ストレンジャー!~モテモテ異世界転移者が死んだ後に送り込まれた何人かの一人になって世界一つまらない異世界物語が始まった件~ 作:アルファるふぁ/保利滝良
朝だ。布団に包まれたユメタロウは、目をぱちくりと開いて閉じた。
のそのそとベッドから降り、頭をかく。布に包まれた藁のマットレスは、ユメタロウには慣れぬものであった。
目の荒い絨毯を踏み越え、ドアを開け、廊下を軋ませながら階段を降りる。
そして木のドアを開けると、ユメタロウの顔を朝陽が照らした。
「あ~、眩しい…」
一面に広がるのは、芝生の広がる平原。羊らしき動物があちこちを巡っている。
そこに一人、腰を曲げた老婆がハサミを片手に突っ立っていた。
「お婆さん、おはようございます。お早いですね」
「アンタか。この歳になるとね、寝るのも疲れるのさ」
「羊の毛刈りですか?お手伝いします」
「アンタは別の仕事してな」
「わかりました」
ユメタロウは、最初に目覚めた場所から少し離れた位置にある村にいた。
森に囲われ、平原があり、羊がおり、レンガ建ての家がポツポツとある。
ここはバーラ村。この国では比較的大きな農村だという。
「わかったらさっさと行きな」
「はい。わかりました、お婆さん」
この老婆はジュリー。今は亡き村長の妻だった女性だ。
今は村長代理として、このバーラ村を仕切っている。
ユメタロウが泊まっているのも彼女の家だ。
ジュリーはユメタロウに衣食住を提供してやる代わりに、彼に村の雑用をさせることにした。
ユメタロウはこれを快諾した。他に行くあてもないからである。
それに、彼は自然に囲まれた生活に憧れていた。
「いってきまーす!」
「張り切りすぎて怪我するんじゃないよ」
ユメタロウはジュリーに手を振りつつ、村の内側の方に歩いていった。
「さて、お仕事お仕事…」
ユメタロウは、羊達のいる草原から離れ、向こう側にある家に向かって歩きだした。
「お~い!」
何歩か歩いていると、目指していた家から人がやって来る。
向こうの方から来てくれたようだ。
「あんたが、昨日来たストレンジャーか!」
「ストレンジャー…ってなんですか?」
「知らんのか!異世界から来た人間を、こっちじゃそう呼んどる」
「それじゃ、それは僕のことです」
ハゲ頭のおじさんが、親切に教えてくれた。
ユメタロウ達は、こちらの世界にとっては異世界から来た人間だ。
彼らが異世界人と言うのなら、それはユメタロウ達を指すだろう。
「まぁ、いいや!こっちに来とくれ」
「どうしたんですか?」
「畑仕事をな、手伝って欲しいんだ」
「えぇ、わかりました!」
おじさんが手招きをしながら小走りする。ユメタロウも、それに続いた。
おじさんの畑はユメタロウが目印にした家の反対側にあった。
「ここだ」
「ここですね?」
おじさんが指し示す方には、天に向かって延びる草が無数に生えていた。
その先端には、ユメタロウの世界で言う枝豆のさやのような物体がくっついている。
「これ、なんですか?」
「異世界の人間はマクラマメを知らんのか?」
「マクラマメ?豆は知ってますけど、マクラマメは知らないです」
「これの実をな、乾燥させてしこたま袋に詰めれば、上等な枕になるんだ」
「へー、すごいですね。枕の中身にするんだ」
「昨日アンタが使ってた枕にも、入ってたんだぜ」
マクラマメ。ビーズクッションのビーズ代わりになるようだ。
ユメタロウがマクラマメのさやを突っつく。大きい割には軽い。これが高級な枕の材料となると思うと、不思議だった。
「うん…?」
ユメタロウがマクラマメを弄っていると、彼の頭に声が響いてきた。
それは最初はただの雑音だったが、だんだんと意味のある言葉に変わっていく。
「土…土…」
「なんだって?土がどうしたんだ?」
思わず聞き返すユメタロウ。
突然見えない何かに向かって喋りだすストレンジャーに、おじさんが驚いた。
「ど、どうしたんだ兄ちゃん」
「土に…力がない…」
「土?土の力?」
おじさんが困惑するのにも構わず、ユメタロウは大地の声を聞き続ける。
「土に、力が…元気がない」
「土に元気?…そうか肥料か!」
理解した途端にユメタロウの顔が晴れる。
