博麗神社の駄目神   作:温野菜生活

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「食事をしにきたのよ、そこの神様は」

 妖怪の山の麓、霧の絶えない湖の畔に建つ洋館。まるで血のような紅色を基調としたその館は、周りの景色のどれにも溶け込むことはなく、異様な雰囲気を漂わせる。

『紅魔館』と呼ばれるその館には、吸血鬼の姉妹と司書の魔法使い、使い魔の悪魔と門番の妖怪、そして──

 

「ふぅ……掃除はこれくらいでいいかしら」

 

 一人の人間(メイド)が住んでいる。

 雑巾を片手に空いた手で額を拭う彼女は十六夜(いざよい)咲夜(さくや)、この紅魔館で唯一の人間にしてメイド長をしている少女だ。

 

 毎日の仕事である掃除を終え一息つく咲夜。もみあげ部分から結われた銀色の三つ編みが小さく揺れ、ホワイトブリムのついた銀色のボブカットが館の数少ない窓から差し込む光に照らされる。

 若干十代の咲夜だがその実、炊事に洗濯、館の掃除といった家事一切を取り仕切る敏腕メイド長である。

 

「次は昼食の用意だけど、お嬢様はまだお昼寝中だし……下準備だけ済ませて、中国とパチュリー様と妹様の分を作りましょうか」

 

 そう言うや否や、咲夜はキッチンへと向かいそれぞれの食事を作り始める。

 さすがはメイド長、その手際の良さは長年の経験からか。咲夜の手にかかれば、食事の一つや二つなどあっという間に出来上がる……はずなのだが。

 

「……あれ?」

 

 ここで一つ、問題が起きる。透き通る碧眼が大きく見開かれ、その先には空になった調味料の缶が自らの底を咲夜へと見せつけていた。

 おかしい、と咲夜は首をかしげる。昨日までは確かに、この缶には中身があったはず。確かに少ないとは思っていたが、たった一晩で無くなってしまう量じゃなかったのもまた確か。

 

「……仕方ないわね、買い出しに行きましょうか」

 

 別段、この調味料がなかったとしても、料理が壊滅するといったそんな影響はない。だが咲夜の中の完璧を求めるメイド魂がそんな妥協を許さなかった。

 咲夜は調理中の料理へ手を伸ばし()()()()()()()。湯気を上げていた鍋は、グツグツと気泡を水中に包んだまま動きを止め。炒め物をしていたフライパンも、熱をその身に帯びながら時を静止させる。

 

 これが咲夜の持つ能力──通称『時を操る程度の能力』。

 時を止めるは勿論のこと、加速したり遅延させたりということもできる便利な能力だ。この力により、彼女は広い紅魔館の家事を一手に引き受けることができていると言っていい。

 

 自身の能力を行使し料理の時を止め、その間に咲夜はなくなった調味料の買い出しへと向かう。お気に入りのマイバックを引っさげ、紅魔館の門を出た彼女を待っていたのは

 

「あれ、咲夜さんおでかけですか?」

 

 朗らかな声で咲夜へと話しかける門番だった。

 腰まで伸びた赤い髪を風になびかせ、青みがかった灰色の瞳が咲夜を捉える。淡い緑の服は華人服ともチャイナドレスとも見て取れる特殊なもので、スリットから覗く健康的な脚が眩しい。そして頭には『龍』の文字が刻まれた星の飾りのついた緑色の帽子が。

 

「えぇ、調味料が足りなくて。それより、今日はサボっていないのね、中国」

「咲夜さんったら、私だってそういっつも寝てるわけじゃないんですよ?」

 

 中国、そう呼ばれた彼女の名は(ほん)美鈴(めいりん)。紅魔館の門番を務める妖怪である。

 咲夜よりも長い時を生きているのににも関わらず、彼女に対しての言葉遣いが敬語なのは、紅美鈴という妖怪の根が優しいからなのか。

 この幻想郷に屋敷ごと移動して長い時が流れ、それに伴って多くの妖怪を目にしてきたが、彼女ほど人間味に溢れた妖怪は多くはないだろう。

 

「それじゃ行ってくるけれど、私がいないからといってサボってはダメよ?」

「ははっ、わかっていますって! それでは、行ってらっしゃい!」

 

