恐る恐る部屋に入ると、ちいさなベッドとタンス、テーブルと椅子のみしか無かった。
骸骨に皮が張り付いたままのような不気味な外見をしたリッチー、伝説の天才魔術師キールはその椅子に腰掛けていた。
「やあ、初めましてこんにちは。いや、外の時間は分からないからこんばんはかな?」
「多分昼間ですよ」
「そうか。じゃあこんにちはだ」
骸骨は微笑むと、深く息を吸って口を開いた。
「私はキール。このダンジョンを造り、貴族の令嬢をさらった、悪い魔法使いさ」
そうして、キールは自らの身の上話を喋り始めた。
令嬢に恋をしたこと、その令嬢は王に献上された妻であり、いじめられていたこと。
一度は諦めたこと、魔術に没頭して国一番の魔法使いになったこと、報酬として令嬢をさらっていったこと、それが原因で国から追われたこと。
……あれ、おかしくね?
「ちょっと待って。報酬の内容は『お嬢様をください』なわけだろ?キール」
「ちょ、ヨウタ空気を読めよ」
「いや、カズマさんも考えてみてください。報酬として令嬢をもらったんですよね?王様は『望みをなんでも叶えよう』って言ったわけだし、令嬢を持って行って国から追われる必要あります?」
報酬ならなんの問題も無いはずだ。
今でも、なにかの報酬に極上の女を望む冒険者もいるはずだ。
悩む俺にキールはカカカと喉を鳴らす。
「いい所に気がつくじゃないか。教えてあげよう。私は、恐れられたのさ」
「恐れられた?」
「そのときの私は、確かに実力を持っていた。それこそ、王様を倒して新たな王に君臨できるほどに。つまりは、国は最初から私を生かそうとは考えてなかったのさ。手頃な強い駒として使えるだけ使い、報酬を渡して油断している所を殺す。そうすれば、乗っ取られる心配もないし報酬も手元に帰ってくるだろう」
「なるほどな。んで、お前はそれに抵抗してお嬢様と逃避行、ダンジョンを造って籠もったというわけか」
「そういう事だな。んで、そのお嬢様にプロポーズしたら二つ返事でオッケーもらえたってワケだ。おっと、ちなみにそのお嬢様が、そこにいるお方だよ。どうだ、鎖骨のラインが美しいだろう」
キールは鉛筆よりも細い指で一点をさす。
そこには、白骨化したお嬢様とおぼしき女型の骸骨が、綺麗に並べられていた。
あ、そうそう。骨って、男は角が多くて、女は丸みを帯びているんだよ。
今後、骨を調べるときに役に立つね。
……いや、骨を調べる時っていつだよ。
「で、だ。そこの女性に、ちょっと頼みがあってね」
「頼み?」
「私を浄化してはくれないか。彼女は、それができる程の力を持ったプリーストだろう?」
◇
部屋の中央で、アクアが一言一言、祝詞を噛みしめる様に唱える。
本来ならキールを浄化出来るサイズでいいのだが、アクアは気合いを入れて部屋全体に魔方陣を張り巡らせていた。
キールは、逃避行の最中に瀕死の重傷を負い、彼女を守り抜くために人である事を止めてリッチーになった。
今、俺が見下ろしている物言わぬ彼女は、それをどう思ったのだろうか。
自分の為にリッチーになったことに、その忠誠心に喜んだか。
それとも、同じ時を歩めなくなってしまった事に悲しんだか。
「どっちにせよ、この世は世知辛いよな」
はらはらと地面から舞い上がる浄化の光に包まれる彼女に、俺は祈りを捧げる。
心なしか、微笑んでいる様に見えて……。
ここで、俺はお嬢様の枕元に簡素な装飾の付いたペンダントが置いてあるのを見つけた
こんなもの、小説やアニメには無かったはずだが。
「ああ、それか。ダンジョン内を散歩していたら、落ちていたものでね。彼女に合うかと、持ってきたんだ」
ペンダントを見つめる俺に気がついたのか、浄化真っ最中のキールが声を掛けてきた。
「気に入ったのならそれも持って行くといい。どうせ私にはもう不要な物だ」
「…………」
「それにしても助かったよ。リッチーが自殺だなんてシュールな事はできないのでね。朽ちるのを待っていたら、とてつもない神聖な力と太陽のような明るい光を感じたものでね。夢から覚めたってわけさ」
そこで、アクアの祝詞が終わった。
終わってしまった。
キールが、アクアに感謝するように頭を下げる。
「『セイクリッド・ターンアンデッド』!」
厳かな声で放たれた呪文は、しかし部屋中に響き渡ると魔方陣にさらなる輝きをもたらした。
光の粒子に包まれるキールとお嬢様は、いつの間にやら消えていた。
再び暗闇に包まれる部屋のなかで、カズマがぽつりと呟く。
「……帰るか」
◇
「なあ。あのアンデッド、またお嬢様に会えるかな?」
「……どうかしら。まあ、エリスならなんとかしてくれるでしょう」
帰り道、カズマはモンスターに気づかれるかもしれないのに、アクアに話しかけていた。
雰囲気に耐えられなくなったのかもしれない。
行きの際にアクアがチョークでつけた目印を頼りに、通路を進んで行く。
しばらく俺を抜きにした会話が続いた。
「あのさ、あいつが言っていた事だけど」
「……何?」
「……あの人さ。とてつもない神聖な力と太陽のような明るい光を感じて目覚めたって言ってたけど。このダンジョンで、やたらとアンデッドに出会うのって、別にお前らと一緒にいるからじゃないよな?」
「!?」
「ぶっ!?」
まさかの俺も巻き込むタイプですか。
うまく聞き逃したと思っていたのに!
アクアは一昔前のブリキロボみたいに肩を振るわせながら、絞り出すような声で口を開いた。
「そそそ、そんなことー……ないと、思うわ…………?」
「そういえば、以前デュラハンが攻めてきた時も、お前やたらとアンデッドナイトに人気だったよな」
「ちょっと待って、それは俺無関係じゃないですか!?」
じりじりと、無言で俺たちから距離をとる先輩。
「か、カズマ……?どうして離れているのかしら?いつモンスターが来ても良いように、私たちもっと近くにいるべきなんじゃないの?そ、それに!チョークの印が、果たしてカズマの貧弱な暗視で確認できるのかしら!?」
カズマが、図星を突かれたように顔を歪める。
「そ、そうですよ!僕なら見えますけど、地の利は僕とアクアにありますよ!?ほら、そうだと決まったらもっと近づいてください!いつでもモンスターに対抗できるように備えを……!」
アクアと俺がダンジョンの通路で騒いでいると。
ダンジョンの闇の奥から、獣の咆哮が聞こえて来た。
同時に、ずしんずしんと巨躯が動く音がする。
敵感知でもしたのか、カズマの顔が引きつった。
一度音のした方を向いて、もう一度カズマの方に振り向くと……
「……な、なんで気配が感じ取れないんですか?なんで一人で潜伏してるんですか?謝る、謝りますから俺にも潜伏使ってくださいよ!」
「ね、ねぇカズマ?何一人で潜伏してるの?ごめん、ごめんなさい、私が悪かったわ、私にも潜伏スキルつかってよ!ねえ、助けてくださいカズマ様!!」
その日、俺とアクアはカズマを探し、モンスターから逃げながらダンジョンを駆け巡るというハードなスケジュールをすることになったのだった。