ティアマトの姿はFGOをイメージしていただければ。
キングゥを利用してはいないし、ティアマトは純粋に自分を止めて欲しいと思ってキングゥを地上に生み出したと思っていただければ。
今より神が降臨し始めた千年前、それよりも遥か昔、この地上の世界は見るも無残なほどに荒れ果てていて、それに反するように神々が住まう天の世界は華やかで不自由がない世界だった。
そんな中、神々と同じように天界にいた母ティアマトは、今の草木が生い茂る地上とは比べものにならない、荒れ果てた地上を見てその過酷な地に住まう神の気まぐれによって作られた生き物や原始の人々を見て涙を流した。
どうにかして彼らの苦しみを癒したいと、その嘆きを止めたいと。
だからティアマトは自らの体を引き裂き地上の世界に還元して、荒れ果てて活力などない世界に生命の恵みを与える事にした。
その結果、この地上の世界は瞬く間に活力を得て生き物や原始の人は数を増やし独自の営みを、文化を築くほどに成長することができた。
そこに行き着くまでにはゆったりと、人の寿命や神の視点から見ても途方も無いような時間が流れたが、ティアマトのその身を犠牲にするような献身は誰も理解できない行いであったことは事実だろう。
途方も無い時間が流れていく中、人や生命が地上で生を謳歌していた中でも神は天で暮らしていた。
だが全てが満たされた生活を営んでいながらも神は退屈を覚えたらしい。
全てが満たされているというのに。
全てが満ち足りているが故に。
神々が天界での生活に次第に飽きを覚えて来始めた頃、様々なことを行なって己の我欲を満たそうとする神々の中で、ある神は地上に目を向けた。
地上に這う無数の人と生き物たちを見て、その神は、地上に住む生命で、遊ぶ事にした。
まるで子供が玩具で遊ぶように、その神は地上の世界に生命を貪るモンスターを放つ事にして、人や生命が食われていく様を見て楽しむ事に悦を見出した。
突然のバケモノ共の来訪に、生き物や人は瞬く間に数を減らしていく。
そしてその神はその様を見て笑った。楽しんだ。嘲笑った。
そんな中で、地上に溶けてもはやかつてのような自我がほとんど残っていないはずの地母神・ティアマトはその殺戮を許せずに地の奥底からその身を顕現させて地上を荒らすバケモノ共を消して、この地に住まう生命と人々に再び安寧をもたらす事になったが、それを面白くないと思ったのが地上にバケモノを放った一柱の神。
地上でティアマトが姿を現したのは他の神々も気づく事になった。だが、全ては地上に平穏が戻った後だった。
そこで地上を荒らした元凶であるはずの神が天界の神々にこう言った。
『ティアマトは己の為に地上の子らを滅ぼそうとその神の力を奮っている。神であるなら、地上の子らを荒らすこのような所業を許せるのか!』
神々は、地上に降りてきた。
その地に住まう人々に神の力を分け与え、己の眷属としてティアマトを滅する事に決めたのだ。
ティアマトにとって最も酷であった事はかつて共に天界で暮らした同胞ともいうべき神々に剣を向けられた事ではなく、その身を犠牲にして癒しと活力をもたらした地上に住まう人の子たちに悪神と蔑まれ、その存在を否定され、剣を突き立てられた事。
こうして、彼女は誰にも感謝を言われずに、許されざる悪として殺された。
神によってその身を殺されたティアマトの魂は、多くの、何も知らない神々の決定によって地上の奥底に永遠に押し込められる事になった。
死ぬ事もなく、また彼女が自ら死ぬことができない。
それが神々が、人々が望んだティアマトへの罰。
神は天界に戻るものも居れば地上に残って、目に留めた人を眷属として思うがままに振る舞った。
しかし、何の因果か。