 小さく手を上げる美鈴を最後に、咲夜は紅魔館へと背を向け人里を目指して足を進めるのだった。

 

 

 

 

 多くの妖怪が住む幻想郷では、人間は常に危険にさらされていると言っても過言ではない。

 そこで妖怪の賢者たる八雲紫は、人間が安全に暮らせる場所を設けた。

 

 それこそが今、咲夜が訪れている場所──通称『人里』と呼ばれる場所である。

 古めかしい家屋が並ぶ人里だが、中には肉屋や八百屋、本屋に寺子屋、さらには古道具屋など多種多様の店々が存在する。

 

 そして咲夜は現在、人里にある現代の商店街のような、多くの店が並ぶ通りを歩いていた。

 すでに目的の大半を終えた彼女のカバンの中には、調味料の他にも様々な食材が詰められている。

 

「そういえば卵が切れかけていたわね……せっかくだし買って行きましょうか」

 

 そうと決まれば、咲夜は卵を求めて往来を進んでいく。

 すると賑やかな通りの中、特に人だかりができている場所が。

 

「……なにかしら、あの人だかり」

 

 わいわい、がやがや、と妙に活気溢れたそこが気になった咲夜は、ついつい足を向けてしまう。

 ひとの群れに近づくにつれ、囲む人たちの声が鮮明に聞き取れるようになっていき

 

「すげぇすげぇ! これで29戦29勝だ!」

「このまま30人抜きしちまうか⁉︎」

「このままいっちまえ、かがりの姉ちゃん!」

 

「ん? かがり……?」

 

 どこか聞き覚えのある名前に首を傾げ、人の輪に辿り着いた咲夜が中を覗き込むと

 

「この間の礼を返しに来たぜ、かがりの姉ちゃん!」

「ふっふっふ……よかろう、かかってくるがいいわ!」

 

「……やっぱり」

 

 風に吹かれて揺れる、腰まであるお札でまとめられた黒髪。そして人里の格好としては明らかに浮いている、白い半着に黒の袴。

 見間違えるはずがない。人の輪の中心にいたのは、咲夜の顔見知りである博麗霊夢、彼女の住む神社の祭神であるかがりだった。

 かがりは右手に縄の巻かれた駒を持っており、相手である幼い少年と火花を散らしあう。

 

 彼女が行っているのは俗に言うベーゴマというやつで、少年の後ろには敗北を喫し彼に全てを任せた子供達が熱い声援を送っている。

 霊夢には駄神と呼ばれてはいるが、一応は本物の神だ。だというのに、あんな年端もいかない子供と混じって、というか彼ら以上に楽しんでいる姿からはまるで神の威厳を感じられない。

 

「今の儂は無敵よ! 前回と同じように蹴散らしてくれるわ!」

「負けたみんなの思いを背負ってんだ! 絶対に勝つ!」

「「GOシュート!」」

 

 自身の思いを込め、ベーゴマをシュートするかがりと少年。

 本当に、今の彼女の姿を見て一体誰が神様だと信じようか。というか、こんなことをしているから信者が増えないのではないだろうか。知人や友人は増えていっているようだが。

 

「まったく、なにやってるのかしらあの神は……」

 

 盛り上がる人々とは対照的に、咲夜は頭に手を当て深い溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

「なっはっはっ! 儂に勝つなど十年早いわ、小童!」

「ぢぐじょ〜! おぼえでろよ゛!」

 

 高笑いするかがりと泣きべそをかく少年。それだけで勝利がどちらに傾いたのか、バカでもなければわかるだろう。

 というか、子供相手に全力を出し、さらには高笑いをするとは……それでいいのか神よ。

 

 大人気ないというか、神様気ないというか。咲夜が未だ愉快に笑うかがりへ冷ややかな視線を送っていると、偶然にも彼女と視線が交差する。

 

「おぉ、十六夜ちゃんではないか! 久しぶりじゃの、なにしとるんじゃ?」

「……あなたこそ、一体ここでなにをしているの。子供相手に本気出して、しかもいばり散らすなんて」

 

 見つけるが早いか、咲夜の元へと歩み寄るかがり。咲夜は冷たい視線を向けたまま、呆れたような声音で返す。

 そんな咲夜にかがりは、ちっちっち、と指を立て

 

