ふわっといずデス?   作:とりなんこつ

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第13話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソファーにしなだれかかった切歌が、くああと大きなアクビをする。

 

「こう暑くっちゃ、何もやる気が起きないデスよ…」

 

切歌の主張に、藤尭も全く同感だった。

世間は盆休みに突入していたが、同時に例年にない酷暑にも見舞われている。

実のところ、今日は水族館に遊びに行く予定だった。

しかし早朝からの熱波と、見るからに最高気温を更新しそうな日差しの勢いに、外出は中止している。

いくら冷房を効かせた車で行ったとして、駐車場からの徒歩の間だけで十分にダメージ受ける可能性がある。

藤尭なりに身重の嫁を気遣った結果だった。

そのことは切歌も承知はしているだろうが、ややご機嫌は斜めな様子。

そんな彼女の身体を心配し、こまめに冷房を調整する藤尭だったが、実際に家にいてもやることは少ない。

洗濯ものも干し終えれば、あとはテレビを見るくらいだ。

藤尭をしても、せいぜい昼食のメニューに心を砕くくらいしか出来ない。

 

「お昼はソーメンと冷やし中華、どっちにする?」

 

「冷やし中華がいいデス!」

 

リクエストに応え、藤尭は具材の選別に入る。

キュウリやカイワレ錦糸卵はともかくとして、鶏肉は胸肉の皮を外した自家製チャーシュー。

麺も半分はこんにゃく麺にしている。

妊婦に対して高タンパク低カロリーと配慮しているわけだ。

この藤尭の影の努力を知る人は少ない。

 

「ん~、お酢の利いたタレが最高に美味しいデス~ッ!」

 

肝心要(かんじんかなめ)の嫁が気づいていないことを寂しく思いつつ、藤尭は別のことに思いを馳せていた。

水族館もそうだが、今日は他にやるべき大切なことがあった。

でも、この天候じゃ延期するしかないか…。

だが、食器を洗い片付けていると、にわかに部屋が暗くなる。

 

「朔也さん、なんかいきなり天気が悪くなってきたデスよ?」

 

切歌に指摘されるまでもない。カンカン照りの空はいつのまにか分厚い黒雲に覆われていた。

急に出てきた風に、藤尭は慌てて洗濯物を取りこむ。

窓を閉ざしたのと、ガラスを大粒の雨が叩いたのはほぼ同時。

まもなく叩き付けるような勢いで、盛大な雨が横殴りで降ってきた。

 

「切歌ちゃん、あと窓を開けてるとこなかった!?」

 

「たぶん大丈夫だと思いますデス」

 

それでも一応家の中を見回り、テレビで天候情報を確認。

さっそくゲリラ豪雨の注意報のテロップが流れ、突然の雨に逃げまどう人々のいる駅前が映し出されていた。

 

「やっぱり出かけなくて正解だったデスかね?」

 

「そうかもね…」

 

あまりの雨の勢いは、思わず顔を見合わせ鼻白んでしまうほど。

続いてごろごろと雷鳴がなり、つんざくような落雷の音が響いた途端、切歌は首を竦めた。

 

「うわあ、今のは大きかったな」

 

呟く藤尭の胸元へ、飛び込んでくる柔らかい塊。

 

「切歌ちゃん…?」

 

抱きついてくる彼女を見下ろせば、再度の轟音。続いて一瞬部屋の電気が暗くなり、「きゃッ!」と悲鳴を上げる切歌がいる。

 

「大丈夫だよ、避雷針もあるし万が一停電したって」

 

現在の住居はS.O.N.G.の官舎であるからして、災害時のバックアップも完璧だ。

しかし、切歌が涙目で言ってきた台詞は、藤尭の予想を別の意味で裏切っている。

 

「でもでも! 雷さまデスよ! おへそとられちゃうんデスよ!?」

 

「…あのね、切歌ちゃん」

 

藤尭が、それは迷信だからと言おうとしたところでまた轟音。

 

「ぴゃああああッ! 雷さまが怒っているデス!」

 

