ルート2027(初代デジモンアドベンチャー)   作:アズマケイ

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第81話

瞳にダイヤモンドを埋めたような外人の少年がウェンディモンを前に必死でチョコモンの名前を呼んでいた。

 

「僕だよ、チョコモン......ウォレスだよ。やっと逢えたね、よかった......」

 

だがウェンディモンは牙を剥き出しにして威嚇する。

 

「違う......お前......ウォレスじゃない......にせもの......ウォレスどこやった......」

 

ウォレスと呼ばれた少年は目を丸くする。

 

「おい、何言ってるんだよ、チョコモン。僕だよ、ウォレス。わからないのか?」

 

「ウォレス、大きくなったからね」

 

「テリアモン」

 

ウェンディモンはますます態度を硬直化させる。

 

「グミモン......どこ......おまえ......だれ」

 

相対するテリアモンは、先端が手のように器用に動く大きな耳をプロペラのように動かしたりグライダーのようにして飛行する獣型デジモンだ。炎の力を持つ。

 

「やだなあ、忘れちゃったの?チョコモン。僕だよ、グミモン」

 

「ちがう......ちがうちがうちがう

......ウォレス、グミモン......ちがう......ふたり......どこやった」

 

「お互いに気配を感じ取りながらやっと会えたのに違うの?」

 

「違う!」

 

近寄ろうとするテリアモンに怯えたようにウェンディモンは後ずさる。ウェンディモンは両手を棍棒のように振り回し、癇癪を起こしたように咆哮した。その悲しみに満ちた雄叫びは衝撃波としてあたりに拡散し、手当たり次第にものを破壊していく。

 

「ウォレス!」

 

フェンスがひしゃげて破壊され、ウォレスのところに向かってくる。テリアモンはすかさず炎の玉をいくつも発射して破壊した。あの臆病で優しくて泣いてばかりだったチョコモンが自分たちを攻撃してくるだなんて思わなかったウォレスはおどろきのあまり動けない。

 

「ウォレスぅううう───────!グミモン───────!うわああああん!」

 

5年前生き別れた双子の幼年期デジモンと現実世界で友達になったウォレスという金髪の4さいの男の子を探し続けるウェンディモンは大暴れする。

 

人間もデジモンも成長するということをしらないウェンディモンは自分もチョコモンではなくなっていることに気づけない。ブラックウィルスに感染した盲目な視界は双子のデジモンという特殊な事例ゆえに互いがどこにいるのかわかるというのに目の前の現実を正しく認識できずに狼狽する。

 

「しらない......しらない......お前たちは誰だ......ウォレス......グミモン......どこ......どこ......」

 

あまりにも悲しい叫びは拡散する波動となり裏路地を破壊し尽くす。テリアモンは何度目になるかわからないウォレスにとんでくる障害物を排除しながら近づいていく。

 

「おい、テリアモン」

 

デジヴァイスが白く発光しながら振動していることに気づいたウォレスは抗議の声をあげるがテリアモンは無視した。

 

「約束が違うじゃないか!」

 

「だってあいつはウォレスを攻撃した」

 

蛍光灯に着地したテリアモンを光が包み込む。ジャンプしたその先には成熟期がいた。

 

その名はガルゴモン。テリアモンが進化した獣人型デジモンで、狩猟が得意なハンターデジモンでもある。見た目の姿に反して、素早い動きで確実に敵を仕留める正確無比な攻撃をする。脚力が強く空高く飛び上がり、耳を広げて滑空することもできる。

 

普段は陽気な性格だが、一旦怒ると手が付けられなくなるところがある。愛用のジーンズ「D-VI'S503xx」はこだわりの一品である。必殺技は両腕のバルカン『ガトリングアーム』と、敵の懐に入り込んで、下からガトリングアームで突き上げる『ダムダムアッパー』。

 

いきなり姿が変わったガルゴモンに驚くウェンディモンの脳天をガトリングアームでぶん殴り、巨体が無防備になったところにガトリングアームをぶちかます。

 

明確な殺意を向けられたと判断したウェンディモンに憎悪がうかぶ。

 

「にせもの......いなくなれ......ウォレスかえせ......グミモンかえせ!」

 

ウェンディモンの影がどろどろと立体化したかと思うと無数の目がウォレスとガルゴモンに向けられた。あまりの気持ち悪さにウォレスは顔を歪ませる。

 

「いなくなれ......いなくなれ......いなくなれえええ───────!」

 

そいつはウェンディモンの絶望感にみちた叫びに呼応してどんどん巨大化していく。

 

「まずい、ウォレス!」

 

