「初めまして。私の同類さん」
部屋に入ると同時、振り向いた彼女からそんな言葉をもらった。すっと目を細める。意味がわからない。
どう言う意味だと詰問するかのような瞳を受けた少女……かつて永遠神剣の残滓を纏った状態を見た相手でもある、先ほどものべーが襲撃を受けた際に守ってくれていたリリアと名乗った少女はクスリと笑った。
「あら、おかしな話かしら? 私も、貴方も、こんな存在がこの旅路に加わることなんて知らなかった。この世界が完全にダラバに支配されているなんて知らなかった。そうでしょう?」
ーーー転生者さん?
続いて告げられた言葉にピクリと眉を動かす。その反応を見て、つまらないと言葉にしたリリア。けれど別に笑わせるつもりなどなかったのだからそうかとしか言葉にできない。そもそも、こんなタイミングで追加される何者かが存在したとしても、それは二種類に分けられる。転生者か、
「それで、転生者だってことを知ったお前はどうするつもりだ」
「別に何も?」
「そうか。まあ伝えたとしても狂人の言にしか聞こえないだろうしな」
その言葉にリリア……先の自己紹介で永遠神剣第一位「天命」の化身を名乗った少女は目を細めた。
「あら、そんな私を貶める発言をしてもいいの? 貴方からしたら私ははるかに上位の力を持つ存在。少しぐらいはその力を頼りにしたいとは思ったりしないのかしら?」
「……そもそも第一位神剣の力を借りられるようになる前の段階で原作を終わらせるつもりだからな」
「終わらせる、となると四章? ああ、違うわね。六章の方かしら? そこで暁絶を殺してしまえば、『相克』が目覚めることなく、そうなれば理想幹神が出てくることもないしね」
「そういうことだ」
「でも、そうなると一つ。貴方が忘れていることがあるわよ」
忘れていること、と一瞬疑問に思ったが、その疑問は次の瞬間に氷解する。
「南天神」
「……ああ、なるほど。あいつらか」
ジルオルを受け入れた世刻望によって消滅させられた南天神。その存在を思い出した。そのことに気がついて、神剣の化身は半笑いを浮かべる。憎たらしい。要するにこいつは、暁を殺す時には『浄戒』が必要なくとも、神名にすがって霊体を保っているイスベルたちを相手にする場合は、大元となる神名を砕く必要が出てくるために結局は使う必要が出てくる、と。そう言っているのだ。イスベルがジルオルへの復讐心で動いている以上は、たとえ原作そのものを六章で終わらせたところで後からまた出てくるのだ、と理解させられた。
「あら、もう帰るの?」
「男女が同じ部屋に二人きりで長い時間いると面倒だろうが」
最近では森のやつが俺に話しかけてくることが増えた。無駄に話題を提供することもない。手出しすることがないとわかっているとしても、男女が長時間密室に二人きりというのはそれだけで話題になる。立ち上がって部屋から出ようとするとついてくるその姿に、胡乱げな視線を向ける。
「あら、別にいいでしょう? 私もこれからは物部学園の一員。仲間となる存在と交流するのは悪いことではないでしょう?」
「俺についてくる必要はないだろ」
「あら。知り合いがいた方が少しは話し易いんじゃないかっていう生徒たちへの気遣いよ」
「だったら服装を変えろよ。異国の服装に身を包んだ相手が学園内にいるとか違和感でしかないだろ」
大海を思わせる色のワンピース。膝丈のそれの下にはタイツを履いていて、世の女性が羨むような肢体が服の上からでも見て取れる。少なくとも男子生徒の欲情を煽ることは間違いないだろう。それで女子生徒が襲われるような事態になれば校内が無法地帯になる。元が十八禁ゲームだったことを忘れているのだろうかこいつは。
「ふふっ。そうね」
同意を示した少女の周りをマナで構成されたベールらしきものが包み込むと、次の瞬間にはそれが解けて物部学園の服装に変化していた。
その所業に目を見開く。
別に、一瞬の早着替えに驚いたわけではない。それぐらいなら戦闘服を作る応用で作成できるだろう。驚いたのはマナのベールを作り上げるのに使われたマナの密度。夕陽が戦闘時に扱うマナを遥かに超える量を、無造作に扱うその力に、驚愕を隠せなかった。これが、第一位神剣の力か、と。
「とっとと行くぞ」
「案内してくれるんだ。あんなこと言って」
「逆らう時間が面倒なだけだ」
その言葉に愉快そうな顔をして、人外の少女は笑った。
