RELEASE THE SPYCE ~満ちたる月の兄妹~   作:サク&いずみーる

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基本的にこの作品、疾風くん視点で話が進みます!
後、文字数ヤバいです。それだけ覚悟してください…!



EPISODE:003 The first ordeal

 俺の高校での肩書きは不良で通ってる。この肩書き自体に不満はない。むしろ、俺が動きやすくなるために入学時、意図的に流した情報ですらある。

 ただ、暴走族潰したとか不良仕切ってるとか、それは俺知らねぇぞ?…やろうと思えばできるけど。

 あと、商店街まで噂が流れてることも驚いた。噂って怖ぇ。

 

 てなわけで、学校じゃ生徒はおろか、教師一同にも怯えられる始末だ。ほんと、動きやすくなったが、代償に友達と呼べる友達がいねぇ…表向きには。

 

 そんな俺が今どこにいるか?答えは屋上。1番大きい校舎の屋上な。ここは数少ない、俺の憩いの場の1つで絶賛授業放棄中だった。

 あ、チャイム鳴った。何時間目だ?時計…は持ってねぇし、スマホ…うげっ、教室かよ!あーミスった…誰か来ねぇかな……と思った矢先、誰かが来る気配がした。反射的に身構える。

 

 俺の特技その1、鋭い気配察知能力。

 人間はもちろん、動物や機械の気配が分かる。集中すれば、罠や奇襲にも気づける。

 この気配は…源モモか。

 

「あ、こんにちは…」

 

 ビンゴ。俺は軽く手を挙げて応じる。ツキカゲ候補の後輩だ。

 名前と同じ、桃色の気持ち長めなミディアム、黄褐色の瞳、犬みたいに人懐っこい雰囲気なはずだが、俺を前にバリバリに怯えている。

 

 まぁ、何度でも言うが、俺は『怖い不良先輩』ってことになってるしな。

 

「今、何時間目か知らん?時計もスマホも忘れてしもてな」

 

「えっと…今は4時間目が終わって、昼休みになったところ…です」

 

「さいですか…あんがとさん」

 

 別に、関西出身というわけではない。単に好きなキャラクターを真似てるだけなんだが。ブレザーを丸めて枕にすると、そこに寝そべった。

 

「俺んこと、怖いやろ?」

 

「い、いえ!そんなことは…」

 

「ははっ、嘘ついてるん見え見えやで?ええてええて、俺がそないな風に見せてるんやし」

 

 むしろ、キャラが崩れてないという確認が取れて安心した。

 

「ただ、俺たちが相手取っとんのはこれ以上の連中なんよ。これで怯えてると、任務に支障が出るかもしれんね」

 

「はい…」

 

「…ツキカゲやるっちゅーことはそれ相応の覚悟がいるんよ。半端な覚悟じゃ、周りの命も危険に晒す」

 

 とうとう源が俯いてしまった。俺の悪い癖が出た。いかんいかん、こういう時は後始末もしっかりしないと。

 

「まぁ、ユッキー…半蔵門ちゃんやないけど、やるなら俺も手ぇ貸したるわ。大切な後輩ちゃんになるんやからな」

 

「…はいっ!」

 

 おー、笑った。やっぱり女の子の笑顔は2番目に好きな表情だ。ちなみに1番好きなのは涙目プラス上目遣い。場合によっちゃあ死ぬ。

 とか考えてたら、また人の気配。しかも2人。2人ともよ〜く知ってるやつらだ。

 

「よっ、マイシスター&さがみゅ」

 

「やっぱり分かるんですか…」

 

「極めとるからね」

 

 悔しそうな顔をするのは1年生の後輩、相模楓。

 淡黄色の瞳で、薄紫のツインテールと幼い顔立ちの割には強気な性格の少女。『完璧』とか『完全無欠』って言葉が口癖だが、当人はドジっ子だと思う。俺的には。

 この少女のことは"さがみゅ"って呼んでる。由来はなんとなく。ツキカゲのメンバーは基本、あだ名で呼ぶことにしている。

 

 そして、苦笑いしているのが愛すべき我が妹、望月深結だ。

 俺と同じ、闇に溶けそうなくらい真っ黒な髪は肩を越すくらいの長さ。綺麗な髪をバレッタでハーフアップにして、大人っぽさを出そうとしているらしいが、顔立ちは年相応…どころか幼いため残念ながら大人っぽさはほとんどない。エメラルド、というよりはアレキサンドライトに近い、柚葉色の瞳はやっぱり俺より綺麗だ。

 

 基本的にはおどおどした性格ではあるが、中学生の年にも関わらず、飛び級で高校に受かるほどの才能を秘めた俺の自慢の妹なのだ。

普段は無口で、周囲からは病気の後遺症を疑われるほど。ツキカゲ関係者以外で深結の声を聞いた奴はいないだろう。

 

 ホント、さがみゅと同じクラスでよかったな。無言で紙袋を渡される。

 

「めっちゃええ匂いやね、カレーパンやろ?」

 

「…しかも…カトリーナさん、特製…今朝、忘れてった…」

 

「Oh…」

 

 なるほど、今朝の違和感はそれだったか…不覚。ご丁寧に飲み物まで入ってる…すげぇ。

 Wasabiに行ったら笑顔で怒ってそうな顔を思い浮かべながらカレーパンを囓る。相変わらず美味いんだ、これが。

 さがみゅは不意に源の隣に来ると、遠くに見える建物を指差した。

 

「知ってますか?あの病院、変形してロボになるんですよ」

 

 いや、そんなの騙されるわけ──

 

「ええ〜!?本当?」

 

 …あったか。いや、マジか。プフーッ、と深結が吹く。その小馬鹿にしたような笑い方はやめて差し上げようか。

 

「源、それ嘘やで」

 

「うえっ!?」

 

 さがみゅは、はぁ…とため息。そして、

 

「アタシほどじゃなくても、裏世界は切れ者が多いです!先輩じゃ純粋すぎて向いてません!やめておいた方がいいかと!」

 

