ーーーなんだよ、これ。
誰かが、呆然と呟いた。
ーーー俺たち、出来の悪い三文小説の中にでも迷い込んだのか。
誰かが、それを現実と理解しながらも認めたくなくて呟いた。
ーーーいつの間にこの世界は、異世界に変貌したんだ?
誰かが、苦笑いしながらも何かを堪えるように、茶化すように呟いた。
ーーー来てしまったな、ナナシ。
誰かが、虚空を見つめて隣の人物にも聞こえないような声で呟いた。
そして誰かはーーー
ーーーついにきたか。
諦観するかのように、そう呟いて己の拳に力を入れていた。
誰かの瞳が放課後、学園祭の準備を続ける最中にそれを捉えた。……いいや、前兆ならすでにあったのだ。直前の大地震、その直後に起きた昼と夜の反転。原作にも発生したそれらは、俺にとってはついにこの地獄が始まったのだと理解させられる、最低最悪の現象だった。
「なんだよ、あれ……」
けれどその数は思っていた以上に異常で。空を埋め尽くすそれらを相手に果敢に立ち向かう斑鳩沙月は、されど彼女が打ち砕いたのは氷山の一角であることを歯軋りしながらも認めていた。
「こんなの……どうしろっていうのよ……っ!」
全員に対して体育館に避難するように彼女は指示を出した。体育館に避難を終えてしまえば、あとは体育館を守るだけでいい。けれど、どう考えても一人ではカバーしきれない……たとえ大砲のような神剣を持っている人物が複数人いたとしても絶対に、カバーしきれない。秒間数十人単位で落ちてくるミニオンを見ながら、沙月が一度に放つヘヴンズジャベリナーの本数を数えて、倒しきれない敵の方が圧倒的に多いと判断した。
「とりあえず体育館に逃げるぞ」
呆然と恐怖からか座り込んでいた生徒たちに声をかけて、廊下へと躍り出る。すると階下から永遠神剣によって強化されずともわずかに聞こえてくる肉を切り裂く音と、大きな悲鳴。中に入ったミニオンによって生徒が殺されているのだろう。それと同時に聞こえてくる、確かな足音。この狂騒の中で聞き取れるはずのないそれを、俺の耳が、この肉体ではなく魂で聞き取っていた。
「暁……」
「よぉ、世刻。なかなかいい日だとは思わないか?」
「思うわけないだろ」
「だろうな、俺も思わない」
話はあくまで和やかな雰囲気で。けれどその内容も、話す状況も疑いようがないほどに異常。もう、きっと間に合わないだろう。階下の生徒の命を諦める。むしろこれならこいつらには教室の中に入っていてもらった方が安全かもしれない。
「さっきあんなこと言ったけど。ちょっと教室に戻っててくれ。もしかしたらあの化け物たちがこの教室を通らない可能性だってあるしな」
こいつは俺に用があるみたいだし、と暁に視線を向ける。
「それで、今回のこれはお前が率いてきたのか?」
「そんなわけないだろ。俺はこれに便乗させてもらった側さ」
「……だったら、あの化け物たちをどうにかしてくれないか? 話はそれからでも遅くないだろ」
「そういうわけにはいかない。そうなれば斑鳩が邪魔をしにくる。生徒を死なせたくないと思っているあいつだからこそ、今の状況を悔やんでいるだろうしな」
かちゃり、と音が鳴る。腰元に携えていた永遠神剣に手をかけた。それを見て教室に戻っていなかった希美がヒッと怯えたような声をあげ、夕陽はわずかに顔をしかめる。
「この状況で望さんと戦おうっていうんですか!」
「ああ。この状況だからこそだよ、高嶺。今ならば、確実に誰の邪魔も入らない。お前も永遠神剣と契約しているみたいだが、二つある階段からこの階に上がってくるミニオンを処理しながら俺たちの戦いの邪魔までできるか? 斑鳩は外のミニオンと戦いながら、内側に入り込んだミニオンを優先的に処理している。自分一人で手が回らない状況なのにこっちにまで手を出せるか? ……つまり、そういうことだ」