ティアマトを封印した上には穴が空き、そこから異形のモンスターたちが溢れ出て人を、神を襲うようになり始めた。
ティアマトの無私の愛情は、神や人への憎悪に変わったのは当然の帰結と言えるだろう。
それがダンジョンの始まりであり迷宮都市オラリオの始まりだ。
だけど断言できることがある。
神々はティアマトがこの地上に癒しをもたらしたことなんて何も知らないし、ティアマトが人々を愛して己の身を犠牲にしたことなんて欠片も知らない。
一柱の神が裏でほくそ笑んでいる事も知らない。
ただ、ダンジョンは悪神ティアマトが作ったものだという事しか知らない。
僕、キングゥはそんな母の願いを叶える為に産まれた存在だ。
確かに母は人々を、神を憎んでいる。
だが、母が僕を生み出したのは僕に自分を止めて欲しいから。
憎悪に染まってしまった自分を殺し、ダンジョンを止めて地上に住む人々に安寧をもたらしたいから。
だから僕は、母ティアマトを止める為に無知で傲慢な神々が我が物顔で居る迷宮都市オラリオへ、ダンジョンへ行く。
でも僕の最終的な目標はそこで終わらない。
母を解放するのは僕の産まれた意味であり、使命で大前提だ。
しかし母の解放はダンジョンの崩壊を意味する。
そうなればダンジョンを娯楽とみなす神々が新たに地上を荒らす可能性があるのだから、僕がダンジョンを継いでダンジョンを存続させるんだ。
まぁ、いずれ終わるものだとしてもその時はその時だろう。
その時までに、人が神に抗えるようになっていれば御の字だ。
僕は、母が愛したものだから、好きなだけだ。
バベルの塔、と呼ばれダンジョンの入り口に覆い被さる蓋としての役割を持つ巨大な塔を、街の門を潜った僕は無意識のうちに見つめていた。
大きくて立派とか、建築にどれだけの時間と労力と犠牲が費やされたとか、あれが迷宮都市の象徴なのかと色々と思うことはあれどあの塔の下にダンジョンがありその最奥に母がいるのだと、無意識のうちに考えてしまった。
城壁の入り口付近で街の中心にあるバベルの塔を見上げるという行為は、この街の住人にとっては新参者の証拠として見做されているのか城門に詰めていた者や荷車を引いた馬を手繰る御者に視線を送られたが直ぐに逸らされた。
ここには日々多くの人が訪れて、多くの人が出ていくのだから高々田舎から出てきたような新参者に一々意識を割くほど彼らも暇ではないらしい。
城門からバベルの塔へと一直線に続く石畳で丁寧に舗装されたストリート。
人の流れが盛んな通りを歩きながら、多種多様な人種や活気ある人々の様子に興味がそそられるが僕にとってそれは重要な問題ではない。
世界を巡り、人の営みを知ってから僕はここに来た。
時間に余裕はあるかもしれないがそれでも母をいつまでも最奥に縛り付けておくのは心が痛む。
ストリートを進み街の中心へと近づいているのだから必然バベルの塔の細部や大きさも視覚を通して伝わってくるのだが、それ以上にバベルの塔の根元付近から今まで出会った中で二番目に強い気配と神の気配を感じ取れた。
あの黒竜に比べて弱い力だが、それでもこのオラリオという街や人という種族に限って言えば最も強いと言っていいその気配。
出会いたくないと言うのが僕の本音なのだが、どうやらあちらは僕に気づいているようだ。
城門付近で街へ入る許可をもらっていた時、バベルの塔の屋上から神の視線を確かに感じたと思ったけどどうやらその神が僕に目を付けたらしい。
バベルの塔に近づくほどに人の流れが少なくなる。
バベルの塔の下にはダンジョンがあるのだから、冒険者と呼ばれるモンスターを倒して魔石を持って帰る者達以外に近づかないのは道理だがひらけた場所に到着した頃にはそれらしき人影は全くと言っていいほど見当たらない。
いるのは屈強な人と女神だけ。
「退いてくれないかな? 僕はその先に用があるんだ」
