【第1.5章始動‼︎】仮面ライダーアクロス With Legend Heroes   作:カオス箱

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池袋編その3。


前回よりあらすじ
・新たなライダー、ユナイト登場!
・キンジが糞遊びさせられそうになる
・遊矢、迫真空手部に絡まれる
・セルティさんと律刃たんのランナウェイ
・セラ、再び現れる!
・アクロス再びフルボッコ


リコリス・リコイル見終わりました。ありゃあみんな絶賛するわなあと納得。



第26話 PM6:23/玩具の涙

 

 

 

 回想3:喪失感

 

 

 

 

 もう、幾ばくかしか思い出せない記憶があった。

 

「兄貴~今夜勉強教えてくれよ~中間テスト近いんだって!」

「いいぜ?その代わりお前の小遣いから家庭教師代を支払ってもらうぜ?」

「ケチ!弟が落ちこぼれていいのか?」

「ははは、それは困る」

 

 ――弟と駄弁りながら家を出て。

 

「今回も学年1位……さっすが優等生!」

「次は絶対負けないから!あたしが一番だって証明してやるわ!」

「青春だねえ。うん、いいねえ」

「あんた教師だろ、放置してていいのかよ」

 

 ――学校に行けば仲間たちと楽しく過ごして。

 

「ねえ、いつになったらあたしたちの仲を打ち明けるの?」

「いや……だって面倒じゃん……」

「面倒とか言うんじゃないわよ⁉ あんたが及び腰だから、余計に公表しづらくなってんじゃない!」

「このまま秘密の関係、ってのもロマンティックじゃないか?お前、こういうの好きだろ」

「~~~~~~!」

 

 ――甘酸っぱくて、それでいていつ終わりが来るかわからない、淡くて若い恋があって。

 

「おかえりなさい、随分と遅かったね」

「あれ、親父もう帰っていたの?」

「聞いたぞ、学年1位だったんだって?さっすが自慢の息子だ!」

「そりゃあね。次もとってやるよ。他の奴には負けたくないしな」

「いいなあ、俺も兄貴みたいな頭脳があればなあ」

「そういうお前は随分とサッカー頑張っているじゃないか。人には得手不得手があるんだから、お前はそこでがんばればいいだろ?だからといって勉強を疎かにする言い訳にするのはなしだぞ?」

「は~い……」

 

 ――家に帰れば心安らぐ、家族団欒があって。

 

「おやすみ、また明日」

『ええ、おやすみ、憎たらしいあたしの彼氏様』

 

 ――多分だけど。

 未来のことなんかよくわかんないけど。

 

「おやすみ、俺」

 

 今日も明日も明々後日も、それなりの一日が始まって、それなりの一日が終わる。

 筈だったんだ――

 


 

 

「誰か……誰か返事をしてくれよ……」

 

 少年がひとり、火の海を渡っていた。

 帰るべき家はもうない。少し目を離した隙に、瓦礫と灰の山になってしまった。出迎えてくれる家族はいない。父も母も弟も、みんなひとつに溶け合い、人間とは程遠い生き物にされてしまった。

 つい数時間前までは、普通の日常が営まれているはずだった。そして、これからもそれが続くはずだった。しかし、それはすべて奪われてしまった。こんなにもあっけなく、それでいて完膚なきまで。少年を残して、世界はあっという間に滅びたのだ。

 

「アア、ハイジクンジャナイ。アア、オトウサンハパイナップルトイッショニレイゾウコデベンキョウチュウヨ?オフロワイタカラサクニュウシナサイ。エエ、ママノバカ!」

「黙っていてくれ……お願いだから喋らないでくれ……」

 

 30人ぐらいの人間が一つに融合したゲル状の肉塊を、少年はそばに落ちていたバットで鬱陶しそうに何度も殴打する。殴るたびに、目玉がボロボロと落ちるし、耳が分裂する。少年以外の生き物は、皆こうなてしまった。今や、まともな生き物の形をしているのは、この世界には彼一人しかいない。

 

「オヤスミ、アタシノカレシサマ。オヤスミ、アタシノカレシサマ。オヤスミ、アタシノカレシサマ。オヤスミ、アタシノカレシサマ。オヤスミ、アタシノカレシサマ――」

 

 彼の腕の中に抱えられた肉塊からは、壊れたオルゴールのように、繰り返し、そう発せられている。恥ずかしくて打ち明けられなかったけど、将来をぼんやりと誓い合った仲だったのに。今胸の中にいる彼女は、目も耳も髪も手も足も全部一緒くたにされ、うねうねと地面を這いずることしかできない獣と化してしまった。

 空を見上げると、巨大な肉の塔が月を覆い隠していた。あれは全部人間だ。人間が溶かされて一つに混ぜ混ぜにされたものを、粘土のようにくみ上げられたのだ。

 もう、完膚なきまでに終わっていた。少年の生きていた世界は、取り返しのつかないレベルでぐしゃぐしゃに破壊されてしまった。これならば、一思いに全部木っ端微塵になっていた方がマシだとさえ感じている。できることならば、自分もあんなふうになってしまいたかった。なっていたら、きっと楽だったろうに。

 

「なんでだよお……なんで俺だけが残ったんだ……?」

 

 だけど残酷にも、運命は少年一人だけを生かした。残しやがったのだ。

 

「ああ……あ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 終わってしまった世界に、ただ一人の人間の号哭がこだまする。

 少年の名は無束灰司。ただ一人生き延びてしまった、哀れな子羊。

 

 

 

 ――そして、これより復讐者となる者である。

 


 

  PM 5:52

 

 アクロス以外に現れた、クロスドライバーを持つ者。その存在に、戦々恐々するもの、戸惑いを隠せない者。各々が、思い思いの反応を示していた。

 

「ユナイト……だと……?」

 

 灰司は、忌々しそうにユナイト――裁場誠一を見つめていた。

 一方バルジは、裁場のことを知っていたのか、旧友に会ったかのようなリアクションを見せる。

 

「久しぶりだなぁ!まさかまだこの界隈にいるとは思わなかったぜ!」

「バルジか。お前も懲りない奴だ……次はこの世界を壊すのか?」

「おいおい、俺様は好きで壊しているわけじゃあない。俺様の趣味に耐え切れない軟弱な世界の方がわるいのさ!」

 

 バルジ――イガリマオリジオンは、ユナイトの発言を鼻で笑う。それを聞いて、ユナイトは心底軽蔑し切ったような声で、糾弾を続ける。コイツには何を言っても響かないけど、それでも、言わずにはいられなかった。

 

「これまでもそうやって正当化してきたんだな。だが、それもここまでだ。お前を何としてでも止める」

「笑わせるなよ。俺を取り逃がした挙句転生者狩りも辞めた癖して、何今更俺の目の前に現れてんの?馬鹿なの?死ぬの?」

「ああ、何度だって現れてやるさ。お前らのような奴がいる限り、俺は何度だって立ち上がる」

 

 その声には、強い意志があった。たとえどんな困難な道のりだろうと乗り越えてしまうような、そんな気迫を、アクロスはユナイトに感じていた。

 そこで、話の流れをぶった切るように、空気を読まない罵声が飛び込んできた。リザードンオリジオンとカメックスオリジオンだ。彼らは話の内容は全く理解できていなかったが、ただ一つ分かったことがある。そこにいる第三者(ユナイト)は自分たちの敵だということだ。彼らからすれば、ユナイトの方が戦いに割り込んできた空気の読めない糞野郎という認識だった。そしてそれは、その属性は、チンピラが怒るにはちょうどいいものであった。

 

「しゃらくせえ!ユナイテッドだろうがユニオンだろうが知った事か!俺達の天下を邪魔する奴は誰だろうとぶちのめす!」

「木花兄貴の仇を取らせてもらう!仮面ライダー、ぶっ殺してやらあああああああああああっ!」

「馬鹿っ、むやみに突っ込むんじゃあないっ!」

 

 ブレイドオリジオンの静止を振り切り、リザードンオリジオンとカメックスオリジオンが、ユナイトに向かって突撃してゆく。ユナイトは、泰然自若とした様子で、それを待ち構える。

 

「ふん」

「あぐっ⁉ 」

 

 ユナイトは、自らの元へと急接近してきたカメックスオリジオンを、すれ違いざまに投げ飛ばした。少なくとも、アクロスの目にはそう見えた。

 投げられたカメックスオリジオンは、訳が分からないといった様子の顔を見せながら、地面に叩きつけられる。そこに、ユナイトの蹴りが舞い込んでくる。道端の小石を蹴とばすかのような感覚で、地面に倒れたカメックスオリジオンが蹴とばされる。

 仲間をコケにされたリザードンオリジオンは、怒りのままに、身体に炎を纏いながら翼で滑空してくる。

 

「テメエッ!俺のダチをコケにすんじゃあねえ!」

「君たちの友情は大したものだ、しかし……」

《フュージョンマグナム!》

「進むべき道を大きく踏み外したな。友が道を誤った時は正してやるのも、友の責務ではないのか?」

 

 ユナイトは臆することなく、手に持った銃でリザードンオリジオンの翼を撃ちぬいた。震え上がるほど、正確な一発だった。翼を撃ちぬかれたリザードンオリジオンは、バランスを崩して腹から地面に落下する。ユナイトは、墜落したリザードンオリジオンに続けて発砲する。

 アクロスと灰司には、その光景をただ見ているだけしかできなかった。あまりにもレベルが違い過ぎるのだ。

 

「動きに無駄がない……」

「…………」

「クソがっ……俺を……馬鹿にするなあああああ!」

 

 地面に転がっていたカメックスオリジオンが、背中の砲門から高圧水流を解き放った。ダメージはないかもしれないが、足止めとしては充分すぎる性能だ。しかし、ユナイトはそれを華麗に飛んで回避し、おまけとして真上からフュージョンマグナムによる射撃をカメックスオリジオンに撃ち込んでゆく。

 

「いてえ……いい加減に……しろよおおおおっ!」

 

 カメックスオリジオンは怒りをばねに起き上がり、着地したばかりのユナイト相手にタックルを仕掛ける。だが、その直線的でわかりやすい攻撃が当たるはずもなく、軽くユナイトに避けられた挙句、お返しといわんばかりに、すれ違いざまに脇腹に鋭い手刀を食らい、カメックスオリジオンはその場にうずくまってしまう。

 そこに、ユナイトからの無情な死刑宣告が下される。リザードンオリジオンは銃撃のダメージでまだ動けない。なぜか、ギフトメイカーの面々もボマーオリジオンも助けに入らない。理由は単純明快、彼はユナイトの実力を測る被検体にされたのだ。馬鹿なカメックスオリジオンは、ここに来てようやくそれを理解した。しかし、それはあまりにも遅すぎた。

