劇場でのフロアボス攻略会議から更に2日が経過した。
最初の会議が終わった直後から、謙吾達は行動開始。
<風林火山>を含めた謙吾率いる最速攻略組は予定通りボス部屋に直行。第1層フロアボスに偵察戦を敢行し、<イルファング・ザ・コボルドロード>のデータがベータテスト時から変更されていないかを実際にぶつかり合って確認。
強行偵察を行って得た最大の情報は、イルファングが腰の後ろに装備していた武器がベータテスト時には片手曲刀カテゴリのタルワールだったのに対し、この正式サービス版SAOに於いてはカタナ、より正確には野太刀へ変更されていた事だ。
ベータテストで数多のプレイヤーの生き血を吸ってきた、ソードスキルの高威力っぷりに定評のある人型モンスター専用の武器。
「本番前に気付く事が出来てホント良かったよ……ベータテストの時、あの武器の範囲攻撃のせいで何本ポーションを消費する羽目になった事か」
冷や汗を浮かべながら安堵含みの愚痴を零したのは、仲間がヘイトを稼いでいる間にイルファングにバックアタックを敢行しようとして偶然武器の差異に気付いたキリトである。
偵察戦ではとりあえずイルファングが4本持つHPゲージの内2つまで消滅させたが行動パターンに変化は現れなかった。
キリトの情報によれば3本目のゲージを削り切った段階で武器を持ち換えていたそうなので、野太刀を使用してくるタイミングそのものはベータテストと同様の可能性が高い。
現在地はユキナ・七湖が借りたのとはまた別にある農家の2階の一室。偵察戦を終えた一行は宿に戻り、偵察戦の結果に対する感想と他のプレイヤーに配布するフロアボスの情報をどう纏めるかの談をしていた。
「にしても、あんな馬鹿デカいの前にしてよくもまー躊躇い無く突っ込めるもんだぜ。何気にとんでもねークソ度胸の持ち主だよな、お前ら」
クラインが賞賛と呆れの混ざった声を上げた。無精髭の青年が見つめているのは2人の黒髪の少年。
2mを軽く上回る蛮族ファッションの亜人型モンスターが出現と同時に雄叫びを放った際、初めてのフロアボスを前にした緊張も相まってクラインを含め大の大人揃いの<風林火山>が思わずその場に立ち竦んでしまったのを余所に、一目散にフロアボスへと斬り込んでみせたのがこの2人である。
「いや俺はベータテストで何度も戦ったから慣れてるし」
「身長差のある相手と戦うのは慣れてますから」
「キリトは分かるがタイガのその理屈はおかしい!」
クラインに突っ込まれた。謙吾は苦笑を浮かべて誤魔化したが嘘を言ったつもりはない。
実際、<イルファング・ザ・コボルドロード>以上に巨大かつ武装でも戦闘技術でも遥かに上回る強敵を相手にした事だってある。
――――元グリークス本社所属、ウーリー・マンモス型GENEZ。全長3m越えの強化外骨格で主兵装は25mm機関砲。装着者は世界最古の格闘技パンチクラオンの使い手。
紆余曲折合って数回激突した相手だが、アレと比べれば一定パターンで斧を振り回してくるだけのコボルト相手など雑魚同然……ではあるが、油断は禁物。
「……だけどタイガの行動には俺も驚かされたんだけど。まさかフロアボス相手に接近戦ならぬ格闘戦仕掛けるとか、そんなプレイヤーベータテストでも居なかったぞ……」
「あれはちょっとした実験も兼ねてたんだ。武器攻撃以外に素手での攻撃や蹴りなども通じるのなら、こちらが使える攻撃の幅を格段に増やす事が出来る」
真面目な表情で反論する謙吾。
謙吾の実験の結果は、ある意味成功である意味失敗に終わった。
格闘攻撃――――パンチや蹴りを始めとする打撃技は、武器攻撃には劣るもののある程度のダメージを与える事には成功した。が、関節破壊によって動きを封じるという目論見は失敗だった。
