ふわっといずデス?   作:とりなんこつ

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第3話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~♪ 藤尭さんの作るケーキはやっぱり美味しいデス~」

 

フォークをくわえて満面の笑みを浮かべる暁切歌に、藤尭の頬も綻ぶ。

 

「ははは、そんなに褒めても何も出ないよ」

 

「嘘じゃないデスよ!? 調の作ったものよりも美味しいデス!」

 

ああ、やっぱりあくまで比較対象は調ちゃんってわけね。

しかし何度同じことを言われただろう?

ひっそりと苦笑していると、切歌は慌てて言い添えてきた。

 

「あ、でも、いま言ったことは調には内緒でお願いしますデス」

 

「どうして?」

 

問い返す藤尭は、やや意地が悪い。

切歌は真剣な表情で、

 

「調が知ったら『だったら藤尭さん()の子になったらいいの』なんて言うに決まっているデス!」

 

「わかった、絶対に言わない。約束する」

 

藤尭も真剣な顔で頷く。

 

「それはともかく、ケーキも作りすぎたから、お土産に持って帰ってあげてくれよ」

 

「ありがとーデース!」

 

切歌の感謝の声を背に、藤尭は残ったケーキを箱詰めにする。ご丁寧にリボンで軽くラッピング。

 

「よし、出来た。我ながら手際がいいね……ってちーがーうー!!」

 

叫ぶ藤尭。

 

「どうしたんデスか?」

 

「い、いや? なんでもないよ?」

 

心配そうな声にそう応じておいて、その実、藤尭は頭を抱えている。

今や切歌にすっかり懐かれてしまっていた。

そんな彼女は、藤尭の休みの日によく遊びに来る。代休日の今日など、リディアンから直行して来たらしく制服姿だ。

普通、独身男の家に年頃の娘が入り浸るなど不埒なことだが、そこは保護者の了解を得ている。

だからこそ藤尭は全身全霊で風鳴弦十郎司令に訴えていた。

 

最近、切歌がしょっちゅう家に遊びに来るようになったが、やはり外聞が良くない。

いくら保護者の了承を得ているとは、相手は未成年の少女なのだから。

 

常識的な面を強調し、最後にもっとも力を込めて訴える。

 

それに、オレのプライベートな時間の確保もなんとかしてください…。

 

ふうむ、としばし考えこんだ弦十郎だったが、翌日、新たな辞令が交付された。

 

 

藤尭朔也。

G回天式特機装束装着者情操監督官に命ずる。

 

 

「略称でG.S.S.Iだ。格好いいだろう?」

 

がははと豪快に笑いながら辞令書を渡してくる弦十郎に、さすがの藤尭も噛みついた。

 

「こんな役職、適当にでっち上げたもんでしょうがッ!?」

 

「あら? 違うわよ。わたしもそうだし」

 

すかさず言ってくる友里あおいの言を、疑わしげな眼差しで見てしまったのはどうしようもない。

 

「…本当かよ?」

 

「本当よ。今まで装者6人分だったけど、切歌ちゃんを引き受けてくれれば一人分は楽になって助かるわ~」

 

けろりとした顔でいう友里に、弦十郎も大きく頷く。

 

「確かに友里には負担を強いてきたな。藤尭ッ、なんならセットで調くんも担当してみるかッ?」

 

「それは遠慮しますッ!」

 

「まあ、これで切歌くんがおまえの家に出入りしたとて、とやかく言う外野はいまい。良かったな」

 

豪気に締めくくる弦十郎に、藤尭はもう何も言えなかった。

それでも帰りのロッカールームで、ロッカーに八つ当たり。

 

…違う、そうじゃないッ!

オレは、オレのプライベートの確保が一番大切なところで…!

 

しかし、もはや覆水盆に返らず。

組織内で一度発令された辞令はそう簡単に撤回されるものではない。

 

そうだ。逆に考えるんだ。

これで確かに未成年略取うんぬんとかで警察などに踏み込まれることもないだろう。

いわば国際的なお墨つきを得たに等しいのだから。

わーい、これで公明正大にリアル女子高生と一緒にいられるぞ、嬉しー……くねーよ、おい!

 

「…藤尭さん?」

 

気づけば、すぐ傍で切歌が心配そうにこちらを見上げていた。

 

「大丈夫デスか?」

 

「ん、ああ、大丈夫。ほら、これお土産」

 

案じる声の切歌に、ケーキの入った小箱を渡す。

 

「うほほ~いデス♪」

 

小箱を捧げ持ち文字通り小躍りする切歌。

彼女に見えないように藤尭はそっと溜息をつく。

切歌がやってくるたび、こうやってお菓子を振る舞い、時には宿題も教えて、映画を見たり、ゲームをしたり。

最近ようやく理解してきたが、これって学童保育ってやつじゃないの?

