第四話
「ふむ……あれがエヴォリアの言っていた輩か」
男は呟く。緑の鎧に黒のコート。壮年の男性ながらも気力は充実している相対すれば恐ろしきことには違いないだろう戦士だが、何よりも目立つのは心臓に開いた穴。すでにそこから流れ出た血は黒く固まり、今も生きていることが不思議でならない。
「ええ、ダラバ将軍。あの者たちを滅することが、私たちに課せられた使命。一切の油断なく、確実に刈り取りましょう」
「言われずともわかっておるわ」
隣には、同じように心臓に穴を開けて謎のペアルックをしている豪奢な金髪をストレートにしている黒い鎧の少女が。援交関係と言われても一概には否定できないような見た目の二人が並んで、玉座のある間に佇んでいた。
「……それにしても、まさかあなたとこうして並び立てる日が来るとは思いもよりませんでした」
「それはこちらも同じこと。あるいは、過去の怨恨を水に流すことを可能にしたエヴォリアには感謝を告げるべきかもしれんな」
二人は、この世界への侵入者を見ながら、過去に想いを馳せるようにしてそう呟いた。
全校生徒四百二十八名全員が残っていたことを確認。うち一年生から五十八人、二年生から四十三人、三年生から二十九人の死者……そして、残っていた教員十四名は逃げ出そうとして殺されたものが十三名に、生徒をかばって今も死にかけている椿早苗先生一人。合計百四十三人の死者だが、そこに重傷者を合わせるとさらにひどい。深々と切り裂かれて、今も死にかけている中、一時的に神剣魔法で擬似的なコールドスリープ状態を保ちながらマナを結合させて体の修復をしている生徒、なんてものもいる。あるいは、治療そのものは緑属性の神剣魔法で終わっているが、腕などの欠損のせいで五体満足のまま帰ることができなくなった、といったレベルの生徒もいる。
けれどこれでも、あの規模の襲撃で見ればとても少ない死傷者であるという事実が皆の中には実感としてあるために、尽力していた神剣使いに対しての不満は表立っては出なかった。あるいは、恐怖政治的な意味合いがあったからかもしれないが。
「そうですか……」
屋上で、そんなことになっているというのを斑鳩先輩から聞いた。今、別の世界に来ているのだということをはっきりと知らせるためなのだろうがこんなことをされなくても、正直原作という指標があるからそれに関してはわかり切っていた。ただ一つ、違いがあるとするのならーーー
「まさか、こんなに戦禍が広がっている世界に落ちるなんて……思いませんでした」
「そうね。……皆を乗せた状態で次元移動を行なって、さらにはインフラも完備されている、なんて。普通じゃありえないだけの力を持った神獣がいたのは最悪な事態に陥らずに済んだ、とみればいいことだけど。……それでも落ちた世界と、それを呼び出した代償に言葉と表情を希美ちゃんが失ったってことを考えると……」
プラスマイナスではマイナスよね、と告げる斑鳩先輩は、そもそも誰一人として怪我をさせないか、あるいは怪我をしていたとしてもどうにか治療できるレベルのものでなければそもそも良しと思えないだろ、とは思う。
けれど今はそれよりも。
「……」
立ちのぼる煙の多さに困惑していた。
これが原作の、ここが異世界だとわからせるために屋上から外を見つめるシーンだったなら、世刻望たちの言を信じるのなら、このタイミングで戦禍が見えるのはおかしいのだ。この時、自然の雄大さを俺たちは知るだけだったはずなのだ。少なくとも、戦乱の恐怖を知る場面ではなかった。
「……戻りましょうか」
「そうね。……先生もいない。外が危険だから出られない。……いつ、生徒たちが暴動を起こしてもおかしくはないものね」
そこで、ふと気がついたらしい。斑鳩先輩は俺の方を見てそういえばと尋ねてくる。
「
「俺の、ですか?」
世刻望の神獣といえばレーメ。けれど、守護神獣は「永遠神剣の契約者の深層心理が反映された姿になる」という
「俺の神獣は出てこないんですよ……」