キリトによれば上手く手首や足首を狙って斬り飛ばしたり、眼球を切りつければ部位欠損という異常ステータスに出来るそうだが、一定時間すると欠損した部位が再生してしまうのだという。
徒手攻撃では攻撃力が低く部位欠損に追い込むのは不可能に近かったし、関節部へ執拗なダメージを与えてもモンスターの動きは毛ほども鈍らなかった。
つまりSAOではそういう仕様なのだ、と理解するしかない。この分だと寝技もほぼ通用しない、と考えるべきか。
部位欠損はプレイヤーにも適応されるので、敢えて攻撃を受けなければならない場合には咄嗟に身体の何処で受けるかを判断すべきだろう。両腕を切り落とされたり両目を潰されて抵抗の手段を奪われれば、パーティを組んでいてフォローに廻ってくれる仲間が居るかよほど俊敏値とリアルラックが高くない限り、待っているのは確実な死である。
足を潰して敵の機動力を奪うのは戦いの鉄則なのに……と内心肩を落とす謙吾だが、関節破壊は不可能でも最適な角度で関節を打ち抜けば姿勢を崩す事は可能であると判明したので、連続攻撃のきっかけ作りや仕切り直しには効果的だ。
特に対人戦とほぼ同じ要領で戦える亜人型モンスターが相手なら、謙吾達が培ってきた近接格闘戦術も存分に発揮する事が可能である。
「だけど素手で殴ったり蹴ったりするだけでも攻撃として一応通用するんだったら、レベルが上がったりゲームの攻略が進んだら格闘攻撃を強化できるスキルも習得できるんじゃないかな?」
「その可能性は高そうだな。ベータの時もエクストラスキル、所謂隠しスキルの存在が確認されていたから、格闘攻撃用のスキルがあってもおかしくないと俺も思う」
「余裕が出来たら情報を集めてみるか――――っと、話を戻そう」
意識を切り替えた謙吾は身を乗り出し、キリトから提供された各種データと偵察戦で得た情報を踏まえて考案した作戦を仲間達に披露し始めた。
「作戦の概要はこうだ―――――」
――――次の日、フロアボス攻略戦当日。
「いよいよだ。全員、作戦開始前に配布した情報と作戦内容、各自の役割分担は把握できているな?」
フロアボスが待ち受ける空間の入り口に聳え立つ巨大な扉の前で謙吾は振り返り、ここまで付いてきたプレイヤー達に最後の確認の言葉をかけた。
初めてのボス攻略戦に集まったプレイヤー達の顔は総じて緊張に強張っているが、緊張の度合いと同じぐらいのやる気も全身から漲らせて各々の得物を強く握り締めていた。
第1層フロアボス攻略戦に参加する総勢30名前後のメンバーは5~6人ずつの小部隊として編制。各小部隊には軍隊式にフォネティックコードを割り振ってある。
謙吾・ユキナ・七湖・アスハブ・キリトのチームA(アルファ)、クライン率いる<風林火山>はチームB(ブラボー)と呼称。
以下他のプレイヤーで構成された小部隊もC(チャーリー)・D(デルタ)・E(エコー)・F(フォックス、本当はフォックストロットだが長いので略称)のユニット名を与えられている。
チームCのリーダーはウェーブがかった長髪とゲーマーらしからぬ美貌が特徴なイケメンこと長剣使いのディアベル。チームDの指揮は黒人プレイヤーのエギルが担当。
チームEは謙吾達と因縁深いコペル、そしてチームFのリーダーを務めるのは、謙吾と同じナイフ使い――――それも二刀流の、オーディンという青年プレイヤーだ。
オーディンの特徴は片方の目が見えていない、つまり隻眼である点だ。プレイヤー名の由来は恐らく北欧神話に登場する隻眼の神からか。ハンディキャップなどものともしない彼の強さと実力に胡坐をかかない落ち着いた物腰から、謙吾は彼をチームFの指揮官に推薦した。