無論学童とは小学生を指すことは知っているが、切歌の精神年齢は見た目よりだいぶ幼いと分析していた。

その視点からリアルJKというパワーワードを除外してみれば、何だか子犬みたいな印象になってくる。

藤尭の休みを把握し、律儀にやってくる彼女を忠犬と称するのは失礼かどうか微妙なところだ。

ただ、構って構ってと全力全開で来られても、こっちは休日なのに、と疲弊してしまう自分がいるわけで。

 

「あれ? そういえば調ちゃんは?」

 

今さらながら藤尭は問うた。

切歌は調とセットで来訪することも多い。

そうなるとおやつの量は二倍必要になるが、二人で色々としているので構わなくてよいので楽だ。

 

「調は翼さんとお買いものだそうデス!」

 

途端に不機嫌そうに切歌は唇を尖らせている。

 

「へえ、珍しい組み合わせだね」

 

「聞いて下さい藤尭さん! 『持たざる者の会』とかいって、アタシを入れてくれないんデスよ!?」

 

「はい?」

 

「一緒に下着を買いに行くんデスって! どうしてアタシを仲間外れにするデスかね!?」

 

「さあ、なんでだろうね」

 

そもそも女性の下着うんぬんの話を男に振られても困る。

話題に深入りするのを避ける意味も込めて、藤尭はエプロンを身に着けた。

 

「さあて、ぼちぼちオレは夕食の仕込みをしなくちゃ…」

 

―――あ、それじゃそろそろお暇しますデス!

そんな返事を期待したのだけれど、切歌は黙ってじーっとこちらを見てくる。

その無垢な瞳に、藤尭は白旗を上げた。

本当に腹を空かせた子犬みたいだな。

そんなコメントは飲みこんで、あくまで笑顔笑顔。

 

「…良かったら、食べていく?」

 

「はいデス!」

 

元気よく返事をし、いそいそと切歌はカバンからエプロンを取り出してきた。

 

「どうデスか? 学校の調理実習で使っているエプロンデスよ!」

 

どうということのない無地のエプロンの胸のところに、緑のバッテンのアップリケ。

 

「はい、可愛い可愛い」

 

「んもー、藤尭さんってばちゃんと見て下さいデス! この胸のところの刺繍は、調と二人で針仕事で…」

 

故意か無意識か、胸をむっちりと持ち上げる仕草をしてくる彼女を注視出来るわけもなく。

包丁で野菜を切ることに集中するフリをして誤魔化す。

頬を膨らませていた切歌だったが、やがて何かを思いついたように手を叩いた。

 

「いつでもアタシも手伝えるように、このエプロンを藤尭さんの家に置いていっていいデスか?」

 

「…それじゃあ学校で使うとき困るでしょ?」

 

「ああ、そっかーデス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食はラタトゥイユとニース風サラダ。どちらも野菜たっぷりで健康にも良い。

バケットを添えて、切歌と二人食卓に着く。

 

「いただきますデース!」

 

「はい、おあがりなさい」

 

「んん~、お茄子がトロトロデース♪」

 

熱々のラタトゥイユをバケットに載せて切歌が頬張っている。

藤尭もスプーンで一口運び、悪くない味だと思う。

もっとも、藤尭の好みとしてはもっとニンニクを効かせたい。そこに良く冷えた白ワインで…。

しかし切歌が来るようになってからは、アルコールは飲まなくなっていた。

未成年の前でアルコールが飲めるか、という大人としての常識もあったが、変に酔ってしまうことを恐れている。

酔っぱらった結果、切歌に何かをするという可能性は自身で除外。

こんな子犬娘に情動を催すほど、藤尭は餓えていない。成熟した女性こそ好みである。

真の懸念は、酔って気の大きくなったときに変な約束や言質を取られてしまうことにあった。

最近ハマっているフレンチの面倒くさいメニューを作る約束や、どこかに遊びにつれていくなどと言質を取られてはたまったものではない。

 

「…それに、そもそもが赤字なんだよな」

 

情操監督官とやらの役職手当で月々5000円は付加されている。

しかしそれも、こうやって料理やお菓子の材料費やら何やらで消えていた。

料理は趣味で手間暇はプライスレスとしても、藤尭の懐事情は決して温かくはないのである。

 

