「明日はダンジョンに行きます」
「嫌です」
「行きます」
パーティーに入ってから───つまり、カズマが首ちょんぱされてから一週間。
アクアの診断によると戦闘してもよいほどに血液が回復したらしいので、本格的に活動を再開するようだ。
「嫌です嫌です、だってダンジョンなんて私の存在価値
「そんな事はお前を仲間にする時に俺が言ったろうが!そん時お前、荷物持ちでもなんでもするから捨てないでって言ったんだぞ!」
なるほど、今日はあれか、キールのダンジョンに行くやつか。
凄腕の魔法使いがお嬢様をさらって立て籠ったって言う。
めぐみんはカズマに襟首を掴まれ、観念したように項垂れていた。
何にも役に立てないことを言っているらしい。
「まあ安心しろよ、ついて来るのはダンジョンの入り口までで良い。ダンジョンへの道中、危険なモンスターと遭遇したらお前の魔法で蹴散らしてくれ」
「へっ?入り口まででいいんですか?」
「でも、何でいきなりダンジョンへ行くなんて言い出したの?ダンジョンに行くなら、パーティー内に盗賊は必須よ?最近ギルドで見かけないんだけど、クリスは?」
クリス。
カズマにパンツをむしりとられ、有り金も押収された被害者。
謎多き彼女は、「昔世話になった先輩に理不尽な無理難題を押し付けられた」らしい。
「あれじゃないですか?カズマさん、盗賊のスキルを覚えてるからじゃないですか?罠発見とか」
「そうそう……あれ、なんでお前が知ってんの?誰にも言ってなかったはずだけど」
……しまった。
カズマのスキル習得は、ダンジョンに行く会議の時に初めて露見するんだった!
「や、やだなー、言ってたじゃないですか、この前。ダンジョンに行くためにスキルを覚えたぜ!みたいな事を」
「あれ?そうだったか?言ってたっけ?」
「言ってました言ってました!」
あ、あぶねー。
危機回避。
この先の展開を知っている俺が話に加わるとろくな事が起きない。
今は会話を聞き流そう。
なんか、ダクネスが頬を染めてるけど。
気になるけど、絶対に聞かない。
◇
街から半日ほど山へと歩き、その
唐突に現れたログハウスの近くの岩肌に、ぽっかりと空いたいかにもなダンジョンの入り口。
内部をそっと除くと、天然っぽい見た目とは裏腹に、綺麗に整備された階段が奥へと続いていた。
キールのダンジョン。
その昔、キールという名の稀代の天才と呼ばれたアークウィザードが、一人の令嬢に恋を───回想するのめんどくさいからこの先は『この素晴らしい世界に祝福を! 中二病でも魔女がしたい!』を買って読もう!
……俺は今誰に話しかけたのだろうか。
「よし。それじゃあ、ここから先は俺一人で行って来るから、お前等はそこの避難所で待っててくれよ。一日経っても帰って来ない様なら、街に戻ってテイラー達に助けを求めてくれ。……っていっても、今日は偵察と実験を兼ねてお試しで潜るだけだから、すぐ帰ってくるよ」
アーチャーのスキル、《千里眼》があれば、暗視が可能だ。
これだけで、灯りを頼りに冒険者を襲うモンスターには見つからなくなる。
さらに、盗賊スキルの《敵感知》と《潜伏》を使えば、モンスターに出会う前に迂回、見つかったとしても隠れてやりすごす事ができるわけだ。
冒険者ってスゲー。
「じゃあ行ってくるよ。寒いしモンスターに遭遇するかもしれないから、のんびり待っていてくれ」
っと。カズマがダンジョンに入っていった。
それを見たアクアが、「まったくしょうがないわね」と呟きカズマの後を追っていく。
今、一人の方が好都合だと言われたばかりなのだが。
「すみません、行ってきます」
「すまないヨータ。アクアを頼んだ」
苦労人同士の目線を交わし、続けて俺も入っていく。
カズマは千里眼による暗視、アクアは女神パワーで暗闇くらいなら見通せる。
では、俺はなんなのかと言うと。
俺のスキル、《太陽化》の派生に、《暗視》があったのだ。
なぜ暗視なのかは知らないが、なぜ《太陽化》の派生なのかは分かる。
「お
カズマの暗視実験の時に一緒に実験したが、これがまためちゃくちゃに明るい。くっきりはっきり。
サーモグラフィーの比じゃないぞ。
「……俺の話聞いてたか?一人で行動した方が良いんだって。お前、一緒についてきても真っ暗で何もできないだろ。……ヨウタも、なんでついてくんだよ」
「あ、俺はアクアのお守りに」
「ちょっと二人とも。この私が誰だか忘れてない?」
