ふわっといずデス?   作:とりなんこつ

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第4話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで藤尭さんをご招待デース!」

 

切歌が一枚の封筒を差し出してくる。

玄関先で受け取ると、

 

「あんまり遅くなると調が心配するのでさよならデス!」

 

そう言い置いて、走って行ってしまった。

…わざわざ手渡しでなんだろう?

首を捻りつつ、リビングで封筒を開封。

中には有り触れたプリント用紙が一枚折りたたまれていた。

 

「リディアンの体育祭への招待案内…?」

 

私立リディアン音楽院は、もともと二課の肝煎りで建設された教育施設だ。

一般の高等学校に準じた年間行事が実施されていることぐらい、藤尭も把握している。

それでも、なんでオレが招待されなければならないんだ? と首を捻っていると、携帯電話に着信が。

ディスプレイに表示された名前がマリア・カデンツァヴナ・イヴであることに、藤尭は目を剥いた。

彼女の電話番号なぞ登録した覚えがないのに。

鳴り止まぬ着信音に、藤尭は意を決して通話ボタンを押す。

 

「…もしもし?」

 

『ああ、藤尭さん? 今しがた、切歌がお邪魔したわよね? リディアンの体育祭の案内状を見たでしょ? それで悪いんだけど、私の替わりに切歌と調の応援しに行って頂戴』

 

「…あのねッ! いきなりそんなこと言われてもオレにも都合ってものが…」

 

『出来たら動画に撮ってくれるとベターね。あ、お弁当もよろしくねッ!』

 

そう言って通話は切れてしまった。

あまりにも一方的な通達に呆気にとられたが、さすがの藤尭も憤慨。

急いでリダイヤルするも、全く出る気配はない。

…結局、保護者代理ってことかよ。

藤尭は天を仰ぐ。

なんちゃら情操監督官という役職も拝命している以上、頼まれれば仕事と割り切って対応することは出来る。

しかし、あまりにこちらの事情を斟酌しない物言いにはカチンと来るし、なによりリディアンは女子高だ。

そんなとこに野郎が観覧に行ったら怪しまれないだろうか?

身元はしっかりしているから大人からはともかく、有象無象の女子高生の興味の対象として。

 

「そもそも休みが取れるかってこともあるんだけどね…」

 

国際公務員といえどお役所仕事には違いない。基本的に週休二日制を採用している。

もっとも作戦行動中などは全くその限りではないし、労働基準法真っ青の激務に翻弄されることもある。

また、365日24時間即時対応なこともあり、土日祝日の当直業務とかもあるわけで。

そんなこんなで一応指定休日の申請をしたところ、あっさりと受理された。

加えてノイズの襲来などもなく、体育祭の当時を迎えてしまう。

空は快晴。気温は暑くもなく寒くもなく、絶好の運動会日和。

弁当箱を抱えた藤尭は、パンパンと散発的に上がる花火の音を聞きながら他の父兄とともにリディアンの正門をくぐる。

そしてその先に広がる光景は、良くも悪くも予想を超えていた。

 

「おうッ! 来たか藤尭!」

 

「おはよう」

 

「…二人とも、なんでここにいるんですかッ!?」

 

ジャージ姿の風鳴弦十郎に、実に色気のないブラウスにスラックスを履いた友里あおいがいる。

二人の姿を認めるとともにあることに気づき、藤尭は周囲を見回す。

行き交うのは中年のお父さんばかりだが、その中の決して少なくない人数の目つきが鋭すぎる。

 

「もしかして、保安部も出張ってきているんですか?」

 

弦十郎は頷く。

 

「実際に、娘さんを通わせている職員もいるしな」

 

現在、リディアンに在籍する装者は、立花響、雪音クリス、暁切歌、月読調の四人。くわえて重要人物として小日向未来もあげられる。

そんな彼女たちが常日頃から通うリディアンの警備体制は厳重を極めていた。

普段と違って外部の人間の出入りが多い学校行事などの際は、更に警備を固めるのは当然ともいえよう。

 

「…だったら、そうだってオレにも言って下さいよ」

 

一方で藤尭の不満は別のところにある。

こんなことならわざわざ年休を申請せず、業務の派生で良かったのに。

 

「そうはいうが、おまえは切歌くんから直々に招待されたわけだろう? それを仕事として捉えられては、切歌くんも気の毒かと思ってな」

 