「あら? つれないわね。折角なのだからもう少しお話ししようとか思わないかしら旅人さん」
「生憎と、僕のような存在では楽しい話はできないね。君は女神だろう? ならば、少しばかり人に語りかければ直ぐに人が集まると思うよ」
「そうね。でも、それくらいで簡単になびく子じゃ私は満たせないの」
「なるほど。持てる者の悩み、と言ったようだ」
僕と話す女神の間にはそれなりの距離がある。会話をするにしては遠すぎる距離かもしれないけれど僕と彼女は初対面であるし、この間に何かしらのシンパシーを感じたわけでもない。
僕にとって彼女は女神でしかないのだけれど、女神にとっては僕に何らかの用があるのは確かだ。
少し甘ったるい匂いがするけれど、これは女神の体から発せられる香水か神の力の一部か。
「見た所、ほんの先程この街に来たようだけど……都市外からの冒険者と言うわけでは無さそうね貴方」
「冒険者はダンジョンに潜って糧を得て生計を立てる者の総称だろう? その区分に当てはめるとすれば僕は当然都市外から来たファミリアの一員も違うと思うよ」
「それもそうね……。でもその口ぶりだと貴方はファミリアに所属していないと?」
「そうだよ。僕はこの地上に降りて来た神の眷属では無い。あぁ、ダンジョンに行くから心配してくれているのかい女神様? それなら心配ご無用だよ。隻眼の黒竜程度なら何の消耗もせずに倒せるから……それ以上の存在が跋扈している階層なら考えものだろうね」
「隻眼の、黒竜を…………それは、本当なのかしら?」
「別に信じなくてもいいさ。女神様にも、そしてそこの彼にも信じてもらう必要はない。そこを通してくれさえすればいい」
別に嘘を言うつもりはない。
世界を巡る最中、自然や生き物を傷つける黒竜を倒したのは事実だ。同じ母から生まれた同胞と思えば胸の辺りは痛んだし出来ることならば傷つけることも殺したくはなかった。
だけど、理性あるあの竜でさえ人や神への強烈な憎悪に振り回されて僕に殺してくれと、止めてくれと懇願したとあっては同胞としてその願いを叶えずにはいられなかった。
「初めてね」
「何がだろうか?」
「信じられない事を言われているのに、本当の事を言われているのだから」
「なるほど。それほどまでにあの黒竜は強大だったんだね。彼も、悪い気はしないだろう」
「……ねぇ、貴方、私の側に居る気はないかしら?」
もう用は済んだだろうとそう思って歩き出しダンジョンの入り口へと向かおうとした僕に、女神はそう言った。
神とは傲慢で、ある種子供の癇癪のような厄介さを備えているのは遠目から見たり話を聞いて知ってはいたけどこんな風に直球で来るとは僕も予想していなかった。
その嘘偽り無い直球さは素直に感心するしある種敬意を払いたくなるけれど、僕には使命がある。
母をこの地から解放して、そして僕がダンジョンを受け継ぐという己の意志。
答えは最初から決まっている。
「それは無理だよ女神様。僕は、決して君のモノにはなりはしない。そもそも互いに名前さえ知らないんだからそれ以前だと僕は思うよ」
「……それもそうね。少し、はしゃぎ過ぎたかしら……」
「わかってくてたようで何よりだよ」
「私の名前はフレイヤ。貴方のお名前は?」
頬が赤いようだけど熱でもあるのだろうか。
側に居る彼も女神の様子に何やら戸惑っているようだし尋常ではないのは確かだね。
それに話を聞いている風ではない。
「言っただろう? 僕は、この先に用があるんだ」
「?! オッタル! 止めてっ!」
女神の側に居る彼はオッタルと言うらしい。
出会う場所が違えば話をしたいと思ったんだけどもう遅い。
彼が動くよりも早く、僕は速く動けるのだから。
待っていて母さん。
必ず、貴女を解き放ってみせるから。