アイズ「違います。好きになった人がたまたまショタだったんです」   作:鉤森

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実質前後編みたいになりそう。今回甘さが足りない…そんな気がする。

やっぱり連中は出しづらい。そう思ってしまうのは技量不足が由縁か。






沢山の感想にお気に入り、評価。本当に感謝のしっぱなしです。
ありがとうございます!



開け、黄金の劇場よ(悪神登場前からグロッキー会場の暗喩)

「『神の宴』?」

 

 

「うん。ロキは行くって…白野の所の神様は来ないの?…はむ、むぐ…。」

 

 

「そういえば朝から姿が…でも、そもそも招待状が届けられるんだろうか。ウチのファミリアに…?」

 

 

日が沈みかけた、夕暮れ時。入り組んだ路地の隅、もうすっかり後始末も終えて撤収可能な状態になった屋台に響く、穏やかに弾む二色の声音。秘めやかな男女の逢瀬。

 

混雑時の待機所として屋台のサイドに常備されている、簡易な長椅子に腰掛けるアイズ・ヴァレンシュタインのそんな質問に対し。その膝に座り、抱きしめられながらアイズにジャガ丸くんを食べさせるキシナミ・白野の返答は、酷く悩まし気なものだった。

さくさく、ザクリという咀嚼音がやがて収まれば、少女の涼やかな声が路地を吹き抜ける。

 

 

「そっか…わかりにくい所にあるからね、白野達「アンリマユ・ファミリア」の拠点(ホーム)。」

 

 

「それに言っちゃなんだけど、普段から拠点でゴロゴロしてるウチの主神様(アンリマユ)が宴目当てに外に出てる姿が想像できないから。基本的に外出る時は団長が料理当番で、麻婆豆腐とかラーメン作った時くらいだし。」

 

 

「それは仕方ないと思う。」

 

 

「…おいしいんだけどな…。」

 

 

恋人(アイズ)が自分達の好物をバッサリと脅威判定したことに僅かばかり肩を落としつつ、白野はジャガ丸くんが全てなくなったことを確認し、空になった大袋の包装紙を片手で器用に丸めて屋台脇のくず入れの箱へと投げ捨てた。

やや名残惜しそうに先程までジャガ丸くんを与えていた方の手の指を、小さくはむはむと甘噛みするアイズの舌の感触にくすぐったそうにしながら…白野はボンヤリと、『神の宴』と主神(アンリマユ)について考える。

 

『神の宴』。客商売という仕事柄、客の口から僅かに耳にしたことはあれど、その詳細について自分はあまり知らない。自由参加が基本だという神々主催の宴に、今まで我らが主神が参加したという話は、聞く限りなかったはずだ。

だが…だが、もしあの出不精な神様が、そんな聞くに煌びやかな、こう言っては何だが似合わない(・・・・・)場に遊びに行くのだとすれば、それはどんな心境の変化だろうか?あるいは、どんな目的があっての事だろうか?そして考えた所で答えは出ない、そんなことはわかりきっているのに…わかっていて尚、何故自分はこうも考え続けているのだろうか?

 

それはきっと、自分達の存在が関わっているから。…そう、なんとなく思ってしまうのは、はたして間違っているのだろうか?

 

 

 

「白野?」

 

 

「ン、何でもないよ。暗くなってきたし、そろそろ帰ろうか。」

 

 

「…もう少し。」

 

 

「…うん?」

 

 

「もう少し、このままでいたい。ダメ?」

 

 

「…まさか。ならもう少し、一緒にいようか。」

 

 

帰ろうと言った途端に抱きしめる力が強まり、深く密着する互いの身体。耳元で囁かれる甘え声のオネダリを断れるほど、キシナミ・白野という男は聖人でも外道でもなかった。でもここにいない姉ならこの状況「正直たまらん」と胸に顔くらい埋めていたかもしれない。情けないことに、そこまでの度胸もまたなかった。

 

嬉しそうに甘えてくるアイズを甘やかしつつ、白野もまた自身の全てを委ねて眼を閉じる。人懐っこい子猫のように顔をこすりつけるたびに、アイズの長い金髪が白野の頬を撫で、ふわりと広がる甘い香りに蕩けそうな想いだった。

 

 

 

 

重なり合った二つの鼓動。二人はお互いの音に耳を傾けながら、自らの鼓動を強くする。求め合い、その生を最も強く感じられる距離。最も幸せで、安心できる距離。

 