小部隊はプレイスタイルや使用武器が同じプレイヤー同士で固めるのではなく、1部隊ごとに盾持ちのタンク役が1人長物持ちが1人機動力重視が1人……といった風にバランス良く配分し、部隊の個々の戦力値が出来る限り平均化するようにパーティを組ませた。
<風林火山>は元々バランスの良い編成だったのでメンバーに変更は無し。取り巻きの雑魚モンスター1体につき1チームを当て、高レベル帯の<風林火山>と余った1チームが親玉に立ち向かう。
肝心の謙吾達はいわゆる遊撃隊として暴れまわる手筈だ。ずば抜けた戦闘能力の持ち主ばかりが集まっているからこその役回り。
「もう後戻りはできない。皆、覚悟を決めてくれ。各自が己の役目をきっちりと果たせさえすれば、間違いなく犠牲を出す事無くボスを倒す事が出来る」
敢えて断言してみせる事で緊張を緩和し自信をつけさせる。難しいのは逆に自信過剰に陥って暴走しないよう、必要以上に煽り過ぎない事。
プレイヤー達を睥睨してから次にクライン達<風林火山>の面々、キリトにアスハブ、そして最後に数々の苦難を一緒に苦難を乗り越えてきたユキナと七湖へ強い眼差しを送る。
2人の少女もまた覚悟と戦意を秘めた表情でしっかりと頷きを返した。
「――――開けるぞ」
巨大な扉を静かに押し開け、迅速にフロアボスが待ち受ける空間へと突入していく。
長方形の空間は下手な体育館並みに広く、明らかに数十人規模の大乱戦を考慮した構造だ。照明らしい照明が存在せず室内は一見暗かったが、十数歩ほど進むと左右の壁に備えられていた松明が独りでに次々と着火し、広大な空間をライトアップしていった。
部屋の最奥部に存在する玉座に坐していた巨大なシルエットが一気に行動を起こす。
――――第1層フロアボス<イルファング・ザ・コボルドロード>。
アクティブ状態となった巨大な獣人型モンスターが雄叫びを上げると、それを合図に新たな発光エフェクトが出現。
取り巻きである重装甲・棍棒装備の<ルインコボルド・センチネル>が3体降り立つなり、奇声を上げて背後に控える親玉共々聖域へと土足で踏み込んできた不埒なプレイヤーの集団目がけて突撃してきた。
「――――作戦開始!」
敵モンスターに負けじと、雄叫びの合唱を上げながら攻略部隊も猛然と駆け出す。
古風な武器防具で武装した30余名の集団、その先頭を独走するのは2人の黒髪の少年、謙吾とキリト。謙吾が前、キリトがすぐ背後で追従している。
「フォロー任せるぞ!」
「任された!」
先頭のコボルドが2人へ飛び掛かろうとした次の瞬間、謙吾は一気に身を低くすると同時に一際強く地面を蹴って猛烈なスライディングを繰り出した。
仮にコボルドが2足歩行の動物と同程度の自我と知能を有していたのであれば、一瞬で視界から消えたように見える位に素早い謙吾の動きに、兜の中の顔いっぱいに驚愕を貼り付けてみせた違いない。
飛び掛かり攻撃のモーション途中で文字通り足元を掬われた先頭のコボルトの身体が、すぽーんと空中へ投げ出される。
そこへ長剣を野球のバット宜しく両手で握り締めたキリトの追撃が襲い掛かった。
「せぇりゃあ!!」
ダッシュの加速度によるブーストが上乗せされたフルスイングの一撃がコボルドの頭部にジャストミート。
真っ直ぐ背筋を伸ばせば一般成人男子ほどもある体格のコボルドは、空中で一回転どころか520度回転して背中から地面に激突した。スライディングからのブースト込みフルスイングというコンボを食らったコボルドのHPゲージは、金属製の兜にガッチリ守られた頭部で受けたにもかかわらず半分以下まで減少していた。
即座に起き上がろうとするコボルド。そこへ更に追撃が。チームCを率いるディアベルが上半身を持ち上げかけたコボルドに片手剣を叩きつけた事で、起き上がりモーションが強制的にキャンセルされる。