ガタガタと震える小さな身体を抱きしめ藤尭は思う。

…なんだろう、この可愛い生き物。

切歌をそのまま抱きしめ続けていれば、徐々に雷鳴が遠ざかって行く。

強い風雨に耳をそばだてつつ、ようやく切歌が薄目を開けて言った。

 

「…もう雷さまは遠くへいったデスか?」

 

「うん、もう大丈夫じゃないかな」

 

「アタシのおへそはちゃんとついるデスか!?」

 

そういってペロッとシャツを捲ってくる切歌に、藤尭は呆気にとられるしかない。

白く染み一つない腹部は、まだそこに赤ん坊がいるとは思えないほど滑らかだ。

 

「う、うん、ちゃんとあるよ?」

 

「本当デスか!? きちんと見てくれてるデスか!?」

 

「………」

 

…我が嫁ながら、素なのか計算なのかよく分からない。

前者であればいわば天然であり、ある意味非常に切歌らしい。

後者であれば、魔性と形容するにしても、いさかか稚気すぎる誘惑だろう。

 

このとき藤尭の脳裏に去来したのは、今は妻帯して子持ちになった同級生の言葉だ。

現在の仕事に就いてから疎遠になっていたが、先日久しぶりに結婚の報告もかねて連絡を取っている。

その際、その同級生は『嫁さんが子供が産まれてから全く俺に構ってくれなくなった』と愚痴っていたことを思いだす。

子供が産まれると、伴侶に対する愛情が子供に全振りされる夫婦もままあるそうな。

こうやって積極的にスキンシップを求めてくる切歌も、いずれ子供を産んだらそうなるのだろうか?

遠くない将来に漠然とした不安を抱く。

いや、まあもちろん生まれてくる子供もとことん愛するつもりではいるけれど。

ともあれ、今はこの瞬間を楽しむしかないか。

もっとも身重であるからして、それほどディープな楽しみ方は出来るはずもなく。

完全に風雨が収まるまで夫婦でいちゃいちゃし、気づけば時刻は夕方。

窓を開ければ日差しも弱まり、漂ってくる風も若干の冷気を含んでいる。

 

「…そうだな、今のうちなら行けるな。よし、行こうか」

 

「え? 行くってどこへデスか?」

 

不思議そうに首を捻る切歌を車へ詰め込み、藤尭は車を飛ばす。

目的地が近づくにつれ、切歌の表情にも理解の色が広がった。

駐車場に車を停め、連れだって目的の場所まで歩くと、そこには既に先客がいた。

 

「あら、貴方たちも来たの」

 

マリア・カデンツァヴナ・イヴと月読調。

 

「そりゃお盆だからね」

 

挨拶を返し、藤尭は買っておいた菊の花を墓石の前に添えた。

 

『ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ ここに眠る』

 

墓碑銘はない。月の軌道修正を行い世界を救ったその行動は巷間には知られてはいない。

それでも彼女の行動を、藤尭は憶えている。

直接言葉を交わすことこそなかったが、おそらくナスターシャ教授もこの世界と人類を愛していたのだろう。

 

「…マム」

 

切歌がつぶやきしゃくりあげる。

レセプターチルドレンたちは彼女の忘れ形見であり大切な家族だ。

 

「御報告が遅れて申し訳ありません」

 

藤尭は墓石に語りかける。

 

「このたび、オレは切歌ちゃんと結婚させて頂きました」

 

本来なら、もっと早めに墓前に報告にくるべきだった。

その詫びも込めて、藤尭は心から祈る。

 

切歌ちゃんのことはオレが幸せにします。

ですから、どうか安らかに眠って下さい…。

 

少々長いほど手を合わせてから振り向くと、

 

「来年は三人で来られるデスね!」

 

お腹に手を当てた切歌がにぱっと笑顔を見せてくれる。

 

「…あら、私たちはカウントしてくれないのかしら?」

 

「切ちゃんはもう私たちはいらなくなったの?」

 

「そ、そんなつもりで言ったんじゃないデス!」

 