 

 

 

互いの吐息を耳で味わいながら、徐々に下がっていく外気に対して二人の熱は上がっていく一方だった。

 

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あれ、やっぱり自重させとくべきですかね。ちょっと人目無視しすぎてる気がする。

わざわざ戻ってきてまで見物したけど…ダメ、うん、見てて胸焼けしそう。」

 

 

「…うん。僕もその方がいい気がしてきた。明日にでも釘を刺しておこう。

……ところで白夜さん。ずっと見てるのも寒くなって来ましたし…その…ですね。…ぅ、あー…と…!!」

 

 

「え?…あ、そうですね。なら一緒に食事にでも行きましょうか?」

 

 

「———是非、是非とも。美味しいお店を紹介しましょう。」

 

 

「いや、何故にいきなり敬語に?…でも素直に楽しみで———なんか今、すごい殺気を感じたような!!」

 

 

「気のせいです。大丈夫、必ず…必ず、貴女は僕が守ります。」

 

 

「え、それ絶対に気のせいだった時のセリフではない気がするんですが…!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

 

 

『神の宴』と聞けば確かに華やかで荘厳な耳触りかもしれないが、結局は下界の人間(こどもたち)が開く酒宴となんら変わらない。所詮は参加者全員が神である、というだけの話だ(それでも十分派手で荘厳ではあるのだが)。

 

開催日は自由。参加も自由。主催である神が集め、騒ぎたい神が集まり、一堂に会してしまえば、あとはイベントや祝い事などを(こうじつ)に酒を呑む。料理を食らう。ただそれだけで、それが全てだ。

かつて娯楽を求め降臨した多くの神々を象徴するかのような、快楽を主とした人間の真似事行事と言えるだろう。

 

 

「……なんちゅうタイミングやろうな、実際。」

 

 

さて、今夜の『神の宴』は大手ファミリアの一角「ガネーシャ・ファミリア」が主催なだけあり、宴の規模は実に大きく、同時に集まった神々の数もまた膨大だ。

煌びやかなパーティー会場の中ではそこかしこで神が笑い、歌い、怒り、時には泣く。酒杯(ゴブレット)が傾けば誰しもが顔が赤らめ、芳しい料理の香りは即ち食欲へと直結し、自然と手が伸びていく。そして訪れる神々の客足は未だ途切れず、騒がしく、賑やかで、なにより楽し気だった。

 

…が。そんな中で一柱、剣呑に神威を放ちながら戦に臨まんとする武士のような面持ちで、上等なドレスを身に纏う女神がいた。

 

 

「このタイミングで『神の宴』。まあ来てるかどうか知らんが、ガネーシャの事やから招待状自体は出しとる…ハズや。

来てたなら問い詰めてイッパツかましたる。場合によっちゃあ八つ裂きや。…来てなきゃそのままヤケ酒もええし、なんならそのままキシナミ・ブラザーズ…ンにゃ、ザビーズやったか?連中の情報集めたってもええな。聞けば人気店らしいし、何かしらあるやろ。…ケッ。」

 

 

もはや言う必要もないだろう、「ロキ・ファミリア」主神・ロキである。

ロキは無い胸の前で大仰に腕を組み、糸目を薄く開いて、しきりに辺りを見渡している。当然周囲の神から向けられる視線は白いなんてものじゃなかったが、対してロキは一切の反応を見せず、それどころか数歩進むごとに同じ動作を繰り返していた。

 

奇異なる行動の理由(もくてき)など、今更問うまでもない。ここ数日で急遽最大の怨敵に認定したクソッタレの三流最弱神が、万が一にも来ていないかを確認するためである。あわよくばブン殴ってやりたい気持ちなのは、事情を知らない人間から見ても察しが付くことだろう。

 

右を、左を、背後をと視線を巡らす。絶対に見逃すまいと記憶に残る、全身入れ墨姿の少年のような神の姿を探す。

…しかし改めて考えてみるまでもなく、ここはどこもかしこも神塗れであり、言うまでもなくパーティー会場は巨大なのだ。そして当たり前だが彼らも生きている以上はそこそこに動き回っているため、捜索環境として見つけにくく観察しづらい場であるのは火を見るよりも明らかだった。それでもロキは暫し必死に目を凝らし続けていたが、それでも目に付く景色の中に、求めた姿は見当たらない。