後は同じ事の繰り返しだ。ディアベルに続き彼の仲間からも袋叩きにされたコボルドは、哀れにもそのまま2度と起き上る事が出来ないまま消え去った。
「すまないが皆の命が最優先だ……!」
まともに刃を合わせる事無く散った敵モンスターに向けてディアベルは短く吐き捨てる。
――――今回のフロアボス攻略戦において真っ先に排除すべきは<イルファング・ザ・コボルドロード>ではなく、取り巻きの<ルインコボルド・センチネル>。
2種類のモンスターの関係は云わば戦車と随伴歩兵。横槍を入れてくる護衛を先に排除できれば、後はゆっくり大物狩りに専念できる。
……謙吾が考案したフロアボス攻略作戦における取り巻き対策は単純明快、敵モンスターの動きを封じて一方的に袋叩きするというやり方だった。
2足歩行と4足歩行、どちらがバランスを崩しやすいか?勿論支持面の数が少ない方だ。
どちらが体勢を崩させ易いかで言えば、草原に出現するスライム的立ち位置な青イノシシよりも2足歩行の亜人型モンスターの方がよっぽど簡単だ。また重量感溢れる巨体の持ち主であるフロアボスと違い、コボルトの方は常識的な人間サイズなので転ばさせるのも容易かった。
――――まともにぶつかり合えばリスクが大きいというのであれば、まともにぶつからなければ良い。
大体SAOは往年のRPGみたいなターン制ではないのだ。律儀に真っ向から高うのではなく、地面に引きずり倒したモンスターが起き上がる前に攻撃を加えて行動を強制キャンセルさせ続け、HPゲージを0にするまで一方的に叩きのめしてしまっても構わないのである。
ダウン中の反撃スキルを<ルインコボルド・センチネル>が有していないのも偵察戦時に確認済みだから、こと今回に限れば1度転がせば安心して攻撃し続けて大丈夫という点も大きい。
他の場所でも同じような光景が繰り広げられていた。
「はぁっ!」
別のコボルトが繰り出した大振りな棍棒の振り下ろしをユキナは小さく片足を引き、身体を開くだけであっさりとかわしてみせる。
ユキナの行動は回避だけに止まらず、大きく前のめりになったコボルドの足を軽く払ってやると、先程の謙吾とキリトの連携宜しくコボルドの体躯がぐるりと宙返りし、そのまま頭から落下。けたたましい激突音が空間中に鳴り響く。
「今だよ!体勢を立て直す前に仕留めちゃおう!」
「応!」
ユキナが投げ飛ばしたコボルドの処理を担当するのはエギル達チームD。七湖の指示を背に倒れたコボルドを取り囲む。
躊躇い無く振り下ろされる刃の群れ。<ルインコボルド・センチネル>の弱点である頭と胴体の間、唯一防具に守られていない喉元へギロチンの如く、エギルの両手斧の分厚い刃が食い込んだ。剣の切っ先が、槍の穂先がそれに続く。
3体目の動きを封じる役目を勤めるのは鞭使いのアスハブ。
「きっちり仕留めろよ!」
「ま、任せて!」
鞭の先端が見えないぐらいの速度で振るわれたかと思えば、次の瞬間にはコボルドの両足に巻き付いていた。すぐさま思いっきり手元に引き寄せるとコボルドが呆気無く背中から転ぶ。
そこへ襲い掛かるチームE。抜いた剣を逆手に握り、コペルは鞭に両足を拘束された状態で悶えるコボルドの元へ辿り着くと、兜に設けられた格子型のスリットへあらん限りの力を籠めて切っ先をねじ込んだ。
コボルドはまだ暴れる。コペルは引き攣ったような咆哮と共に何度も何度も刃を突き刺した。彼の仲間もそこに加わった。
3ヶ所で繰り広げられる、常識的なSAOの戦闘からかけ離れた一方的な袋叩き。
殴り転がした1匹目のコボルドをディアベル達に任せた謙吾とキリトは、足を止めずに奥に控えるイルファングの元へと吶喊する。
