(完結)ルート2027(初代デジモンアドベンチャー) 作:アズマケイ
お台場中学校にあるパソコン部は、コンピュータルームを部室に構えている文化部のひとつだ。部員の割合は男子が7割、女子2割、幽霊部員が1割で、顧問の先生が情報技術の先生。
だから、別の文化部の顧問を掛け持ちしているせいで、常駐しているわけではない。だからそれぞれの部員が基本的に好き勝手やっている部活なのだが、生徒会から活動費を貰うためには、月に一度の集会に提出できる活動記録を造らないといけない。
ボランティアなんかの校外活動やコンクールなどの大会に出場すると、活動資金も上乗せされることになっているので、規模が大きい部活ほど資金がもらえて、身内だけの活動にとどまっている部活はなんにももらえない仕様になっている。だから、パソコン部はこつこつと活動実績をつくるために、地道な活動を続けているのだ。
たとえば、週に一度、パソコンに入れてある文字入力数を競うソフトの大会を開いて、その結果を張り出す。無料のサーバを借りて、お台場中学校のパソコン部のサイトを立ち上げて、実際に運営する。
お台場中学校の部活動を紹介しているページで、文化部と運動部のページを代行してつくり、それぞれの部活の活動記録のページを定期的に更新する。
ポスター作りの手伝いをする。夏と冬に行われる中学生向けのパソコンコンクールに作品を出品する。ジュンが入部を決めたのは、中学校の部活にしてはずいぶんと本格的な活動内容だったから、というのもあるのだ。
ジュンが体験入部に参加したとき、新入生の中で唯一の女子生徒だったから、是非とも入ってくれ、と懇願されたのはいい思い出だ。ここまで大いに歓迎されるとは思っていなかったので面食らったジュンである。
当時、男子生徒しかパソコン部にはいなかったのだ。おかげで1年たった今は、ジュンがいることで多少入りやすくなったのか、数人女の子が在籍している。小学校のときに演劇部に所属していたこともあって、最後まで百恵や演劇部の先輩たちから打診があったのだが、ジュンは断った。
貴重な音響担当を失った、と今でも演劇部はパソコン部を目の敵にしているのはココだけの話である。なにせ、実際に音を立てて収録しなければならないアナログ作業が中心の演劇部にとって、パソコンで人工的に音を打ち込んでくれる人材はとっても貴重なのだ。
結局、今でもパソコン部に泣きついてくる百恵に協力するため、演劇部の活動を手伝っているという建前もできたパソコン部は活動資金が増えたので万々歳なのである。
そんなパソコン部のOBでもある万太郎さんは、百恵とジュンの話を聞いて、さっきから笑いっぱなしだった。万太郎さんが在籍していた当時は、まだまだサークルという扱いだったので、肩身が狭かったこともあるのだろう。
演劇部やブラスバンド部、美術部辺りには大いに迫害されたらしいので、今の現状がとってもうれしいようだった。免許をとったばかりで、購入したばかりの新車を乗り回す万太郎さんは、文化部が一年かけて活動してきたことを発表する貴重な機会でもある文化祭の時は必ず顔を出してくれる。
パソコン部では心強い味方なのだ。大学に進学してもパソコンに精通している人間は貴重である。時々、ジュンが夏のコンテストに出品する作品について相談するのは、あたりまえだった。
「それで、今年はどんな作品を出す予定なんだい、ジュンちゃんは」
「そうですね、育成ゲームでも作ってみようかなって思ってるんですよ」
「あー、最近はやってるよな。女子高生に人気なんだろ?」
「アタシはゲームっていうと大輔と一緒にやることが多いんですよ。だから男の子向けのゲームが好きなんで、戦わせたいんですよね。いいとこどりしてパクろうかなあって」
「まあ、さすがにキャラまでぱくると怒られるから、パロディ程度に抑えときなよ。BGMもつかっちゃまずい。無料の音源でもひっぱってくる方が無難だね。育てられるモンスターはオリジナルにすればいいんじゃないか?」
「やっぱその方がいいですよねえ。BGMはダウンロードしたやつをかけられるようにしときます。設定とかだけなら考えてあるんで、あとはプログラムを組むだけなんです」
「へえ、そうなんだ」
「はい、今年もがんばりますよー」
入賞作品常連のジュンは笑った。ねえねえ、どんな感じにするの?できたら一番にやらせてよねって蚊帳の外だった百恵が身を乗り出して聞いてくる。もちろん、いいわよってジュンは笑った。
ゲーム会社ならバイトを雇わなくちゃいけないけど、中学生が造ったゲームのデバッカーはタダでなんぼである。ボランティアでやってくれるっていうなら、いくらでもさせてあげるつもりだった。
