(完結)ルート2027(初代デジモンアドベンチャー) 作:アズマケイ
ピンポンとインターホンを鳴らして、ただ今戻りました、とジュンが八神家の扉の前で呼びかける。傍らには申し訳なさそうに縮こまっている光がいる。インターホンについているカメラでジュンと光を確認したのだろう、はいはい、という声と共にチェーンロックが外れる音がして、ガチャリとドアノブが回る。
「お帰りなさい、光ちゃん。ジュンちゃんも見つけてくれてありがとうね」
山田さんはにっこりと笑ってドアを開けた。
「いえ、あたしは当たり前のことしただけですし。PHSありがとうございました」
「はい、どうも。ほら、光ちゃん。お父さんとお母さんにお電話してあげてくれる?一応電話貰った時に連絡は入れたんだけどね、光ちゃんの声を聞いた方が安心すると思うのよ」
「はあい」
光が靴を脱いでスリッパに履き替える。そして、そのまま廊下をすすみ、リビングに置いてある固定電話に手を伸ばした。コードレスの電話を片手にプッシュするボタンの音が聞こえる。
少し開いているリビングのドアから、するりと抜けだして、とたたと走ってきたのはミーコだった。あらあら、と山田さんは通り抜けようとするミーコを抱き上げて、ちりんちりんとなる鈴に笑った。ジュンは脱走を試みて、虎視眈々と機会をうかがっているミーコの目の前で、しっかりと扉を閉めた。にゃーん、とミーコはないている。
「こーら、また逃げ出そうとして。困った子ねえ」
「ホント、自分で帰ってこれてよかったですね、ミーコちゃん」
「ほんとにねえ。光ちゃんから聞いたわ。アタシが出かけたあと、光ちゃんがドアを閉めようとした途端、ほんのちょっとした隙間から逃げちゃったんでしょう?そりゃ、驚くわよねえ、光ちゃん。ミーコちゃん、家猫だからこの辺りのことなんて知らないでしょうに、なんだってお外に出たがるんだか。八神さんがお隣に引っ越してきたころだから、もう4年になるのねえ。そのころから飼ってる猫ちゃんでしょう?結構な年のはずなのに元気よねえ」
もうおうちから出ちゃだめよ、と身に覚えのない叱責を受けて、ミーコは解せぬという顔をして山田さんを見上げて、にゃーん、と鳴いた。山田さんははーいという返事に聞こえたらしく、よしよしと言いながらミーコを抱っこしてリビングに向かう。
お昼まだでしょう?シチュー作っておいたから、たんとおたべ、と光に声を掛けた。はい、ありがとうございます、と頷いた光。水洗いして乾かしてあるすっかりカラになっているコーラの缶を2つ並べられて、風邪をひいてるんだから水代わりに飲んじゃダメよと指摘されて沈黙してしまった。
はあい、という小さな返事がちょっと不満げだ。オムライス3人分はさすがに食器類を片づけて証拠隠滅したようだが、ごみはゴミ箱に入れたままちゃんと隠しておかなかったようだ。山田さんは几帳面な性格だから、ごみはちゃんと綺麗にしてから捨てないと気が済まない性質なのだ。それにお節介やきの今どき珍しいおばさんでもある。
きっと光ちゃんのお父さんやお母さんに報告ずみにちがいない。何という理不尽だろう。あーあ、可哀想に、とジュンは思った。コロモンと太一君のせいなのに、とジュンは同情を禁じ得ない。光は反論したいけど反論できない状況に置かれているのだ。どうしようもなかった。
「じゃあ、おばさんはそろそろお暇させてもらうわね、光ちゃん。うちのお義父さんがお昼ご飯はまだかまだかと待ってるのよ。ラーメンもろくにできない人で困っちゃうわ。また3時ごろにお邪魔するから、お薬飲んでゆっくりオヤスミ」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
「何かあったら連絡ちょうだいね」
「はあい」
ミーコを光に渡したらしい山田さんは、じゃあ、またね、とジュンに笑って八神家の扉の向こうに消えていった。ジュンはすかさずインターホン越しに山田さんを確認して、隣のドアが開いて締り、チェーンロックがかけられる音を聞いた。
しばらくして、ジュンはゆっくりと音をたてないようにドアを開けた。廊下いっぱいにあけた。これで山田さんのおうちからは八神家の玄関の様子は完全に死角になる。ジュンは、いまかいまか、と13階廊下の隅の方で様子を伺っていた太一とアグモンに合図を送った。