 

「トドメだ、この一撃でお前を倒す!」

《UNION PUNISH!》

 

 ユナイトがフュージョンマグナムの引き金を引くと、紫色の光弾が発射される。リザードンオリジオンは素早く飛んで躱すが、鈍重なカメックスオリジオンは回避が間に合わず、光弾が着弾する。

 すると、大柄なカメックスオリジオンの身体が浮き上がり、地上3〜4m辺りの位置に固定される。カメックスオリジオンはジタバタともがくが、その身体はその場に固定されたまま、動くことはできない。

 

「か、身体が浮いて……!」

「水亀ぇ⁉︎ 」

 

 狼狽えるオリジオン達を見据え、ユナイトは飛び上がる。そして、空中で右足を前に突き出し、跳び蹴りの体勢になる。

 そして、それに応えるかのように突風が発生したかと思えば、狼狽えるカメックスオリジオンが、突如としてユナイトの方に引き寄せられるように移動し始めた。

 風の終点は、ユナイトの右足の裏。これは竜巻なのだ。ユナイトの右足に吹き寄せられた旋風は、やがて、赤と紫の竜巻へと変化してゆく。

 ――引き寄せられている。そう気付いた時には、カメックスオリジオンのすぐ近くにまで、ユナイトの足が迫っていた。

 

「や、ヤメロォ!俺はこんな所で終わりたくないんだ!俺は最強n」

「裁かれろ!」

 

 みっともなく泣き喚くカメックスオリジオンの声をぶった斬るようにユナイトがそう言うと同時に、赤と紫の竜巻を纏ったユナイトのキックが、カメックスオリジオンを貫いた。

 

「なああああああああああああああああああああああああああああああああああっ⁉︎ 」

 

 カメックスオリジオンは、断末魔をあげながら爆発した。アクロスは、爆発で発生した衝撃を踏ん張るので精一杯だった。

 そしてユナイトは、爆風の中を貫くように飛び出して着地する。そこからやや遅れて、カメックスオリジオンに変身していたチンピラ・水亀が地面に墜落する。完全なる勝利が、そこにはあった。

 木花に続いて水亀も失ったリザードンオリジオン――火吹は、仮面ライダー達に怒りをあらわにする。

 

「ああ……くそ!よくも2人をやりやがったな!絶対許さねぇ!」

「仲間の為に怒れる点は評価する。だが、何故その気持ちを他者に向けられなかった?そこに君が転生者狩りに目をつけられた理由があるんじゃないのか?」

「黙れ!俺達転生者は特別なんだよ!お前ら現地の雑魚共とは違う!選ばれた主人公なんだよ!」

 

 まただ。アクロスは、このような主張を何度も聞かされてきた。他人を傷つけておきながら、それを悪と思わずに正当化する。そんな悪魔じみた主張にはうんざりしていた。

 ――やめてくれ、それ以上言うな。さもなければ、怒りで我を失ってしまう。だから、そんなみっともない事をほざかないでくれ。

 無意識のうちに、アクロスの拳は震えていた。

 その時だった。

 

「やめやめ、帰るよ」

 

 ヒートアップするリザードンオリジオンを嗜めたのは、ブギーポップオリジオンであった。彼女は、ワイヤーを伸ばしてリザードンオリジオンを無理やり拘束すると、引きずるようにしてその場を離れようとする。

 

「いい加減力量差を理解したらどうだい?お仲間2人やられてるんだよ?君も倒されたくないじゃん?」

「俺は負けねえ!俺はああ!」

「黙れ」

「うっ……」

 

 なおも吠えるリザードンオリジオンに苛立ちを覚えたブレイドオリジオンが、リザードンオリジオンに腹パンを1発食らわせる。すると、クリティカルヒットしたのか、1発喰らっただけでリザードンオリジオンは変身が解け、気を失ってその場に崩れ落ちてしまった。ギフトメイカーの面々も、それぞれ変身を解くと、先ほどまでの敵意はどこへやら、何もかも終わったかのように、その場を離れだす。

 オリジオンとしての姿を解いたバルジは、倒れている灰司の元へとつかつかと歩み寄ると、髪の毛を掴んで灰司の頭を持ち上げ、その顔面に唾を吐く。

 

「お前も、復讐なんて非生産的な行為なんかやめて、好きなように生きればいいのさ。それができないからお前はゴミなんだよ」

「テメエ……何様のつもりだ……!」

「バルジ様のつもりだぜ!まあなんだ、次はもっと俺の玩具らしく、面白可笑しくなっていてくれや。それじゃあな!今日の戦いはクソつまんなかったぜ!」

 

 そう言って、灰司の頭を地面に叩きつけると、一発蹴りを入れてからその場を後にしていった。そこにあったのは、強者と敗者という、単純明快にして絶対的な差だった。

 バルジたちに続いて、ボマーオリジオンも逃げようとする。

 

「俺も貴様らに付き合っている暇はない……もうすぐなんだ。もうすぐ会えるんだ……!」

「待てっ……く……!」

 

 逃げようとするボマーオリジオンを追いかけようとするアクロスだが、全身に走った痛みで足が止まり、それは叶わなくなる。その場に膝をついたアクロスに目もくれず、ボマーオリジオンはどこかへといってしまった。

 あとに残されたのは、アクロスとユナイト、そして灰司の3人だけであった。

 

「……」

 

 アクロスとユナイトは、互いに向き合いながらベルトを外す。ベルトが外れると、アクロスとユナイトの姿はテレビの砂嵐のようなシルエットとなりながら消失し、変身が解除される。

 変身を解いた瞬の顔を見て、裁場は驚きながらも、どこか納得したような表情をみせる。

 

「君、だったのか」

「あんた、仮面ライダーだったのか……」

 

 瞬は驚きのあまり、そこから先の言葉が出てこない。それは裁場も同じだったのだろう。話を逸らすかのように、彼は目線を逸らす。その先には、満身創痍の身体を無理やり立ち上がらせている灰司の姿があった。

 裁場は、覚悟を決めるかのようにごくりと唾をのみ、灰司に話しかける。

 

「久しぶりだな、灰司」

「っ……今更どの面下げて……っ!」

「やはり、君はその道に進んだんだな。あの日、世界を失ったその日から」

 

 互いに面識のあるような物言いだ。瞬のあずかり知らぬところで、彼らは面識があるのだろうか?灰司は、いつもの態度からは想像もつかないような、ひどく取り乱したような態度で、裁場を強く拒絶する。

 

「なんなんだよ!今更ヒーロー面して俺の前に現れんなよ!」

「分かっている。俺が間に合っていれば、バルジを取り逃がしていなければ、君の世界は滅ぼされずに済んだ」

「だから転生者狩りをやめたってのか⁉︎ そして力を手に入れたから、今になってやって来たってのか⁉︎ なにもかも遅いんだよ!」

「ちょちょちょちょいとまて!全然話についていけねえんだけど⁉ ととととにかくお前ら落ち着けってーの!」

 

 灰司は、満身創痍の自身の身体のことを気にもかけずに、胸倉をつかんで裁場に殴りかかろうとする。だんだんヒートアップしてきた2人を落ち着かせるべく、瞬が半ば強引に話に割り込んだ。その行為が、結果的に2人を多少なりとも落ち着かせることとなった。

 

「……すまない」

「…………チッ」

 

 灰司は舌打ちをしながら、裁場から手を離し、近くのベンチに腰を下ろす。

 

「というか……お前が転生者狩りだったのか?」

「…………」

「その沈黙はYESととっていいんだな?じゃあ、バルジに世界を滅ぼされたってのは……」

 

 デリケートな質問だから、簡単には答えてくれないだろうと思いながらも、一応聞いてみた。そうしなければ気が済まなかった。だが、瞬の予想に反して、灰司はあっさりと返答してくれた。おそらく、瞬の目の前であそこまで敵意むき出しにしていた以上、もう隠す必要もないと踏んだのだろう。

 

「俺はこの世界の人間じゃない。他の世界で生まれ、転生者狩りとしてこの世界に送り込まれてきた」

 

 異世界人だと。灰司はそう言ったのだ。そういえば、以前フィフティが異世界についてあれこれ話をしていたが、あれは本当だったのだ。あの時は半信半疑だったが、こうして異世界人を目の当たりにすると、信じるほかなくなってしまう。

 驚いている瞬の様子が馬鹿らしかったのか、灰司は吐き捨てるように言う。

 

「何驚いてやがる。転生者がいるんだから、異世界人だっているだろ。転生して別世界に来ているか、転生せずに来ているか、その程度の違いしかねえっての」

「それも……そうか……」

 

 そう言われると、納得せざるを得なかった。

 だが、瞬の疑問はそれだけではなかった。

 

「そもそも転生者狩りってなんなんだよ?なんで転生者と戦うんだ?」

 

 そうだ。これまで、オリジオンやギフトメイカーが転生者狩りと呼ぶから、瞬も何となく便乗して灰司のことをそう呼んでいたのだが、そもそも転生者狩りとは何なのかが、瞬にはわからない。その疑問に答えたのは、裁場だった。

 

「転生者狩りというのは、転生者のあいだの通称……いや、蔑称に近い。正しくは、転生者秩序維持同盟(Alliance to Maintain the Order of Reincarnations)――通称AMORE(アモーレ)。実際には、悪さをする転生者をとらえる、警察組織みたいなものだ」

「え、殺さないのか?」

「ギフトメイカーの連中みたいに、よほどの凶悪転生者でない限りは逮捕という形をとっている。そんなに血なまぐさい組織じゃあないんだ、あそこはな」

 

 それは裏を返すと、ギフトメイカーは殺害命令が出ているほどに危険な奴らであるということだ。奴らは、それほどまでの危険人物だったのだ。そんな奴らを、瞬は相手にしているのだ。そりゃあ一筋縄ではいかないわけだ。

 裁場の説明を聞き、へえ~、と相槌を打つ瞬。すると、

 

「もういいだろ、この馬鹿にレクチャーしている場合じゃない。俺はやらなければならないんだ。どけよ」

 

 ずっと地面に腰を下ろしていた灰司が、話の腰を折った瞬に毒づきながら立ち上がり、瞬と裁場を押しのけつつその場から立ち去ろうとしだした。おぼつかない足取りで進む彼を心配して、瞬が声をかけようとするも、灰司は鬱陶しそうに瞬を押しのけて進んでゆく。

 そこへ、灰司の行く手を阻むようにして、裁場が立ちはだかる。灰司は強引に押しのけようとするが、裁場は動かない。

 

「……どけよ」

「悪いがそれはできない」

「どけって言ってんだろうが!」

「できないと言っている!」

 

 お互いに譲ることなく、大声で怒鳴り散らす。

 しばらく沈黙が流れた後、裁場が口を開いた。

 