ほっといたらどんどん難しいプログラムを組んでしまいそうになるジュンにとっては、有名なゲームしかしない百恵の意見はとっても貴重なのだ。さわりだけでも教えてって言われて、ジュンは肩をすくめる。誰にも言わないでよ?と釘を刺した。アイディアはいつだって大事な財産なのである。
「万太郎さんに教えてもらったSF映画おもしろかったしねー、その元ネタアニメみちゃったら、これしかないって思ったのよ。近未来のネットワーク空間が舞台の世界観って面白いなあって」
「そういえば、ジュン、めっちゃ見てたもんねえ。好きそうだなあ、って思ってたけど、そこまではまっちゃったんだ」
「そうそう、そんな感じ。ほら、パソコンでわかんないことがあると、イルカやイヌが出てきて教えてくれるでしょ?それがインターネットにたくさんいるのよ。それで、気に行ったやつを捕まえて、機械の中で育てるゲーム。今回のコンテストの条件がRPG要素を入れないといけないから、ちょっとしたバトル要素もいれるつもりなんだよね。ただ容量抑えないといけないから、16BITのドット絵になるかも」
「なんかいろいろまじってるね」
「へえ、そりゃ面白そうなゲームだな。でもあんまり種類はできないか。RPG要素をいれるんなら、いろんな差分を用意しなきゃいけないし、台詞もいるだろ。ドット職人でもきついのに、ジュンちゃんがやったら死にかねないぞ」
「わかってまーす。まあ大丈夫だと思いますよ、ほとんどフリーゲーム素材からとってくる予定だし」
ぶっちゃけ、もうアタシのパソコンの中にプログラムは組んであるんですけどね、とジュンは心の中でつぶやいた。ただいま、そこにはイビルモンが暮らしている。中学生がつくったレベルまで落として落として、簡単なフリーゲームレベルにする予定なので、さすがにジュンのパソコンを井之上兄妹に見せる訳にはいかなかった。
どのみち、フリーゲームでも自作のプログラムでもコンセプトは同じだ。近未来に突如発生したデジタル生命体を捕獲して、キーホルダーサイズの機械の中で育成する。
パソコン上でキャプチャーというソフトを使って野生のモンスターを捜し、発見したモンスターをローダーというソフトで捕獲。そして、そのモンスターをつかって、いつでも戦わせることができる。これがジュンの頭の中にだけ存在する裏設定、知っている未来を凝縮したゲームの設定だ。
もちろん、設定は設定に過ぎないから、ゲームをプレイしてもそこまで深い設定は織り込まないつもりなので、はたから見たら育成ゲームのパロディだ。モンスターさえ女の子が考えたかわいらしいデザインにすればわからないだろう。今のジュンの実力でどこまでできるのか、腕試しをしてみたい、というのが本音なのである。
「インドアもいいけど、たまにはアウトドアしないとな、ジュンちゃん」
「わかってますよー」
はあ、とジュンはためいきである。Tシャツにジャージでよかったのに、とぼやくと百恵にこらーと怒られてしまう。それじゃジュンの部屋着じゃない、お出かけの洋服と部屋着はわけないとダメでしょ、女の子なんだから。制服ができたからって中学生になってから怠け過ぎだよ、とお小言を頂戴するのはいつものことだ。さいわいなのは夏フェスだったことだろう。これから向かうのは野外のライブ会場である。
暑いのはあたりまえ。汗をかくのはあたりまえ。動きやすい服装は基本中の基本、鉄則である。基本的にたちっぱなしでライブをみるのだ。厚化粧、がっつりメイク、おしゃれな服、ヒールは夏フェスをなめているのか、とマジ切れされかねないので、百恵もジュンも最低限度に抑えているのだ。
おしゃれ系のワンピースやヒールでくると、動きずらいし見た目的にも暑い。ひかれること請け合いである。ストリート系や山ガールファッションが一番マッチしそうだ。そこに女の子らしさを仕込むのがおしゃれなんだよと力説されて今のジュンがいる。
1999年の夏フェスは、夏の風物詩とまではいかず、なんとなく敷居が高くジャンルも偏っていてにわかのファンは行きづらい雰囲気がある。ちょっとしたイベントとしていろんな人が気軽に行けるイベントになるには、10年ほどかかりそうである。
それでも百恵やジュンが参加するのは、実況と解説役をかってでてくれた万太郎さんがいるからに他ならない。もともとあんまり知らないジャンルのバンドばかりが集結している今回のフェスチケットは、再構築が失敗した元カノがどうしても行きたいとごねていたから入手したという悲しさである。
元カノを喜ばせるために頑張って知識を仕入れてきた万太郎さんの努力が実ることはなかったわけで、百恵もジュンも元カノのかわりにここにいる。いつもお世話になってる親友のお兄さんが元気になればいいなあ、と思いつつ、ジュンはおしゃれねえ、と袖口を見た。