マリアと調に拗ねたように言われ切歌は狼狽。

その三人の様子に、墓の下のナスターシャ教授も自分と同じく苦笑しているに違いないと藤尭は確信を抱く。

宥める意味も込めて、四人で近くの個人経営のレストランに入り、早めの夕食をご馳走した。

これから仕事があるとのマリアに調もくっついてタクシーへ乗り、藤尭は切歌と車で帰る道すがら。

 

「…今年の商店街のお祭りも楽しみデスね~」

 

車窓から設置準備を始めている会場を眺め切歌が言う。

 

「納涼祭か」

 

赤信号に車を停めて藤尭も見れば、盆踊り用のやぐらもいよいよ組みたてられているようだ。

 

「それなんだけど、切歌ちゃん。今年はお祭りに出るのはやめておこう」

 

「はいッ!? なんでデスとッ!?」

 

「ここの商店街のお祭りも、年々人手が多くなってきているだろ? 万が一、人混みでお腹とかぶつけちゃあ…」

 

藤尭としては、至極当たり前に切歌の身体を気遣った上での提案だった。

 

「そんなの大丈夫デスよ!」

 

思いのほか強い口調で反論されて面食らう。

 

「いや、いくら切歌ちゃんが大丈夫だっていってもね」

 

「アタシはママになるんデス! だから子供のことだって守れるデスよ!」

 

「その子供がまだお腹で小さくて心配だから言っているのであって」

 

「朔也さんはまだアタシを子供扱いするんデスか!?」

 

微妙に議論が噛みあってない。

そのまま妥協点は見いだせず、車は家に到着。

 

「つーん」

 

不機嫌そのままに顔をそらしたまま切歌は車を降りていってしまう。

 

「…まいったな」

 

藤尭は頭を掻く。

考えてみれば、切歌とケンカらしいケンカをしたのはこれが初めてではないか?

もっとも藤尭とて本気で怒っているわけではない。

確かにあやすような言い回しになってしまったのは、切歌の指摘する通り子供扱いと思われても仕方なかったかも。

溜息をつき、藤尭は己にとって現在唯一のパパ友の携帯番号をコールする。

 

 

 

 

 

 

『…なるほど。おまえのところもそうか』

 

藤尭の話を一通りきいたあと、風鳴弦十郎は太い声で唸るように言った。

 

「え? おまえのところも、ってことは司令の方も?」

 

『うむ。クリスくんも商店街の夏祭りに行きたいと言ってはいるのだが…』

 

クリスに至っては妊娠八か月である。身重具合で言えば切歌の比ではなく、夏祭りに出る危険性も段違いだ。

藤尭がそう共感すると、弦十郎は実に苦しげな声を出している。

 

『そことなんとかしろと言われてしまってな』

 

「はあ…」

 

『ともあれ、藤尭の事情も把握した。明後日まで待っていてくれ』

 

 

 

 

 

…なぜに明後日? と思わなくもなかったその当日がやってくる。

ここ数日、切歌のテンションは目に見えて低い。

一応、藤尭が声をかければ普通に受け答えはしてくれるのだが、どこか居心地の悪さを感じるのは否めなかった。

大声を出したり物に当たったりしないのは、彼女なりに胎教について配慮しているのかも知れないな。

そんな風に切歌をいじらしく見ていた藤尭に、弦十郎に本部まで来いと呼び出しがかかる。切歌も同伴するようにとのこと。

そう伝えると、切歌自身は乗り気ではないようだが、司令からの通達とあっては無碍に出来ない。それでも乗り込んだ車で、未練たっぷりの声がこぼれている。

 

「…夏祭り、楽しそうデスね…」

 

切なそうな呟きが胸に刺さった。

いっそやっぱり連れていってやろうかな、と藤尭の心が揺れたが、まずは呼び出しの件を片付けなければ。

現行のS.O.N.G.本部は次世代型潜水艦内部に設置されており、平常時であれば潜水艦は秘密ドッグに係留されている。

切歌を伴い、そのドッグに足を踏み入れるなり、藤尭は目を見張る。

 

「これは…!!」

 

追従するように切歌も感嘆の声を上げていた。

 

「ふああああああ…!」

 

