(完結)ルート2027(初代デジモンアドベンチャー) 作:アズマケイ
第77話
日の出とともに、お台場の海と空にみずみずしい青さが返ってくる。小さな波がキラキラと太陽を照り返し、8月の海がとろりと光を流して青い。本格的な午睡を楽しむように、海が穏やかな表情を見せている。夏というイメージそのものを絵の具で溶かしたような海が勉強部屋からよくみえた。ベランダからみれば、空が青く澄んで絹のように光る。
夏の真っ盛りの入道雲には、見つめていると涙の滲みそうな輝きがある。空がギラギラと白っぽい、トルコ石のような夏の午前の空の下、京はディーターミナルを隣に勉強の準備をしていた。
真っ白な入道雲が沸き立つ白く濁った、熱く甘い夏を含んだ雲が真夏へ真夏へと潮のように光の波を加えてゆく空の色に混じりあう。
いかにも初夏らしく澄みわたる、むし暑くたなびいた空が、息をひそめたように、家々の上をおおいかぶさった、8月のある日ざかり。
夏の勢いにあふれた、すごい青空だった。まぶしくて、そこいらじゅう光って見えた。こういう日が何日も続いて、本当の暑さがやって来る。好きな季節だ。夏休みの宿題がある以外は本当に大好きな季節だった。
「あーあ......」
京は凹んでいた。この上なく凹んでいた。8月1日、夏休み真っ最中だというのに京だけ予定がなにもないのだ。光子郎たちはサマーキャンプ、伊織は父親の亡くなった事件の一周忌イベントに参加するためイギリスに向かった。本宮姉弟はアメリカの友達に会いにいっている。
ディーターミナルから送られてきたニューヨークの観光地の数々である。サマーキャンプの様子も光やタケルから送られてくる。さすがに伊織は写真を送ってはこないが京はためいきだ。
「あーもー!なんでアタシだけ!いっつもアタシだけ!なんにもないのー!?」
いつものことだが父親がコンビニオーナーの悲しさである。24時間356日運営のアイマートを絶対にお休みにすることは出来ない家族経営のデメリットだ。遠くにいきたくても、同伴者がいない。
お小遣いがもらえても中学生はよくても小学生はダメはよくあることで、遠くまでいくには親の同行が不可能な京は難易度が高かった。生まれてこの方家族みんなで遠くにいったことがない京はパソコン部を通じて知り合ったみんなが羨ましくてたまらないのだった。
嘆いても仕方ない。転校して初めての夏休み、友達もたくさんできた京である。クラスの友達と午後からプールにでも行こうかなあと考えながら宿題をひとつでも終わらせようと夏休みの友をひろげた。
気づけばもう10時である。小腹がすいた京は冷蔵庫でも漁ろうと伸びをしながら立ち上がった。
「あれ?」
真向かいの百恵のパソコンが発光している。
「えっ、なに、お姉ちゃんパソコン消し忘れたの?」
夏期講習に出かけているはずの長女の学習机に近づいた京はパソコンにふれた。ながらく放置したら省エネモードになる仕様なのかもしれない。せっかく充電していたのにもったいないと思いながら電気を消そうとした京は、見覚えのないデスクトップに固まるのだ。
「え、なにこれ、こんな壁紙あったっけ?」
不思議そうにのぞき込む先にはいかにもなにかがその先にありそうな機械の扉がある。黒い壁紙だ。右側にモニターがついていて、いくつもの四角や丸のデジタル機器みたいなパーツがついていて、原色のボタンがたくさんある。モニターの向こう側は砂嵐だ。
「もしかしてウィルスに感染したとか?うっそでしょ、あれだけウィルスバスターの更新しろってお父さんにいったのに!?まだ放置してたの、もしかして!」
コンビニの経営で忙しいのはわかっているが、何度も出る期間満了が近づいているという警告画面を無視する姉の代わりにいっていた京は眉を寄せた。
クレジットカードは親しか使えないから、新しいウィルスバスターを買ってパソコンの中にいれないといけないのは何度もいったのに。壊れたら修理代だって馬鹿にならない、ウィルスバスター買ってくれたらあとは京がやってあげるといっていたのに。
なんのボタンを押しても反応しない。強制終了のコマンドを入れてもためだ。無反応である。
「あーあ、しーらない」
京はため息をついた。
「......お兄ちゃんに聞いたらわかるかなあ」
店番をしているであろう万太郎に電話をかけようとした京はパソコンから音がしたことに気がついた。
「えっ、なになに」
思わずのぞきこむとそこには民族衣装をきた初老の男性がいた。