待ってました、とばかりに太一とアグモンは抜き足、差し足、忍び足、といった足取りで八神家の玄関に転がり込んだのだった。ゆっくりと扉が再び閉められる。鍵をかけ、チェーンロックをかけ、はあ、と息を吐いたジュンは、早々にリビングに直行していく太一とアグモンを追いかけたのだった。
「うわあ、おいしそうだなあ」
すんすん鼻を鳴らして、ごくりと喉を鳴らすアグモンに、なべのふたをあけて、オタマをぐるぐるとかき混ぜている光は食べていいよって笑った。ぱっとアグモンの表情が明るくなる。
「えっ、いいの!?」
「わたしもお兄ちゃんもオムライス食べちゃったから、お腹すいてないもの。全然減ってないとおばさんが心配しちゃうから、食べていいよ」
「いやったあ!」
「あーもう、呑気な奴だなあ。はやいとこ、あっちの世界に戻る方法探さないといけないのにさあ」
のんびり屋のアグモンに太一は頭が痛いとばかりに肩をすくめる。だってえ、とスープ皿にいっぱいよそってくれる光を今か今かと待っているアグモンはお腹を押さえた。ジュンは、クーラーが効いているリビングで、ソファに沈んでいる太一に声を掛けた。
「なにか変わったことはないの?」
「変わったこと?」
「なんでもいいのよ、それが案外ヒントかもしれないしね」
「うーん、なんだっけ」
きょろきょろ、とあたりを見渡した太一は、ふとリビングに置いてあるパソコンに目をやった。
「あ、そういえば」
「そういえば?」
「パソコン、あのパソコンに光子郎がうつったんだ。うつりが悪いテレビみたいに、あっという間に消えちゃったけど、さ。太一さんは、もう、あっちの世界には戻らないでくださいとか、なんとかいってた気がする。うまく聞き取れなかったんだよなあ」
「ふうん、パソコンねえ。せっかくだから調べてみる?なにかあるかもしれないしね。そうだ、太一君。ちょっといい?このパソコンってネットに繋がってるの?」
「ネット?あー、うん、繋がってる、と思う、たぶん?あんまやりすぎると怒られるんだよなあ、お金がどーとか、こーとか」
「まあシーリアお台場はダイアルアップ接続だもんねえ、そりゃお金もかかるわよ。ISDNは電話局が遠すぎて無理だし。集合団地だとネット環境を整えるのも一括じゃないとなかなか難しいっていうしねえ。光になるのはいつになることやら」
「でもなんでまた?」
「んー?アタシの憶測なんだけどね、アグモンたちの世界はネットやパソコンと関係ある気がするのよ。太一君の話を聞いただけのアタシが勝手に考えただけだから、ホントかどうかは分かんないけどね」
ジュンはほんのりと色がついた、細いフレームが上の部分と鼻あての縁取りしかない眼鏡をかけ直す。丈がかけている眼鏡と違って楕円形になっているデザインのそれは、ずいぶんとシャープな印象を与える眼鏡だ。形状記憶の金具が入っているジュンの眼鏡は放っておくとフレームと耳あてのところが閉じてしまう。眼鏡をかける時にはそれを広げてつかうのだ。
ストパーをあてているためか、図書館で本を読んでいても違和感がない文学少女といった出で立ちのジュンである。大輔と同じで癖のある髪の毛、天然パーマの女の子でも、これだけでずいぶんと印象が変わるなあと今更ながらに思うのだ。夏の大会の時には、大輔の好きなサッカー選手のナンバーが入った帽子をかぶってきてた気がする。
テンパのままだったから、活発な印象を受けたけど、今の方が性格的に合ってる気がした。もちろん太一は寝癖を誤魔化すために、適当にかっぱらってきた帽子をかぶったことなど知らない。まともな格好も大親友の涙ぐましい着せ替え人形の日々のおかげなことなんて、しるわけもない。ジュンは光が太一の隣にやって来たのを確認して、笑った。
ごちそーさまでした、という声にちょっとずっこける。
「サーバ大陸ってところから、太一君は帰ってきたわけでしょ?そもそもサーバってなにか知ってる?」
「え?えーっと、さあ?俺こーいうのさっぱりだからなあ、光子郎ならわかるんだろうけど」
「あはは、情報の時間には遊んでそうだしね、太一君って。サーバっていうのは、コンピュータとコンピュータの間にあって、いろんなリクエストに応えてくれる大きな機械のことなのよ。たとえば、メールをしたり、ネットをしたり、ゲームをしたりする時って、ネットに接続しないとできないでしょ?それはネットワーク上にあるたくさんのサービスの中から、太一君がパソコンでリクエストしたことをサーバが叶えてるから。ほら、時々ホームページを開く速度が遅くなったり、急にインターネット接続がきれちゃったりすることってあるでしょ?それはサーバがたくさんのリクエストに応対できなくなったからなのよね」
