博麗神社の駄目神   作:温野菜生活

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「とりあえず、愛や恋ではないのは確かじゃな」

 雲一つない快晴。

 自らを隠すものがないと、太陽が燦々と輝きを大地へ送り届けている頃。

 

「……」

「……」

 

 博麗神社の母屋では、霊夢とかがりが机を挟み対面に座っていた。

 無言で互いを見つめあうその表情は真剣そのもので、普段は感情を表に出さない霊夢だが、この時ばかりはその目に確かな熱意を灯している。

 相対するかがりも、普段の飄々とした雰囲気は身を潜め、まるで最後の戦に向かうかのように、その身に神力を纏わせている。

 

「……準備はいいか、霊夢ちゃん」

「ええ、十分すぎるくらいだわ」

 

 重々しく口を開くかがりに、霊夢もまた声音を低くして答える。

 いつもの博麗神社とは明らかに違う空気がこの場を支配する。

 いつもならば屋根の上で(さえず)っている小鳥たちも、境内を庭のように駆け回る小動物たちも、この異質な空気を察知したのかその姿を見せない。

 

 準備が十分だという霊夢の答えを聞いたかがりは、「そうか」と短く呟き、視線をそっと下に落とす。

 

「勝っても負けても恨みっこなし、文句なしじゃからな」

「もちろんよ。あんたこそ、泣きじゃくって駄々こねるんじゃないわよ」

 

 バチチッ──!! 

 交差する視線からは火花が散り、互いの間で激しくぶつかり合う。

 

(まさかこうして霊夢ちゃんとぶつかる日が来るとは……神生(じんせい)とはわからんもんじゃの)

 

 かがりは思い返す、まだ霊夢が今よりもはるかに幼い頃を。

 あの時は先代の巫女が森の中で拾ってきた、ただの捨て子だった。まさかあの巫女が自ら「育てる」と、そう言った時は珍しく度肝を抜かれたものだ。

 しかしまぁ、思い返してみれば新鮮な日々の連続だった。物心つく前から巫女を育てるのは初めてで、何かと苦労をさせられた。

 

 嗚呼、よくぞここまで育ってくれた。

 今は亡き先代(はは)に会わせても恥ずかしくない、立派な巫女に。

 

(まさかこんな形であんたと勝負することになるなんてね)

 

 霊夢は思い返す。幼き記憶の中のかがりの姿を。

 今のぐーたら駄目神からは想像できない、一人前の母親の姿がそこにはあった。幼く弱い自分を優しく支えてくれた、恩神(おんじん)の姿が。

 

 人間の捨て子と神様。

 何の関係もなければ、育てる義理など欠片もなかったであろう己を、文句の一つもなく、それどころか満面の笑みで娘と呼んでくれた。

 あの頃の記憶があるから、今は自堕落に生きている彼女を見限ることはなかった。

 

 お互いが互いを特別な存在だと、心の中で思っている。

 本来なら交わることなどなかったはずの二人にある、奇妙で強い(えにし)

 

 

 だが、今この時、この場所ではそれを忘れよう。

 

「では──」

「尋常に──」

 

 ほぼ同時に立ち上がった霊夢とかがりは、互いの右拳を力強く握りしめ

 

「「勝負!!」

 

 体を捻り、眼前に立ちはだかる敵へと向かって勢いよく突き出すのだった。

 

 

 

 

 

「ぬぉおおおお! 後生、後生じゃ霊夢ちゃぁあああん!」

 

 2分後(時は流れ)、博麗神社の居間ではかがり(敗者)霊夢(勝者)の足元に縋り付き、大粒の涙を流していた。

 二人の行った勝負はただのじゃんけん。人も神も妖怪も、生きとし生けるものすべてが平等に勝敗を分かつことができる遊戯。

 本来ならば運の勝負なのだが、天賦の勘を持つ霊夢相手には、神ごときが勝つことは敵わず。

 なんとかあいこ5回まで持って行きはしたものの、結局は敗北を喫してしまった。

 

