博麗神社の駄目神   作:温野菜生活

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「守矢神社の神様になればいいじゃない」

 

 幻想郷。それは妖怪や神といった、現在では存在が否定された、御伽噺の中だけの存在だと人々に忘れられた者たちが集う”最後の楽園”。

 そこでは今もなお、人々は魑魅魍魎を恐れ、神を尊崇する。この世で唯一、昔のまま時間だけを切り取った、そんな場所。

 

 幻想郷が起こりすでに百と幾十年。

 この幻想郷を治めるため、創設者たる八雲(やくも)(ゆかり)が特別な存在とし、人間の中から一人を選出し巫女させた通称”博麗(はくれい)の巫女”。

 幻想郷の始まりから代々、彼女たちはその身を里の平和のために捧げてきた。無論、中には妖怪との戦闘の末命を落とした者もいる。

 そんな幻想郷の平和のために尽力してきた博麗の巫女も今代で十三代目となり。

 

 

 これは十三代目の巫女と、博麗神社に住み着く一柱の神が織りなす物語。

 

 

 

 

 *+*+*+*

 

 

 

 

 幻想郷の東の端。石造りの階段を上りきった先にある鳥居を潜り抜けると見えるやや古びた神社。

 通称”博麗神社”と呼ばれるその神社では、今日も1日が始まる。

 

「おーい、霊夢(れいむ)ちゃーん。朝ごはんはまだかのー」

 

 神社の居住スペース。座布団に頭を置きグータラとしているのは、白の上着に黒の袴をという装束姿の黒髪の女。

 端整な顔立ちとその服装から青年のようにも見えるが、彼女はれっきとした女である。

 

 そんな彼女が台所へと続く扉へ向け、間延びした声で呼びかけると

 

「朝ごはん? あんたのはないわよー」

 

 帰ってきたのは、そんな少女の言葉だった。

 

「え……マジで? 儂の分ないの?」

「グータラしてるだけの奴に、ちゃんとした朝ごはんが渡ると思ってんの?」

 

 そう言いながらお盆に朝食を乗せやってきたのは、黒髪に大きな赤いリボンをつけた女だった。肩と脇を露出させた赤い巫女服に身を包んだ少女──博麗霊夢は女が寝転ぶ卓袱(ちゃぶ)台へ朝食を置くと、自らもまた腰を下ろす。

 無論、そこには女の分の食事はない。

 

「食いたきゃ仕事しなさい、この駄神」

「なにおー! 儂はこの神社の神様じゃぞ! 巫女たる霊夢ちゃんは、儂にお供え物を渡すのが普通じゃろう!」

「はて……この神社に神様なんていたかしら。穀潰しはいるみたいだけれど」

 

 霊夢の舌刀により、心を切り刻まれた女はさめざめと涙を流す。

 

「なんじゃなんじゃ、八坂(やさか)さん宅の東風谷(こちや)ちゃんは毎日毎日、朝昼晩と飯を用意してくれとるというのに。うちの娘ときたら朝昼晩と反抗期じゃわい……」

「誰が娘よだれが。てか、そんなに早苗(さなえ)がいいんだったら、守矢(もりや)神社の神様になればいいじゃない」

「なんじゃその冷たさは⁉︎ 霊夢ちゃんは儂がいなくなって寂しくないんか!」

「べっつにぃ? むしろ世話する奴がいなくなって清々するわよ」

 

 そっぽを向き、味噌汁を啜りながら呟く霊夢。そんな彼女の冷たい一言に「がーん!」と、ショックの度合いを口に出した女は

 

「霊夢ちゃんのアホー! 脇巫女! 貧乏神社!」

「あ゛あ゛、なんて言った⁉︎ ていうか、最後のはあんたのせいでしょうが!」

 

 子供のように悪口を言いつつ、そそくさと神社を離れる女。霊夢が追いかけるも虚しく、彼女は陽炎のようにその姿を眩ませ捕らえることは叶わない。

 逃したことを悟った霊夢は静かに元の場所に座り直し、再び朝食へと箸をつける。どうせ昼頃になったら、ケロリとした顔で帰ってくるのだ。追いかけたとて時間の無駄だと、長年の付き合いによって得た経験がそう語る。

 

「はぁ……お賽銭、入らないかしら」

 

 だが女の最後の一言は割と効いたのか、ポツリと言葉を漏らす霊夢。

 そんな霊夢の言葉も虚しく、今日も博麗神社では閑古鳥が鳴いていた。

 