「仮にプライベートだとしても、マリアさんの代理ですよオレは」

 

マリアは今は海外だそう。

それで体育祭に駆けつけられない事情は察するが、藤尭にとっては本来なら貴重な日曜の休日である。

まあそう愚痴るな、と弦十郎の指し示す方向を見れば、赤い鉢巻をした切歌と調がこちらへ走ってくるところ。

 

「あ、藤尭さん! おはようございますデース!」

 

「おはようございます」

 

体操服姿の二人に、藤尭も挨拶を返す。

 

「おはよう。二人とも赤組なの?」

 

「はいデス!」

 

「クリス先輩も赤組ですよ」

 

そしてそのクリスはというと、弦十郎たちの姿に驚きの声を上げていた。

 

「なんだよ、なんでおっさんがここにいるんだッ!?」

 

駆け寄ってくるクリスに、弦十郎は朗らかに笑う。

 

「一応、クリスくんの身元引受人は俺だからな」

 

「だからっていきなり過ぎんだろうがよッ!」

 

「遠慮するな。今日一日は俺のことをお父さんと思っていいぞ。そして、そうだな、友里はお母さんだ」

 

「……」

 

微妙すぎる表情を浮かべるクリス。

友里に至っては、表情が複雑骨折している。

同僚の様子を気の毒そうに眺める藤尭の視界に、もう一人の装者の姿が。

 

「うう、なんでわたしたちだけ白組なの…?」

 

なんとも恨めし気な声を出しているのは立花響。

 

「大丈夫だよ、響。わたしと響なら、たとえ二人きりだとしても」

 

その隣に寄り添い、慰めるは小日向未来。

 

「うん、そうだね! わたしも未来と一緒なら、きっと神様にだって勝てるよ!」

 

一転してケロッとした明るい顔になり、響は洒落にならない台詞を口にした。

人目もはばからずきゃっきゃうふふと戯れ始めた二人を眺め、藤尭は弦十郎に思いついた疑問を投げてみる。

 

「…ひょっとして、組み分けの時点で細工しませんでしたか?」

 

「うむ、まあ、そこいらへんはちょっとな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

選手宣誓が行われ、体育祭はスタート。

紅白の陣営に分けられてはいるものの、生徒たちの往来は自由だ。

特に教師が仕切るわけでもなく、観覧席で両親と談笑している生徒も多い。

幾つか食べ物系の出店まで建っている。

自分が学生の頃の体育祭に比べ、ずいぶん緩いもんだなと藤尭は思う。

そこいらへんの自主性は生徒たちに任せているのだろう。

一番目の種目が始まれば、盛大な応援が飛び交いさっそく盛り上がっている。

 

「おっと、こうしちゃいられないな…」

 

渡されたプログラムには、予め切歌と調が出る種目にチェックを入れている。

映像を残せといわれたけど、とりあえず自前の携帯端末でいいかな。データを送りつけるときには楽だし。

ぶらぶらと観覧席まで行けば、友里に声をかけられる。

 

「ちょっと! 間もなく切歌ちゃんの出番だけど、大丈夫?」

 

おっと、危ない危ない。

さっそく撮影すべく前列へ。

障害物競争のスタートラインの前に四人の女生徒が立ち、一番手前で切歌が手足のストレッチをしている。

位置について、よーいドン! スタートピストルの音とともに、切歌はダッシュ。

その姿を藤尭は携帯画面で追う。

まずは平均台だ。落ちたらスタートへ戻ってやりなおし。

危なげなくスピーディに渡りきる切歌。

続いて、地面に張られたネットの下を腹這いで移動する。

これまた素早くクリアする切歌の動きは、まるで熟練した匍匐前進だった。

レセプターチルドレン時代に、何かしらの軍事行動でも教えこまれたのだろうか?