 自身の足へしがみつき必死に懇願するかがりを一瞥した後、霊夢は徐に下へと手を伸ばし

 

「ダメよ。私が勝ったんだから、あんたは指を咥えて見てなさい」

 

 机の上に置いてあったそれを──おはぎを掴み取る。

 霊夢の手中に収められたおはぎを見て、かがりは一層表情を曇らせ目に涙を浮かべる。

 

「な? な? ちょっと考えてみんか? そういうのは一人より二人で食べたほうが、より一層、いや二層も三層も美味しくなると思うんじゃよ!」

「私、分け与えるって嫌いなのよね」

「いやいやいやいや! そんな寂しい考えはだめじゃって! 儂のものは霊夢ちゃんのもの、霊夢ちゃんのものは儂のもの! 美味しいも二人で分け合うべきじゃ! シェア・ザ・おはぎ、シェア・ザ・ハッピー!」

「だめよ、私の幸せは私だけの物。誰にも渡しはしないわ」

 

 かがりの鬼気迫る説得も空しく、霊夢は手にしたおはぎへ口をつける。

 そして容赦なく、それはもう容赦なく、かがりに見せつけんばかりにおはぎを食して(蹂躙して)いく。

 一口、また一口と、霊夢が頬張るたびに小さくなっていくおはぎ。

 敗者であるかがりは、どんどんと霊夢の口へ消えていくおはぎをただ黙って見上げることしかできなかった。

 

「……この世界はなんて残酷なんじゃ。弱者はただ這いつくばることしかできず、強者が蹂躙する様を見ることしかできんとは……」

「あんた、たかだかおはぎ一個でなに大層なこと言ってんのよ」

「見ておれ。今回は負けたが、いずれ第2第3の儂が霊夢ちゃんに挑むじゃろう。この屈辱が晴れぬ限り、永遠とな……」

「いや、おはぎ一個で恨まれるとか、未来の私が不憫すぎるでしょ……」

 

 滝のように涙を流し、怨嗟の声を漏らすかがりへ、霊夢は呆れたように半目を向ける。

 大の大人、というか人間の大人の何倍もの時を生きている神が、おはぎ一つでこうもひどく落ち込むとは。

 

 おぅおぅ、と未だ嗚咽を漏らすかがりを見て、霊夢は一つ溜息をつくと

 

「あー……今日も平和ね」

 

 いつもと変わらない、この騒がしくも面倒くさい日常に小さく笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 時は少し流れ人里。

 店が立ち並ぶ通りにある団子屋の椅子へ、かがりはとある人物とともに腰を掛けていた。

 

「──ということがあってじゃな~。霊夢ちゃんに情け容赦なくおはぎを食い滅ぼされたわけなんじゃ」

「はっはっは! 相変わらず、お前さんのところはいつもいつも賑やかだねぇ。いやぁ退屈しなさそうで羨ましいよ!」

 

 かがりの隣に座り、頼んでいた団子を口に頬張るのは、赤い癖毛をツインテールにした長身の女性。

 彼女の名は小野塚(おのづか)小町(こまち)。こんな里中で呑気にお茶をしているが、こう見えても三途の川の橋渡しをしている死神である。

 極度のさぼり癖のある彼女は、こうして人里で休憩と称し自由時間を過ごしていることが多い。

 そんな彼女と人里へ足を運ぶことが多いかがりは、そこそこ顔を合わせており、こうして一緒にお茶をすることも少なくはない。

 

 小町にとっては、かがりの口から語られるエピソードを楽しみにしているまである。

 多種多様な種族と友のような関係を結んでいる。

 神でありながら、まるでそんな威厳を感じさせない自由奔放なふるまいこそが、彼女が多くの者たちと友諠を結べる理由なのだろう。

 