 

…やがてバカらしくなり、「いない」と判断してロキは方針を切り替えることにした。情報の収集と宴の満喫。この二つに的を絞ろうと決め、ロキは軽快な足取りで歩みだす。

 

 

まずは一杯をと適当なグラスを取り、誰から話を聞こうかと思っていると…、

 

「あーん?アレは…。」

 

 

目に付いた、凸凹並んだ三つのシルエット。見覚えのある顔はそれぞれ個性のあり、いずれも因縁浅からぬ相手ばかりだ。気の抜けない、気に喰わない、気の置けない相手という三種それぞれが集まるその一団を見て、ロキは調査の手始めには丁度いいと判断する。

余分な緊張も不要と脱ぎ捨て、大きく手を振り駆け出した。向かう先の面々へ自己の存在を主張するように、大きく声を張り上げる…無論、気に喰わない一柱に限っては、思いっきり挑発することを忘れずに。

 

 

「おーい!ファーイたーん、フレイヤ―!でもってぇ…ドチビィー!!

 

 

 

張り上げた声に、振り返る面々。周囲からも視線が向けられるが、ロキの視線は目当ての神物(じんぶつ)たちに向いたまま固定されている。

気の置けない顔(ヘファイストス)は、少しうるさそうにこちらを見やり。気の抜けない顔(フレイヤ)は相も変わらず穏やかに微笑みながら、こちらを見つめ。そして気に喰わない顔(ヘスティア)は———

 

 

どういう訳だか、満面の笑みだった。

 

 

 

「…あ?」

 

 

怪訝そうな声が上がる。思わず足を止めたロキは、(ヒト)違いか?と一瞬思うも、こちらを笑顔で待ち受ける神は改めて見ても間違いなくヘスティアである。

子供のような幼い顔立ちに、チンチクリンの背丈。…そして見ているだけで腸が煮えくり返りそうになる、たゆんたゆんと弾む大きな胸。こちらもあちらも互いに嫌い合う、いやいっそ憎み合う一歩手前と言っていいほどソリの合わない神・ヘスティア。正直アンリマユやザビーズの件がなければ、そのまま零細ファミリアの貧乏ぶりを肴にして嘲笑ってやろうと思うほどに大嫌いな神が…向こうからしても大嫌いなはずの自分の到来を、笑顔で迎え入れている。挑発されたこともなかったかのように。

 

不気味である。率直に言って気味が悪い。そして何だか寒気がする。近づいていいものか?ロキは嫌悪と警戒を隠そうともせずに顔をしかめながら、一瞬なかったことにして引き返すべきかと真剣に検討する。

 

だが…ここで引き返せば、それこそ自分が逃げているようにしか見えない。それはダメだと鋭く糸目を開き、ロキは覚悟を決めて、三柱の女神が集う一団へと足を進めた。

 

 

「やーやーロキ!待っていたよ!」

 

 

やがてこちらが十分に近づいてきたところで、実に晴れやかで希望に満ちた声がヘスティアから発せられた。喜色満面とばかりの様子にロキは居心地悪そうに、そして気味悪そうにしながらも向き合い、薄く開かれた瞳でヘスティアを睨みつける。

 

 

「なんや自分、ホンマにドチビか?なあファイたん、コイツ頭でもぶつけたん?それとももうベロベロに出来上がっとんのか?」

 

 

「お久しぶりね、ロキ。ヘスティアは…まあ、一応素面よ。」

 

 

「なぁに、今日のボクはちょっと機嫌が良くてねえ。…もっとも、君の返答次第ではもっとよくなるんだ!」

 

 

「意味わからんケドむかつくからそのツラやめぇや。何?こいつずっとこうなん?明日にでも終末(ハルマゲドン)でも黄昏(ラグナロク)でも起きるん?なあフレイヤ、自分からもなんや言ったってや。」

 

 

「…そうね。でもそれは、まずヘスティアから内容を聞いた方が早い気がするわよ?」

 

 

「…あん?」

 

 

そのフレイヤからの返答に、おや?とロキは首をひねる。別に返答そのものに問題があったわけではない。だが嫌悪と苛立ちに包まれた心境に、唐突に湧き上がった疑問が気にかかった…いや、それは疑問というほどハッキリとしたものでもなく、どちらかと言えば些細な違和感と言ったものに近かった。