「あー、なるほど」
「だから案外、光子郎君がパソコンに写ったっていうのも、意味があるのかもしれないわよ?」
ジュンの話を聞いて、ちょっとだけ期待がもてることに気付いた太一の表情が明るくなる。それなら、とさっそくパソコンを起動させた太一は、見慣れたデスクトップから早速インターネットに接続して、メール欄を広げてみた。
ダイレクトメールがたくさんである。うーん、と太一はうなった。となりの光も覗き込んでいる。やっぱりいつもと変わらない八神家のパソコンである。だめだなあ、と残念そうに太一は肩をすくめた。
「なあに、残念そうな顔してるの。これからじゃない」
「これから?」
「そ、これから。ねえ、そのデジヴァイスっていうやつ、貸してくれない?」
「え、いいけど何に使うんだよ、ジュンさん」
「デジヴァイスをパソコンにつなげるのよ。デジヴァイスってやつがUSB端子からパソコンに接続できるって言ったの太一君じゃない。ファクトリアルタウンとかいうところで、光子郎君がやってたんでしょう?デジヴァイスの情報が解析できたら、アグモンの世界に行くためのヒントが隠れてるかもしれないじゃない?」
「できるのか?」
「光子郎君が出来たんでしょう?さすがにあの子と肩を並べることは出来ないけど、ハッキングくらいだったらアタシもできるわよ、きっとね」
初期型デジヴァイスのプログラムを入手することができれば、ジュンが知らない世界の扉を開くことは間違いないだろう。選ばれし子供という特別な存在しか持つことが許されなかったデジヴァイスは後世の人間からすれば当時のデジタルワールドの科学技術をしる貴重な資料の結晶なのだ。
デジモンを自由に進化、退化させることができる機能。お互いの場所を探知できるGPS機能。ウィルスに侵されたデータを正常化させることができるウィルスバスター機能。そして、デジタルモンスターの脅威から身を守る隠匿の機能。
さすがにデジタルゲートを自由に開閉できる機能はついていないが、技術者からすれば喉から手が出るほど欲しいプログラム技術でもある。
徹底して企業秘密にされているそれのメカニズムが分かれば、これほど楽しいことはないだろう。ジュンはどうこうするつもりはない。ただ知りたい、それだけだ。いつだってプログラマーを突き動かすのは好奇心である。たいてい猫をも殺すのオチがつくので、深入りは厳禁だけども。
少しでも手がかりが欲しい太一は、デジヴァイスをジュンに渡した。ジュンはちょっとごめんねって光と太一からパソコンを譲られて、USB端子にデジヴァイスを接続させ、機能を起動させる。パスワードとIDが表示され、入力を求められる。暗号はすべてデジ文字で表示されている。なんだこれ、と太一は目を疑った。ジュンは、ふうん、おもしろいじゃない、と笑った。
デジタルワールドでしか使用できないデジ文字は、ワームホールの修繕をセキュリティサイドから何度も依頼されたことがあるテイマーからすれば欠伸が出るほど簡単な文字である。基本的な依頼内容からメールに至るまで、すべて文字化けしたようなミミズののた打ち回った文字になるのだ。いちいち翻訳辞書片手に四苦八苦したのはとうに過ぎた道である。
今回はデジタルワールドの冒険で描写されていた数列と英単語を入力する、という抜け道を使用したので実質無駄だったが。しばらくして、デジヴァイスの画面が光る。そして、太一の姿をスキャンする。どうやら認証が終わったようだ。しばしばするまぶしい光に残像が残るのか太一はびっくりしたとぼやいた。
デジヴァイスにあるデータやプログラムのソース、文字数列のページが表示される。なにがなんだか、さっぱりわからない太一と光はすっかりお手上げ状態である。
インターネットをつくる授業があれば、ソースを構成する最低限のタグの意味は分かったかもしれないが、ジュンの記憶が正しければ、それは6年生になってからである。ゆいいつ、ジュンだけがそのブラックボックスに表示されているデータの重要性を理解している。ざっと目を通したジュンは、あった、と八神兄妹を振り返る。
「あったわよ、デジヴァイスの製造元が」
「せいぞうもと?」
「ピラミッド、サーバ大陸、デジタルワールド、えーっと、これこれ。みたことある?」
ジュンは添付されている画像を太一に見せた。あ、と太一の声があがる。
