「――――リンク・スタート」
瞼を閉じてゲーム起動の合言葉を唱えると、まず人間の基本感覚である五感が失われていくのが分かった。
直後、宇宙に空いたブラックホールへと吸い込まれていくような感覚に襲われる。
抵抗らしい抵抗が一切出来ないまま引き寄せられていく感覚に、半年以上前グリークス本社の社長の手で無理矢理魂を抜き取られた時の記憶が呼び覚まされる。あの時と違うのは自分の肉体から強制的に全身の骨を引っこ抜かれるような激痛を伴っていない点か。
暗闇に覆われていた視界が白一色に転じる。外界からの視覚情報をシャットダウンしている筈の視界に、ハッキリと意味を持った文字の羅列と様々なアイコン――――ゲームの起動プロトコルが現れては消えていく。
最後に一際大きく、しかし何処かレトロな雰囲気の書体で『Welcome to Sword Art Online!』とプレイヤーへ向けた制作者からの歓迎の言葉が表示され……あらゆる感覚が復活した。
足の裏から伝わってくる固い感触と足・膝・腰に加わる重みから、今自分は地面に立っているのだと直感的に理解する。
だが現実の自分はナーヴギアを装着した上で柔らかいベッドに横たわっている――――頭の中のイメージと全身の感覚器が伝えてくる情報とのギャップに一瞬眩暈を覚えそうになった。
ゆっくりと、恐る恐る瞼を持ち上げていく。
最後に見たのは寮の自室の天井。今目の前に広がっているのは、中世ヨーロッパを連想させる石畳で舗装された広場だ。
周囲を見回せば、長袖長ズボン(女性ならミニスカート)という組み合わせに革の胴当てと指の部分が剥き出しになったグローブを装着した人々が数え切れない位犇めき、自分同様かなり興奮した様子でキョロキョロと視線を彷徨わせていた。
視線を下に落とす。自分の両手が目に入る。まず手を握ったり開いたり、それから足元の感覚を確かめようと何度か地面を踏み締め、最後にその場で垂直跳びを繰り返し、
「ふおおおおおおおおお……!!」
感嘆の声が自然と漏れた。勝手に出てきた言葉がちょっとマヌケっぽくてまるで彩離っぽいな、とさりげなく失礼な感想を抱いてしまった。
――――こうして岩清水ユキナは『ソードアート・オンライン』の舞台となる世界、アインクラッドへと初めて足を踏み入れたのだった。
「ユキナみーつけたっ!」
聞き慣れた声が横合いからかけられたのでそちらへと顔を向けると、1組の男女がユキナの元へ近づいてくる。
どちらも初めて見る顔なのだが、同時にとても慣れ親しんだ気配の持ち主。
「見た目がリアルとまったく同じだからすぐユキナだって分かったよ」
「見た目をほぼそっくりそのまま同じにしちゃったのか……まぁユキナはネトゲはまったく経験ないし、仕方ないか」
「……もしかして謙吾と七湖、なのか?」
「ここではタイガって呼んでくれ。それが俺のアバターの名前だ」
「私のここでの名前はセブンだよ。でもこうして謙吾と一緒にいると、ウェールズ年代記をプレイしてたときを思い出すしちゃうなぁ……」
言葉を交わしつつ右手を動かしメインメニューを呼び出し。互いをフレンドとして登録し合う。
自ら名乗った通り男性――――謙吾のアバター名である『Taiga』、女性――――七湖のアバター名である『Seven』がそれぞれユキナのフレンドリストに登録された。ユキナのアバター名はやはりストレートに自分の名前を入力してしまったようで、本名そのままに『Yukina』。謙吾と七湖は顔を見合わせて苦笑を浮かべた。
謙吾のアバターは背丈や体型は現実の謙吾と大して変わらないが、外見年齢が高校生から数歳年上の大学生程度に変わっていた。顔立ちの方は鷹を連想させる鋭い顔立ちではなくもっと男らしく骨っぽい、肉体派のアクションスターらしいデザイン。頭の方も黒髪はリアルと同じだが、少し長めの髪形とは真逆にまるで養成所を出たばかりの新兵みたいに短く刈り込んである。
七湖の方は凛々しさ溢れる顔立ちの美女の姿。手足の方も現実の七湖と比べて大分延長されていて、背丈はユキナとほぼ同じ。
何より目立つのは胴当てに押し潰されて窮屈そうなぐらい大きく突き出た胸の膨らみだ。リアルと比べ最低でも3カップは水増ししてあるとユキナは推測。しかし今の七湖の姿を見ていると、雰囲気以上に既視感を覚えてしまうのは何故だろうか?
