(完結)ルート2027(初代デジモンアドベンチャー) 作:アズマケイ
ポキュパモンとは、レッドデータデジモン1種に分類される絶滅が危惧されている希少デジモンである。もともとダークエリアに生息している種ではなかったが、多種族デジモンに追いやられてはダークエリアに生息しているという悲しい生い立ちがあるデジモンだ。
ボディは特殊なレザー素材で覆われており、この邪悪ないでたちのスーツは最も生存競争が激しいダークエリアで生きていくための擬態のためと思われる。
スーツの所々からトゲや刃物が突き破って出ているので本体はスキンシップ取りにくそうなデジモンだ。必殺技は鋭い体毛で敵を突き刺す『マッドネスブローチ』と刃物状の爪で切りつける『スラップアンドリップ』。
名前はヤマアラシの英名「ポーキュパイン」から来てると思われるがスーツの一部から出ているトゲぐらいしか共通点がなく、どちらかと言えば熊に似ている。
そうジュンは分析してくれたことをポキュパモンは思い出す。闇貴族の館の主として、ウィルス種しか入ることが出来ないエリアの守護デジモンに収まってから長いことたつ。バケモンたちは相変わらず好き勝手しながらポキュパモンに抹殺と再生というお仕置きを受けない程度に見張りなどの仕事をこなしていた。
はじまりの街はファイル島の中心にして1番のにぎやかさを誇るまで復興し、ポキュパモン御用達の肉畑は1日3から5個の極上肉をオーバーデール墓地でしか手に入らないアイテムと物々交換してくれるから助かっていた。
「おや、珍しいお客様ですね」
ポキュパモンは顔を上げた。選ばれし子供たちのパートナーデジモンたちはいずれもデータ種かワクチン種のため闇貴族の館に入ることが出来ない。ポキュパモンに用事がある時はいつも肉畑の管理人であるベジーモンたちに言付けるか、直接はじまりの街にくるポキュパモンを待つかのどちらかだった。
平和になったデジタルワールドにおいて、わざわざ闇貴族の館を尋ねてくるデジモンなんて滅多にいないのだ。
ポキュパモンはゆっくりと歩き出す。
張り裂けたラバーからは針をもつ哺乳類型デジモンがのぞくが、太一たちは誰も脱がせようとはしなかった。
ポキュパモンが他人事のように自身の性質を説明したからだ。外敵から身を守るために針を用いる自分は、積極的に外敵に攻撃をしかける攻撃的な性質をもつ。相手を威嚇するだけでなく、頻繁に針を逆立てて突進するのだ。針毛は硬く、その強度はゴム製長靴を貫く程であり、相手の柔らかい口内や内臓を突き破り感染症や疾患を引き起こさせ、場合によっては死亡させる。
この為、大型のデジモンでもポキュパモンを襲うケースは少ない。白黒まだらの目だつ模様をしているのだ。スズメバチの腹の黄黒まだらの模様と同じく、警告色の役割をしている針が見えているのに、うかつに近づくから悪いのだ、と。
ヤマアラシのジレンマみたいなデジモンだなと言われて心底心外ですねえとポキュパモンは思ったものだ。
それはドイツの哲学者ショーペンハウアーの寓話である。
ある寒い日、2匹のヤマアラシが、お互いに身を寄せ合って温め合おうとしたが、近づきすぎると全身の針が相手に刺さって傷つけてしまう。
かといって、離れると今度は凍えてしまう。2匹は近づいたり離れたりを繰り返して、最後は互いに傷つけ合わず暖もとれる最適な距離を見つけた。
このショーペンハウアーの寓話を、心理学者のフロイトや精神分析医のべラックが引用し、「ヤマアラシのジレンマ」は人間関係にたとえられるようになった。
ようするに、相手に近づきすぎるか、距離をおきすぎるか、いずれにせよ他者と適切な距離をとるのが苦手だと遠回しにディスられたのだ。いい気はしない。
しかも、ポキュパモン自身、選ばれし子供となったジュンの精神性の反映。ポキュパモン自身の性質を掛け合わせて進化経路をホメオスタシスに著しく制限する代わりにデジタルワールドに受け入れてもらった経緯がある。望んだ姿ではないのだ。どんな姿であれジュンのパートナーになるという望みがかなったからどうでもいいが。
ジュンはジュンで後天的にもう一人の自分となったポキュパモンをみて、コミュ障の現われかと地味にショックを受けていたのは笑える。他者と適切な距離をはかることが極端に苦手だと自負するジュンだが、それは前世の性質が大きい。今のジュンには幼少期の親子関係が影響しているわけではないのだ。
