ふわっといずデス?   作:とりなんこつ

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第9話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「婚約者のいる身って、どんな気分?」

 

友里に悪戯っぽい表情で訊かれ、藤尭はしかめっ面で応じた。

 

「自分でも良くわからないよ」

 

投げやりも極まった口調だが、紛れもなく本心である。

先日、自分がフリーズしている間に、(つつが)なく結納は進行したらしい。

ようやく正気に戻って抗議の声をあげようにも、あの流れに逆らえるのは、極限の阿呆か自殺志願者の二択でしかなかった。

それでもどうにか手綱を引き戻そうと弁を左右にした結果、

 

・籍を入れるのは切歌が卒業してから

・結婚式もその後に

・当面は婚約という格好で

 

以上の三点の言質をもぎ取ることに成功。

…何度思い返しても、全然勝ち取れた感じがしないのは何故だ。いくら足掻いても結末は決まっているからだろうか?

 

そりゃあ自分とて結婚願望がなかったわけではない。同期で既に家庭をもっているやつだっているし。

だとしても、まるで Large Hadron Collider(大型ハドロン衝突型加速器)並みに、オレの人生は加速していない?

発端の切歌とデートをしてから、それほど時間は経ってないはずなのに、もう人生の墓場だ。

そんな急激に定まった将来を受け入れるまでには、時間が必要だった。

オレだって、心の整理をつける時間が欲しいのだ。

切実にそう思い自分を慰めているも、事態が好転したわけではない。

むしろ切歌の卒業まで二年ほどの猶予があるせいか、やらなければならないことが幾らでも脳裏にリストアップされてくる。

 

何はともあれ両親に報告と挨拶は外せない。親戚回りもしなきゃ。

友人知人にも、一応通達はしなければならないし、やっぱり葉書でいいのかな?

一緒に住むなら今の官舎より広いところへ。家族用の官舎か、それとも他のマンションか?

結婚式をするにしたって、身内だけで挙式とか神式とか幾つも選択肢がある。

披露宴をするなら誰を招待するか選別しなきゃだし、日取りに会場や予算、ドレスの選定なんかも含めて決めることはどれだけある?

そもそも装者の秘匿性からして、どこまでオープンにしていいもんなんだよ?

 

この時ほど自分の分析能力が疎ましく思えたことはない。

それらを解決する手段も当然のように考察できるが、どれもとても楽しめる内容ではなかった。

なので藤尭は、それらの思考をまとめて一旦棚上げし、遮二無二仕事に邁進していた。

人、それを逃避行動という。

もちろん、藤尭のそんな心理は、友里には見透かされていたらしい。半ば呆れたような声で言われる。

 

「別に誰からも責められているわけではないでしょうに。もっと堂々としていたら?」

 

そう言われても、藤尭の中の後ろめたさは浄化されていなかった。

第一に、切歌が未成年であるという一般常識的な観点からの罪悪感がある。

おまけに大分歳も離れているものだから、大人の男が若い娘を誑かしている、というのが世間的な目線というものだろう。

加えて、ある意味職場婚に近い現状であることも、藤尭の不安を煽ってやまない。

ことS.O.N.G.内に於いて、装者は人類の守護者であり、誇りある同僚でもある。

彼女たちの活躍を娘のように見守り、或いはアイドルのように崇める職員がいないでもなかった。

将来的には、そんな装者の一人である切歌を藤尭が独り占めしてしまうような形になるわけで。

その時、他の同僚や職員はどんな反応を示すのだろう?

素直に祝福してくれるだろうか? それとも職務上にかこつけて、と非難されるだろうか…。

 

思わず漏らした藤尭の弱音を、友里は黙って聞いていた。

しかし間もなくその唇を笑いの形に吊り上げ、叱り飛ばすように言ってくる。

 

「そんなこと気にしていたわけ? …誰もが自分のことはよく分からないってのは本当なのね」

 

その声音に僅かな寂寥が混じっていたのだが、いっぱいいっぱいの藤尭は気づくどころではなく。

 

「そんなことってのは言いすぎだろッ」

 

「いいから怒らないで聞いてね。言葉は悪いけれど、今回の切歌ちゃんとの結婚は、厄ネタが片付いたと思われているわ」

 