「ほっほっほ、初めまして。ワシの名前はゲンナイじゃ。君は京くんかの?」
「ど、どうしてアタシの名前をしってるんですか!?え、ドッキリ?」
「それは君が選ばれし子供じゃからじゃよ」
「え?なにに?」
驚きっぱなしの京にゲンナイと名乗った老人はいうのだ。京は目を丸くした。まるで今見てきたかのように3月4日に目撃したデジモンという生き物について、思い出したからである。
「あの時みたいなことが起こったってことですよね?」
「いかにも。じゃから、井ノ上京、お前さんの力を是非とも借りたいんじゃ」
「ええーと、よくわかんないんですけど、あの時みたいにジュンさんとかに力を借りたらいいんじゃ?」
「お前さんの疑問はもっともじゃ。じゃがな、今、世界中で選ばれし子供たちが失踪しておるんじゃ。行方不明、連絡がとれん」
「えっ」
「今、世界中に選ばれし子供たちはお前さんも含めて64人おるんじゃが、先に力を借りようとした子供たちの持っていたデジヴァイスから謎の旋風がふき、やんだ後に忽然と姿を消しておるんじゃよ」
「えええーっ!?ってことはジュンさんたちも?」
「そうじゃ。それだけではない。選ばれし子供たちが失踪してから時間が経つにつれて、そのパートナーとなるデジモンたちも次々にデジタマに戻っておるんじゃ」
「デジタマって?」
「デジモンの卵のことじゃよ。デジモンは生まれたときを幼年期、成長すると成長期、成熟期、完全体、究極体という世代にわかれておるんじゃ」
「へえー......って、待ってください!デジタマに戻っていくってことは、えーっと、えっと、どんどん若返ってるってことですか!?」
「そう、そうなんじゃ!調べた結果、アメリカのサマーメモリーズというところからデジモンが脱走しておることがわかった。そやつはどうやら何者かにブラックガスに感染させられたらしい。ブラックガスというのは、デジモンの構成データの根幹にまで干渉し、凶暴化をうながし、挙句の果てに命まで奪う恐ろしいウィルスプログラムじゃ。デジモンの能力を極限にまで高めるかわり、その理性を失わせ破壊神へと変貌させる禁断のウィルスでもある」
京は息を飲んだ。
「ブラックガスは普通のデジモンだと感染してしまうが、選ばれし子供のパートナーデジモンならば感染しないことがわかっておる」
「そんな......でもみんないなくなっ......」
「そう、そうなんじゃよ。まさしく世界の危機じゃ。じゃから、ワシらは考えた。なにものかがデジヴァイスを指標に選ばれし子供たちを攫い、パートナーデジモンたちを若返らせておる。そのせいで進化ができない。ならば、それ以外の進化ができるパートナーデジモンたちにそやつを倒してもらおうと。ブラックガスに感染したデジモンは倒さなければやがて笑いながら自分で自分を殺してしまうという。倒すことができれば暴走は止まる。じゃが......」
「じゃが?」
「デジモンはの、デジタルワールドという住んでおる世界ならばいいデジモンならば死んでもすぐに転生することができる。今回のデジモンはブラックガスに感染した被害者じゃ、転生することが可能じゃろう。じゃが京、お前さんの世界じゃとデジタルワールドではない。だから転生することができずに死んでしまったら、幽霊になってしまうんじゃ」
「えええっ、そんな!?」
「じゃから、ブラックガスにより自らの命を断つまで暴走する前に止めて欲しいんじゃ。もし間に合わなくとも倒れるまえにワシがデジタルワールドに連れ戻せば転生という形で助けることが出来る。頼む、京。お前さんは普通とは違う進化の仕方ができるパートナーデジモンをもっておることがわかったんじゃ。力を貸してくれんかの」
「わ、わかりました。アタシがなんとかしなきゃ、ジュンさんたちが大変な目にあってるし、そのデジモンがこのままじゃ死んじゃうんですよね」
「そうじゃ」
京は首を振った。
「本当は怖いけどたくさんの子供たちがいなくなってるんですよね?その子達の方が怖い目にあってるかもしれないんですよね?アタシ、見て見ぬふりなんてできないです。あの時はメールしか送れなかったけど、あのかっこいいデジモンみたいにみんなを助けられるなら!アタシ、やります。任せてください、ゲンナイさん!」
「よくぞいってくれた!お前さんにまずはパートナーデジモンを紹介しよう。ポロモンじゃ」
ゲンナイさんの傍らにピンク色の羽が生えた小さな生き物が現れた。京をみるなりぺこりとおじぎをする。