「邪魔しないでくれ、夕陽。初めて会った時からこいつ、俺のことをたまに殺意を込めた目で見てきたから。こういう奴は処理できるうちに処理しておく」
「くっ。俺を処理、ね。お前にできるか?」
「やらなきゃ死ぬだけだろ」
己の内から永遠神剣を引き抜く。引き抜くのはこれが初めて。けれど、ジルオルからすれば何よりも馴染んだ武器であり、その転生体の肉体であるこの体にももっとも馴染む剣。ならば、何度も破壊し、なんども買い換えた武器で行ってきた動きができなくなることなどありえはしない。
同時に衣装が変わる。己の動きを一切阻害せず、己のことを十全に守ってくれる無形の衣装へと。引き抜いた二刀をだらんと垂らすようにして構える。夕陽は、すでに戦闘態勢を整えた俺たちを見て、何を言っても無駄だと諦めてやってくるミニオンへの対処に回った。
空間がわずかながら静謐な空気に包まれた。どちらが先に動くか、互いの隙を探りながら攻めるための一瞬を求めていた俺たちはーーー
「……っ!?」
「死ね……!」
夕陽が戦闘を始めたことをマナの哮りで感じて、その大きさに驚いた暁へと俺が斬り込んだことでその戦端を幕開けることとなった。
無骨なまでにルツルジのそれに抗うために作り上げてきた技術。正確にはルツルジのそれしか知らぬが故に、どうしようもなく対ルツルジに特化しているのだが、今現在の相手がルツルジ自身の転生体であるという事実、そしてそうでなかったとしても、彼がーーー滅びの神名による影響があったとしてもーーーこの時間樹の中でも強者に位置する存在であるが故に、基本的には誰に対しても通用するレベル。
クロスディバイダーと原作では呼ばれることになる技の派生。同時に叩きつけるのではなく、左手に持った昼を表す剣によって生み出される、暁の体を斜めに両断するための軌跡は、されど暁の持つ「暁天」によって防がれる。そこに右手に持った夜を表す剣がさらに瞬き程度の差で迫り、さらなる威力を追加する。時間差で衝撃を与えるこの技。さらにそこから派生させて、昼と夜を表す二つの剣が反発することで昼の剣に新たに加えられた力が「暁天」を押さえ込み、弾かれた夜の剣が暁の首を狩る軌道で流れるように進んでいく。
そこにーーー
「ジルオル、討ち取ったり……!」
上階の床を破壊する形で赤色のマナを纏ったーーーおそらくはーーーベルバルザードが出現する。その手には彼が契約している永遠神剣がある。落下速度から考えて、俺が暁を殺すのを辞めるのが間に合わないタイミングを狙っていた。そして、そこからなら防御はさせない、という自信もあって。
面倒だ、と思う。スローと化した世界で、今から動きを調整すれば間に合うと感覚的にわかる。けれどそうすれば暁をこの場で殺しきることはできず。だからと言ってマナ操作により防御壁を展開するのは防ぎきれる自信がない。諦めて防ごうとすると
「……」
そこに、人間味を失った希美が介入してきた。一目でわかる。これは希美ではない。そこから逆算してこいつが何者かを把握する。
ファイム・ナルス。
希美の前世であり、破壊神ジルオルを唯一殺せる
ベルバルザードの一撃を防いだ途端に発生した力の解放によって、俺と暁、そしてファイムとベルバルザードも同時に吹き飛ばされる。距離はひらけた。これでまた仕切り直しかと思ったがーーー
「……今回はここまでのようだな」
暁が永遠神剣を虚空へと消失させる。地震が発生している。次元振動、と呼ばれるそれが。原作における俺たちの旅路の始まりを告げるそれが。
ベルバルザードはすでに撤収しかけている。虚空へと姿が消えそうになっている状態に視線を向けてすぐに外す。
「待ちなさいっ!」