「な…ッ!?」

 

思わず腰を浮かしかける藤尭を、友里は片手を上げて制す。

 

「冷静になって考えてごらんなさい。他の装者たちはともかく、切歌ちゃんと調ちゃんが普通の恋愛から結婚なんてできると思う?」

 

「そんなの、出来るに決まっているじゃないか」

 

オレたちみたいに、などと胸を張れるほど、藤尭も心臓は強くない。

切歌と調がまるで異性同士のような強い紐帯を見せびらかしていたのも今は昔。

実際に学校に通い、学生生活を送り、学友と遊びにいったりしている。

その延長の果てに、一般の男子と恋愛関係を結ぶ可能性は人並みに存在すると思う。

しかし友里は、軽く睫毛を伏せることで否定を示した。

 

「ネックとなるのは、あの子たちの過去よ」

 

物心がつく前にレセプターチルドレンの素養ゆえ極秘施設に拉致される。

F.I.Sを名乗り起こした行動は、一時期国際的なテロと断定され、未成年なのに死刑を適用される寸前だった。

 

「そんな過去を相手に馬鹿正直に伝える必要なんてないだろう!?」

 

自分でもよくわからない憤りを覚えながら、藤尭は半ば叫んでいた。

マリアは国連のエージェントだったというカバーストーリーを持っている。

彼女みたいに、適当な過去の話を作ってあげれば…。

 

「じゃあ訊くけど、嘘の過去を抱えて一生黙ったままなんて、切歌ちゃんに出来ると思う?」

 

「あ…」

 

あの明け透けな少女にそんなことが可能かと言えば、藤尭をしてもNOと断言せざるを得ない。

口に出さないまでも、例の『てがみ』のような文章くらいは確実に残しそうだ。

一方、調なら平然としてそうな気がする。…いや、偏見だ、止めておこう。

 

「仮に一般の人が彼女の全てを承知して受け入れようとしても、人生そのものに制限を受けることになる。その意味でも切歌ちゃんの相手は、事情を知る人間くらいしか成立しない…」

 

悔しいが、友里のいうことは正論に聞こえる。

切歌を切歌のままでいさせるなら、彼女の過去を全て知ることが許される関係者と結ばれるしかないのか。

 

「…なら、なるべくしてオレと結婚したって言いたいわけ?」

 

「そうヤサグレないの。さっき、切歌ちゃんの過去のことで怒ったでしょ? それだけ大切に思っているってことじゃないの?」

 

「………」

 

藤尭は自分に問いかける。

切歌のことを、好きだ、愛している、などと口にしたことはない。

単に大人の矜持が邪魔しているのだ―――と照れる一方で、切歌が自分以外の男と一緒にいるところを想像するだけで不安になる。

また、仮に自分の与り知らぬところで彼女が死んだとしたら、今度こそ間違いなく発狂するという確信があった。

惚れた腫れたに類するはずのこんな心の動きは、いくら分析しても不明瞭で困惑してしまう。

だが過去の先達たちは、こんな分析不能な状態こそを形容する言葉を作ってくれていた。

いわゆる、情が沸く、というやつだ。

そこに理屈や損得は存在しない。情が沸き、情が移ってしまえば、あとはどうしようもなくなるそう。

 

上層部の方(お偉方)では、切歌ちゃんを保護はしているもののあくまで一時的な預かりという認識なの。しっかり日本に紐付出来ているとは考えてなかった。けれど…」

 

「オレと結婚することにより、この国と確実な接点が、いや、完全に取りこめるってわけか…」

 

このまま装者として活動できるのであれば、日本も支援は惜しまないし保護する理由が存在する。

だが、日本を離反したり、ましてや装者としての能力が必要ない時が来たら―――。

なるほど、確かに厄ネタ以外の何物でもないのか。

しかし、蓋を開ければ完全に大人の事情。とても切歌本人に聞かせられたものではない。

 

「…やっぱり、気を悪くした?」

 

おそるおそる尋ねてくる友里に、藤尭は真剣な表情で答える。

 

「何か特別手当とか支給されないのかな?」

 

数瞬の間のあと。

友里も藤尭も、顔を見合わせ破顔。

 