広大な整備ドッグの周辺に張り巡らされた幾つもの提灯。どこからか流れてくるお囃子の音。

そしてその中心には大きなやぐらがそびえている。

 

「おう、来たな藤尭ッ!」

 

法被姿の弦十郎が片手を上げて挨拶してくる。

 

「司令、これは…!?」

 

「なに、嫁さんを市井の祭りに行かせられないとあれば、本部で祭りをしてしまおうという寸法だ」

 

藤尭は合点が行く。なるほど、明後日まで待てというのはこの準備のためだったのか。

 

「ここでならば、人混みや余計なアクシデントの心配もあるまい?」

 

破顔する弦十郎。

 

「切ちゃん、おそかったね」

 

声のする方向を見れば、浴衣姿の調がかけよってくる。

 

「ほら、切ちゃんも着換えよう?」

 

こちらを振り向いてくる切歌に頷くと、調に手を引かれて嬉しそうに行ってしまった。

 

「…どうやら切歌くんの機嫌も直ったようだな」

 

「おかげ様で」

 

心の底から藤尭は胸を撫で下ろす。

 

「それにしても…」

 

チョコバナナ、焼き鳥、金魚すくいと実に夏祭りに相応しいラインナップの出店が幾つも立ち並んでいる。

ただ、そこで働いているのは市井の職人ではない。ほとんどが見覚えのある人間で、S.O.N.G.職員ばかりだ。

 

「福利厚生の一環でやってみるか!と提案したら、意外とみんなしてノリノリでな」

 

朗らかに笑う弦十郎に、藤尭も苦笑で応じた。

まったくこのノリの良さは、トップの感化力に負うところが大きいだろう。

 

「で、あれはなんなんです?」

 

藤尭はずっと気になっていた会場の一角を指さす。

けっこうな場所をとって設営されているのはどうみてもウォータースライダーだ。

だからといって、とても人間が乗れるような大きさではない。そう、ちょうど猫くらいが乗れそうな…。

正体を見極めようと近づく藤尭の視界に、小柄な少女のシルエットが飛び込んでくる。

 

「あ、司令さん、藤尭さん、お疲れ様ですッ!」

 

「エルフナインくん、これはもしかして例の流しそうめんのやつか…?」

 

弦十郎が尋ねている。

そういえば藤尭も聞いたことがあった。日本の夏の風物詩を極めんと、エルフナインが手製の流しそうめんコースターを作ったとかなんとか。

 

「いえ、今回はそうめんではなく、夏祭り用に焼きそばに改良しました!」

 

「…なんだとッ!?」

 

「スライダーの下部をセラミックでコーティングして過熱することにより、頭頂部から流した麺は、途中でこんがりモチモチに焼き上がる計算になります」

 

えへん、とばかりにエルフナインはフラットな胸を張る。

 

「…ということは、流れてくるのはソースなのか?」

 

弦十郎の問いに「はいッ!」と元気よく返事をするエルフナイン。

野郎ども二人、顔を見合わせ異口同音に呟く。

 

「たぶん失敗すると思うぞ、これは…」

 

 

 

 

 

 

着替えに行った切歌はまだ戻ってこない。

弦十郎と別れて手持無沙汰で会場内をうろついていると、クリスがいるのを発見した。

臨月も近いのでさすがに彼女は浴衣を着ていない。

しかし、もともとの小柄な体型もあいまって、赤いワンピースの腹部はかなり大きく膨らんで見える。

そんな彼女は革張りの豪奢な椅子に身体を沈め、浴衣姿の響を顎で使っていた。

 

「次はリンゴ飴とお好み焼きを頼むわ」

 

「でもクリスちゃん、食べ過ぎ、食べ過ぎじゃない?」

 

「あたしじゃねーよ。腹の子が欲しがってんだ。つべこべ言わず持ってきやがれ!」

 

その光景をに、藤尭は思わず呟く。

 

「貫録あるなあ…」

 

まるで女王のような風格を漂わせるクリスを眺めていると、背後から肩を叩かれる。

振り向くと友里あおいが立っていた。

白地に青い菖蒲の柄の浴衣姿も涼しげで、素直に称賛するしかない。

 

