「ここがダンジョンの1層か。もう少し暗いと思ってたけど結構明るいなあ」
オラリオへ来た翌日。
カルムはかねてから用意していた関節と胴のみを守るプロテクターと合金でできた手甲を装備して早速ダンジョンアタックを仕掛けたわけである。
ぷらぷら歩いていると壁から殻を破るような音とともにモンスターが現れる。
「お! こいつらはコボルトか!」
襲い来るコボルト3匹。
冷静に構え、意識を戦闘へ傾け研ぎ澄ます。これは遊びではないと自らを暗示にかけてコボルトの予備動作をよく見る。
「ふっ! はっ!」
「ガァ!?」「グァ!」「ギ――」
それぞれ顎、膝、項を突き、回し蹴り、手刀で撃ち抜く。
人型のモンスターであるほどこれらはよく効くはずだ。
「うっそだろお前ら……頑丈過ぎない?」
「「「グルルルゥ」」」
「正拳突きィ!」
1匹に向けて突きを放つ。しかし、残り2匹がその隙を見逃さない。
「ぐぉぉいぃぃってえぇ……!」
両脇腹を拳でサンドイッチ。これは地味ながらも結構痛い。
痛みを堪えて低く構えて足払いからの踵落とし。
「せぇや!」
1匹の頭を砕かれて霧散する。残りは2匹だ。
「へへっ、結構強えじゃねえか」
頬を伝う汗を脱ぎながら口角を上げる。
「いっちょ行かせてもらうぜ!」
右腕を脱力させつつ後ろへ引き絞る。横からの殴打を左手首を柔軟に使って払い、正面からの殴打も紙一重で頬を掠る。
そして首元目掛けて拳を打ち出す。
ヒットする直前まで力のほとんどは抜いたまま。
(ここだ!)
接触するギリギリで拳を思いきり握り込む。
――ヒット
重く鈍い衝撃がコボルトの全身を駆け巡る。
痛みを認識したのも束の間、意識を刈り取られて絶命。
「残りはお前だけだ」
最初は最弱クラスのモンスターだと油断していた。村の周辺にいたモンスターは容易く狩ることができたのである。ダンジョンでもそれは変わらないのだろうと高をくくっていたのは完全な間違いであったと再認識させられた。
「ガァ!」
よく見て、疾く払い、即打ち込む。この一連の動作は肉体に刻み込まれた反射に近い。
手甲に刻まれた無数の傷が鈍く輝く。
「ふんっ!」
コボルトの顔面へめり込む拳。
骨をも砕く打撃はその一切の暴力を顔面のみに注いだ。
頭部から地面に打ち付けられて弾むコボルトの五体は微動だにせず、そう時間もかからず霧散。最後に小さな魔石を残すのみであった。
「油断するな。冷静に思考しろ。そして冒険者は冒険をしてはいけない」
昨日講習をしてくれた受付の女性、エレナ・クレオーレの言葉を反復する。
「やっと身体があったまって頭が冷えてきたところだ」
とん、と軽く跳ねながら全身の凝りをほぐす。
「どんとこいモンスター共よぉ!」
壁から次々と現れるコボルトたち。
そこからはカルムの独壇場。
脱力から放たれる殴打、蹴りはレベル1といえども1層のモンスターが受ければ一撃死は免れない。
神の恩恵を授かっていない頃から鍛え抜かれた五体は成長期途中と相まって徐々にその力を増していく。オラリオの外とは比較にならないほどのモンスターたちを相手に戦いの中で急成長する鋭敏な感覚を無くさないとばかりに2層、3層へと下りていく。
瞬間、何かが頬を掠る。
切れた頬から流れる血を拭いながら奇襲を仕掛けてきたモンスターと相対する。
「お前は……ウォーシャドウ」
疾い。
ウォーシャドウはすかさず鋭い爪で再度襲う。
「くっ、重い!」
一撃を手甲で受け止めるも凄まじい膂力に押され、膝をつく。
左腕ですぐに振り下ろされている敵の腕を殴りつけて仕切り直す。
「ふぅー」
息を整えて思考を巡らせる。
(幸い敵は1体。正面突破のみの攻めができる)
ウォーシャドウは馬鹿正直に正面から突撃を仕掛ける。
「すぅー」
一拍遅らせてこちらも突撃。敵の爪が届かないギリギリになるように静止。静止した際の反動を利用して両腕を後ろへ引き絞り――放つ。
ウォーシャドウの顔面を両拳で挟み込んで潰す。
さらに拳をねじって追い打ちをかける。
ウォーシャドウの動きが止まる。
「!」
一度痙攣した後、ウォーシャドウは霧散した。
「……ハア……ハア、危なかった」
これで倒しきれてなかったら手痛い反撃を食らっていたであろうことは想像に難くない。
今回は運が良かった。それだけである。
「さすがに疲れちまったよ。今日のところはさっさと帰るか」
カルム・ハヴノット。彼は神に育てられただけのただの村人である。
バアル・ファミリア暫定団長カルム・ハヴノットの冒険はまだ始まったばかりだ。