなす人物だ。そんな人が声を上げて笑っているのだ。
女の子の声がしていよいよ遼さんは固まった。
「えっ、治くんのこれ?」
小指だされるけど僕は首を振った。というか古いよそれ。
「お台場中学校の本宮さん。事故の時治兄さんを助けてくれたんだって」
「へー」
「プログラミング大会でいっつも競争してるんだって」
「あ、お友達?じゃあ帰るわね、一乗寺くん」
カーテンから本宮さんが出てきた。
「じゃあね、賢君」
僕は手を振った。あ、どうも、と軽く会釈して本宮さんを見送っていった遼さんはにやにやしながら兄さんをみる。治兄さんはげという顔をしている。
「あのな、遼。世の中には誤解というものはない。考え方の違いがあるだけだ。それが今までの僕の考え方だ。でも訂正する。これは誤解だ。僕にも本宮さんにも失礼だから今すぐその顔をやめろ」
治兄さんは頭痛がするのか眉を寄せている。なんとか混乱を鎮めようと努めていた。頭の中で音がするように組み立てていた仮説が崩れる音がしたという顔をしている遼さんに治兄さんは威嚇気味にいう。
「ただの友達が何度も見舞いにくるかー?しかも違う学校で、しかも中学の女友達が」
「.......あのな、遼。一応言っとくが本宮さんは大学生の彼氏がいるぞ」
「片思いかーそっかー」
「だから」
遼さんはにやにやしている。治兄さんはためいきをついた。
情報が積み木だとすれば、情報から推測する仮説は、積み木の城だ。つい先ほどまで、遼さんの頭の中には城ができあがっていた。新しい発見をした時にも、その城が崩れることはなかった。自分の推測は誤っていないと確信している。だから自信満々ににやにやしてるんだなと思った。
「賢もいってやれ、違うって」
「そうだよ、本宮さんと兄さん、ずっとプログラミングのこと話してるよ」
「どれくらい?」
「え、ずっと?」
「へー」
「遼。前から思ってたけど、お前は勝手に作ったフィルターを通してでしか、僕を理解していなかったみたいだな」
「心外だな、治くんほど誤解を受ける人はないだろ。だれも君の複雑な性格を見窮めて、その底にある点を拾い上げる人がないから、いろいろなふうに誤解されてるんだ。俺が1番理解してると思うけどな」
「その点は感謝してるけど話は別だ。いい加減にしてくれ」
治兄さんは通信講座の問題集を広げて、勉強をしている途中だった。塾で出される問題集も課題も、模試もすべてこなしているのを僕は知っている。来年から名門私立が第一志望の受験生になるっていっていた意味が、よくわかる。
もともと模試で上位の常連なのに、勉強しないといけないのだ。どれだけ難関なのか嫌でも分かる。大変だな、って遼さんは見るのも嫌そうな顔をしている。うつむいていた眼鏡をかけ直し、治兄さんはこちらを向いた。ぱたん、と問題集を閉じて、筆記用具を片づけ始める。遼さんがくるといつだって勉強どころじゃなくなる、用意しただけ無駄だってよく知っているからだろう。
「あれ?お母さんは?」
「母さんなら、さっき電話があって出てった。多分、弁護士さんから電話があったんだろ。しばらく帰ってこないと思うぞ」
「そうなんだ」
「それにしても、今日はどうしたんだ?ずいぶんと来るのが早いな」
「おいおい、5年も小学校通ってんのに分からないのかよ、治君。今日は終業式だろ」
「ああ、なるほど。だから母さんも来るのが早かったのか」
「にっぶいなあ、お前」
「うるさいな。数週間もたつと、学校のことなんてあやふやになるに決まってるだろ」
「あーあ、同情するぜ、治君。今年は病院で年越しなんだろ?」
「まあな。先生から許可が下りなかったんだ、仕方ないだろ」