「出てこない……?」
「ええ」
そう、その通り。出てこないのだレーメは。俺が世刻望ではないから出てこないのか、あるいは別の理由があるのか、そんなことはわからないが出てこないという事実だけがこの場には存在する。
「出てこられないのか、出てきたくないのか、それとも存在しないのか……」
「最後のはないわ。永遠神剣の持ち主には、永遠神剣の守護神獣も一緒についてくる。世刻くんだけ出てこられないのは、世刻くんの実力が足りないのか。あるいは出てくるつもりがない非協力的な神獣だからか」
悩み始める斑鳩先輩。原作ほどの信頼関係を築けていないのは互いの呼び方からも明らかなのだが、それでも俺のことを気遣っている……いや、これは警戒もあるのか? 俺が暁と渡りあえていたことへの。まあ、どうでもいい。
「考えてもわかりませんし、とりあえず俺は教室に戻りますよ」
「ああ、うん。気をつけてね」
「気をつけるって……」
苦笑して屋上を去る。今の、原作よりもおそらくは悪くなっていると思われる状況について考えたかったし、そして何よりもそろそろ修行しておかないと安心できない。剣道場を借りて剣を振るとしよう。もう、使っても問題ないわけだし。ただ、それよりも先に教室に戻って……いや、もう戻る必要もないのか。木刀を代理で使わなくても、永遠神剣を使えるようになったんだから。
けどまあ、口にした以上は一度行っておくか。嘘をついて剣道場に行った、となるとさらに警戒されて動きづらくなるかもしれないし。
ーーー正直に言おう。俺たちは世刻望という人物が恐ろしかったのだ。
病的なまでの剣に関する修練を行なっているという噂。その実態は知らずとも、そんな噂が出る時点でまともではない。最初は、誰かが夕陽ちゃんや希美ちゃんとの仲を妬んで言ったのが始まりだったことは覚えている。それが広がりに広がって、その冗談と嫉妬混じりの「あれは俺たちとは違う生物だ」なんて噂が真実なのだと気づいて。
ーーーそして、その違う生物であったことが俺たちが生きている理由にもなっている。
今も思い出して体が震える。あの時の、あいつの暴威を。別のクラスの暁が世刻を殺そうとしてきて、それに対抗するように世刻が剣を振るっていたあれを。あいつの目には殺すことへの忌避感なんてなかった。……どこからどう見ても、路傍の石を排除するような目でしかなかったことを、教室の扉、その窓から確認できていた。
それが恐ろしくてしょうがなかったからーーー
「……」
「な、なあ世刻……」
安心が欲しくて、世刻が教室に戻ってきた時に俺は話しかけていたんだと思う。
「ちょっと、信助……!」
阿川が止めてくる。下手に刺激するなってことだろう。でももう遅い。俺の呼びかけに応えて世刻がゆらりとこちらを向く。その瞳には光など存在せずに虚無となっているようにも見える。その心境など推し量ることはできない。
「お前も、先輩や暁みたいに最初から神剣を持ってたのか……?」
空白の時間。俺の疑問を受けて、世刻は黙って俺のことをじっと見ている。何を考えているのかわからないのがこんなに怖いのは初めてだ。
時間にしてほんの数秒足らず。けれど俺たちにとっては数時間にも及んでいるような心地になる。そんな地獄の時間が過ぎた後、世刻がその口を開く。
「いや、俺が目覚めたのはあの時だ」
「で、でもよ……」
「あれ以前から修行してたのは嫌な予感がしてたからだ」
「嫌な、予感?」
「ああ。小さい頃から夢を見ていた。その夢の人物は仲のいい友人と殺し合って、そして最後にはその友人を殺して、仲のいい友人に殺される。そんな夢だ」
リアルに過ぎて、夢と思えずに鍛え始めた? なんだそれは。それではまるで、現実と空想の区別もつかない厨二病。けれどそれが現実となっている今、確かにその修行は無意味ではない。
戦慄する。けれどそれを口にはしない。その思考が異常なのだ。しかしそれを突きつけるつもりにはなれず、己の命を救ったその思考への感謝を告げるつもりにもなれなかった。いつ、何があって俺たちが殺されるかわからないからだ。