「……君はバルジに復讐したがっている。その気持ちは分かる。だが、それを成してしまえば君はどうなる?」

「……え?」

 

 裁場の問いかけの意味が、瞬には理解できなかった。

 眉をひそめる瞬を放っておいて、裁場は続ける。

 

「今の君からは、バルジへの復讐心以外のものが感じられない。ひょっとして、復讐が完遂できるならば、死んでも構わないと思っているんじゃないのか?復讐が終わった後の未来なんて眼中にないんじゃないのか?」

「え、それって……」

 

 瞬が何か言おうとする前に、それを遮るように、裁場はこう言った。

 

「復讐が終わったら死ぬ気なんだろ、君は」

 


 

 

 しばらくの間、あたりに充満していた沈黙を最初に破ったのは、瞬だった。

 

「な……嘘だろ……?」

「…………」

 

 灰司は何も言わない。裁場も沈黙を保っている。

 瞬は、そんなわけがないと、裁場の言葉を否定するかのように、そうであってほしいと願うかのように、ベンチに座って俯いている灰司の方を見る。彼は無言を貫いている。崩れかけた噴水から流れる水の音だけが、しばらくの間流れていた。

 ――本当は、瞬もわかっている。この沈黙は、肯定の意であると。

 しばらくたって、灰司が口を開いた。

 

「何驚いてるんだよ」

「え、だって……」

「俺はすべてを失った。家族も友も、故郷も、なにもかもだ!お前は耐えられるのか?何もかもを失い、自分の命一つだけが残された孤独に!生き残ってしまったこの苦しみが分かる訳ねえだろ!」

「……サバイバーズ・ギルドか」

 

 生き残った罪悪感(サバイバーズ・ギルド)。大規模な災害や事故から生き残った者が抱く、自分だけが助かったことや、他者を助けられなかったことに対する自責の感情。それは、生きる気力を奪うには充分すぎるほど苦しくて、ただの温室育ちの逢瀬瞬(ヒーロー)には決して祓えぬほどに、途方もなく深い闇。

 80億人の屍の上に立っている灰司。その闇は尋常じゃない程に、彼を蝕んでいるのだ。灰司は俯いたまま、瞬の反論を事前に封殺するように吐き捨てる。

 

「生きてりゃいいことあるって言いたいのか?なら無神経甚だしいぞ。どうしようもない死にたがりだってこの世にはいるんだ」

「…………」

 

 ――どうすればいいのだ?

 瞬としても、バルジ達ギフトメイカーのやっていることは見過ごせない。灰司の復讐心も理解できる。だけど、何もかもを失った彼にとっては、自分からすべてを奪ったバルジに対する復讐心しか残ってはいないのだ。そしてそれを取り去ってしまえば、彼はどうなる?瞬がバルジを倒すにしろ、灰司が復讐を果たすにしろ、どの道灰司の未来はないのだ。そしてそれを、ただ黙って見ていていいのか?

 しかし、瞬には何もできることはない。瞬にはどう転んでも、灰司を死へと追いやることしかできない。なにより本人がそれを望んでいるのだ。いくら手を差し伸べたところで、本人がそれを拒否するのだからどうしようもない。

 

「今のきみは、バルジへの復讐心で無理矢理希死念慮を抑え込んでいるに過ぎない。だから、バルジへの復讐が果たせない状況に陥った時点で、きみはその命を燃やし尽くしてしまう」

「だったらなんだ。まさか、俺を止めるとか言い出すんじゃあないだろうな」

「君をここまで追い込んだのは俺の責任だ。君の復讐の終わりを人生の終点にはさせやしない。それが俺にできる償いだ」

「じゃあ止めてみろよ。目の前のガキ1人救えやしなかった、テメェの正義とやらで!」

 

 灰司はそう叫びながら、掌サイズの黒いカードデッキを取り出し、裁場に見せつけるように掲げる。すると、どこからかバックルのようなものが出現し、ひとりでに灰司の腰に装着される。そして、灰司はバックルにカードデッキを挿入する。

 裁場も、再びクロスドライバーを装着し、ユナイトライドアーツをバックルに装填し、ユナイトに変身する。

 

「「変身!」」

《CROSS OVER!正義の意志をフュージョライズ!不撓不屈のウォリアー!仮面ライダーユナイト!》

 

 すると、裁場がユナイトに変身すると同時に、幾つものシルエットが回転しながら灰司に重なってゆき、彼の身体にアーマーを装着させてゆく。そうして、黒い甲冑の戦士 —— リュウガに変身した灰司は、近くに停めてあった誰かのバイクに近づいていく。そして、バイクのサイドミラーに、吸い込まれる様にして消えていった。

 

「か、鏡の中に入った⁉︎ 」

 

 驚いた瞬がサイドミラーを覗き込むと、そこには、鏡の向こう側から此方を凝視するリュウガの姿があった。しかし、後ろを振り返れども、そこにあるはずのリュウガの姿はない。本当に鏡の中に入ってしまったのだ。

 鏡の中にいるリュウガは、向こうから裁場を挑発する。こっちの土俵に上がれるもんなら上がってみやがれと、そう言っていた。

 

「来いよ」

「そうか……なら、君の土俵に乗ってやる」

「え」

 

 ユナイトはそう言うと、腰のホルダーから、一つのライドアーツを取り出し、バックルに装填した。

 

《LEGEND LINK! If you don't fight, you can't survive!龍騎ィ!》

 

 すると、赤い蛇龍が何処からか飛んできて、ユナイトの身体に纏わりつくようにして合体してゆく。そして、赤い鎧に身を包んだ竜騎士へと姿を変えた。瞬は知る由もないが、これが、仮面ライダーユナイト・リンク龍騎である。

 レジェンドリンクを終えたユナイトは、一度だけ瞬の方をちらりと見ると、リュウガと同じように鏡の中へと吸い込まれるようにして消えていった。

 

「え、ちょ、おいっ!」

 

 瞬は鏡越しに、相対するユナイトとリュウガに呼び掛けるが、その声は2人には届かない。

 

「俺は君を止める。君を死なせるわけにはいかない!」

「煩えんだよ……俺の邪魔をするってんなら、アンタだろうと殺す!」

 

 リュウガの怒りに呼応するかのように、黒龍 —— ドラグブラッカーが空の果てから飛翔し、リュウガの周囲を旋回し始める。リュウガは、それを横目に、バックルのカードデッキから一枚のカードを取り出し、左腕に着けている龍召機甲ブラックドラグバイザーに読み込ませる。

 

《STRIKVENT》

 

 すると、その音声と共に、リュウガの右腕にドラグブラッカーの頭部を模した手甲・ドラグクローが出現する。負けじとユナイトは、左腕に備わった、ドラゴンの頭部を模したアームキャノンを突き出す。おして。

 

「「はああああああっ!」」

 

 ユナイトはアームキャノンから、リュウガはドラグクローから、それぞれが灼熱の炎を放った。赤と青の炎は空中で激しくぶつかり合い、空を斬るかのような大爆発を引き起こす。

 

「うわっ‼ 」

 

 そしてその衝撃は、鏡伝に瞬の居る現実世界へと伝播した。鏡越しに一部始終を見ていた瞬は、発生した衝撃で、戦闘の余波でボロボロになった噴水に頭から突っ込んでしまう形で吹き飛ばされてしまう。

 

「ってえ……そうだ!2人は⁉ 」

 

 慌ててバイクのミラーを見ようとするが、先ほどの衝撃でバイクは倒れ、サイドミラーは粉々にっ砕けていた。これではどうなっているのか見ることができやしない。

 割れた鏡の向こう側から、2人が戦う音が聞こえる。そしてそれは、瞬には止めることができない戦い。どうしようもなくなって、横倒しになったバイクの前で膝をつく瞬。そこに、幾つもの足音がこちらに近づいてくるのが聞こえてきた。

 

「ここに居た!」

「大丈夫⁉ なんとも……ないとは言えなさそうね……」

「おーい!瞬、なんだ今の衝撃は……」

「瞬さ~ん!このあたり、すっごい惨状ですけど、なにかあったんですか?」

 

 山風に大鳳、アラタにハル。分かれて灰司を探しに行っていた面々と合流した。彼らの後ろからは、見知らぬ男子高校生と幼女、背の高い青年がついてきている。

 

「何よこの荒れよう……まるで激しい戦いがあったみたいね……」

「まるで何かが爆発したような……まさか、ここでも爆弾魔が犯行を?」

「爆弾魔……テレビでいっていたあれか?こうして目の当たりにすると、聞いてた以上にやばそうだな……」

 

 彼らはいったい何者なのかと聞こうとしたが、その時、急に瞬の身体のあちこちにできた傷が痛みだし、発声が阻害される。それを見た大鳳が、心配そうに駆け寄ってくる。

 

「すごい傷だらけじゃない……またギフトメイカーと戦ったのよね?唯達は?灰司は見つかったの?」

「……ああ、そうだ!唯は⁉ 湖森は⁉ 」

 

 大鳳の言葉で、瞬は思い出した。そうだ、唯達はガングニールオリジオンとレイラに襲われていた筈。瞬も助けたかったのだが、戦いでそれどころじゃなかったし、灰司や裁場に関するあれこれが衝撃的すぎて思いっきり失念していた。一体あれからどうなったのだろうか?慌てて立ち上がり、駆け出そうとする瞬だが、その時、身体中の傷が一斉に痛みだし、瞬の足を止めてしまった。

 再びその場に膝をつく瞬。今すぐにでも走り出したいが、傷を負った身体がそれを許してはくれない。行かなくてはならない。手を伸ばさなくてはならない。だけど、できない。アラタが瞬に肩を貸し、ハルも瞬に寄り添う。

 

「唯……湖森……」

「無理せず少し休みましょう。多分……無事ですから……」

「根拠は?」

「勘」

「ええ……」

 

 ハルのその言葉に呆れるアラタだったが、同時に、そうであってほしいと願わずにはいられなかった。

 


 

 PM5:56

 

 ガングニールオリジオンとレイラに追われていた唯と志村。そこに現れたのは、以前大鳳を助けた謎の少女騎士・セラであった。

 

「騎士、か。騎士、ねえ」

「なんだ」

「私は騎士が何よりも嫌いなんだ。蜂の巣と剣山、どっちがお好みかな?」

 

 レイラは、片手にサーベル、片手にライフルを持ちながら尋ねる。まるで「寿司とハンバーグ、何方が好き?」と訊くかのように。それくらいの感覚で尋ねていた。そして、その目は笑っていなかった。

 ガングニールオリジオンは、レイラの背後で低い唸り声を上げながら此方を凝視している。その姿は、さながら犬のようにも感じられた。

 