 源のほっぺ、腹…体の至るところをプニプニ、ツンツンし始めた。微妙に目のやり場に困る。

 

「…それでもツキカゲに入るというなら、Wasabiに行って、こう注文してください。"オリジナルカレー、ハチミツ抜きガラムマサラ増し増し"」

 

 言い残して、さがみゅはぷいっと屋上を後にした。

 

「…待ってる、から」

 

 深結も追うように行ってしまった。すっかり静かになった屋上に俺と源が残される。

 最初こそバリバリに怯えてたけど、後輩2人のおかげでいくらかほぐれたらしく、少し怯えた様子がなくなった。

 

「まぁ、あれや。ああ見えて、さがみゅも源のこと心配してくれてるんよ。向いてない、は言い過ぎかもしれんけど…」

 

「いえ、大丈夫です!」

 

 源の瞳には決意の炎が燃えていた。

 

「やってやる!もう迷わない!この街を守るって決めたんだから!」

 

「いい心構えやんな」

 

 カレーパンを食べ切ると、体を起こしてブレザーを拾い上げた。…うえっ、汚ぇ。

 

「初回特典として、俺がWasabiの中で待っといたるか。学校終わったらなるべく早よ来るとええな」

 

 

 

 

 学校終わってすぐ…違うな、厳密には最後の授業が終わった直後に学校を出て、Wasabiに来た。

 

「いらっしゃい、疾風くん」

 

 優しそうな雰囲気、目が覚めるような綺麗な金髪。蒼の瞳は全てを見通すように澄んでいる。

 

 この女性こそ、カレーショップWasabiの店長 カトリーナ・トビー。俺の師匠であり、恩人の1人でもある。俺がまともな敬語を使うのは、この人ともう1人の恩人だけだ。

 

「お疲れ様です、師匠」

 

 不良が敬語というのも、おかしな話だが。

 

「そういえばあなた、今朝お昼の分を忘れて行ったわよね?」

 

「うげっ、覚えてたんですか…って愚問ですね、師匠が簡単に忘れるはずがないか」

 

「ええ、深結ちゃんほどじゃないけどね」

 

 やっぱり、この人には敵わねぇな。

 

「以後気をつけます…何かないですか?」

 

「そうね…いつものカレーのスパイスを変えてみたんだけど、食べてみる?」

 

「ふむふむ…お願いします」

 

 ツキカゲの仲間たちを待ちながら過ごすこの時間は、最近の俺のお気に入りだ。アライグマのラッパが寄ってくる。俺と同じで目つきが悪いやつ。

 

「ラッパか。暇潰しに付き合ってくれん?」

 

 コクン、と頷いて俺の隣に来る。何気に、膝に座ってもらえたことはない。

 

 紙コップをいくつか、ビー玉1つ。これがある程度できるようになってきたら、今度はトランプでゲームをしてみたいもんだ。ババ抜きとか。

 最終目標はポーカーかブラックジャック。できたらすごい、なんて考えながら暇潰しを始めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから3戦後(意外とラッパが考え込むから時間かかった。カレーもできて、食べ終わってしまった)、やっと源後輩が来た。

 ちなみに、みんなは既に来ていて源を迎える準備をしている。

 

「いらっしゃいませー」

 

「オリジナルカレー、ハチミツ抜き、()()()()()()増し増しっ!」

 

 入店直後、緊張の面持ちでツキカゲの合言葉を言うも、噛んだ。ガマムマサラって…

 

「ちょっとええか?」

 

 源の首筋に指を軽く当てる。

 

「ひゃっ!な、何ですか!?」

 

「動かんとって」

 

 トクン…トクン…触れた指先から脈の拍動を読み取る。

 俺の特技その2、源の舌が体調を見抜けるくらい敏感なように、俺の指──触覚も相当に鋭い。血液の流れ方で様々なことが分かったりする。

 

 体調はもちろん、話の真偽、人物特定エトセトラ…まぁ、いろいろと。静かな場所なら地面に手をついて震動で、接近する敵との距離、敵の大まかな種類が割り出せる。3〜5秒の時間を要するけどな。

 閑話休題。

 

 この少女は間違いなく源だ。ちなみに、源の脈の打ち方を知ったのは…いや、やっぱ内緒で。

 

「待ってたで、次からは『ガラムマサラ』って言えるようにしときや。初回特典で今回だけ見逃したる」

 

「はいぃ〜…」

 

「では、こちらにどうぞ」

 

 師匠の言葉でフクロウのモノミが看板を変えに行って、俺たちは店の奥に入る。

 

「源モモです、改めてよろしくお願いします!」

 

「カトリーナ・トビーよ」

 

 軽い自己紹介をして、師匠がレバーを降ろす。

 すると、小さな部屋がガクンと重力から少しだけ解放されるような感覚に襲われる。この個室そのものがエレベーターになって、地下深くに降りているのだ。

 

「うえええっ!?エレベーター!?」

 

「うふふ、驚くのはこれから」

 

 壁ばかりだった視界が開けて、全貌が明らかになる。

 そこが地下であることを忘れさせるほどの広い空間。立っている巨大な建物と門は和風で、武家屋敷か神社のような印象を与える。だが、古風な見た目の割に使っているシステムは最新式だ。

 

「あれ〜…地下なのに?」

 

 源の表情がすげぇコロコロ変わって面白い。見てて飽きない。

 とはいえ、俺も初めてこの光景を見た時、同じような反応をしたからな。なんというか、男の子心をくすぐられる感じで胸が高鳴ったのを昨日のことのように覚えている。今では慣れてしまったけど、たまに懐かしいと思える。

 やがて、エレベーターが地下に到着してドアが開く。

 

「グッドラーック♪」

 

 師匠の見送りに一礼して、未だ呆然とする源を案内する。

 

「こっちこっち、この門や」

 