でも、一つだけわかったことがある。
ーーーこいつ、別に話しかけづらいやつじゃない。
話しかければちゃんと答えてくれる。俺たちと違う修羅みたいな人種ではあるけれど、修羅そのものではなく、人間味もちゃんとある。……いや、なかったらあの二人の男の趣味が悪すぎるということになるのだが。
そんなことを思いながらも剣道部に所属する形で手にした木刀へと目を向けて、それからすぐに逸らして教室から去っていく世刻を見送った。
「これで終わりだ、ジルオルの転生体」
無表情に、無感動に。向けられた視線と言葉はすでに俺を貫いてはいない。顔を上げられない。身体が震える。けれどその震えた末端からすでにマナの霧に還り始めている。
「これで、すべての邪魔は消えた。これより時間樹のリセットに入る」
それは、世刻望が守らなければいけなかった全てが終わるという宣告。敗北した。敗北したのだ。今も心の中に慚愧が絶えない。どうして暁を殺しきれなかった。純粋に力量のみで殺しきれなければ、ネームブレイカーを使うことになれば確実にファイムが「相克」を発動するなんてこと、わかりきっていたはずなのに。
届かなかった。届かなかった。暁を殺して、けれど理想幹神が動き始めたことで全てが破綻した。力が足りなかった。
なんて、無様。
そこまで見て、そしてようやく目を開く。
視界に映るのは剣道場の天井。自分が倒れているのはその地面。けれど直後に、剣道場のそれとは違うものが視界に入る。
「あ、望さん起きましたか?」
後頭部に当たる暖かく柔らかな感触と、覗き込む夕陽の姿から膝枕をされているのだとわかった。
「……ああ」
起き上がる。原作が始まったことで堂々と永遠神剣を振るうことができるようになった。そこで、夕陽に手伝ってもらって実戦に限りなく近い形で模擬戦を行なっていたところ、俺が吹っ飛ばされて気絶していたというだけの話だ。
常に最悪の場合を考えろ。暁を殺すのが最良だとしても、それを確実に実行できるだけの力を身につけることから始める必要はあれど、そこで満足してはいけない。何がどう動いて時間樹のリセットに向かって動き出すかなんてわかったものではないのだから。
「もう一回頼む」
「はいっ!」
夕陽に頼んで、もう一度修練を開始する。かつてよりもできる時間は短いけれど、かつてよりも効果が見込める時間になった。それを持って良しとする。常に修練していたい、と思う心に蓋をする。
「それじゃ、始めますよー!」
そうして、もう一度永遠神剣第三位「悠久」を構えた夕陽を見て、駆け出した。
・カティマ
最近のトレンドは心臓に穴を開けた系女子だと思っているのか、胸にはちょうど剣を刺したかのような穴がぽっかりと広がっている。
・ダラバ
原作キャラ死亡タグの影響を受けた子。原作でも死んでいたとはいえ、この作品においても原作キャラではあるのでやっぱり死ぬんだったら影響は受けてるよねってこと。カティマとはペアルックで心臓あたりに穴が開いている。
・レーメ
まさかの出番なし。神獣だとかなんとか言っても結局は契約者とは別の存在で、もしもの時に自分が望むのとは別の行動をして頼りにできない可能性がある、と頼らない気満々だったので出てこられない。希美やらユーフォリアやら、いないと詰むものベーや、もしもの時に必要となる自分よりも強い仲間ではないのがいけないのだよ。
・森信助
原作では名有りのモブ。もう一人のモブこと阿川美里のようにカメラ型永遠神剣も持たないのでネタにもしづらい。このssではオリムに話しかけただけで修羅度合いを向上させた(こんな俺に話しかけてくれるなんていいやつだな、守らないと……こいつらを無事に返すためにも原作六章で暁を殺す……! な決意を強くしただけ)
・野獣&空気読めない女
カティマの詳しい説明をするときにでも載せよう。正直言ってあとがき書くまで存在そのものを忘れていた。