「どちらもノーサンキューだ。お前のような奴からの質問なぞ、答えるだけ無駄と相場が決まっている」

「死にたいんだな。ならばお望み通り、お前を蜂の巣にしてから剣山にしてやるよ!」

「2人とも伏せろ!」

 

 セラに言われるがまま、唯と志村はその場に伏せる。すると、先ほどまで彼女たちの頭があった位置を、ライフルの銃弾が飛んでいった。レイラが発砲したのだ。撃たれた弾丸は誰にも当たることなく、遠くにあった自販機に銃痕を残してゆく。

 

「ひいいいいっ‼ 」

「ここは私が何とかする、だからお前らはここから早く逃げるんだ!」

「あ、貴女はどうするの⁉ 戦う気⁉ 」

「無論だ!」

 

 唯の言葉にそう返しながら、セラはレイラの投げたサーベルを剣で弾き飛ばす。弾かれた剣はくるくると回りながら宙を舞い、ガングニールオリジオンの背後の地面に突き刺さる。

 

「やるぞガングニール!この邪魔者を我々の手で始末するのだ!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼ 」

 

 レイラの命令を受けて、ガングニールオリジオンがセラに飛び掛かる。ガングニールオリジオンは、空中で右足をセラの方に突き出し、跳び蹴りの体勢になる。すると、ガングニールオリジオンの踵から鋭い突起のようなものが出現する。あれでセラを蹴り抜く算段だ。

 しかし、セラは冷静に剣を構える。

 

「必剣・流星返し(メテオカウンター)!」

 

 セラの剣の刀身が、激しく紫色に発光しだした。そしてセラは、ガングニールオリジオンの跳び蹴りに対し、剣で迎撃する。

 鍔迫り合いじみたことは怒らなかった。セラの剣とガングニールオリジオンの右足が触れた瞬間、ガングニールオリジオンの身体ははるか後方へと吹っ飛ばされていた。たった一瞬、目にも見えない速度で振り上げられた剣が、彼(?)の身体を押し返したのだ。唯と志村には、何が起こっているのか理解できなかったが、レイラは忌々しそうにセラを睨みつけながら、

 

「小癪な……なら次はこれだっ!」

「銃弾如き、全部打ち払って見せよう!」

 

 虚空から2丁のサブマシンガンを取り出し、迷うことなくその引き金を引く。普通の人間なら容易く蜂の巣になるような速度で降り注ぐ、横殴りの銃弾の雨。唯と志村は慌てて射線上から身を引くが、セラは、自身に向かって降り注ぐ銃弾の雨を、すべて1本の剣で弾き出した。

 

「うわわわわわわわわわわわわわわっ‼ 」

「相変わらず容赦ないっ!」

 

 銃弾の雨から逃れながら、唯はセラの方を見る。彼女は全く被弾していない。身に纏っている鎧には銃痕の一つもついてはいないどころか、彼女の足元には、バラバラになった銃弾が次々と落ちてきている。本当に、彼女は銃弾をすべて斬り伏せてしまっているのだ。一体、どんな風に経験を積めば、あの領域にたどり着くのか、唯には想像もつかなかった。

 セラの力量を息を呑むようにして見守っていた唯。志村は、そんなことしている場合じゃないと言うかのように、彼女の肩をたたく。

 

「あ、あの人に任せて逃げようよぉ!ここにいたら命がいくつあっても足りないんだけどぉ⁉ 」

「でも……」

 

 志村の言っている通り、今逃げなければ、セラの救援が無駄に終わってしまう。そんなことはわかっている。しかし唯は、どうしてもセラを放ってはおけなかった。

 ――また逃げるのか?自ら遠ざかるのか?

 ――追い付きたい、隣に立ちたいと願ったそれは噓偽りだったのか?

 

「…………」

「どうしたんだよ唯ちゃん⁉ 今立ち止まったらまずいって!ホント死ぬから!逢瀬くんもアラタくんも、みんな悲しむって!唯ちゃん!」

 

 志村が必死の形相で叫ぶが、今の唯には全く届いてはいない。

 ――隣に立つためには、どうしたらいい?

 

「なら次はこれだ!」

 

 そう言うと、レイラはサブマシンガンをその場に放り捨て、虚空からロケットランチャーを取り出した。まるでギャグかと言わんばかりの光景だったが、笑っていられる状況ではない。レイラは、肩に担いだそれを、セラめがけて発射した。大きな発射口から放たれるのは、4発のミサイル。自動車の2~3台は軽くスクラップにできてしまうほどの威力を持ったそれが、一人の騎士と2人の一般人めがけて発射された。

 セラは今度も斬り落とそうと剣を構えるが、そこで、唯と志村が未だに逃げていないことに気づいた。当然ながら、彼女は焦る。これでは、自分がここに来た意味がなくなってしまう。いくらセラでも、ミサイルを爆発させずに処理するのは不可能。この距離でミサイルを斬り伏せれば、唯達は十中八九爆発に巻き込まれる。

 

「お前たち、何をしている⁉ 早く逃げろ!」

「ほら、騎士さんもそう言ってるし、早く!」

 

 志村が必死の形相で、唯の手を引っ張る。しかし唯は、この状況に似つかわしくない、虚ろな表情をしている。

 

(私は何を望めばいい?瞬の隣に居続けるためには、何が必要?)

 

 守られているばかりの自分は嫌だ。置いていかれるだけの自分は嫌だ。安全圏で見ているだけの自分は嫌だ。だけどそこから踏み出すための力がない。非力である限り、唯は現状から抜け出せない。いつまでも幼馴染みに守られ続けるだけの、人の形をしたお荷物。

 じゃあもう一度、今一度、自分の心に問いかけてみようじゃないか。ここから飛び出すには何が必要で、何をすべきだと思う?

 その答えは、はじめからわかりきっていた。

 

 

 ――単純明快。

 ――戦える力を望めばいい。立ち向かえる術を手に入れれば全て解決じゃあないか。

 

 

「くそっ!間に合わないっ!」

 

 セラの剣が、一発目のミサイルと触れ合う。セラはなんとかミサイルを破壊しまいと、必死に押し堪える。しかし、そんな彼女の行為を無に帰すかのように、彼女の頭上を残り3発のミサイルが通過してゆく。標的はもちろん志村と唯。

 

「も、もうだめだああああああああああああああああっ!」

 

 唯の手を引っ張りながら、志村が泣き叫ぶ。

 ああ、もう駄目だ。次の瞬間には“志村優始ここに眠る”と書かれた墓石の下で永眠することになるだろう。短い人生だった、悔いしかない。

 そう諦めて、志村は目を閉じる。

 

 

 

 しかし、いつまでたっても爆発と熱風は志村を焼き尽くすことはなかった。

 

「…………?」

 

 覚悟していた苦痛がいつまでもやってこないことを怪訝に思った志村は、恐る恐る目を開ける。

 

「え……」

 

 最初に目に入ったのは、暖かな光だった。それはまるで、春の麗らかな日差しのように、志村と唯を包み込んでいる。そして、その発生源は――

 

「…………ゆい、ちゃん?」

「……」

 

 唯だ。彼女がかざした手のひらを起点に、2人を包み込むようにして、ドーム状に広がっている。これはバリアだ。ミサイルから2人を守るためだけに生み出された障壁。光の正体はそれだった。

 恐る恐る、志村は唯の顔を覗き込む。普段の彼女からは想像もつかない、人智の範疇を大きく外れたような、何も読み取ることのできない、形容しがたい表情だった。ただ、緑色に発光する彼女の虹彩に、志村は底知れぬ不気味さを感じ取っていた。

 その異様な光景に、この場にいた全員が圧倒されていた。一瞬で、この場の主導権が切り替わっていくのが目に見えて分かる。今ここは、彼女(ゆい)の独壇場であると。

 

「な、ん、だ……?」

 

 これにはセラもレイラも、ガングニールオリジオンも、驚きを隠せなかった。

 誰もが困惑する中、唯はバリアを解除すると、悠然とした態度でレイラへと近づいてゆく。

 

「き、貴様はなんだ⁉ 貴様はただの人間のはず!どうして、どうやってこんなことを……」

「驚くことはないはずだ。貴様らはこれを知っているはずだろう?」

 

 唯は、レイラとセラに向かってそう言う。しかし、彼女たちは内容自体よりも、彼女から発せられる、あまりにも冷ややかな声にぞっとしていた。今目の前にいる少女は、ほんとうに諸星唯なのだろうか?まるで彼女の姿を借りて、なにか高次元的存在が顕現したと言われた方がまだ納得がいく。それに、“これを知っているはず”とは、どういうことなのだ?必死に考えても、2人には心当たりがない。

 

「■■■、■■■■・■■■■の名のもとに命ずる」

 

 取り乱すレイラの顔に手をかざすと、唯はそう告げる。なんらかの単語を発したはずなのだが、なぜかノイズが走ったかのように聞き取れない。

 唯は、レイラに向かって、こう言った。

 

「己を取り戻すがいい、異邦の旅人よ」

 


 

 瞬間、レイラの頭にとてつもない衝撃が走った。

 

(⁉ )

 

 まるで頭を直接シェイクされているかのような衝撃が迫る。あまりのショックに思わず吐き出しそうになるが、なぜか吐き出せない。いや、心臓の鼓動以外のすべてが止められてしまったかのような、そんな感覚がレイラの全身を支配している。

 得体のしれない感覚に怯えるレイラだったが、そこに、ある光景(ビジョン)が浮かび上がる。

 

 ――姉さんの剣術はほんとすごいよ。私なんか全然だよ。

 ――何言ってるんだ。お前の魔術の腕は相当なもの、流石自慢の妹だ。

 ――そっかなあ、嬉しいなあ、照れるなあ。

 

 暖かな日差しの中、草原に腰を下ろして最愛の妹と駄弁る光景。しかし。

 

(しら、ない……こんな記憶、わたしは知らない……!)

『いいや、知っているはずだ。貴様はただ見失っているだけなのだ』

 

 こんな記憶はないはずだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 有り得ざる記憶を必死に否定するレイラ。しかし、どこからか聞こえてきた唯の声が、レイラの思考をを否定する。

 

 ――安心して、お姉ちゃんが守るから。

 ――ほんとに?ほんとにまもってくれるの?

 ――当たり前でしょう?妹を守るのは姉として当然のことなんだから!

 

 幼い妹を安心させるために張った虚勢も。

 

 ――ハッピーバースデー、誕生日おめでとう。

 ――双子なんだから、姉さんもハッピーバースデーじゃん。

 ――いやいやいや、私はこういうのはあんまり似合わないというか、性に合わないというか……

 

 姉妹揃って祝われ、照れ臭かった誕生日の思い出も。

 

 ――絶対に、絶対に取り戻す!だから待っていてくれ……!私は、何年かかろうともお前と帰る!

