この素晴らしい世界で運命を矯正する   作:翠晶 秋

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あの優しい悪魔に挨拶を!

 

「カズマ!今日のご飯は蟹よカニ!超上物の霜降り赤ガニだわ!しかも、高級なお酒までついて!ダクネスの実家から、いつも娘がお世話になっているお礼ですって!」

「あわわ……。貧乏な冒険者稼業についていながら、まさか霜降り赤ガニなんてものをお目にかかれるとは……」

 

カズマが帰って来たのか、リビングからアクア達のはしゃぐ声が聞こえる。

そんな中、俺はキッチンでカニを茹でている。

酢や醤油の準備も済ませたし……。よしよし、うまく茹でられたな。

 

「カニがゆであがりましたよー。ダクネスさん、並べてくれますか?」

「わかった。いま、そちらに行こう」

 

ダクネスが並べた先から、次々にカニを手に取るパーティーメンバー。

俺も食べよっと……。あむ。

 

「!?」

 

あまりのうまさに驚いた。

カニ特有のうまみが口内にいっぱいに広がり、そしてそれは日本の量産されたパック寿司のソレとは話が違う。

バッと辺りを見渡しても、みんなカニのうまさに驚いているようだ。

よかった、カニ一つでここまで驚いてるのが俺だけじゃなくて。

 

「カズマカズマ、ちょっとここにティンダーちょうだい。美味しいお酒の飲み方を教えてあげるわ」

「『ティンダー』」

 

鍋に網を置いて造った七輪にカズマが火をつける。

カニ味噌を既に平らげたアクアはそのわずかにカニ味噌の残った甲羅に酒を注ぎ、七輪の上に置いた。

熱燗にしたソレを指先で持ち、上機嫌に一口啜るアクア。

そして。

 

「ほう……っ!」

 

実にうまそうに息を吐いた。

ごくり、とアクア以外のその場の全員がつばを呑む。

アクアの真似をしながらチラリと横目でカズマを見ると。

 

「…………!!」

 

めっちゃ迷ってる……!

それもそのはず、ここで酒を飲んで泥酔すると、サキュバスサービスによる夢が見られなくなる。

まあ俺は予約してないからお酒飲めるんですけどね!

 

「んく。……っ!?これはイケるな、確かにうまい!」

 

はいダクネスさんによる追撃入りましたー。

 

「ヨータも飲んでみろ。そろそろ飲み時じゃないか?」

「あ、じゃあいただきましょうかね。ずずっ……」

 

あーおいしい!

ただでさえ美味しい高級酒が、カニの風味を纏って、これを報酬に出されるなら魔王軍幹部に殴りこみに行く自信がある。

ごめんカズマ、この味を知ってしまったら、もう飲まないというのは無理だ。

ダクネスもカズマに酒を勧めるが、夢を見たいカズマさんはかたくなに酒を飲もうとしない。

ついにカズマはすくっと立ち上がり、ジャージの襟を直し、キリッとした爽やかな笑顔で言い放った。

 

 

「それじゃ、ちょっと早いけど俺はもう寝るとするよ。ダクネス、ご馳走さん、お前ら、お休み!」

 

 

 

 

「カニもお酒も、美味しかったですねぇ。ダクネスさん、ごちそうさまです!」

「まったく、カズマさんたらどうしてこんな美味しい物飲まないのかしら」

「結局一口も飲めませんでした……。ダクネス、恨みますからね」

 

その後、カニを平らげた俺達はしばしの雑談の後、就寝の時間を迎えた。

 

「みんなが喜んでくれたようで何よりだ」

 

屈託なく笑うダクネス。

……の、隣に浮いてやがるアンナ=フィランテ=エステロイド。

俺の顔をじいっと見つめると、ダクネスを指さし、次に浴場を指さした。

そういえば、お風呂シーンとかあったなぁ。

小さめに頷くとアンナは壁をすり抜け、浴場に向かう。

 