「んで? おはぎを食えなかったから、こうして団子屋でうっぷんを晴らそうってかい?」

「違いますー。暇だったから人里歩いてたら、たまたま小町ちゃんに会っただけですー。そんでもって、立ち話もなんだからこうしてお茶してるだけですー」

「私をダシにすんのはやめてくれないかねぇ。人里にいるってだけで、映季(えいき)様に見つかったら大目玉なんだからさ」

 

 唇を尖らせて否定をするかがりに、小町は後頭部を掻きつつ溜息を吐く。

 怒られるとわかっているのならさぼるのをやめればいいのだが、口で言ってきくような人物なら、こうしてかがりとお茶を啜ってなどいないわけで。

 

 多くに人が行き交い、賑わいを見せる街道。

 御客を呼び込む商人たちの声や、店で談笑する女性たちの笑い声、友達と道を駆ける子供たちの足音。

 

 それらに目を向けながら、再び団子を口に放り入れる小町。

 

「ん~、やっぱりここの団子は最高じゃのう!」

 

 隣に目を向ければ、満面の笑みで団子を頬張るかがりが。

 こんな奴が神様など、その姿からは想像もできないだろう。

 

「本当に、あんたって奴は自由でいいねぇ」

「はぐはぐっ……ん? どうしたんじゃ急に?」

「いいや、なんでもない。独り言だから聞き流しておくれよ」

 

 不思議そうな視線を向けてくるかがりにそう返し、小町は湯呑をぐいと煽り、残った茶を飲み干す。

 

「そういえば、映季ちゃんは元気か?」

「元気も元気、今日も三途の川の向こうで大忙しで働いてるよ。今日は大所帯らしいくてね、ありゃあ今日いっぱいかかるだろうね」

「ほ~、閻魔様ともなると大変じゃのう」

 

 呑気な声で団子を頬張りながら、激務に励んでいるであろう少女を思う。

 そして合点もいった。小町がこんなにも余裕綽々に人里で団子を頬張っていることが。

 普段であれば、さぼっている小町を里まで追いかけ、正座させ、長々と説教を垂れるまでが一連の流れである。だがその映季が仕事で手一杯であるというのならば、こうしてのびのびと茶を啜ることができるのも納得がいった。

 

 さらに追加で団子を注文する小町を横目に、かがりが流れる人の波に目を向けていると

 

「……ん?」

 

 ふと、視線の端に何かを捉える。

 人里では目を引く日傘。風に小さく揺れる緑色の髪に、そこから覗く真紅の瞳は、数ある人の群れの中からかがりを射抜いている。

 

 その特徴から、見知った人物の顔を思い出したかがりは、小さく溜息を吐くと懐からお金を取り出す。

 

「お? もう行くのかい?」

「ちょっと顔見知りが来ての。場所を変えて話でもしてこようと思う」

「そうかい。んじゃ、私はもうちょっと時間潰しとくとしますかね」

「そうか、ほどほどにするんじゃぞー。んじゃ、またの」

 

 短く別れを済ませ、かがりは団子屋を後にする。

 そのまま人里の出口を抜け、そこからさらに十数分。里からそれなりに距離を取り、人気も完全になくなった森の中で足を止める。

 

「ああ、空が青いのー。いい感じにポカポカするし、こんな日は日向ぼっこでもして、惰眠を貪りたい気分になるの」

 

 空を見上げ、誰に向けてか少し大きな声を出すかがり。

 そんな彼女の声に答えるように、木々の間から一つの影が姿を現す。

 

「あら、お昼寝をしたいのなら、私が膝でも貸してあげるわよ?」

 

 蠱惑的な声とともに現れたのは、人里でかがりを見つめていた緑髪の女性。

 白いカッターシャツとチェックの入った赤いロングスカートという風体をした彼女は、笑みを携え真紅の瞳にかがりの姿を映す。

 