「…似合ってるじゃないか」

 

「うふ、ありがと」

 

ころころと笑う友里。

 

「時に、参加者はみんな志願してくれているのかな?」

 

良くも悪くも現総司令にはワンマンなところがある。

もし強制参加だったら気の毒だなと思い、弦十郎には訊けなかった本音を敢えて友里へと投げてみた。

 

「どうせならって、みんなして結構楽しんでいるわよ?」

 

首肯する友里の意見を裏付けるかのように、その背後を浴衣姿の女性職員たちが笑いさざめきながら歩いていく。

 

「それならいいんだけど…」

 

藤尭は椅子に座るクリスの方を見て、

 

「今回の件は、まあ、雪音さんのワガママが発端みたいなもんだろ?」

 

嫁を市井の祭りへ行かせるのは危険だから、いっそ身内で祭りを開いてしまえ。

それを職場で実施するだから、一歩間違えれば公私混同のそしりを免れまい。

 

「女性のワガママにどこまで応えられるかが、男の甲斐性ってやつじゃない?」

 

笑いながら友里はそう返事をしてくる。

…切歌ちゃんのワガママに応じられなかったオレは甲斐性なしか。

溜息をつき、藤尭は取りあえずクリスへと挨拶をしておくことにした。

この場での彼女のヒエラルキーの高さからも、当然の選択とも言える。

 

「こんばんは、雪音さん」

 

「あ、藤尭さんッ」

 

「立ち上がらなくていいよ、そのまま、そのまま」

 

「んじゃ、お言葉に甘えて」

 

常識と礼儀も弁えており、人望もある。

他人の境遇を思いやることも出来、仲間のためなら身体を張ることも厭わないのが、藤尭の雪音クリスの人物評だ。

そんな彼女が弦十郎に対しとても分かり易い矢印を出していたことは、二課内では周知されていた。

気づかぬのは当人二人だけという昔の恋愛ドラマのようなシチュエーションを、女性職員たちは非常に堪能していたらしい。

器量に関しては両名とも申し分ないため、最大の難関と思われた年齢差を乗り越え二人が結ばれたことを、藤尭は雛が孵った時に初めて目にしたものを親と思い込む、いわゆる刷り込み現象ではないかと分析している。

雪音クリスという不遇の少女時代を送った彼女にとって、初めて心の底から信じられた大人が風鳴弦十郎だったのだろう。

もっともそれは、自分と切歌にも当てはまりそうで決して笑えなかったが。

 

「はい、クリスちゃん、イカ焼きとタコ焼き持ってきたよ~! って、藤尭さん、友里さん、こんばんはッ!」

 

パタパタと響が両手に獲物を持って駆けてくる。

 

「こんばんは。…あれ? 小日向さんは?」

 

「未来ならいま、切歌ちゃんの着付けを手伝ってますッ!」

 

時間がかかっているのは、やっぱり妊娠しているからかな?

藤尭がそんなことを考えていると、背後でドン! と腹の底に響くような大きな音。

振り返れば、やぐらの上で、もろ肌を脱いだ弦十郎が見事なバチ捌きで太鼓を叩いているところ。

笑顔を浮かべて筋骨逞しい腕を縦横に動かすその姿は、異様なほどサマになっている。

 

「…基本的にド器用な人なんだよな」

 

カンフー映画を見ただけで超人的な戦闘力を手に入れる弦十郎にとって、太鼓の叩き方をマスターすることなど造作もないことだろう。

少なからず称賛を込めてそういったつもりなのだが、その嫁であるクリスが不機嫌な表情を浮かべていた。

 

「…ったく、自分だけで楽しんじまってるじゃねえかッ」

 

その言に、藤尭は思わずたじろく。

そもそものこの祭りはクリスのために催したといっても過言ではない。

なのになんという理不尽な。

唖然とする藤尭に、友里が近づいてきて囁くように言う。

 

「歌詞の文句にもあるでしょ? 嫉妬は女の花火っていうじゃない」

 

「いや、そんな楽しそうに言われても」

 

そもそも、同性である女性本人から言われてもなあ。

 

「お待たせしたデェス!」

 