ちなみにユキナのアバターは2人の発言から分かる通り、ほぼリアルと同じ外観。唯一リアルから変化しているのは、日本人の地毛とは思えないまるで不死鳥の羽のような赤髪が烏の濡れ羽色になっているぐらいか。
「ちなみに私のアバターのスタイルはユキナを参考にしてみました!」
「どおりで見覚えがあるわけだ!しょ、肖像権の侵害だぞ!?」
「だって……謙吾はユキナみたいなスタイルが1番好みみたいだし」
「いやどちらかといえば現実の七湖みたいなスタイルの方が……エッチなゲームをしてても謙吾はスレンダーな女の子の方をよく選んでるようだし……」
女子2人が繰り広げ始めた生っぽい内容の会話に謙吾の顔から血の気が引いた。どう考えてもゲーム内、それもサービス開始初日で大量のプレイヤーが一ヶ所に大量に集まっている場で話す様な内容ではない。
「そ、それよりもそろそろ移動しないか?早めに装備を整えに行かないと、他のプレイヤーが購入を終えるまで順番待ちしなきゃならなくなるかもしれない」
「むぅ、そういうものなのか?」
「経験値やアイテムを集める為の狩場も先客が居たら順番待ちが基本的なルールだからね。こういうネトゲだと特にマナーや独自のルールにうるさいし」
移動の提案により何とかガールズトークを有耶無耶にする事に成功。聞こえていたらしい一部のプレイヤー達から怨嗟の視線を受けつつ謙吾達は移動を開始。
3人が向かった先は、大きな祭りかイベント会場の様に多くの屋台が並ぶ通りだ。そこにも既に数多くのプレイヤーが集まっていて、NPCの運営している露店を覗いて武器やアイテムの品揃えを確かめたり、男女のプレイヤーがフレンド登録交渉(という名目のナンパ)を行っていたりと、早くも混沌の体を醸し出している。
「これは凄い賑わいだな。それにこれがゲームの中、仮想空間とは全く思えない。本当に別の世界に迷い込んだような気分だ……」
「そうだね、店番をしてるNPCも単なるプログラムとは全然思えない位の動作で、まるで本物の人間が店番をしてるみたい……」
「ああまったくだ。これだけの作り込み、並大抵の労力じゃこうもリアルには出来ない。このゲームを作ってくれたアーガスと開発者の茅場晶彦を俺は心から尊敬するよ」
心底そう感じ入っているのであろう、先頭に立つ謙吾もプレイヤーとNPCが入り混じる街路市へ感慨深そうな眼差しを向けながらも、その足は止まらない。
「ところで、謙吾はどこに行こうとしているんだ?ここで買い物をするんじゃないのか」
「ベータテストに参加していたプレイヤーが情報交換をしていた掲示板によると。表通りから外れた路地の先に普通の屋台よりも安く品物を売ってる屋台があるらしいんだ。どうせだからそこでまとめて揃えよう」
後ろの2人に顔を向けながら件のお得な武器屋へ続く裏路地の入り口へ曲がる。
その時、突然人が謙吾に突っ込んできた。謙吾達が踏み込もうとしていた路地に、通りの反対方向から駆けてきたプレイヤーが謙吾と同じタイミングで進入しようとしてしまったのだ。
背後のユキナと七湖へ顔を向けたまま曲がろうとしたせいで謙吾も反応が遅れてしまった。あえなく激突し合う謙吾とプレイヤー。訓練と実戦経験の賜物でプレイヤーとの激突が避けられないと悟るやすぐさま身構える事が出来た謙吾はそのまま踏ん張ったが、相手プレイヤーの方はそのまま弾き飛ばされて尻餅を突いてしまった。
「すまない、前方不注意だった。こちらの責任だ」
「いいや、こっちも急いで走ってたから、お互い様だよ。ぶつかってゴメン」
謙吾はぶつかったプレイヤーに手を差し出した。相手……黒髪の青年も手を伸ばして謙吾の手を握ったので一気に引っ張り起こす。
青年プレイヤーの外見は謙吾と同年代か少し上程度。顔の造形は売り出し中のアイドルか若手俳優を思わせる整った容姿だが、アバターの外見はプレイヤーが好き勝手に設定できる。実際広場や街路市で見かけたプレイヤーの大半は男女問わず美形ばっかりだったので、この青年ぐらいの顔立ちだとSAOプレイヤーの海の中ではむしろ埋没してしまう程度に過ぎないレベルの容貌であった。