「十六夜ちゃんには舐められたもんじゃのう。儂はまだ二割程度の力しか出しとらんというのに」

「へぇ、そうなの」

「儂が本気を出せば、独楽の勢いで里の一つや二つ壊すなどたやすいわ! はっはっはっ!」

「へぇ、すごいわね」

 

 できることなら、このまま一生本気を出さずに終えて欲しいものだ。

 空返事しつつそう願う咲夜。

 

「見た所、十六夜ちゃんは買い物しとる途中みたいじゃが、終わったのか?」

「ほとんどね。後は卵を買うだけだけれど……あなたもしかして」

 

 そこまで言って咲夜は、もしや、という目を向ける。

 そんな彼女にかがりは親指を立て、太陽のような眩しい笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 

「ただいま、中国」

「あ、おかえりなさい咲夜さん……ってあれ? 誰か一緒なんですか?」

 

 約束を守りしっかり門番をしていた美鈴は、戻ってきた咲夜の後ろに誰かいることに気づき、彼女の後ろを覗き見る。

 そしてその姿を見て、ぱっ、と笑みを浮かべ

 

「あ、かがりさんじゃないですか! どうもお久しぶりです」

「美鈴ちゃんおひさー。元気にしとるか?」

「もちろんですよ。それで、今日は紅魔館に何の用事ですか?」

 

 かがりがやって来るなどとは聞いていない。それに見るからに、買い物帰りの咲夜についてきたような感じだ。

 そんな美鈴の声に答えたのは、かがりではなく門の中にまで移動していた咲夜だった。

 振り返り、碧眼を細めかがりを見る咲夜は一言

 

「用事も何も、食事をしに来たのよ、そこの神様は」

「はぁ……食事ですか?」

「いやー、久しぶりに十六夜ちゃんの手料理が食べたくなっての! それじゃ、少しお邪魔させてもらうぞ!」

 

 ポカンとする美鈴を後に、意気揚々と紅魔館の中へと足を進めるかがり。そんな彼女の後を追うようにして、咲夜もまた足を動かすのだった。

 

 

 

「レミリアちゃーん! 邪魔するぞー!」

「ちょっ、今お嬢様はご就寝されてる最中で……」

「なぬっ⁉︎ いかんぞ、こんな時間まで寝ておったら。どれ、ちょっくら儂が起こしてきてやろう!」

 

 止める間もなく、かがりはレミリアの寝室へ向かって走って行ってしまう。そんな彼女の後ろ姿を、咲夜は黙って見ることしかできなかった。

 彼女の主人であるレミリアは五百の時を生きる吸血鬼だが、見た目同様に精神年齢がいささか幼い。

 いやそれでは語弊があるか。普段の言動は見た目不相応に落ち着いたものなのだが、少し感情が高ぶったりしてしまうと途端、幼いものへと変わってしまう。

 

 かがりがこのままレミリアを起こしてしまえば、間違いなく何かしらのトラブルが起きるだろう。

 

「…………まぁ、あれが全部引き受けるからいいわよね」

 

 そう思考をプラスな方へと無理やり持って行き、咲夜は作り途中の昼食を仕上げるためキッチンへと向かった。

 

 

 

 

 紅魔館にある寝室の一つ。窓が一つもない、ランプの頼りない明かりだけが唯一部屋を照らす中。豪華な装飾が施された大きなベッドには、それに不釣り合いの小柄な少女が横になり寝息を立てていた。

 

 少女の名前はレミリア・スカーレット。この洋館『紅魔館』の主人にして、齢五百の吸血鬼である。

 言葉だけを聞けばそれなりに畏怖を感じるが、毛布に包まれ、だらしなく涎を垂らす彼女の寝姿を見ては、そんな畏怖などすぐに消し飛んでしまう。

 だがそんなことをレミリアの前で言ってしまえば、そんじょそこらの妖怪など一息の間に消されてしまうだろう。それほどまでに、彼女は強力な力を有しているのだ。

 

 だがしかし、そんなのは博麗神社の祭神にとっては何の意味も持たず。

 

「レミリアちゃーん! もうお昼じゃぞー、起きんかー!」

 

