ロシア・ウルリースク――――
中国の国境寄りに位置するこの極東の地には、かつて兵器工場が存在していた。
その兵器工場は当初軍事基地として建設された後、兵器の修理工場としての運営を経て1から鋼鉄の獣を生み出す場へと鞍替えしたという経緯を持つ。作られていた兵器は、主に戦車などの陸戦兵器。
最初に『かつて』と述べたとおり、現在工場は稼動していない。21世紀に突入してから数年後、工場が破産し完全に閉鎖されたのである。
何年もの間手入れされる事無く風雨と厳しい気候に晒され続けた建物は完全に荒れ果て、野晒しのまま放置された作りかけの戦車や装甲車の車体は錆に覆い尽くされ、無残な赤茶けた屍を晒している。
冷戦にかけて繁栄を誇った大規模な兵器工場はもはや見る影も無く、広大な敷地は現在は文字通り兵器の墓場として利用されている。予算削減によって運用されなくなった旧式の戦車や装甲車が鉄道によって運び込まれては、完成する事無く打ち捨てられた他の車両同様工場跡地で下ろされ、そのまま放置されていくのだ。解体しないのは重量数十トンにもなる戦車をバラバラに解体できる設備と費用を削減する為である。
――――ここまでが表向きの話。
専用の大型貨車に載せられて墓場行きにされる兵器は通常、万が一興味本位で敷地内に侵入してきた近隣の住民に悪用されないよう処置が行われる……だがもし、実は無力化処置が行われていなかったら?
杜撰な陸戦兵器の処理法に目をつけた人物が居た。不味かったのは件の人物が廃棄車両の無力化や輸送を一手に担う部署を統括する軍の高官だった事。
その高官は任務に携わる部下全員を買収し、裏社会にも渡りをつけ、本来処分される予定だった陸戦兵器の横流しに手を染めるようになった。更に他部署の人間も買収し、書類を偽造させ本来廃棄予定の無い最新式の戦車・装甲車も墓場送りにさせ、運ばれてきた最新兵器を高値で客に売り捌いている。
わざわざ国境近くの僻地、それも兵器の墓場に査察にやってくる暇人は殆ど存在しない。仮に怪しんだ者が居てもその時は兵器を売り捌いて稼いだ大金で買収するか、金で転ばない頑固者ならば協力関係にある裏社会の友人に始末させれば良い。
実際これまでずっとそうしてきた。そしてこれからもそうしていくつもりだ。
「ご注文通りの品を揃えておいたぞ。T-95、2K22対空車両、TOC-1自走式ロケットランチャー一式。より取り見取りだ」
将官の軍服に身を包んだ恰幅の良い男……全ての元凶である軍の高官が目の前の男に告げた。
相手は主にチェチェンや東欧に武器をばら撒いている馴染みの武器商人。国外にもかなりの影響力を持っており、彼との取引の時はいつも高官自ら商談を行う様にしている。
「相変わらず良い品揃えだ。あのT-95なんて、アクティブ防護システムや電子機器を改良した最新モデルだろう?よく手に入れられたな」
武器商人が顎をしゃくって貨車に載せられた戦車を示す。貨車の周囲は高官が飼い慣らしている汚職軍人と武器商人が連れてきた護衛が、それぞれ完全武装で警備に当たっている。
彼らの戦力は歩兵だけではない。敢えて売らずに万が一の防衛戦力として確保しておいたT-90戦車やツングースカの通称を与えられている2K22対空車両、そして虎の子の戦闘ヘリが非常時に備え廃工場内で待機している。
各種戦闘車両とヘリの存在により、過去の遺物として見捨てられた筈の廃工場は火力の面だけで言えば、戦闘機すら容易に近づく事が出来ない要塞へと変貌を遂げていた。
「注文したのはそちらだろう。私は依頼人の注文通りの商品を持ってきただけだ」
「その注文通りの物を完璧に揃えてみせてこそ一流の商売人の証だ。支払いは何時も通り半額、そちらの口座にダミーを経由して電子送金してある。残りの半分も今送ろう」
