ヤマトの宅配便 作:黒っぽい猫
・新しい環境に慣れず、ついでに入院して手術してたらこんな時期に。書くのが遅くなって申し訳ありません。
・面白いSAO小説が増えましたね。拙作よりよっぽど面白いので日刊ランキングから飛びましょう。回し者ではないので大丈夫です(何が)
・黒猫団編をサクッと(一万文字)終わらせます。
・ISのTS精神的BL肉体的NLのラブコメが書きたい。
行動には責任が伴う。
何かを成す際は、それに伴う影響の責任を、その身に引き受けなければならない。
その決断が自主的なものであるか、あるいは強制されたものであるのか問わず、現実に行動に移した時点でその行動を起こした者には責任が生じる。
しかし。
本当に、それだけだろうか。
行動には責任が伴う。ああ、それには全くもって同意しよう。
だが、行動しないこと──つまりは『行動しない』という行動にすらも、責任が生じるのではないだろうか。
回避し得たはずの悲劇を見過ごした事は、罪科となり得るのではないか。
まあ、どれもこれも、後の祭りになってから気付くものに過ぎないが。
2023年6月12日
第27層 迷宮区
「よっと!!」
ササマルが振り下ろした槍が、狼──《アッシュ・ハウンド》の脳天を弧を描きながら切り裂き、HPバーを削り切った。
「おっ、レベル上がった」
「俺もー」
祝福のファンファーレが鳴り響いたのはダッカーとテツオ。この迷宮区に潜ってから、二度目となるレベルアップだった。
しかし、俺は《月夜の黒猫団》のメンバーのように手放しでそれを喜ぶことは出来なかった。
そこまでハイペースな狩りでは無いにも関わらずレベルが上がりやすいのは、この辺りのモンスターが明らかに黒猫団の討伐適正レベルより高いから。
そしてなぜそのような層にいるかと言えば、テツオによる提案を飲んだからに他ならない。
「────上の層で狩りをして、ケイタを驚かせてやろう!」
本来ならば、止めるべきだったのだろう。
テツオ達のレベルは27層の安全マージンに少し届かない程度。死と隣り合わせなこのゲームで冒険は極力避けるべきで、実力──レベルとスキルと技術──に適さない層における戦闘は危険が大きい。少し前まで最前線に
だが、俺はそれを止めるのに躊躇ってしまった。
ホームを買いに行ったケイタを除いた五人のうち、ササマル、ダッカー、テツオが上層での狩りに賛成し、過半数が望んだから止めるのに躊躇した。
しかしそれ以上に、俺はこのギルドには入っていない部外者。
けれど、ありうる可能性を排除したくて、余所者と言われたくなくて、この心穏やかな空間から出たくなくて、言い出せなかった。
「いやー、俺たち結構強くなってたんじゃね? モンスターにも危なげなく勝っちゃってるし!」
「変に調子乗るなよダッカー。前みたいに敵の真ん前で武器すっぽ抜けさせたら、流石にこの層では洒落にならねー」
「あ、あの話はやめろって! もうやらないから!」
ササマルがダッカーを揶揄い、少し弛緩した空気が流れる。
周囲は見通しが良く敵は見えず、リポップまでは時間があるため、今は気を張る必要はあまりない。
俺も少し肩の力を抜いて首を回す。
「キリト、大丈夫?」
「みんなも戦闘は安定してるし、士気も良い。それこそ俺が心配する必要も無いくらいだ。サチこそ大丈夫か?」
サチは前衛職だ。それも相手の攻撃を最も受ける最前。戦闘を怖がっている彼女にこの割り振りをしたのはやはり誤りのようにも思えるが、当人がギルドのためには私がやらなければ、と言うからには強く口を出すことも憚られた。
──それでも心配で何かと気をかけてしまい、そしてそれがただの友人に向ける心配と異なるとは自覚している。
「うん、大丈夫。それに、キリトが守ってくれるんでしょ?」
サチの悪戯っぽい笑みに、顔に熱が集まるのを感じた。あるはずのない心臓の鼓動が高鳴る幻覚を覚えるが、頬を掻いて誤魔化した。