 豪快に開かれた扉。バタンッ、というより、ドゴンッ、という激しい音が室内に響き渡る。暗い部屋に廊下の明かりがなだれ込み室内を照らす。

 扉を開けた張本人であるかがりは、ベッドですやすやと寝息を立てるレミリアの元へ近づくと、ペチペチとその柔らかな頬を叩く。

 端から見れば卒倒ものの光景だが、特に気にした様子もなくかがりはレミリアを起こしにかかる。

 

「ほら、良い子はもう起きる時間じゃぞー」

「……んぅ」

 

 さすがに頬を叩かれては眠っておられず、レミリアは真紅の瞳を寝ぼけ眼から覗かせる。

 体を起こし、しばらくぼーっと前を見た後、今度はゆっくりと顔をかがりの方へ向け

 

「さくや〜……いまなんじぃ……」

「もうお昼じゃよ。ほら、早く行かんと十六夜ちゃんのご飯が冷めてしまうぞ」

「え〜……まだねむい〜……ぐぅ」

「こらこら、二度寝するでない」

 

 二度寝を決め込もうとするレミリアへ、かがりはすかさず手刀をお見舞いする。「あぅ」という声とともに、再びレミリアは現実へと引き戻される。

 かがりは両手をレミリアのほっぺへと伸ばし、その餅のように柔らかな肌を手のひらでこねる。

 

「う〜……さくや、きょうはらんぼーじゃない……」

「まだ気付かんか。儂じゃよ、かがりじゃ。ほれ目を覚まさんと、もっとプニプニするぞ〜?」

「む〜……ほっぺプニプニしないでよ……さく、や……」

 

 見開かれる真紅の瞳。パクパクと、餌を求める金魚のごとく口が動き、顔が徐々に赤く染まっていく。

 

「あ、あなた、なにして……」

「お、やっと目が覚めたか。おそようじゃのレミリアちゃンゴファッ!」

 

 挨拶の途中、レミリアの拳によって壁際まで吹き飛ばされるかがり。ぴくぴくと痙攣するかがりを、完全に意識が覚醒したレミリアは、リンゴのように顔を赤くさせて睨みつける。

 

「お、おぉぅ……久々にいいのもらったわい」

「あ、あなたっ、なに勝手にひとの寝室に忍び込んでるのよ⁉︎ そ、それに私の顔を掴んで……ナニする気だったの⁉︎」

「いやいや誤解じゃって。儂はただレミリアちゃんの目を覚まそうとしただけで……あ、もしかしてお目覚めはキスが良かった?」

「やっぱりぃいいいいいい!」

 

 かがり的には冗談で言ったつもりだったが、レミリアからしてみれば冗談では済まされない言葉だっただろう。

 なんせ目を覚ませば頬をガッチリと抑えられ、鼻と鼻があと少しでくっつくくらいの距離にかがり顔があったのだから。そりゃあもう、キスの一つくらいされると思っても仕方がない。

 

「あああっ、ああなたっ、そそそっちの気が⁉︎」

「……レミリアちゃん、ちょっと勘違いしとらんか?」

 

 枕を抱き後ろに下がるレミリアに、かがりはやれやれと嘆息し

 

「儂は女子(おなご)だけじゃなくて、どっちもイケル派じゃぞ?」

「…………」

 

 誠に不本意だと言わんばかりに告白するかがりに、レミリアは返す言葉を失い茫然自失とするのであった。

 

 

 

 

「あれ、もうお嬢様をお連れできたの?」

「おお。なんか知らんが、急に静かになっての」

 

 広間へ向かえば、ちょうど昼食の用意を終えた咲夜が、心底驚いた顔でレミリアを抱えたかがりを出迎える。

 彼女の予想では、寝起きのレミリアによるひと暴れがあると思っていたのに、まさかこんなにすんなりと連れてこれるとは思いもよらなかったからだ。

 

「それより、お嬢様の様子がなんだかおかしいのだけれど……まさか変なことしてないでしょうね」

「いや全く。やったといっても、ただほっぺプニプニしたぐらいじゃよ」

 

 さらりととんでもないことを抜かすかがりだったが、咲夜はそれをスルーし、かがりからレミリアを預かり椅子に座らせる。

 そんな咲夜とレミリアの様子を少し離れた所から見ながら

 

「両方いけるというだけじゃのに……なにがショックだったんじゃろう?」

 

 心底不思議そうにかがりは呟くのだった。

 

 

 

 

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