「籍を入れてからの楽しみにしていなさい」

 

笑ったままの友里に肩を叩かれる。

 

「オレとしては、婚約となったこの段階からなんとかして欲しいんだけどね」

 

苦笑に混ぜてはみたが、これも紛れもない本心だった。

切歌との婚約は、組織内では大っぴらに公表されていなかったが、まずは装者たちへと報告する必要があった。

装者たちがコンビネーションにより戦闘力を倍加させる以上、なるべく不和の元や隠し事はない方が良い、との弦十郎の判断もある。

そして、知らされた装者たちの反応も様々だった。

 

まずは立花響&小日向未来ペア。

切歌と婚約し、リディアンを卒業するのを待って結婚する旨を伝えた瞬間、響は両目を剥く。

大口を開けたままマジマジと藤尭と切歌を眺め、天を仰いで大きく嘆息した。

 

「うっそー、先を越された~!!」

 

「…響、念のために訊くけど、一体誰と何をの先を越されたのかしら?」

 

「んも~、未来、それは言わせないでよ」

 

「~~響ったら!」

 

イチャイチャし始める二人を横目に、次は風鳴翼。

 

「その…おめでとうございます」

 

丁寧に一礼するが、珍しく彼女は動揺しているように見える。

 

「申し訳ないですが、このような吉報を聞くのは生まれて初めてでして。しかし、暁が藤尭さんと。うむむ…」

 

最後に、一番まともな態度を示してくれたのは雪音クリスだった。

 

「藤尭さん。コイツは本当に気のいい素直な後輩なんだ。だからどうか幸せにしてやってくれよ…?」

 

 

 

いずれ装者たちを介し、一般の職員にまで浸透していくはず。

事情を知った職員たちからどんな視線を向けられるか想像しただけで、胃がチクチクと痛む。

藤尭が今から手当を要求したい所以だ。

おそらく、これから少しずつ周囲の環境は変わっていくことだろう。

そして当座で、もっと大きく変わったことが一つある。

それは―――。

 

 

 

「朔也さん!」

 

発令所内に響いた声に振り向けば、切歌が入口からこちらへ向けて駆けてくる。

いずれ籍を入れれば藤尭姓になる。今のうちから慣れていた方がいい。

どうやらマリアからの入れ知恵のようだ。

分かっていても、名前で呼ばれるのはむず痒い。

しかし藤尭は我慢して、クールにいつもの対応に努める。

 

「どうしたの、切歌ちゃん?」

 

「んもー、今日はお買いものに行く日デスよ? 忘れてたんデスか?」

 

「ん? え? あれ? 今日だっけ…?」

 

とぼける。本当は忘れていたかった。

 

「ところで切歌ちゃん。何を買いに行くの?」

 

尋ねてくる友里に、切歌はえへへー! と飛び切りの笑顔。

 

「今日は朔也さんに指輪を買ってもらいにいくんデス!」

 

藤尭は頭を抱える。今、発令所内には友里と二人しかいないのは、不幸中の幸いか?

 

「それは良かったわね~。精々、お高いものを買ってもらいなさいな」

 

「はいデス!」

 

こっちの懐事情も知らずに好き勝手言う女性陣。

 

「あ、でも、オレはまだ終業時間じゃないから…」

 

「もう明後日までの分くらいの作業は終えているでしょ?」

 

ささやかな抵抗も、友里に一撃で粉砕される。

 

「あとは年休の申請を代行してあげるから、さっさと買い物にいってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

 

 

切歌のいう指輪とは、いわゆる給料三か月分といわれる婚約指輪ではない。

正確に言えばそれも追々で要求されているが、まずは常に身に着けられるようなペアリングが欲しいとのこと。

単純に切歌ははしゃいでいるが、藤尭の見るところ、これもマリアの入れ知恵のようだ。

二人で歩きながら、さっそく切歌は腕を組んで抱えてくる。

あまりに柔らかい塊を左腕に感じて、藤尭は恐れ戦く。

恵体のマリアとクリスに、彼女らと対極の持たざる者の会会員二名。

残る装者でその中間に位置する響と切歌は、実にバランスの良いプロポーションの持ち主である。

…いや、まあ、乙女の秘密のサイズの情報も、望まずとも色々と知る機会にあるオペレーター業務であるからして。

そんな藤尭は、最近の切歌の胸部装甲が上昇修正されていることは把握していた。

 