ガルゴモンがウォレスの手を掴んで空を飛ぶ。高く跳躍して近くの廃ビルに着地した。はるか下の方ではなにかおぞましいなにかが産声を上げるのがみえた。

 

それは強烈な紫色をした蜘蛛みたいなデジモンだった。ウォレスはまだわからないが究極体でありながら他の存在に寄生しないと生存できない特別なデジモンである。寄生型に分類されるこのデジモンの名はパラサイモン。

 

単体では力は弱いが、複数集まると成熟期レベルのデジモンであれば簡単にたおすことができる。パラサイモンが寄生すると、宿主のデジモンは能力を極限にまで引き出すことができ、恐るべきパワーを発揮する。また、宿主の願望を増幅させ、弱みに付け込む性質がある。

 

ちなみにパラサイモン以外にも何種か寄生型のデジモンの存在が確認されており、凶暴化したデジモン達の原因として、ウィルス化の他に寄生型デジモンの影響が考えられている。

 

ウェンディモンの影から産み落とされたそいつは長い長い触手をいくつもガルゴモンたちめがけて伸ばし、雷撃を浴びせてきた。ガルゴモンはガトリングで相殺しようとするが間に合わない。ウェンディモンが追撃とばかりに衝撃波を食らわせてきたからだ。

 

「ガルゴモン!」

 

ウォレスの悲鳴があがった。ガルゴモンは弾き飛ばされて廃ビルの屋上に転がった。先程とは比べものにならない威力だ。さらに雷撃が襲いかかる。体のところどころが黒焦げになり、あちこちから煙があがるガルゴモンはかぶりをふる。そして無理やり体を立たせた。

 

「お前が......お前がチョコモンをおかしくしたのか!」

 

ウォレスはパラサイモンに叫ぶ。

 

「ギギギギギ」

 

なにかが軋むような音がした。黒板で思いきり爪を引っ掻いたような身の毛のよだつ音だった。パラサイモンは笑っている。

 

「かえりたい」

 

ウェンディモンはつぶやいた。

 

「かえりたい、かえりたい、かえりたい、かえりたい」

 

「帰りたい?どこに?」

 

ウォレスは問いかける。

 

「ウォレス......グミモン......どこ......どこ......」

 

もはや会話すら不能になっている変わり果てた友達を前にウォレスは叫ぶ。

 

「チョコモン!」

 

ウォレスは叫ぶ。

 

「帰りたいんだね、サマーメモリーズに!」

 

ウェンディモンはウォレスをむく。

 

「僕も帰りたいよ、あの時みたいに遊ぼう。そしたらきっと、あの時みたいにまた、みんなで!」

 

冷たい風がふいた。

 

ウェンディモンはもういなかった。

 

 

 

 

 

 

ウォレスは、売店のカウンターに背伸びしてフィラデルフィア行きのパンフレットを差し出した。小さい子供に店主は眉を寄せる。

 

「これください、ママのお使いなんだ」

 

9歳くらいの小さなお客様に中年の黒縁メガネの女性はウォレスの指さす先をみる。男性と立ち話をしている太っちょの女性がいた。店主はぶっきらぼうに支払うべき金額を教えてくれた。ポケットからお札を出す。お使いなら高額紙幣も違和感はない。まさかママのヘソクリを勝手に持ち出してるなんて思いもしない。まして、あの人たちが親ですらないなんて。店主はウォレスにパンフレットを差し出した。

 

「ありがとう」

 

ウォレスはリュックに隠しきれないテリアモンをしょいこみ、パンフレットを広げた。

 

ニューヨーク州とワシントン D.C. のほぼ中間にあるフィラデルフィアには、歴史的な名所や魅力的な近隣地区、話題の飲食店が混じり合ったおもしろさがある。

 

人気の観光地のほとんどは、中心部の歴史地区に集中している。インディペンデンス国立歴史公園は 1776 年に、アメリカ合衆国が英国から独立を宣言した場所であり、有名な自由の鐘もある。徒歩圏内に、食料品の屋内複合市場、レディング・ターミナル・マーケットと、公立公園がある高級地区のリッテンハウススクエアがある。

 

世界的な所蔵品を誇るフィラデルフィア美術館へも立ち寄ってほしい。ここの階段は、映画『ロッキー』シリーズで有名だ。美術館の正面玄関の一番下で、ロッキー・バルボアと共にポーズをとって写真を撮ろう。スクールキル・リバー・パーク沿いに美しい川の風景を眺めながら歩いて行くと、ダウンタウンに戻れる。

 