部屋、という大層な言葉を使っているがなんてことはない。ただの空き教室。基本的に、一般生徒を守り易いことを重視しているのだが、コールドスリープ中の生徒を体育館に集めている関係で、今はそこを使うことができない。結果として、男子は二階の教室。女子は三階の教室にて眠ることになっていた。……一階に関しては、最も被害の大きかった階であり、未だ濃い血臭が漂うために使用できない。そこに入っただけで当時のことを思い出して吐きそうになったりする生徒すらいる関係で、火災時に逃げるための緊急避難用滑り台を使って出入りしている始末だった。
俺たちは、リリアに割り当てられた空き教室を出てから、直後目の前にいた少女の存在に気がついた。
「あ……あの、望さん……」
「……何か用か」
少しばかりおどおどしている夕陽の姿。珍しい。彼女がこんな風な姿を晒すことなど、おそらく片手で数える程度で済むはずなんだが。この場でそんな、何かに怯えているような表情になる必要などないはずだ。
「その、中で何を話してたんですか……?」
聞きたくないような、けれど聞かなければ始まらないというような。そんな二律背反に苛まれたかのような表情。俺の後ろからついて出た化身は、何かに気がついたかのようにああなるほどと口にして。
「夕陽ちゃん。お姉さんと少しおしゃべりしましょうか?」
「え、でも……」
「あなたの知りたいであろうことにもちゃんと答えてあげるから」
おい、と咎めるような視線を送ると、後は私に任せなさいと返される。そんなアイコンタクトを見て夕陽がさらにショックを受けたような顔になる。こいつは一体何にショックを受けているのかと思いながらも、そのまま引きずられるのを見つめていた。
「夕陽ちゃん、彼のことが好きなの?」
話し合いは初手からリリアが主導権を握ろうと、いきなり爆弾らしき発言を投げつけていた。先の怯えるような視線。それが恋愛感情に近い何某かの思慕を含んだそれと気づき、好きな相手がーーーリリア自身が言うのも自意識過剰と取られそうだがーーー綺麗な女性と二人きりで密室という事態に対する女の反応としては至極当然のそれを、自分の目で確かめようとする動き。
「どう、なんでしょう……」
尋ねられた夕陽は、けれど浮かない顔のまま。驚くことはなく、本心からわからないと思っている様。好きと気がついているのならば、この時期の彼女であれば普通の少女らしい反応が見られただろうし、気がついていないのであれば気づかせることができただろう。けれど、己の持つそれを恋愛感情として断言してもいいものか。それを悩む少女の姿は、高嶺夕陽……悠久のユーフォリアというエターナルの姿としては至極異質なものにリリアには思えた。
「何か、あったの?」
それは本心からの心配だ。何かしらの打算があるわけではなく、少女よりも年上である大人としての。だからだろうか、夕陽もポツポツと。本来なら話さなかったであろう気持ちをこぼし始めた。
「あたし、リリアさんと望さんが中で二人きりなのが気になったんです……」
「うん、それぐらいなら普通に、好きな人が女の人と二人きりで密室の中って言うのが気になる、で済ませられるわ」
だから、他にも何かあるんでしょうと促すように言うと、リリアの優しげな言葉に夕陽は頷く。
「けど、それよりも。望さんが第一位神剣の化身と話をしているって言うのが怖くて……!」
「どういうこと……? 私が殺すとでも思ったの?」
違います、と首を横に振る夕陽。それはほとんど反射的で、考える余地もないくらいに素早く反応していたので、心の底からの言葉なのだろうとリリアは判断する。それならどうして、と優しげな声音。怖い、と称した彼女の言葉。そこには言葉通りに怯えがあった。だからこそ、その恐怖の根源を知りたいのだ、と。
「望さんの修行の手伝いをしていると、あの人が想定している相手っていうのがあたしなんかよりもとっても速くて、力強くて、動きのキレもあるんです。今、あたしがあの人の役に立てるのは、あたし以上の神剣使いがここにはいなかったから……」
でも、と視線を向けられたリリア。ここまでくれば、彼女の怯えの理由はわかる。
「私が来たから……」
「はい。攻撃のキレはよくわかりませんが、それでも第一位神剣っていうだけであたしよりも遥かに格上です。そんな相手がいたらもうあたしの役割が……。リリアさんは何も悪くないんです。でも、あの人の修行の相手がリリアさんに移ったら、あたしがあの人にとって価値のない存在になるんじゃないかって。あの人の役に立てなくなるんじゃないかって……それが怖くて……」