2人の更に後方にはクライン達<風林火山>が続く。みるみる荒々しい赤色の巨体が大きさを増していくが、2人の足取りは決して緩まない。
「手筈通りに頼む!」
先頭の謙吾がボスコボルドの攻撃の射程圏内に到達すると、獰猛な鼻息と共にプレイヤー用のそれよりも何倍も大きなサイズの斧が持ち上げられる。
足元まで駆け込んできた鬱陶しい小ネズミを叩き潰そうとイルファングが斧を叩きつける寸前、謙吾は再びスライディングを繰り出した。その巨体故、フロアボスの股の間は人が充分潜り抜けられるだけの空間が存在していた。
股下を滑り通る際、両手の大型ナイフでイルファングの左右の内太腿を切りつける。与えるダメージは微々たるものだが、この攻撃の目的はフロアボスのターゲットを謙吾へ集中させる為の挑発である。
攻撃モーションを中断し背後に回った謙吾の方へと向き直った<イルファング・ザ・コボルドロード>が威嚇の咆哮を放った。
『グルラァァァァァ!』
間近で雄叫びを浴びせられても謙吾は毛ほども怯まない。
肝心なのは謙吾と相対した事でイルファングの無防備な背中がキリトやクライン達に曝け出されている事だ。
「しっかり合わせろよ、クライン!」
「あったぼうよ!」
キリトが放った片手剣用ソードスキル<バーチカル・スクエア>を筆頭に、エフェクトを伴った各種ソードスキルが次々と叩きつけられていく。
ソードスキルの連撃をまともに食らったボスコボルドは苦悶の声を上げながら、謙吾より強烈な連撃を見舞ってきたキリト達へ目標を移し、改めて斧の一撃を放つ。
常人を大きく上回る体躯に相応しいサイズの大斧が唸りをあげて振り回される光景そのものは迫力満点だが、攻撃自体は大振りなので間合いとモーションを見極めてさえいれば回避は容易だ。それを証明するかのようにキリトと<風林火山>は攻撃を中断し、後方へ飛びのいて攻撃圏内から無傷で離脱してみせる。
キリトを筆頭とした攻略部隊の高レベルプレイヤーのソードスキルが連続で直撃した事で、イルファングのHPゲージの1段目は早くも7割近く消失していた。
「チームA、チームFはチームBに合流!作戦通り囲んで削りきるぞ!ボスの攻撃には防御ではなく回避で対応するのを忘れるな!」
<イルファング・ザ・コボルドロード>は見た目通りの高耐久パワータイプのモンスター。
ソードスキル発動時はそれなりに素早いが、移動速度や攻撃モーションの速さは取り巻きのコボルドを下回る。注意すべきは功を焦って下手に懐へ踏み込まないようにする事だ。
ユキナに七湖、オーディンを先頭に駆けてきたチームF、遅れて拘束していたコボルドが撃破されて役目を果たし終えたアスハブがボス相手の戦闘へと加わる。
現在タゲを取っているキリトとクライン達とは別方向から攻撃開始。タゲが移っては別のチームが攻撃し、ボスが反撃してきては距離を取って回避を繰り返すうちに、あっという間に1本目のHPゲージが完全に削られた。
イルファングのHPゲージが残り3本と化したのを確認した謙吾は「一旦後退、再出現に備えろ!」と指示を飛ばす。
攻撃を行っていたプレイヤー達がイルファングから大きく距離を取るのと、フロアボスが再び大きく吠えたのを合図にエフェクトを纏いながら<ルインコボルド・センチネル>が3体再出現したのは同時だった。
リポップの光が消え去る頃には、攻略部隊の迎撃態勢は万全の状態で完了済み。
「盾持ち、前へ!」
各チームの防御の要たる盾持ちが前に出る。再登場したコボルドの攻撃を壁役が受け止めた所へすかさず壁役の背後に控えていた長物持ちが反撃。狙うは足元。キリト達が行ったようにコボルドの足元を掬い上げれば、後は最初同様起き上がらせないように滅多打ちにするだけの単純作業だ。