美術館と歴史以外に、活気ある食の世界も魅力だ。川辺にある有名なアウトドアスタンド、パッツ・キング・オブ・ステークスとジーノズステークスでチーズステーキサンドウィッチを食べるのを忘れずに。

 

「よし」

 

張り巡らされている路線図の中に記憶の彼方からひっかかりを感じる駅の名前。パンフレットの中に風景を見つけることが出来た。いつ祖母に電話するかまでは考えていないがフィラデルフィアにいけばなんとかなるという根拠もない自信があった。

 

大輔とジュンは大人たちと一緒にきっと中華街を経由する格安バスなり乗り換えが必要な地下鉄なりウォレスと同じアムトラック(他の会社の貨物路線を使って走っている為、他社の影響を受けやすく大幅な遅延がよく発生する私鉄)に乗り込むに違いない。サマーメモリーズに行かなければならないということは事実だろうから。

 

ウォレスが遅延だし進行も遅いアムトラックを選んだのは最終目的地である農場一面に広がる黄色い花畑を通るからだ。ほかの交通機関だとタクシーを使わなければならないし、お金を考えるとこの方が安いし早くつく。

 

ウォレスは店主の視線が野球中継に切り替わるまで慎重に太っちょの女性のすぐ後ろをついていきながら、人混みに紛れて切符売り場に向かった。

 

行き先と、行きと帰りの日付、出発希望時刻の書いた紙を渡すと係の人が一覧のようなものを示し「この時刻にありますが」と言ってくれたので購入できた。

 

あとは大きな電光掲示板の電車の出発予定をみるだけだ。自分の電車が何番ホームかを確認して、時間になったらホームに行けばいい。

 

やってきたアムトラックに乗り込む。寝台席以外は自由席の特急だから最初からどんどん歩いていき人が少ないところを探していく。ようやく見つけたのは一番後ろの車内だった。

 

ようやく息を吐いて座る。ウォレスはテリアモンを下ろした。

 

「つかれたー」

 

小さい声でぐったりと席に転がるテリアモンは人形の振りをしたままつぶやくのだ。ウォレスはママから勝手にくすねてきた携帯をみた。

 

「ウォレスのママ、怒ってるだろうなあ」

 

「うわあ」

 

「どーしたの?」

 

「ばれてる」

 

ウォレスが見せてくれたショートメールには父親の携帯電話からたくさんメッセージが入っていたのだ。ウォレスが勝手にいなくなってからずーっとだ。

 

「はやい。思ってたよりずっとはやい」

 

「ウォレスのパパ、ママに忘れるなって確認してたもんね」

 

「うん」

 

「どうするの?」

 

「どうもしないよ。バレちゃう」

 

「大輔たちにも内緒?」

 

「うーん......」

 

「前に駅についたってメール送ったっきりだよね?」

 

「だってチョコモンが......」

 

「うん、わかってる。わかってるけどさあ。大輔もジュンもすごーく心配してるんじゃないかなあ?」

 

「うん、わかってる。パパの次に来てる。あ、また来た」

 

「どれー?」

 

「これ」

 

ニューヨークからフィラデルフィアに向かう貨物列車と連結した特急の景色には目もくれず、ウォレスはテリアモンに携帯電話をみせた。

 

「えーと」

 

「あ、ばか、ひらいちゃ......」

 

「ウォレス、大輔すごーく心配してるよ。ジュンみたいにいなくなったんじゃないかって」

 

「えっ、ジュンまで!?」

 

「うん。マイケルと同じ消え方だって」

 

ウォレスは息を飲んだ。マイケルは同じ学校の友達でウォレスより先に選ばれし子供になっていた友人だ。野球の練習中に白いデジヴァイスからアラームが鳴り止まず監督に言われて切りにいったら冷たい風が吹いて。

 

みんなが目を開けると忽然と姿を消していた。ウォレスがデジヴァイスを手にしたのは最近で、選ばれし子供のコミュニティがあると教えてもらっていたから、ホームページをみたら世界中で騒ぎになっていたのだ。

 

目撃情報や謎のデジモンがウォレスとテリアモンを探していることがわかった。未だにデジタルワールドの危機を救ったことがないウォレスは狙われているのではないかとみんな心配してくれた。

 

だからウォレスは1人旅に出る決意をしたのだ。誰にも言わないで、ひとりで。この大事件の犯人がチョコモンだと思っていたから。

 

「その白いデジヴァイス、もってるの、もうウォレスだけだって」

 

ウォレスは首を振った。

 

「ちがう。まだ、いる」

 

「うん、そうだね」

 

「おばあちゃん......大丈夫かなあ......」

 

ウォレスは今にも泣きそうな声でつぶやいたのだった。

 

 


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