クスクスと笑うサチを横目に恥ずかしさを誤魔化すために少しだけそっぽを向いたが、どうやらそれがまた可笑しいらしく、笑いが収められることは無かった。
「──おーい!」
前方からダッカーの声がして、それを助け舟のように思いながら声のした方に目を向けると、少し先行した所にいたダッカーがこちらに向かって手を振っていて、もう一本の手は通路の壁のようなところを指していた。
嬉しそうに笑みを浮かべていることと、不自然に空いた壁を見る限り、隠し部屋でも見つけたのだろう。
しかしながら三人は通路を塞ぐように広がってしまっているため、奥から来るプレイヤーの邪魔になってしまっている。
少し登り坂気味になっていて暗い通路の奥から、先行する三人組に近づくようにして現れたそのプレイヤーに、三人は気付いていなかった。
「おーい、プレイヤーの通行の邪魔になってるぞー。後ろ──」
「ちょーっと失礼しますねー」
「──って、ヤマト!?」
現れたのは、久々に出会う仮面のプレイヤーだった。
「いやー、こんな所で出会うなんて珍しい。というか最近の感じから言うとキリトさんに出会うのが珍しい。どうしたんですかこんな所で?」
「あー、いや……」
ちらり、と黒猫団へと目を向けた。
俺と偶然出会ったヤマトではあるが、黒猫団とは初対面らしく、黒猫団メンバーから説明を求める視線が俺の方へ向けられていた。
しかし俺が目線をやった先を見たヤマトは、少しの間思案すると何かを納得したように、ポンと手を打った。
「もしかして、《月夜の黒猫団》の方達ですか?」
「え、あ、ああ」
「俺達のこと知ってるのか? えっと……」
「あ、申し遅れました。ヤマトと言います。キリトさんとは……どういう関係でしょ? 業者と顧客?」
「いや、普通にフレンドでいいだろ……」
「じゃあそれで」
相変わらず変に調子を狂わされそうな、のらりくらりと掴み所のないヤマトの調子に一つため息をつく。
「月夜の黒猫団の皆さんを知ってたのはキリトさん経由ですかねー。実は情報屋を少しやらせてもらってるんですけど、最近キリトさんを見かけないって声が多くて。ほら、キリトさんって攻りゃ──」
「ヤマトストォォップ! ちょっとこっち来てくれ!」
間一髪、俺がまだ告げていない素性(攻略組)がバレそうになったところで遮り、肩を掴んで通路の奥へと引っ張って行く。
あーれー、とふざけた声を出しながら引っ張られていくヤマトに驚いている黒猫団のメンバーを後ろに、会話の内容が聞かれないよう小声で話す。
「ごめんヤマト、俺が攻略組っていうのは──」
俺がレベルを偽っている事、攻略組だとは言っていないこと、黒猫団に少し手を貸している事──その他諸々、簡単に事情を掻い摘んで纏める。
「ほー、なんかややこしいことしてるんですね。ま、そういう事なら了解です。要するにキリトさんのあれやこれやは秘匿しろーってことですね」
「ああ、その、悪いんだが……」
「キリトさんの本当のレベルを含む諸々を伏せて、知り合いの中堅上位のプレイヤーとして扱えば良いって事ですね」
「……なんか、話がスムーズすぎて逆に怖い」
「大丈夫ですって。ほら、この純真無垢を体現したかのような目を見て下さい」
「仮面外れてから言えよ!」
「じゃあそろそろ!」
ヤマトを説得したあと、なんとか誤魔化し切った頃。仮面姿のヤマトに最初は戸惑い訝しんでいたサチ達も、その明るい振る舞いと輸送屋としてのエピソードにすっかり心を緩ませていた。そんな中、いよいよ待ちきれない様子でダッカーが切り出した。
爛々と輝く目が向けられたのは、中央に立派な宝箱が鎮座する小部屋。
その部屋は元からあったにしては少し変で、俺はこんな感じの隠し部屋を最前線で何度か見たことがあった。
「いやー、こんな隠し部屋よく見つけましたね。最前線組から情報集めてましたけど、この部屋の話は聞いたことありませんねー」
「つまり、俺たちが第一発見者って事になっちゃう?」