「そう……」
痛ましいものを見るような瞳で夕陽を見つめる。夕陽の怯え。その源泉は、前に前に、原作の誰一人として仲間に死傷者がいない状況でのエンディング。そこに近づけようとする望が自らを追い詰めながら鍛え上げる様。そこに、本人すら気がついていない、すでに死者が出ているという事実による強迫観念もあるのかもしれない。
好きな人から無価値と取られること。それが恐ろしくて、今の彼女は恋愛で振り向いてもらうことを意識できるだけの余裕がない。そんなことをする暇があるなら、彼に見てもらえる可能性の高い、戦場での有用性を高めることの方が大きいのだと。それが、年頃の少女でしかない夕陽を縛っているのがリリアにとっては悲しいことだった。
「でも」
けれど彼女のそれには一つの矛盾がある。いや、それが矛盾でないことをリリアは知っているが、けれどやはり矛盾になるのだろうか、と考えを改めた。これは残酷な事実であるが、同時に真理でもある。だからこそ、手遅れになる前にそれを突きつけなければいけなかった。
「あなたはエターナルで、彼は神剣使い。あなたがどうしてこの学園に通っていたのかは知らないけど、最終的には別れるのよ? それも、彼はあなたと過ごした日々を全部忘れて」
それは無価値になることと何が違うのか、と。そう突きつける。
「あたし、任務でこの世界に来たんです」
その答えが、最初なんの脈絡もない言葉で紡がれたためにリリアはわずかに顔をしかめる。一体何の話をと思ったところで、彼女の原作における目的を思い出す。「叢雲」の解放。最終的には叢雲のノゾムという存在が生み出されることになった物語が、今自分たちがいる時間の原作と呼ばれた物語の終焉である。
「永遠神剣第一位『叢雲』の解放」
そこまでは予想通り。ただし次にそれと、と繋げられたことで困惑する。彼女の知る限りは一つだけだったはずだ。
「望さんをエターナルにすること」
「望をエターナルにするって個人まで指定されてるの?」
「はい……なんだか運命があやふやになっているから、本筋のそれに近づけてほしいって」
「そう……最終的に任務達成で側にいられるようにはなるのね。……だからこそ」
全部終わった後に、エターナルとなった彼からまだ価値があると思われていないといけない。そのことを知って、リリアはうんと頷く。さすがに、乙女のそれを見過ごせるほど人間をやめていなかった。いや、人間をやめてはいるけど、精神までは人間をやめてはいない。これでも転生前はモテたのだと。神剣としての力ばかり見られるようになった今世とは違う、一般人だった頃を思い出す。
「そう。なら、エターナルにするのは気にしなくてもいいわよ」
「え……?」
「もしもの時は私と契約させるわ」
「いいん、ですか……?」
それは一生を共にするということ。少なくとも、望の生が終了するまでは自由を得られない牢獄。そこに己から入り込んでもいい、とそう宣言した。そして、彼のことを思い出す。
「それに私、彼のこと結構好きな部類に入るみたいだし」
「えっ」
最後の言葉で、夕陽の乙女としての危機感が煽られた。修羅についていこうとする一般人から、少しばかり普通の恋する少女に戻ったのを確認して、リリアは笑った。
・リリア
戦闘になればハイパーチート。ただしハイパーチートなので戦場からは除外。具体的には希美と沙月の護衛として外される。戦力的に見れば記憶を失ってない夕陽がこの時期からいる時点で十分にチートである。カティマ、ソルラスカ、タリア、さらには戦闘に参加させられない二人の分も彼女が頑張ってくれるだろう。
ちなみに最後の発言は「目標に向かって一直線って輩は応援したくなるよね」ってこと。マネージャーが優勝目指して頑張る部員のサポートをするのも、原作を大団円に終わらせようとする主人公に永遠神剣が契約を持ちかけるのもそう違いはないのだ。
・高嶺夕陽
修羅予備軍。リリアの発言に危機感を抱いた。
・高嶺夫婦
時間の流れが違うため、元の世界でようやく一時間程度が過ぎて、セッ○スの余韻もそこそこに、夕陽が帰ってこない異常事態に気がついた。なお、今回も登場してない。というかこれまではセ○クスのせいで描写的にも出すわけにはいかなかった。これからこの二人は夕陽を探す中で「高嶺夫妻珍道中〜〜気がつけば鍋の中〜〜」を始めとした様々な冒険を繰り広げることになるが本筋ではないのでまるっきり無視である。