今更になって斑鳩沙月が到着する。隣に夕陽もいることを考えれば、きっとミニオンは倒し終えてここまでやってきたのだろう。
「……斑鳩か。思っていたよりもはるかに早かったな」
これは実力の上方修正が必要か、なんて呟く暁は本気で驚いているようで。
「ええ、その通りよ! なんか私も倒した覚えのないミニオンまで倒れてたし、本気で驚いたわよ!」
「何……?」
訝しむ。暁のその発言に俺も同意したい。だってそれは、俺も知らない……つまりは原作にはなかった存在が介入したということで。思っていた通りには進まないかもしれない、と。今回のミニオン襲撃で夕陽の存在など、わずかばかりではあったが感じていたズレがさらに大きくなった。
「……まあ、いいさ。これからお前たちは次元を旅することになる。……どうぞ、いい旅を。次に出会うまでにもっと強くなっておけ、世刻。もっと殺し甲斐のあるようにな」
「……あの赤いのがいないと殺されてた奴のセリフとは思えないな」
吐き捨てたが、それはすでに聞こえていないよう。仕方ないと思って無口になった希美……ファイム、斑鳩沙月、そして夕陽とともにその時を待つ。
そして数瞬後、先ほどまでの揺れよりもはるかに大きな揺れが起きて、同時に俺たちはこの世界から旅立つのであった。
「旅立ち、ですね」
呟いたのは、先日望が永遠神剣の気配を感じた少女。彼女の周囲には空間に穴が空いていて、けれどその先には何も繋がっていない。いや、正確には先ほどまで繋がっていたのだ。物部学園の校庭へと。
斑鳩沙月が倒していないはずのミニオンは、彼女の手によって駆逐されていた。
「ふ、ふふ……世刻、望」
それも理由あってのこと。彼女は何も理由なく介入などしない。
理由であった少年のことを思い出し、その名を呟く。数日前にもしかしてと思いすれ違う形で干渉した。あの時ははっきりと確証を持てなかったが今ならわかる。あれは同類だと。彼女の直感は確かにそう言っている。幾星霜の時を経て、初めて出会った同類。わずかばかり力を貸したくなってもしょうがないというものだろう、と自分の中で納得させて、世界を渡る。
「さて、
その言葉が、少女がこの世界で最後に残した言葉となるのだった。
・人間味を失った希美
(永遠神剣に)選ばれたのは
・暁絶
オリムとこの世界ではそこまで仲良くないので、初っ端から全開で殺しに行ったが、オリムくんが修羅って鍛えてたのと破壊神を駆除したことを上司やら南天神への功績としたい「光をもたらすもの」によって邪魔された。
・ベルバルザード
斑鳩沙月の相手、暁絶の相手、その上でオリムくんを殺さないといけない。しかもこの間けしかけたミニオンとの戦いを見る限り戦闘においては強そう。なら、暁くんとの戦いの最中に殺してしまえばいいよねって感じ。彼が潜り込むために大量のミニオンを用意して生徒を守らないといけない沙月の足止めもしていた。
・斑鳩沙月
ミニオンの大量侵入を許して、生徒を危険な目に合わせた大戦犯。ただし、ベルベルザードの侵入を許したことでオリムの危機を救うことにも成功した功労者でもある。もしも彼女がベルバルザードを通していなければ、生徒を守るためにミニオンと戦ってオリムの戦いに介入できず、殺しを実行したオリムを見て、友人兼お隣さん兼当人も気づいていなかったけど思慕を持っていた相手が修羅として完成した事実による夕陽ブチギレBADがあった。その場合ミニオンごと生徒が一掃されていたことは間違いない。
・夕陽のパパママ
エターナルなので、元々が夕陽に与えられた任務だから大人しく見守って彼女一人ではどうしようもない時に介入する……なんて腹づもりではなく、ただ単純に「暑いから裸になってた」とユーフォリアにかつて伝えた時にしていたことを今もしていたせいで参加できなかった。