「ちょ、ちょっと切歌ちゃん、近いって…」

 

「え? 駄目なんデス?」

 

ぷう、と頬を膨らませて上目使いで見てくる。

藤尭にとって文句なく可愛い仕草なのだが、それとなく色気も感じてしまって混乱する。

結果、目を逸らし、しどろもどろ。

 

「ま、まあ、駄目じゃないけど…」

 

そういうと、満面の笑みを浮かべ抱き込んだ腕に力を込める切歌がいる。

ますます食い込んでくる左腕の柔らかさから意識を引き剥がすように、藤尭は別の話題を口にした。

 

「そ、そういえば、調ちゃんは今日はどうしたの?」

 

「調だったら、さっきエルフナインのところへ行くって言ってたデスよ」

 

普通の子だったら、ここで他の女の子の話題を口にされただけで不快に感じたかも知れない。

しかし切歌は、そういう妬心を示すことはなかった。彼女の美点だと思う。

 

「エルフナインちゃんのところにねえ。何をしにいったんだろ?」

 

かつて切歌から聞いたことだが、エルフナインは持たざる者の会の『永久終身名誉会長』だそう。

そっちの会合だろうか?

そういうと、切歌は首を振る。

 

「なんか黒魔術を習いたいとかって言っていたデスけど…」

 

「………」

 

呪い殺されるんだろうか、オレ。

切歌との結納、婚約との流れに至ってから、調の当たりは目に見えて強くなっていた。

彼女にとって半身ともいえる相棒を取られたのだ、さもありなん。

同時に、切歌を娶ることは、調とマリアとも縁戚関係になることも意味する。

今後のことを思えば仲良くしたいのだが、なかなか近づくのも躊躇われる今日この頃だ。

ほとぼりを冷ましたら、一度きちんと話をしなきゃだな。

脳内のやるべきことリストに新たな一項目を書き足して溜息をつく。

そうして現実へと立ち返れば、目当ての宝飾店が見えてくる。

すると、腕にぶら下がる切歌が上機嫌でぶっ飛んだことを口にしてくれた。

 

「朔也さんとの愛の形が欲しいんデス!」

 

「ぶふッ!?」

 

思わず噴き出すと、デス? と不思議そうな眼差しで切歌が見てくる。

確かに指輪にはそういう評価の仕方もあるだろう。

切歌にしても、そんな意味で口にしたのは、無邪気な表情からも間違いなかった。

だが、人によっては別の意味を想起するはずで、藤尭もその例に漏れない。

 

―――以前に社会人が女子高生に手を出せるか!と、欲望を一般常識と理性の鎖で縛りつけた。

 

そこにきて提示された婚約というカードは、免罪符に似ていた。日々、鎖を緩めないよう戒めつづける藤尭の理性を誘惑してくる。無理に堪えなくてもいいんじゃないか?

 

そんな藤尭の懊悩を知ってから知らずか、切歌ますます身体を寄せてくる。

いい匂いのする少女の身体の熱を感じながら見下ろせば、彼女が綺麗になっているような気がした。

いや、おそらく気のせいではない。

ほんのりと施された化粧を抜きにしても、その面立ちは急速に大人びて来ているよう。

 

かつて、少女から大人になる短くも貴重な時期を、間近で愛でられる立場にいるという特権を意識した。

しかし、現実にその光景を目の当たりにしたとき。

…これで直接手を出せないのは、拷問以外のなにものでもないよな。

藤尭はしみじみと思う。

 

いやいや、実際に同居もまだしてるわけでもないし、適度に距離を保てば、節度のある付き合いが出来るはずだ。

うん、決めた。やっぱり切歌ちゃんが卒業するまでは清い交際を貫こう。

 

鉄の覚悟を固め、切歌にも『自分を大切にするように』『あと、街中で大声でそういうこと言っちゃダメ』などと偉そうに訓示を垂れる藤尭。

 

 

そう遠くない未来、鉄の意志が折れることを、今の彼は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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