「でもね、ポキュパモン。アタシはさすがにここまで、もっと愛されたかった願望はないわよ......。思い残しを抱えているのは、ポキュパモンの方よね?もらえなかった愛情を他者に求めて、距離を詰めすぎてしまうのはまさにそれだわ、うん」
「好き勝手に考察されても困るのですがねえ。どう足掻いてももう一人の本宮ジュンはワタクシですので」
「やめて」
「本当はもっと親しくなりたいのに、近づくのが怖い。相手を傷つけてしまうかもしれないから怖い。だから先に知りたい。どうしてもうまく付き合うことができないから、人間関係のモデルをみつけてはどんどん吸収する。だが本質は変わらない」
「やーめーてーまじで鳥肌がたったんだけど」
「喧嘩をうったのはあなただ」
「不毛な争いだったわね......悲劇しかうまないからやめましょ」
そんな雑談が酷く懐かしいのはまだジュンが来ないからだ。驚くようなことをズケズケと言ったり、それでいてキメ細やかな心遣いを示していたりするのは、今のところジュンだけでいいとふんでいる。それを人間は寂しいというのだがポキュパモンはおそらく一生認めない。
思考が途切れたのは、来訪者の気配が玄関先から移動したからだ。
「おや?」
玄関ではない、物音は地下から聞こえてくるではないか。
「まいりましたね、異次元に繋がるゲートがひらいたということは、こちらに侵食しようとするなにかがいるということだ」
ポキュパモンの周囲に成長期らしからぬ威圧めいた球体が複数出現する。ポキュパモンが動く度に死角をガードするように動いていく。
「やめておいた方が身のためぞ」
「それは脅しですか?」
「事実だ」
ポキュパモンの視線の先には羊によく似たデジモンがいた。
「アナタはたしかパジラモンでしたか。遠路はるばるこんなエリアになんの御用です?」
そこにいたのは四聖獣に3体ずつ振り分けられた十二神デジモンの1体で、羊に似た姿の完全体デジモンである。四聖獣デジモンであるスーツェーモンの配下にして、夢の世界を支配する実力者。他のデーヴァと親しむことは無く、常に冷静で自分の考えを変えない。
デーヴァの中でも特に秘密が多く、その実像は明かされず、別名、闇のデーヴァと呼ばれている。性格は冷酷で、他者を思いやる気持ちは無い。片時も手放さない宝弓(パオゴン)で打ち出す光の矢は、相手を気絶させる力がある。必殺技は特製の矢によって、相手を覚めない悪夢の世界に封じ込める『ヴァフニジュヴァーラ』。念の力で対抗できるのは、デーヴァの中ではクンビラモンのみ。
あいかわらずの愛想の欠けらも無い様子でパジラモンはいうのだ。
「黙示録の成れの果て、貴様には2つの道がある」
「なんでしょうか?」
「デジタルワールドは人間の心に影響をうけて、歴史ごと変化する異世界だと知っているだろう。誰かがデジモンを想像すれば、実際にデジタルワールドに生まれるのだ」
「ロイヤルナイツのデュークモンのように?」
「うむ。新しく生まれたならまだ容易い。昔からいたと想像されたらば、矛盾がないように歴史は改変されて、そう思うようにできている」
「デュークモンがロイヤルナイツに所属してると想像したから、昔からロイヤルナイツがあってデュークモンが所属していると歴史が初めからあるように改変されるわけですね」
「いかにも。ゆえに我らは記憶するのだ。それが仕事だ。四聖獣様から授かったお役目だ」
「何が起きているのか、わからなくなったら困りますからね。で、2つの道というのは?」
「貴様には2つの道がある。選ばれし子供たちが起こした忌々しい歴史改変の恩恵を預かるか、本来のデジタルモンスターとなるかだ」
「ああ、なるほど。一応聞いてはくださるのですね。ジュンは選ばれし子供である前にテイマーですからどちらでも構わないわけだ」
パジラモンは鼻を鳴らした。
今は複数あるデジタルワールドも歴史をたどれば一つの世界にたどりつく。その一番最初に作られた世界でのお話だ。世界で一番最初に作られたパソコン、エニアックを自称する存在がホメオスタシスの前身として存在していた。
5人の子供がデジタルワールドに召喚され、「非進化」と「進化」の概念の争いに巻きこまれた。5人の子供たちは「進化」の概念に味方して勝利をおさめ、ダイノ古代境に碑文を残し、帰還した。四聖獣が「非進化」の概念を封印する楔となり、世界は安定した。そして世界は複数に分岐していくことになる。
このときは紋章なんて概念はなかった。紋章は1999年に生まれた概念だ。それだけではない。パートナーという概念が生まれたのもそのころだ。