 

 妹と生き別れ、再開を誓った旅立ちの夜も。

 

「なんだ⁉ 私は何を見せられている⁉ 私は知らない!こんな記憶があるはずがないんだ!」

 

 何一つ、レイラは知らないのだ。あんな風に笑う(リイラ)を、(レイラ)は知らない。知らないはずなのに、それはとめどなくレイラの頭に流れ込んでくる。膨大な見知らぬ記憶の洪水に、レイラの精神はなすすべなく翻弄されていた。まるで自分が自分でなくなるような、アイデンティティのすべてが木端微塵にされていくような、想像を絶する苦痛がレイラに降りかかる。

 注がれてゆく記憶達を必死に否定するレイラ。しかしそこに、再び唯の声がかけられる。

 

『名乗れ、自らの名を』

「わ、わたしは……レイラ……ギフトメイカーとして、世界を終焉に……」

『ちがう』

「間違ってはいない……わたしは……レイラだ……!」

『ちがうと言っているのがわからんのかお前は』

 

 名前すら否定され、アイデンティティをことごとく打ち倒されてきたレイラ。もはや、彼女に反論するだけの精神力すら、残ってはいなかった。

 虫の息となったレイラに、最後の声が届けられる。

 

『これより私が貴様を救ってやる。本来の自分を思い出せ』

 

 その言葉が、レイラが最後に聞いた言葉となった。

 

 


 

 現実世界

 

 

「ああ、ああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼ 」

「これは……一体何が起きてるんだ……?」

「GUUUUUUU?」

「唯ちゃん……その子に何をしたんだ……?」

 

 志村もセラもガングニールオリジオンも、ひどく困惑した様子だった。

 それもその筈、豹変した唯がレイラの顔に手のひらをかざした途端、レイラが頭を押さえて苦しみだしたのだ。弾を打ち尽くしたロケットランチャーをその場に放り捨て、発狂しながら頭をかき乱すその姿には、先ほどまでの冷酷な処刑人だった彼女の面影は微塵も感じられなかった。

 被っていた軍帽を地面に投げ捨て、髪を結んでいたリボンをほどいては噛みちぎり、自らの肩を抱いて空に吠えたり、頭をがんがんと地面に何度も叩きつける姿は、先ほどまでとは別ベクトルの恐怖を志村に植え付けていた。

 

「違う違う違う違う……わたしはレイラで……いやそうじゃなくて、リイラでもなくて、ああええと……」

 

 頭を抱えてその場にうずくまるレイラ。その目は尋常じゃない程に血走っているし、頭からは血がどくどくと流れ出ていた。彼女はやがて、思い出したかのように立ち上がってはコートを脱ぎ棄てて、頭を振り乱したかと思えば、全身を震わせながらこんなことを口走った。

 

「いやいやいやいや、わたしはレイラ!バルジ様に誠心誠意尽くす奴隷なのです!いいやこれも違う!あたしはレイラ、クソ雑魚捨て駒ヒットマンのレイラちゃんなんだからあ……いや、ええと……ああこれだ……ご主人様の世界滅亡をサポートする敏腕メイドのレイラちゃんだぞっ☆……もしくはこれか?べ、べつにあなたがすきだから転生特典を与えるんじゃないんだからねっ!頑張ってあばれなさいよ?そしたらあなたのお嫁さんに……じゃなくてえ……ふええ、はずかしいけどバルジおにいちゃんのためにがんばるよお……えちえちアポカリプス系チアガールのレイラだよおお……これもちがってえ……」

 

 はっきり言って、恐怖でしかなかった。あらぬ方向に土下座をしたかと思えば、反対方向を向いて何かに祈りを捧げ、かわいらしくウインクを決めたかと思えば、誰に充てているのかわからないツンデレ発言を繰り出す。挙句の果てには顔を赤らめながらチアガールの真似事までする始末。ひとつひとつのシチュエーションはよくよく聞けば萌えるのだろうが、この状況では逆に得体のしれないものとしか感じられなかった。

 志村もセラも、恐怖におののいていた。一体何がどうなっているというのだろうか。これは明らかにおかしい。そう感じてはいるものの、その実態は全く理解できない。ただ、レイラの痴態と奇行を見守ることしかできなかった。

 

「ど、どうしたんだ?さっきから何言ってるんだ?」

「ふぁいとお~……れいら、がんばるよ~……お風呂にする?ごはんにする?それとも、て・ん・せ・い?」

「お、おい?本当に大丈夫なのか?」

 

 敵対していたとはいえど、これは心配になるレベルだ。思わずセラが駆け寄るが、レイラは子どものように笑うだけで何もしない。敵だったセラが目の前にいるというのに、だ。

 志村は、唯の方を見ながら、恐る恐る訊いてみた。

 

「唯ちゃん……一体この子に何したの……?」

 

 唯からの返事はない。それどころか、彼女は微動だにしない。志村は、身体の震えに無理矢理逆らいながら立ち上がり、唯の肩に手を置く。

 すると、唯の身体がぐらりとその場に崩れ落ちた。

 

「え⁉ ちょっと唯ちゃん⁉ 」

 

 志村は必死に倒れた唯の身体を揺さぶる。彼女からの反応はないが、呼吸はちゃんとしている。どうやら気絶しているだけのようだが、どうしてこうなったのだろうか?志村には見当もつかないし、彼女を目覚めさせる方法もわからない。

 志村が必死に唯に呼び掛けるその目の前では、先ほどまで奇行に走っていたレイラが、ピタリと奇行を辞め、その場に座り込んでいた。そして、まるで何かを悟ったかのように、空を見上げながらこんなことを言いだした。

 

「……そうだ、違うんだ」

「ちがう?」

「あの子はリイラじゃあない。わたしのいもうとはそんななまえじゃなかったようなきがする」

 

 それは、先ほどまでの彼女なら決して言わないはずの言葉であった。しかし、今の発言は、上の空気味ながらも、どこか確信めいたような声色だった。

 そこから、どんどんとレイラという人間の意識は崩れ去っていった。もはや、彼女を構成するあらゆる要素を、彼女自身が信じられなくなっていたのだ。壊れかけた頭で考えれば考えるほどに、彼女の自意識は崩壊の一途をたどってゆく。その様子が、セラや志村にも一目瞭然だった。

 

「わたしだってそうだ。わたしもれいらなんかじゃなかったようなきがする……」

 

 自分の名前も、過去も、何もかもを信じられなくなった彼女。ぼろぼろになった精神では、言葉を紡ぐことさえ厳しくなっている。

 そして、最後にかすかに残った彼女の自意識は、かすれるような声で、セラと志村の方を向きながらこう問いかけた。

 

「――じゃあ、わたしはだれなのでしょうか?」

 

 それが、彼女の発した最後の言葉だった。その言葉を発したのを最後に、レイラは、口からよだれを垂らしながら喃語(なんご)を繰り返すだけの存在になってしまった。まるで中身だけが赤ん坊に戻ってしまったかのようだった。自分と同年代と思わしき少女が、指をしゃぶりながらばぶばぶと言う姿は、襲い掛かってきた相手とはいえど、見ていてなんともいえない気分にさせられるものだった。

 志村とセラは、その異様な光景をただただ見ているだけしかできなかった。ガングニールオリジオンも、事態の一部始終を静観していた。理性のない狂犬である彼(?)からしても、一連の光景は恐怖そのものでしかなかったのだ。

 

「だー、ばぶーぶえーぶえー……あーい!」

 

 まるで赤ん坊の様なふるまいを見せる一人の少女。そこには、先ほどまであった敵意も不安も、何もかもが消え失せていた。

 どれほどの間、それを静観していただろうか。その沈黙を破ったのは、セラでも志村でも、ましてやガングニールオリジオンでもなかった。

 

「あーあ、何してくれてんだよ」

 

 志村の後ろから、品のない声がした。ばっと振りかえると、そこには紫色のライダースーツの上に白衣という、端的に言ってセンスの欠片もない服装をした男が立っていた。志村はそいつの名を知っている。

 

「君は……バルジ⁉ 」

「そ、よく覚えてくれてるじゃあねえか!俺様うれしい……なあっ!」

「ぶべらっ⁉ 」

 

 バルジはそう言いながら、志村の顔面を思いきり蹴とばした。痛みが頭を伝って全身を震わせ、鼻血がだらだらと垂れては地面に赤い染みを作り出してゆく。

 バルジはもがいている志村を踏み越えると、指をしゃぶるのに夢中なレイラの元へとたどり着く。

 

「ここまでぶっ壊してくれちゃってさあ、()()()()()()()()()()()()()()()

「洗脳だと……?彼女はお前たちの仲間ではないのか?」

「おいおい、何寝ぼけたこと言ってるんだ?コイツはただの傀儡だよ。都合のいい俺様の玩具さ」

「あうー?」

 

 バルジの足元では、レイラがはいはいをしている。今の彼女にはバルジの言っていることが微塵も理解できない。そうするだけの知性が失われているのだ。バルジはしゃがみこんでは、レイラの頭に手を当てて、彼女の頭を隅々まで確認する。

 眼や耳や頭頂部やうなじを舐めまわすかのように観察し終えた後、にんまりと笑いながら何度もうなずく。

 

「う~ん……もう一回ぐらいならいけるか……?あんまりやりすぎると脳みそ壊れちゃうんだよなあ。でも、30回も“虫”の挿入に耐えたんだし、今回も行けるっしょ!」

「30回、だって……?」

「ああそうさ。なんせコイツの精神力は凄まじいものだからな、何度洗脳しても自力で解いちまう。そのたびに俺様が洗脳し直してるってわけよ。ついでに性格もいじってツンデレ花嫁にしたり恥ずかしがり屋な妹チアガールに変えたりとしているがな」

 

 変態だ、と志村は思った。まさかエロ同人みたいなことを実際にやっている奴がこの世にいるなんて思わなかった。しかし同時に、コイツならやっていてもおかしくないという思いも、どこかで感じていた。それはおかしいと言い返してやりたかったが、非力な志村が言ったところで、バルジには雑魚の戯言としかうけとられないだろう。まあそもそも、コイツに何を言っても無駄なのだが。

 レイラを担ぎ上げたバルジ。そこに、セラが剣を突き付ける。彼女は、鋭い目でバルジを睨みつけている。しかし、バルジはなんでそんな目で見られているのかが理解できないようで、とぼけたように彼女に訊く。

 

「……何の真似だ?」

「先ほどから黙って聞いていれば、貴様の言動は目に余る」

「え、まさかお前こいつを心配してんの?うっそお!コイツはなあ、いなくなった妹を探して俺達までたどり着いた挙句、妹を返せとかほざきやがったんだ。マジ有り得ねえだろ?だから返り討ちにしてから洗脳して、俺様専用のモルモットとして調教してやったのさ!」