興味が湧き、ロキはその違和感の主であるフレイヤを今一度見る。相変わらず同性であっても見惚れるほどの美貌に、浮世離れした心をざわつかせる微笑み。その表情や佇まいから心境を読み解くことは難しいが、それはいつもの事だ。なにも珍しくない。なにも珍しくないのに、気になった。

引っかかると、何かあるとロキは直感した。なにか鬱屈とした、不穏な感情がにじみ出ていた気がした。

 

 

「フレイヤ、自分———。」

 

 

「さあ、さあ!答えてもらおうか確かめさせてもらおうかロキ!さっさと答えるのが身のためだよ!」

 

 

「…ちっ。ハァ~、ホンマに空気読めんドチビやわぁ。鬱陶しいから答えたるわ、何が聞きたいんや。」

 

 

舌打ちし、違和感を晴らす質問を中断して、ロキは騒ぎ急かすヘスティアへと向き直る。面倒だし、はしゃぐヘスティアを見るのは面白くはないが、きっと相手にするまでこの神は邪魔をしてくるのが目に見えていたからだ。何を言いたいかは知らないが…まあ珍事には違いないかと、聞くだけ聞いてさっさと済ませ、フレイヤをもう少し探ろうとロキは考える。

応対したロキに、ヘスティアは待ちに待ったという様子で深呼吸をしていた。それをロキは黙って見ていたが…不意に訪れた、再びの、そして「確信」にも似た予感を伴う、より強烈な悪寒に身を硬直させた。

そして何とも間抜けな話だが。ここにきて漸く、ロキはその悪寒の「正体」というものに察しがついた。

 

 

 

 

「君の(ファミリア)にいる、ヴァレン某についてなんだがね。ちょっと小耳に挟んだんだけどさ。」

 

 

 

 

そこまでヘスティアが口にした所で、ロキの癒えかけた心的古傷(トラウマ)が疼きを上げて警鐘を鳴らした。

何を口にしようとしてるのかまだ確証はない、だがマズイ。その名前はマズイ(・・・・・・・・・)。今すぐ張り倒してでも黙らせろ、その先を語らせるな…そう幾多もの警告が浮かんでくるが、反してロキの身体は硬直してしまって動かない。それはまるで、見えざる白い手が無数に群がり、身体を押さえつけているようだった。

先程まで、まあ珍しいし鬱陶しいからということを理由に、呑気に話を聞こうとしていた自分こそ八つ裂きにしてやりたかった。警戒をもっと強めるべきだったと後悔するも、後の祭り。

 

そんなロキの様子を気にも留めずに、ヘスティアはトドメともいうべき話の続きを口にする。そう、「油断」と「慢心」が断罪の刃となり、牙を剥く瞬間がきたのだった。

 

 

 

 

 

 

「———現在ベッタベタの熱愛中って真実(ホントウ)かい?」

 

 

「うィぎぃああぁぁあああああッッ!!?」

 

 

 

思った通りの、思っていた以上の内容(ダメージ)が深々と突き刺さり。気が付けば、ロキは悲鳴を上げて膝から崩れ落ちる自分を自覚した。

 

ロキは思い出す。古傷というものは塞がってこそいるが、消えずに残った「治りがたい」、或いは「治りかけ」の傷であるということを。癒えぬソレが外から無理やり開かれると、とても痛い(・・)のだということを。

 

大切に育ててきたアイズが先の暴露会でウットリと愛を囁く姿。新妻スタイルでまだ見ぬ間男(はくの)に傅くアイズの姿。両手を繋ぎ、膝枕をし、寄り添い眠る二人の姿。それらの記憶と妄想をないまぜにしたものが、怒涛の勢いで鮮明に流れていく。やがてヴァージンロードを駆けていくアイズの後ろ姿を、泣きながら手を伸ばして追いすがろうとする自分の姿といったものまでがロキの脳内に広がっていった(あながち妄想でもないのだが)。

悪夢である。しかも大嫌いな、気に喰わない神の口から想起させられたことでダメージは想定を遥かに上回るものがあった。耐えきれるものではなかった。

 

 

倒れ伏して、睨み上げたヘスティアの背後。涙で滲みそうになる視界、興奮して今もはしゃぐロリ巨乳神の背後に…ロキは見覚えのある、巨躯の神父が嗤う姿を幻視した。

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、その反応は…流石にちょっと予想外だったけど!真実とみて良さそうだねえロキ!ふ、ははッ…ハハハハハハハッ!!」