取り巻きの出現数が1度に3体と少数に限定されており、また出現タイミングが無限湧きではなくイルファングの体力減少に伴ってなので、仕切りなおしのタイミングを見図るのも容易い。偵察戦で予めパターンを把握しておいたからこその作戦。
現在はチームA・Bに加え、チームFと入れ替わりにチームCのディアベル組がイルファングの相手を受け持っている。
ディアベルが自分の仲間達に指示を出す様は中々巧みで、状況に応じて下す決定の内容やタイミングは悉く第1層フロアボスに対する最適解を貫いていた――――まるで今回以外にも何度もフロアボスと戦って行動パターンを熟知しているかのように。
彼個人の戦い方も、ソードスキルの攻撃範囲や発動速度をきっちり把握した上での戦いぶりだ。
「(このパターンの先読みの仕方と戦い方……ディアベルもキリトと同じ元ベータテスターか)」
態々戦闘の最中に口に出して指摘するつもりはない。この攻略戦が終わってからさりげなくディアベルに確認すれば良いだけの話だ。
謙吾達がフロアボスの注目を引き寄せている間に各部隊が取り巻きを個別撃破し終えては彼らもボスへの攻撃に参加。
そんな展開が2回繰り返され、遂にイルファングの残るHPゲージが1本のみ、という場面まで追い詰める事に攻略部隊は成功した。
現時点で攻略部隊に出ている被害は皆無に等しい。コボルドとの小競り合いやイルファングの攻撃範囲から逃れ損ね、数割ばかりHPを持ってかれたプレイヤーが何人か出たものの、すぐに仲間のフォローを受けながら後退し回復ポーションを使用したので大事に至っていない。士気も上々。
が、この攻略戦はここからが本番だ。<イルファング・ザ・コボルドロード>はおもむろに両手に持っていた大斧と盾を投げ捨て、腰の後ろに提げていた細長い野太刀を引き抜いた。
攻略部隊を包む空気が緊張の気配を色濃く帯びる。野太刀を始めとしたカタナ専用ソードスキルには射程が横方向に広い範囲攻撃が多く、包囲していても油断が出来ない。
身構えるプレイヤー一同が注目する中、縦にも横にも大きい図体に不釣り合いな跳躍力を発揮したイルファングが攻略部隊の遥か頭上まで跳び上がった。
見上げた先にて空中で限界まで身体を捻る様子をハッキリ視認したキリトの喉から、引き攣った声で警告が迸った。
「範囲攻撃のソードスキルだ!全員死に物狂いで着地点から逃げろ!」
現時点でプレイヤー未実装な武器のソードスキルを看破して見せた時点で攻略部隊全員にキリトが元ベータテスターだと盛大に白状したも同然だったが、生憎このタイミングで彼に詰問するだけの余裕を持ったプレイヤーは1人も居なかった。
攻略部隊は蜘蛛の子を散らすように巨体が地面に生み出す影の直下から全速力で離れていく。
着地、そして発動。真っ赤なエフェクトを刀身に纏わりつかせたフロアボスのソードスキルはしかし、哀れな犠牲者を1人も生み出さず空振りに終わる。イルファングはソードスキル後の硬直時間に突入。
「攻撃パターンが変化したからといって混乱するな。これまでと変わらず取り巻きの各個撃破を優先しろ!」
「範囲攻撃はこっちがボスを包囲するのが発動条件だ。取り囲んでたたくんじゃなくて、1人ずつ細かくスイッチを繰り返して攻撃すれば範囲攻撃はしてこないが、カタナのソードスキルは技の出が速いからきっちり見切らないと直撃を食らうぞ!」
「ユキナとセブンはボスの左側に回り込んでくれ。ヨーシュは俺の合図でボスの右手を拘束。取り巻きに対応しているチーム以外のメンバーは一斉攻撃に備えろ!」
「って今言っただろ、不用意に一斉攻撃したらまた範囲攻撃で纏めてやられてしまう――――」
「キリト」