 

 まるで悪いのは向こうだと言わんばかりの発言。しかし、これがバルジという人間の在り方だった。自分の非は決して認めず、周りに責任転嫁する。そのような生き方しかできない社会不適合者にして、天性の人格破綻者。

 平たく言うと、彼はいてはいけない人間だった。セラが即座に斬り殺すことを決意するくらいには。そう決断した彼女は、素早くそれを行動に移した。

 

「せえいっ!」

「無駄だっての」

 

 しかし。

 セラの神速を超える居合を、バルジは片手間に受け止めてしまった。

 

「悪いな、俺は玩具(レイラ)の修理をしなきゃあならない。だから今回は見逃しといてやるよ。運が良かったな」

「くそっ……待て!」

 

 バルジは乱雑にセラの剣を奪ってその場に投げ捨てると、レイラを抱きかかえたまま人間離れした跳躍力で飛び上がって、どこかへと行ってしまった。放置気味だったガングニールオリジオンも、慌ててバルジについていった。

 

「思った以上に厄介な奴らだな……」

 

 セラは、バルジが消えていった方角を見つめながら、忌々しそうにそう言った。

 志村は鼻血をぬぐいながら立ち上がり、セラに礼を言う。

 

「ありがとう、助けてくれて」

「騎士として当然の務めを果たしただけだ。それよりも彼女、まだ目覚めないのか?」

「うん……どうしたらいいんだろう」

 

 志村は、足元で気を失っている唯を見ながらそう言った。

 先ほど彼女が見せた力。あれはいったい何だったのだろうか?レイラがあんな風になったのは?わからないことだらけだ。とてもじゃないが、志村一人には抱えきれないものだ。志村は気絶したままの唯を背負うと、瞬の元へと戻ろうとする。きっと彼はまだ先ほどの公園にいるはず。見たことを可能な限り伝えて、共有したい。

 志村はそう思いながら歩き出そうとするが、ふとその足を止めて振り返る。そして、セラにこう言った。

 

「セラさん……だっけ?君も一緒に来ない?」

 


 

 PM6:11 ミラーワールド内

 

 鏡の世界で、ユナイト・リンク龍騎とリュウガの戦闘は続いていた。

 

「……チイッ!」

 

 瓦礫まみれの地面の下から、リュウガが這い上がる。

 2人が今いる場所は、現実世界において先ほどギフトメイカーと交戦した公園だが、両者の炎の衝突で、周囲は先ほど以上の荒れようとなっていた。ここが現実世界だったら大惨事になっていたであろうことは想像に難くない。

 リュウガは、炎に包まれた大地を見渡す。奇しくもそれは、自分以外のすべてを失ったあの日の光景に似ていた。それを思い出してしまったリュウガは、仮面の下で忌々しそうに舌打ちをする。

 

「出て来いよ。どうせ生きてんだろ」

「…………」

 

 リュウガの呼びかけに応じるように、なぎ倒された街路樹の影からユナイトが無言で姿を現す。その姿を見たドラグブラッカーが、リュウガの周囲を旋回しながら威嚇の咆哮をあげる。しかし、ユナイトは動じない。

 リュウガは、ドラグブラッカーの尾を模した剣を構えながら言う。

 

「贖罪のつもりか?ならお前は根本的にやり方を間違えている。邪魔すんなよ」

「いいや、これが俺のやり方だ。どう言われようとも、これが俺の使命だ」

「この堅物野郎!」

 

 リュウガが剣で斬りかかるが、ユナイトは左腕のアームキャノンを盾代わりにしてそれを防ぐ。

 

「お前がバルジを取り逃がしたせいで、奴は俺の世界に来た!そして、俺の世界を壊した!」

「ああ、だから俺はAMOREを辞めた。お前の世界を救えなかった俺に、あそこに居続ける資格はなかったからな」

 

 取り逃がしたことと、間に合わなかったこと。裁場のその2つの過ちの末に生まれたのが、今目の前にいる無束灰司という人間だ。だからこそ、彼は見過ごせないのだ。たった一つ残った命が、死へと向かおうとすることを。例え、それを本人が望んでいることだとしても。

 ユナイトはリュウガの剣を払いのけると、右手に持っていたフュージョンマグナムで光弾をリュウガに撃ち込む。胸部装甲から煙を上げながらのけぞるリュウガだったが、即座にドラグクローから青い火球を撃ちだして応戦する。ユナイトのフュージョンマグナムから放たれた光弾と、ドラグクローの火球が相殺し合い、小規模ながらも再び爆発が起きる。

 煙の向こう側から、ユナイトの声がする。それは、固い決意に満ちたものであった。

 

「まだだ、俺はまだやれるぞ」

「いい加減諦めろよ……俺は救ってほしいだなんて一度たりとも頼んでない!お前の差し伸べた手はじゃまでしかないんだって理解しろよ!」

「それでも手を伸ばす!無理だとわかっていても、望まれていなくても伸ばす!それが、あの日、お前という存在に手を伸ばせなかった……俺にできる贖罪だ!」

 

 ――ユナイトの脳裏に浮かび上がるのは、肉塊と灰に包まれた終焉世界(ポストアポカリプス)

 生き残った命はたったひとり。どうあがいても元には戻せず、滅びを待つだけの世界に、生き残ってしまった少年の号哭がこだまする。

 自らの手が届かなかった。その至らなさが、無力さが生んだ地獄を、彼は見届けるだけしかできなかった。

 

「押し付けがましいことをほざいてんじゃ!ねえよ!」

「っ‼ 」

 

 リュウガはそう叫びながら爆炎のなかを一直線に突っ切り、ユナイトの顔面を思いきり殴りつけた。しかし、ユナイトは殴られながらも、リュウガの腕をつかみ取って思いきり投げ飛ばした。ボロボロになった石畳の上に背中から落ちるリュウガ。

 しかし、彼は立ち止まっていられない。役立たずの分際で、自分にたった一つ残された生きる道を独善でつぶそうとする、目の前の男がどうしても許せなかった。バルジにもらった傷が開くことを厭わずに立ち上がり、力の限り声を張り上げる。

 

「まだ、だあああああっ!」

「……いや、残念だがそれは無理だ」

 

 しかし、ユナイトがそれを制止する。その言葉を聞いて、リュウガは自分の手のひらに視線を下ろす。

 リュウガの手が、輪郭が、周囲に拡散するかのように消え始めていた。時間切れだ。ミラーワールドにおいて、現実世界の存在の活動時間は限られている。それを超えれば、その肉体は消滅する。

 

「クソッ……時間切れか」

「どうする?現実世界で続けるつもりか?」

「言ったはずだ、俺はテメエが何と言おうとも先に進む!」

 

 リュウガはそう叫びながら、ユナイトの腕を振り払う。それと同時に、彼の叫び声に呼応するかのようにドラグブラッカーが青い炎をユナイトに向かって吐きかけてきた。

 咄嗟に回避しながらも、フュージョンマグナムを構えるユナイトだったが、当のリュウガはドラグブラッカーの炎に紛れて姿をくらましていた。

 

「……やはり君はその道を選ぶのか」

 

 たとえなんと言われようが、止めるしかないのだ。男もまた、その道だけしかない。

 ――未だ脳裏に鳴り響く号哭に苛まれながら、男は歩を進めた。


 

 PM6:37

 

『ながい、道のりだった……』

「そうだね。ドライブすっごい楽しかったね」

『それで済ませていいもんじゃないと思うんだが』

 

 日暮れの街。とある一区画。人気のない高架下にバイクを止め、セルティと少女は一時休憩に入っていた。

 あれから半日以上の間、街のあちこちでいろんな奴らに追いかけられたのだ。それは、今朝のコスプレ集団だったり、人間に擬態する地球外生命体だったり、土方姿の変態だったりと様々だったが、2人を疲弊させるには充分だった。

 人通りの少ない場所にバイクを止めたセルティは、ぼんやりと空を見上げる。自分に口があったら、きっと溜息をこぼしているだろう。

 

「その荷物をしつこく狙っているけど、いったい何なの?」

『私も知らない。だが、わざわざ私を頼ってきたんだ。余程知られたくないブツらしい』

 

 少女にそう聞かれるが、セルティにも、一体それが何なのかはわからない。だがセルティは、その中身を積極的に知ろうとは思わなかった。プライバシー保護の観点というのもあるが、裏社会では、余計な好奇心が命取りになる。必要以上のことは知るべきではないのだ。それにそういった類のものは、大抵ろくなものじゃないから。

 ――その光景を、一歩離れたあたりで見ている人間がいた。平和島静雄と田中トムである。昼間に爆弾魔の事件に巻き込まれた2人は事情聴取を受け、出てきたところをこうしてセルティと出会ったのだ。彼女から愚痴を聞かされた静雄は、同情するかのように語り掛ける。

 

「お前も大変そうだな」

『ああ、きっと新羅が今日の出来事を知ったら顔色変えて抱き着いてきそうだ』

「だろうな。アイツの喧しさが容易に想像できる」

 

 セルティはそうPDAに打ち込みながら、心配性な同居人の顔を思い浮かべる。というか、予想以上に仕事が長引いてしまっている。なんせ、目的地に向かおうとするたびに邪魔が入るのだ。

 変な旧友に思いをはせていた静雄だったが、ふと、セルティの横にいる少女の姿が目に入った。

 

「で、このガキはなんなんだ?」

『なんか勝手についてきたんだ。えっと、名前はなんて言ったかな』

「霧崎律刃」

 

 彫刻刀が収まったプラスチックケースを片手に、少女は名乗る。なんで彼女は彫刻刀を常備しているのだろうか。そんなに使う機会はないと思うのだが。律刃に危なっかしさを感じたトムは、律刃の手から彫刻刀のケースを取り上げる。

 

「彫刻刀振り回すのはよせっての。ったく、最近のガキはなんでこうも危険物振り回すことに躊躇がねえんだ?」

「あー返してよー、わたしたちにとってはアイデンティティじみたものなんだってばー」

『あれ?』

 

 その時、律刃の短パンのポケットから何かが転がり落ちるのを、セルティは目撃した。律刃は彫刻刀のケースを取り戻すのに集中していて、落とし物に気づいていないし、自分以外に気づいた様子もない。セルティはそれを拾い上げる。

 それは一見すると、透明なケースに収められたICチップのようなものだった。なんらかの機械の部品だったりするのだろうか。

 

「おいセルティ、なんだそれは」

『この子が持っていたみたいなんだけど……何のチップなんだろうか?』

「おい、お前なんか心当たりとかないのか?」

「ないよ。たまたま拾っただけだもん」

 