 

 

 

 

 その頃、博麗神社を出て行った女はというと、妖怪の山と呼ばれる山にある神社──通称守矢神社へと訪れていた。

 

「──というわけで、霊夢ちゃんのところを家出してきたわけじゃ」

「なにが『というわけで』だ。言っとくが、ここに来ても飯は出ないよ。さっさと自分の神社に帰りな」

神奈子(かなこ)のケチー。博麗神社(うち)より儲かっとるんじゃから、朝飯くらいわけてくれてもええじゃろ」

 

 ぶーぶーと文句を言う女に対し、この神社の表向きの祭神である八坂神奈子は額に青筋を浮かべ、その頭にアイアンクローをお見舞いする。

 ミシミシと音を立てる頭部に、女は悲鳴をあげながら涙を流していると

 

「神奈子様、かがり様、朝食をお持ちしました……って、お二方はなにをやられてるんですか?」

「はぁ……早苗、別にこいつの分まで朝食を用意する必要はないんだよ?」

「いえ、少々作りすぎてしまったので。それに、大勢で食べるのは楽しいですから!」

 

 そう言い笑う早苗。まるで聖母のような微笑みを浮かべる彼女に、神奈子のアイアンクローを抜け出したかがりは側まで行き

 

「やっぱり東風谷ちゃんは優しいのぉ……。どうじゃ、うちの神社に来る気はないか? もっと言うなら巫女をやってはくれんか?」

「えっ⁉︎ えぇっと、私はすでに諏訪子(すわこ)さまと神奈子様を信仰しているので……他の神様を信仰するのはちょっと……」

「大丈夫大丈夫! 一柱増えたぐらいなんでもないから、ってあいたたたっ⁉︎」

「なに私の大切な風祝(かぜはふり)に手ェ出してんだい!」

 

 再び炸裂する神奈子のアイアンクロー。そして絶叫するかがりと、慌てて神奈子を止めようとする早苗。

 結局、神奈子がかがりの頭から手を離したのは、寝起きの諏訪子がやってきてからだという。

 

 

「はーお腹いっぱい幸せじゃ。ごちそうさま、東風谷ちゃん」

「お粗末様です。それでは、私は後片付けを」

 

 食事も終わり、早苗はあと片付けのため台所へと向かう。

 一方、かがりは食後のお茶を啜り、ほぅ、と幸せそうに息を吐き

 

「ったく、あんたはもう少し神としての威厳を出せないのかい?」

「儂はお前さんらみたいに奉られる様な存在じゃないからの、気を張るのは性には合わん。こうしてゆっくり茶を啜るくらいがちょうどいいんじゃよ」

 

 同じ神でありながらだらしないかがりへ、神奈子は苦言を呈する。だが当の本人はそんな言葉はどこ吹く風、ぼけーっと外の風景を眺めている。

 そんなかがりに話しかけたのは、守矢神社が神のもう一柱である洩矢諏訪子だった。

 

「それにしても、信仰が殆どないのによく平然としていられるね」

「儂にとって信仰なぞはあってもなくても変わらんからのー。変わるとしたら儂らの生活水準くらいじゃよ」

「あんたがもう少し神としての自覚があれば、あんたのとこの巫女もマシな生活できるのにね……本当、あの巫女には同情するよ」

 

 彼女の巫女をしている霊夢を思い、頭をかかえる神奈子。

 

「なんじゃ、ひとが何もしてない風に言いおって。儂じゃって、霊夢ちゃんが飢えに苦しまない程度には頑張っとるんじゃぞ?」

「例えば?」

「極力邪魔にならんよう、じっとしているか出かけてる」

 

 間髪入れずに帰ってきた返答に、神奈子は再び頭を抱えた。

 いや、この答えは予想はしていたのだが、それでも少しはマシなものが帰ってくるのでは、という淡い期待を抱いてしまった。しまったが故に、また落胆も大きくなってしまったのだ。

 

「さて、美味しいご飯も頂いたことじゃし、そろそろ出ていくかの」

「はいはい、さっさと帰んな。それから二度と来るな」

「はっはっはっ、相変わらず神奈子はツンデ──ってまだ言い切ってないじゃろ⁉︎」

 

 三度、かがりの頭へ手を伸ばす神奈子だったが、神社同様に姿を消した彼女を捕まえることはできず、その手は虚しく空を切る。

 