 

 

一方、ロキを言葉一つで沈めた神・ヘスティアは、歓喜の高笑いを上げていた。実のところ倒れ伏すまではいかなかったものの、ロキ以外にも結構な数の神々…いずれも「剣姫」のファンとして密かに活動していた男神らがダメージを食らっていたが、ヘスティアは気にする素振りさえ見せていない。

 

 

「ハシャギすぎよヘスティア。みっともない。」

 

 

「おおっと悪いね。でも生憎と目的の内の一つが見事解消されたからね。大目に見てくれよヘファイストス。」

 

 

「目的、ねえ。…まあ例の「噂」を確かめることを目的としてた神は、あんたの他にもいたでしょうけど。」

 

 

隻眼赤髪の麗人然とした鍛冶神である親友の言葉に、ヘスティアは浮かれながらも謝罪した。その様子にヘファイストスは呆れたようにため息を零し、周囲を見渡すのだが…ヘスティアやロキが問題にならないほど、周囲は周囲で酷い有様だった。

 

 

『う、噂には聞いたが…マジか。マジかぁ…。』

 

『俺達の「剣姫」が落とされたとかウッソだろお前…。』

 

『そうはならんやろ。…なっとる?馬鹿野郎!馬鹿野郎ォォォ!!』

 

『そういや誰か賭けてたヤツいたよな。どうなった?』

 

『惨敗ですがなにか。』

 

 

みっともなく落涙する者もいれば地団太を踏む者もおり、がやがやと騒がしく、落胆したり逆に盛り上がったりする神々たち。ヘファイストスは嘆息しながらも「まあ無理もないか」と半ば諦めに近い形で状況に納得する。

この迷宮都市(オラリオ)において「剣姫」アイズ・ヴァレンシュタインの名は絶大だ。その剣腕からくる無類の「強さ」に加えて神々さえも魅了する美貌を併せ持つ少女は、娯楽や快楽に飢えた神々にとっても絶好の興味対象であり、また当然ながら人や神を問わず懸想する者も多い。そしてこれまで想いを伝えてきた者達が皆一様に玉砕してきたため、いつしか彼女は「みんなの嫁だから」みたいな扱いを受けるようになっていった。

 

…だからつい先日、「剣姫(アイズ)には実は想い人がいた」というニュースには皆、耳を疑った。

とはいえ迷宮都市を激震させながらも、最初は誰も彼もが信じられずにおり、拡散は静かで穏やかな、ごくゆっくりとしたものだった。だが後日甘ったるいデート模様を繰り広げていたという噂まで出回ると、噂はいよいよ信憑性を帯びていき、多くの神々も無視できない事態へと陥った。だから今回の宴には、その真相をロキに直接問う腹積もりの神も多かったのだろう。

 

 

「でも、こんな形で聞くことになるとは思わなかったでしょうねえ…。」

 

 

「ふ、ふふ…大丈夫、大丈夫だよベル君。失恋が何だ、君は強くなれるさ。ボクが君の強さの活力になってみせよう。」

 

 

「あんたはいい加減戻ってきなさい。大丈夫?心はまだちゃんと地上にあるかしら?」

 

 

「お、おのれドチビ…ようも思い出させてくれよったのお…!!」

 

 

トリップしているヘスティアをヘファイストスが見とがめ叩くのと、よろよろした動きでロキが立ち上がるのは、ほとんど同時であった。未だ涙目のままのロキは血を吐くような呪詛を吐きだしながら、一歩、また一歩とヘスティアに近づいてくる。それを見るヘスティアの眼は、正しく愉悦の色に染まっていた。

 

 

「いやあ、初めて君に感謝を捧げるよロキ!そしておめでとう!ヴァレン某には力いっぱい祝福しておくと伝えておいてくれ!」

 

 

「どあほぅウチが認めるかい!というかなんや自分、まさかウチに嫌がらせするためにわざわざソレ聞いたんかぁ!?」

 

 

「失敬な、ボクはベル君の為に聞いたのさ。わざわざ嫌がらせ目的で君に宴くんだりまで会いにきたりなんかするもんか!