 つまりは、彼女もこのチップについては知らないということだ。一体これが何なのかはわからない。いくら頭を捻ってもわからないので、とりあえず一旦棚に上げることにした。

 ――その判断が正しいことを、ほんのわずかに祈りながら。

 


 

 PM6:41

 

 いくら走っただろうか。逢瀬湖森と港トモリは、日暮れの池袋の街をただひたすらに走り続けていた。

 自分たちを追ってきたオリジオンから必死に逃れるために、がむしゃらになって見知らぬ土地を走り続けたのだ。追ってくる気配がないことに気づいたのは、逃亡劇の幕開けから30分以上が経った時のことであった。

 

「もう……いませんよね……?」

「多分、そうじゃないかな……ああ疲れた……」

 

 2人はその場に座り込む。ぶっ続けで走り続けたせいで、もう心臓はバクバク鳴っているし、汗はだらだら、息も絶え絶えになっていた。これ以上走ったら、身体がバラバラになってしまいそうだ。ビルの隙間を通る微かな風すら、今の二人にはひどく涼しいもののように思えていた。

 湖森は、

 

「あれ、そういや唯さん達は?」

「そういえば……どこに行ったんだろう」

 

 あたりを見渡すと、一緒に逃げていた筈の唯と志村がどこにもいない。今この時になるまで、全然気づきもしなかった。ひょっとして、無我夢中で逃げていたせいで、何処かではぐれたのかもしれない。もしくは、唯達は奴らに殺されてしまったか――

 

「いいやそれはない!唯さんが死ぬわけない!」

 

 ふと頭に浮かんできた最悪の想定。湖森はそれを必死に拭い去ろうとして、ぶんぶんと頭を振る。だが、それはトモリも同じなのだ。最悪の場合がちらついてしまって仕方がないのだ。

 

「私だってそう思いたいよ?で、でもさあ……あの、オリジオンだっけ……?あいつら明らかにやばそうだったじゃんか……唯ちゃんは無事だって信じたいけど、最悪の場合ってのがどうしても頭からはなれないんだよ……!」

「あのぅ……さっきからなんか騒々しいっすけど、なんかあったんすか……?」

 

 恐怖におびえる2人だったが、そこに、申し訳なさそうに声がかけられる。一体何者だと思いながら湖森が顔を上げると――そこには、端的に言って変な奴らがいた。

 もう一度言おう。変な奴がいた。冗談ではない。どこぞの魔法少女みたいなコスチュームに身を包んだ少女だったり、全身包帯に身を包んだ変態だったり、パンツ以外は全部ボディペイントで誤魔化している変態だったり、ワ○ピースの敵役かと言いたくなるような体格のおっさんだったりと、様子は様々だったが、まともな外見の奴は1人もいなかった。

 あかん、こいつらは関わっちゃダメな奴だ。そう思った湖森とトモリは一目散に逃げだそうとするが、行く手を阻むかのように、魔法少女コスの少女と青いバンダナを巻いた青年が立ちはだかる。

 

「なんかオリジオンがどうたらこうたらとか言っていたけど、まさか出くわしちゃったクチで?」

「え、知ってるんですか⁉ 」

「湖森ちゃん、話に乗らない!こいつら怪しすぎるっての!」

 

 まるでオリジオンを知っているかのような口ぶりに、驚く湖森。ということは、目の前の青年は少なくとも、一般人ではないのかもしれない。

 トモリの静止も聞かずに、湖森は彼らとの対話を試みる。

 

「知ってるも何も……俺達はAMOREだぜ?」

「あもーれ?」

 

 聞きなれない言葉に首をかしげる湖森。すると、話を聞いていた包帯の男が、釘を刺すようにバンダナの青年に言う。

 

「おい、現地住民にそうホイホイと漏らすんじゃあない。記憶処理剤のコストもバカにならない。そんなんだからお前はいつまでも下っ端なんだよ。少しは灰司さんを見習えってんだ」

「え、あなたたち……灰司さんの知り合い?」

「マジすか⁉ 先輩の知り合い……先輩ストライクゾーン広すぎないっすか?女子中学生から女子大生まで手篭にしているとか凄すぎるっす!」

 

 なんか盛大に勘違いしているようだが、青年の暴走っぷりに湖森は口をはさむ余裕がない。

 青いバンダナを巻いた金髪の青年は、白い歯をみせて笑いながら名乗った。

 

「俺は御手洗倫吾(みたらいりんご)。俺達についてりゃあ大丈夫っすよ!」

 


 

 PM6:53

 

「お~~~~い!逢瀬くーん!」

 

 唯を背負った志村は、セラと連れて先ほどの公園へと戻ってきていた。無我夢中で逃げていたのもあって、帰り道が分からず不安だったのだが、そこは文明の利器に頼った。あのごたごたでスマホが壊れていなくてほんと助かった。

 ちなみにセラは、戦いが終わるとすぐに鎧を脱ぎ、以前大鳳の前に姿を現した時同様に、緑色のコートに身を包んでいる。やはりあの鎧姿は、現代日本では目立つのだろう。

 

「志村と唯が戻ってきたぞ!」

「なんかひどくくたびれたような……あれ、その人は?」

 

 仮面ライダーとギフトメイカーの激戦の爪痕が残るその地に、一部を除いた全メンバーが再集合していた。2人の無事を喜ぶ者、隣のセラに興味を抱く者に加え、なんだか見知らぬ顔も混じっているが、それはそれ。此方に気づいた瞬が、ベンチに腰掛けながら手を振り返してくる。

 

「志村が無事でよかったよ」

「生きた心地しなかったあ……まあセラちゃんと唯ちゃんのおかげで何とかなったんだけど」

「ん、セラ……?」

 

 志村に促されるがまま、瞬は、志村の隣に立っていたセラに視線を向ける。

 

「お前は……!」

「セラだ。セラ・フルルスローネ。偶然通りすがり、彼らを助けた」

「そっか……ありがとな」

「随分と怪我をしているようだが……それにここの荒れよう……何かあったのか?」

「まあ、色々と」

 

 セラは、あちこちボロボロの噴水広場の様子を怪訝そうに見渡しているが、今の瞬には彼女の疑問に答えるだけの気力がない。

 一方、かつてセラに助けられたことのある大鳳は、セラに気づくなり彼女に駆け寄り、頭を下げてきた。セラのほうも大鳳に気づくなり、彼女の元気そうな姿に安どしたような表情を見せる。

 

「貴女はあの時の……!」

「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

「逢瀬から聞いたよ、お前が大鳳を助けてくれたんだってな。礼を言わせてほしい」

 

 大鳳に続いて、アラタもセラに頭を下げる。本来なら自分が行くべきだったにもかかわらず、オリジオンにけがを負わされてそれがかなわず、赤の他人である彼女にそれをさせてしまったのだ。

 2人からの礼をもらったセラは、それを誇ることなく、さもそれが自然であるかのようにかえす。

 

「騎士として当然のことをしたまでだ」

「騎士かあ、誰かに仕えていたりするの?」

「ああ。だけど今はその人がいなくてな。探しに来たんだ」

「奇遇ね、今私達も友達探しの最中なのよ」

「…………!」

「逢瀬?どうした?」

 

 大鳳の言葉で、瞬は灰司のことを思い出した。

 灰司は転生者狩りで、詳細は不明だがギフトメイカー・バルジへの復讐をもくろんでいる。おそらく、瞬達に近づいたのも何か理由があってのことなのかもしれない。瞬は、灰司のことを何にも知らない。知らなさすぎる。こんなありさまで、彼のことを友達と言うのは烏滸がましいのではないだろうか?

 そして、皆に言うべきなのだろうか。灰司の素性を打ち明けてもいいのだろうか?そしたら、どうなるのだろうか?

 

「――いいや、なんでもない」

「ならいいんですけどね」

 

 ――それはできない。少なくとも、人の秘密を勝手にべらべらしゃべるような行為はやっちゃいけない。灰司だって、このことは知られたくないのだろう。今回瞬にばれたのだって、全くの偶然なのだ。

 だから、瞬は黙秘という選択肢を選んだ。向こうはそうは思ってはいないだろうが、瞬にとっては、目的は違えど、灰司は同じ敵(ギフトメイカー)と戦ってきた仲。秘密を共有してあげるだけの義理はあるのだ。

 一方、瞬がそんなことを考えているとはつゆ知らずな志村は、先ほどから気になっていることを訊いてみた。あの黒髪の目付きの悪い少年と、ツインテールのちびっこはいったい何処のどいつなのだ?

 

「そこの人は?」

「ああ、灰司探しを手伝ってくれてるんだ」

「俺は遠山キンジ、武偵高校の生徒だ。で、隣のがアリア。俺のパートナー……だ」

「なんで言いよどんだのよ?」

「へえ~、僕ナマ武偵見たの初めてだなあ」

「……どことなくあたしを見る目が動物園のパンダを見るような感じなのは気のせいじゃないのよね?」

 

 ――そりゃあどう見ても小学生だしなあ、お前。

 志村やセラに物珍しそうな視線を受けるアリアを見ながら、キンジはそう思ったが、声にだしたら間違いなく風穴まみれにされるので言わなかった。

 

「…………?」

「どうしたんだ逢瀬、セラの顔をじろじろ見て。まさか一目惚れか?唯がいながら何他の子にうつつぬかしてんだお前」

「うっせえわ。お前もいいのか、大鳳(かのじょ)セラに取られるかもしれないぞ?」

「NTR百合ですか、個人的にはすんごいそそりますね」

「「誰もお前に話してねえんだよ」」

 

 ハルの空気の読まない発言に突っ込みを入れながら、瞬は、隣で眠っている唯の顔を覗き込む。

 

「似てないよなあ……」

「何が?」

「いや、どう見ても似てないんだよ」

「だから何の話なんだ」

 

 謎の少女騎士・セラ。そしてギフトメイカーの一員であるリイラ。見た目も中身も全然違うはずなのに、彼女たちを見るたびになぜか既視感を感じてしまう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まるで、数式とその答えだけがポンと提示されていて、その過程が全く開示されていないような、どうにもしっくりこない感覚が頭から離れない。

 考察しようにも情報が少なすぎるし、先ほどからの傷が痛んで思うように考えがまとまらない。ひょっとすると、自分の感じている違和感は気のせいなのかもしれない。はたまた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 思わぬ難問に再開し、苦悩する瞬。それを、痛みに苦しんでいる顔と勘違いしたのか、キンジが心配そうに声をかけてくる。

 