治兄さんはため息をついた。そして、二人の会話を聞いていた僕を見る。一人会話に入れなくて、ずっと聞く側に回ることが多い僕を心配して、時々治兄さんは僕に話を振るのだ。不器用だけど、時々見せるその優しさが、どうしようもなく好きだった。
「今日はどうだった?なにか変なことは無かったか?」
「うん、今日は大丈夫だったよ。遼さんと一緒に来たけど、何も無かったよね?」
「そーだな、特に変な人は見かけなかったし。あー、そうそう、これ、センセがさ、渡し忘れたから持ってけって言われたんだった。今のうちに渡しとくな、また忘れそうだから」
そう言って遼さんは両手で抱えていた荷物を乱雑に床に置いて、ぱんぱんのランドセルを開ける。どうやってしまったらここまで収納できるのか謎だ。どこに何があるのかわからない魔窟から、すっかり織り目がついているファイルを取り出し、遼さんはプリントを一枚兄さんに渡した。
お礼を言って受け取った治兄さんは、学校からもらった宿題が入っている田町小学校のファイルに丁寧にしまった。しまい方ひとつで性格が出るなあ、と僕は思った。遼さんは荷物を隅の方に押しやって、いつもは母さんが座っている丸椅子に腰かけた。僕も椅子を持ってきて座る。飲むか?って言われたジュースを僕らももらうことにした、
「年越しもここなんて可哀想だしさ、啓太とか祐樹連れて、また遊びに来てやるよ」
「ゲームも漫画もDVDも完備してるからって、入り浸るのやめろ、馬鹿。勉強やれよ、受験生だろ、お前ら」
「おれは無難に公立受けるからいいんだよ、まだ。冬休みの宿題は初日で済ませる派の人がいうかよ、それ」
「いい加減、僕をあてにするの止めたらどうだ」
「え、いやですけど」
「おまえな、いいかげん・・・・・・・ああもういい。入り浸りはじめたら、ナースコール呼んでやるから覚悟しろ」
「おいばかやめろ」
僕は思わず笑ってしまった。
「そういえばさ、ここって何時に消灯なんだっけ?」
「9時半消灯だけど、9時には見回りに来る」
「テレビも見れないのかー、つまんないな」
「ゲームなら布団かぶってみれば大丈夫だろ」
「もったいないなあ、せっかくの年越しなのに。おれはお父さんとお母さんが自治会の役員だから、近くのお寺の手伝いに行ってていないんだよ。だから一人で好き勝手できるんだぜ。父さんのパソコンでネットでもしてよっかなー」
「またチャットのしすぎで電話代がバカ高くなっても知らないぞ」
「大丈夫だよ、ISDN入ったから。もうこれでいくらネットやっても怒られない!」
「遼さんの家、やっとはいったんだ?」
「そうなんだよ、賢。今までありがとなー、ホント助かったよ、ふたりとも」
僕達は笑った。
僕の父さんは、プログラマーとして働いている。だから、新しいパソコンが出るとすぐに買ってきて、いろいろと試すのが好きな人だった。そして、その影響を幼いころから受けていた僕たちは、他の人よりほんの少しだけパソコンを使うのが上手だった。
兄さんと一緒にちょっとしたプログラムを組むのが好きだった。母さんは、僕たちがプログラムを組むのは難しいのじゃないか、って最初は反対していたのだけど、兄さんは違った。プログラムを組むのに必要なのは難しい本を読んで理解することじゃなくて、どういうプログラムを作りたいのかっていう気持ちだっていった。
どんなことが書いてあるのか分からなくても、どうすればいいのかなんて、日本語が読めればだいたいわかる。難しい文字を打ち込まなくたって、パソコンはコピーとペーストがある。それっぽく工夫するのはいくらでもできる。自分がどういうプログラムを作っているのかなんて、わからなくてもいい。