最後は、小麦粉の満たされた大きなバットから飴玉を探して咥えて、ゴールへ駆け込めば終了。

余裕の1位でゴールを通過した切歌は、真っ白な顔のまま藤尭に気づいたらしくVサイン。

そのまま赤組の陣営に戻れば、級友らしい女生徒たちからもみくちゃにされている。

実にオーソドックスな障害物競争だね。それが藤尭の抱いた感想だった。

それに、切歌ちゃんもずいぶんとクラスに馴染んでるみたいじゃないか。

さて、次は調ちゃんの番、と…。

 

ふと気づいて横を見れば、弦十郎が立っていた。

 

「あれ? 司令はどうしたんですか?」

 

「この障害物競争にはクリスくんも出るそうだぞ。知らなかったのか?」

 

学年で分けられることなく、一年生から三年生まで混合で競争するらしい。

見れば、なるほど、調とクリスが同色の鉢巻をつけ、同じスタートラインに立っている。

スタートピストルの音。

あっという間に平均台を渡った二人だったが、調が物凄い勢いでネットエリアをクリア。

ぶっちぎりの一位でゴールを通過している。

一方のクリスは、ネットエリアで引っかかり、打ち上げられた魚のように悶えていた。

結果はぶっちぎりの最下位だった。

 

「…胸が引っかかっていましたねえ」

 

「うむ」

 

「つか、ばるんばるんですねえ…」

 

「うむッ」

 

「うむッ、じゃないでしょがッ!」

 

いつの間にか背後に来た友里に、男二人はハリセンで後頭部を張り倒される。

思わぬ眼福というかとんでもない光景を目の当たりにしてしまった藤尭だったが、次の競技のために気を引き締める。

次に切歌と調が出る競技は、これまたオーソドックスに二人三脚。

そして白組の対戦相手は、立花響、小日向未来ペアだ。

 

「これは見物だな!」

 

弦十郎が声を上げた通り、普段からコンビでいるペアだ。呼吸もぴったりだろうから、まさに彼女らにこそ相応しい競技と言えるだろう。

結果を記せば、切歌・調ペアと、響・未来ペアの一騎打ち。

壮絶なデッドヒートの果てに、響と未来に軍配が上がる。

弦十郎は装者たちに惜しみない拍手を送りながら笑った。

 

「ユニゾン特訓の成果だなッ」

 

「周囲がドン引きするほどぶっち切りなんですけど、それは」

 

鞠入れではクリスが超長距離から見事な投擲を見せて勝利に貢献し、綱引きでは響が場違いな震脚を炸裂させ、もう少しで綱を寸断しそうになる。

学年ごとのダンスでは、切歌と調は見事な巫女舞をアレンジしたダンスを披露していた。

…なんか体育祭っていうより、装者のびっくり万国博覧会なんじゃ?

それらをいちいち撮影しながら、藤尭はそんな感想を抱く。

なんやかんやで午前中の競技は全て終了。お昼の時間となった。

食事は好きな場所で、誰と食べてもOKらしい。校舎内の食堂も解放されているという。

藤尭は観覧席に持ってきたレジャーシートを敷く。

隣を見れば、弦十郎らも同様にシートを敷いていた。

 

「藤尭さん、アタシたちの活躍見てくれたデスか?」

 

「お腹空いたの」

 

切歌と調がやってくる。

 

「はいはい、お疲れさん」

 

苦笑しつつ、藤尭は重箱を展開。

二人が歓声を上げる。

中身は、グリルチキンをメインに、肉団子とミニハンバーグが並ぶ。サラダは食べやすくカップ入りで、サンドイッチに小型の俵型おむすびも詰め込まれていた。これだけではいかにも普通の弁当だが、目玉として藤尭自作のレモンカードがつく。

 

「ほう、見事なものだな」

 

藤尭会心の弁当に感嘆の声をあげつつ隣のシートで弦十郎が開けたのは、有名デパートの高級仕出し弁当だ。

 

「一度食べて見たかったのよね~」

 

箸を持ってうっとりとした声を上げる友里。

 

「!! まさか経費で買ったんじゃ…?」

 

「そりゃあ装者に変なものを食べさせるわけにはいかんだろう?」

 

首肯しつつ、弦十郎はクリスに弁当を渡している。

汚い! さすが大人汚い!