白い息を吐き出しながら武器商人はタブレット型の携帯端末を取り出し操作。わざわざ高官へと見えるようにしながら、高官がよく知る番号の口座へと入金を行った。
これで取引は完全に成立。高官の顔に笑みが広がる。
「それでは商品を引き渡そう――――」
次の瞬間、凄まじい轟音が響いて高官の言葉を掻き消した。
金属が大きくひしゃげる破壊音だ。その場に居た男達全員の注目が音の出所へと集中する。
貨車上の戦車に何かがめり込んでいた。隕石が激突したみたいに砲塔が歪み、あまりの衝撃に対戦車ロケット弾対策の追加装甲や各部品が車体から弾け飛んでしまっている。一体何が起きたのだ?と男達は目を凝らす。
戦車にめり込んでいた『それ』が立ち上がった。
『それ』は人の形をしていた。もっと正確に言えば、『それ』はまるで東洋のおとぎ話に出てくる赤黒い体色の鬼にそっくりな甲冑だ。両腕には伸縮の牙。手足には鋭利な爪。赤鬼の肩幅から立ち姿から中身は男だと兵士達は直感的に悟る。
赤色の全身甲冑――――正式な名は獣性遺伝子制御強化外骨格。単純に言えば極めて高性能なパワードスーツである。現場の間ではGENEZ(ジーンズ)と呼ばれている。
着用者――――大牙謙吾はヘルメットの中で通信回線越しに指揮官へと戦闘開始を宣言。ユニット暗号名はバットヘッド1。所属は民間軍事企業グリークス。
彼が着用しているGENEZは、複数存在するモデルの中でも新型で特に高性能なヤマタノオロチと呼ばれる存在。
今回の任務は、汚職軍人と国際指名手配されている武器商人の逮捕の協力。謙吾の役目は最大の脅威である戦車を筆頭とした車両部隊とヘリ部隊の撃退だ。
「バットヘッド1、交戦開始」
手近な兵士へ飛び掛かる。
襲撃を受けた側の兵士達からしてみれば、謙吾の動きはまるで人の形をした弾丸そのものだ。残像が見えそうなぐらいの速さ。常人では殆ど反応できない。一瞬で距離を詰めては拳や蹴りが閃く。その都度完全武装の屈強な男達が、カンフー映画のやられ役そっくりに何mも後方へと吹き飛ばされていく。
「う、撃て撃て!」
我に返った高官と武器商人がほぼ同時に部下達へ攻撃を命じた。数十の自動小銃、軽機関銃が一斉に発砲。強力なライフル弾が雨あられと謙吾目がけ降り注ぐが、放たれた数百発の内命中したのは数発のみ。謙吾の動きが余りに早過ぎて照準が追いつかないのだ。
僅かな命中弾もヤマタノオロチの表面装甲にあっさり弾かれ、着用者の謙吾にダメージは皆無。それどころか標的から外れた大量の流れ弾が兵士達に命中し、同士討ちが続発する始末だ。その間にも謙吾はどんどん兵士達の意識を刈り取っていく。
異常事態に気付いて建物内に隠されていた戦闘車両が出撃してきた頃には、『商品』を守っていた兵士達の大半が戦闘不能に陥っていた。
戦車、装甲車、対空車両、それぞれの砲塔が突如乱入してきた強化外骨格を仕留めるべく旋回。125mmや30mm、砲塔側面に備えたミサイルランチャーの砲口が謙吾へと真っ直ぐ向けられていく。
強度だけでなく弾力性にも優れたヤマタノオロチの表面装甲ならば、上手くすれば戦車の主砲すら後方へ「そらす」事も可能だが――――わざわざ受け止めてやる必要はないと謙吾は判断。
強く地面を踏みしめると、GEANZヤマタノオロチ各部の人口筋肉が大きく膨張した。蓄えられ、増幅された力が謙吾を再び赤色の砲弾へと変貌させる。悉く気絶させられた兵士達と同じく、戦闘車両の砲手達もまた謙吾の姿を見失ってしまう。
その頃には謙吾はもっとも手近な位置に居たT-90の死角――――主砲の砲口、その真下へと辿り着いていた。躍動と同時、謙吾はヤマタノオロチの両前腕に備えた「牙」を伸ばしていた。牙は超合金製で2段伸縮式。最大で60cmの長さになる。