「借金の神様だろ?」
「疫病神じゃないんですか?」
「ちっがうわよせめて宴会の神様で止めておいてよ!」
宴会は良いのか。
あ、アクアが水の女神(自称)であることは既に本人から聞いている。
カズマは「信じたくないけどな……。そうなんだよ……」としきりに嘆いていた。
アクアは「一応」女神らしいので闇程度なら見通せるそうな。
一応。
さらに、ダンジョンとは大抵アンデッドがいるから、「一応」アークプリーストであるアクアが重宝するよ!と。
一応ね。
◇
ずうっと階段で飽きてきました。
結構な距離を歩いていると思うのだが、未だに通路に出られていない。
「ねえ二人とも、暗視はちゃんとできてる?曇り無き私の眼には、二人がおっかなびっくり歩いている姿がばっちり見えているのだけれど」
「見えてるよ。お前が、物音がする度にいちいちビクついてる情けない姿がちゃんと見えてる」
「バカな事言ってないで、それよりも転ばないようにしてくださいねー」
だんだんと苔が多くなってきて、滑りやすくなっている。
「そう。私は何かあったら走って逃げられる程度には見えてるから、モンスターが接近してきたらいってね。あと、ちゃんと見えてるんだから、暗闇に紛れてお尻触ろうとしたりしないでね」
「安心しろ、お前のお尻を触ろうだなんてバカな事考えないさ。それよりもどうやったらこの中にお前を置き去りに出来るかを……わっちゃあ!?」
「カズマ!?」
「カズマさん!?ああ、注意しないから!」
軽口を叩こうとしたカズマは苔に足を滑らせ、階段を跳ねるように転げ落ちていってしまった。
「アクアさん、行きますよ!」
「ねえ、もしかしてこのまま帰ればカズマさんから小言を言われなくなるんじゃないの?」
「同時に借金が全部アクアさんのとこに請求されますからね。ほら、行きますよ」
洞窟に響く「ああああああ…………」の声を追うように、階段を駆け下りることおよそ二十秒。
カズマが尻を押さえてうずくまるこの空間は、通路と言うよりは部屋だろうか。
「ねえカズマさんどんな気持ち?不注意で階段から落っこちて「あああああ」って叫ぶってどんな気持ち?」
「うるさい。いてて……」
「何も無いですね~。引き出しもタンスも、ろくな物が無いです」
「あそこの宝箱は?」
「敵感知に反応がある。あれ、擬態したモンスターだ」
そう。ぱっと見宝箱にしかみえないこれはダンジョンもどき。
宝箱に擬態して、開けようと近づいた冒険者を襲うらしい。
中には、冒険者そのものに擬態して人を襲うモンスターを捕食するものもあるのだとか。
「『フレア』」
ばくん!どかあん……
フレアを投げつけた瞬間、火の球を飲み込む様に壁全体が動き出す。
大きな口で火球を呑み込むと、その火力に爆裂四散した。
くくく、モンスターごときがこの我をだまそうなど二十光年早い……おっと、危ない危ない。
「よし、経験値がおいしい。やっぱり、たくさんのモンスターや人間を食べてるだけはあるな。それじゃあ、いきましょうか」
「よ、容赦ねえなお前」
そして、しばらくの間探索が続いた。
「『ターンアンデッド』!」
この道中で浄化したアンデッドモンスター、実に六十。
ちと、多すぎやしませんか?
アニメや小説で表現された量よりも多めなアンデッドに辟易しつつも探索をし、結局は行き止まりについてしまった。
「なんだ、行き止まりか」
「ここらが潮時でしょうね。帰りましょうか」
えっ、それは困る。
なんでって、このままだとキールに合わないじゃないか。
そうするとこのダンジョンには持ち主がいることになり、後に来るバニルにも……。
「ちょ、ちょっとまってください!」
「?どうしたの、ヨウタ」
「まだ、ここら辺調べて見ませんか!?ほら、なんか怪しいというか!」
「つっても、行き止まりだろ?さすがに……」
「……確かに、まだかすかにアンデッド臭がするわね。ありがとヨウタ。カズマ、もう少し調べて見ましょう?」
ふう。なんとか軌道修正できたな。
その後、三人でここら一体を調べ、それでも何も出ず、俺の焦りが最高点に達した頃……。
アクアが休憩のために背中を預けた壁が、パズルのピースが外れるかのように消えた。
隠し扉だ。しかも、俺たちがなにかしたわけじゃないいので向こうから開いたパターンの。
「そこに、プリーストがいるのか?」
その奥から、くぐもった声が聞こえてきた。