 

「藤尭さんの料理の方が美味しそうデスよ!」

 

力強く擁護してくれる切歌だったが、ではさっそく、と食事開始には至らなかった。

 

「へ~、この人が、アカちゃんがいつも言っている男の人?」

 

声の方を見れば、複数の女生徒たち。

 

「藤尭さんはとっても料理が上手なの」

 

「ツクよんがそう言うなら、きっと凄いんだろうね」

 

なんという上から目線。これが若さというものか。

しかし、アカちゃんとツクよんって。

 

「あ、少し頂いてよろしいですか?」

 

それでも丁寧な物言いをする名も知らぬ女生徒。

女生徒A(仮称)の態度のギャップに、藤尭は思わずうなずいてしまう。

 

「それじゃ失礼しまして…」

 

グリルチキンを一つまみ。頬張った女生徒Aの顔がほころぶ。

 

「なにこれ、ちょっとなにこれ!」

 

「マジで美味すぎないッ!?」

 

追随してつまんだ女生徒Bも合わせてきゃいきゃいと実にやかましい。

すると、なんだなんだとばかりに他の女生徒たちまでもが集まってくる。

女子同士の共感というか連帯感にただただ圧倒される藤尭。

気づけば、重箱の中身は空に近くなってしまっていた。

 

「藤尭さんのお弁当が~ッ!」

 

悲壮感たっぷりの声を出す切歌に、さすがに集まった女生徒たちも悪いと思ったらしい。

 

「ごめんごめん、これ、うちの弁当だけどお裾分けッ」

 

「あたしは手製のトルティーヤをあげる」

 

「唐揚げ串とおでんを買ってくるから」

 

わいわいと一斉に差し出されて、結局重箱の中身は詰めてきた時よりいっぱいに溢れ出す。

ベソをかいていた切歌だったが、さすがに溢れんばかりの好意の山に、しかめっ面ではいられない。

 

「これもすっごいご馳走デス~♪」

 

切歌は打って変わって歓声を上げ、

 

「頂きます」

 

調は礼儀正しく手を合わせて箸を動かし始める。

 

「ところで…」

 

女生徒Aが、なんとも意味ありげな眼差しを藤尭に向けてきた。

 

「お兄さんは、アカちゃんの彼氏さんなんですか?」

 

その声に、重箱の中身をかっ込んでいた切歌が吹きだす。

 

「な、な、なにを言っているんデスかッ!?」

 

「だってアカちゃんったら、いっつも今日遊びにいったとか、おやつご馳走になったとか自慢してるじゃん」

 

「べ、別に自慢したつもりは…」

 

焦り顔で語尾をモニュモニュさせる切歌。

 

「オレは単なる保護者代理だよ」

 

スマートに藤尭は答える。

ここで狼狽したり強く否定すれば相手の思うつぼ。昔のラブコメマンガじゃあるまいし。

 

「じー」

 

調が何か言いたげにこちらを見ていたが、

 

「あ、デザートも持ってきているから、良かったらみんなもどう? でもカロリーはちょっと高めだけどね」

 

そういって藤尭は、保冷パックから取り出したタッパを開けてみせる。

中身はフレッシュクリームのたっぷり詰まったクリームドーナツ。

歓声とともに、無数の手がドーナツを掴んでいく。

おかげで質問自体が有耶無耶になった。

これぞ大人の必殺技、論点ずらしだ。

 

「美味しい~! でも太っちゃう~!」

 

嬉しそうな悲鳴を上げる女生徒たちを横に、ちらりと切歌の様子を伺う。

一瞬不満そうな表情を浮かべているように見えたが、きっと気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後の部は応援合戦から開始された。

先攻は白組で、有志によるチアチームがポンポンを持って溌剌とした演技を披露している。

響と未来もいて、華麗なバク転を披露した響に喝采の声が上がっていた。

 

「赤組も負けてないですから、注目なの」

 

調が観客席までやってきて言う。

見ていると、なんと先頭に出てきたのは、胸にサラシを巻いて学ランを羽織ったクリスだった。

きゃー、雪音先輩、ステキー! きねくりパイセンッー! などと黄色い歓声が上がる中、

 

「てめーら、気合入れていくぞッ!」

 

「はいッ!」

 

応援団長クリスの背後で声を上げる学ラン生徒の中に、切歌の姿も見える。

 

「…詰襟が似合っているなあ…」

 

撮影しつつ思わず藤尭が呟けば、

 

「切ちゃんはわたしの王子様なの!」

 

調もきゃーきゃーと歓声を上げている。

大迫力の応援合戦も終了し、競技もいよいよ終盤戦へ。

借り物競争にクリスも切歌も参加するようだが、学ラン姿のままで通すらしい。

二人のある意味新鮮な格好の撮影を続ける藤尭に、切歌がこちらにぐんぐんと迫ってくる。

半歩ほど遅れてクリスが続き、二人して観覧席までやってきた。

 

「あの、藤尭さんッ」

 