「ですです」
ヤマトの肯定を受けると思わぬ幸運にみんなが喜び、その様子を見る俺まで心が弾む。
殺伐とした攻略組には滅多に無い、穏やかで、緩やかで、暖かな関係性。
その中に片脚だけでも、少しだけでも混ざっているという事実が、これ以上無いほどに嬉しかった。
──だからこそ、気が緩んでいた。
「なあなあ、誰も見つけてない最前線の宝箱ってことは、もしかしてレアな装備が入ってたり!?」
「それは夢が膨らむな」
「槍が出るといいなー。ほら、そろそろ新しいのに変えたいし」
「あっ、ズリぃ! 俺だって新しい装備欲しい!」
「いや、まだ開けてもないのにズルイも何も無いでしょ」
宝箱のある少し広めの隠し部屋に全員が入り、宝箱を囲むようにして立つ。隠し部屋発見の功労者のダッカーが少しの緊張と期待を混ぜ込んだ表情で、宝箱の前に屈む。
俺も改めて宝箱を見てみると、銀で縁取られたそれは、シンプルながらも非常に洗練された美を備えており、そして今まで一度も見たことのない種類の宝箱だった。
ダッカーが金属製の重厚な蓋に手を掛けると、誰かが唾を飲み込む音がした。それを聞いたダッカーが更に体を硬くする。
それを振り払うように一つ頭を振って息を一つすると、意を決して腕に力を込めた。
「じゃあ、開けるぞ────」
────そして、危機が幕を開けた。
biiiiiii──────!!
「な、なんだ!?」
「これは……」
宝箱を開いた瞬間に炸裂した爆音に、先ほどまでの緊張とは違った緊張感が訪れ、同時にパーティをパニックが襲う。
「部屋の出入り口が閉まった!?」
ササマルの声に慌てて振り返ってみれば、先程まであったこの部屋への入り口の場所は、周りと同じく白い壁があるだけで、入り口など跡形も無くなっていた。
「なんだよこれ!」
「知らねーよ俺だって!」
「出られなくなったじゃねえか!」
「おー、これはちょーっとマズそうですね」
「キ、キリト……」
「落ち着けみんな!」
(約一名を除き)取り乱す仲間達を収めるように声を上げる。袖を小さく摘むサチがビクッと肩を震わせたのを少し申し訳なく思いつつ、混乱していた面々に指示を出す。
「キリトさん、ここ、結晶無効化空間です」
左手で転移結晶を弄びながらのヤマトの発言に、改めて事態のまずさを確認する。
実を言えばこの状況に陥った時点で、既に想像はしていた。
先ほどの音は、聞き間違いようのない
それは紛うこと無き罠の証拠。
しかし、このゲームの作者が部屋に閉じ込めて何の脱出手段も与えないわけがない。
脱出の鍵は──探索?
いいや、そんな生温いはずがない。
だから、残された選択肢はほぼ一つ。
罠を想定するのを怠っていた自分の甘さと弛み具合を後悔するのを後回しにして、結論を弾き出す。
「戦闘準備! 出来る限り一箇所に固まって、背後を取られないように気を付けろ!」
言うが早いか、部屋の中央に固まるようにしていた俺たちを取り囲むように、大量の光が現れ始める。それはモンスターポップのエフェクト。あまりの量に思わず唾を飲み込んだ俺の耳に、モンスターハウス、と誰かが呟いた声が聞こえた。
そして光は像を結び────
現れたモンスターは、この層では見かける事のなかった《スケルトンナイト》だった。片手に盾、片手に剣を持った白骨は、カタカタと不気味に笑っていた。
しかし、この層で見かけないモンスター、と言うことが問題ではない。問題なのは、このモンスターのカーソルの色。
この世界では敵の強さは明確な数値として現れず、自分とのレベルの相対によってそのカーソルの色を変えて強さを示す。
相手が自分より弱いと薄い赤、そこから相手が強ければ強いほどそのカーソルは黒に近付く。
では、今対しているスケルトンのカーソルの色はと言うと、鮮やかな緋色。俺のレベル帯から見てもそれほどに濃い。
それすなわち。
「──ッ、ヤマト以外は全員防御に徹しろ!