君のその貧相な胸のように貧相な発想でボクを語ってくれるなよ!まあ愉快だけどさぁ!」

 

 

「言わせとけばこのアホんだらァァァあああああああああああああああああああああッッ!!」

 

 

売り言葉に買い言葉。不毛なる応酬はついに臨界点を迎え、取っ組み合いの喧嘩へと移行した。それを見た神々も先程のお祭り騒ぎもよそに新たなイベントに乗っかり、どちらが勝つかを賭けたり煽ったりしだす始末。いよいよ収拾がつかなくなってきた事態に、ヘファイストスは呆れを通り越してそろそろ帰宅を検討しだしていた。

 

 

「………、…そう。」

 

 

「…フレイヤ?」

 

 

ふと、すぐ隣から上がった小さな呟きに、ヘファイストスの視線が向き…ヘファイストスは眼を丸くした。

 

理由は単純、「美しかった」からの一言に尽きる。無論、フレイヤという女神は迷宮都市随一の「美の女神」である。故に美しいのはごく当たり前であり、今更驚くようなことではないのかもしれない…だがヘファイストスは、その時のフレイヤの姿に思わず見惚れた。そして、心底驚かされた。

どこか遠くに向けられた眼差し、悲しみをたたえた切なげな表情。恋慕を思わす桜を散らした肌のほの赤さは、白く輝くような肌を一層鮮やかに美しく飾り立てている。妖艶にして可憐、色香のみならず、思わず抱きしめたくなるような生娘の如きか弱さを思わせる。ヘファイストスの脳裏には無意識のうち「磨きがかかった」という、至極ありふれた、しかし適格と思えるフレーズが浮かんだ。

 

そしてヘファイストスに釣られるように、豹変したフレイヤの様子に他の神々も気付き、一瞬で魅了されていく中。その視線を一身に受けながらフレイヤはグラスをテーブルへと戻し、一言「じゃあ、失礼するわ」と告げた。

銀に翻った髪を前にハッとヘファイストスは我に返り。ゆっくりと遠ざかる背へと、困惑気味に言葉を投げかける。

 

 

「あら、帰るの?」

 

 

「いいのよ。聞きたいことは全て聞けたから。」

 

 

「…貴方、誰からも何も聞いてなかったわよね?」

 

 

困惑を疑惑へと変えながらの問いかけに、既にいつもの様子に戻ったフレイヤは軽く手を振って応えた。そして一度だけ、周囲の空気の変化に取っ組み合いを中断したロキとフレイヤに、普段とは違った微笑みを向ける。

その微笑みに、当の二柱の神が目を瞬かせる中。フレイヤは静かに口を開いた。

 

 

「それに、ここにいる男はみんな食べ飽きちゃったもの。」

 

 

『『『『サーセン。』』』』

 

 

思わず呆気にとられるような言葉に追従するような男神達の言葉。それだけ言って去ろうとするフレイヤにヘスティアやヘファイストスが微妙な顔をし、ロキが思案するように遠ざかろうとするその背を見つめる。

その姿が、群れ成す神の中に紛れるように消えようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒヒヒッ、オレは食われた覚えはないけどねえ。まあ実際、腹壊しそうって話なら?全面的に肯定するしかないけどさ。」

 

 

 

 

 

そんな時だ。場の空気を読まずに、不躾な声が響いた。

誰もが、その声に、声の主に。足を止めざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

一方その頃。

 

 

 

「団長ォォォ!!…から!離れろ雌犬がァァァ!!」

 

 

 

 

 

 

「うおあああああああああッ!?なんか来てる、薄暗がりからホラーちっくに追ってきてます…!?」

 

 

「すまない身内だ!ティオネめ、こうまでなりふり構わずくるとはね…!!」

 

 

「あ、以前抱きしめてきてた非常にグラマラスな人?ああ…そっかぁ…。」

 

 

「重ね重ね訂正するけど違うから。そういう関係じゃないですから。とにかく、今は掴まって…!!」

 

 

「あ、はい。…でも今も正直しっかり掴まってるんですが。正直「お姫様抱っこ」というものの破壊力を身をもって体感している最中です。顔が熱いと言いますかですね…あ、いい匂いがする。」

 

 

「…すこしだけ感謝するよ、ティオネ。でも僕の返事はごめんなさいだ!」

 

 

 

 

 

「…逃がしません、逃がさない、逃がすかぁ!団長ォ!」

 

 

 

 

 




主神(悪)「まあ次回の登場で実質最後の出番だと思う。うん。」




次回は…次回はまた甘くしていきたいのです…!


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