息を弾ませながら切歌が伏せられた紙を手にしている。

おそらくそこに借りてくるものが記してあるのだろう。

 

「なに、切歌ちゃん?」

 

眼鏡や持ち物とかが定番だな。まさか彼氏とか恋人とかってのは勘弁だけど。

ところが藤尭の予想は大きく外れた。

 

「ダンス、できるデスか?」

 

「…はい?」

 

呆気にとられていると、一緒に来たクリスも弦十郎に話しかけている。

 

「おっさんッ! ダンスなんて出来るかよッ?」

 

クリスの差し出してきた紙を見て、弦十郎は太い声で唸った。

 

「なるほど、そういうことかよ」

 

書いてあったのは『ダンスの上手そうな大人』

つまり借り物のお題は全て同じ。そこで召集した保護者たちにダンスを披露してもらうのを本筋に据えているのではないか。

 

「よしッ、行くか藤尭ッ!」

 

個人的に遠慮したかったが、弦十郎に背中を押されてしまってはどうしようもない。

切歌に手を引かれ、審査員の前まで連れて行かれる。

無駄に注目を集めて目立つのは嫌いな性分だったが、後ろをついてくるクリスと弦十郎のペアの方が目立っているのでまあ良しとしよう。

 

「しかし、司令はダンスなんて出来るんですか?」

 

参加者が全員集まるまで審査は始まらない。手持無沙汰で藤尭はそう尋ねてみる。

 

「失敬な。俺とて演舞の一つや二つ心得ているぞ」

 

そういって弦十郎はしなやかに手足を動かす。鞭のように腕をしならせ、独特の歩法で展開されるは通背拳。

ビシッと型を極め、ドヤ顔をしてくる上司に、藤尭は突っ込まずにはいられない。

 

「司令、それは演舞じゃなくて演武です」

 

「あの~…そもそもそういう意味のダンスじゃないです…」

 

おずおずと審査員役の女生徒が言ってくる。

既に参加者は全員集まっており、またもや無駄に注目を集めてしまったと藤尭は赤面。

女生徒たちとペアを作り、流れてくるBGMはバラード。

この場でのダンスとはチークダンスのこと。

借り物競争と名ばかりで、要は女生徒とその保護者であるお父さんとの交流を図るダンスコーナーだったわけだ。

 

「なんかすみませんデス…」

 

詰襟姿の切歌が謝ってくる。

 

「いいや、全然」

 

切歌の手を取り、藤尭は巧みにリード。

運動神経は悪くないんだろうけど、学ランと組み合わせた革靴のままでは切歌もステップが踏みづらいようだ。

 

「それに、あっちよりは大分マシだし」

 

背後で、ちょっせぇ! おい、危ないぞ、足が砕ける! などといった物騒な会話が聞こえるが、藤尭は敢えて振り向かない。

 

「…藤尭さんはダンスも上手いんデスね!」

 

「いやいや、切歌ちゃんもなかなか筋がいいよ」

 

「それじゃあ、今度…」

 

切歌が何か言いかけたとき、BGMは終了。

三々五々、保護者と女生徒は散っていく中、疲弊した弦十郎を連れて藤尭は観覧席まで戻る。

いよいよ体育祭も大詰めで、最後のリレー競争だ。

両組の得点は現在のところ拮抗している。

これで決着がつくとあって、会場全体のボルテージも上がっていく。

 

「ほう、切歌くんがアンカーか」

 

「切ちゃんは足が速いから」

 

まさにクライマックスという感じで、マリアに送る動画としても取れ高は高くなりそうだ。

しかし、藤尭には一つ引っかかるところがある。

 

「切歌ちゃん履いているの革靴だよね? あれで走るわけ?」

 

地味に危なくない? と問題提起をしたわけだが、調は不思議そうに首を捻るだけ。

 

「応援団はみんなあの格好ですよ?」

 

「ふ~ん…」

 

まあ基本的に装者は体力お化けだ。現役の陸上部員でもなければ、そうそう遅れは取らないだろう。ハンデと思っておけばいいか。

そして見せ場がやってくる。

リレーの流れは白組が先行。白組のアンカーに半瞬遅れて、切歌にバトンが渡る。

 

「切ちゃん、行けーなのッ!」

 