ようやく切歌が戻ってきた。

遅かったね、と出迎えて、藤尭は即座にその理由を悟る。

しかし、にっこりと笑うと、持っていたハンカチでその唇の端についたソースを拭ってやった。

恥らう切歌だったが別に咎める気持ちはない。祭りを堪能してくれて、機嫌を直してくれただけで十分だ。

 

「はい、切ちゃんの分だよ」

 

遅れてやってきた調が、リンゴ飴を渡してくる。

受け取った切歌と、「朔也さん、半分こにするデス!」などとやりとりしていると、やぐらの上で弦十郎が良く通る声を張り上げた。

 

「諸君、楽しんでくれているかッ!? ここで、今夜のスベシャルゲストを紹介しよう!」

 

その声に応じるように、やぐらの周辺からスモークが溢れる。

おまけにレーザーサイトも連動して縦横無尽に張り巡らされる中、やぐらの上に輝くような長い髪を翻す人影が。

 

「狼狽えるなッ! お祭り仮面(マスク・ド・フェステバル)とは私のことよッ!」

 

オカメのお面をかぶって法被を着てはいるものの、恵体に聴き慣れ過ぎた声。

 

「なにやってるんだろ、あの人は…」

 

見慣れたシルエットに藤尭が呟けば、

 

「今日、とても大切な仕事が入っているって言ってたけど、これのこと…?」

 

調も首を捻ってる。

ただ、切歌だけが異様に高いテンションで興奮していた。

 

「ふおおッ! お祭り仮面! いったい何者なんデスか!?」

 

「…本気で言ってるの切ちゃん?」

 

ともあれ、会場内にクリスタルボイスで北海盆歌が響き、弦十郎が太鼓を叩く。

やぐらの周囲を浴衣姿の職員たちが踊り回る。

一緒に踊る切歌と調を眺めつつ、藤尭はしみじみとぼやいた。

 

「ビルボードチャートを制した歌姫が日本の田舎のローカルソングを熱唱するなんて、これはもうわっかんねえな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出店の金魚すくいや射的も楽しみ、ほとんどの食べ物も制覇した切歌は、お土産に綿あめの大きな袋も担いでご満悦。

店じまいした職員たちも焼き鳥片手にビールを交わすなど、賑やかで和やかな空気が会場内に漂っている。

そんな会場の光景が一瞬で切り替わった。

吊るされた提灯はそのままに、上空にあるのは無機質の天井ではなく、星の瞬く高い夜空。

そこに甲高い音を引きながらゆらゆらと火柱が立ち昇り、爆発。

夜空に絢爛と咲いた大きな花火に、全身を揺らすほどビリビリとした空気の振動まで伝わってくる。

もちろんここは屋内なのであるが、現地にいると錯覚してしまうほどの臨場感。

 

「どうだ? 音響に関しても多少工夫してみたぞ?」

 

いつの間にかやぐらを降りた弦十郎が、額の汗を拭いながら言う。

 

「…なんという異端技術の無駄遣い…!」

 

装者の戦闘シミュレーションにも使用されている疑似環境形成プログラムは、元F.I.Sから回収した技術を流用した物。今見ている花火も、それに由来するものだろう。

思わず藤尭はそう呟いてしまったが、考えてみれば何も対聖遺物や対ノイズだけに使用を限定する必要もないことに気づく。

こんな風に平和的に活用することこそが、本来的な使用方法なのかも知れないな。

夜空には次々と大輪の花が咲く。

誰もがうっとりと見蕩れ、その迫力に身を委ねる中、隣に立つ切歌が口に手を添えて叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「た~~~やま~~~~!!」

 

 

 

 

 

 

「それを言うならたまやだよ、切ちゃん!」

 

「デス?」

 

なお、やぐらの上のお祭り仮面は盛大にコケた模様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、エルフナイン発案の焼きそばスライダーは、響を除いて女性陣に大不評だった。

流れてくる焼きそばを取る際に、ソースが飛び散って浴衣を汚してしまうからだ。

なので響はシンフォギアを着装して一人黙々と食べていたとのこと。

 

 

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