ユメタロウは大地の声が求めるものを把握した。それが無性に嬉しかった。
「おじさん、肥料を畑に入れませんか?」
「あぁ、最初からそれを手伝って欲しかったんだけど…」
「あ、そうなんですか…」
「でもよくわかったな、土に元気が無いから肥料を撒こうって。ストレンジャーの力か?」
「はい、まあ、そうです。たぶん」
頬をかく。現代日本からここに来たユメタロウには、あの女神とやらに与えられたこの力しか頼れるものがない。
これを自分の力だとして傲慢になるのは簡単だ。だが、それは宜しくないだろう。ユメタロウがこの力を望んだのは、決して驕り高ぶるためではない。
「これだ」
「この中に肥料が?」
「そうだ。あの樽の中に野菜くずとか生ゴミを入れて、蓋で密閉して中で発酵させる」
二人は畑の反対側に赴いた。そこには石の台に乗った大きな樽がある。
樽の底縁には蛇口が付いており、蛇口の口の下には金属製のバケツがあった。
「兄ちゃん、蛇口捻ってみな」
「わかりました」
言う通りに蛇口のレバーを捻ると、何やら緑色の液体がぼとぼと流れ出てくる。
液化するまでに腐り発酵した生ゴミだ。凄まじい臭いだった。
「うわ、くっさ!」
「はっはっはっは」
「すごく臭いですねこれ!樽を密閉してるのもわかります」
「それに畑の土を混ぜて、作物の根っこの回りに埋めれば肥料撒きは終わりだ」
「はい!」
ユメタロウはおじさんの言った通りに働く。
ユメタロウは作物の根っこを傷付けぬよう根っこの回りに穴を掘る。おじさんは肥料を混ぜた土を穴に流し込んで埋める。
スコップとショベルを使っていたが、土仕事をしていた二人はあっという間に泥だらけになっていった。
「コレで終わりだ!」
マクラマメの最後の一株の回りに肥料を埋めると、おじさんはそう宣言する。
「やっぱり二人だと早いなぁ!」
「確かに、一人だと時間かかりそうでしたね…」
違いないと笑いながら、おじさんは肥料を入れていたのとは別のバケツを置いた。
中にはきれいな水が入っている。
「次は水撒きですか?」
「いんや、手を洗うんだ。泥まみれの手でモノを食いたくないだろ?」
「モノを食う?」
「朝飯はまだだろ?うちの畑の瓜を食ってけよ」
「いいんですか?是非いただきます!」
ユメタロウはバケツに腕を突っ込み、手に付いた泥をすすぎ落とす。
自然に囲まれた村で、親切な人達と働いて生活する。これからの生活に期待を膨らませ、ユメタロウは笑顔を浮かべた。
そんなユメタロウを物陰から見詰める人影があった。
「ん。あれは…」
自分とは違う異世界転移者、たしか、彼女はユカと名乗っていた。
朝飯を食べ終えたユメタロウを待っていたのは、子供達だった。彼らは遊び相手を探していたのだ。
六人の少年少女に連れられて、ユメタロウは柵に囲まれた平原に辿り着く。
「ユメタロウ兄ちゃん!追いかけっこしようぜ」
「追いかけっこ?」
「兄ちゃんが鬼な!」
最初の一人がそう宣言すると、残り五人もそれに追従し、全員が一斉にワーッと駆け出した。
鬼として指名されたので、ユメタロウは彼らを追いかけなければならない。
「よーし…」
柵の中とはいえ、平原はそこそこに広い。体の大きさはアドバンテージにならないだろう。
ユメタロウは全力疾走で挑んだ。
「きゃー!」
「わー!」
子供達は笑顔で走り回る。
ユメタロウはというと、全然追い付けていない。
一人が近付いた瞬間に腕を伸ばしても、小柄な体はすぐに避ける。
走って接近しようにも、足の速さもエネルギーも向こうの方が上だった。
始まってから百数秒、ユメタロウは既に満身創痍と化した。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ!子供ってすげぇぇ…」
目を見開いて深呼吸。顔中の汗を袖で拭う。
立ち止まって休憩する間にも、子供達は柵の中をぐるぐると走り回る。
「こっちだよっ!」
「まだ休んじゃダメだよ~!」
「早く早く!」
あんな小さな体のどこにあんな元気があるのだろうか、子供達は一切足を止めず、芝生の上を行き交う。
ユメタロウはフラフラと立ち上がった。
「か、勘弁して…」
農作業よりもきつい。そう叫びたくなるのを抑えつつ、ユメタロウは子供達を追い掛けた。