ヤマトと俺と二人で支えるから壁際まで後退して背後からの攻撃をさせるな! ヤマトも頼む!」
スケルトンを早速切り刻み始めながら、俺は再び指示を出す。
サチたち黒猫団のメンバーが戦闘するのは非常に危険だった。ヤマトのレベルは知らないが、先日ボス戦に参加したと言う話を鑑みれば、この状況の打開には十分の戦力となりうる。
「…………了解です」
ヤマトからの返事が返ってくると同時、背後から、獣の咆哮の様な声と、金属が強く叩き鳴らされる音が響く。
異常に驚き、武器の振り向きざまにヤマトへ視線をちらりと投げる。
そこには、同じように驚いた、しかし無傷の黒猫団の面々。そして、白くて無骨で、巨大なカイトシールドで、スケルトンをバッシュしているヤマトの姿。
「タゲはこっちで持ちます。キリトさんは出来る限り早い殲滅頼みますねー」
薄らと纏う燐光はスキルを使用した影響か。先程の声と、スケルトンナイトの攻撃がヤマトに集中しているから、盾スキル《
骸骨頭を足蹴にしながら、さながらスーパーボールのように跳ね回るヤマトと、それに群がるスケルトンナイト達と、しっかりと防御を固めるサチ達を視界に収めつつ、ヤマトの言葉通りに殲滅に向かった。
「キリトさん、ラストです。へいパス!」
「ちょっヤマトふざけんな!」
ヤマトが蹴り飛ばした最後に残ったスケルトンナイトになんとかソードスキルを叩き込み、ポリゴンへと変える。それと同時に壁の一部が消失し、元の通路への出口が現れる。
この部屋に閉じ込められてから十数分。ヤマトが敵を纏めて引き付けたこともあり、時には黒猫団の面々も戦闘に加わりながら、全員なんとか無事に危機を切り抜けた。
俺が安堵の溜息を一つ吐くと、緊張の糸が切れたのか、全員が武器を解除してその場に座り込む。
「あー…………」
「やばかったな」
「俺、もー限界」
「私、本当にもうダメかと」
「いやー怖かったですね。この部屋のことを誰も知らないんじゃなくて、知った人が全員死んじゃってたんですかね」
「ヤマト、お前はもう少し慎みを持て」
「あっはっは」
相も変わらず一人だけいつもの調子を保つヤマトに身体のこわばりが抜ける。
ヤマトは戦闘中は盾を持ち最前でタゲを引き続け、その攻撃を一身に引き受け、そして戦闘を切り抜けても一人だけ余裕が残っている。つい先日の28層ボス攻略に参加したと言う話でも知っていたが、やはり彼は一級の攻略組だ。
……それにしても。
「ところで、ヤマトさんってタンクなんですか? 盾を使って戦うの、凄く上手ですよね」
「そうそれ! それに、敵に囲まれながら飛び跳ねて戦闘する人なんて初めて見た」
「でも、戦闘前は盾を装備してなかったよな」
「うん。それにかなり軽装だし、俺はてっきり短剣メインだと思ってた」
疑問を抱いていたのは俺だけではないらしい。俺の場合は加えて、何度か戦闘を共にしたことがあるにも関わらず、一度も盾を使うのを見なかったから余計に驚きではあった。
「んー、別にタンクってわけじゃないですよ。というかタンクでソロは流石に無理ですね」
ウィンドウが操作され盾が消え、残った短剣を器用にクルクルと回す。肩を竦める動作も一々どこか飄々としているのが仮面姿に似合っていた。
「さっきの盾がちょっと前にドロップしたやつなんですけど、性能が良いので使ってみようと盾術スキル取ったんですよ。
まぁでも先ほど見せたように、AGIにモノを言わせた手数の多さでゴリ押しするのが基本の戦闘スタイルなので、盾とはあんまり相性が良くないですね。別スキルと入れ替える予定です」
「相性良くなくてもあんなに動けるのか……」
「ま、今回は敵が人型モンスターでちょっと得意だっただけです。虫とか獣とか、あの辺は予測が外れる動きをしますから」
「……攻略組ってすげーな」
「褒めても宝箱をもう一回開けるぐらいしか出来ませんよ?」
「シャレにならないからやめようか?」
先の戦闘ではスケルトンのタゲが一度も黒猫団メンバーには向かなかった事が幸いし、無事に乗り切れた。しかし俺は戦闘で何度か攻撃を受け、サチ達のレベルでは一撃でもまともに食らうと一気にHPが削れるであろう敵と分かったので、次も無事に全員が生き残れる、と楽観視は到底出来ない。
まあ、流石に本人も冗談のつもりだろうが。
「えー、レベル上げに良いじゃないですか」
冗談のつもり……だよな……?