「あぁっ!?今、ゴーストがお風呂の方向に行ったわ!」

「はいはい、分かりましたから酔った勢いで変な事を口走るのを止めてくださいね」

 

アクアがとち狂った事を言い出し、めぐみんがそれを止めている。

まあ本当なんだけどね。善良なアンナをゴースト呼ばわりとは、許せぬ。

その状況を見てダクネスが微笑み、とんでもない事を言い出した。

 

「ふふふ。さて、そろそろ私たちも眠る事にしよう」

「えっ」

 

それは困る。

なぜって、お風呂シーンが……!

 

「だっ、ダクネスさん、寝る前にお風呂入りませんか?」

「む?既に風呂には入ったし……。し、しかもお前はその見た目でも中身は男なのだろう?その、それって……」

「いっ!?いやいや、そうじゃなくてですね。カズマ……じゃない、今夜は月が良く出ていますし、こんな時間にもう一度お風呂に入るのも良いと思いますよ、ハイ」

「な、なんだ?やけに押すな……。ま、まぁ、そこまで言うのなら入ることにするか」

「よしっ」

 

後は任せたでぇ、アンナぁ……。

 

 

 

 

ダクネスが風呂に入って数分後。

めぐみんは既に自室に戻り、俺は読書をしていたのだが。

机に突っ伏していたアクアがバン!と跳ね上がり、後ろにまとめた髪がピクピクと動く。

 

「あ、アクアさん……?どうしたんです?」

「悪魔がいるわ」

「えっ……?」

「悪魔がいるわ」

「ヒィッ!?」

 

振り向いたアクアの顔は、こっちの方が悪魔なんじゃないかと思うほどだった。

ゆらりゆらめくアクア様は右手を光らせ、階段を上った。

そして数秒後には、屋敷中にアクアの大声が響き渡るのだった。

 

「このくせ者ー!出会え出会え!皆、この屋敷にくせ者よーっ!!」

 

走る途中で飛び起きためぐみんと合流、カズマの部屋に突入する。

部屋の中心でうずうまっていたのは、今やおなじみロリサキュバス。

バタバタと駆け上がってきたカズマさんもやってきて、サキュバスは「お客さん……」と目を丸くする。

 

「さあ、観念するのね!今とびきり協力な対悪魔用の……。カズマ?なにやってんの?その子は悪魔なの。カズマの精気を狙って襲いに来た、悪魔なのよ?」

 

カズマはタオル腰簑という下手したらセクハラになりかけない姿で、ファイティングポーズをとる。

その姿にアクアが眉をひそめるが、今度は慌てたような声が後ろから響いた。

 

「アクア、恐らく今のカズマは悪魔に魅了され、操られている!先ほどからカズマの様子がおかしかったのだ!」

 

髪も濡れている、顔も上気している……。

これは相当楽しんでますわ。

 

「どうやら、カズマとはここで決着をつけなきゃいけないようね!……よ、ヨウタ?なんで来るのかしら?一応、あなたも男の子なのよ?」

「『くくく……。我が主を傷つけると言うのなら、この我を倒してからにするのだな』」

「ヨウタ!?」

「ま、まさかヨータまで……?おのれ悪魔め、ヨータが執拗に風呂を勧めて来たのはお前のせいか!そ、そこで私にあんな、は、は、辱めを……!」

 

カズマと二人でサキュバスを背後にかばい、逃げるようにジェスチャーをする。

 

「このサキュバスを傷つけると言うのなら……。かかってこいやああぁぁぁぁッ!!」

「『さあ、始めよう。女神っぽさの欠片もない自称女神に、一日一回しか使えない胃痛を増やす専門の魔法使い。そして、風呂で寝ている男に裸体を晒す、痴女クルセイダー!!』」

「お、お客さーん!!と、知らない人ぉー!!」

 

確かに我、部外者だったわ。


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