「ごちそーさまデス♪」

 

大満足の切歌と一緒に並んで後片付け。

料理自体はそれほど得意ではないという彼女だったが、後片付けや掃除はなかなかしっかりとしている。

施設時代の共同生活で身に着けたと聞けば、少しだけ同情出来る話だった。

 

「さて、と」

 

後片付けも終え、ココアを振る舞う。

藤尭は飲まないのだけれど、なぜかいまやココアは自宅に常備されてしまっていた。

ふーふーとココアを冷まして飲みながら、切歌は何が楽しいのか笑顔が絶えない。

 

「…あのー、藤尭さん。一つお願いがあるんデスけど」

 

不意に切歌が言ってきた。

来た来た。

こういうのがあるから迂闊に酔っぱらえないんだよな。

 

「なにかな? オレは明日も仕事だから、あんまり時間がかかるのはダメだぜ?」

 

「時間は、まあ、それなりデスかね」

 

「ふむ?」

 

そういって、切歌がまたもや鞄をごそごそしている。出してきたのはDVDだ。

 

「この映画を一緒に観てもらいたいんデス」

 

藤尭は時計に視線を走らせた。時刻はまだ19時を回ったばかり。

よほどの大作映画とかでなければ、二時間はかからないはず。

プライベートな時間が削られることにちょっと不満を覚えたが、これも仕事のうちだと割り切ろう。

 

「分かった。一緒に観ようか」

 

「良かったデス! 一人で見るのはちょっとイヤかなと思って困ってたんデスよ」

 

「ところで、それは何の映画?」

 

「ホラー映画デス! クリス先輩から、すっげぇヤバいやつだってお墨付きデスよ!」

 

「…え?」

 

藤尭は固まる。

さーっと自分でも血の気が引くのが分かった。

実は、ホラー映画は苦手である。否、ぶっちゃけていえば大嫌いだ。

それでも、大人であるからにして公言したことはない。

 

「…藤尭さん?」

 

「べべべべべ別に構わないよ?」

 

「そうデスか!」

 

脂汗を流す藤尭に気づいた様子もなく、切歌は勝手知ったるなんとやらで再生機にディスクを放り込んでいる。

続いてキッチンもリビングも電灯を消してきたのには、藤尭は小さく悲鳴を上げてしまった。

 

「き、切歌ちゃん、何を…?」

 

「こうやって真っ暗にして観るのが本当のホラー映画の楽しみ方だってクリス先輩が言っていたデスッ!」

 

藤尭は震えつつ首を捻った。

雪音クリスも結構な怖がりだと調査部の報告にあったと思う。

なのにこんなアドバイスをするとは…ああ、なるほどオレと同じか。彼女なりに後輩の前で強がる必要があったに違いない。

納得はしたものの、余計なことを教えやがってと内心で不平を漏らす。

 

「それじゃあ、一緒に並んで観るデス!」

 

ソファーの隣をポンポンと叩かれる。

大人しく腰を降ろすと、切歌が寄り添ってくる。

いつもだったら「近い近い」と距離を取るのに、出来なかった。

暗がりでも感じられる少女の仄かな体温を頼りに、藤尭は覚悟を決める。

薄暗い画面に映画会社のロゴ。それからいかにもなおどろおどろしいBGM。

背筋を伸ばし、腹筋に力を込めた。

目を閉じてはダメだ。音声だけの方が返って恐怖を増幅させることは経験則で知っている。

画面を見ずに別のことに思考を集中する、というのもやってみたことがあるが、無駄だった。

五感から入力される情報を的確に処理し分析してしまう自癖を、これほど疎ましく思うことはない。

作り物だとかフィクションだとかは頭で理解している。それでも視聴者に強い物語性を訴えてくるのが、つまりは良く出来た映画ということだろう。

だけど、本当に、ホラーだけは勘弁…!