「チッ、相変わらず逃げるのが上手い奴だよ」

「神出鬼没ってのは、まさにあの女のためにある言葉だね」

「そういえば、りんごを頂いていたので食べますか……ってあれ、かがり様は?」

 

 なんやかんやありながらも、今日も守矢神社の一日は始まるのであった。

 

 

 

 

 *+*+*+*+*

 

 

 

 

 幻想郷の空を駆ける少女が一人。白いリボンが巻かれた大きな黒い三角帽を被り、黒服に白いエプロンを身に纏った少女は箒にまたがり空を飛ぶ。まさにその姿は皆がイメージする魔法使いそのもの。

 そんな魔法使い然とした身なりの少女の名前は霧雨(きりさめ)魔理沙(まりさ)。鳥よりも早く、空を切る彼女が向かうのは、幻想郷の東の端にある神社──博麗神社。

 

「お、見えてきた見えてきた」

 

 視界に博麗神社の姿を捉えた魔理沙は、ニヤリと口元に笑みを浮かべ

 

「れ〜い〜む〜!」

 

 声を大にし、友人の名前を呼びながら居住スペースの前に降りる。そして引き戸へ手を伸ばすと、パスンッ、と気持ちのいい音が鳴る勢いで開き

 

「魔理沙さんが遊びに来てやったぜー!」

「はぁ……別に私は来てくれなんて頼んでないんだけど」

「まあまあそう言うなって。んじゃ、邪魔するぜ」

 

 ちゃぶ台でリンゴを食べつつ、魔理沙へ冷たい視線を向ける霊夢だが、そんな視線などなんのその。靴を脱ぎ捨て中へ入る魔理沙は、霊夢の目の前にある器に入ったリンゴへ手を伸ばし一切れつまみ取る。

 シャクリ、という音とともに甘酸っぱい風味が口の中に広がる。魔理沙は二口でリンゴを平らげると、部屋の中をキョロキョロと見渡しそこにある人物がいないことに気づく。

 

「あれ? かがりはいないのか?」

「あの駄神なら守矢神社に朝飯食べに行ったわよ。そろそろ戻ってくるんじゃない?」

「なんだ、また喧嘩したのか。毎度毎度、お前らよく飽きないな」

 

 呆れた表情で頭を掻く魔理沙。

 霊夢とかがりの喧嘩は別に今に始まったことではなく、魔理沙が霊夢と知り合った時にはすでに行われていた。初めの頃は心配したものだが、ケロッとした顔で帰ってくるかがりと、そんな彼女をとくに気にした様子もなく迎える霊夢を見て、魔理沙自身も気にするのをやめた。

 

 だがそれにしても、今回は何がきっかけで喧嘩になったのか。魔理沙はその理由を霊夢に尋ねると

 

「はぁ、そんなくだらないことで喧嘩したのか?」

「別に喧嘩したなんて一言も言ってないでしょ。あの駄神が手伝いもせずにグータラしてるから、ちょっとお灸を据えてやっただけよ」

「へぇ、お灸を据えるかぁ……」

 

 何か含みのある物言いをする魔理沙に「なによ」と、霊夢は目を細めつつ言うと

 

「別に本当に据えれてんなら、今頃んなことで言い合ったりしないだろう、って思ったり思わなかったりしただけだぜー」

「……どうやら、あんたもお灸を据えられたいようね」

「おっ、やるかっ? 私はいつでもオーケーだぜ!」

「昼飯前の運動にはちょうどいいわね。魔理沙、表に出なさい」

 

 なにやら不穏な空気を醸し出す二人は引き戸を開け、広々とした神社の境内へと移動する。

 屈伸をしたり前屈をしたりと、準備運動をする魔理沙とは対照的に、霊夢は腕組みをしぼーっと空を眺める。

 

「にしても、こうしてお前とやるのは久しぶりだな! 腕がなるぜ!」

「昼食の準備があるから、ちゃっちゃとすませるわよ」

「にゃろ、余裕ぶりやがって……今日は目にもの見せてやるぜ!」

 

 そして両名は互いに構えをとると、即座に駆け出すということはせず、静かに睨み合い。

 ひゅう、と一陣の風が二人の間を通り抜け、それを合図に二人が駆け出す。

 

 ──その直前

 

「霊夢ちゃーん、帰ってきたぞ〜。しかもなんとお土産もあるんじゃ、褒めて褒めて〜!」

 