 一直線に進んだ先にある門を指して、開けるように促してやる。今回の主役は源だからな。

 門を開くと、待っていたのは他の6人のツキカゲたち。これで全員集合というわけだ。まぁ、紹介しておこう。

 

 クールビューティな雰囲気を纏う少女、石川五恵。

 黒茶色の瞳と黒髪ストレート。怖い印象を持つ奴がたまにいるらしいが、実際は彼女の師匠譲りの優しい少女だ。

 俺命名は『ごえちー』。

 

 そんな彼女の師匠が青葉初芽。命名、『はっちゃん』。

 赤ぶち眼鏡が特徴で、軽くウェーブのかかった亜麻色ロングヘアは穏やかな印象を与える。

 

『ユッキー』こと、半蔵門雪はごえちーとは違ったクールさを持っている。

 瑠璃色の髪を二つ結びのおさげにしているのは女の子らしい。右目に傷を負っていて、開いた鋭い左目はまさにアメジストの色。

 

 八千代命──『メイメイ』は一言で表すなら、元気っ子。

 明るいあやめ色の瞳と赤支子(あかくちなし)(要はオレンジっぽい色)のサイドテールがそれを表している、と思う。

 あと、俺の悪友。

 

 メイメイの隣にいるのがさがみゅで、ごえちーの陰に隠れてんのがうちの()の深結。紹介は省略。

 

「待ってましたよ!モモちゃん」

 

「歓迎しちゃ〜う!」

 

 メイメイが源に向かってクラッカーを放つ。やめて差し上げてくれ、深結がビビってるから。

 

「あぁ…ビックリしたぁ…」

 

「楓ちゃんも、初めこんな感じでしたね」

 

「せやったね。確か、あん時はメイメイがめっちゃ気合い入っててなぁ」

 

「あ、アタシはもっとクールでした!」

 

 何だよ、クールに驚くって。

 こんな話をしてる間にも、ごえちーが源の頭にかかったクラッカーのゴミを払ってる辺り、優しさを感じる。

 

「ほな、みんな行こかー、さがみゅいじりはまた後で」

 

「まだ続ける気ですか!?」

 

 いや、だって楽しいじゃん?メイメイが俺と目を合わせてニヤリと悪い顔。さっすが俺の悪友。

 それはそれとして。

 

「ツキカゲの秘密基地へようこそっ!」

 

「派手〜…」

 

 基地内部自体も伝統ある武士の屋敷か、寺のような構造で、ところどころに神社の鳥居とか黄金のコマイヌとかも置いてある。さぞかし莫大な費用がかかっていることだろう。呆気に取られる源にユッキーが説明を始める。

 

「この街は昔から交通の要所として栄えていたけど、治安は悪かった」

 

「そこで街を守る自警団が設立されたの。ツキカゲの始まりね」

 

……俺もちったぁコミカルにやるか。

 

「さぁさぁ、その頃の世界は大航海時代!長旅の中で重宝されたのは香辛料や!食いもんの長期保存によし、調理のひと工夫によし、種類によっちゃあ薬によし!こないな万能な代物を皆さん、喉から手が出るほど欲しがってなぁ?そのあまり、なんでも、香辛料と金塊が同じ価値になるくらいやと。まさに時代はスパイスバブル!って、何やねんその目は!?」

 

「いや、ふーくんがすごいノリノリで説明してるなーと思って」

 

「悪いんか!?」

 

 OK、もう二度とコミカルにはやらねぇ。あ"ー死にたい。俺が精神的ダメージの回復に努める間にも説明が進んでいく。

 

「外国で香辛料の貿易をしてた商人が設立者でね、彼女の遺してくれた莫大なお金を運営している財団がツキカゲの母体」

 

「それでこんなにすごい基地が…」

 

「以後、ツキカゲはどの国にも属さない正義の私設情報機関──いわゆるスパイとして、犯罪組織と戦っている」

 

 黄金の大仏の前に来ると、目が赤く光った。

 俺は最初見た時、相当警戒心剥き出しで危うくぶっ壊すところだった。師匠に止められたよ、『ただの認証システムだから落ち着いてー!』ってな。

 

「えっ!?今度は何!?」

 

「大丈夫、顔が登録されてるだけです」

 

 登録が終了すると、俺たちが立っている床が沈んでいく。

 

「わわわわわわっ!?」

 

 いや、ほんと面白い反応するね源は。

 

「私たちが活動できるのも、こういう設備があるからこそ」

 

「もう映画の世界ですね…」

 

 源の言う、その光景は360°巨大モニターが張り巡らされた地下空間だ。

 ある画面には世界地図にクモの巣のように広がる連絡網が表示され、ある画面ではスロットマシンのように数字が目まぐるしく変動している。確かに、現実ではそうそうお目にかからない光景だろう。

 

「このように世界各地の私設情報機関と連絡を取ってます。21世紀以降、目まぐるしく動く国際情勢もありまして…警察とも協力関係を築いてきています」

 

 モニター室を出て、メイメイはこんな話を始めた。

 

「知ってた?"スパイ"の語源って香辛料…つまり、"スパイス"の省略形なんだよ」

 

「へえ〜…」

 

「注意、あくまで一説にすぎません」

 

 今まで無干渉を貫いていた深結もコクコクと頷く。

 

「…1番、有力なのは…印欧語で…"見る"、を意味する言葉…」

 

「あぁ、"spek"説やね。スパイって英語で"spy"って書くんやけど、『見つける、探し出す』って意味で"espy"と同じなんやって。古期フランス語で『見張る者』を意味する"espion"を指して、今のフランス語で『諜報機関』の意をもつ"espionage"の語源やんな」

 

「……まぁ…所詮は、一説だから…」

 

 しばらく進んだ所で、ユッキーが壁に触れる。すると、からくり屋敷のように隠し扉が出現した。

 

「うわっ!ニンジャ!?」

 

 …あながち間違いでもないけどさ。将軍でも住んでそうな大広間に置かれた立派な鎧。その兜の角をガクンと下ろせばあら不思議、壁に隠れていた道具たちのお披露目だ。

 