最大まで伸ばした牙を頭上の砲口目掛け振るう。火花を散らして砲身の先端部分が容易く切り落とされた。
更に跳躍して車体上部に飛び乗ると、ボクサーがサンドバックを叩くみたいに左右の拳を次々と車体上部に叩き込む。その度に牙が装甲を貫いて根元まで突き刺さり、内部機構を蹂躙。僅か数秒足らずで主力戦車が1台、戦闘不能に陥った。
異音を立ててT-90が沈黙したのを見て取ると即座に次の装甲車両へと飛びつく。その度に両腕の牙で、或いは蹴りを見舞って兵器を破壊していく。泡を食った敵車両が仲間ごと吹き飛ばそうと主砲の照準を合わせようにも、その時には謙吾はまた次の車両を破壊しにかかっていて照準の移動がまったく間に合わない。
結局車両部隊は1発も発砲できないまま、ものの数分で壊滅してしまった。行動不能になった車両から抜け出した乗員達がほうほうの体で戦場から逃げ出していく。謙吾は黙って見送った。逃げ出した乗員達については、予め廃工場周辺を包囲していた他の部隊に任せればいい。
唐突に強烈な光源が3つ、空に出現した。巨大な羽が空気を連打する騒音が頭上で響き渡る。光源の正体は、車両部隊より更に遅れてようやく駆けつけた戦闘ヘリの編隊だ。
Ka-52・アリガートル攻撃ヘリが3機。アリガートルは日本語で『ワニ』の意味。攻撃ヘリとしては珍しい、座席を横に並べたサイド・バイ・サイドタイプのコクピット。武装は機首下に30mm機関砲、左右に突き出た短翼下の兵装架にはロケット弾ポッドと対戦車ミサイルを搭載。
攻撃ヘリの機首側面に搭載されたサーチライトにより、謙吾の姿はまるで舞台劇かコンサートの主役のように煌々と照らし出されている。
後数秒もすれば、ヘリのガンナーが生身の人間に直撃しようものなら1発で蒸発してしまう砲弾を次々吐き出す機関砲と、物騒な高性能爆薬がたっぷり詰まったロケット弾と対戦車ミサイルの照準を謙吾に合わせるであろう。戦車を筆頭とした強力な陸戦兵器をたった1人で壊滅状態に追い込んだ化け物染みた強さの敵に対し、ヘリの乗り手達が攻撃を躊躇う理由などどこにある?
謙吾は甘んじてサーチライトの照射を受け続け、その場にどっしりと構えてみせる。回避行動は取らない。
ただ、ヘルメットの中で小さく呟く。
「――――やれ。バットヘッド2」
『りょーかい!!』
甲高い少女の声が飛び込んでくる。
3機滞空しているアリゲートルの内、1機が突然爆発を起こした。メインローターの軸部分上部が完全に砕け散り、回転加速度が与えられ続けていた2本の鋼鉄製の羽があらぬ方向へ飛んで行く。
不安定にガクガク揺れながら空中から転げ落ちた戦闘ヘリは、謙吾が破壊したT-90の1台へと激突。戦車にたっぷりと残されていた燃料や未使用の砲弾を巻き込んで大爆発を引き起こした。
戦闘ヘリが墜落した理由を謙吾は見抜いていた。装甲が施された戦闘ヘリを撃墜したのは、滞空するヘリの更に直上から放たれたLAW――――使い捨ての携帯型ロケット砲の一撃。弱点であるローター部にロケット弾の直撃を食らえば一たまりも無い。
『バットヘッド2見参!』
ユニット暗号名バットヘッド2――――堤・彩離(あやはな)の威勢の良い声。
直後、もう1発のロケット弾が戦闘ヘリに襲い掛かり更に1機撃墜。生き残った最後の1機がこの場から離れようと旋回を開始するが、もう遅い。
『必殺、アヤハナキィィック!!』
通信回線越しに聞いている謙吾(&逐一作戦の模様を見届けているであろう司令部)の頭が痛くなりそうな馬鹿っぽい掛け声と共に、残る1機の戦闘ヘリへ襲い掛かる存在。