これをこうすれば、こういうプログラムができる。ぼんやりと分かれば適当にやってればそのうち出来る。頭の柔らかさは大人より子供の方が上だ。その後から勉強すればいいって。僕達がやっているのは遊びなのだから、勉強しないとできない遊びなんて、この世には存在しないのだって笑った。その年の治兄さんの誕生日に、僕たちの部屋にはちょっと古いパソコンがやってきた。
それからますます僕たちはプログラムに夢中になった。僕は治兄さんよりハマった。勉強とサッカーで時間があんまりない治兄さんよりも、僕は時間があったから、費やせる時間がたくさんあった。手をかければかけるだけ、複雑で面白いものが出来たから、インターネットで検索して、面白そうなゲームを見つけては、フリーソフトで作ったりした。
それをみた遼さんが面白がって、よく家に遊びに来るようになったのも、仲良くなるきっかけだったと思う。気付いたら、この分野に関しては治兄さんより僕の方が得意分野になっていた。治兄さんはがんばって僕を追い越そうと、父さんの書斎から難しい専門書を持ってきて、それを頼りに難しいプログラムを組むようになった。僕は治兄さんと張り合えるのが楽しくて、ますますのめり込んだ。
中学校に行ったら、コンクールに送ってみよう、って治兄さんと話をするのが僕の今の楽しみだった。
遼さんが僕たちの家に遊びに来る理由の一つが、僕達の作ったゲームができることと、パソコンでインターネットができる、ということだった。もちろん、パソコンをしに遼さんが家に遊びに来ているとバレでもしたら、遼さんが怒られるので、僕たちはずっと黙っていた。週に一度、友達とチャットをするのにハマっている遼さんは、勝手にお父さんのパソコンを使っては怒られていたから。
「そうか、遼の家もネットにつながったんだな」
「そうなんだよー、今度のチャットが楽しみだなあ。大晦日にする予定なんだ」
「へー、そうなんだ。ねえ、僕も参加してもいい?」
「もっちろん、いいぜ。あ、ハンドルネーム考えとけよ?本名はダメだよ、めんどくさいことになるし」
「わかった、考えとく」
「治君もどーだ?」
「だから9時には消灯だって言ってるだろ」
「え、でもさっき、ゲームならセーフって言ってたじゃん。ノーパソなら行けるんじゃ?」
ちら、と向かう視線の先には、父さんが治兄さんにあげたノートパソコンがある。インターネットにつながっていることを遼さんは知っているのだ。ちなみにここの個室はネットはOKだ。
「こっそりならいいんじゃない?兄さん」
「おい、遼。おまえ、賢に何ふきこんだ」
「なんだよそれー、濡れ衣にも程があるだろ、治君!ひどすぎないか!?」
「ちがうよ、兄さん。だって、兄さんも参加したら、一緒に年越しできるでしょ?」
僕の言葉に、治兄さんは、あー、と言葉を濁して、苦笑いした。そういうことか、とつぶやいて。いくらお見舞いに行ったとしても、面会が許されている時間は限りがあって、やっぱり寂しかったんだ。僕は。しかもお母さんが毎日治兄さんの世話に追われて、家にあんまりいない時が増えていることを気にしている。
年越しの日くらいは賢にかまってやれよって、無理やり約束させたことを僕は知っている。ごめんねってお母さんにいきなり謝られたから、どうして?って聞いたらお母さんが教えてくれたのだ。僕はたまらなかった。
だって、それじゃあ、大晦日の日、治兄さんは病院にひとりぼっちになるじゃないか。ぶっちゃけてしまった僕に、治兄さんはバツが悪い顔をしてそっぽ向いてしまった。治兄さんはいつもそうだ。相変わらず素直じゃないなあ、治君は、って遼さんは笑った。うるさいばか、と治兄さんはぼやいた。
「わかったよ。大晦日にチャットするんだな?寝落ちするなよ?」
1999年12月31日。
これが遼さんの最初の冒険になるだなんて、僕たちはこの時、思いもしなかったんだ。