攻略部隊指揮官の静かな問いかけに、血相を変えかけた元ベータテスターの剣士は抗議の言葉を途中で呑み込んだ。
「敵モンスターの眼球を攻撃して部位欠損状態に追い込んだ場合、行動パターンはどう変化する?」
「え?そ、それだと演出が入ってからしばらくの間モンスターからこちらのタゲが取られなくなって、一定時間見えてない状態だからランダムに反撃してくるだけでこっちの攻撃に合わせて防御してこなくなるけど……まさか!?」
キリトの驚愕を背に、謙吾はユキナや七湖と共に再度フロアボスへ接近を試みた。
謙吾より先に突出した2人の少女は、わざとイルファングの視界を横切りながら謙吾の指示通りイルファングの左側へと回り込む。カタナを握り締めているのは右手なので、身体の向きを変える事で2人の姿を追いかけるイルファングは必然的に右側面を無防備に謙吾達へと曝け出す形となる。
「今だアスハブ!」
鞭の先端が閃き、イルファングの右腕に巻きついた。
<バインドウィップ>の拘束時間は発動者、つまりアスハブの筋力値と対象モンスターに設定された筋力値との差によって変化する。
筋力差が大きければ拘束時間は延長されるが、対象に筋力値を上回られていたら逆に短くなるので、アスハブのパラメータは筋力値へ優先的に割り振っている。
武器を持つ手の異変に反応したイルファングがアスハブの引っ張る力に対抗すると、危うく鞭を持つアスハブの方が引き摺り倒されそうになったので慌てて踏み止まる。
流石フロアボス、筋力もここまで相手にしてきた雑魚モンスターとは比べ物にならない。少しでも気を抜けばこちらの方が逆に一本釣りされてしまいそうだ。
「長くは持たないぞ!サッサときっちり決めてこいタイガ!」
「おおっ!」
謙吾は右側からフロアボスの懐へと飛び込んだ。イルファングは右腕を封じられて反撃できない。
最初に接敵した時はスライディングで股の間を擦り抜けたが、今度は滑り込むのではなく地面を更に強く蹴って加速。
勢いはそのままに跳躍し空中で回転、本場の総合格闘家も真っ青な跳び後ろ回し蹴りを繰り出した。狙うは、イルファングの右膝。
やや斜め下へと振り下ろす軌道で放たれた回し蹴りは、狙い通りフロアボスの巨体を支える右膝の裏側へと叩き込まれた。謙吾のかかとが目に見えて分かる程、イルファングの膝裏にめり込む。
手応えあり。本物の肉や軟骨を蹴り潰す感触からかけ離れてはいるが、急所を打ち抜いた手ごたえが足先からしっかりと伝わってくる。
謙吾の確信を証明するかのように、イルファングの巨体がぐらりと傾いた。苦痛に喘ぐような呻きを上げながら、蹴り抜かれた右膝を突く。
片膝を突いたイルファングの背中を謙吾は蹴って駆け上がる。呆気に取られて見つめるキリト達を余所に、フロアボスの方の上まで辿り着いた謙吾は両足でイルファングの首を挟み込んだ。
分厚い首当てに守られたイルファングの首は下手な丸太よりも太い。だが様々な格闘技を習得した謙吾は、マウントポジションを取った時の要領でガッチリと極太の首に己の身体を固定している。
傍から見れば、まるで相撲取りに幼稚園児が肩車をされているような光景だ。
そんな体勢から謙吾は逆手に持った両手のナイフを振りかぶり――――思い切り<イルファング・ザ・コボルドロード>の両目へと突き刺した。
ベータテストで何度もイルファング相手に戦ったキリトも初めて耳にする悲痛な絶叫が轟いた。
仮にフロアボスが生身の肉体を持っていたとすれば、謙吾が眼窩に突き立てた2本のナイフの先端は間違いなく脳にまで到達し、即死に至らしめていたに違いない。それぐらい奥深くまで大振りな刀身がイルファングの頭部に呑み込まれていた。