「私たちが普段、自然に持てるような秘密アイテムです!」

 

「こういうの使いこなしてこそスパイなのだよ」

 

 メイメイのイケボブームは今も続いてるのか。

 

 置いてある道具はほとんど女子高生が持ち歩くようなものとか文房具の類いだが、ほとんど性能は普通と程遠い代物ばかりだ。

 

 例えば、リボンのついたかわいらしいあのヘアゴムは大人1人を拘束できる。あの缶バッジは通信機だし、あの傘の防御力はロケットランチャーを受けても何ともないくらいだ。

 はっちゃんは生き生きと道具の説明をしている。

 

「一見、ハンドクリームですが!」

 

 にゅっ、と出たクリームを反対の手の甲に塗る。速ぇ。

 

「塗布するとその部分が光学迷彩に!」

 

「おお〜」

 

「素肌に塗らないとすぐ効果が切れるので透明人間になるには裸になります!」

 

「おおぅ…///」

 

 源の顔が赤く染まる。そら、そう思うよなぁ…しかも俺なんか下手すれば女子高生のヌードを拝んじまうわけだし?

 

「効果は十数秒!」

 

「短くないですか!?」

 

 俺が透明人間になろうにも、十数秒後にはただの露出狂の完成だ。不良の他に露出狂の称号はいらねぇよ。

 と、いう訳で。

 

「…開発中…透明レインコート…」

 

「これは?」

 

「…リクエスト…付属の仮面、と同期させて…透明になる…予定…」

 

「おお…!って、予定?」

 

「ん……同期、させる素材…見つかって、ない…衣擦れの音も、課題……」

 

「へえ〜…」

 

 依頼したのは俺。理由は前述の通り。

 

「この痴漢対策ブザーからは、液体が噴出されます!目潰しなどに使えますね」

 

「もしかして全部…」

 

「はいっ!ほとんど私が作りました!」

 

「…一部…メイドイン、みゅー…♪」

 

 すげぇ、2人とも周囲に花が咲いてるのが見える。

 この2人がいるからこそ、ツキカゲはより便利で安全に任務を達成できていると言っても過言ではない。

 

 機械に強く、知識豊富、努力の発明家たるはっちゃん。

 薬品などにおいて右に出る者はおらず、コンピュータも真っ青の頭脳。天才科学者、深結。

 この2人に勝てる科学者か発明家がいるんなら名乗り出てほしいくらいだね。

 

「他にも鍵を開けるヘアピンが…」

 

「…むぅ…それ、言ったら…金属だけ、溶かす薬も……」

 

 珍しく深結も躍起になる。だが、ユッキーがそれを制した。

 

「落ち着いて初芽、深結。これの説明が先よ。ツキカゲの生命線でもある、スパイス」

 

 取り出したのは、小さな巻物の形をした茶色っぽい物体。

 これこそ、ツキカゲの切り札の1つ、スパイス"ソラサキシナモン"。このタイプのスパイスはユッキーのものだ。

 

「服用すると、脳が刺激されて、少しの間、超人的な動きができます。これはメイドイン私たちじゃなくて、昔から伝わる秘密道具ですね」

 

「お守りに1本持っておきなさい」

 

「はぇ〜…」

 

 すごいよな、こんな小さい植物の欠片があそこまで人を強くするんだから。

 

「それ、若い女子にしか効かないんだよ?」

 

 メイメイ、お前の弟子はヤキモチさんだからさ?ほら、みゅーが怯えてるんだって。

 

「え?じゃあ、望月先輩は?」

 

「まぁ、そうなるわな。俺の場合はちっと変わってんねん」

 

 俺が取り出したのは…あれだ。インフルエンザの人が最近使う、カチッとやるタイプの吸引薬みたいな入れ物……伝わるか?

 この中に粉末状の俺専用スパイスが入ってる。

 

「俺は正真正銘、生まれながらの男の子。ツキカゲに代々伝わるスパイスは使えへんよ。せやから、深結の手で限りなくスパイスに近い成分を持ったこの"フェイクスパイス"を作り出してもろたんや」

 

 ちなみに、深結はツキカゲの中で長らく継承者がいなかったスパイス"ソラサキクローブ"に適性があったため、それを使っている。

 

「なんにしろ、スパイスの効き目が落ちれば、ツキカゲは卒業よ」

 

「卒業なんてあるんですね」

 

「当然やん?中学校だって、いつまでも同じ学年はあらへんやろ?…高校は分からへんけど」

 

「卒業後は協力者として引き続きツキカゲをサポートするか、ツキカゲの記憶をさっぱり消して日常に戻るか選ぶ」

 

「Wasabiの店長であるカトリーナさんは元ツキカゲで、私と疾風くんの師匠なんですよ」

 

 ここもちょっとイレギュラーだ。少数精鋭のツキカゲは現役期間中に弟子を育成、技術と魂を継承していく。

 だが、本来は師匠格が取れる弟子は1人だけ。それでもカトリーナ師匠は無理を言って、後入りの俺を受け入れ、弟子にしてくれた。

 だから実際にははっちゃんは同い年だが先輩だ。もっとも、そんな素振りはしてないんだが。

 

「ちなみにフーはマイ弟子で〜す!」

 

 満面のスマイル&ピースでメイメイがさがみゅを引き寄せ、肩を組む。さがみゅもビックリしているが満更でもねぇ。やっぱこいつツンデレだろ。

 

「ということは…」

 

「ごえちゃんの師匠で〜す」

 

「弟子ですっ」

 

 はっちゃんは語尾にハートがついてそうなノリノリさ。ごえちーは恐れ多い、といった感じ…でも嬉しそうに2人で合わせてハートを作っている。こっちはちょっとカップル感がある。

 

「俺は深結の兄貴兼師匠や!」

 

「…弟子、兼…妹……不本意、ながら」

 

「不本意ってなぁ…」

 