「俺はパートナーという概念が嫌いだ。四聖獣様はそのせいでダークマスターズ相手に苦戦するほどの弱体化を強いられた。ホメオスタシスは勝手だ」
「テイマーと相棒だったのですね」
「貴様になにがわかる。弱体化を強いられた貴様になにが」
「主が納得しているならば口を出すべきではないのでは?」
パジラモンはポキュパモンを睨みつける。
ひとつのデジタマが現実世界の光が丘に召喚される運命的なアクシデントがあり、急速な進化を促す力が発見された。パロットモンの持ち帰ったデータから、子供の精神的特質が急速な進化を促す可能性をもっていることが判明する。
やがて時は流れ、その子供と特殊な繋がりをもつデジモンが出現した。そのデジモンは、デジタルワールド内の過剰な闇や光を駆逐する性質があり、子供はパートナーと呼称されるようになる。ホメオスタシスは心の動きを伝える装置としてデジヴァイスを作り、増幅器兼リミッターとして紋章を作った。
問題はここからだ。光の紋章はデジタルワールドにもともとあった力だ。急速なのが特殊なだけで、昔から進化を促す力なんてのはたくさんあった。デジメンタルなどがあげられるが、生命、進化、美しさ、真実、いろんな言葉で呼ばれていたが生命の源の総称であることはかわらない。ホメオスタシスがその特質を光と名付けた。
その力が使える人間を選ばれし子供と定義した。選ばれし子供が世界を救うために召喚されると定義した。ホメオスタシスの定義はデジタルワールドすべてに反映されるのだ。もちろん歴史は改変されて、四聖獣の相方は初代の選ばれし子供になる。
その結果、選ばれし子供が冒険したことになった。歴史は改変され、意識は変化する。当たり前になる。幾度かの危機はそうやって乗り越えられてきた。パートナーと離れ離れになったパートナーデジモンは弱体化する不都合が生まれ、四聖獣にまで適応されてしまった。全ては8つの紋章を司るとあとから定義されてしまったからにほかならない。
おかげで四聖獣はかつてより大分力が落ちている。急速な進化は選ばれし子供たちには切り札たり得る。だがパートナーがいない究極体である四聖獣たちには足枷にすぎない。
「スーツェーモンはなんと?」
パジラモンは沈黙する。
「ワタクシは嬉しいですよ。ジュンがいなければここまでの境地に辿りつけなかった証明になるのだから。いずれ別れる日がくるとしても、二度と会えない日がくるとしても。ジュンと会えたのは運命だった、もうひとりの自分という特殊な繋がりは永遠だ。次でも必ず会える契約となる訳ですからね。デジモンと人間はどうしたって越えられない寿命という壁がある。それを打破できるのはテイマーではない、選ばれし子供だけだ」
「俺には到底わかりたくもない境地だ」
「アナタの意見などどうでもよろしい。ワタクシは一般論と意見を言っただけのこと。デジタルモンスターとパートナーデジモンの溝など今に始まったことではない。不毛な争いはここまでにいたしましょう。つまり、ワタクシは新たな力が得られるというわけですね。それも緊急に対処しなければならない案件がある。ならば選ばれし子供のパートナーデジモンとしての力以外選択肢はないはずだ。違いますか?」
パジラモンは舌打ちをした。
「こい」
その一言と共に強い風で体が横様に煽られたかと思うと、一瞬でその閃光の中に自分の全身がさらけ出される。ポキュパモンは目を細めた。
光が揺れるたびに、炎の反射を煌かせるなにかが向こう側にいるのがわかる。たくさんの炎が互いに輝きを交わしながらまばゆく揺れる。あかあかと燃え上がってあたりは光明昼のごとく真っ赤に照った。
大きな真っ赤な火がそこにはあった。その黒いけむりは高く天をも焦こがしそうな勢いで立ちのぼる。ルビーよりも赤くすきとおり、リチウムよりもうつくしく酔よったようになって、その火は燃えていた。
真赤な火柱が竜のように立ち昇る。明るい玉が周りをかこい、その中心にいる火体に無数の目玉が見えた。稲妻のような炎が鳥の形だと知るのは容易なことではないだろう。
咆哮をするだけで炎が突っ立ち、夜の空が朱と金色に染まる。デジコアがポキュパモンに差し出された。ポキュパモンは笑った。
「タグはなくてもよろしいので?」
「ゲンナイから受け取れ」
ポキュパモンは肩をすくめるとデジコアを受け取る。
次の瞬間には一面田園風景が広がっていたのだった。