両目を抉った際、通常よりも派手なライトエフェクトが発生した事からクリティカルヒット扱いされたようだ。その証拠にイルファングの4本目のHPゲージからソードスキルの直撃ダメージをも上回る量のHPが減っている。
頭部に取りついた謙吾を払いのけようとのた打ち回り始めるイルファング。
謙吾はベテランのロデオライダーの様に暴れるイルファングの頭にしがみつつ、片方のナイフを目元から引き抜くと、今度は犬型の頭部を守る古代ローマ風兜の側頭部に空いた獣耳を露出させる為の穴へと切っ先を思い切り捻じ込む。これまた生身であれば間違いなく脳内を突き破る位深く刀身が埋まる。この攻撃もクリティカル扱いにされる。
2度目の断末魔。更に大きく暴れるフロアボス。
……「え、えげつねぇ」と誰かが呆然と漏らした。
「!!」
とうとう謙吾の両足がイルファングの首から外れた。下方向から突き上げられた謙吾の身体が顔側へと投げ出される。耳に突き刺したナイフが手を離れ、逆に目に刺さったままだったもう片方のナイフは謙吾の手の内に残ったままだ。
上下反転した謙吾の視界の真正面にフロアボスの犬顔が飛び込む。
半ば反射的に謙吾はナイフを順手に持ち替え、残像すら見えそうな速度でイルファングの犬顔を下から上へと――振り抜きの速度分、大幅に威力がブーストされた斬撃でもって――切り裂いた。
フロアボスの顔面がクリティカルヒットの閃光を伴った真っ赤な直線状のエフェクトで両断されているのを見て、周囲のプレイヤーは最後の攻撃にようやく気付いた。それほどの早業だった。
しっかり宙返りをして危なげなく足元から着地する謙吾。彼の背後で、顔面を押さえて悶絶しながらフロアボスが完全に倒れ込む。
床に横たわったまま手足をばたつかせているが、中々起き上がってこない。クリティカル連発の大ダメージよるタンブル状態に陥ったのだ。
フロアボスの状況を瞬時に把握するなり、攻略部隊の指揮官である謙吾は腹の底から空間中を震わせるほどの号令を発した。
「――――総員、一斉攻撃!」
「「了解!!」」
真っ先に応えたのはこの場で最も謙吾の近くに居て、リアルでもずっと謙吾と共に戦ってきた2人の美少女ことユキナと七湖である。躊躇い無く謙吾の指示を受けてイルファングへと切りかかり、ソードスキルを同時にブチ当てる。
少女達の攻撃を合図に、取り巻きコボルドの処理を担当するチーム以外の攻略部隊全員が地面に転がったままのフロアボスへ大攻勢を開始した。
『うおおおおおおおぉぉぉぉぉ――――っ!!!』
鬨の声を張り上げながら繰り出されるソードスキルの一斉攻撃。
片手剣・細剣・両手剣・曲刀・槍・斧、十数種類のあらゆる武器があらゆる軌道から発光を伴って入れ替わり立ち代りにイルファングの巨体を切り裂き、突き刺し、叩き割り、抉る。
取り巻きである<ルインコボルド・センチネル>がリポップする度味わった一方的な剣戟の集中砲火を浴び、<イルファング・ザ・コボルドロード>のHPがガリガリガリガリ!と目に見えて削り取られていった。
20名近いプレイヤーから見舞われたソードスキルの一斉攻撃に、さしものフロアボスも限界もとうとう限界を迎えた。
仰向けに倒れた<イルファング・ザ・コボルドロード>はそのまま2度と起き上る事が出来ぬまま、取り巻きコボルドの何倍も派手な閃光と共に、光の粒子となって四散する。
下手な小屋並みの巨体が眩く爆散するその様こそ、第1層フロアボス攻略達成をプレイヤー達に知らしめる、盛大な祝砲であった。
クロス物書いてると例によって原作主人公の影が薄くなってしまう罠(汗)
リアルに考えると乱戦中に一旦ダウンしちゃうとまずフルボッコ確定ですよね。
ボ○ブレで何度起き上がり中に格闘攻撃でハメられた事か……
批評感想随時募集中です。