どうやら隠し部屋はトラップが発動時以外は安全圏に設定されているらしかったので、俺達は部屋の中でのんびりと話していた。
十分も経てば戦闘の精神的疲労も軽くなり、少しずつ笑い声も上がるようになっていた。
「んじゃ、そろそろ行きますね。予約の時間まで余裕はありますけど、早めに行くに越したことは無いので」
「ああ、そういえば輸送屋の仕事中だったのか」
「ええ、圏外出張サービスです。本来ならやらないんですけど、今回は特別ですね」
立ち上がったヤマトは軽く伸びをして、腰に短剣を装備した。
「俺達はどうしようか?」
「うーん、俺、悪いけど一回帰りたいかも」
「ササマルに同じく、俺もちょっと帰りたいかなー。もう十分に稼げたし、それに何よりマージンが無いのが怖くなった」
「ダッカーの言う通り、俺も帰った方が良いと思う。正直に言うと、さっきの戦闘はかなりまずかった。ヤマトがいなかったら多分タゲはみんなにも向いていたと思うし、全滅もあり得たと思う」
実際、ヤマトを抜いた俺達だけであの部屋に入ったのを想像しても、全員が生き残る事が出来るビジョンが見えて来ない。誰かが一人でも欠けたら精神的ダメージからの戦線崩壊は目に見えているし、真正面からの戦闘は戦力から見ても当然無理だ。俺だけでは対応に穴が出来るのは目に見えている。
「俺も賛成。あんな目にあってからじゃ今更遅いんだろうけど、やっぱりちゃんとレベルを上げて装備を整えて、安全を最優先にすべきだった。
サチはどう思う?」
「私も、賛成かな。今回の戦闘は本当に怖かったし、やっぱり無茶は禁物だと思った」
きゅっと槍を握りしめるサチの揺れる視線は、昨夜の橋の下での約束を思い出させる。
何に変えても守ると決めたあの誓いが、淡く焦がれるこの少女との日常が、早くも崩れ去る所だったと思うと今一度背筋に寒気が走った。
「その、ヤマト」
「はい?」
「改めて、今回は本当に助かった。もしヤマトがいなかったらと思うと、ゾッとするよ」
ポカン、としたのだろう。当然のように無機質な仮面で隠れているにも関わらず、変に表情豊かに感じられるのが不思議だった。
「……えーと、やっぱり宝箱開けます?」
「ちょっ」
「冗談ですよ。あんまりにも改まった様子だったのでつい。ま、この件は貸し一つって事で」
楽しそうにクスクス笑われ、それにつられて他の面々も笑い出す。気恥ずかしくなって頰を掻く俺を見て満足したようで、ヤマトは半身を出口へ向けた。
「それでは失礼します。何か送り物があったり、欲しい情報があったら連絡ください」
「ああ、その時は頼むよ」
「またなーヤマト」
「今回はありがとな」
「今度はのんびりと時間が取れる時に」
「またね、ヤマトさん」
手を大袈裟に振りながら走り去っていく背中を見届ける。灰色の小さな背中が部屋を出ると消えたのを見て、一つ大きく深呼吸をする。
俺の素性を、明かす。
いつかは話そうと思っていた事だ。
そしていつも、踏み出せずに言い出せなかった事。
けれども俺は、自分でも分からないが、もう隠し事はしたくなかった。
危機に瀕し、彼らの掛け替えのなさを、本当の意味で確認出来たからだろうか。それにしても遅過ぎる結論だが。
心の中で自嘲しながらケイタと合流をした後のことを考えながら、黒猫団に帰ろうと声をかけた。
明るい答えが返って来ただけなのに、心に穏やかな火が灯った
キリト達から離れ、この層のボス部屋へと疾走しながら。
「んー、いつか
金の髪は、愉しそうに笑った。
ギギィ、と扉が開く音がした。
俺はその音に身を強張らせ、スキルと装備をフル活用して隠蔽率を上げながら、柱の陰で縮こめた。
昨日から合わせて三度、俺が隠れるボス部屋に人が訪れたが、誰一人として気づくことはなかった。だから、今回も大丈夫なはずだ。
そう無理矢理にでも思い込んで、見つからないことを神に祈り込んでいないと、頭がおかしくなりそうなほど恐ろしかった。