「あー、しんどかった!」
空のコップをテーブルに置いてから、ユメタロウはそう言った。
あのあと、昼御飯の時間となるまで子供達と走り回ったお陰で、もうヘトヘトの極みだった。
今から昼御飯をたっぷり食べて、午後の仕事もやり遂げなければ。
「ユメタロウ君、おまたせ!」
「おっ、待ってました」
お盆を持ったユカが、和やかな笑顔で現れた。
ユカはユメタロウと同じストレンジャーだ。彼をこの村に連れてきたのも彼女だ。
ユメタロウより先にこの異世界に来たユカは、この村で、村人達の食事を作る料理当番として働いていた。
「わぁ、美味しそう。これ全部ユカさんが?」
「パンと炒め物はおばさんが用意して、スープとオムレツは私が作ったんだー。」
ユメタロウの目の前に皿が並べられる。
玉ねぎとジャガイモが浮いた黄金色のスープ。
焦げ茶色の真ん丸なパン。
白いキノコと、レタスに似た野菜の炒め物。
それから、刻んだソーセージとトマトが入ったオムレツ。
「いただきます!」
「はい、いただきます」
ユメタロウはフォークをとり、料理を次々口に運んだ。ユカも、ユメタロウの反対側に座り食べ始める。
他の村人は二人より先に食べ終えていた。仕事が長引き、昼御飯を食べるのは二人が最後になった。
「おいしー!すごく旨いよ!」
「ストレンジャーの舌にも合うんだね、よかった」
「言われてみれば、元の世界とほとんど同じ味付けだ…」
「塩とかだけじゃなくて、香辛料や発酵調味料も沢山あるんだよ」
「そうなんだ。ご飯の味は心配しなくて良さそうだね」
異世界の料理は、ユメタロウの舌にも合う絶品だった。
片っ端から口に入れていき咀嚼し、飲み込む。
空腹もあり、ユメタロウは昼飯をあっという間に平らげた。
「ユカさんって、お料理上手なんだね」
「向こうにいたときはね、調理師の専門学校に通ってたんだ」
「道理で料理が美味しいわけだ…ユカさん?」
元いた世界の話を口にしたとき、ユカの顔色が目に見えて暗くなった。
ユメタロウはその時、彼女の目が少しだけ赤く腫れているのに気付く。
「ユカさん…?」
「あぁ、ううん、なんでもないよ!食べ終わったら、お皿洗うの手伝ってくれる?」
「OK、まかせて」
ユメタロウは、ユカの気分を変えようと、大袈裟に明るく振る舞う。
しかしユカの食事は、喉を通らないのか、遅々として進まなかった。
石の台の上に置かれた桶に手を突っ込み、ユカは羊毛のたわしで皿を擦る。
この世界に石鹸があるのは幸いだった。泡が油汚れをあっという間に拭ってくれる。
水洗いするのはユメタロウの仕事だ。別の桶から水を掬い、ユカから手渡された泡付き皿を綺麗に流す。
「ねえ、ユメタロウ君」
「どうしたの?」
手を止めずに、ユカがお喋りを始めた。
「ユメタロウ君は、こっちに来る前、女神って人と…会った?」
「会ったけど…」
「女神って人は、何て言ってた?」
「何てって…」
ユメタロウは一旦皿洗いをやめ、異世界転移する直前に会った女神が話したことを、記憶から掘り起こそうとした。
「手違いで死なせた、新しい世界で別の人生、望んだ力を与える、魔王がいるから、倒したらごほうび…」
「私もそんな感じのことを言われたんだ。ごほうびっていうのは、なんなんだろう?」
「神様だから…願いをひとつだけ叶えてくれたり?」
「もしそうだとしたら…私は、元の世界に帰りたい」
「ユカさん…」
ユメタロウは、彼女の目が赤く腫れている理由に気が付いた。
彼女は、元いた世界に大きな未練を残していたのだ。
それが、突然こんな場所に連れてこられてしまった。パニックになるのも、泣いてしまうのも無理はない。
「ユカさん…」
ユメタロウは、ユカにかける言葉を必死に探した。頭の中をぐるぐる回して、誰かを慰める言葉を必死に探した。
その時、台所の戸を荒々しく開けて、エプロン姿の中年女性が入ってきた。
「アリーおばさん?」
ユカは驚きながらその女性の名を呼んだ。ユカと一緒に料理番をしている村人だ。
そのアリーが、血の気の引いた顔で叫んだ。
「隠れて!オークだよ、魔族が来たんだよ!」
二人のストレンジャーは、訳もわからず呆然とするしかなかった。