「ここだよ、ここっ!俺とメタルグレイモンは、ここでブラックホールに飲み込まれたんだ!ピラミッドとスフィンクス、砂漠!みたことあるぜ、ここ!」
「へえ、ここがサーバ大陸なんだ」
「………でもデジヴァイスの製造元ってなんだよ」
「さあ?アタシに聞かれてもわかんないわよ、太一君。ゲンナイさんとかいうお爺さんに聞いてみたらいいんじゃない?」
「そーだよな、うん、わかった」
「ここにアドレスがあるわ。デジヴァイスが壊れたら修理するつもりで連絡先を書いたんじゃない?」
「じゃあ、ここにアクセスすればいいってことか?」
「喜ぶのはまだ早いわよ、太一君。ブラックホールに飲み込まれたのがここなら、こっちの世界とあっちの世界を繋ぐ道が残ってるのか怪しいわ。やってみないとわかんないわよ。ま、もし無理でもあっちの世界と繋がってるんなら、何が何でもこじ開けてやろうじゃない」
ふふ、と意地の悪い笑みを浮かべたジュンは、リンク先のアドレスをクリックした。デジタルワールドはまだ安定して現実世界との接点であるゲートポイントをたった3か所しか持っていない。ひとつはサマーメモリーズ。もうひとつは光が丘。
そしてさいごにサマーキャンプの舞台となった信州地方の山奥。それ以外からアクセスしたところで、権限が認められなければ自由にデジタルゲートを開くことすらできないのが普通だ。その権限をもっているのはデジタルワールドのセキュリティシステムである。それは人間だろうがデジモンだろうが同じである。それを可能にする人間がいるとすれば、きっとそれは悪質なハッカーである。
将来的にその権限が特例的に認められる役職に就くことが予想されていても、まだ14歳の女の子でしかないジュンがそれをすることはデジタルワールドにとっては脅威でしかない。そっちが仕事しないから悪いんでしょうが、感謝してよね、ばあか、と心の中で舌を出す。お台場のデジタルゲートを開いて太一君とアグモンを連れて帰らないデジタルワールドが悪いのだ。お迎えが来ないなら、送り出して何が悪い。
表示されるのはエラーの表示である。ジュンの目の色が変わった。かたかたかた、と加速していくキーボード。ダミーサイトに介入して、無理やりホームページを書き換える。制限されている権限を書き換える。
こちらに自由に扱える権限が譲渡される。求められる認証を易々と潜り抜け、迫りくる危機は回避して、ジュンは一時的にお台場に存在するデジタルゲートの開閉できる権限を得た。いざ、開こうとえんたーキーを叩こうとした瞬間に、いきなりたくさん開いていたページが消えてしまう。
ぴたりとジュンの手が止った。ちらりと時計を見れば13時26分をさしている。だいたい10分くらいだろうか、これでも早い方なのかもしれない。豪快な手口でデジタルワールドに繋がるゲートを開こうとしたジュンに気付いたセキュリティ側が警告に来たのである。相手は気付いたはずだ。これは八神家のパソコンである。
ジュンさんのパソコンじゃできないんですか?って光に聞かれた時に、ネットに繋がってないのよ、としれっと嘘をついた理由がここにある。選ばれし子供の家からデジタルワールドにつなごうとしたという事実をセキュリティシステムのエージェントであるゲンナイが見過ごせるはずがないのだ。
ゲンナイのかくれが、という名前のサイトが表示された。がたっと太一が立ち上がる音がする。たたたたたっと走ってきた太一がパソコンの向こう側にいるドット絵で動いているゲンナイを見て、勢い余ってパソコンをひっくり返しそうになるほどテーブルを揺らした。ジュンはあわててパソコンを抑える。あ、ごめん、と太一は距離を置いた。
「じーさん、何やってんだよっ!おっせえよ、ばっかやろー!」
『これこれ、揺らすでない!パソコンが壊れるじゃろう!』
「それとこれとは話が別だろ!なんで俺お台場にいるんだよ!あのブラックホールはなんだったんだ!」
『だから落ち着かんか。わしも太一たちが呑み込まれたブラックホールの正体はわからん。ただわかっているのは、ナノモンがあれを呼んだということだけじゃわい』
「あれってなんだよ?」