 こんな口を叩かれてはいるが、信頼関係は伊達じゃない。

 源は羨望と期待に目をキラキラ輝かせている。

 

「そ、それで私が半蔵門先輩の弟子ということですね!」

 

「師匠と呼びなさい」

 

「師匠ぉ〜!」

 

 源だけがハイになっているように見えるが、ユッキーも嬉しそうだ。

 俺にゃあ分かる。ユッキーもツンデレだから。

 

「何かよくないこと考えたわね」

 

「いや〜別にぃ〜?」

 

……おちおち考えごともできねぇってか?勘弁してくれよ………

 ユッキーはため息をつくと、源に向き直る。

 

「まずは修行よ」

 

「訓練を積んで試験をパスすれば、晴れてツキカゲです!」

 

「果たしてやり遂げられますかねぇ?」

 

 さがみゅが煽る。俺も思わず苦笑いした。

 ユッキーの訓練はとにかくスパルタ、言っちゃ悪いけどあんなクソ真面目なJKは現代社会じゃ絶滅危惧種だろう。まぁ、彼女なりの優しさでもあるのは分かるけどさ。

 

「やる!やるよ!」

 

 やる気は十分にある源。いいことだ。

 

「頑張ってね、応援するよ!」

 

「…ふぁい、とー……」

 

「モモちならできる!多分!」

 

 多分て。

 

「うんっ!」

 

「では早速、今夜私の家に来ること」

 

「えっ?あっ!はい師匠!」

 

 理解に時間がかかったが、憧れの先輩の家に行けるということで源の目が輝く。ほんと、犬みたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユッキーの家といえば、伝統ある武術道場で有名だ。なんつーか、目の前にしただけで威厳を感じるとでも言えばいいんだろうか。

 

「はぁ…はぁっ……こんばんは」

 

 源、到着。

 

「んー、6時55分…約束の時間5分前やね」

 

 デートならいい頃合いだろうけども、あいにく今回は修行なんだな。

 

「今後は30分前に動くぐらいの気持ちでいなさい」

 

「は…はい!」

 

 すると、ユッキーは素早く振りかぶって、源のほっぺにポンッとスタンプを押した。サクランボをモチーフにしたかわいらしいやつ。

 

「えっ?」

 

 随分と間の抜けた声だこと。

 

「スパイの世界は常に戦場。以後、突然これを押しに行く。反応してガードができるようにしなさい」

 

「まぁ、反射神経を鍛える訓練と思ってくれたらええよ」

 

「はい……」

 

「じゃあ疾風、案内してあげて」

 

「あいよー」

 

 何度も来たユッキーの家はそこそこ広いが、もうある程度は覚えた。客を迎える和室まで連れてきてゴロンと寝そべる。畳特有の匂いだな。

 

「あの…どうして先輩も?」

 

「んー俺?俺は週1でここに来るんよ。夕飯と、道場を借りるためにな」

 

「はぁ」

 

「あと、ユッキーがどうやって弟子鍛えるか興味あるからやね」

 

 うちの弟子を鍛える時の参考にな。独学と経験じゃ足りないこともあるから。

 

「自慢のお茶。美味しいわよ」

 

 ユッキーがお茶を淹れてきた。ほーん、俺の分もある。へぇ……

 

「ど…どうも」

 

「あんがとさん」

 

 源はもらったお茶を受け取ると飲み始めた。対して、俺は湯飲みを見るだけで、畳に寝そべったまま。

 源の動きが一瞬固まる。ビンゴだ。あーあ、とうとう一気にあおっちゃった。

 異変はすぐ起こった。源の手から湯飲みが落ちる。それと同時にユッキー──否、()()()()()()()()()()()()()が源を組み敷いた。

 

「ふふん、さっきと身長変わってたことに気づかないと」

 

「なっ……」

 

 源の顔色が青い。神経毒の一種か。さがみゅは俺の方を見て眉をひそめた。

 

「こうなるってなんとなく分かってましたけど、やっぱり悔しいですね…」

 

「はっ、俺相手に嘘つくんは最低でも10年早いな。ユッキーなら『自慢のお茶』なんて言わへんよ」

 

 強いて言えば、ユッキーは俺にお茶──緑茶系のお茶を嫌がらせか、超ご立腹の時以外は出さない。あの独特の味が好みじゃないって知ってるからな。

 

「身長がバレにくいようにすぐ座ったんは評価するけど、ユッキーになるんやったら、俺に出す飲みもんはウーロン茶がええよ?それか炭酸」

 

 至ってヘラヘラとアドバイスする。こんな態度で接してやれば、さがみゅタイプの人間はリベンジ精神で燃えてくれるはずだ。

 

「さすが、そこは疾風といったところね」

 

 本物ユッキー登場。身長高めで、さがみゅよりはあるモノ……や、何がとは言わないけど。

 

「伊達にツキカゲやっとらんもんねぇ」

 

 ユッキーは一転して厳しい目を源に向ける。

 

「嘘をつく、変装する、毒を入れる。スパイにはよくあること。身をもって覚えて」

 

「ふぁ…ふぁい……」

 

「誰が出した飲食物でも、以後常に毒見する癖をつけなさい」

 

「うあ……」

 

 力なく呻いて源は気を失った。目の下にクマ、青白い顔に浮かぶ脂汗。…これ本当に神経毒かよ。

 

「これ、本当に大丈夫なやつなんですか?」

 

 さがみゅが心配そうに俺たちを見る。

 

「まぁ…大丈夫やろ…多分。これ作ったん、みゅーやし。万が一のために解毒剤もろてんやもん。何、心配?」

 

「べ、別に…アタシはただ、このまま入隊試験前に死なれるのは寝覚めが悪いだけです!」

 

 このツンデレ。今度、メイメイに話すネタが増えたな。

 

「あよいそっと」

 

 源を背負ってやると、ちゃんと食べてるのか不安になるくらい軽かった。次に行く場所は分かりきっている。

 

「後で夕飯食いに戻ってくるぞ」

 