「それが霊夢ちゃんや魔理沙ちゃんの提案じゃったら、即答できるんじゃけどなぁ……」

「あら、私じゃ不満ってことかしら? ちょっとショックだわ、しくしく」

「不満というか、お前さんの膝で無防備に寝たら、何されるかわかったもんじゃないじゃろ。あと、わざとらしい泣きまねはやめんか」

 

 涙を拭うような仕草で、感情の籠っていない泣きまねをする女性。

 そのわざとらしい演技にかがりは右手で側頭部を掻くと、呆れたように半目を向ける。

 

 そんな一連のやり取りが面白かったのか、女性はくすくすと口元に手を当て、上品に笑う。

 その姿だけを見ればすごく絵になるのだが、女性の正体を知っているかがりからすれば、美しいという感情よりも先に感じてしまう感情がある。

 

「ショックだったのは本当よ? 貴女は私のお気に入りだもの。好意を一蹴されたら、心が傷つくぐらいしちゃうわ」

「お気に入りとは嬉しい言葉じゃが、お前さんが言うと別の意味に聞こえるのは何でじゃろうか……」

「もちろん、言葉通りの意味よ。私の傍にずっと置いておきたいくらい、私は貴女を思っているわ」

 

 わずかに上気した頬に手を添え、熱を帯びた瞳でかがりを見つめる女性。

 傍目には意中の相手を見つめる恋する乙女にしか見えないが

 

「ふふっ、あの時の貴女の蹴り、拳、そして何より私を見つめる視線……今思い出しただけでも胸が締め付けられるわ。私に被虐趣味なんてないけれど、どうしてか、貴方の一つ一つが私を昂らせてくれるの。ねぇ、どうしてなのかしら?」

「とりあえず、愛や恋ではないのは確かじゃな。かなり深刻な病気みたいじゃし、永遠亭でも行って診てもらったらどうじゃ?」

「私はいたって健康体なのだけれど。でも、貴女が一緒に行ってくれるのなら、診てもらうのも吝かじゃないわね」

「子供か、お前さんは。注射の怖い人里の幼子じゃあるまいし、病院くらい一人で行ってこい」

 

 マイペースに話を進める女性に、珍しくツッコミ役に回るかがり。

 しっしっ、と右手で払うような仕草をし女性を追い返そうとするが、意にも介さず笑みを携えたまま、その場から動こうとしない。

 それどころか、かがりへ向けてゆっくりと歩きだしている。

 

 一歩、また一歩と歩みを進める女性は、距離を縮めるごとに笑みを深め

 

「なんで近づいて来とるんじゃ? 永遠亭はあっちじゃぞ。逆方向、回れ右、ターンライト、オーケー?」

「大丈夫よ、目の前にいる怪我人を捕まえたら向かうわ」

「どうした? ついに目まで悪くなったしもうたか? 一刻も早く行った方がいいぞ?」

「ふふっ、大丈夫よ。すぐに捕まえるから──こんな風にね!」

 

 突如として跳躍する女性は、一瞬でかがりとの距離を詰めると、拳を握りしめ勢いよく振り下ろす。

 かがりは後退し回避するが、女性の右手が地面を砕き、その破片が雨のように降りかかる。

 やはりこうなってしまったか──立ち上る砂煙を払いつつ、かがりは一つ溜息を吐くと、煙の中にたたずむ影を見つめ

 

「仕方ない、ちょいと相手してやるか……」

 

 拳を構え、臨戦態勢を整える。

 その直後、砂煙を突き抜け、再度女性がかがりへと襲い掛かる。

 

「ちょっとばかりオイタが過ぎるの、幽香(ゆうか)!」

「さあ、楽しみましょう! かがり!」

 

 互いの拳が衝突し、衝撃で木々がざわめき、木の葉が舞い上がる。

 幻想郷屈指の妖怪、風見(かざみ)幽香との人知れぬ戦闘が幕を開けるのであった。

 

 

 

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