──────♪
入り口から対角線上にある大きな柱で息を潜め、震えそうになる身体を抑え込んでいる俺の耳に、鼻歌が届いた。
しっとりと演奏されるジャズのように、あるいは古びたカフェに聞こえる穏やかな雨音のように落ち着いたその曲は、確か少し昔のRPGの主題歌だったろうか。
カツ、カツ、と靴音に合わせて近づくその鼻歌に背筋を凍らせ、それが俺に関係の無いものであり、こちらに来ないようにと願い続ける。
そして俺の隠れる柱から遠い部屋の中央にそのプレイヤー辿り着いた時、鼻歌と靴音がピタリと止まった。
「部屋の最奥、階段に向かって左側の柱の裏」
──あぁ。
俺のいる場所をピンポイントで読み上げたその声を、変声期前のように幼い、仮面を通してくぐもったその声を、俺は知っていた。
一瞬でも、その靴音が止まった事に希望を見出したのが愚かだった。絶望への落差は開くのだから、希望など持たない方がマシだったのだろう。
俺は立ち上がり、柱の陰から身を出した。
そこにいたのは思った通り、仮面を被った小柄な金髪のプレイヤー。
そいつの無地の仮面に空いた、虚ろな黒に染まっている目が、俺の方をしっかりと見据えていた。
「どもども、こんにちは、ダイモスさん」
「……一応聞くが、なぜ、こんな所に」
「んっふっふー、言わずともお分かりでしょう?」
ここに来た時点で、大体の目的は察していた。
ここから逃げ出すべく退路を探すも、その途中でヤマトと戦闘になる未来は回避しようがなかった。
「見逃しては、くれないか?」
喉の奥から絞り出した声は、引きつった喉に張り付いて掠れていた。
俺を探しに来る可能性のある奴の中では、幹部に並びトップクラスに最悪だった。攻略組にも引けを取らない高い戦闘技術とAGI、そして躊躇の無さ。
「え? いやですけど」
どこで間違えたのか。そんなもの決まっている。《
「にしても、結構大胆なことしますねー」
この
「あのギルドから脱退したいとか、正気ですか?」
殺しの快楽に逃げても、他人の死は思ったよりも気持ちの良いものではなくて。
「いや、その気持ちは理解できますけど、心の中に留めておくべきでしょう」
むしろ殺すほどに、心は軋みを上げて。
「あと、逃げるならもうちょい頭使いましょ?」
だから俺は、決めたのだ。
「カルマ浄化クエのあたりでは今ラフコフの皆さんがピリピリしながら回ってますから、行けないのは分かりますけども」
罪の清算など出来るとは考えていない。
ただ、もう足を洗おうと決めたのだ。
「オレンジプレイヤーの目撃情報なんて上がっちゃったら、そりゃ居場所を教えるも同然じゃ無いですか」
そのために、今はヤマトから逃げ切らなければならない。
俺は腰に装備していた短剣にそっと手を掛けて、ヤマトに気付かれないほど少しだけ、膝を曲げて前傾する。
この短剣に攻撃力は殆ど無いが、代わりに強力な麻痺毒を塗ってある。攻撃をして逃げるには十分だった。
結局ラフコフ時代の技術に救われる皮肉に内心顔を歪めながら、けれど何よりも生き残るために、諸々を割り切って俺は逃げるための算段を付けた。
後は、タイミングを見計らうだけだ。
「まぁ一応定型文でも言いましょうか。ダイモスさんにPoHさんから届け物が届いてます」
俺の身体に緊張が走るが、この場から逃げるだけだと己を奮い立たせてそれを誤魔化す。
「──ぁ?」
しかし不意に、身体が崩れ落ちた。
身体に力を入れようともアバターが動かないこの状態を、俺はよく知っていた。視界の端には思った通り、麻痺の状態異常を示すアイコンの点滅。
俺の様を見たヤマトは心底楽しそうにケラケラ笑いながら俺の方へと向かってくる。
気の狂ったような、いっそ無邪気とも思えるその笑い声に凍った俺の背筋をヤマトは踏みつけて、なお嗤っていた。
「裏切り者のダイモスさんに、な、なんと!」