「分かってるわよ」

 

 俺はユッキーの返答に満足して駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって空崎沿岸部は、東扇島東公園。

 

「んっ…や、ややっ?」

 

「お。お目覚めかや?」

 

 ベンチに寝かせていた源が意識を取り戻した。解毒剤も効いたようで何よりだ。

 

「私が連れてきたのよ」

 

「いや嘘つけ!源を背負って来たん俺やで!?」

 

 何自分がやりましたみたいにしてくれてんだ。

 

「師弟となる以上、互いがなんのために戦うか志を理解しておく必要があるわ」

 

「無視ッ!?」

 

「疾風は帰ってもらえるかしら」

 

「辛辣ッ!!」

 

 だが、その言葉の裏にある意図が汲めないほど俺もバカではない。俺はとりあえずユッキーの家に戻ることにした。

 

 あの2人にとって大切な話だから。

 

 あれは2人の最初の思い出になるものだから。

 

 

………ユッキーから以前聞いた話を思い出した。

 ユッキーは生まれも育ちも空崎だという。だが、今ほどこの街に思い入れはなかったらしい。別に嫌いでも、好きでもない、そんな考えだったと。

 

 しかし、彼女もまた己の"師匠"からこの景色と師匠の想いを聞いて、この街に愛と誇りを持てるようになったという。

 

 正直、俺は空崎という街に対して愛着が今だに湧かない。

 ただ、その話を聞いて工場の夜景を見た時、その幻想的な光景だけは心から好きだと思えた。

 ユッキーは『国の動脈〜』とか『人の営みだから〜』とか立派なこと言うんだろうけど、俺は単純にこの景色がああやって、人々の思い出になっているのが素敵だと思った。綺麗だし。

 

 すっかり見慣れた、でも見飽きはしないこの街を駆け抜けてユッキーの家に向かう。まだ夕飯もらってないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜モモside〜

 

 

 

 

 師匠の想いを聞いた夜は明けて、早朝。修行が本格的に始まることになった。

 

「スパイスを使って強くなるといっても、基本ができてなければ意味がないわ」

 

「押忍、師匠!」

 

 体力作りの一環、ということでランニングをしている。疾風先輩も一緒、なのは分かるけど…

 

「すごい…いつもそれで?」

 

「せやねー。慣れたらおもろくしてぇなぁ、とか思うてさ」

 

 先輩は手首足首に重りを付け、後ろ向きで目をつぶって一定のリズムを保ったまま走っている。

 

「さすがに私もあそこまではしないわ」

 

 ポンッ。気づいたらほっぺにスタンプが押されていた。

 

「この最中も!?」

 

「常在戦場」

 

 すると、師匠は指を唇に当てて私の方を見た。『静かに』っていうことなのかな?でも、なん───っ!?

 師匠は針のようなものを音も立てずに先輩に向かって投げつけた。危ないっ!!

 

「ユッキーなぁ…お友達パンチ(フレンドリーファイア)にも程があるんやない?」

 

 先輩は全く動じることなく、前に突き出した手の人差し指と中指で挟んで止めた。しかも目つぶったまま。

 

「すごっ…」

 

「俺、ツキカゲでいっちゃん気配に敏感やもん。さすがにスパイスなしでこれできる奴は俺以外におれへんよ?でも、常に警戒心持つんは大事やで」

 

 ほなね、と言い残して先輩はペースを早めて行ってしまった。つくづくすごい先輩だ。

 

 その後、私は師匠と同じ武器──日本刀で戦うことになって倒れるまで素振りをやったり、『どんな環境にも備えておく』ということでまだ冷たい川を泳いだり…覚悟はしてたけど、やっぱり厳しいなぁ……。

 

 そして今。

 

「あ〜…」

 

 教室で五恵ちゃんのマッサージを受けてる。なんというか、こう…的確にいいところを突いてくるというか…

 

「どんなもんよ?」

 

「すごく大変だけど、なんとかなりそうだよ!」

 

 

 

 

 

……なんて、ブイサインで言ってたこともあったなぁ…と思うようになるのは3日後。

 

 顔中スタンプだらけで、体を少し動かすだけでもすっごく痛い。

 顔色最悪で机に突っ伏す女子高生がいた。

……というか私だった。

 深結ちゃんと廊下ですれ違った時、目を見開いて驚かれるくらいにグロッキーらしいです。

 

「あっあ"あ…体中が…つらいよぉ……」

 

「あうぅ…」

 

 今日も今日とで五恵ちゃんからマッサージを受けているけど、もはや気持ちよさを感じる余裕すら私の体にはないみたいだった。

 

 私のスマホが師匠からのメッセージを受け取る。

『屋上』、というたった2文字で私の気分はもう憂鬱。いや、覚悟はしてたし、諦める気もないけど…それはそれとして、つらい。そんな気持ちがかろうじて私の体を動かす。

 

「あぁ…行かなくちゃ……」

 

 教室を出ると2人の話が聞こえた。

 

「大丈夫かな?」

 

「根拠はないけど大丈夫!」

 

……メイちゃん、そんな無責任な保証は聞きたくなかったよ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜疾風side〜

 

 

 

 いつも通り屋上でグダる俺。だが、今回は珍しくユッキーもいる。

 もっとも、ユッキーは俺と違って授業が終わってから来たんだが。

 

「ユッキーは源のこと、どう思てん?」

 

「どういうこと?」

 

 ユッキーは怪訝な顔だった。

 

「や、興味本位やて。思った以上にスパルタやったからさ?例えば、俺やったらみゅーは俺んとっては大切な妹で、自慢の弟子やろ?」

 

……基本、弟子は1人しか取れないんだから、そりゃ1番だろうという意見は聞こえないフリで。

 

「ユッキーは"弟子として"どう思てんやろなぁーって」

 

 あれほど頑なに弟子を取ることを渋っていたユッキーが源を選んだのか、俺はちょっと不思議だったのだ。

 ユッキーは少し間を置いて答えた。

 