野外フェスは雨が降る可能性があるから、と百恵とおそろいの薄手のウィンドブレーカー。色のチョイスは百恵である。ジュンなら絶対に選ばない色のチョイスにはため息しかでない。ジーパンをチョイスしなかったのは評価してあげるけど、ジュンに選ばせたら真っ黒になるでしょ、とは百恵の談である。
夏とは言え夜は寒くなる場所、山の中が舞台になる訳だから、防寒対策は万全に、というわけだ。100円ショップに置いてある透明のレインコートじゃだめだったの?、とジュンは真っ先に提案した。これなら会場に捨てて帰れるから荷物にならないのに。もちろん却下されてしまったのはいうまでもない。
ショートパンツにレインシューズが定番だよねって、おそろいのものが用意されていたときにはめまいがしたことを思い出す。お母さんがジュンの今月のお小遣いを井之上さんに渡していたことが発覚したからだ。
ほっといたら、14歳にもなってだらしない格好で家の中をうろうろしはじめる思春期の女の子をみていると、思うところはあったのかもしれないがやり過ぎである。
ちなみにコーディネイト、トータルは未だに教えてもらえない。防水加工が施してある帽子をかぶれば、夏フェスの格好が完成だ。着替えやタオル、ボトル、貴重品が入っているショルダーバックを片手にジュンは都内から埼玉に向かう前方を見つめた。
「それにしても、車で正解だったなあ、百恵」
「そうだよねえ。もし電車だったら絶対間に合わないよ」
「東京のあちこちで電波障害が起きてるんだっけ?」
「そうそう、電車は止まっちゃうし、信号機は壊れちゃうし、ラジオもテレビもダメなんだって。なんか怖いよね」
「12時ごろにお台場であった時には、すぐに収まったのにな。光ヶ丘で始まったやつはずーっと続いているんだってニュースでやってたよ。帰って来るころには収まってるといいんだけどなあ」
「さすがに大丈夫でしょ、お兄ちゃん」
「だといいんだけどな」
残念ですけど、もっとあぶなくなりますよ、とジュンは心の中でつぶやいた。でもお台場が本格的に危険な状態になるのは3日目である。
まだしばらくは大丈夫だろう。もしものときがきたら、イビルモンに助けてもらおう、とジュンは考えていた。イビルモンの相手に覚めない悪夢を見せるという攻撃は、目くらましには最適の攻撃なのである。1日の付き合いになるが、選ばれし子供の強さをまざまざと見せつけられたイビルモンは、現在完全に戦意を喪失している。
覚めない悪夢で完全体を作り出せても本体であるイビルモンは成熟期のままなのだ。本体に気付かれたら殺されることは火を見るより明らかだったから、長いものに巻かれろの使い魔根性である。イビルモンは生存本能を優先させることにしたようだ。それまでは本格的なご飯はお預けになりそうである。
ジュンはパソコンの入っているリュックを見つめた。太一君がいなくなり、ゲンナイさんと連絡が取れなくなったあと、あのデジヴァイスから解析したデータをコピーしてUSBに放り込んだままなのをどうにかしたい。
デジモンを進化させる機能は絵に描いた雑煮でも、結界を張ったり、暗黒の力を追い払う光を使ったり、デジヴァイスの現在地を把握できるマッピング機能あたりはしっかりと把握したうえで、この車に乗りたかった。
そしたら、デジモン達の奇襲にも用心することができる。いかんせん時間がなかった。まさか大輔があんなに早く帰って来るとは思わなかったのだ。まあ、仕方ないわよねってジュンは思った。帰ったら真っ先にしなければいけない仕事が増えてしまった。今日は徹夜になりそうである。
車で向かうということは駐車場の心配をする必要があるが、行けなくなるよりはましである。もし車を使わないとなると野外ライブの会場に向かうには、ゆりかもめから新橋まで移動して、JRの京浜東北線の大宮行に乗る必要がある。交通費は1700円。中学生にはかなりの出費だ。
それに今はダイヤの乱れが影響してか、ゆりかもめもJRも電車の運行状況が無茶苦茶になっている。ほんとに車でよかったとジュンは思う。
ジュンが今回の夏フェスに参加しようと思ったのは、会場が埼玉だからだ。さすがに子供視点で描かれている『デジタルワールドの冒険』では、東京都内のあちこちが戦闘の舞台になったようだが、具体的にどこまでの領域がヴァンデモンの標的になったのかは分かっていない。
当時の資料は非公開のものもおおかったから、詳細まではさすがにジュンは知らない。でもさすがに埼玉県まではこないだろう。精いっぱいつかの間の休日を楽しもう、と意気込んだジュンは、生まれて初めて参加する夏フェスに思いをはせた。