『黒い歯車、黒いケーブル、そしてエテモンを取り込んで鼓動していたあの黒い塊は、すべておなじものじゃ。太一、お前さんたちが相手をしている親玉じゃよ。デジタルワールドの火の壁に封印されているはずの暗黒の存在から零れ落ちたほんの滴にすぎん。ナノモンは、デジタルワールドのネットワーク・セキュリティ・プログラムを書き換えて、この世界を混乱させようとしたんじゃ。その混乱に乗じて、自らが世界を支配する足掛かりにするつもりだったようじゃが、あれの脅威を認識しておらん浅はかすぎる暴挙じゃった。この世界に解き放たれた黒い滴は制御不能な力で世界をゆがめて、あのブラックホールを作り上げた挙句、エテモンやナノモン、そしてあのエリア一帯をすべて消滅させおったわ。あれが世界を浸食したら最後、あとかたもなくデジタルワールドは崩壊するじゃろう。太一とアグモンが無事で本当によかったわい。あの時空の裂け目から転落して、別次元の世界に放り出されてもおかしくなかったのに、お前さんの世界に、しかもお台場にやって来るとは相当の幸運といわざるをえんよ』
「……あれ、マジでやばかったんだ」
『いかにも。そちらには光子郎とおなじくらい腕の立つ御嬢さんがいるようじゃしのう、太一とアグモンの居場所がわかってよかったわい』
ひょうひょうとゲンナイは笑う。なんでいつも、いつも、大事なことを後からいうんだよ、と太一はじと眼である。はあ、とため息をついた太一は、パソコンにつなぎっぱなしになっているデジヴァイスを取り外し、ポケットにしまった。
「なあ、どういうことだよ」
『なにがじゃ?』
「だから、なんで光がデジヴァイス持ってんだって聞いてんだよ!」
『なんと、8人目の選ばれし子供ともう接触したのか、太一』
「はちにんめってなんだよ、それ」
『そう急かすでないわ。今、分かったことなのじゃよ。選ばれし子供の伝説が語り継がれ始めたのは、わしが生まれる遥か昔の話なのじゃ。ファイル島に残されている碑文によれば、いまから5760年も前に預言として書かれたもの。その文字は古代にしか使われておらん文字なのじゃ、わしらが解読するのも一苦労なんじゃよ』
そういえば、この時代はこっちの世界の1分がデジタルワールドの1日なんだっけ、とジュンは思いだす。現実世界の1時間は、デジタルワールドの60日だ。1日になると60日×24時間でデジタルワールドの1440日に相当する。1年は525600日。
これが4年たつと5760年ほどになる計算になる。なるほど、ゲンナイさんはせいぜい200、300年ほど前に造られた存在だから、光が丘テロ事件の当事者ではない。ホメオスタシスっていうゲンナイさんの上位の存在しか、光ちゃんのこと知らないのも無理ないかもね、とジュンは思った。
「ご、ごせんななひゃくって、マジかよ。レオモンやケンタルモンが伝説、伝説って言ってるけど、そんなに昔だったのか。それじゃあ仕方ないか、悪かったよ」
『しかし、もう8人目の子供が分かっておるとは心強いのう。パートナーの行方が分かるまで、なにがあるかわからん。しっかり守ってやってくれんか、お嬢さん』
「え、あたし?」
『いかにも。パートナーがおらん以上、デジタルワールドに連れていくのは危険極まりないからのう、パートナーの行方が分かり次第、迎えにくるとしようか』
ジュンは光をみた。ぽけっとから取り出したジュンが渡したデジヴァイスをしっかりと握りしめて、今にも泣きそうな顔をしている。太一はくしゃくしゃに光を撫でた。絶対に帰って来るから、な?と笑いかける。光はなにもいわないで太一に抱きついてうつむいてしまった。ひかり、と困ったように太一は頭を掻いた。
「ずるいよ」
「光?」
「ずるいよ、お兄ちゃん。そんなこといわれたら、わたし、何もいえないのしってるくせに。いってらっしゃい、しか、いわせてくれないとか、ずるい」
「ごめんな、光。お兄ちゃん、いってくるぜ」
「うん。いってらっしゃい」
「ジュンさん」
「なに?」
「おれが帰ってくるまで、光のこと、お願いしてもいいかな」
「いいよー、いってらっしゃい。がんばってね」
ちらりと時計をみる。サマーキャンプから大輔が帰ってくるのは4時すぎだろう。百恵と一緒に夏フェスに行くのは、お母さんと大輔が帰ってきてからだ、と算段しても余裕である。初めから太一の冒険の予習が完璧なジュンは安請け合いだ。
もちろんそんなこと知らない太一は、いつになるかわからない帰還をたくせたことに安堵の笑みを浮かべて、ありがとう、とうなずいた。いえいえ、とジュンは笑う。いいの?と光はいう。いいのよ、どうせすぐに帰って来るでしょ、きっと、とジュンは笑う。太一は、待ってろよ、と笑って、アグモンと一緒にパソコンの向こうに消えてしまったのだった。