「もしかしてそっちも路地裏の安売り武器屋に行くところなのか?」
「ああ。という事はどうやら目的地は一緒見たいだな。これも何かの縁だし、一緒に行かないか?」
初対面の人物といきなり行動を共にするのもMMORPGの醍醐味の1つだ。「そうだな、じゃあお仲間に入れさせてもらおうか」と青年も快諾。
ユキナと七湖を紹介しようとした時、また新たなプレイヤーが近づいてきて声をかけてきた。
「よーし間に合ったぜ!ちょいと割り込んできて悪ぃが、そこの1人で走ってた方の兄ちゃん!その迷いの無い動きっぷり、アンタもしかしてベータテスト経験者だろ?」
「お、俺の事?い、一応そうだけど……」
新たにやってきたプレイヤーは黒髪の青年がお目当ての様だ。
そのプレイヤーはやはり男性で、長い赤髪に覆われた頭部に髪よりも濃く染め抜かれた真紅のバンダナを巻きつけている。顎の先端から生えた無精ヒゲにどこか軽い言動と振る舞いが3枚目っぽい雰囲気を醸し出しており、整えられた優男風の顔立ちの魅力が相殺されてしまっている。
「俺、今日が初めてでさ!序盤のコツ、ちょいとレクチャーしてくれよ、な!」
「あ、ああ」
余りに図々しくも必死な頼みっぷりに虚を突かれてしまったのだろう、呆然とした口調で黒髪の青年は反射的に頷いてしまった。
青年が我に返った時には時既に遅し。「ひゃっほーい」とガッツポーズを取る程オーバーに喜んでいる闖入者の姿に、今更「やっぱ無し!」と訂正する気力も無くした様子で青年は諦観の苦笑と共にかぶりを振った。
赤髪の男性の勢いに呑まれて口を挟めなかったのは謙吾達も同様。男性の話が終わった所で、ユキナが最初に話しかける。
「ところでそちらは何者なんだ?」
「おっと、自己紹介が遅れちまったな。俺クライン、よろしくな!」
「私はユキナという。一緒に居るのが私の仲間の謙、じゃなくてタイガとセブンだ」
ユキナの紹介を受けて事態を見守っていた謙吾と七湖が前に出た。謙吾が手を差し出すとすぐさまクラインもがっちりと握手を返し、続いて七湖とも握手を交わす。
「タイガだ、よろしく」
「セブンだよ、よろしくね」
「こっちこそ、さっきは情けねー所見せちまって悪かったな――――ん?『タイガ』?『セブン』?この組み合わせどっかで見た覚えが……」
「なあちょっと良いか?もしかしてタイガとセブンって、以前『ウェールズ年代記』のプレイヤーだったんじゃないか?」
『ウェールズ年代記』……この名前が出た瞬間、謙吾と七湖の表情が驚きと懐古の念が入り混じる複雑なものに変わった。
そのゲームの名前はよく覚えている。何故なら引きこもりだった七湖が謙吾達の仲間になる発端となったのが『ウェールズ年代記』だったのだから。
「……質問の答えはイエスだよ。俺も彼女(七湖)はそっちの言う通り、『ウェールズ年代記』でペアを組んでプレイしてた」
「やっぱりそうだったのか!タイガとセブンのコンビは有名だったからよく覚えてる。俺もプレイヤーだったんだ!」
「俺も俺も!いやー世間ってのは狭いもんだよな!まぁ今このゲームをプレイしてる連中の大半があーいうMMOにハマり切った連中ばっかりなんだろうけどよぉ」
苦笑を浮かべるクライン。彼の言葉に謙吾と七湖も笑みで返すが、2人の笑みの下は気まずさのあまり引き攣りそうになっている。
『ウェールズ年代記』は数あるMMORPGの中でも極めて完成度の高い作品として有名だった――特に謙吾など数日間徹夜でプレイに励むほどどっぷりハマっていた――が、運営元であるウィルトゥス社の社長がODAと発展途上国に眠るレアメタルの採掘権を巡る膨大な利益を手にするべく、アフリカ大陸規模の大規模な内乱を画策。
ゲーム内での謙吾との会話をきっかけにウィルトゥス社の悪事の証拠を握った七湖に対し、ウィルトゥス社は暗殺チームを派遣。それを知った謙吾は七湖の保護に出撃し、その後七湖の協力を経て謙吾達はウィルクス社の野望の阻止に成功した。