正体は恐鳥(モア)型GENEZを装着した彩離だ。彼女のGENEZはその名前から容易に連想出来る通り、飛行能力に特化した存在だ。背部に鳥の羽を思わせるデザインの高性能過酸化水素エンジンを搭載。脚部には大型の猛禽類をイメージさせる超合金性の爪。
バックパックが生み出す推力と重力加速度でもって亜音速クラスにまで加速した彩離は真下へと蹴りを繰り出した。振り下ろされた超合金の爪はあっさりと戦闘ヘリのローターを切り裂き、勢いのまま軸部分とエンジン部分をも粉砕。そのまま最後の戦闘ヘリは真下の地面へと落下し、仲間の後を追う。
垂直落下式飛び蹴りを見舞った彩離の方は危なげなく着地して謙吾の元へ。強烈な地面とのキスから少々遅れて、彼女の後方でヘリが爆発を起こした。
それからまた新たな声が通信に飛び込んでくる。今度の声の主は別の場所で現場の指揮を執っている指揮官、大迫伝次郎だ。
『ご苦労様バットヘッド1、2。ロシア軍とICPOの部隊の脅威となる兵器全ての撃破を確認した。これで任務は完了。今迎えのヘリがそっちに向かってるけど、警戒は怠らないように』
「了解」
「りょーかい!」
『それからバットヘッド1はこっちの代わりにバットヘッド2にお仕置きしといてくれる?一応回線は暗号化してあるとはいえ、作戦中に大きな声で自分の名前暴露しちゃうのは流石にダメだ、ダメダメだよ』
「ええ喜んで……!」
「わ、わわごめんなさーい!」
唐突に寸劇を始める強化外骨格の装着者2人。気を抜いているように見えるが、決して警戒を怠ってはいない。GENEZに内蔵されたセンサーと歴戦の兵士としての勘の両方を働かせながらさりげなく伏兵を探っている。
彼らがそうしている間に、密かに廃工場の敷地周辺に展開していた真っ当なロシア軍部隊とICPO(国際刑事警察機構)の捜査官達が、残りの汚職軍人や武器商人の部下といった犯罪者を拘束していった。もちろんその中には武器横流しの元凶である当の高官と武器商人も含まれている。
謙吾と彩離の凄まじ過ぎる暴れっぷりを見せつけられた犯罪者達は皆戦意を失っていたので、抵抗らしい抵抗を見せずあっさりと拘束されていった。
ICPOの捜査官から感謝の通信を受け取っていると、謙吾達の元へV-22・オスプレイが飛来した。ロシア軍とICPOの捜査官達共々待機していた謙吾の仲間達が乗っている。
特殊作戦向けに多くの改良が加えられているティルトローター機が謙吾と彩離の前方に着陸。後部ハッチから2人が乗り込むとすぐさまオスプレイは浮上した。後の事は餅屋に任せればよい。謙吾達の仕事はこれで完了。
機内でヘルメットを外していると、1人の少女が謙吾の下へ歩み寄った。彼女の顔を見るなり、謙吾の顔が瞬時に綻ぶ。少女もまた嬉しそうな表情を浮かべつつ、労いの言葉を口にする。
「お疲れ様、謙吾」
「ああ、そっちこそ待機ご苦労様、ユキナ」
岩清水ユキナ――――『ナイチンゲール』と呼ばれる不死身の少女。一定の相手にキスする事でキスした相手を定められた時間だけ不死身の存在、ギルガメッシュに変える能力を持つ。
ユキナにとってのギルガメッシュは謙吾。2人の関係は非常に深い。幼馴染で、同級生で、戦友で、ギルガメッシュとナイチンゲールで……そして恋人同士。
数ヶ月前まで、ナイチンゲールの謎を探るべく世界中を回っていた。出発前、2人をよく知る仲間達から「まるでハネムーンや」とからかわれたのはいい思い出。世界を回っている間も色々なトラブルや紆余曲折があったのだがそれはまた別の話。
「さあ、日本に戻ろう」
舞台である地名と廃工場は現実に存在する場所です。現在は一部の敷地を民間企業が所有している以外放置されっぱなしだとか。
ネタバレ:作中でのGENEZの活躍は今回が最初で最後。