「どうしたんだ?」

「えっと……確かお前は、キンジだったっけ」

「ああそうだが。なんかお前、痛がっているように見えてさ……やっぱりその怪我、まずいんじゃないか?」

「いいや大丈夫、慣れてるから」

「慣れてるって……普段どんな生活送ってんだお前?俺も一応武偵だからさ、仕事で同じくらいの怪我を負ったことあるけど、結構つらかったぞ?」

「……話で聞いていたよりも危険なんですね、武偵高校って」

 

 慣れというのは恐ろしいもので、ここ最近、瞬はこの程度の怪我ではあんまり動じなくなってきていた。少なくとも一誠と共闘した時よりも、自分のダメージに無頓着になっている。今の瞬は、身体のあちこちにあざや擦り傷ができていて、背中には多くの切り傷ができている。瞬はそれをさほど大したことないと考えてはいるが、キンジが心配するのも無理はないだろう。

 スポーツマンや戦士にとって、怪我に慣れるというのは、自分の傷に無頓着になるというのはよくないのだ。自分のダメージを測れないというのは、自分のコンディションを測れないのと同義。そんな状態で身体を酷使すれば、必ず反動がやってくるのだから。

 

「あんまり無理しない方がいいぞ。無茶しすぎると、肝心な時になってそのツケが来るもんだ」

「……肝に銘じておく」

「で、どうしたんだ?なんか悩んでいるように見えるけど?」

「なーんかなあ、納得いかないというか……理屈の分からないなぞなぞのような……そんな感じのことで悩んでいる」

「???」

 

 キンジとアラタの頭にいくつものはてなマークが浮かび上がる。そりゃそうだ。だって瞬ですらよくわかっていないのだから。

 

「俺はもっと知る必要があるのかもしれない」

「何を?」

「……いろいろとな」

「答えになっていないですよ」

「で、あの人は誰?あの人も武偵だったりすんの?」

「剣崎さんのことですか?いやあ、なんか色々とはぐらかされちゃうんですよね~不思議系男子ってやつだったりするんでしょうか?」

「…………」

 

 志村の指さす先では、剣崎が自身のバイクに腰掛けながら缶コーヒーを飲んでいる。瞬達に遠慮して、わざわざあんなところにいるのだろうか。なんだか巻き込んでしまって申し訳ない気分だ。

 

「はっ!こんなことしてる場合じゃない!キンジ、あたしたちが何をしに来たか忘れたの⁉ 」

「そりゃあ、爆弾魔事件の捜査だけど……あ」

 

 どうやらすっかり忘れていたようだ。まあ、変態に絡まれた挙句さんざん人探しに付き合わされたんじゃあインパクト的に忘れてしまってもおかしくないだろう。

 キンジとアリアは急いで立ち上がる。

 その時だった。

 

 ――ダンッ‼

「危ないっ!」

「えっ」

 

 突如として鳴り響く銃声。それと同時に、剣崎が叫びながらキンジをかばうようにして飛び出した。瞬間、剣崎の頬をかすめるようにして、何かがものすごいスピードで飛んでいった。かばわれたキンジが剣崎の顔を見ると、彼の右頬から赤い血が垂れていた。

 一体何が起きたのだと考える暇もなく、新たな銃声が鳴り響いた。今度はキンジが剣崎を抱き寄せるような形で横へと転がって、2人は銃撃を回避する。

 

「キンジっ⁉ 一体何が……」

「外したか……」

 

 忌々しそうな声と共に、物陰から狙撃手が姿を現した。それは、金の装飾が施された黒いメカニカルなボディに赤と青のラインが両腕と両脚に刻まれた怪物。その両手には自動拳銃が握られている。

 ――間違いない、オリジオンだ。

 

「結構射撃の腕には自信があるんだけどな。こう見えて俺、強襲科(アサルト)だし」

「強襲……もしかしてお前、武偵高校の生徒なのか⁉ 」

 

 強襲科とは、キンジ達の通う武偵高校の学科の一つ。主に剣や銃器による実力行使をこなす、武偵高校の中でも飛び切り危険な学科である。目の前のオリジオンは、確かにそう言った。

 こいつは、武偵の癖に人を殺そうとした。それは、目の前の彼が同業者でもなんでもなく、ただの犯罪者であることを示している。

 

「…………?」

 

 血をぬぐいながら、剣崎はある違和感に気づいた。

 負傷の仕方があきらかにおかしい。負傷の原因と結果がちぐはぐになっている。普通ならば、銃で撃たれたら風穴があいたりするだろう。だが、剣崎は銃で撃たれたはずなのに、その頬に出来た傷は明らかに切り傷だった。

 

「お前は一体――」

「問答無用!ギフトメイカーからの命令だ!お前ら全員、このガンズが皆殺しにしてやるぜ!」

 

 キンジは、躊躇いなく発砲してきたオリジオンに向かって銃口を向ける。その瞬間、オリジオンはすかさずキンジの脇腹目掛けて発砲する。

 

「なっ……!」

 

 自動拳銃から放たれたのは弾丸ではなく、斬撃だった。銃口から弾丸の如く放たれた斬撃は、キンジの脇腹をいとも容易く切り裂き、地面に鮮血をぶちまけながら飛んでいく。斬られたショックで、キンジの手から拳銃が零れ落ちる。

 瞬は思わず助けに入ろうと、クロスドライバーを取り出そうとするが、それを妨げるかのように、ギフトメイカー達にボコボコにされた傷が痛みだす。

 

「ぐ……」

「その傷で戦うのは無茶ですよ!」

「何なのよ一体!銃の癖に斬撃飛ばすとかイカれてるんじゃないの⁉ 」

「抜剣・絢爛たる女神騎士《コード・ヴァルキリア》っ!」

 

 瞬の肩を担ぎ上げて逃げようとするハルに、オリジオンは発砲する。放たれた弾丸は斬撃に変じて彼らに襲い掛かろうとするが、騎士モードへと変身したセラとアリアがその間に入り、それぞれ剣とナイフでその斬撃を斬り伏せる。オリジオンは攻撃を防がれたことに一瞬顔色を変えるが、即座に気を取り直して、再び銃の引き金を引く。

 しかし、それをさせまいと、アリアは素早く手に持っていたナイフをオリジオンの腕に向かって投げつけた。目にもとまらぬ速度で投げられたそれは、オリジオンの右腕に深々とぶっささり、そこから赤い噴水を巻き起こす。それは、オリジオンを怒らせるには充分だった。

 

「ってえなあ!何しやがるんだこのガキっ!」

 

 ダダダダダンッ‼ と、立て続けに鳴り響く銃声。それはいくつもの斬撃となって、アリアとセラに迫りくる。

 いくら2人でも、これをすべて防ぎきれるかと言われれば、不安が残る。だが、回避なんてしようものならば、後ろにいる瞬達に斬撃が襲い掛かる。肉の壁になるしか道はない。

 

「がはっ……」

 

 しかし、その役割は2人には回ってこなかった。その役回りを引き受けたのは、セラでもアリアでもない。

 

「け、剣崎さん!なにやってんだよ⁉ 」

 

 2人の少女の前に立ちふさがったのは、剣崎だった。2人をかばった結果として、身体のあちこちに切り傷が生じ、そこから赤い血がポタポタと流れている。だが剣崎は、その傷にお構いなしに立ち上がり、オリジオンの方を睨みつける。

 

「皆離れてくれ。ここは俺が何とかする」

「⁉」

 

 そう言うと剣崎は、どこからか銀色の四角いバックルのようなものと、1枚のカードを取り出す。カードに書かれているのは“♠A CHANGE”。それはトランプだった。

 

「まさかとは思うけど……あんたはもしかして……?」

 

 瞬の問いかけを背中で受けながら、剣崎は、バックルにトランプを挿入する。すると、バックル横から何枚ものトランプが連なって伸びてゆき、ベルトとなって腰に装着される。待機音が鳴り響き、周囲が固唾を呑んで見守る中、剣崎はオリジオンを見据えながら、右手を前方へと伸ばしてゆく。

 そして。

 

「ヘシン!」

《TURN UP》

 

 剣崎は右手首を反対方向に捻ると、即座に右手をバックルの方に戻しながらバックル右のターンアップハンドルを引くと同時に、反対に左手を前に突き出す。すると、カードリーダー部分が回転して、スペードマークが刻印されたプレートが出現するとともに、剣崎の前方に等身大の、青く光り輝く板・オリハルコンエレメントが出現する。

 勢いよくバックルから投影されたオリハルコンエレメントは、目前まで迫ってきていたガンズオリジオンを軽く弾き飛ばす。

 

「なっ……まさかあんた……」

「おいおい嘘だろ?この世界、ほんと何でもありだな!」

 

 驚愕の表情を見せる瞬達の前で、剣崎はオリハルコンエレメントを走り抜ける。

 エレメントを潜り抜けた剣崎は、濃い青色のインナーの上から銀を基調とした配色の装甲を纏い、頭部には大きな雫のような形状の仮面を被った戦士へと、姿を変えていた。彼は、腰に携帯していた剣を抜きながら、ガンズオリジオンに挑んでゆく。

 

「貴様は……仮面ライダーブレイドッ⁉ 何故お前が⁉ 」

「俺を知っているのか……アンデッドではないようだが、人に危害を加えるつもりなら俺が止める!」

 

 ――彼の名は仮面ライダーブレイド。

 運命に抗う過程にある英雄である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやく灰司の過去が明かされました。
1章の間にこの因縁は蹴りをつけるということが当初から決まっていたので、いつそれをねじ込むかと考えた結果、ここになりました。

レイラも唯も、とんでもないものを吐き出させました。尊厳破壊ってレベルじゃあねえぞ!
本来はもうちょっと裁場と灰司の話がメインになるはずだったのですが、唯サイドが予想以上に筆が乗ってしまって……とりあえず今回はブレイド変身まででいったん区切ります。ごめんなさい。

とにかく次回もお楽しみに!


推奨BGM:揺れろ!魂のペンデュラム!



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オリジオン紹介。今回はリクエストボックスからの登場です。

ガンズ・オリジオン(原案:名もなきA・弐氏)
人間態:半崎平一(はんざきへいいち)
能力:炎刀・銃(元ネタ:刀語)
能力:召喚した連発式自動拳銃と回転式自動拳銃の二丁による遠距離からの精密性と連射性に長けた銃撃戦。出典故に『刀』としての性質があるため、放たれた弾丸は全て「斬撃」となる
東京武偵高校・強襲科の生徒である少年が覚醒させられた姿。元々キンジをつけ狙っていたが、ギフトメイカーからの命令を受けてアクロス抹殺も任される。
遠距離からの連続精密攻撃を可能にした、飛び道具としての刀「炎刀・銃」で攻撃する。本来なら近接技も可能だが覚醒者自身に与えられた特典の知識がない。格闘経験が少ないため、近距離戦は不得手。



次回 PM7:14/夜会は美味いラーメン屋の屋台で
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