その結果、社長の逮捕によりウィルトゥス社は倒産。『ウェールズ年代記』もウィルクス社倒産が発表された同日、突如としてサービスを終了してしまった。
「あのゲーム、かなり気に入ってたのになあ。まさかあんな終わり方になるなんて……」
しみじみ残念そうに溜息を吐く黒髪の青年。謙吾と七湖の額に冷や汗が浮かんだ事には気づいていない。
サービス終了直後、情報交換の場として数多くのプレイヤーが集まっていたネット掲示板はしばらくの間最大カテゴリーの台風張りの荒れ模様と化した。終了の理由が理由である以上、それも必然の展開だったのかもしれない。
当時の元プレイヤー達の阿鼻叫喚を思い出した謙吾と七湖は、内心申し訳なさで一杯だ。
全ての責任は史上稀にみる大犯罪を実行に移そうとした社長にあるとはいえ、謙吾達も運営終了の原因に深く関わっていた身であると同時にヘビーユーザーの一員でもあったので、大好きだったゲームを無理矢理奪われた当時のプレイヤー達の絶望は如何程だったのか、謙吾と七湖には痛いほど理解できた。
この場で唯一『ウェールズ年代記』未プレイどころかゲーム初心者であるユキナは無言を貫いている。彼女もまたウィルトゥス社の陰謀阻止に従事した1人だが、その事について関係者ではないクラインと黒髪の青年が居る前で下手に口を挟むのは拙いと判断したからだ。
「俺達も出来る事ならあのゲームを続けたかったんだが……」
「私もタイガとの冒険、もっと楽しみたかったなぁ……」
遠い目をしながらクラインの言葉に賛同するウィルトゥス社倒産の当事者2人。
そこへ、1人話が終わるまで待っていたユキナが再び口を開いた。
「なあ、立ち話もなんだしそろそろ移動しないか」
「確かに。そういえばクライン以外は皆武器屋を目指してたんだっけ」
黒髪の青年とクラインを新たに加え、謙吾達は移動を再開。
「俺だけ自己紹介が遅れちゃったな。キリトだ、よろしく頼むよ」
「こちらこそよろしく」
全員が武器を購入し終えると、黒髪の青年プレイヤー……キリトが「次は肩慣らしといこうか」と謙吾達に声をかけてきた。
彼曰く、現在自分達の居る街――――SAOの舞台である巨大浮遊城アインクラッド、全てのプレイヤーのスタート地点である第1層南端に位置する<はじまりの街>の西側に、SAOの戦闘方式を鍛えるのにうってつけのフィールドが在るとの事。
キリトの先導の元、街に広がる平原へと出向いた謙吾達は、現在平原で暢気に草を食んでいたイノシシ型モンスター<フレンジーボア>を相手に、SAO内で初めての戦闘を行っている最中だ。
1人につき1体ずつ、唯一のベータテスト経験者であるキリトを指南役に、仲間に見守られながら<フレンジーボア>へと挑む。無事戦闘を終えたら新たなモンスターがPOPする間に他の仲間と入れ替わる。
「よっ、はっ、やあっ!」
今<フレンジーボア>と戦っているのはユキナだ。最初にクライン、次に七湖が既に<フレンジーボア>との戦闘を終えている。
彼女が構えているのは片手用の曲刀。しっかりと腰を落とした体勢で危なげなく<フレンジーボア>の突進を捌く度、すれ違いざまに丁寧に刃でイノシシの側面を切り裂いてみせる。青いイノシシのHPゲージは早くも半分以下まで減少済み。
ユキナの身のこなしに、最初に戦闘を終えて見物中のクラインとキリトは「「おおー」」と感心。
いきなりSAOにおけるコマンド技に当たるソードスキルを試そうとして失敗したり、巨体を震わせて突進してくる<フレンジーボア>の迫力に怯んで回避が間に合わずにまともに吹っ飛ばされたりしていたクラインとは対照的だ。ゲームの中とはいえ、しっかりと青イノシシの攻撃を見極めた上で余裕を持って回避と反撃を行えるユキナの度胸は並みではない。
クラインの次、ユキナの前に戦った七湖も殆どダメージを受ける事無く初戦闘をこなしていたが、ユキナの身のこなしは七湖以上に洗練された反応だ。まるでこういった接近戦に慣れ親しんでいるような戦い方。