そこで一拍溜めると、ずいと顔を覗き込むように仮面を近づけた。
相変わらず目の穴からは深淵が覗き、暗黒の虚が俺を射抜いていた。
「このクソッタレな世界からのログアウトをお届けしちゃいまーす!」
明朗に、快活に、軽薄に、ヤマトは心底愉しそうに笑って、腰から短剣を引き抜いた。
それは短剣としては酷く歪で、片刃の包丁のようにも見える。幅広の刀身についた妖しく光る銀の切っ先は、俺の頭の中に二つのイメージを起こした。
PoHの持つ《友切包丁》、そしてギロチン。
その二つさえ分かれば、いや分からずともここにヤマトが来た時点で想定はしていたが、俺に迫る未来を察するのには十分だった。
それを察した瞬間、麻痺と恐怖で声を出す事も出来ない身体がぶるりと震える。呼吸は乱れ、視界が揺れ、歯の根はカチカチと音を立てる。
そんな俺の様子を無視しながら、ヤマトは俺の背中に立てた脚を退け、代わりに膝を首の付け根に押し付ける。後頭部に短剣を持たない小さな手が添えられ、無防備になった首が晒される。
「んじゃま、麻痺の時間も永遠に続くわけじゃないし、
笑いを引っ込めて短剣を振り上げるヤマトからは不思議と先程までの狂気を感じられず、むしろ裁定者のように無感情で、そして無慈悲だった。
嫌だ、死にたくない。
舌に乗らない絶叫と悲鳴が脳内で回る。身体を動かそうと力を込めるが、しかし麻痺ステータスの絶対性が揺らぐ事は無い。脳がこれ以上ないほどに働き状況の打開策を模索するも、返ってくる答えは皆無だった。
「ログアウト後どうなるかはサービス適用外ですので、ご了承くださいな」
忙しく巡る思考の端、冷静な部分が囁く。
これは、ツケだ。今まで命を奪ってきた報いだ。道を踏み外した俺への、外道への
すとん、と、先までの恐怖と焦燥が収まる音がした。視界はクリアに、音は鮮明に、心は凪いだように、落ち着く。
その感情に名を付けるならば、それはきっと諦めだったのだろう。
俺はヤマトから視線を外し、目を閉じた。
「それでは、さようなら」
耳に一瞬だけ風を切る音が聴こえて、首筋をダメージが通った不快感が襲った。
「──生きて帰りたかった」
最後に口から言葉が溢れると同時、頭の中に今まで友人や家族との思い出が流れた。どれもこれも、俺には眩しく、美しく、尊いもの。
一瞬にも永遠にも思える、けれど確実な刹那。
誘蛾灯に誘われる蛾のように、流れ行く記憶の奔流にふらふらと手を伸ばした俺の暗転した視界に、赤くGAME OVERの文字が踊った。
○○(戦闘)しないと出られない部屋。
高評価付いてて変な声出ました。シイナ032様、ありがとうございます。
友人に黒猫団どうしようかーって言ったら満面の笑みでダイス表作ってくれました。全ての原因はこいつだ(責任転嫁)
100面ダイス様が予想外の目を出したせいでPoHニキの計画がパァになっちゃいました。
ついでに本作の数話の予定もパァになっちゃいました。
criticalを連発し、ダイス表に照らした結果、全員パーフェクトに生き残りました。ちなみに初期案では原作通り全滅コースで、本作では触れる予定すらありませんでした。
というわけで設定のヤマトの性格を加味して全員無事なルート確立するのがちょっと大変でしたが、色々捻じ曲げてなんとかしました。
7話のサブタイ回収とかしなくて良いから(戒め)
あとちょっとした改変で、本作のキリっとさんはトラップの存在を知りませんでした。
一応最終話までの構想の組み直しは終わったのですが、執筆時間を取るのが難しいため、申し訳ありませんが次回の投稿も未定とさせていただきます。ご了承ください。
最後となりましたが、お気に入り登録、感想、評価、とても励みになっています。未熟な所の多い拙作ですが、どうか最後までお付き合いしていただければ幸いです。
読んでいただき、ありがとうございました。