 そんな間の抜けた声を耳にし、調子を崩された霊夢と魔理沙はともに頭から地面へと突っ込む。

 見事なヘッドスライディングをかます二人に、呆気にとられた表情を浮かべるのは、この神社の祭神であるかがりだった。

 行きにはなかった風呂敷を抱えたかがりは、ピクピクと体を跳ねさせる霊夢と魔理沙に近づき

 

「二人ともなにしとるんじゃ? 頭から地面に飛び込むなんぞ、儂だってせんぞ?」

 

 膝を曲げ、地面に倒れる二人へ聞こえるように話しかける。

 するとほぼ同時に体を起こした二人は、表情を怒りに染めかがりへと詰め寄る。

 

「おまっ、なんてタイミングで帰ってきてんだ! しかも気の抜けるような声出しやがって!」

「おかげで頭から突っ込んじゃったじゃない! もう少し考えてから帰ってきなさいよ!」

「なっ、なんじゃなんじゃ! 儂はただ帰ってきただけじゃぞ⁉︎ なのにその言い方はないじゃろ!」

 

「「うるさい!」」

 

 なけなしの力で反論に出るが、二人の勢いに気圧されすぐに口を封じられる。

 しゅん、と落ち込むかがりは鳥居の近くまで移動し、体育座りをし地面に『の』の字を書く。

 

「なんかいじけちまったぜ……霊夢、お前んとこの神様だろ、なんとかしてこいよ」

「えぇ……面倒くさいから魔理沙が行ってきなさいよ。私、お昼ご飯の準備しないといけないから、よろしく!」

「あっ⁉︎ おい霊夢!……ったく、しょうがない奴だぜ」

 

 言うが早いか、台所へ向けて一目散に駆け出す霊夢。引き止める間も無くその背中は遠ざかり、一人残された魔理沙は頬を掻き、陰鬱な雰囲気を漂わせる少女へ視線を向け。

 はぁ……そう溜息を吐き、縮こまった背中へ向かって足を進めた。

 

「かがり、いい加減気を……」

「ふん、霊夢ちゃんの脇巫女、魔理沙ちゃんのぺったんこ……ってあいたぁ⁉︎」

「誰がぺったんこだ誰が! こう見えてちゃんとあるっての!」

 

 失礼なことを口にするかがりの頭へ、魔理沙は勢いよく振り上げた箒を叩きつける。

 

「じょ、冗談じゃよ冗談! ちゃんと魔理沙ちゃんにはあるってわかってるから! 手の平で包み込める程よいサイズってやめて⁉︎」

「こ、このっ……上等だ! 一発お見舞いしてやるからそこに直りやがれ!」

「さっきいいのもらったから! それでノーカンじゃダメかの⁉︎」

 

 火に油を注ぐ結果となったかがりは、羞恥と怒りで顔を真っ赤にさせた魔理沙に追いかけられる。だが腐っても神であるかがりを捕まえるのは容易ではなく、イライラが限界に達した魔理沙は懐からミニ八卦炉を取り出す。

 

「ちょっ、魔理沙ちゃん! それは割と洒落にならないんじゃけど!」

「るっせぇ! 喰らえっ、マスタースパーク!」

 

 放たれる極太のレーザー。かがりは現在の状況を確認し、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 自身が立っているのは神社の賽銭箱の前。もしも避ければあのレーザーが賽銭箱もろとも建物を吹き飛ばしてしまう。もっとも中身は年中空なのでお金がなくなる心配はないが、賽銭箱がなくなってしまうと霊夢が落ち込んでしまう。

 

「まったく、魔理沙ちゃんは元気じゃの」

 

 小さく息を吐き、かがりは視界を埋め尽くす光へと手をかざすと──魔理沙の放ったレーザーは一瞬で掻き消える。まるで初めからなかったかのように。

 その光景に魔理沙はギリッ、と歯軋りをし

 

「くそっ、また()()かよ! 毎度毎度、なんだよその技は!」

「それは企業秘密ってやつじゃよ。それより、早く戻るぞ。霊夢ちゃんが昼食を作ってくれとるからの」

「ああ……って、元はと言えばお前がいじけてたからだろうが!」

 

 いつの間にか宥める側が逆になっていることに魔理沙は憤慨し、先を行くかがりの背中にドロップキックをお見舞いしてやるのだった。

 

 

 

 

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