「未熟な弟子」

 

「思ったより悩んだな」

 

「でも、鍛え甲斐のあるかわいい弟子よ。もちろん、本人には言わないけど」

 

「…さいですか」

 

 思わず含み笑いが漏れた。やっぱこいつはツンデレだ。

 そう思った時、グロッキーな状態の源が来た。

 

「わーお…」

 

 深結から聞いてたし、自分でも見てたから知ってはいたがそれ以上だった。

 が、ユッキーは同情も慈悲もなかった。

 

「遅い。あと30秒は早く来られるはず」

 

「すみません師匠…体が痛くて……」

 

「体が痛いと言えば、敵は攻撃をやめてくれるの?」

 

「うぅ………」

 

 ユッキーの意見は正論だ。むしろ、その事実を利用して畳み掛けられる可能性だってある。というか、俺だってそうする。

 

「"ハチミツ抜き"という合言葉は甘さのないスパイの生き様を表したものよ」

 

 え、マジ?

 

「ごめんユッキー、俺その事実今初めて知った」

 

『え、嘘でしょ?』みたいな顔でこっち見られても。俺、生まれてこの方1度も嘘ついたことねぇよ。

 

「じゃあ、"ガラムマサラ増し増し"にはどんな意味があるん?」

 

「それは初芽か深結にでも聞きなさい」

 

「ひでぇ!?」

 

 絶対ユッキーも意味知らねぇんだろ。

 

「ともかく、あなたが身を置こうとしているのはそういう世界。嫌なら立ち去りなさい」

 

「せやね、生半可な考えで動くと即行、死と隣り合わせやし」

 

 一転して真面目に頷く。大袈裟でも脅しでもなく、本当に1歩間違えばゲームオーバー(死ただ1つ)。そういう世界だから。

 

「この後のスケジュールよ」

 

「うっ…」

 

「んー見せてちょーd…Oh…」

 

 いや、確かに下手なことすれば死ぬとか、1歩間違えばゲームオーバーとか思ったけどさ?何この分刻み&びっしりのスケジュールは。こっちが原因で源が死ぬんじゃね?

 まぁ、俺が声かけてやれることって言ったらこれくらいだ。少々、無責任だが。

 

「………頑張れ」

 

……この言葉に源が落胆したのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方。

 

 俺はなんとなく、あてもなく散歩していた。そのせいで街の連中からは『ナワバリの見回り』扱いだ。もっとも、慣れてしまったことだが。

 

 日も落ちてきて、人も減った道を歩いていると、見覚えのある2人がランニングしていた。源とユッキーだった。

 人もいないし、今なら様子見に行けるかと思って道路を突っ切って渡った直後、源が派手に転んだ。

 ユッキーはいつもの冷めた表情で弟子を見下ろす。

 

「早く立って」

 

「うっ…あぁ……」

 

 源はすぐに立ち上がれず、涙ぐんだような声で呻くだけだ。

 

「置いて行くわ」

 

 あーあ、そりゃそうもなるわな。俺はバッグの中から絆創膏を出してやる。

 

「そりゃアカンよ源」

 

「疾風先輩……」

 

「もしかして『少しくらい心配してくれたっていいのに』とか思てへんやろね?」

 

「うぅ………」

 

 分っかりやすーい。

 

「そんなんやったらユッキーも呆れるわけやわ。ゆーとくけど、それでユッキーは手ぇ貸してくれへんで?もちろん俺もな」

 

 もうすっかり先へ行ってしまったであろうユッキーの背中を見やる。

 

「一応、言っとくけど源のスケジュールを見て『大変そう』とは思っても『かわいそうに』とは思われへんよ」

 

 "共感"はすれども"同情"はしない。

 俺もそれが嫌いだから。

 

「はい………」

 

「んなわけで、早よ行きぃ?ほれ、GO」

 

「うぅ…っ」

 

 擦りむいて、さらに重たくなった足取りで力なさげに走る源を見て、俺はスマホを取り出した。

 今日の深結に急用がないといいんだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり日も落ちて、街の灯りが夜道を照らす頃に源が戻ってきた。てか、ユッキーもどんだけ走らせたんだ。

 

「師匠…」

 

「おかえりー、チミの師匠殿は道場におられるで」

 

「なんで、先輩がここに…」

 

「ちょいとな」

 

 源に道場を覗いてみろ、と促す。

 中では既に戻っていたユッキーが道場着に着替えて素振りをしていた。しかも、こないだの早朝ランニングの俺みたいに重りを付けて。相変わらずストイック。

 

「こんばんはモモちゃん」

 

「初芽さん!?」

 

 コートを着たはっちゃんがニュルッと現れた。手には紙袋。

 

「あら、疾風くん珍しいですね。今日は雪ちゃんの家に行く日ではないですよね?」

 

「ちょいと気まぐれにな。はっちゃんこそ、荷物持ってどないしたん?」

 

「『筋肉痛がつらそう』と、深結ちゃんとごえちゃんから聞いたので、お友達として差し入れを…揉みしだきベルト1号です!」

 

 紙袋から取り出したのは笑顔マークがついた橙色のベルト。

 いや、待てい。"揉みしだきベルト"だと?