「今から転送するぞい。ディーターミナルのジュンからもらったデジファームを開いてくれんか?」
「えっ、デジファームってそんなこと出来るんですか!?ジュンさんはただの育成ゲームだっていってたのに!」
「ほっほっほ、実はそうなんじゃよ。お前さんがやっていたのはただのゲームじゃが実は選ばれし子供たちがパートナーデジモンと現実世界で行動する時に必要なアプリなんじゃ」
「知らなかった......」
京は驚きながらもディーターミナルのデジファームをひらいてみる。しばらくして画面からポロモンが飛び出してきた。そして、いきなり光に包まれたかと思うと姿がかわってしまう。驚く京にゲンナイさんは笑った。
「転送する容量をちいさくするためにわざと幼年期にしておるが、本来の姿は成長期じゃ」
「はじめまして、京さん。私、ホークモンと申します」
「は、はじめまして。アタシ、井ノ上京っていうの。よろしくね」
「はい」
「新しく機能を追加したぞい。右上にあるパソコンのアイコンをタッチしてくれい」
「これですか?えい」
ディーターミナルのカメラ機能が起動した。
「ホークモンをとってみてくれい」
「はい」
京はいわれた通りにしてみる。いきなり光った機械にホークモンはギョッとして固まる。
「み、京さん!?」
「どうしたのよ、ホークモン。ただのカメラのフラッシュじゃない」
「か、かかかめら?なんですかそれ。魂抜かれないですよね?」
「えっ、なにいってるの、ホークモン。昔の人みたいなこと言って」
「はい?たしかに私は昔のデジモンですが」
「え?」
京たちのやり取りをよそに目の前の画面がかわった。デジモンアナライザーと書いてある。
ホークモンのデータベースのようだ。成長期で、鳥型のフリー種のデジモンと書いてある。
非常に礼儀ただしく、いつも冷静沈着な鳥型デジモン。古代に栄えた特殊な種族の末裔で、“デジメンタル”の力を借りてアーマー体に擬似進化することができる。得意技はくちばしで啄木鳥のように激しい突付き攻撃をする『ビークペッカー』。必殺技は頭部の羽飾りをブーメランのように使う『フェザースラッシュ』。
気になる単語にはリンクがはってある。京は早速調べてみた。
古代種とは、デジモンの住むデジタルワールドが誕生した(現実世界でいう1946年以降の僅かな期間)、「古代デジタルワールド期」に栄えていたデジモン達のことである。
現在のデジタルワールドは9割を現代種が占め、わずかに古代種のデータを強く受け継いだ末裔が生きている。現代種の中にも古代種の遺伝子データが残っているものがおり、末裔と同等の力を秘めているデジモンもいるが、ホークモンは末裔である。
古代種デジモンは、現代種に比べ潜在能力こそ上回るが、感情の起伏も激しく、“オーバーライト(データの書き換え)”が現代種に比べ荒々しい。そのため寿命が極度に短い。当然進化の幅も狭く、成長期、成熟期以上に進化できないデジモンも数多く存在した。
古代種は短命かつ進化の可能性が低い。それを補うために開発された技術が「デジメンタル」である。デジメンタルは自身の力を使わずにデジメンタルに秘められたエネルギーを自身に取り込んで進化するため、デジモンの体に負担が掛かりにくい。
しかしその安易さ、力の強大さなどから古代デジタルワールドでも危険な存在とされていた。
デジメンタルは主に、進化に関するモノ、技に関するモノ、耐性等の特殊な力を付加するモノ、に分けられる。
進化のデジメンタルが使用できるのは古代種(末裔)と古代種の遺伝子データが残っている一部の現代種デジモンのみで、またデジメンタルとの相性が悪いと力が暴走し、制御できなくなる事も。相性が良ければ究極体並の力が発揮される事もある。
時代が進むにつれデジモン自体が安定した事や、その危険性などからデジメンタルは使用されなくなり、その技術も失われていった。現在残っているデジメンタルはほんのわずかで、古代種がデジタルワールドの危機の備えて後世に残した“末裔”達と共に封印されていたものだけである。
「デジメンタルを自身に取り込み、融合することで一時的に擬似的な進化ができる。これをアーマー進化と呼ぶんじゃが、ホークモンは古代種の末裔ゆえに可能じゃ。本来なら封印するほど危険な力じゃが、これしか打開策がない。普通の進化じゃと退化、つまり若返ってしまう可能性があるんじゃ。ホークモンは普通の進化もできる古代種なんじゃよ。お前さんにデジメンタルを託そう。これはホークモンのペースメーカーみたいなものじゃ、大切に扱うように」