興奮して叫ぶ調。

声援に応えるようにぐんぐんと切歌は加速する。

先行する白組アンカーも相当足の速い生徒らしく、なかなか追いつけない。

それでもジリジリと差を詰め、ゴール直前で切歌が追い付く。

皆が一体で応援する中、藤尭の心配が的中した。

盛大に体勢を崩し、転倒する切歌。

勢いそのままに転がるようにゴールラインを通過したときには、既に白組がゴールテープを切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

校舎裏で、切歌は調をはじめとした女生徒たちに囲まれていた。

 

「あ~、もう分かったから、アカちゃん、泣くなって」

 

頭の上にスポーツタオルを載せながら慰める女生徒Aに、切歌は涙を拭いながら唇を震わせる。

 

「でも、アタシのせいで赤組が…」

 

「アカちゃんのせいじゃないよ? それまでの得点の積み重ねは赤組みんなの責任なんだから」

 

女生徒Bの渡してくれたティッシュで切歌はずびーっと鼻をかむ。

 

「とりあえずさ、お疲れさまでしたってことでシャワー浴びて、打ち上げいこ! ね?」

 

「駅前の新しく出来たピザ食べ放題のとこ予約してるんだっけ? 楽しみ~」

 

口々にいって女生徒たちは立ち上がるが、切歌は立ち上がろうとしない。

 

「切ちゃん…?」

 

心配そうな表情を浮かべる調に、

 

「ごめんなさいデス。アタシはもう少し反省してから行くデス」

 

「だったらわたしも一緒に」

 

「いいから調は先に行っててデス。すぐに追いつくから…」

 

不満そうな表情を浮かべた調だったが、結局女生徒たちに連行されていった。

あとに残されたのは切歌だけ。

それを確認して、藤尭はひょっこり顔を出す。

 

「切歌ちゃん、お疲れさま」

 

「藤尭さん…!?」

 

驚く切歌に構わず、藤尭は膝を突いた。

それから切歌の足首に触れると、

 

「痛ッ!」

 

「やっぱり痛めてたんだね」

 

まあ、革靴であれだけ盛大に転べば無理もないか。

靴と一緒に靴下も脱がせ、足首に触れる。

 

「腫れているけど、骨には異常ないみたいだ」

 

仰ぎ見れば、切歌の顔は真っ赤にして恥らっている。

 

「友達を心配させたくなくて黙っていたんだろう? 偉いな」

 

思わず頭を撫でてやりたくなったが、それは自重。

先に調を行かせたことも、切歌なりの気遣いだろう。

非常に狭い人間関係でしか生きてこなかった彼女が、新たに広い交友関係を構築しようとしている。

お気楽能天気娘だと思われていたこの子も、精神的に成長しているのかも知れない。

これはマリアさんに報告すれば喜ばれる話だろうな。

 

「さて、一応、医務室で診てもらおうか」

 

「え? え?」

 

藤尭は切歌を抱き上げる。いわゆるお姫様だっこだ。

 

「ふ、藤尭さん、恥ずかしいデス! それに汗臭いデスし…ッ!」

 

慌てる切歌の声を、藤尭は敢えて聞こえない風を装う。

時には無視することも相手に対する気遣いとなる。

顔を赤く染め黙り込む切歌を抱え、藤尭は歩き出す。

さあて、医務室はどこかな…。

 

「なるほどなるほど、そういうことですか」

 

校舎裏の角を曲がったとたん、ニヤニヤ顔の女生徒の一団とご対面。

 

「単なる保護者代理だとか、やっぱり怪しいと思ったんですよね~」

 

「お姫さま抱っこしといて彼氏じゃないとかあり得なくないっすか?」

 

「アカちゃん、なんか言うことないの?」

 

面食らいつつ、藤尭は胸元の切歌へと視線を落とす。

頭からスポーツタオルを被ってしまった切歌の表情は窺えない。しかし、突き出た耳の先端まで真っ赤に染まり、プルプルと全身で震えていた。

 

「では、彼氏さんにインタビューをしてみましょうか」

 

矛先を変えられ、藤尭はにっこりと微笑む。

それから180°ターンをして、形振り構わずの全力ダッシュ。

切歌を抱えたままの全く予定外の障害物競争は、リディアンの敷地内から逃れるまで続けられることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして後日、筋肉痛で悶える藤尭へマリアからの連絡。

 

『どうして切歌がゴールした瞬間が撮れてないのよッ!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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