決着はそれからすぐに着いた。何度目かの突進を回避しながらの斬撃が<フレンジーボア>の急所に命中し、クリティカルヒットとなったのだ。光の粒子を撒き散らしながら経験値を残して青イノシシの巨体は消滅した。
「おー、スゲーじゃん!全然ダメージ食らわずじまいじゃんか。俺なんか散々小突き回されちまったのに」
クラインの賞賛に、しかしユキナは首を捻る。
「うーむ、やはり本物のイノシシとは感触が違うな」
「って本物のイノシシ切った事あるのかよ!?」
「高校入学で上京するまで田舎中の田舎で暮らしていたからな。よく猟友会の人達が仕留めた獲物を捌く手伝いに加わったものだ……」
「去年ユキナの実家に皆で行った時もボタン鍋をご馳走してもらったよね。あのお鍋、美味しかったなぁ」
「ああ、あれは美味かった。摘みたての山菜料理も存分に堪能させてもらったりもしたな」
「何だよそれ、羨まし過ぎだろ」
「でもそこまでの道のりが何て言うか――――秘境探検?」
益体もない事を話しながら、今度は謙吾の番なのでユキナと入れ替わりに前へ進み出る。
新しいモンスターが同一地点に再出現するまで一定時間かかる。
その間に謙吾は購入したばかりの得物の具合を改めて確かめ直しておく。謙吾が選んだ武器はナイフと呼ぶには大きすぎる位の刃渡りを誇る、片手用のハンティングナイフだ。刀身は片刃だが先端部分のみ両刃になっている。
ユキナ同様、腰を落として重心は低めの体勢。右手にナイフを逆手に構え、左手は無手の状態で右手よりもやや前に突き出す。基本的なナイフファイティングの構え。
そのあまりに堂に入りすぎたブレのない自然な構えと一変した気配に、それを見たキリトとクラインの口から興味と感嘆の吐息が漏れた。
―――――出現エフェクトを伴って新たな<フレンジーボア>が出現。
完全な実体化を示すカーソルが表示された瞬間、既に謙吾は<フレンジーボア>へと吶喊していた。
通り過ぎ様に逆手に握ったナイフを下段から上段へ突き上げる。突撃による加速度と閃く様な腕の振りによる威力上昇を加味して弾き出されたダメージは、たった一撃で出現したばかりのモンスターの体力ゲージを半分近く削る。
だが謙吾の攻撃はそれだけではなかった。すれ違い様に切り上げた直後、強く地面を踏みしめて強制停止すると同時に身体の向きを反転。更に反転の最中ナイフの握り方も逆手から順手に切り替えていて、再び<フレンジーボア>に向き直った時にはソードスキルの発動モーション姿勢を取っていた。
片手剣用の基本ソードスキル<リーバー>が発動。謙吾が急旋回したと周囲が理解した次の瞬間には、まるで逆再生でもしたかの如き動きで青イノシシへと襲い掛かる。
<フレンジーボア>は謙吾に尻を向けたまま、どころか大ダメージによって生じた被弾モーションからの硬直から未だ立ち直っていない状態だ。たった2撃で、<フレンジーボア>の巨体とHPは消滅してしまった。
「おおおおお!!?何だよ今の、瞬殺じゃねーか!1発でソードスキルも成功させちまうしよぉ!」
興奮した様子のクラインの叫びなど耳に入っていない様子で、謙吾は手の中の大型ナイフを弄ぶ。
「(ユキナの言った通り、本物の肉を切るて手応えとは大分違う感触だな――――でもそんな所まで忠実に再現されてたら、それはそれで問題か)」
肉を刃が貫き、切り裂く感覚を何度となく実際に味わってきた人物独特の感想を抱いている自分に気づくと、謙吾は直前までの思考を振り払うように小さく首を振った。
ナイフの側面を顔の前に掲げると刀身に謙吾……否、SAO開始前に自分で設定した巌のような青年、『タイガ』の顔が写る。そして自分に言い聞かせる。
――――今の謙吾は兵士ではない。初めてのVRMMORPGを存分に楽しもうと意気込む、1人のゲーマーに過ぎないのだ。
プログレッシブネタはどの程度含めるか思案中。
今更ながらアニメ版見てますけど完成度高いですよねぇ。
感想お待ちしています。