「も、もしこれが壊れちゃったらホークモン死んじゃうんですか、ゲンナイさん!?」
「えっ、壊す気ですか京さん?」
「壊さないわよ!壊さないけど、そんなこと言われたら怖くなっちゃって......」
「ほっほっほ、心配いらんよ。ディーターミナルにデジメンタルのデータを保存しておいた。新しいデジヴァイスには耐久性をあげるデジメンタルのデータが入っておるからの。そのせいでほかの選ばれし子供たちのデジモンのように完全体以上になるには新たなプログラムをディーターミナルからダウンロードしなければならん。ディーターミナルからデジヴァイスに転送する手間があるから注意するんじゃぞ」
「わかりました!」
「ほっほっほ、理解が早くて助かるわい」
「えっ、京さんもう分かったんですか?私にはなにがなんだかさっぱり......」
「えええ......ホークモン、あなた自分のことなのにわかんないの?」
「ええ、そうなんですよ。私、長い間ずっと洞窟の中で寝てたものですから。寝る前はポロモンで子供でしたし、起こされたら仲間たちは絶滅してるし、現代種の楽園になってるし、なにがなんだか」
「あっ、そっか......。ホークモンて古代種だから封印されてたんだっけ......。ごめん、ごめんね。アタシっていっつもそうなの、すぐ余計なこといってみんな怒らせちゃう」
「いえいえ、気にしないでください、京さん。あなたが選ばれし子供になったおかげで、私はデジタルワールドから封印を解いてもらえたんですよ。受け入れてもらうきっかけをくれたのはアナタだ」
「ホークモン......ありがとう。よーし、なら余計がんばらなくっちゃね!デジタルワールドにホークモンが危険だなんて言わせないように!アタシ、がんばるからね!」
京は気合いをいれるのだ。ホークモンはえいえいおーが分からないようだが見よう見まねでやってくれた。
「ディーターミナルに倒さねばならん敵のデータを送るぞい」
ウェンディモンという不気味なデジモンが表示された。ロップモンが怒りや憎しみによって「暗黒進化」をしてしまった、凶暴な獣人型デジモン。完全なる“悪”ではなく、ロップモンの頃に持っていた優しい部分を心の奥底に持っている。
しかし、怒りのパワーによって“優しさ”を押込め、破壊の限りを尽くす。また、時間と空間を操る能力があり、別次元を通ってワープをしたり、特殊空間を作り出すことができる。必殺技は衝撃波で岩をも壊す『デストロイドボイス』と、両腕を棍棒の様に振り回す『クラブアーム』。
「ロップモン、それがブラックガスに感染する前の姿じゃ」
そこには茶色のうさぎみたいな可愛らしいぬいぐるみみたいな成長期のデータ種デジモンがいた。
その生態系は謎に包まれており、体構造から獣系のデジモンであることは分類できるが、それ以外のことは依然分かっていない。ロップモンは泣き虫の寂しがりやである。戦闘種族としてのデジモンを実感することができないが、戦闘の際にはその見た目以上のパワーを発揮する。得意技は両耳をプロペラの様にして小型竜巻を起こす『プチツイスター』、必殺技は冷気弾を放つ『ブレイジングアイス』。
「かわいいのに、こんな姿になっちゃうなんて......一体誰がこんなこと!」
憤慨する京はやる気を出すのだった。
「特殊な空間......じゃあ、ロップモンをブラックガスから解放できればみんな帰ってこれるんですね」
「おそらくその可能性が高いんじゃ。頼むぞ」
「はい!」
「今、やつはデジヴァイスを頼りに最後の選ばれし子供をさらおうとしておる」
「大変じゃないですか!その子はどこに?」
「アメリカじゃ」
「アメリカ!?えーっと、どうやっていったらいいんですか?アタシパスポートもとったことないのに!」
「心配いらん、ワシがアメリカのデジタルゲートをひらいてあげよう。不法入国になるからのう、気をつけるんじゃぞ」
「えええっ!?」
「そうそう、実はお前さんの友達が古代種のパートナーをもつんじゃが協力してくれるか一緒にお願いしてくれんかの?火田伊織と本宮大輔なんじゃが」
「えーっ、いきなりですか?展開早すぎるー!ああもう仕方ない、は、はい!わかりました!」
「では、デジヴァイスをかかげてくれんかの。こちらに来てもらって、まずは火田伊織を迎えにいこう」
「わかりました!」
京はいわれた通りにデジヴァイスをかかげる。
「デジタルゲートオープン!」
そして勉強部屋から京は姿を消したのだった。