まだ始まったばかりなのに内心で冷や汗をダラダラと流す藤尭を見上げ、切歌は右手を差し出して来た。

 

「藤尭さん、一緒に手を握って観るデス」

 

「…え?」

 

「うちでは調といっつもこうして観ているデスよ?」

 

普段であれば、そんな子供じゃあるまいし、と一笑に付す申し出だ。

しかし、藤尭は考え込む。

刹那の間に、大人としての矜持とホラー映画の苦手意識が相争い、結局藤尭はプライドを捨てることを選んだ。

だからといって全てを投げ捨てたわけじゃない。

 

「べ、別に怖いわけじゃないんだからねッ? 切歌ちゃんが申し出てくれたから、せっかくだから! せっかくだから!」

 

返って乙女のような醜態を晒してしまっていることに、本人は気づける余裕はない。

そんな藤尭に対し、それでも会心の笑みを浮かべて指を絡めてくる切歌がいる。

 

「はいデス♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、最近のホラー映画の映像はいろいろ凝っているねぇ…」

 

鑑賞を終え、藤尭はそう感想を述べたが、ガチガチと歯の根はあっていない。おまけに声も裏がっている。

正直いって滅茶苦茶怖かった。

それでもどうにか悲鳴を上げずに済んだのは、繋いだ手のぬくもりのおかげだろう。

 

「…洒落にならないくらい怖かったデス…」

 

エンドロールを眺めながら切歌も茫然とそう言った。彼女の両手はいつの間にか藤尭の左手を包んでしまっている。

 

「さて、終わったことだし電気を付けようか…」

 

手をつなげっ放しなことに気づく余裕もなく、そうは言ったものの藤尭はソファーから立ち上がれない。腰が抜けたわけではないが、足が震えて立ち上がれないのだ。

どうやら切歌も同様らしく、二人揃ってソファーで震えが治まるのを待つ羽目に。

そうしているうちにエンドロールも終わり、DVDはタイトル画面へと戻ってくる。

不気味なフォントのタイトルはともかく、チャプター選択の画面は一応明るくなった。

どちらともなくホッと息をつき、さあ立ちあがろうと視線を巡らして、二人は同時に見てしまう。

リビングのドアの隙間の暗がりから、じーっとこちらを見てくる瞳を。

 

「どうぇあああああああああああああッ!?」

 

「でぇえええええええええええええええええすッ!?」

 

悲鳴を上げ続ける二人の前に、ドアの隙間がゆっくりと開く。

こちらを見つめてくる真っ黒い目はそのままに、そこからは細い手が伸びてきて―――。

 

リビングの電灯のスイッチを入れた。

 

急に明るくなる室内。

眩しさに目を細めていると、今度こそドアは完全に開け放たれて、そこには見覚えのある小柄な少女が立っていた。

頬を膨らませた月読調だった。

 

「切ちゃん、一緒に観る約束していたのに、ずるいの」

 

「はあああああああああああああ~…」

 

その脱力しきった声は、いったい二人のどちらが漏らしたものか。

 

「マジで勘弁してくれよ…」

 

藤尭は愚痴り、

 

「調、心臓が止まるかと思ったデスよ!?」

 

切歌もさすがに非難するような声を上げている。

完全に腰を抜かした二人を、調は例のじーっという眼差しで眺めるとポツリといった。

 

「二人して、やらしいの」

 

指摘され、ようやく藤尭は現状に気づく。

腕の中には「デス?」ときょとんと首を傾げる切歌がいた。

ごく近距離で視線が絡み合う。ココアの残り香と少女の髪から漂うシャンプーの匂いに包まれる近距離だ。

 

「う、うわっとと!!」

 

「で、デスデスデスッ!!」

 

慌てて身体を引き離す。

藤尭をして、不覚にも狼狽してしまった。

状況が状況とはいえ、まさか真正面から抱き合う格好になっていたとは。

 

「ところで、切ちゃんの抱き心地はどうでした?」

 

「うん、悪くなかったよ……って何言わせるんだよ調ちゃんッ!?」

 

当の切歌は黙って俯いている。その顔を真っ赤だ。

 

「さすが大人はやらしいの」

 

とブツブツ繰り返す調に、オレは悪くねぇ! と藤尭は声高に主張したい。

しかし脈打つ鼓動が声を出すのを阻害していた。

 

…おい、いつまでバクバクしてるんだよ、オレの心臓!

 

そこで藤尭は気づいてしまう。

この動悸は、果たしてホラー映画によるものなのか?

胸の中に浮かんだ、何となく重大ごとに思える疑問を黙殺するように、藤尭は頭を振る。

それから黒髪の少女の方へと向き直ると、言った。

 

「ところで調ちゃん、どうやってオレの家の中に? 鍵はかけておいたはずだけど」

 

確かにしっかりと施錠した覚えがある。それでなくてもS.O.N.G.の官舎だ。セキュリティは万全のはず。

 

「ああ、それならカードキーで開けました。マリアに複製したやつを貰っていたの」

 

「それならアタシも貰っているデスよ!」

 

「…別の意味でそっちの方が怖いよッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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