 

「まさかそれ、試作品やなかろうね?試運転したんやろうね?」

 

「安心してください!ちゃんと今回は深結ちゃんと一緒に最終チェックしました!」

 

 ホッ、とひと安心。危うく源の筋肉痛が悪化するところだったぜ。

 

「雪ちゃんは稽古中ですね。それじゃあ、お邪魔しました♪」

 

「あ…あの」

 

 帰ろうとしていたはっちゃんを、源は引き止めて訊く。

 

「師匠はいつもあんな風に訓練を?」

 

「はい。小さい頃から毎日毎日ですね」

 

 ユッキーのあの能力の高さは確かに才能もある。だが、常に己の実力を過信せず、努力を続けてきた成果が1番の理由だ。

 

「『積み上げた努力と、その成果』」

 

 以前、彼女が言っていた言葉。

 

「この言葉の重さ、言い訳の前によく考えてみぃ?ちったぁ置いてかれた意味、分かるんやない?」

 

 源は目を見開くと、道場に入って竹刀を手に取った。

 

「師匠、私…浮かれてました!それで甘えて、転んでました!すみません!」

 

「起き上がったのなら、ついてきなさい」

 

「はい!ついて行きます!」

 

 素振りをする2人から汗が弾けてきらめいた。あの2人はいい師弟になりそうだ。

 

「疾風くんは2人を心配してくれていたんですね」

 

「さぁ?俺は気まぐれに来てみただけやで?ほな、真っ暗なんやし送ったるわ」

 

「ふふ、そうですか♪」

 

 お言葉に甘えます、とはっちゃんは微笑んだ。

 やれやれ、兄弟子ならぬ姉弟子にはお見通しらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の屋上。

 

「よいっと…Oh」

 

 珍しく授業に出席して(クラスの連中にも教師にも怯えられた。居心地悪いったらない)昼時だからと屋上に来たら既に先客がいた。

 

「あ、お先に失礼してるよふーくん!」

 

 俺のことを"ふーくん"などと呼ぶのは今のところ1人だけだ。

 

「マジかいなメイメイ」

 

 今日もゴキゲン、サイドテールのメイメイだった。

 

「お邪魔してまーす…」

 

「あはは…」

 

 源とごえちーまでいた。あれか、さてはメイメイに連れて来られた感じか。

 

「一応、俺のテリトリーなんやけどなぁ」

 

「ごめんごめん、代わりにメイのお弁当のおかず1つと…ほいっ」

 

 メイメイはバッグをまさぐると封筒を投げてきた。B5サイズくらいのあまり大きくはない茶封筒。

 

「それで見逃して?」

 

「何やこれ………っ!?」

 

 中に入っていたのは写真だった。

 しかもただの写真じゃねぇ…例の透明クリームの効果が消えかけて恥じらい、慌てるごえちー……だとっ!?

 複数枚、どれも局部が見えないが、赤面していてしっかりエロさがある……!!

 

「どうかな?」

 

「許した」

 

 俺は大満足の笑みで親指を立てた。

 もう全俺が超即刻満場一致で許した。無罪だったイノセントだった。

 こんな素晴らしいものをくださる人間が有罪なはずがない。

 

 盗撮だって?はっ、俺は受け取っただけだ。悪いのは撮ったメイメイでもなく、こんな体に育って写真を撮られたごえちーだ。

 スパイとしてなってない。全くもってけしからん!

 被害者に罪をなすりつけるとんでもねぇ変態高校生の姿がそこにあった。

………つーか、俺なんだけどさ。

 

 結局、メイメイの弁当から卵焼きをもらった(本当は卵焼き全部もらって『はい、一種類(1つ)』ってやろうと思ったが止められた。抜け目ねぇ)。この素朴な味が割と俺の好みに合う。

 

 JK3人組の話題が源の訓練の話に変わっていく。

 

「10日もユッキーについてってるなんて、大したもんだよモモち!」

 

「確かにあの分刻みのスケジュール、うちの弟子やったらガチ泣きもんやね」

 

「この調子で試験もパスしてみせるよ!」

 

 源はガッツポーズ。やる気はよし、だが、そんなに試験は甘くないんだなぁ。

 確か源の試験の内容は…

 

「試験はね、メイとの鬼ごっこだよっ☆」

 

 あぁ、そうそう。メイメイが相手になるんだった。

 

「えっ?」

 

「鬼ごっこだからってナメたらアカンよ?鬼ごっこで求められるのは単純な運動神経だけやない。相手をどう追い詰められるかっちゅー戦略の組み方、相手の行動に対する瞬時の判断力も必要になる。これは任務中も大切になってくるしな」

 

 そう説明してやる間にも、メイメイは弁当を片付けて臨戦体制だった。

 

「難しい話は抜きにして、ちょっとやってみよっか!今、メイを捕まえられたら、この場で合格でいいよ?」

 

 あ、無理だこれ。俺は即、脳内断定した。

 だが、源はそんなことを知るはずもなく。

 

「っ!遠慮な…くっ!」

 

 飛びつくように捕まえにかかった源だったが、その手は見事に空を切った。予想通りの結果といえた。

 

「えっ!?」

 

「なっはは〜!捕まえてごらんなさ〜い?」

 

 身軽にひょいひょいっと手をかわしていくメイメイ。とうとうフェンスに飛び乗ると、

 

「ほっ!ははっ、と〜うっ!」

 

 下の階のフェンス、宙返りで別棟のフェンス…と飛び移っていった。

 すげぇだろ?あんなパルクールみたいな真似しといてスパイス使ってないんだぜ?

 つか、それはそれとして某ネズミみたいな笑い方はやめろ。

 

「Karu…waza!」

 

 ネイティブっぽく言えばいいってもんじゃねぇぞ源。

 

「はぁ…ごえちー、メイメイの忘れ物頼むで」

 

「はーい」

 

 ごえちーが屋上から去るのを見届けた後、呆然としたままの源に教室に戻るよう促した。

 

 源はまだ知らないだろうが、メイメイの身体能力、実はスパイス抜きならツキカゲトップクラスだ。

 多分、本気で競争したらユッキーすら上回る。

 そんな彼女と真っ向勝負じゃ勝ち目はないが、果たして源はどう策を打つかねぇ?

 

 

 




深結ちゃんと疾風くんのスパイの語源講座はウィキ先生参照。
さぁ、ここから更新速度が落ちるぞぉ〜………!

疾風くんとくっつけるヒロインっていても大丈夫ですか?(相手確定済み、妹じゃない)

  • 別にいいんじゃない?
  • むしろどんどんやれ
  • いや、ちょっとなぁ…
  • は?許さんぞ
  • どっちでもよくね?
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